フィリピーナと共に
ブログ構成がわかる目次はここから入れます
2013年07月21日

690.貧困とは

 昨日フィリピン自宅周辺は、朝から天気が悪かった。空の様子や風向きや気圧を肌で感じられるフィリピン人独特の感(これがよく当たる)が本日は大雨になると言ったようで、モナは朝の段階で毎週土曜日の子供の塾をお休みすると言った。ついでに彼女は、来週のホームワーク教材を、ダディにトライシケルで取りに行ってもらうつもりでいたようだ。
 大雨に無理をせず、子供が塾を休むことに僕は異存ない。しかし激しい雨の中をダディがトライシケルで中距離ドライブするのは危ない、雨のない平日に行ってもよいだろうと僕は進言したが、モナは大丈夫と言ったあと、平日ダディは仕事もあるからと言ってきた。僕は最後に、「どんなことにも大丈夫ということは無いけど、まあ任せるよ」と言った。

 フィリピン人は、このようなリスク管理が苦手だ。こうしたいということが先に立ち、そこにリスクがあっても自分や周囲を納得させる言い訳を並べる。トライシケルは、事故を起こせば大怪我をする危険性が大きい。それは乗客が外に投げ出される公算が大きく、運転手自身も同様、サイドカーがついている分身動きが取りにくく危険を回避しにくいからだ。
 フィリピンは運転マナーの悪いドライバーが多いので、いくら運転者本人が気を付けていても相手から突っ込まれることがある。国道はトラックやバスも多く、トライシケルが大型車両と接触したら深刻な事故になる。
 昔から日常の生活で利用している乗り物だから絶対に使うなとは言わないが、せめて視界が悪く路面条件も悪い大雨の時は、運転を控えた方がよいと僕は思っているのだ。しかしそのようなことをこれまで何度言っても、フィリピンで育ったモナには理解できていないように思える。僕はリスク回避に何も障害がないなら回避すればよいと思うし、平日ダディに仕事があると言うことも契約などの責任を負っているわけではないから、一日分の稼ぎ(100ペソか150ペソくらい)を保証してあげればよいだけだと思う。しかし家族は、どうにもそのような考え方にならない。「後悔先に立たず」などという言葉は、この先死ぬまで理解してもらえそうになさそうだ。

 先日職場で、数年前に酒酔い運転で人をはね飛ばし、相手を植物人間にしてしまった人の話を聞いた。日本人駐在員の起こした事故でかつ酒酔い運転、そして相手は植物状態だから事後処理が大変で、会社は被害者家族に500万円を払うことでかたを付けたそうだ。僕はその金額を聞いた時に安いと感じたが、実はその時会社がお金をもらった家族に、「こんなにたくさん頂いて」と感謝されたそうだ。人間の命や尊厳が安すぎるという点で、僕はマレーシアでさえフィリピンとさして変わらない実態があることを見たような気がした。教えてくれたマレーシア人スタッフは、どうせ被害者が普通に生きていてもそれほど稼げないから、家族は幸運に感じたようだと語ったが、貧困とはそういうことなのだろうとあらためて感じることになった。とすれば貧困家庭では、娘が体を売って稼いでくれたらそれもラッキーということになる。確かに植物人間になるより売春の方がましという考えもあるだろうが、いずれにしても豊かな社会の中で生きてきた日本人には、理解し難い考え方であり実態だ。

 よく日本人は日本の社会を「普通の社会」と表現するが、世界を見渡すと日本社会の方が良い意味で特殊で、マレーシアやフィリピンのこのような実態の方が普通に見えてくる。中国やタイの山奥では生きるために親が子供を普通に売り飛ばすし、売られた子が風俗業で働いたり奴隷のように使われたり、場合によっては臓器を取り出されることを親は知っている。
 僕は日本人感覚の「親が子を思う気持ち」だけは世界共通だと思っていたが、貧すれば鈍するということなのか、そもそも鈍するほどの感覚を最初から持ち合わせていないか、または涙を飲んでそのようなことをするのか、どう考えれば良いのか混乱するほど感覚的に馴染めない実態が世界には多くある。

