フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2010年01月27日

81.国際通話料金

ここだけの話であるが、僕はフィリピンにいるモナに電話をする時には、会社で持たせてもらっている携帯を使う。会社ではブラステル(国際通話サービス会社)に加入しておいり、僕の携帯の番号はブラステルに登録してもらっているので、ブラステルのナンバーを入れてからモナの携帯番号を打ち込むと、勝手に(?笑)会社のブラステル経由でフィリピンへ繋がってしまう。ブラステルの残高が少なくなると会社がお金を振り込んでくれるので、いつでも通話オーケーなのである。

本日会社の電話から、マレーシアに電話をしてみた。これも勿論ブラステル経由で電話が繋がる。

ブラステルで国際電話をすると、最初に女性の機械音声で「○○○分ご利用できます。ブラステルのご利用ありがとうございます・・・」と、何分話せるかがアナウンスされる。
残高が同じでも、相手国への通話料が安ければ長く話せるし、通話料が高ければ、短い通話可能時間が通告されるわけである。
その通話時間で驚いた。マレーシアへは、約4000分も話せるというアナウンスが流れたのである。フィリピンのモナへ電話をする時には、約900分というアナウンスであった。そう、フィリピンへの通話料が、マレーシアより5倍近くも高いのである。だからフィリピンへ電話をすると、残高の減り方が異常に早い。

フィリピンへの電話が高めであることは、以前から知っていた。逆にアメリカへの通話が安めであることも知っている。しかしマレーシアが安いのは知らなかった。
僕は日本から電話がかかる頻度が高い地域ほど、通話料が安いと思っていたから、マレーシアがとてつもなく安いのが納得ができなかった。そこで少し調べてみた。

日本の固定電話からマレーシアの固定電話へ電話をする場合、8.33円/分。
日本の固定電話からマレーシアの携帯電話へ電話をする場合、11円/分。
日本の携帯電話からマレーシアの固定電話へ電話をする場合、23.33円/分。
日本の携帯電話からマレーシアの携帯電話へ電話をする場合、26円/分。

それではフィリピンはと言うと、
日本の固定電話からフィリピンの固定電話へ電話をする場合、20円/分。
日本の固定電話からフィリピンの携帯電話へ電話をする場合、22.5円/分。
日本の携帯電話からフィリピンの固定電話へ電話をする場合、35円/分。
日本の携帯電話からフィリピンの携帯へ電話をする場合37.5円/分。(相手がグローブやスマートの場合。相手がサンセルラーだと40円/分となる)

※ちなみに上記料金は、発信元が携帯電話の場合AUで調べた結果である。また発信元が関東エリアのある場所という前提。

会社からマレーシアへの電話は固定電話から固定電話であったから、一番安い8.33円/分で、モナへ電話をした時には、携帯電話から携帯電話だったので37.5円/円で、フィリピンへの電話は4.5倍も高かったわけである。

しかもマレーシアの方が総体的に安い上に、固定-固定/携帯-携帯が約3分の1に対して、フィリピンの場合は、同じく固定-固定/携帯-携帯が約1.9分の1にしかならない。
つまりフィリピンへの通話は、安く工夫しようとしても、2分の1弱しか安くならないということだ。
ふ〜む。昔からフィリピンへの通話は高いと思っていたが、まさかマレーシアとこれほど差があったとは知らなかった。

ついでに、携帯電話から携帯電話への通話で、他の国の料金も調べてみた。
シンガポール 23.33円/分。 中国 23.33円/分。 台湾 35円/分。 タイ23.33円/分。 インドネシア 33円/分。 イスラエル 40円/分。 アメリカ(本国) 23.33円/分。 インド 25円/分。 香港 23.33円/分。 バングラディッシュ 26円/分。 イギリス 42円/分。 疲れたのでもう止めることにする。

フィリピンの37.5円/分は、アジアエリアではかなり高めの設定であることがわかる。まるで狙い撃ちのような気がしないでもない。インフラの関係なのだろうか。それともフィリピン現地で、携帯会社の取る料金が高いのだろうか。どちらもありそうだが、どちらかというと後者の要因の方が、大きなウェイトを占めているような気がする。
フィリピン国内では、携帯の通話料金は日本並みに高いからである。

フィリピンに深く関わっている自分としては、少し残念な結果である。
※ちょっと疲れました(笑)

