フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2010年01月18日

75.アバウト

コメントで、家の建築は設計士に管理を任せると良いと聞いた・・・という話を頂いて思い出した。ジャマイカの家のことである。

1月3日に引越しをし、そこに住んで初めて気付いたことがある。
僕とモナの部屋には専用のバスとトイレがある。そして2階には、もう一つみんなの共用シャワールームとトイレがある。
いつもは自分の部屋のトイレを使用しているが、たまたま共用トイレを使おうとしたら、モナが慌てて言った。
「マハール、そっちのトイレは、フラッシュできないよ」
「はあ?なんで?」
「水のホースが、ちゃんとつながっていないから」
「はあ?意味わからない。ホースって何?」
僕にはモナが、何のことを話しているのか皆目見当が付かなかった。

「だから水の出るホースよ」
「それじゃあ、つなげばいいじゃない」
「それできない。だって家こわさないとだめだから」
「はあ?」
僕はますます混乱した。
「わかった、とにかく見てみるよ」
僕はそう言って、その共用トイレに行ってみた。モナも僕の後について来た。トイレは見たところ、特におかしいところは無い。手洗いの水も出る。
「どこがおかしいの?」
「だからここのホースに水が流れないのよ」と、モナはフラッシュ用の水をためるタンクに繋がった排水管を指さした。
「なんで?」
「わからない。このホースがうまく繋がってないみたい」
「どこで?」
「だから、この壁の中」
「・・・・・」僕は配管が差し込まれているその壁を見つめたまま、絶句である。

壁の中で水の管が、うまくトイレのタンクの管に接続されていないと言いたいらしい。そして、それを直すためには、綺麗にタイルが貼られた壁を壊して、配管の具合を確認してからつなぎ直さなければならないということだった。しかも手洗い用の排水管も、水をたくさん流すと漏れると言う。シャワーは問題なく使用できるそうだ。
「それじゃあその水はどこに行ってるの?」
「わからない」
「それじゃあ今このトイレは、使えないってこと?」
「だいじょうぶよ。バケツの水を流せばいいんだから」
「これ、いつから壊れたの?」
「最初から」
僕は再び何度目かの「はあ?」と言った。
「それじゃあ業者に修理させようよ」
「でも壁壊れるよぉ」
「だけどトイレがまともに使えないんじゃ、だめでしょ。これは工事の人が悪いんだから、その人にただで修理させればいいんだよ。このタイルのお金も、もちろんその人に払ってもらうんだよ」
「でもその人、いやだなぁ。人の顔を見ると、お金お金って言うから」
「それじゃあますます、だめな工事をしたんだから、ちゃんと直してもらわなくちゃ」
「その工事の人、好きじゃないから、途中から別の人にやってもらったのよ」
「それでその時は、もう水はおかしかったの?」
「そう。新しい工事の人から教えてもらった。壁の中でだめになってるって」
「それがわかってて、そのまま最後まで工事しちゃったの?」
「だって壁壊さないと、直らないっていうから」
「・・・・・」再び絶句してしまった。なぜすぐに、それを修理させなかったのか。今となってはかなり時間も経過している。しかも、バケツに水を汲んでおけば、マニュアルフラッシュができるから問題ないというその発想が、僕にはどうにも理解できなかった。
新しい家を作ったのだから、欠陥があったら直ちにクレームを出すべきなのだが、そんな考えが無いようなのだ。
「とにかくさぁ、その工事の人に連絡してみてよ。あなたが文句を言えないなら、僕が言うよ」と、とりあえずその場はそれで終わった。

そして数日後の雨の夜、階段が濡れていることに気付いた。
「ねえ、大変、大変、ここ水漏れているよ」
「あ〜、それ、窓をまだシールドしてないから」
階段の横に、1階から2階にまたがる大きな窓があるのだが、モナはそこが未完成のようなことを言う。
「何でまだなの?」
「工事の人、忘れたみたい」
「え?それで何で直さないの?」
「そうねぇ、それ、連絡するの忘れてた」
「・・・・」再び絶句である。