 フィリピンの我が家はモナの両親、家族共、貧しくてもそれなりの規範を持っているように見えるし、恥ずかしい行為や考えというものは日本人の自分と共通したものがある。しかしそうであっても、先ほどのリスク管理の話のように、おそらくどこかで何かが自分と違うのだろうと感じることがある。どんなに立派な考えを持っていても、食えなくなれば追い込まれる。その時我が家の家族は最初に子供を犠牲にするのではなく自らが犠牲になると信じているが、仮に家族の誰かがイリーガルな稼ぎ方をしても仕方がないと目をつぶるだろうと思われる。それが法律に照らし合わせてどうかではなく、日本人感覚で心情的に痛いことであったり世間体が悪いことでも、おそらく最後は目をつぶるだろう。

 日本では役所に飛び込んで相談すると何とかなることも多いが、フィリピンは全てが自己責任の世界である。明らかに社会環境のせいで食えないとしても自己責任となる世界で、そこは不公平感に満ち溢れている。しかし現地の人たちは麻痺し、もしくは判断できるほどの教養がないため、またはそれが当たり前の世界だと思っていてそれを不公平と感じていないのかもしれず、全てを運命として受け入れているように見受けられる。そんな環境で暮らす人々には日本人的モラルなど簡単にハザードを迎え、最後は生きるために何でもするのが当たり前になるが、そのことは馴染める馴染めないは別として理解できるし、努力して理解しなければならないケースもあるように思われる。
 そんなことを当たり前に長年暮らしてきた人たちには、リスク回避より目の前の便利さや安さを優先し妥協するのは当然のことなのだろう。僕は子供たちが関わることであまり譲りたくないが、大人の世界でのそれは半ば諦めている。簡単に変わらないのが実際で、どうしても変わらないなら本当に車を買った方がよいかもしれないと、最近はそんな気になっている。口で言ってもだめなら、そうならない環境を整えてあげるしかないわけで、それが対応として正解だろうと思い始めているのだ。

 話が前後左右に飛び恐縮だが、フィリピン現地では、前述したような世界で暮らしている人が大変多い。そのような人たちの「常識」はまるで自分たちと違うが、社会背景をよく考えれば違って当たり前だ。
 そんな人たちの常識外れ(日本人から見て)に怒りを感じ何かを説教するのも良いが、偉そうなことを言うならその前に食い物をくれと言われるか思われるのが落ちで、生活で追い込まれている人たちには、口先だけの説教は何も効果がない。何かを教え諭すとしたら、それは自分の責任できちんと生活を保証してやり、その上で教えなければならない。もちろん人間同士の信頼関係を金品以外で築ける人は別だが、そうでなければ貧困と向き合っている人とは、金品を渡して初めてこちらが対等な立場に立てることになる。相手がお金に困っている人だから自分が優位に立っているというのは大間違いで、相手を助ける具体的な手段がなければこちらの方が相手にされない。それも相手の境遇を考えれば、当たり前のことである。
 よってフィリピンの貧困層出身者と付き合うなら相手は最初からお金のかかる存在であることを自覚するべきだが、考え方をシンクロさせるのはとても難しいと考えた方がよい。金を出して従わせるのは何とかなっても、考え方を同調させるのは想像以上に困難を極める。更に自分に金がなくなれば、もうお話にならない事態に直面することになる。何とかなると軽く考えている方は結局何ともならず、気付いたら同じ穴のむじなになるか、金が尽きた時に裏切られたと感じる事態になる。
 フィリピンに関わっていればそのような話はよく聞くから、実際にそのような事例は多いはずだ。それでも人の話というのはあくまでも他人事で、ほとんどは僕も含め自分は大丈夫と思っているから、いざそうなった時は何が起こったのか理解できず、理解した時には心に深い傷を残すことになるはずである。そんなリスクをできるだけ回避するためには、相手が信用できる人間か否かの見極めが重要だが、そこに絶対という言葉はないだろうと僕は思っている。

