フィリピーナと共に
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2009年10月09日

3.フィリピンスタイル

9時過ぎに、もうマニラに到着したとのモナのコールがあった。予定より少し早い。
ホテルエントランスの外にあるテーブルで、コーヒーを飲みながらモナを待つと、一台のタクシーがホテルに滑り込んできた。車の後部座席には、久しぶりに見るモナの顔が・・。にこやかな顔で、こちらに手を振っている。

ホテルドアマンと一緒に、タクシーへ駆けつけると、想像以上に大きいお腹を抱えながら、よいこらしょという感じでモナがタクシーから降りてきた。彼女が両手で抱えているお腹は、まるで臨月の妊婦のように大きかった。
各航空会社同様、PAL(フィリピンエアライン)にも、妊婦の搭乗に関する規定がある。今回モナは、搭乗ぎりぎりの妊婦のため、かかりつけのドクターが妊娠の週を少しだけごまかしたペーパーを作成し、大丈夫だとサインをしてくれた。
ドクターが問題ないと判断したにも関わらず、モナが一人で飛行機に乗りマニラへ行くことを心配したママの気持ちが、モナのお腹を見て納得できた。確かに何かの刺激があると、今にも産気づいてしまいそうな雰囲気である。
彼女の妊娠当初、結婚せずに妊娠したことで世間体が保てないから、早く結婚して欲しいという話があった。そのうち、近所の噂になり始めたと、モナもノイローゼ気味になった時期があったが、もはやお腹が大きいことを隠すなどというレベルではない。あらためて肩身の狭い想いをさせたと、後悔の念を覚えた。
それでも標準体重に達していないとのことで、ドクターからは体重が増えるように、もう少し食べなさいと指示されているようだ。良くみると大きいのはお腹だけで、それ以外は痩せている。とある人に言わせると、それはセクシー妊娠だそうだ。


彼女は久しぶりの再会を、とても喜んだ。以前会ってから、ほぼ7ヶ月ぶりの再会である。しかも、妊娠してから初めての再会だ。やはり心のどこかで、このまま放っておかれ、そのうち自然といなくなってしまうとでも思っていたのだろうか。
「フィリピンに来てくれてありがとう。アコはとてもハッピーよ」とお礼を言われ、遅すぎた訪比を申し訳なく思っている僕にとっては、それはすこしむずがゆい言葉だった。

マニラに行き、結婚の手続きを進める予定だった6月から、ずるずると4ヶ月の月日があっという間に流れた。いい加減、本人や家族が心配するのも当然だった。
メールや電話のやり取りを交わしている本人はまだよかったが、彼女の家族はさぞかし心配していただろうと思われる。
とにかく無事に到着したことを、モナのママに電話連絡した。
「ハロー!ディスイズマークスピーキング!コムスタ(元気)?」
僕がタガログかビコールの言葉を使うと、ママはいつもゲラゲラ笑い出すが、その時もそうだった。モナの元気な声を聞いて、ママも一安心しているようである。

モナがいきなりお腹が空いたというので、二人でロビンソンに食事にでかけた。
ロビンソンモールは、目の前である。
今回宿泊したのは、立地の良さがとりえだけのホテルだった。あるサイトによると、それは2つ星ホテルである。

今回の旅には、多くの「初めて体験」があった。
一つは既に紹介したチャ○ナエ○ラ○ン、そしてマニラの空港から一人でタクシーに乗りホテルへ行ったこと、さらにはロビンソンモール前のホテルも初めて泊まるところであった。

とにかく倹約旅行を心がけ、ホテルも安いところにした。絶好のロケーションながら、朝食付きで一泊4000円を若干切る価格。もっと安いホテルもあったが、あまりに質を落とすと、今度は安全面で心配となる。
ネット上の宿泊者の書き込みを見ると、そのホテルはサービス面やホテル設備に期待はできないが、部屋は綺麗とあった。ほとんど当てにはできないと知っていた、ホテルサイトの部屋の写真も綺麗に見えることだしと、この辺で手を打とうと決めたホテルだった。