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2010年01月26日

80.人生如何に

昨日の記事で紹介した返信の内容に、更に返信がきた。その方曰く、人生はリセットできないと思うよ・・・である。この返信をきっかけに、本日はボーっと、普段考えていることをだらだらと書いてみることにした。特に落ちも結論もなく、だらだらと・・・。

僕は人生は完全にやり直しができないと書いたが、そう言ってしまうとあまりにも寂しい。そう、リセットできないという表現の方が適切だと思う。

人間が生きていると、必ず足跡が残る。足跡を残さない生き方などできないし、もしそんな方がいたら、それは生きているとは言えない。
足跡とは、何らかの事実であり、他人や自分の中に残る記憶である。この記憶が厄介で、消したいと思っても消すことはできない。ましてや他人の記憶に残った事実は、その大きさ、影響度、感情などを想像することしかできないので、ますます厄介である。
それを全て消し去ってやり直しをすることなどできないのである。

今思えば、若い頃はそんなことは考えたこともなかった。今色々と考えるのは、足跡が多い少ないの違いなのだろうと思う。だからきっと、若い方がこの内容を読んでも、ピンとこないかもしれない。

僕はそれらを、一つずつ清算できたらどんなに楽になるかと思うことがある。
僕の足跡は、決して他人に褒められるものではないと思っているからである。自分の足跡が残ることを意識できていれば、僕はもう少しましな生き方ができたかもしれないと思う。何事にも熟慮し、先を見越して事に当たれば、かなりましだったような気もするのだが、しかし過去にそれが分かっていたとしても、そんな生き方ができたであろうか疑問でもある。矛盾しているが、考えるとそんな結論になる。やはり自分には、立派な生き方はできなかったかもしれない。
そしてこれは、誰しも当てはまることではないかという気もするのである。傷を負っていない人など、おそらくいないだろう。

ただし稀に、立派な人に遭遇することがある。そう感じる人は、社会的に成功を収めた人とは限らない。いつでも誰にでも、正直に誠実に対応する人である。こんな人は、他人を傷つけることなどないだろうと思われる人だ。どちらかというと、そんな人はいつも貧乏くじを引いて苦労している場合が多いが、そんな人に出会うと、その人が仮に貧相な暮らしぶりだったとしても、僕は羨ましいと感じてしまうのである。

たまには反面教師のような、醜い人にも出会う。人を平気で裏切ることができる人である。そんな人を見ると、不思議な安心感と興味を持つ。相手と自分を比較して、僕はまだましではないかと思いながらも、このような人の人生はどのような展開を見せるのだろうという興味である。きっとろくでもない人生になるのだろうと思っていると、意外と成功してお金持ちになったりするから、人生とは不思議なものだと思ったりする。もちろんその人がそれで幸せかどうかはわからない。やはり何かを背負って苦しんでいる部分があるかもしれないのだが、傍目にはさっぱりわからない。そして傲慢な人は他人の心の傷など気にしないから、きっと幸せなのだろうと想像をする。

かなり抽象的な内容で申し訳ないが、今日はだらだらと書くと宣言したのでこのまま筆を進めたい。

僕は他人の感情を完全に自分から切り離して前に進むことができない。自分が今の生活に幸せ感を感じるほど、これまで残してきた自分の足跡が気になるのである。それが時には無意味であることを十分承知している。しかし気になるものは仕方がない。しかしそれらに縛られていると中々前に進めないから、仕方なく前進しているのである。時には積極的に前に進めないから、惰性や人任せになることもある。それが続くと、それではいけないと自らを奮い立たせることもある。結局この繰り返しである。

僕がフィリピンでの生活を決めたのは、過去の色々なしがらみから逃げたかったからではないだろうか。全く新しい人間関係と信用をそこで築き、新しい生活を始めたかったからだと自己分析している。前述したような精神的苦痛を和らげるために、この道を選んだのだ。

のどかで人間が優しいフィリピンは、そんな自分には最適な場所であった。本当に癒される生活を営むことができる。できれば仕事も、以前とは全く違うことをしたかった。贅沢な暮らしなどは全く望んではおらず、ただただ静かに平凡に暮らしたかっただけである。
しかし現実は甘くはない。生活を安定させるためにはそれなりに手を打つ必要があり、結局サラリーマンになり、そうなったからにはそれなりの責任を果たすために、日本で仕事をしたりしている。だからこそフィリピンで癒しのある生活ができるのだから、そこに同道巡りがあり、自分の能力はその辺りが限界なのだろうということに帰結する。

