フィリピーナと共に
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2009年11月21日

27.大渋滞のマニラ

出産費用を稼ぐために帰国して4週間、予定していた以上に仕事をこなし、なんとか11月13日のフィリピン再訪にこぎつけた。
この4週間の帰国は、予定外の就職というおまけまでついて充実した日々を送ることができたが、12日の夜はぎりぎりまで仕事が詰まっており、終わったのは夜の10時過ぎであった。それから住まいへ帰り、翌日のフライトの準備をするというあわただしさであったから、相変わらずのどたばた劇である。荷造りに際しては、色々な物をハンドキャリーしたいとキャリーバッグに詰め込むが、すぐに制限重量の20Kgをオーバーしてしまう。国際便における重量オーバーの追徴金は馬鹿にならない。体重計で確認してはバッグの中身を見直すという作業を繰り返し、目をつぶってくれる若干のオーバーまでウェイトを落とし、あとは機内へ持ち込むバッグへと詰め込む。機内持ち込みバッグも実は重量制限はあるのだが、それをチェックされることは滅多にないから、結局小粒で重いものが、こちらのバッグに集中してしまう。最後には機内持ち込バッグはパンパンに膨れ上がり、持ってみるとショルダーベルトが肩に思い切り食い込むほどになった。なにせパソコンやUSBハードディスクに加え、書類、本、子供に聴かせるためのCD、DVD、そして重量調整でキャリーバッグから移動したシチューやカレールー、チョコレートなどが入っている。結局15Kgは下らない重さになっていた。
荷造りを終えたのが夜中の2時。それから寝たのでは、4時40分に予約しているタクシーの時間に起きるのは全く自信がないので、そのまま起きていた。それもいつものことで、成田行きのバスに乗ってから熟睡するので、毎回成田空港検問のパスポートチェックで起される。

平日の成田は空いている。会社時代は移動はいつも日曜日であったから、会社を辞めてから平日の成田を始めて体験し、その空き具合に驚いたものだが、今ではそれが当たり前の感覚になっていた。
今回はフィリピンエアラインの3ヶ月オープン正規チケットである。前回のように、ディスカウントチケットの帰りの分をキャンセルして、追徴金の請求に怯える必要はない。手続きも順調に運び、離陸まで時間をたっぷり残し搭乗ゲートへと辿り付いた。
フィリピンにいるモナは、今のところ産気づいてはいない。このままいけば、うまく出産に立ち会うことができる。
搭乗ゲートを前にして、4週間の苦労が全てそこに凝縮されているような想いであった。

フライトは極めて順調であった。揺れも遅れもなく無事にマニラへ着陸。入国手続きもあっけないほど簡単に終わった。入国手続きが終わって間もなく、モナから電話が入った。

その日はマニラに一泊である。レガスピ行きは朝の一便だけであるから、マニラ宿泊は必然であった。いや、正確に言うと実はタバコまではバスがある。夕方マニラを出発し、翌朝タバコに到着するバスである。当初僕は、マニラのホテル代と飛行機代の節約を兼ねて、そのバスを利用しようと思っていた。どのみちタバコに到着するのが翌日ということであれば、運賃が格段に安いバスを利用した方がホテル代も浮いて断然得だからである。しかしその冒険旅行は、モナやモナの家族の大反対にあい断念せざるを得なかった。日本人が一人でそのバスに乗るのは、極めて危険だというのがその理由である。どうしてもバスを利用するというのであれば、ダディーがバスでマニラに行き、一緒にバスでタバコへ帰るとまで言われバスをあきらめた。片道12時間から14時間の行程を、往復立て続けにダディーに強いるのはあまりにも酷である。
結局僕は一人マニラに泊まり、翌朝6:30のレガスピ行きPR277でタバコへ向かうことにしていた。