しかしいざ宿泊してみると、エアコンは温度調節ができず、SWを入れるとガーガーと唸り出す代物。しかしこの程度は想定内で十分我慢ができた。
ベッドでの掛け布団がシーツだったので、これはモナが来たら寝冷えしないように、ブランケットを頼もうと思ったら、1ナイト25ペソ。部屋には湯沸かし器などないので、日本から持参したコーヒーを入れようと思い、お湯をお願いしたら、1ポット10ペソ。部屋には冷蔵庫はもちろん、ほとんど設備らしいものは何もなく、足りないものをお願いすると何から何まで有料というところに、少々うんざりしていた。しかもである、トイレットペーパーがほんの少ししか巻かれておらず、それが切れても補充なし。お願いするとそれも「お金ちょうだい」と言われそうだったので、自分でスーパーで買ってきた。ホテルのトイレのペーパーを自分で買ったのも、初めての経験である。
しかも、隣の部屋からなのか外からなのかよくわからないが、なにやら騒音が、ストレートに近い音で入ってくる。最初の夜、一人で寝ているときには、どこかで若者が音楽をがんがん鳴らし、どんちゃん騒ぎをしている。音楽と奇声が混ざった音が、明け方まで響いていた。そして次の日には、TVの声が壁から聞こえてくる。鉄筋コンクリートのはずであるから、少しは吸音しそうなものであるが、部屋のどこかに大きな穴でも空いているのかと思うくらいにクリアに聞こえてくる。
このホテルで良かったのは、部屋の中のありとあらゆる所に、これでもかというくらい灰皿が置いていること、そして超遅いスピードではあったが、インターネットが無料で使えることくらいだった。
そして無料の朝食が、まずかった。僕もモナも、普段ホテルの朝食にケチをつけるほど贅沢ではない。しかしそのホテルの朝食は、次の日は外で食べようと話したくらい、まずかった。

以前フィリピンへ行くときには、会社で予約したホテルへ宿泊していたので、ほとんどが4つ星以上のホテルだった。その流れで、個人的に予約する場合でも、大体が同等クラスのホテルだった。そのクラスのホテルは、部屋が広く、部屋の中の設備は充実しているが、いつの間にかそれが当たり前のような気がしていた。だからそのありがたみというものを、ほとんど感じることはなかったが、初めて星の数の意味を知ったような気がした。

最後に極めつけの初体験をした。
話はいきなりマニラ終盤に飛び恐縮であるが、このホテルをチェックアウトして、モナの田舎へ移動しようとした時のことを先に紹介する。

チェックアウト時に、ホテルにタクシーをお願いした。このホテルは、空港までのアクセスに限り、ホテルタクシーを無料で手配してくれることになっている。宿泊者のインターネット上での書き込みにも、有料だと思っていたので得をした気分だったと書いている人が数名いた。
ホテルの女性は、「メータータクシー それともホテルタクシー?」と訊いてきたので、僕は「ホテルタクシー」と答えた。

チェックアウトを済ませ、ホテル前でタクシーを待っていると、ホテル前に一台のタクシーが止まったが、ドアマンはそれを「行け!行け!」と指示し、自分で別のタクシーを連れてきた。僕はホテルタクシーが来るから、普通のタクシーには用はないと理解していたが、しかしそれは違っていた。

モナがいつの間にか、空港までのタクシーをメータータクシーに切り替えていたことを、僕はタクシーに乗ってから気付いた。
「ホテルタクシーは高いでしょ?」というのが、彼女の言い分だった。それは無料のはずだと僕は言ったが、ただのタクシーがあるのに、なんでメータータクシーかホテルタクシーと訊いてくるのかとモナが言う。
宿泊した時点で、ホテルのホームページに、空港の送迎は無料と書かれているので、無料タクシーがあるのは間違いないが、外部委託のタクシーらしく、僕はホテルが、できるだけそれを使わせたくないのだろうと思っていた。
まあメーターで支払っても高々チップ込みで400円程度なので、「あ、そう」と、僕もそれを了承した。そもそもそれに気付いたのは、既に車が走り出した時であったから、どうしようもない。

このメータータクシーに切り替えたことが、不幸の始まりだったのである。

タクシーへ荷物を積み、乗り込んで「空港、ドメスティック(国内便)パル(PAL)」と告げると、ドライバーに場所がわからないと言われた。自分はそれまで、田舎でドライバーをやっていたので、マニラはよくわからないというのだ。しかし大体の場所は知っているというので、とりあえずそのタクシーで空港へ向かうことにした。
タクシーは一方通行と渋滞に阻まれ、ロハスブルバード(ロハス大通り)に中々出ることもできないので、こちらが道案内をする始末だった。その辺でいやな予感はあったが、思い切ってタクシーを乗り換えるまでには至らなかった。
彼は思った以上に素人ドライバーである。時間がどんどんロスしていく。モナは心配し出しているが、僕はもともと時間に余裕があったので、これはぎりぎりセーフというパターンになるかなと思っていた。
もうすぐ空港というところで、時間は75分前。タクシーが時折車を止め、沿道で行商をしている人に道を尋ねている。この時点で、多少は道に迷っても、飛行機の時間に間に合いそうではあった。

そして勢いよく車を発進させたまでは良かったが、ふと車が左へ曲がった。
僕は「あれ?」と思い、モナに「こっちの道でいいの?さっきのところはまっすぐじゃない?」と訊いたが、モナは自信たっぷりに、「こっちでいいよ」と言うので、僕は自分の勘違いだったかと思いなおした。僕だってマニラの道に明るいわけではない。うっすらとした記憶で余計な事を言い、それが原因で飛行機に乗り遅れたりしたら、それこそモナに申し訳ないと思っていた。モナはドライバーと沿道の人の話を聞き、その人が自信たっぷりに道を教えてくれたのを聞いていたので、その方面で間違いないと思ったらしい。

