フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2009年12月10日

45.フィリピンでの食卓

最近はずっと天気がぐずついている。ダディーいわく、12月はフィリピンでも冬というそうだが、モナが言うにはフィリピンに冬はなく、ただ寒いだけだという。
それじゃ夏はいつかと訊くと3月から5月で、6月から8月までがレイニーシーズン(雨季)だそうだ。それではそれ以外の月は何かと訊くと、結局はよくわからないそうだ。
日本人の僕としてはここは一年中夏みたいなものであるが、フィリピン人はある程度季節を区別している。しかしながら、日本のように四季がはっきりしていないから、日本を体験したことのあるモナに言わせると、フィリピンの季節はよくわからないということになるらしい。

確かに日本のように四季がはっきりしている国は珍しく、それはある意味とても日本人の心を豊かにし、かつ日本という国を豊かにしている。

春には雪と寒さに閉ざされた世界が開放される喜びを感じ、世界中の誰もが美しいと感じる桜がその喜びに花を添える。そして5月は新緑に伴うすがすがしい空気に包まれながら、秋に備えた収穫のための準備にいそしむ。夏の日差しをたっぷり浴びた木々や稲は実を膨らませ、夏の疲れを癒すかのようなすがすがしい秋の風の中と高い空の下で収穫が始まる。

冬に積もった雪は春の雪解け水となり川に流れ出し、そして山の豊かな土壌から染み出したミネラルをたっぷりと含む美味しい水が、美味しい米を作り出す。だから米が美味しいと言われるのは雪国で、ついでに米も水も美味しいからお酒も有名になった。
こうした1年を通した大きな寒暖の差が、様々な形で日本の農作物や果物を美味しくしている。
日本人はあまり意識をしていないが、このような四季の恵みというのはいたるところにあるのである。

日本で暮らしていると、その有り難味を当たり前のこととして受け流してしまいがちであるが、こうして日本を離れていると、逆にしみじみと感じたりするものである。

秋の脂が乗った秋刀魚に大根おろしを添えたものが食べたくなったり、味噌汁が懐かしく感じたりする。いつもパサパサした米を食べていると、たまには日本の炊き立てのご飯が食べたくなったりもする。僕はこれまで、海外で日本食を懐かしく思ったことはなかったが、今回は多少日本の食べ物が恋しくなっている。

最近はモナと二人、吉野家の牛丼や日本のラーメンが食べたいとか、横浜のあのイタリアンに行きたいなどと、食べ物の話になることが多い。今日も日本のケーキの話になった。ケーキを食べたいのであるが、それじゃ買ってくるかという話にはならない。フィリピンに限らず、日本以外のケーキはただ甘いだけで、とても食べられたものではない。食べたいのはあくまでも、日本のケーキである。

勿論ラーメンも、食べたいのは日本のラーメンである。日本ほどラーメンにこだわっている国は無く、まちがいなくあれは世界一美味しい。
フィリピンでもマニラに行けば、日本の調味料を買ってくることができる。だからがんばればスープくらいは、日本式ラーメンもどきを作ることができるかもしれない。それだけであればチャレンジする意欲もわくのだが、しかし麺だけはどうだろうか。あの手の込んだ麺を再現する自信は全くない。
ラーメンの本場は中国と勘違いしている方が大変多いが、中国の麺は最悪である。僕は中国麺を食べるようになってから、日本の麺の素晴らしさを再認識するようになった。それだけに、あの麺だけは作る自信がないのである。


さて、ではこのフィリピンでは何を食べているかというと、実はフィリピンの家庭料理も捨てたものではない。
素晴らしいと思うのは、いつも魚・肉・野菜がバランス良くテーブルに並ぶことである。
このように書くと、贅沢な食事をしているように受けとめられるかもしれないが、最近のここの食事は極力節約したものなので、全く贅沢ではない。材料はべたべたマーケットと呼ばれている、安い市場で買うことが多い。一日分の家族全員の食事材料代は、200ペソ〜300ペソ(400円〜600円)ほどである。しかし栄養面で考えると、日本で暮らしていた頃よりもはるかに上の食事をしている。

