フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2009年12月13日

48.安かろう悪かろうもあり?

ここでは高くつくものもあるが、安いと感じるものの方が圧倒的に多い。前回の記事で触れた散髪の30ペソ(60円)も、その一つである。
散髪屋は一日に一体何人の客をこなしているのだろうか。
その散髪屋の営業時間は午前8:30〜午後8:30であった。きっかり12時間の営業時間内に、1時間2人を散髪したとして、1日24人である。24人に30ペソをかけたら720ペソとなり、更に一ヶ月の30日をかけたら21600ペソである。これが最大の収入となる。
そこから建物、電気などの諸経費も発生する。おそらく散髪をする人は雇われ理容師と思われるので、彼の月の収入は1万ペソかそれ以下ではないかと想像する。

経済は生き物であり、お金が回らなければ上向かない。1日12時間労働で低サラリーでも、散髪屋はこの小さな町に何十件とある。おそらく月々の生活を稼ぐ、貴重な仕事の一つなのである。身近なところで感じるこのような事象からも、この国の経済がどれほど底が浅いのか、推して知るべしである。

さて今回は、再びフィリピンの経済を論じようなどと思っているわけではない。
僕はこの国に来て安い物を買って使用しているうちに、少し考えが変わったことがあるので、それを書いてみようと思っているのである。


先月子供が生まれたことを契機に、様々なベビー用品を購入した。
子供用の服や簡易ベッドなどである。一通り一式揃えて、総額にして5000ペソを下回ったと記憶している。
日本で一通り揃えれば、おそらく3万や5万は簡単にかかりそうであるから、ものすごく安いと感じた。
勿論購入した物品のメーカーなど気にしていない。モールで販売されているものを見て周り、気に入ったものを適当にチョイスするだけである。
タバコシティーのような田舎町では、聞いたことのあるブランドを探しても、もともと販売されていないし、もともとブランド品などを購入する気もまるで無い。かといって特別に安い物を探して買ったというわけではなく、普通に気に入ったものを購入して、結果的に安いね、という話である。

この数々の品物、さすがに安いだけあって、使用しているうちにすぐに壊れる。
赤ん坊用の服は、日本の着物のように前方で重ね合わせて、3箇所を紐を結んで止めるのであるが、大して使ってもいないのに、気付くとその紐がぷらぷらになりちぎれそうになっている。
そして簡易ベッドには、蚊よけのネットがベッドを覆うようになっているが、ネットを支える骨組みの金属の端が、布を突き破り外にはみ出した。
「マハール、みてみて、もうこれ壊れちゃったよ」
「あ〜ほんとだ。早いねぇ。先端部分をソーイングして補強すればいいよね」

これは他の箇所も直に壊れるなと予想していたが、案の定次々とほ骨組みの端が飛び出してきた。
そうと分かればまだ飛び出していない所も含めて、針と糸で補強作業をしていく。
これでまたしばらく、普通に使用できる状態となった。
衣類にしてもちぎれそうな箇所は、その都度縫い合わせて補強をして使用できる。

これで僕やモナが、こんな製品は二度と買わないぞと息巻いたかというと全くそうではなく、安いから仕方ないねという一言で片付いている。
少し手を加えれば問題なく使用できるのだから、最初に購入した時に安くて有り難いという気持ちの方が、まだ十分に勝っているのである。

僕は日本で、品質維持・改善という仕事に携っていた。日本企業の品質管理に関する考えは徹底している。それは欧米も似たり寄ったりであるし、いくら製品が中国製でも、日本や欧米企業が関わって作られた製品は、それなりにその考え方が適用されている。
安かろう悪かろうは通用しない・・安くていい物を作れ、が合言葉でもあった。
だから使用していてすぐに安易な壊れ方はしない。
そして様々な製品が、品質を維持しながら年を重ねるごとに安くなったのは事実であるが、それでも日本製品はまだまだ高い。
価格の議論をするのであれば、高給取りを多人数抱え、高い固定費を抱え、そして個別の製品は品質テストを繰り返しながら改善するのであるから、それは当然の結果ではある。

しかしここに来て粗末な製品を使用した時に、消費者とし物を購入する時に、そこまで徹底された品質が絶対条件ではないということに気付き始めた。
壊れたとしても、少し手を加えて使用できる不具合は大きな問題ではないのである。
それよりも、驚くほど安いということに感謝であり、安いんだから仕方ないということに納得なのである。
そして物を売る方も買う方も双方感謝するのであれば、それも有りであるということに気付かされた。

かつて客先と品質の話をしていて、安くしているのだから諦めろというニュアンスのことを言ったこともあるが、以前客先と話す内容は、重箱の隅をつつくような内容もかなり含まれており、使用後すぐに壊れるという低レベルの話ではない。