お金をかけて家を作ったというのに、この有様である。中古住宅ではない。新築なのである。にも関わらず、工事をする側もいい加減ならば、それをお願いした方も、かなりアバウトな状態。
僕はフィリピン人の性格をかなり把握できてきたと思っていたが、再び全く自信がなくなった。この件については、とても理解できないのである。不思議なのだ。そして最後には、何かを言わなくてはならないはずなのに、言葉が底をついて口から出せなくなってしまった。

この件については、モナの両親も知っている。しかし特に騒ぎもせずに、普通に住んでいるから、これがフィリピンスタイルというものなのだろうか。細かいことを気にしないにしても、時と場合によると思うのだが、どうもこの辺りの感覚は、日本人の僕と、かなり違うようである。

トイレの件では、僕は少し怒っていたが、次に窓の水漏れの話を聞いたときには、怒る気がなくなっていた。怒ることよりも先に、そんな事態を普通に容認しているモナやその家族がおかしいのか、それともそれを理解できない自分がおかしいのか、しばらくの間真剣に考え込んでしまった。
そしてここまでくると、他にも何かありそうな気がして怖くなってしまうのである。
しかし、次は何かがあっても、僕も驚かないかもしれない。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:75.アバウト
2010年01月17日

74.異文化の克服

フィリピンで3ヶ月も生活していたせいか、早ね早起きが体に染み付いていしまった。夜更かししようと思っても、体がいうことをきかない体質になっている。
最近はブログ記事をベッドの上に寝転がって書いているが、3日連続でパソコンを抱えながら、いつの間にか寝ていた。パソコンは熱をもっているから、寒い今の時期には、湯たんぽ代わりになって気持ちがよかったりする。朝、なぜ暖かいんだろうと思いながら、ハッと気付いて目が覚めるのである。そのうちパソコンを壊してしまいそうで怖いのだが、それでもベッドの上に寝そべらないと、ゆったりとした気持ちで記事を書くことができない。これもフィリピン生活の影響であろうか。

食事は完全外食になっている。昼は仕事に完全燃焼しているせいか、家に帰ってからは何もする気が起きない。家に帰ったら、せいぜいブログ記事を書いたり、本を読む程度である。
お気に入りのラーメンは、すでに3度も食べに行った。吉野家の牛丼は3日連続で食べた。
もう日本食に心残りはないのであるが、それでも日本に仕事がまだ残っている。仕方がないので、そのうち回転寿司でも食べに行こうかと思っているが、一人だと億劫になってしまう。そして回転寿司は、店選びが難しい。客のいない回転寿司は、ぐるぐる回っている寿司が乾燥していそうなので、入りたくないのである。注文すれば作ってくれるというが、かなり前の話で、注文した物をぐるぐる回っている棚からわざわざ探して取ってくれる店に遭遇してからというもの、特に混んでいる店でなければ、回転寿司は入る気がしなくなってしまった。最近はどこが美味しくて人気があるかなどの情報がないので、特に迷ってしまい、一人だということも手伝って、ついつい寿司以外の店に入ってしまう。

一人で暮らしていると、食の喜びというものがまるで無い。作って食べさせる人もいなければ、美味しい店を探しながら出かけることも無い。気取った店ほど一人では入りづらいので、わざわざ人気のある店に行こうなどとは、全く考えなくなってしまう。
食事を囲んで会話をする楽しみもないから、結局はお腹を満たすだけの食事となる。これは結構寂しい。ただ飯を食らう奴は許せないとほざいた、フィリピンでの大勢の食事を懐かしく感じる。僕はフィリピンに戻ったら、きっとあの大勢での食事に感謝するに違いない。もしかしたら食事をする前に、胸の前で十字を切って感謝の印を表明するかもしれないと思うほどである。


先日お客さんの所へ研修に来ていたフィリピン人から、面白い話を聞いた。
日本へ来るまでは、おにぎりなどというまずい食べ物を、なぜ日本人が好んで食べるのか全く理解できなかったという話である。
おにぎりはフィリピンでも、またその他の外国でも有名である。なぜ有名かというと、日本のアニメやゲームに、おにぎりが頻繁に登場するからだそうだ。ゲームでは、パワーを回復するためのアイテムとして、おにぎりがあったりするそうである。なぜおにぎりで、パワーが回復できるのか、彼らは理解できないままゲームをやっていたらしい。