暑い国は辛い料理が多いと思いの方も多いかもしれないが、モナの家の料理はちっとも辛くない。それはダディーが辛い料理を苦手とするからである。少しでも辛いと、口から舌をだして、ハーハーと手うちわで顔に風を送りながら「ベイリースパイシー」と言う。
逆に僕は少し辛目がいいので、料理の中に入っている唐辛子を自分の皿の上で分解し、その種を自分の取り分けた料理に混ぜて食べたりしている。

ここでは野菜や魚料理に、よくココナッツミルクを使用する。
実は僕は、もともとココナッツミルクの料理が苦手であった。唯一ココナッツを利用した料理で美味しく食べられるのが、タイのグリーンカレーだけであった。
最初はこのココナッツミルクを使った料理がテーブルに並ぶと敬遠していたのだが、恐る恐る食べるうちに、モナの家のココナッツ料理はどれも自分に合い、とても美味しいことに気付いた。タイのグリーンカレーに共通するコクがあり、ご飯に混ぜて食べると食が進む。唐辛子の種をたっぷりと混ぜると、まるでグリーンカレーのようになる。ニンニク、生姜が隠し味のベースになっていて、それに野菜や魚のダシが加わるから、同じココナッツ料理でも料理によって微妙に味が違うが、いずれもなんとも言えないコクがあり、思わず「マセラムン(とても美味しい)」とビコール語で声を出してしまう。

そしてこのフィリピンの鶏肉がまた、味が深くて美味しい。日本で売っている地鶏と同じような鶏肉が一般的であるから、フィリピンの鶏肉に慣れると、日本のブロイラーは味がなくてまずく感じる。
先日モールの中で、グリルチキンを買った。一羽の鶏を丸焼きにしたもので、棒に刺さってグルグルと回りながら、じっくりと火を通されたものである。表面は褐色に照かっており、日本でもクリスマスになるとスーパーに並ぶものと見かけは似ている。
しかし価格は丸焼きにも関わらず180ペソ(360円)しかしない。しかもこのグリルチキン、美味しいのが表面のカリッと焼けた部分のみならず、中はジューシーで味もしっかりと染み込んでいる。おそらく焼き方にも秘密があるのだろうが、どのグリルチキンも同じように美味しいわけではないそうだ。このチキン、日本へ持ち込んだら1500円や2000円で販売しても、ちょっとしたブームになるのではと思えるほどの絶品である。

逆に僕が苦手とするのは、フィリピンの牛肉である。マニラのステーキハウスで食べた、少しだけ高めの牛ステーキは美味しかったが、この辺のスーパーで購入した牛肉は独特の臭みがあって僕は馴染めない。幸いモナの家では、牛肉を使用した料理はほとんどないから助かっている。

勿論海が近いから、魚の塩焼きなどもとても美味しい。
材料はどれも新鮮なようで、それを生かしたシンプルな料理ほどフィリピンでは美味しく感じる。

もう一点、フィリピンの食事で関心することがある。
それは食べ物を全く無駄にしないことだ。調理したものは、それがなくなるまで何度でも食卓に並ぶし、材料として使えるものはとことん使う。そして食べ終わったものでも、翌日は残った種の中身がおやつで出てきたりする。だからこの家では犬を飼っているが、その犬の食べるものが無くなってしまうのではないかと心配になるほどである。これだけきちんと食べてあげると、食べられる魚も動物も植物も、本望ではないかと思われる。

よく食事を共にしたフィリピーナが、食べきれなくて残った料理を持ち帰り用に包んでもらうが、それもこのような食べ物を粗末にしない習慣が身についているせいではないだろうか。
日本も僕が子供の頃は、同じだったような記憶がある。食べ物を粗末にしてはいけないと、親や親戚の叔母によく言われたものだ。
最近日本で忘れかけていることの一つである。

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カテゴリー:フィリピン生活
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2009年12月09日

44.トイレの話

昨日トイレを利用したら詰まってしまった。
ここ旧家のトイレは、半自動水洗トイレである。半自動とは、用を足したあとに、トイレの脇にあるバケツの中の水をひしゃくですくって、便器の中にざざーっと流し込んで排泄物を流すタイプということである。そして便器には便座が無い。更に言えば、昔から不思議に思っていた、トイレットペーパーを捨てるバケツがおいてある。