僕は自分が人生が折り返し地点を過ぎただろうと思っているが、ここから自分の人生を挽回できるだろうかなどと考える。そしてそんなことを考えながらも、ふと、人生を挽回するということは具体的にどのようなことだろうかなどと思ったりもする。それは死ぬときに思い残すことがないことなのだろうか。もしそうであれば、これまでの分を取り返すという大変な道程である。そして半分を切った残り時間は、とても少ないと感じる。
だからその残りの人生を、どのように組み立てるのがベストなのか、時々ぼんやりと考えるのである。結婚をして子供を持ったことも、大それたことをしてしまったような気にもなる。尚更これからの人生の組み立てが気になってくるし、にわかに焦りも生まれる。
僕はそれらについて、具体的なプランニングをしたいわけではない。漠然としたもので良いから、イメージを固めたいのである。そして考えれば考えるほどわからなくなり、難しい問題だということに気が付く。答えはありそうで見つからない。それだけ切り開くべき道程が、先ほど述べたように険しいからであろう。

フィリピンの人を見ていると、真面目な人でさえ、今後(将来)のことは全く考えていないように感じる。もともとぶらぶらしている人はずっと惰性で生きているし、これからもそうだろうと思われるような生き方をしている。
しかし彼らは、生きていることに手ごたえを感じているように思える。それは我々日本人が求める手ごたえとは違う方向のものかもしれないが、少なくとも彼らは、人生を楽しんだり、意味を感じて生きている。ダディーもママも、何かその辺りに芯のようなものを感じる。
実は僕はかなり以前から、フィリピン人に不思議な何かを感じていた。それが何かわからなかったのでこれまで触れなかったが、不思議な何かとは、それだったのではないかと最近になって思うのである。
だからそんな彼らが、人生とは何かを僕よりも知っているのではないかと思うことがある。その面においては、フィリピン人の方が日本人よりも悟りを開いていると言った方が良いかもしれない。逆に日本人は、自分の人生観を見失っているように見える。僕もその一人なのかもしれない。

だから僕は、フィリピン人の彼らが、人生についてどのように考えているのかにわかに興味を持っていた。自分の人生を全く諦めているのか、それともそんなものだということを熟知しているのか、もしくは人生観が我々と違うのか、である。
少なくともフィリピン人は、先ほど述べたダディーやママから感じるような、人生について決してぶれない、達観した何かを持っているような気がする。だから彼らは余計なことは考えない。そして余計なことを考えない彼らの方が、幸せな生き方をしているのではないかと思うことが多々ある。
その結果収入が少なく、旅行やショッピングを楽しめなかったり、美味しいものが食べられなかったりするのだが、彼らはきっと、そんなことができたらいいなと思いながらも、それができないからといってそれをさほど気にしてはいない節がある。
彼らは家族がいつも一緒で、みんな元気で仲良く暮らせていたら、それだけで幸せなのかもしれない。それが一番大切なことであり、それが全てであるようにも見える。

僕はフィリピン人の生き方を肯定しているわけではない。むしろ否定したいことの方が数多くある。ただ彼らの人生観には、自分の人生観を明確にするためのヒントが隠されているように感じるという話である。フィリピン人に魅かれるものを感じるのは、それではないのだろうかと強く思うのだ。
それは日本人がどこかへ置き忘れ、無意識に捜し求めていたものかもしれない。それに偶然出会ってしまった人は、捜し求めていたものに触れ、無意識に得たいの知れない共感を得るのではないかと僕は思っているのである。

それにしても、本当にだらだらと想いに任せて書いてしまった。
僕はいつもいつもこんなことを考えているわけではない。ただ、生きることに手ごたえがなくなったり、もっと手ごたえを感じたくなったときに、そんなことを考える。

僕はこれからフィリピンで会社を立ち上げ、そこで責任を持って活動をしていかなければならない。ますます仕事の渦の中に身を落としていくことになると予想される。
それらの仕事は十分手ごたえがありそうであるが、果たしてそれは自分が望んでいた道なのか、今更ながらに思ったりする。特に気持ちがぶれているわけではなく、ただ漫然と考えているだけであるが。

フィリピンにいる時には、ユリに手がかかり、インターネットの不調にイライラし、家の不具合に驚きと、余計なことを考えている暇がない。
こんなことを考えるのも、家族と離れて一人暮らしをしているせいなのだろうか。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:80.人生如何に
2010年01月25日