フィリピンでは、よくご飯にスープを混ぜて食べる。料理に汁があるもの、例えばレバニラ炒めのようなものは、具の底に醤油の汁が溜まっているが、そのようなものをスプーンですくってご飯に混ぜて食べるのである。とにかくスープのようなものがあれば、それを必ずスプーンですくいご飯にかける。そんな食生活が普通であるから、たとえ真ん中に具が入っているとはいえ、彼らにはごはんの塊を食べるという行為が理解できないのである。
しかし日本でおにぎりを試してみて、日本人がおにぎりが好きだということが、よく理解できたそうだ。とても美味しいそうである。今では和食の好物の一つになっているとか。
彼らは、自分たちが普段食べているタイ米のような、細長くてパサパサしているご飯を基準におにぎりを考えているから、おにぎりの良さが理解できなかったそうだ。
しかし日本の米はもちもちしていて、ご飯単品だけでも十分美味しく食べられるそうである。フィリピンの米とくべると、それが同じ米だとは思えないほどで、汁をかけて食べるのがもったいないと言う絶賛ぶりであった。その他、やはり牛丼やラーメンも、事の他美味しいと話していた。とにかく彼らは、日本の食べ物が美味しいということに驚いていた。どうやら彼らは最初に、僕がうんざりしている食の面からカルチャーショックを受けたようである。

日本人の僕がフィリピンで最初に受けたカルチャーショックは何かというと、少なくとも食ではなかった。確かにバロット(孵化寸前のゆで卵)などというものは、ショック以外のなにものでもなかったが、しかし僕は、最初にフィリピン人の生活やその雰囲気に驚いたような気がする。如何にも貧しさを感じる雰囲気の中で、人々の異常なほどの生気を感じたあの違和感である。そして次に驚いたのは、貧しさにあえぎ体を売る若い女性たちにである。他にも色々あったような気がするが、少なくとも食に驚いたわけではない。食べ物は、予想に反して意外に美味しいと思っただけであった。強いて食で言うならば、ローカルレストランの価格の安さに驚いただけである。

彼らに他に日本で驚いたことは何かと尋ねてみたら、街が綺麗だということ、そして冬が寒いということであった。

街が綺麗だと驚くのは良くわかる。フィリピンは、なんでも道路にぽいぽいと捨ててしまうから、とにかく汚いところが多い。綺麗なのは早朝だけで、人の往来が始まると、道路はすぐにごみだらけになってしまう。
冬が寒いということも単純に納得するのであるが、しかし良く考えてみると、彼らはこのような寒さを体験せずに、大人まで生きてきたのである。日本人は四季のある環境で育っているから、熱い国でも寒い国でも、それなりに近い環境を体験して育っている。しかし大人になるまでまるで未体験の寒い冬というのは、彼らにとってどのようなものなのだろうか。おそらく日本人が単に寒いということとは、わけが違うような気がするのである。まさに骨身に染みる寒さに耐えて暮らしているのだと思う。

それにしても、彼らの受けるカルチャーショックの全てが、日本人の自分がフィリピンで受けるカルチャーショックの裏返しでないところが面白い。通常はお互い極端に違うところで驚くような気がするので、驚くところが同じでも良いような気がするのであるが、それが違う。
きっとそれは、日本人の感性と彼らフィリピン人の感性の違いからくるものだと思われる。感性の違いはどこから生まれるかというと、育った生活レベルや社会の違いに由来するものが大きいのではないだろうか。
いずれにせよ、感じ方に違いがあることだけは間違いないことで、その中には、日本人の自分には絶対に理解できない内容もあるはずである。
よくボーダレス社会になったと言われるが、それは行き来やインターネットだけの話で、僕は文化の壁というものが、最後に大きく立ちはだかっていると思っている。そしてこれはとても大きく強力であるとも思うのである。