以前の会社の社員だったときに、フィリピンの工場には、日本人専用トイレというものがあった。トイレのドアには鍵がかかっており、地元の従業員が利用できないようになっている。もしトイレを使用したい時には、事務所から鍵を受け取りトイレへと向かう。そしてもし大きい方であれば、トイレットペーパーも事務所から持参しなければならない。だから日本人が大の用事がある時には、トイレットペーパーを工場の中で持ち歩いているのですぐにそれとわかる。若い女性の作業員が多い働く現場の中を、このトイレットペーパーを持ち歩くのがとても恥ずかしかったという思い出がある。
そしてこの頃から不思議だと思っていたのは、トイレに大きなポリバケツが置いてあり、恐る恐るその蓋を開けてみると、使用済みと思われるトイレットペーパーがそこに捨ててあるのである。
まさか大をした後の尻を拭いた紙を、そこに捨てるわけはないよなと思い、僕はトイレの中に使用済みのペーパーを流し込んだ。
数回それをするうちに、一度紙がトイレに詰まったらしく、流した水がみるみる便器の中で水位を増して、しまいに溢れ出してしまったのである。
糞尿の混ざった水であるから、それが自分のものではあっても、僕は思わずトイレから逃げ出した。そして恥ずかしさをこらえて、紙詰まりの件を工場の総務担当者のような部署の人間に申告したのである。
担当の女性は笑いながらすぐに清掃の人間を手配をし、トイレの詰まりを解消してくれたようだった。
ここでようやく僕は、トイレにトイレットペーパーを流してはいけないのだと確信したのである。
しかし・・・、しかしである。尻を拭いた後のトイレットペーパーをバケツに捨てるのはかなり抵抗があった。そして、他人のそのような使用済みペーパーがそのポリバケツに捨ててあると思うと、それもやはり気分が悪くなるのである。
さてどうしたものかと思い、できるだけ工場では大をしないようになった。
ホテルに帰れば、便座付きの普通の水洗トイレで、紙を捨てるバケツなどは置いてないから、トイレットペーパーはトイレに捨てても構わないと解釈していた。そしてそのような使い方でも問題は一度も起きなかったから、とにかく大は、できるだけホテルで用を足すように心がけていたのである。

そしてトイレにまつわるもう一つの悩み事があった。
それは、フィリピンでは高級な部類に入るモールのトイレでも、トイレに便座がないことである。トイレにトイレットペーパーが置いてないことにも当初は驚いたのだが、それよりも悩んだのが、便座の無い洋式トイレで、座る場所の開口が結構大きく、仮に便器に直接座ったとしたらお尻がすっぽりと便器の中に落ちそうになるため、どのように利用すればいいのかであった。それ以前に、誰もが使用する便器に直接座るなど、到底無理だとも思った。
結局僕はその時、トイレの使用を諦めてホテルまでわざわざ戻ったのだが、緊急事態に備えてあのトイレの使用方法を誰かに訊いておかねばならないと思ったのである。
そしてそれをリンに訊いた。リンいわく、あのトイレは便器に座るのは不衛生だから、便器の上に足を置いてまたがるようにして用を足すと言うのだ。
そこで僕は、早速同じモールに行き、もよおしていたわけではなかったがトイレに入り、その格好だけでも試してみた。すると全く安定感が無く、とてもその格好で用を足すのは無理だという結論に至ったのである。そして色々試した結果、便器の淵に足を乗せてするとしたら、体の向きは水のタンクの方を向き、あのタンクを抱きかかえるようにするのがベターではないかということになった。
これをリンに伝えたところ、リンはお腹をかかるように笑い転げていたが、こちらは大真面目であった。
こんな出来事があってから、僕はずっとフィリピンのトイレに疑心暗鬼になり、決して公共のトイレで大をしないようになっていたのである。
更にある場所のトイレでは、水を張ったバケツが置いてあり、その中にひしゃくが入っていた。それもその時には、何のためのものなのかわからなかった。