 人間の感情構成がやや違うのではと感じるフィリピンの貧困層だが、一昔前のフィリピン人が、日本人に共通する規範を持ち合わせていたことを想像させる話もよく聞く。貧しくても親戚で助け合い何とか生きることができた人、特に田舎の方では、人としてどうあるべきかの教育が家庭に残っていたところも多いようだ。そのような環境で育った人は仮に学校教育が不足していたとしても、素直さやモラルという大切な部分を持ち合わせている場合もある。
 よって一概に全ての人が難しくダメということではない。最後は自分の相手を見る目にかかっているということになるが、リスクをマネージメントしたいならば、フィリピン人の多くの人にある背景というものを理解し考慮する対応を心掛けるのに越したことはないと思っている。

 一般的にフィリピンで安心して快適に暮らすためにはそれなりの環境を整備しなければならず、当然それには予想以上に金がかかる。フィリピン人のパートナーがいた方が良いに決まっているが、パートナーやその家族にも金がかかる。水と安全はただでないという言葉を、嫌と言うほど実感するのがフィリピンだが、収入源が安泰でない場合は、生死に係わるひっ迫感とも常に闘わなければならない。食生活も同様、毎日安い最低限の食べ物では身が持たない。物理的に腹を満たすことは可能でも、毎日現地の安い料理では気がめいる。しかし貧すればそんな贅沢を言っていられない状況にもなり、下手をすればそれまでこれは酷いと見ていた現地の人たちより酷い生活が待っている。
 具体的な事例の一つを紹介すると、ファーストフードの裏口に捨ててある客の食べ残しをかき集め売る人から現地の人がそれを買い、その肉を貧困邦人がお目こぼしでもらうというものがある。貧困層が肉を食べるとしたら、そんなものしか口に入らないのだ。それを知れば日本のコンビニで捨てられる賞味期限切れの弁当など、何十倍も豪華なものに思えてくる。そんな生活は病気との距離がぐっと縮まるが、病気になっても高い治療費を払うことはできず、それを含め全てが成り行き任せの生活となる。
 相当の割り切りがなければ、普通の日本人には耐えられない生活だ。しかしフィリピンの貧困層の人々はノーチョイスで、いつ終わるか分からないそれを受け入れるしかないのである。
 そこから抜け出すために、自分だったらどうするか。そんな環境で育ったら自分はどうであったか。
 もしそうだったら、おそらく自分は今と全く違う人間性を持っていただろう。もちろん家族に対し、常に生活でリスクを考慮しろなどと言えている自信は、全くないのである。



↓ランキング参加中
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ




posted at 18:27
Comment(6) | TrackBack(0)
カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:690.貧困とは
2013年07月17日

689.意味のないものにも意味がある

 昨日いつも通り六時半に部屋に帰り、すぐにご飯を炊いて作り置きのカレーを温めて食べた。ご飯は二合炊くと、自分にとっておおよそ三食分になる。最初自分の適量は一食一合と思っていたが、一合というのは結構多い。それが分かって二合炊くのは、翌日、翌々日の夕食、チキンライスやチャーハンなどの炒めご飯に使えるからだ。冷たいご飯さえあれば、仕事上がりでも面倒なくすぐに調理できて、それがまあまあ美味い。
 
 昨夜の、作ってから二日経過したカレーは実に美味かった。肉はカレーに溶け出し原型をとどめておらず、しかしジャガイモはこれでもかというほど大きめにカットしたのでしっかり残っている。小さい鍋一つ作ったカレーは三日で完食。安上がりで美味しい食事に満足し、一時間ほどやり残しの仕事をした後に大きなオーガニックセロリを二本ばりばり食べ、少し映画を観て十一時半頃早めに寝た。
 それで今朝起床したのが四時半。まだ早いではないかと再就寝を試みたが、もうだめだった。自分はもう、睡眠時間五時間で十分な人になってしまったのだろうか。寝るのに使う体力も残っていない歳になったのかと、やや唖然とする。いつもは夜更かし気味で眠い目をこすり起きているので、あまり気付かなかった。というよりフィリピンでもそんなことが度々あったから、忘れていたというのが正しいか。