79.便り

先日○○さんから、唐突にメールが入ってきた。僕のブログを読んで下さり、それからメールのやり取りを始めた方である。日本海に面した場所に住んでいる方で、たまには電話で話をしたりすることもある。不思議と昔から良く知っいたような人のような、懐かしさや安心感がある方だ。
その方のメールは、最近漫然としているということ、僕の仕事の進捗はどうか、そしてモナの子育てノイローゼは大丈夫かという内容であった。
忙しさにかまけて返事を4日も据え置きしてしまったので、ようやく日曜日の今日、その返事を出した。その中には、最近の自分の心境のようなことも書いている。そのうちブログ記事にしようと思っている内容も書いたので、いっそその返事を、そのままコピーしてしまえと考えた。
以下が、自分の返事である。

<以下、メールの返事>
○○さん

返事が遅くなりすみません。
最近ちょっと忙しかったもので・・・。
もともと予定していた仕事は進んでいますが、予定外の細かい仕事がたくさんあり、そちらは手付かず状態で追いつきません。

○○さん、燃え尽きちゃったんですか?
そんなときには燃え尽きたまま、しばらくボーっとした方が良いかもしれませんねぇ。漫然と過ごしていると、得たいの知れない不安が襲ってくることがありますが、長い目で見たら、どうせまた、しゃかりきになることが出てきたり、自分を忙しくする何かが発生したりしますから。

モナはたぶん大丈夫かな?家族が一緒ですから。
話を聞いていると、大変だと言いながらも、結構楽しんで子育てをしている部分もあるなと感じます。

ただ、今僕が日本で仕事をしていて、一旦フィリピンへ帰った後も、また度々日本で仕事がありそうだということをモナは感じ取っているらしく、次にフィリピンへ帰ったときには、自分たちの将来のプランについて相談があると話していました。具体的な内容は聞いていませんが、おそらく長期間日本で仕事をする時には、一緒に日本で暮らしたいという話が含まれていると思います。
それでも良いのですが、ベルのことを良く考える必要があります。ベルの学校のことと、ビザの件です。
ベルを一人フィリピンに置いて日本へ来るのは、彼女にとってはとても酷ですからねぇ。モナが仕事のためだからと一人日本に来るのはまだいいとして、ユリだけ連れて日本へ来るのは、ベルにとっては疎外感を募らせる要因になるはずです。
ここを解決しない限りは、モナには我慢をしてもらうしかありません。

しかしユリをあそこに任せておいて良いのかどうか・・・。
これは少し心配です。あまりにも甘やかしすぎですから。

例えば6歳のベルが、学校があるからと6時頃に起こされます。寝起きでベルは機嫌が悪く、朝食のテーブルについてもごはんを自分で食べません。するとママがベルの横に座り、スプーンでスープをすくいベルの口へ運び、次にパンをちぎってマーガリンをつけて、それもベルの口へ運びます。ベルはボーっとしながら、自分の手を一切使わずに朝食を取るわけです。○○さん、信じられますか?もしこれがユリだったら、僕は絶対に怒りますよ。それでも我侭を言うのであれば、ご飯を食べなくていいと言います。
一事が万事、このような感じなので、僕はベルのことが心配になり、そしてユリのことも心配してしまうわけです。

救いは、それでもベルはとても優しい面があることです。
それと、3月に初めて会ったときに感じた、底抜けの我侭さが、少しなりを潜めてきたような気がします。
それは僕がモナにベルを叱らせているせいではないかと思います。叱られて反省をし、態度が少し変わっているような気がするので、まだまだ望みがあるのかなと思っています。

僕はこれまで、あまり意識していませんでしたが、子供にとって父親の存在というのは、意外に大きいのではないかと思うようになりました。
学校においても、自分に父親がいるというだけで、ベルはそれを嬉しく感じているようです。僕が学校にベルを迎えにいくと、遠くから大声でダディーマークと叫んで、嬉しそうに駆け寄ってきます。
ベルは普段、僕をダディーマークと呼びますが、これまで2度ほど彼女は、僕のことを自然にダディーと呼びました。ダディーの後ろについているマークが取れているわけです。
そんなときに、ああ、少し本当の父親に近づいたかなと嬉しく思ったりします。