おそらく日本のある程度の規模の企業は、徹底的に安くする代わりに品質は犠牲にするといった商売はできないだろうと思われる。これまで培ったブランドに傷をつけるような商売をする勇気は、絶対にないだろうと思われるのだ。
仮にその勇気を持ち合わせたとしても、価格のみを徹底重視して製品を作れる素養は、もう日本企業にはないだろう。
適当な品質で適当な製品(見た目などはそれなりに良い製品)を作るということは案外難しい気もするし、会社規模が大きければ物理的に価格を下げるのは難しいし、努力したところで最後は自分たちの給料を大幅に下げなければ、そのような製品に対抗することはできないからである。

僕はここで、衣類などはあえて高い日本製品を買おうなどと思わない。子供用品なら尚更である。子供が大きくなったら使えないものなど、ある期間役立てば良いと割り切っている。
そして安くて品質が良いことに越したことはないが、極限に近いと思われる価格であれば、子供用品に限らず品質は二の次になる場合も往々にしてあるということである。
日本製品が品質が良いというのはフィリピンでも周知の事実ではあるが、それが一般の人たちにとって、品物を購入する動機に必ずしもならない。すなわちそのような市場に日本企業は食い込むことはできないのだ。

いやいや、そんな市場は最初から当てにしていないのだから、要らぬ心配だよということであれば、僕の品質という概念に少し変化があっただけの話で終わるのであるが、日本が先行きの見通しに不安があるとすれば、一考を要する点かもしれないとふと思っただけの話である。

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2009年12月12日

47.金銭感覚

TVで放送していた台風は、いつの間にかどこかに消えた。昨日は停電の予定をラジオでアナウンスしていたが、それも無かった。
公共の電波で提供される情報が今ひとつあてにならないというのも、ここフィリピンの特徴の一つかもしれない。もっとも、何もかもがきっちりとしている日本を基準に考えるから、そう思うだけかもしれないが。

とにかく台風が消えたおかげで、今日の夜は一瞬綺麗な星空が見えた。
インターネットで星座を調べるようになってから、初めてまともに星が見えた夜であった。既に調べがついていたオリオン座も、その全貌を明瞭に見分けることができた。そして本日初めて、星座の見方がわかったのである。
これまで本やインターネットで星座を調べると、星と星が線で結ばれた星座が名前入りで解説されているが、それらは全てこじんまりとして見えるために、夜空を見上げたときにも同様のスケールで星座を探してしまっていたのである。だからいつも頭で覚えた星座を見分けることができず、あれは相当天体に詳しい人しかわからないものだと決め付けていた。
しかし実際の夜空は、本やインターネットから得るイメージよりも、はるかに広いのである。オリオンなどはPCの中で見たらとても小さい星座に見えるが、実際には東の夜空の4分の1を占める勢いがあるほど大きい。
なるほど、見方を少し変えれば今までわからなかったものが見えてくるということか・・・
などと一人こんなことに気付いて感心しながらも、それはある意味真理であると思い返す。
要は視点を変えれば、違う世界が見えるという話である。

最近は自分の金銭感覚が変化している。
初めてフィリピンに来たときには、100ペソといったら200円、1000ペソといったら2000円と頭で理解はしていたものの、実際にお金を使うときには100ペソは100円、1000ペソは1000円という感覚になっていた。
当然何でも安いと思い、大判振る舞いの傾向になりがちである。
ほんのわずかな距離でタクシー代として100ペソ札一枚渡しても、まったく惜しくない。はい100円という具合である。バーでレディスドリンク150ペソと聞くと、あ〜一杯150円ね、どんどん頼んでいいよということになる。
朝までどんちゃん騒ぎに近い遊びをして、会計はしめて2500ペソなどと言われると、えっ?安いねなどと、たわけたことを本気で思っていた。
今振り返ってみれば、日本人が金持ちだと思われても仕方がないなぁと思うのである。
こんなアホな日本人が、同じような感覚であちこちで遊んでいたら、日本人は最良の鴨だと思われて当たり前である。

しかしいつの間にか、自分のその金銭感覚が様変わりしている。
タクシーは極力メータを稼動させる。正規の料金に、多少のチップを上乗せするだけである。バーで無駄遣いをすることなど、全くバカらしいと心の底から思えるようになっている。ファーストフード店で一人100ペソ以上かかると、なんて高いんだと思う。

先日モナが、今財布の中にいくら入ってるのと訊いてきた。
「あ〜、まだ結構入ってるよ、多分100ペソくらいあるんじゃない」
そしたらモナが、ハイっと言って500ペソ札を一枚くれた。
「え?こんなにくれるの?でもまだ100ペソあるよ」
「いいよ、これでしばらくがんばってね」
と、こんな会話になった。この会話の数字を倍にしたら円であるから、その程度の話である。
円で考えてみれば、結構笑える内容ではないだろうか。