 昨夜映画を観ながら、映画の中身とはまるで関係なく、たまたまぼんやりと考えていた。一日二十四時間、これを仕事、自由時間、睡眠で三等分しそれぞれ八時間であれば、バランスのよい生活と言えるし人生になるのではないかと。しかし、仕事のある日に部屋で自由に過ごせる時間を八時間も取れるのか、何か実感が湧かない。六時半に部屋に帰って七時間過ごせば?(残りの一時間は朝の時間)と指を折って数えてみたら夜の一時半になった。それから八時間寝たら、起床が朝の九時半になるではないか? 何か前提が狂っていないか? と考えてみると、職場までの通勤時間、仕事がスタートする時間まで取っている余裕の時間や帰宅に、結構な時間を取られている。結局これも準拘束時間みたいなもので、平日の時間は仕事関連に八時間以上取られている。その分休日があるからまあ概ね八時間として良いかと考えたあと、しかし自分は睡眠時間に八時間も必要ないではないかと話はようやくそこに帰結する。

 とにかく細かい計算を抜きにして毎日の積み重ねが人生に集大成されるなら、睡眠が人生の三分の一で、仕事と自分の時間も同じくらいに考えておくのがよいだろう。かつての自分は仕事に費やす時間が圧倒的に多かったから、随分偏った生き方をしていたものだと振り返りながら、今は人間らしい暮らしを取り戻しているとしみじみ思える。

 思えばモナと結婚をしてから日本出張時は仕事に明け暮れたが、その分フィリピンでまったり呆ける時間をたっぷり取れるようになった。そんな生活をするようになり、かつて仕事一辺倒に近い暮らし方は人間として異常だったことを、実感として自分の身体が捉え始めている。自分の中でそんな生き方を志向する変化は、フィリピンと関わるようになってから顕著になった。
 でも自由時間に何をするの? なんてことも、仕事人間化から脱し切れていない自分には未だ分かりづらい部分もあるが、そんなことを考えることを止めることからスタートすべきだろうと別の自分が言っている。日々の生活にゆとりがあると言うことは、時間を気にせずくだらないことを楽しむということでもある。

 くだらないこと、無駄なこと、意味のないことを楽しむことは、くだらないことや無駄なことでないことが多い。日本語的に変かもしれないが、これは真実だ。家族や友人とのやり取り、コーヒーを飲みながら世間をぼんやり眺める、こうやって訳の分からんことを書いてみる、読書にいそしむ、美味しいものを自分で作ってみる、インスタントコーヒーの美味しい淹れ方を研究する、映画の流し観をして音楽の流し聴きをする、理解できないタガログラジオを聴く…。そんなことをしているうちに、ぼんやりと人生観みたいなものが形成されていく。
 もちろん仕事の中にも、そこに共通する達成感、充実感を得る要素はたくさんあり、結局食うために仕事をしなければならないなら、そこに生活の糧という以外の意義を見出すことは重要だと思うし、仕事に励むことを僕は否定しない。偏りすぎるとどうなのか? というささやかな疑問を持つだけである。

 家族がマレーシアからフィリピンに帰り、それから時々僕に変なメッセージがくるようになった。例えば「kjshfisekddlxidn」と、こんな感じだ。当然僕は最初にそれを見た時、「なに?」と返事をした。すると画面にテキスト打ち込み中と出て、また「sdhajjdgdittedoxdg」と返事が返ってきた。初めての時はさっぱり訳が分からなかった。ハードが壊れて文字化けしているのかと思ったが、このチャットの相手はユリで、モナの携帯をユリが勝手にいじって僕にメッセージを送っていた。
 ユリは誰にでもこんな風にメッセージを送るわけでなく、ちゃんと僕と通信していることを自覚している。なぜユリがそこまで分かるかと言えば、モナの携帯のコンタクトリストで僕は、写真入りだからだ。それ以来、でたらめテキストがくると僕は返事をする。
「hshgtohgada;fdadjhgtrirvnv」
「おはよう」
「kfgshrinf,slfhhjfiorkskfjgh」
「元気?」
「jdhfadjhfeiajkdjhfdajdifeoadjf」
「そうか、よかったよかった」 