到着ロビーを出てすぐに、ホテルへ向かうための空港タクシーを拾った。今の空港タクシーは昔と違い、空港サイドが用意した係員によって、車のナンバー、客の名前、行き先などがチェックされ控えられるので、安全性がかなり高まっている。利用する側としても安心である故に少し油断していた。5分ほど走ったところで、タクシーのメーターが動いていないような気がしたので、それを訊ねた次の瞬間500ペソと言われた。その言い訳が、今マニラは大渋滞だから・・・である。
「ノー、メーターをいれろ」
「400ペソ!」
「ノー、それでも随分高い。メーターを入れろ」
「300ペソ!」
「それじゃNAIA(空港)に文句の電話を入れるぞ」
ここでタクシードライバーが、渋々メーターのスイッチを入れた。
タクシーに乗ってから、ドライバーは愛想よく話しかけてきていたが、それから突然無言になった。当然当方も全く口はきかない。

空港タクシーの場合、この手のトラブルがあれば空港が客のクレームを受け付けるシステムとなっている。タクシーの中にも、苦情受付の電話番号が目立つ位置に記載されている。もし空港に訴えられた場合、おそらくドライバーは、とても困ったことになるに違いない。市中で拾ったタクシーも、同様のクレームを受け付ける場所があり、タクシーの中に電話番号が表示されている。最近のタクシードライバーは、その手のクレームの電話を恐れている節があり、マニラのタクシーのメーター稼働率は以前と比べて格段に向上した。
しかし日本人一人だと、さすがにそんなことはしないだろうとなめてかかるようである。だから「文句の電話をいれるぞ」(I will complain to the trafic management)という英語は、マニラで一人歩きをする日本人にはとても便利な言葉となる。

今回のフィリピン初日は、とても忙しい日となった。それは外せない用事が三つほどあったからだ。一つはモナが出産で入院する際に着るパジャマを、マニラで買う事。ガウンのようなタイプのパジャマで、フロントにボタンがついている物を所望だそうだが、タバコシティーで探しても売っていないということであった。
もう一つは前回Mall of Asia(MOA)内でモナのお腹を超音波診断した時の、カラー写真及びお腹の中にいる子供の動画DVD受け取りである。受診数日後にDVDとカラー写真が出来上がるそうであるが、前回はすぐにタバコへ帰らねばならなかったために、一ヵ月後に取りに来ると言ってあった。僕は大した内容ではないだろうと、そんなものは捨ててしまっても良いと思っていたが、モナには4千ペソも払ったのだから絶対にもらってきなさいと言われていた。
その日のマニラはものすごい渋滞で、本当はMOAなど行くのは面倒であったが、電話でも念押しされたので、仕方なくMOAへ行くことにしていた。
最後は結婚手続きをお願いした人に、費用を支払うことである。その人はこちらの指定した時間にホテルへ来てくれることになっていた。

ホテルへチェックイン後、早々に結婚手続き費用の支払いを済ませた。
そして次に馴染みの深いロビンソンモールでモナのパジャマを探すが全く見当たらず。最初からロビンソンの中をくまなく捜し歩いて、疲労困憊となってしまった。仕方なくMOAでDVD受け取りと同時に、そこでパジャマを探すことにした。あの広大なMOAの中で、どこをどう探せば良いのか皆目見当も付かなかったが、それでも仕方がない。

いざMOAへ向かおうと思いたってから、大変なことに気が付いた。タクシーを拾うことが全くできないのである。街中を走っているタクシーはほとんど乗客ありで、ようやく見つけた空タクシーも、駆け寄ってMOAまで乗せてくれるように話してみたが断られた。ロビンソンに戻ってタクシー乗り場へ行って見ると長蛇の列になっており、しかもタクシーは10分に1台程度しかやってこない。乗れるまで待っているとMOAが閉店になりそうなほど、貧弱な勢いである。列を離れしばらく歩いてみたが、やはり全くタクシーがつかまらず、一旦ホテルへ戻り、ドアマンにタクシーをつかまえてもらうようお願いをし、ようやく1台の車を確保できたのである。
タクシーに乗ってみて、まだマニラの街中が大渋滞していたので、ドライバーになぜこのように渋滞なのかを訊ねると、週末だからだそうである。週末はいつも、そのような大渋滞になるため、タクシーも自然とつかまらなくなるそうだ。そうなると帰りのタクシーも心配しなくてはならない。そのタクシーは僕が乗り込んですぐにメーターを入れていたが、車の洪水に飲み込まれ全く動かないタクシーの中で、僕は行きと帰りで500ペソでどうかとドライバーに持ちかけた。そして交渉はすぐに成立。少々高いが、帰りの足がないことで途方に暮れるよりましである。僕はMOAで用事を済ませた後、あらかじめ聞いておいたドライバーの携帯番号へ電話をし、再び同じタクシーでホテルまで無事帰った。