こんなことを考えながら、自分の妻がフィリピン人であることを、ふと思い出す。
普段僕は、モナがフィリピン人であることをほとんど意識することはない。いつの間にか、同じ日本人のような感覚で接している。話をする時にも、普通に自然体の日本語で話していることが多く、何度かモナに、「イカウはアコがフィリピン人だということを忘れてない?あなたの日本語は時々難しいよ」などと言われ、そこで初めて、彼女がフィリピン人であることを思い出す。
しかしその程度で、それが一緒に生活をする上で何か支障があるわけでもないし、二人の間では、意識的に改善をしなければならないことは特に見当たらないと僕は勝手に思っている。また、無理やりお互いが異民族であることを意識し、相手に合わせる必要や、相手をこちらへむりやり合わせさせる必要性はないと思うのであるが、もしかしたらそれは、僕の勝手な思い込みにすぎないかもと思うこともある。どんなにがんばっても、育った環境が全く違うのだから、何かしらの違いは絶対にあるはずだからだ。そして、そこから生じるストレスもあるはずである。事実、僕も色々なことでストレスをたくさん感じている。

だから時折フィリピン人と話をし何かに気付くと、自分の伴侶のバックボーンをもっとよく理解しておく必要があるという気持ちを新たにするのである。
それで何かを変えようなどと思っているわけではないが、よく理解することで、お互いのストレス軽減に役立つのは間違いない。
それは取りも直さず、お互いに異文化を背景に持つ二人の摩擦を大きくしないことに繋がると考えている。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:74.異文化の克服
2010年01月16日

73.がんばれフィリピン人

現在お客さんの会社で、成型機の組み立て・配線と同時に、別機種の動作確認などを行っている。とにかく色々なものを同時進行しているので、現場は戦場のように混乱している。整理をつけて進めようなどと下手に考えるとかえって進まないので、できるところを手当たり次第に手をつけるという戦法で臨んでいる。

その現場には、お客さんのフィリピン工場から、研修生として二人のエンジニアが派遣されていた。つくづくフィリピン人と縁があるなと思った。
彼らの出身工場はセブなので、僕から朝の挨拶をする時には、ビサイヤ(セブローカル言語)で「マイヨンブンタン(おはよう)」と声をかけると、向こうも喜んで挨拶を返してくれる。僕が最初にビサイヤで話しかけた時には、さすがに相手は驚いた表情をしていた。
彼らは日本に来て半年以上たち、会社の教育プログラムの一つである日本語教育にも参加しているため、日本語の会話ができる。周囲の人間は、彼らに対してほとんど日本語で話しかけている。英語で話かける人も珍しいのに、日本人がビサイヤで話しかけたのだから、
それは驚くに決まっている。

研修生も成型機を一台割り振られ、組み立て作業をしている。僕が現場へ入った時には、彼らの担当機種はかなり出来上がっており、そしてこちらはゼロからスタートした。
こちらは3人チームで取り組んでいる。くみ上げたラダー(シーケンスプログラム)の動作確認をお客さんと一緒に行いながら、別の新しい機種の配線作業を進め、とりあえず2機種を完成させるのがミッションである。
我々3人のチームでは、お客さんの都合の良い時間に誰かが確認作業に立会い、残った誰かが組み立て作業をするが、動作確認中の機械で問題点が発生した時には、お客さんの機構が悪いのか、こちらのプログラムが悪いのかを見極め、どちらのケースにおいても大体はプログラムの修正が入る。
とにかくスケジュールが立て込んでいるために、そんながちゃがちゃしたやり方で仕事が進行している。

僕たちが取り組んだ、ゼロからスタートした新しい機械は3日で配線が終了した。それを見ていた横にいるセブの研修生二人が、こちらの作業がとても早いと驚いている。彼らは「べィリーパスパス(とても早い)」と言ってきた。確かに彼らが取り組んでいる機械は、僕たちが行った時には完成間近に見えたが、僕たちの方が先にできてしまった。さて、なぜそんなに違うものかと不思議に思い、彼らの作業を少し眺めてみた。