 こんな感じでやり取りは続くが、ユリはきちんと僕の返事を待ってからテキストを返すので、これを続けていると、こちらは宇宙人と交信しているような気分になってくる。しばらくするとモナが、「またユリが携帯いじっていた」と書いてよこす。
 僕がユリのメッセージに返事をしないと、彼女は携帯に向かってむかついているそうだ。昨日はユリがフェイスタイムを使い僕に電話をしたらしいが、僕が電話に出ないので彼女は暴れていたとモナが教えてくれた。時々ユリのどアップの写真も送られてきて、僕が、これは何の意味を持つ写真だろうとまじまじと写真を見つめて考えていると、ユリが勝手に自分の写真を撮って送っているとモナからメッセージが入る。一度はユリが携帯に入っている写真を適当にフェイスブックにアップしたことがあり、モナに「やばい写真があったらやばいぞ」と注意したことがある。

 こんな子供とのやり取りも、時間が取れて気持ちにゆとりがあるから付き合える。仕事に追われて目がつり上がっている時に、訳のわからない彼女のメッセージはとても楽しめるものではない。やり取りの中身はまるで意味を持たないように見えるが、ユリの中にはきっと彼女のイメージしている会話があり、ユリはその会話をしているつもりだ。そうであれば何を話しているか分からなくてもこのやり取りは立派な親子のコミュニケーションで、それはきちんと意味を持つ。
 離れて暮らしているだけに、僕にはそんなやり取りは重要だが、こんなことを重要と感じる感性や対応できる気持ちのゆとりを持てる今の生活形態は、生活費のことを含めてバランスが取れていると感じられる。
 家族がフィリピンに帰った後遺症も消えた。よって自分で料理をするようになっている。家族が消えた当初、食わせる相手がいない料理など、する気が全く起きなかった。
 こうして何とか元気に生きている。フィリピンは恋しいが、インターネットラジオでマニラのCool FM90.1から流れる音楽やタガログDJに癒されながら、我慢している。この放送で特に僕のお気に入りはI’m yours.というプログラムで、僕はそこの女性DJの声や話し方が大好きだ。もちろんタガログでほとんど意味は分からないが、不思議な魅力を持っている。これも中身は分からず意味がなさそうでありながら、今の僕には大きな役目を果たしてくれるものになっている。
 この放送、日本でフィリピンが恋しくもんもんとしている方に、是非お薦めしたい。
 


↓ランキング参加中
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ




2013年07月15日

688.その後

 一昨日、ちょうど前の記事を出した日の夕方のこと。
 コーヒーショップでまったりしている僕に、モナからメッセージが入った。僕の更新されたブログ記事(前回記事)に気付き、読んだとのことだった。
 彼女は読んでいるうちに、涙がこぼれたと言った。僕は、なぜ涙を流したのか、つまり嬉しいからか悲しいからかを訊いた。何せ二人には言葉の壁があり、文章の場合はなおさら彼女の理解が怪しいから、僕はどうして涙がこぼれたかを確認しなければならなかった。