以前会社勤めの時には、マニラでの移動は全てカンパニーカーを利用していた。マニラでの日本人の一人歩きは危険だということで、会社も出張者の移動には相当の気の配りようであったからだ。だから自分も、マニラだけは一人で出歩くのが怖いと思っていたのだが、慣れてくると意外とできるものである。
勿論様々なトラップが、まるで獲物が引っかかるのを待つくもの巣ように存在する。少し街を歩いただけで、明瞭会計、格安料金でマガンダ(美人)多数などのチラシを手渡し、しつこく誘ってくる男に出合う。また、500ペソだけでホテルの部屋でスペシャルマッサージをするなど、スタイルの良い若い女の子が声をかけてもくる。それらは試していないので、実際にはどうなのかは報告はできないが、これまでの経験では額面通りの金額で済んだためしはない。
マニラでの一人歩きは、下心を出さず、大金を持ち歩かず、立派な格好をせず、もし英語が話せなければできるだけそれがばれないようにし、行き先の周辺情報やタクシーの道順を概略頭に入れておき、常に誰かと連絡を取れる状態にしておき、タクシーは乗ったら必ずメーター確認とドアロックをし、いざ何かあったらすぐに逃げることを想定しておくなど、それなりの心構えと準備で、リスクは相当軽減すると思われる。
そして週末のマニラはタクシーがひろいにくいことも、念頭に置いておきたいところである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:27.大渋滞のマニラ
2009年11月11日

26.日本人とフィリピン人の相性

昨日はフィリピンとは全く無関係の話題にも関わらず、貴重なコメントを頂いた。実はかなり重要な議論だと思うのと同時に、同年代と思われる方々が、同じようなことを心配しておられとわかり安心した。
みんながのほほんと安心感に浸っていたら、本当に日本は沈没してしまいそうだからである。
僕は日本を飛び出そうとしているが、これまで何度か書いてきたように、日本と言う国に誇りを持っているし、強い愛国心を持っている。
当然このままでよいのかと思うところ、多々ありである。

僕が日本人ということに誇りを持つようになったのは、フィリピンに行ってからである。
それまで欧米には度々でかけていたが、そんなことを思うことは全く無かった。
なぜフィリピンでそのようなことを意識し始めたのか・・・。

それはさほど立派な理由ではなく、バーを歩き回るうちに、日本人が如何に紳士であるかを知ったからである。・・・というより、日本人以外の外国人の方々が、ひどすぎた。
アメリカ人、韓国人、中国人と日本人の規範・常識が全く違うようである。

それは多くのフィリピーナの証言で、ますます明らかになり、確信に至った。
バーでは日本人の人気がダントツであると聞いて、嬉しくなった。
決まった女の子がいない日本人が店に入ると、手の空いている女の子が群がってくる。しかし、それ以外の人が来店しても、女の子は知らん振りをする。
最初は自分が舞い上がっているので、そんなことには気付かなかったが、言われてから観察していると、それがお世辞ではないことがわかる。
女の子の対応は、見事なほどはっきりしている。僕はアメリカ人の嫉妬からくる攻撃に遭うのではないかと真剣に心配したほどである。

しかし種明かしをすると、日本人がもてる理由は実はそれほど立派なものではないかもしれない。
それは、マナーがよく、店の中では決して羽目を外しすぎない(例えば女性の服を引き剥がすとか、しつこく絡むなど・・)、そして二人きりになっても嫌がることを無理強いしない、最後は金払いが良い・・である。
金払いが良いというところで、突然つっかえ棒を取られたようにガクッとくるのだが、それでもマナーに関する点は、喜んでもよいと思う。
一応念押しに、「○○人がもし金払いがよかったら、やっぱりもてる?」と訊いたことがあるが、答えは「ノー」であった。しかしそれは、漠然と納得できるのである。