どうも彼らには、何日間で仕上げようという心積もりというか、ターゲットが無いように見える。二人いるにも関わらず、配線図を見ながら二人で同じ箇所を悩んでいる。しかも一つの箇所にかなり時間をかけているから、せっかく二人いるのに一人分にも満たないスピードである。
この進捗状況を見て、自分たちに応援要請がきた理由がわかるような気がした。
お客さんは、この研修生の当てが外れ、しかも期日が迫ってきているので焦って我々にお願いをしてきたのである。
しかしこれほど差が出るのは一体なぜなのだろうと考えてみた。

一つは、研修生の彼らの習熟度がまだ上がっていないのに、お客さんは彼らに任せきりである。お客さんも忙しいのはわかるが、放っておいたら進むはずがない。良くわかっている日本人が一人ついて、この線の処理をしろとか、このラインを順番にねじ止めで結線しろなどと、逐一細かい指示を出したら、はるかに早く仕上がると思われる。

二つ目に我々3人は、朝一番でその日のお互いの作業の大きな流れを確認する。会社に入る前に、その日の作業内容を思い出し、現場に入ったらすぐにやることがわかっているから、後は3人の分担と、昼までには何々が終了し、夕方にはどこまでやるということをお互いに確認しあってから作業に取り掛かる。だから一旦作業に取り掛かると、3人がそれぞれ別の作業に取り掛かることになる。時間が限られているから特にそうするわけではない。気持ちの上で無駄な時間を費やすのがいやなだけである。だからそうやって効率的に進めることは、我々にとっては自然なことである。
しかしセブの研修生は、朝現場に入ると機械の前にどかっと座り込み、回路図を二人でジィーっと見たかと思うと、何も相談せずおもむろに結線をやり始める。とにかく行き当たりばったりの作業で、頭の中に進行イメージを描いているとは思えないやり方である。

彼らは決して不真面目な作業態度ではない。話をしてみても、とてもまじめな印象を受ける。しかし彼らにとっては、それが極々普通のやり方なのである。そして彼らは自分たちの作業進捗が遅いのではなく、我々が早すぎると思っている。
今回のこのような出来事に直面し、僕はもしかしたら今、日本人とフィリピン人の違いを見ているのかもしれないという気になった。
日本人が工業技術で成功を収めたのは、運が良かったわけではなく、日本人の前述したような気質がそうさせたのだということを、再認識したような気がしたのである。
同時にフィリピンが、その面で一皮二皮向けないのは、やはりそのような気質がそうさせていると思うのである。

先ほども述べたように、誰か指示を出す人間がいれば、作業ははるかに捗るはずである。彼らは不真面目ではないので、手足として使えば、そのマンパワーが生かされるのだ。
これが仮に中国人であれば、自立心旺盛な彼らは、日本人が困るくらいに勝手にアレンジをしながらも、どんどん作業を進めるのである。

これはまるで、今のフィリピンを象徴しているようなことではないかと思った。自分はきっと、その縮図を見ているのだという気になってしまうのである。
日本人や欧米人の手先として使われ、しかも個別のビジネスでは、美味しいところはほとんど中国人に持っていかれているフィリピン人を、僕は可愛そうだと感じていたが、このような場面に遭遇すると、それは必然の結果であったような気もしてしまう。
もっとも中国人が成功している理由は、彼らがビジネスを始める際に、独自の資金集めのシステムを持っているからであるが、もしフィリピン人が同様のシステムを持っていたとして、果たして中国人のように成功するのか、こうなってくると疑問を感じてしまう。

フィリピン人よ、もっとがんばれと言いたくなってしまうのであるが、あくまでも以上の話は日本人の価値観に照らし合わせての話である。
もしフィリピン人が、今の現状に特に不満を持っていないのであれば、余計なお世話だという話になってしまうのである。

最後に余談であるが、お客さんが僕に、「○○さんはビサイヤが話せるんですね」と言ってきたので、「ガマイ(少し)ガマイ」とビサイヤで答えたら、そばにいた研修生がゲラゲラと笑っていた。

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