とにかくフィリピンでのトイレの使用方法が今ひとつわからずに、フィリピンにいる時には、大の用事は必ずホテルで済ませるようにしていたのである。
そしてあのポリバケツは、使用済みの紙を捨てるものなのかどうか、それも腑に落ちないまま何年も経過していた。

これらの問題は、モナの家で暮らすようになってから解決した。
まずフィリピンでは、大をした後にペーパーでお尻は拭かないのである。ウォシュレットのTVコマーシャルであったように、汚れた尻を紙で拭いたら、汚れは広がるだけだというあれである。さすがにフィリピン人は綺麗好きで、その理由から紙でお尻は拭かない。それではどうするかというと、用意されているポリバケツの水を使ってお尻をじゃぶじゃぶと洗うのである。もっと具体的に書くと、それは手を使って洗うのである。
初めはそれを聞いて驚いたし、実際に手で洗う時には少し勇気が必要だった。しかし慣れると全く気にならなくなった。しかもこれはとても爽快である。これを経験したら、ウォシュレットの無いトイレは使用できないと思ってしまうほどである。そして水で汚れたお尻が気になるのであれば、トイレットペーパーで水を拭いて、それをポリバケツに捨てるということである。
なるほどと、これまでずっと悩んでいたことに対して、すぅっと霧が晴れるような想いであった。それであれば、ポリバケツに紙を捨てるのも頷ける。
ただし便器の淵に足を乗せてふんばるというあれは、まだ未解決のままであるが・・・。


さてさて、僕の仕業で詰まった便器はどうなったかというと、水を何度流し込んでもそれは緩やかに流れるだけで、肝心の固形物が便器の排水口から顔を少し覗かせている。水の流れがかなり緩慢であることから、僕の排泄物が途中で詰まっていることは明らかであった。水が流れきる時には、その固形物が排水口あたりで、出たり引っ込んだりしている。
このままトイレを後にすることはどうしも自分の自尊心が許さなかったが、30分ほどがんばっても始末できなかったので、モナの元にへ行き
「ちょっと問題発生。ねえ、ちょっと来てくれる?」と手招きしながらお願いした。
しかしモナは、トイレの問題と知って中々立ち上がろうとしない。
「イカウ、ペーパーを流したでしょ」
「違うよ、ペーパーなんか流してないって。ただ僕のが詰まったみたいで・・・」
それを聞いたモナは、ますますトイレに行くことを拒んだ。
僕は仕方なくまたトイレに戻り、更に10分奮闘していたが、そこへモナがようやく登場。
「マハール、これこれ」と、トイレ詰まりの修理には欠かせないあのバキュームゴムを持って、トイレに入ってきた。
「あ〜、それそれ。それがないかと思ってたんだ。あるじゃないか」
モナは便器の中をチラッと見ただけで、バキュームゴムを僕に手渡しまた部屋へと戻っていった。
それがあったら百人力である。僕はそれをトイレの排水口に押し付け、力一杯押して引いて、ようやく朝の大問題を解決したのである。

僕はすっきりとした顔でトイレから出てくると、モナは口を押さえて笑いながら、良かったねと言ってきた。
「オーオー、最初からあれ、持ってきてくれたら良かったのに・・・」

それがきっかけで、モナと少しトイレの話題になった。
実はトイレというのは、国によって色々と特色がある。
例えばイギリスの小用トイレはやたらと高い場所に便器が設置してある。しかも隣との仕切り壁がない。爪先立ちぎみで小用を足していると、隣の人から大事なものが丸見えとなる。
フィリピンも小用便器が高い位置にあるところはあるが、フィリピン人はシャイな性格なのか、隣との間仕切りはきちんとある。