また別の日に、こんな会話もあった。
「あ〜、コーラが飲みたいなぁ」
「買ってくれば?そこのサリサリストアーで売ってるよ」
モナが言うサリサリストアーとは、家から歩いて30秒のところに、人の良さそうなおじいさんがいつも店番をしているコンビニのことである。僕は何度か一人で買い物に行きながらそのおじさんと簡単な会話を交わしていたので、向こうも僕のことを最近近所に住み始めた日本人だということを認知している。
「いくらなの?」
「1.5リットルボトルで43ペソ」
「え?高いなぁ。いい、水で我慢する」

そしてこれから夕食を食べようとした時に、モナが突然
「ねえ、コーラはやめたの?」と話してきた。先ほどの会話から、約1時間経過していた。
「オーオー・・・ん?もしかしてあなたが飲みたい?」
「オーオー」
「あ〜、それだったら買ってくるか?もしかしてそれ、僕のアローワンス(小遣い)で買うの?」
「オーオー」とニコニコ顔でモナが返事をする。
「え〜、そうなの?まっ、仕方がないか・・・ちょっと行って来る」

日本で暮らしている方にとっては、金銭に関して随分とハードルの高さが違う話を思われるだろう。
ある方のブログで、1000円亭主でがんばっているということが書かれていた。1日1000円の小遣いでがんばっているという話であるが、それを言うなら僕も1000円亭主で、それは1日の小遣いではなく、しばらくそれでがんばらなければならないということである。
しかしそれが苦痛でもなんでもなく、僕の「えっ?そんなにくれるの?」というのは、思わず本音から出た言葉であるから、自分のことながら、何か笑ってしまうのだ。

もし今僕が日本人の知り合いと食事をして「いいよ、500ペソや1000ペソくらいおごるよ」と言われたら、なんてリッチなんだと思ってしまうだろう。
金銭に関する視点が、完全に日本人からフィリピン人に切り替わっているからである。
あ〜、フィリピン人には、日本人のお金の使い方や金銭に関する感覚がこんな風に見えるのかということが、よくわかるようになっている。
日本人のそんな感覚や態度を非難しているわけでは決してない。ただ単にリッチに見えるということだけである。まるで世界が違うように見える。
当然フィリピンで、日本人の顔がお金に見えるというのも頷ける。
フィリピーナが日本人に、おねだりをするのもよくわかる。日本人の言う「オカニナイ」は、きっと自分たちとはレベルが違うと思っているに違いない。

さて、先日タバコシティーに来て初めて、地元の散髪屋に行った。もう髪が長くなったから、バーバーに行きなさいと数日間モナに言われ続け、ようやく重い腰を上げての散髪であった。バーバーは洗髪はないが、髪のカットと簡単な髭剃りで30ペソである。

「60円?それ、何かの間違いじゃないの?それだったら僕のアローワンスでも払えるなぁ」
「いいよ、髪のカット代くらい、生活費から出すから・・・」
「コーラの43ペソはアローワンスだったのに?」
「オーオー、だってコーラは高いでしょ?」
「・・・」
わかったような、わからないような・・・。

こうやって僕の金銭感覚は、揺さぶられながらも日々鍛えられている。
視点も価値観も、何もかもが様変わりしている。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:47.金銭感覚
2009年12月11日

46.イピスの恐怖

夜中に喉が渇いて台所の電気を付けると、視界のどこかで何かが動く気配を感じる。おそらく暗闇に潜んでいたゴキちゃんが、人の気配にどこかへ逃げ出していると思われる。
それがあるから、夜中の台所はとても怖い。できれば近づきたくはない。といっても、寝ている場所は台所続きで距離にして数メートルしか離れていないのであるが。

そして一度蛇口の上にある窓際で、大きなゴキちゃんを発見した。すこし茶色がかった体長5cmほどの、中級ゴキちゃんである。大概は人の気配を感じて逃げ出すのであるが、このゴキちゃんはふてぶてしく僕の目の前で、じっとこちらの様子を伺っている(と僕が感じただけ・・笑)。


かつて中学生だった頃の蒸し暑い夏の夜、試験のための一夜漬け勉強にいそしんでいる時だった。窓を開けっぱなしにしていたら、一匹の虫が窓から飛来した。僕は珍しくカブトムシが飛んできたと思い、手を伸ばして捕まえようとしてそれにさわった瞬間、それがカブトムシではなく大きな真っ黒いゴキブリであることに気付き、ひぇ〜っと悲鳴をあげたことがある。ゴキブリが飛び回るのを知ったのはその時が初めてで、それ以来ゴキブリが大の苦手になった。
歩き回るだけであれば身を引いておけば良いが、彼らに飛び回られると始末が悪い。ゴキちゃんの行動が予測不可能で、臨戦態勢も取ることができなくなってしまう。ひたすら身を低くして、ゴキちゃんが着陸する先を見守るしかないのである。