 モナは、「嬉しかったからでしょ!」と言った。つまり自分の気持ちは、記事を通し彼女に伝わったということだ。自動翻訳機でよく理解できたと思ったが、その時彼女から、二人の間に適用したいルールを提案された。それは、僕がモナに与える愛の大きさに応じて、モナが僕に返す愛の大きさが変わるというものだった。もし僕が100%の愛をモナに与えたら、モナも100%の愛を僕に返す。ただし条件があり、僕のモナに与える愛が100%を切った場合、それが99%だとしてもモナは1%の愛しか僕に返さない。もし僕の愛が0%になったら、モナの愛はマイナスになる。つまりこれはイーブンではなく、僕に大変不利な条件になっている。1%の愛というのは、つまり冷たくするというものだ。マイナスの愛とは、嫌がらせや仕打ちがあるということだろうか? 僕はその時、モナが自分を鞭打つ姿を想像してしまった。もし僕に時間があったら「マイナスの愛とは何か、それを具体的に述べよ」とモナに問い二人で笑える話に花が咲きそうな気もしたが、とにかく彼女の真意は分かったので僕はオーケーと返事をした。細かいことを抜きにしてモナが「このルールを認めるか?」という事は、要は「僕の愛の全てを自分たちだけに差し向ける覚悟があるか?」を確認したいということである。きわめて不利な条件でも、そのつもりがあるなら問題ないでしょうということだ。ここでいつも愛していると言って欲しい人に、具体的な中身を議論したいと言い返事を躊躇したら、話がややこしくなるのは間違いない。

 今回の件でいろいろ思い出した。数年前のモナと結婚する前に、リンから今後も友達として連絡を取り合おうと提案されたことがある。その時彼女には、既にカナダ人の恋人(当時はプロポーズをしてくれる友人と話していた)がいた。僕はその恋人が嫌な気分になるだろうからそれは止めた方がよいと言ったが、彼女は、彼には私たちのことを全て話しているから問題ないと言った。次に僕が言ったのは、モナが気にするから、もし友達のような付き合いをするなら家族ぐるみの付き合いのような形でなければだめだと言った。そこでリンには、モナを含めるのは嫌だとはっきり言われた。リンは自分たちの間に割り込んだモナを許すことはできないということだった。しかしこの場合、モナにだけ責任があるわけではない。いくらモナが割り込んだとしても、僕がしっかりしていればややこしい話にはならなかったからだ。もしくはあの場合、モナの存在とは無関係に二人の関係は終わっていたとも思われる。もちろん復活の余地を残してだが。だから責められることがあるとすれば本来その対象は僕になるはずで、その厳しい言葉は僕の胸に突き刺さり、自分の居心地が悪くなった。
 とにかくリンがそこまで言うなら、その話は受け入れがたいと僕は言った。そもそも僕は、今後積極的な友達付き合いをする意味が何かあるのか? とそこに素朴な疑問を持ったし、フィリピン人や欧米人はその辺りの感覚が日本人と少し違うのかと考えた。
 
 こんなやり取りの後に彼女とはインターネット上でも疎遠になり、久しぶりに連絡を取り合ったのが二年前の東日本大震災の時だった。彼女からフェイスブック上に突然、無事かとメッセージが入ったのだ。連絡ルートが途絶えていた僕に対しどうやって安否を確認するかを考え、フェイスブックは友達でなくてもメッセージが送れることを思い出したそうだ。たまたま仕事で日本にいた僕は、他にも連絡が途絶えていた懐かしい人たちから連絡をもらい、震災の翌日や翌々日の土日、侘しいマンスリーマンションの一室でそれらのメッセージに対応した。
 
 インターネット上のメッセージは当たり前だが、唐突にやってくる。冒頭のモナとのやり取りをした日の夜中二時頃、フィリピンで付き合いのある男性フィリピン人から僕のフェイスブック上の写真に珍しくコメントが入った。最初は「元気?」というものだったが、そこが他人から見えるコメント欄であることを忘れ、そこで彼とチャットのような会話になった。すると彼と会話している最中に、リンからフェイスブック上に「あなたのライフ(人生・生活)はどうですか?」とチャットメッセージが入ってきた。それに対し僕は、今の生活はグッドだと返事をしたが、ユリが大きくなったねという話から、僕は来年初めにもう一人子供が生まれることを彼女に教えた。彼女は、今のところ私たちに次の子供の予定はないと言い、それ以降の彼女のメッセージに対し、僕はイエスとかグッドとかオーケーという短い返答に終始した。せっかくの機会であったが僕から彼女の近況を詳しく聞き出すことはせず、彼女は僕のそっけない対応を感じ取ったのか、彼女の方からあっさりチャットを打ち切った。