日本人以外の外国人は、バーで働く女性を、同じ人間として尊重しているようには見えないからだ。「俺は金を払っている客だから、お前らは何でも言われた通りにしろ」といわんばかりの態度が、はっきりと見て取れる。
いくら仕事のためとはいえ、女の子にしてみればそれは気分が悪いに決まっている。

僕は常々気づいていたことがあるのだが、日本人は人種というものに、世界一こだわりがないのではないかと思えるのである。
勿論日本では、日本人の純潔を守るための政策が取られてはいるのだが、それは他民族を馬鹿にしているわけではなく、単純に日本人という人種に誇りを持ち、守りたいと思っているだけである。

そして日本人が外国人に苦手意識を持つのは、単に閉ざされた世界で培養されていたからにすぎず、それが故に一度目覚めてしまうと歯止めが利かない部分が露呈する。PPにはまる人は、まさにその代表格ではないだろうか。

普段日本人しか見ていないから、異国文化に遭遇すると、こんな人達がいるのかと驚き、こんな世界があるのかと虜になる。それに遭遇したことがない人は、先入観や恐れが先立ち受け入れられないという感情が勝ることもあるが、分かり合えば問題はない。
日本人は基本的に、相手がどこの国の人であろうが、相手の人間性を見て、自分と波長が合えば心を開くことができるのである。

実はそれは、本当に素晴らしいことなのである。
日本人はアジアで戦争犯罪者としての烙印を押された一面も持っているが、そんな視点で考えれば、実は日本人こそ戦争から一番遠い場所に立っている民族だと、僕は思うのである。

以前も書いたが、アングロサクソンは、相変わらず自分たちが世界中で一番すぐれた民族だという意識が強い。
だからヨーロッパでは、どんなにすぐれた学者でも、日本人だというだけで表舞台で活躍できない。
その点アメリカでは自由を標榜している手前、すぐれた人はそれなりに認めらるからましであるが、それでも相変わらず肌の色にはこだわりがある。そして国益のために、平気で戦争を引き起こす。自分たちが良ければよいという考えが丸見えである。


フィリピンへ行き、僕は日本人であることを意識し、そしてアジア諸国を歩いているうちに、それがますます大きく膨らんでいった。そしてどんな相手にでも心を開くことができる日本人を、素晴らしいと思うようになった。

実はフィリピン人も、フィリピン人であることに誇りを持っている。
日本人から見れば、あんな貧しい国に生まれて可愛そうだと思っている人もいるかもしれないが、フィリピン人は自分たちが持っている良いものを、無意識にわかっている。

フィリピン人は世界中に出稼ぎに行っているのだから、日本人よりはるかに世の中を知っているのだ。
フィリピン人は他国の人が自分たちより裕福でも、それらの人がどれほど心がすさんでいるのか、どれほど疲れた人生をおくっているのか、どれほどストレスと闘い我慢しているのか、どれほど自己中心的なのか、自分たちの目で見てしっかりとそれを感じ取っている。

彼ら彼女らは、それを大声で口にしないだけである。そしてお金がある他国は羨ましいが、自分が羽を休めるのはやはりフィリピンだけなのだ。
フィリピンには、ゆったりと羽を休めるものがまだまだ多く残っている。
それはゆったりと流れる時間であり、命の洗濯ができる自然や、そして心から安心できる家族愛と人々の優しさである。

日本でがんばっているフィリピン人が、本当に幸せそうにフィリピンへ一時帰国する姿を見ている人は多いだろう。
本当は愛する人と帰国したいのだという気持ちを、ぶつけられた人もいるのではないだろうか。愛する人にフィリピンの良いところをみてもらいたい、知ってもらいたい、そしてフィリピンという国を好きになってもらいたい・・・フィリピーナの多くは、そんな気持ちを持っている。それは裏返して考えれば、フィリピーナは自国に誇りを持っているということである。いや、もっと単純に、自国が好きだということである。
そんなことはない、彼女たちはいつもフィリピンをひどい国だと言う・・と反論したくなる人もいるだろう。そんな一面も確かにある。しかしそれも、自国に対するイライラ感であり、好きだから良くなってもらいたいと考えているからに他ならない。