この時にも突如目の前に現れた中級ゴキちゃんに僕は多少たじろいだが、さてどうしようかと数秒思案した。放って置くか、それとも何らかの処置をするか・・・。何らかの処置といっても、僕は何かでたたいて退治するような勇気を持ち合わせていない。本来は見るのもいやなのである。そこで手近にあったコーヒーカップにポットからお湯を注いで、それをぶっかけることにした。ポットのお湯は熱湯に近い。それで虫の息になったらその後のことはまた考えようと思い、それを実行に移した。
お湯をぶっかけた瞬間、ゴキちゃんはイリュージョンのごとく瞬間消滅した。どこかへ逃げた模様。一応台所やその周辺で、もがき苦しんでいたりしないかを確認したが、どこにもいない。さすがに生命力が強いゴキちゃんである。熱湯くらいではびくともしないようだ。

ゴキちゃんの生命力は本当に恐ろしいほど強い。現在の地球上で最強ではないかとの噂も聞いていたので、一度実験したことがある。
会社で残業をしていたときに、実験室のフロアーにたまたま一匹のゴキちゃんが出現した。その時も手近なところで、できるだけ触らずに退治するものはないかと周囲を見渡した。
実験机の上に電気回路の簡易実験に使う、コールドスプレーがあった。プシューと吹きかけると、対象物があっという間に凍り付いてしまうスプレーである。人間でもそれを数秒間吹きかけたら凍傷にでもなりそうな強力なやつだ。
体はゴキちゃんから一定距離を保ち、コールドスプレーを持った腕を最大限に伸ばしながら、ターゲットに向けてスプレーした。
スプレーした瞬間ゴキちゃんは逃げようとしたが、少し動きが緩慢になっているので、僕は追撃した。一度意を決して行動に移したら、手を緩めるわけにはいかない。もし彼が自分の方へ向かってきたら、僕は逃げるしか術はないのである。幸いにも、彼の逃げ足よりもコールドスプレーの噴射力が勝った。ゴキちゃんは逃げる気力を失い、みるみる白く凍結していったのである。
周囲の人間も僕の奮闘劇に気が付いて寄ってきた。カチンコチンに固まったゴキちゃんを、みんなでうんこ座りで囲みしばし観測する。大方の予想は、さすがに死んだであろうだった。
しかしそのゴキちゃん、白くなった体が溶け出して、体にオリジナルの黒色を取り戻すと、再びガサゴソと動き出したのである。
これには僕も驚いて、今度はこちらがスプレーを再噴射する気力を失った。見物客からも「すげぇ」と驚きの声が上がる。究極の寒さに打ち勝ったゴキちゃんは、その勇姿に無罪放免となり、みるみる元気を取り戻したかと思うと人を掻き分けてどこかへ姿を消してしまった。
僕はそれ以来、ますますゴキちゃんにはできるだけ関わらないようにしようと思って生きてきたのである。

しかしこのフィリピンではそうもいかない。何せさっそく寝ている間にゴキブリに噛まれたようなのだ。左の太ももの内側で足の付け根辺りが、最初は痛痒く、次第に赤く、硬く腫れ上がった。更に左の尻にも同じ症状が出ている。
モナはそれを一目見て、「あ〜、イピス(ipis-ゴキブリ)だ」と言った。
太ももの方はかなり腫れ上がり、痛みを伴いながら化膿した。痛みをこらえて膿みを搾り出しているが中々直らずに、今のところ毎日新しい膿みが作り出されている。
尻の方はまだまだ若いためか、一回搾ってみたものの痛いだけで膿みは出ずであった。痛い損である。尻の方は見た目はまだまだ大したことはないのだが、夜、寝返りでサイドポジションになると患部が下になるため、患部の周囲10cmに渡って鈍痛が走る。恐ろしい毒だとあらためて思うのである。

尻の方はとりあえず捨て置いているが、しかし今回噛まれた場所は、太ももと尻である。
よくよく考えると、どちらも大事なところがとても近い。これは恐ろしいことである。
仮にパンツの中にガサゴソと入られたらと思うと、想像しただけでも身が縮む想いである。
もし大切な部分を噛まれでもしたら、一体どうなるのであろうか。レポートをするネタとしては中々興味深いのであるが、しかし興味だけでは済まされない恐怖を感じる。
僕はそれを考え出してから、洗濯でゆるゆるになったパンツははかないようにしている。寝るときには必ず、太ももにぴちっとフィットするボクサーパンツを愛用しているのだ。
これがないと安眠できないという変な話であるが、しかしきっとこのフィリピンでは、あそこが噛まれた人もいるはずである。
一体どうなるのであろうか・・・。興味だけは尽きないのである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:46.イピスの恐怖

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