かつて衝撃的だったのは、中国のトイレであった。中国の田舎町の公衆トイレはこうだった。
大をしたい場合は、小さな小川のような用水路が縦に配置されており、そこにまたがってするのである。しかし問題なのは、間仕切りが全く無いのである。オープンなスペースに小川が流れていて、自分の好きな場所で小川をまたいで大をするという感じである。
だから他人の尻が目の前にあるという具合である。
そんなトイレだから、トイレに入った瞬間に小川にまたがって大をがんばっている人と目が合うのである。こちらは衝撃に近い驚きで、何が起こっているのか頭の整理をつけるまで数秒間固まっているわけであるが、向こうからすれば、それをじろじろと見られていると感じたのかもしれない。
もしトイレが混んでいたら、尻を出した人間が縦にずらりと並び、大をするという話をモナに教えたら、モナは大笑いしながら、
「マハール、そこでしたの?」と訊いてきた。
「できるわけないじゃない。ムリムリ。そこでするくらいなら、誰もいない野外でする方がいいって。あなただったら、そこでできる?」
「アコは傘だな」
「傘?それで前を隠すの?それとも後ろ?」
「う〜ん、まえ」
「でも後ろに人がいたら、自分のお尻が丸見えでしょ!」
「だから後ろは壁のところに座る」
「ほ〜、それはナイスアイディアだな。傘かぁ、それは気付かなかったなぁ」

傘のアイディアには正直関心したが、傘に身を隠して大をしている姿を想像すると、やはりおかしいのである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:44.トイレの話
2009年12月08日

43.オカマ

先日タバコシティーのLCCモールで、ダンス大会があった。
LCCモールは、中国人が経営するタバコシティーで一番大きなモールで、この辺りのエリアにはレガスピを始め、様々な場所へチェーン展開されている。
タバコシティーの店舗は3階建てのビルディングになっており、その3階のゲームコーナー横のホールで、この大会が行われた。

この大会は、個人のダンスではなく、グループでの創作ダンスの出来を競うもので、参加者の年齢やグループの種類は問われないようである。
そのダンス大会に、ベルの従妹のアンが小学校の仲間7人で参加するということで、みんなでぞろぞろと見学に行った。

LCCモールの3階に上がると、既にホールの周辺には人だかりができている。まずはアンを探すと、ステージの横でサンタクロースをモチーフにした衣装と化粧をして、グループの仲間と待機していた。
アンは10歳の小学校4年生である。10歳の割には体が小柄で、身長は6歳のベルと大差ない。髪は肩まで伸ばしたストレートヘアーで、目がクリッとした少女である。
最初はアンが自分の視界に入っているにも関わらず、僕は全くアンの存在に気付かなかった。化粧をすると、子供でも随分と変わるものだと驚いた。

モナに何時にスタートするのかを尋ねたが、わからないと言いながらもまだまだ始まらないと言う。アンの母親に尋ねても答えは同じだった。
プログラムというものがあるにも関わらず、なぜスタート時間がわからないのか不思議であったが、わからないものを問い詰めても仕方がない。フィリピンはそのようなケースが非常に多い。何につけても時間に大らかである。

待つこと30分、会場は溢れるほどの人で熱気でむんむんとした空気になっていた。時折とても汗臭い匂いが、会場を漂う空気と共に鼻をつく。僕はその匂いだけは苦手だった。
匂いが収まらないので場所を移動しようとしたら、ようやくプログラムのスタートと相成った。女性アナウンスの開始の声に、会場の熱気がますます増長する。

ダンスのバックミュージックが流れ出すと、一組目が元気にステージに登場した。とたんに会場から、甲高い奇声と指笛が鳴る。ダンスが始まると各自が爪先立ちになり、少しでも前を見るために頭を左右にずらすので、こちらも同じようにしないと見づらい。僕はベルを肩車しながら、やはり爪先立ちで少しでも良く見えるポジションを探す。

客席のセンター辺りに机が3つ置いてあり、それぞれの机にはメモを手に持って渋い顔を作っている審査員の男性と女性が座っていた。
フィリピン人はダンスが大好きで、6歳のベルもTVの音楽に合わせてよく体を揺らしている。そのちょっとした動作がまた様になっているのだから、フィリピーナがダンスが上手いのも頷ける。小さな時から体でリズムを刻むトレーニングがしっかりとできているから、日本人には真似のできないノリを体得しているのだ。
TVではダンスコンクール番組もあれば、バラエティー番組でも、プログラムの進行にともなってミニスカートのお姉さんの踊りが頻繁に登場する。とにかく音楽とダンスが大好きな国民である。