さて、こうして考えてみると何が言えるのだろうか・・・
まだまだ素晴らしい規範を持ち、どんな人にも心を開くことができ、そしてそこそこお金を持つ日本人と、純粋で優しく人を見る目があり、しかし生活に困窮するフィリピン人は、色々な意味で相性が良いのではないかということである。

男と女の話に金銭を絡めるのは興ざめしそうだと言われそうだが、現実にそれは外せない実態があるから仕方がない。
しかし人間は、金銭絡みだけで心を開くことは決してできないものである。それは少し想像してもらえば、誰にでもわかるはずだ。
心を開いているというのは、きっかけが金銭的援助であろうがなんであろうが、やはり心を開いているということなのであり、それは普遍的な意味を持つ。

お金の問題に疲れだすと、そんな大切なことが見えなくなってしまうから、人間は弱い生き物なのだが、元々はそのようなベースがあると僕は分析にしている。
日本人とフィリピン人はお互いに無い物を持っていて、お互い補えうことができる素養を双方持ち合わせているのだ。
それは心から相手を尊重できるという、一番大切なものを双方が持っているということであり、そのことがフィリピーナと日本人の相性が良いと思う、僕の最大の根拠でもある。

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2009年11月10日

25.不景気にっぽん

仕事も大詰めを向かえ、相変わらず忙しく立ち回っている。
そんな本日、入社希望者の書類選考をお願いされた。回路設計者の業務経歴書を見て、面接をする人を絞り込んで欲しいという依頼である。

会議室のテーブルについたら、束になった申し入れ者の履歴書と経歴書がどさっと目の前に置かれる。
「へ?こんなにあるの?」

今までこんなに応募が来たことはないそうであるし、書類選考も初めてのことらしい。
これまでは、申し込んでくれた人とは全て一度会っていたそうだ。直接会って対話をしないことには、当然実力も人物もわからないからである。
しかし今回は応募があまりにも多すぎて、全ての人には会うことができない。

書類の束を解き中身を見ると、有名ブランド大学出身者や、中には博士までが応募している。

若い人は人材派遣会社で経験を積み、契約更新ならずで退社となった人が多い。年配者は今年の春あたりに退社した方が多く、会社都合も目立つ。
当方はアナログ回路(電源回路設計者や高周波・無線関係)の即戦力が欲しいのだが、応募者の経験内容で多いのは、デジタル回路設計である。特に多いのはFPGAの設計者で、書類を見るとデジタルオンリーという方が多い。またはソフトオンリーという方であり、スキルが偏っている方が多いのだ。
そしてもう一つの特徴は、皆さん取得している資格が多い。しかも応募者は電気・電子関係を専門とする方々であるが、取得している資格は、危険物取り扱い・クレーン・特殊作業車免許など、回路とは関係のない資格をずらずらと取得しているのだ。
就職口の可能性を広げるための資格と考えているようである。僕が持っている資格は、一種自動車運転免許だけ・・・。それ以外は自慢ではないが、一切ない。
そして驚きなのは、TOEIC(英語テスト)の得点が、皆さん結構高いのである。大体が500点以上である。
僕はかなり前にTOEICを受け、たしか300点を越えられなかった。当時は英会話も全くできず、聞き取りテストはほとんど山勘に頼って答えた記憶がある。
いや、確か書き取りテストも、山勘に近かったかもしれない。だからこのTOEICのレベルがどの程度は高いかは良く知っている。もし今受けたら、何点とれるだろうか?やはり500点は取れないのではないかと思うのである。