 僕は翌朝、早速モナにこのことを報告した。モナには前日、リンと個別なやり取りは一切ないと報告したばかりだから、時間が経過してこのやり取りが発覚したら、時系列がこんがらがって僕が嘘を言ったことになり兼ねない。ここは自ら進んで報告しておかなければ、後々またややこしい話になってしまう。それに対しモナは過剰反応をせず、「あなたは私が怖いの?」と笑って答えた。僕の妙な焦りをモナに見透かされているようだったが、僕は少し背伸びをして「怖くなんかないよ」と答えておいた。ここでモナとの会話が、少しリンの話題になったが、彼女はごく普通に機嫌よく話していた。
 
 こんなモナとのやり取りを経て考えると、家庭は旦那が奥さんの掌の上で踊らされているのが一番上手くいくのかもしれないとあらためて思う。掌で踊らされているふりでもよいから、そうやって奥さんに満足感や安心感を与えておけば、色々なことが円満に解決できそうだ。人によっては男としてや稼ぎ頭としてのプライドがそうすることを邪魔するかをしれないが、それも考えてみればたいして大きなものではない。こじれて困るのは自分を含めた家族全員で、困ると思う人はたいてい、自分が家族に依存して生きているということだ。

 前回の記事にはブログ上でいくつかコメントを頂いたが、僕を心配してくれる方々から直接いくつかの電話も頂いた。概ね意見は、僕のリンが気になる気持ちは分かるが、僕が今後、必要以上に彼女に関わってしまうのではないか心配というものだった。リンからリクエストがあったシチュエーションで僕がどうすべきだったか、それは友達を承認した後に相手がリンだと気付いたら、すぐに何らかのメッセージを入れ友達を解消すべきだったというものだ。大方の意見がそうであれば、渦中にいる自分は何かを見失っていて、その意見が正解なのだろうなと思った。もちろん、あなたも僕と同じ立場になったらどうするか分からないよ、という考えを持ちながら思っている。男は女に比べ、過去を引きずる生き物であることは各方面で言われていることである。
 それにしても僕の中では、周囲が思う以上に心の中が落ち着いている。もうそんなことで騒ぐ歳ではないのだ。男たるものそんなに早く落ち着いていいのか? などという別の寂しいような気持ちもなくはないし、色々謳歌している人たちを羨ましいと思うこともあるが、それを目の前にしてさえ気色ばった考えが頭をよぎることはない。そんな自分を、これは一種の病気かもしれないとさえ思うが、それだけ気持ちは平静を保ち安定している。
 これは、これまでの経験から得た自分の最大の学習効果で、おそらく僕は今、自分の人生の終着点における姿を想像しながら、それを創造しているのである。これからの期間で自分が何か間違いを犯したら、取り返すことができたとしてもかなり難航するだろうし、取り返しのつかない事態に陥る可能性の方が大きい。自分はもうそのような歳になり、保守的になっているのかもしれない。

 何か自分が寂しく縮こまった印象を与える書き方になっているが、実際にはそうでもない。まだ子供は小さいし、これから新しい命も生まれてくる。その点に関しては縮こまっている暇はなどないくら大変だと、自分を鼓舞している部分が大きいし、これから三十年くらい、どうやって生きていくかも考えている。僕にはそこに余計なことを持ち込むほど、能力を含めた甲斐性がないということである。自分のキャパシティがどんどん小さくなっていることを実感しながら、今の幸せを維持するのが精一杯なのだ。
 これが今、自分が自覚していることである。



↓ランキング参加中
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ




posted at 17:18
Comment(6) | TrackBack(0)
カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:688.その後

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。