当然コンクールに出ようという人たちのダンスは、素人目に上手である。とてもローカルの小さなコンクールとは思えないレベルの高さである。
個人的にはそれぞれのグループに甲乙付けがたい。おそらくダンスの創造性やグループのメンバーがどれだけ揃って踊っているか、そして雰囲気、ノリ、テクニックなどが審査の対象になっていると思われるが、僕には全てのグループが素晴らしいと感じる。

いよいよアンたちの出番である。アンのグループは、その日参加した中で唯一の子供グループである。軽快なリズムにのって、大人顔負けのダンスが繰り広げられる。数曲の音楽が編集で繋げられていて、バックミュージックが変わるたびにダンスの雰囲気も変わるため、見ていて飽きがこない。
センターで踊る子が、一歩前に出て多少大人びたセクシーダンスを披露すると、会場には歓喜の渦が巻き起こった。手拍子に指笛、そしてキャーという奇声。会場全体の盛り上がりが絶頂を迎えている。まるでディスコホールのようになってしまった。

はて、なぜそれほど盛り上がるのだろうかと思った。確かに小学生の少し背伸びをしたセクシーダンスは可愛くもあり、ませているなぁという苦笑いを誘うものでもあったが、会場の人間は明らかに手放しで喜んでいる。
再びステージ中央の子供を良く見て、あれ?と気付いた。もしかして男?
ダンスや身のこなし、顔や衣装は明らかに女の子であるが、顔が美少年系の男にも見える。

「あのセンターの子供は、もしかしてオカマ?」と、思わず僕はモナに訊いた。
「そうよ。セクシーでしょう?」
「はあ・・・」
それで会場がこんなに盛り上がっているのだと僕も納得。彼女・・いや彼がオカマだとすれば、その成りきりぶりに観客が喜ぶのがよくわかる。確かに彼女・・いや彼のダンスは、グループのセンターポジションを飾るほど女らしく上手である。そして顔が可愛い。

きっとその子の親もこの会場のどこかで、自分の息子の晴れ姿を見ているはずである。オカマとしての活躍でも、きっと親は素直に喜んで見ているだろうと思われる。


フィリピンではオカマもオナベもしっかりと市民権を獲得しているように見える。日本のように色眼鏡で見られることが少ないようだ。TVでもオカマの活躍は目立つ。

何よりも、モナの友人にもオカマが数人いるが、女性たちはオカマを女性の友達として付き合っている。オカマを全く男性としてみてはいない。
夜遅くなれば、アパートもみんな一緒の部屋に泊まったりするようだ。それで何かの事故(アクシデント)は起きないのかとモナに訊いたことがあるが、何らかのトラブルを見たことも聞いたこともないそうである。
僕もモナの友人のオカマと一緒にカラオケに行ったことがある。そのオカマの友人は、最近マニラのある企業で、チーフに昇格したと喜んでいた。仕事上でもオカマであることは、このフィリピンでは全くハンディにならないらしい。

日本でも最近は、性同一性障害という病気だという位置づけで、それを変な目で見ないような風潮ができつつあるが、フィリピンでは病気だからなどという難しいことは抜きで、社会が自然にオカマを受け入れているように見える。
だからというわけでもないだろうが、フィリピンにはオカマが多い。日本では46年も生きてきて、自分の周囲にオカマは一人もいなかったが、フィリピンでオカマを見かけることは日常茶飯事であるし、既に僕は二人のオカマと友達になっている。

だから僕にはオカマが気持ちが悪いなどということはない。彼らは付き合ってみると中々面白いし、とても優しいからこちらがストレスを感じることがほとんどない。
しかしいまだに、どうしてもオカマをオカマとして意識してしまう。彼らを目の当たりにして、あなたはオカマだろうという意識が頭のどこかに必ずあるのである。
僕はそれを、特に悪いことだとは思っていないが、それはおそらく、僕がオカマをよく知らないからだろうと思ったりしている。

今度再びモナの友人のオカマが遊びにきたら、飲みながらでも「お前は何でオカマなのか?」を、自分の興味も含めてじっくりと訊きたいと思っている。

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