そのように、レベルの高い人、潜在能力の高い人が大勢応募しているのだが、それを書類だけで振り分けなければならない。
中には辛い日々から抜け出すために希望を託して履歴書を提出しているのだろうが、それを考えると、書類選考など身につまされる想いである。せめて会うだけでも会ってあげないという気持ちになるが、時間の制約があるためにどうしようもない。
せめて真剣に選考すべく、書類から応募者のスキルを読み取ることにも必然的に力が入る。
少なくとも3回は書類に目を通し、当方のニーズとマッチするのかどうかをじっくりと見定める。
よく就職は年齢が若い方が有利と言われる。しかし当方は教育を必要としない即戦力が必要であるため、既に十分なスキルを身につけているかどうかという観点で見ていくと、若い方よりもある程度経験を積んだ年配者の方が良いという結果になる。
特に派遣業務で職場を転々とし、しかも派遣先のお手伝い業務ばかりをしてきた若年層は、即戦力としては疑問符がついてしまうのだ。
かと言って、管理職の椅子にふんぞり返り、実践から遠ざかっている人も難しい。
よって通常であれば本当にもったいないという方も、選考から外さざるを得ない。

一通り選考が終了後再び呼び出されると、本日到着分として10通あまりの封筒が渡された。
世の中がとてつもなく厳しい状況になっていることをひしひしと感じる。
どれだけの人が失業保険に頼っているのだろうか・・・そしてその人たちが再就職を果たせない場合、一体どうなるのだろうか・・・。余計なことと知りつつも、ついつい考えてしまう。
いや、もしかしたら余計なことではないかもしれない。日本はこの先どうなっていくのだろうとも思ってしまうからである。
これが一過性の不景気であればまだ良いのだが、構造的なひずみも見え隠れするのである。

それは、派遣会社しか経験の無い方々が多いというところに象徴されている。
大学を卒業後すぐに派遣会社に入り、派遣会社から企業に派遣され、当然スキルがないからつまらない手伝いだけをさせられる。忙しい時にはそれでも需要があるが、暇になってくればお金を払ってまで、誰でもできるような仕事をお願いするわけにはいかない。
技術が身に付かないまま職場から放り出され、また次の職場へと移っていく。そうやっていくつかの職場を移り渡り、最後には本当に行き場がなくなり解雇になってしまう。
そのような経験しかしていない若年層の方には、残念ながら、自分で設計し、組み立てをし、検討をし改善をし、更には顧客と内容や日程についての調整をしてもらい、そして売り上げや粗利を自己管理してもらう一連の業務で、即戦力としては期待できない。

また、最初は何がしかの企業の中でがんばってこられた方が、途中から契約社員として様々な職場で都合よく使われ、結局放り出された人も目立つ。
そして大企業の人事が次の就職先を斡旋している人材も、中にはちらほらと見えるのだ。
業務縮小に伴い、人材放出をしようということである。

明らかに人の雇い方が変化しているのがうかがえる。ある意味企業の都合に振り回されている人が、世間には大勢溢れているのが想像されるのである。
報道で見聞きしていたことではあったが、実感として初めてそのようなことを理解できた。

欧米のシステムに近づいたと言えば、そう見えなくもない。しかし、日本が目覚しい成長を遂げたやり方からはかけ離れてきているし、その中で日本人の中に根付いた会社と社員のあり方における感覚が、崩れ出している。
目先のことを考えれば、合理的システムといえるのかもしれないが、果たしてそれが本当に良いやり方なのだろうかと疑問を感じる。内需に頼ってきた日本の企業が、自ら国内景気に水を差すやり方を一斉にやっているからである。

携帯電話のノキアがなぜあれほど大会社にのし上がったのか・・・それは国が小さく、最初から国内需要など当てにせず、世界を相手に勝負を仕掛けたからである。
販売も生産も、最初からボーダレスでビジネスを進めてきたノキアのような会社には、国内需要に依存してきた日本企業とは基本的にそのビジネス感覚に大きな違いがある。
そのような会社と勝負するには、日本は大きなハンディを背負っていると言わざるを得ない。

それに対して日本企業がどのようにふるまうべきなのか、人の雇い方も含めて考える必要があるように思われるのである。

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