そちらは雪ですよね。お金と時間に余裕があれば、そちらにふらっと出かけてみたいと思っているのですが、中々実現できません。

時々思い切りの冬の中に、身をおきたいと思うときがあります。雪の中で、荒れ狂った日本海が見たいと思うのです。ついでに写真を撮って、いつも見れるようにしたいのです。
これは他人が撮った写真ではなく、自分が撮った写真です。それを見ることで、そこにいた自分を思い出したいからです。
なぜそのように思うのかわかりませんが、最近人生について色々考えているからではないかと思います。
僕のブログのコメントで、人生はやり直せるのですねと言われたことがありますが、人生は完全にやり直せないというのが、僕の持論です。全ての人が、どうしても自分から切り離せないことを引きずっているものだと思うので、僕はそう考えています。

他人から見れば、僕が何とか人並みの幸せを手に入れたように見えるかもしれませんが、実は引きずっているものはたくさんあります。中にはただの感傷のようなものもあります。自分の中では全て解決していないし、これからも解決しないのだろうなと思っていること多しです。
そんなことをかみ締めながら、日本海を見たくなるわけです。△△で育ったからですかね。
若い頃は意味もなく海を見に行きました。正直に言うと、きっとその頃に戻りたいという気持ちの表れなのだと思います。

こんなもやもやした気持ちがあることをそのうちブログ記事にしようと思っていましたが、○○さんへのメールに書いて、少し気持ちが整理できてしまいした。
このメール、そのままブログにコピーしちゃおうかな・・・。
○○さんのメールも一緒に・・・。へへへ

もちろん名前は○○にしますが・・。

あとで電話します。
ではでは。
<メールの返事はここまで>

こうやって僕は自分の気持ちを整理したり、自分で自分を慰めたりしている。わけがわからないときには、現状を誰かに話すだけで、何か解決策が見いだせなくても気持ちが静まったりするものだ。だから人は一人では生きていけないと、痛切に思うのである。

フィリピンの様子を少し追記すると、モナの話ではユリがまた少し進化している。
フィリピンでは、モナもモナの家族も、みんな一生懸命ユリに話しかけているそうである。するとユリがよく笑うらしい。反応があるから、みんな喜んで話しかけるという具合になっているとのことであった。そしてユリも、片言の言葉を話すというのだ。ユリはまだ生まれて2ヶ月だからそれはあり得ないと言ったのだが、モナは本当だと言って譲らない。

「ユリは何て話しするの?」
「この前はアコ(私)って言葉を話してたよ」と、ユリの話し口調を真似て教えてくれた。
「そう?・・・・。であなたは何語で話しかけてるの?」
「ビコール、タガログ、英語」
「あれ?日本語は?」
「へへへ、それはママとダディーが教えてるよ」
「はあ?ママもダディーも、日本語わからないでしょ?」
「ママはいつも、おはようとか、ありがとうとか、いただきますって話してる。ダディーはトヨタ、ヤマハ、カワサキ、ホンダって話してるよ。全部モータサイクルのメーカーだよ。聞いていると面白いよ」
「それは日本語っていうのかなぁ・・・」
「あとね、少し首が硬くなってきてる。それとね、ユリはまた長くなったよ」
これは首が座り始めていることと、身長がまた伸びたという意味である。
「そうか?なんか早いなぁ」
「ユリは全部早いよ。言葉も早いし、彼女はジーニアス(天才)かも」
「あなたの天才は当てにならないよ。だってベルのことも頭いいって、いつも言ってたじゃないの」
「オッオー、ベルは頭いいよ。ただ勉強に興味がないだけ」
「そっか、それじゃ僕も興味がないだけだな・・・」

とにかくモナは親ばか傾向があるので、彼女の子供の話は全て信じられないが、ユリが大きいのは確かである。まだ一ヶ月の頃から、みんな3ヶ月?4ヶ月?と訊いてくる。最初に用意したユリの服は、あっという間に小さくなって着れなくなったから、それは間違いない。僕が日本へ戻る前も、首が座るのはそれほど時間がかからないかもしれないと思うほどであったら、首の話も本当だと思われる。
しかし言葉を話すという、その信憑性は如何なものか。僕は自分の目で見るまでは信じられない。希望的観測に基づく思い込みではないかと思っている。
しかしその真偽はともかく、そうやって楽しそうにやってくれていることが嬉しい。子育ての苦労が紛れるというものである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:79.便り

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