しかし到着したのはセブパシフィックのターミナル。さすがにその近くまで行った時には、モナも気付いており、フィリピンエアラインのターミナルだとドライバーに話しているが、時既に遅しである。途中で車を停車させトライシケルドライバーに道を尋ねると、やはり戻れと言われた。僕のぼんやりとした記憶で、この方面はセブパシフィックのターミナルではないかと思っていたが、僕もそれを言い出せなかった。
道を間違えたことがはっきりとした時点で、フライト時間まで1時間を切っている。45分前でチェックインの締め切りだから、もしかしてぎりぎり間に合うかもしれないが、走っている道は、行けども行けどもUターンできずに、目的の場所から遠ざかるばかりである。
僕は既にあきらめて、はやい段階でPALに電話を入れるようにモナに言ったが、今度はいくら待ってもPALのオペレータに繋がらない。PALには繋がるのだが、「回線が混んでいるので、しばらくお待ちください」というアナウンスが、延々と繰り返され、電話のロードだけが消費されていく。まるで日本におけるソ○トバ○クのようだ。ソ○トバ○クのカスタマーサービスも、20分や30分待たされることはよくあった。しかしそれはフリーコールであり、少なくともお金はかからない。
モナが繋がらないとあきらめたので、田舎のPALに電話してみろとアドバイスし、そこから、社内で使っているPALの電話番号を訊きだした。しかしPALに繋がったのは、結局ターミナル目前のことだった。

普通であれば、もう間に合わない時間であったが、離陸までにはまだ35分ほどある。もしかしたら間に合うかもしれないというかすかな望みを持って、チェックインカウンターへと急いだ。
するとチェックインカウンターでは、何事もないように手続きを進めてくれる。荷物がオーバーウェイトだから、追加料金300ペソの支払いが必要とまで言われたので、「おお、受け付けてくれるんだ。間に合って良かった」と胸を撫で下ろしていた。
しかし、最後の最後で、突然、搭乗ゲートがクローズになったので、このチケットはキャンセル扱いになると言われた。こちらはただ絶句。「???」
だったら最初からそれを確認して欲しいと思いながらも、非はこちらにあるので何も言えない。

まずはマニラのホテルをもう一泊予約しなければならないと、PCで空港のWiFiを見てみると、エアポートパブリックフリーという電波をひろった。これでホテルの予約ができると思ったが、WiFiには繋がるものの、インターネットには入れず。サーバーにトラブルがあるのか、それとも開放している風の、開放していないネットなのか?他の電波も同様、WiFiが繋がらないか、もしくは繋がっても、その先にはいけず。
もし利用したタクシーがホテルタクシーであれば、せめて文句を並べて、その日の宿泊をホテルにただにさせることができたかもしれなかったが、メータータクシーではそれもかなわない。
仕方がないので、知り合いに電話して、旅行代理店経由でホテルの予約してもらう。マニラのホテルのほとんどは、ダイレクトに予約を入れるより、代理店経由で予約を取ったほうが安い。今回はホテルで提示している金額より1000ペソほど安くなっていた。

翌日のフライトチケットは、きちんとお金を取られ、しかも朝6:45のフライトしかないとのことで、渋々そのチケットを購入した。

そして翌日は、朝4:30に起床し、万全の体制で空港に向かった。その日のタクシーは問題なく僕たちを目的のターミナルへ連れて行ってくれた。時間は十分余裕がある。
しかしそのフライトも、再度キャンセルになるところであった。

モナは搭乗に差し支えない妊婦だというドクターの証明書の有効期日が、もともとの搭乗予定日だった前日までとなっていたために、クリニックでチェックが必要ということになったのだ。
搭乗手続きが全て終了し、離陸時間まで時間はたっぷりあったが、メディカルルームにエスコートする人間がいないために、わきで待っていてくれと言われ、その担当者は他の上客のチェックイン作業をもくもくと進めだした。こちらへの呼び出しは一向にかからない。時間は刻々と過ぎてゆき、とうとう6:15分と、離陸30分前になってしまった。
前日は搭乗締め切りで乗れないと言われたのが、離陸30分前である。

あまりにもいい加減な対応だったので、僕はぷちっと切れてしまった。
手続きを進める人に割り込んで、自分の腕時計を指差しながら「もしあなたのせいで乗れないことになれば、飛行機代の返却、ホテル代、そして代替便の運賃を、全て責任持って支払ってもらう」と言ったとたん、担当者があわててエスコートする人間をを探し出した。そしてすぐに別の男性がやってきて、僕たちは早足でメディカルルームへ案内された。ドクターは簡単な質問をしただけで、すぐに書類へサインをし、あわただしく搭乗と相成った。搭乗に際しては、エスコートの男性が、歩きながらあちらこちらへ電話をし、預かり荷物の積み込み、ゲートをオープンしておくことなどを指示していた。

「やればできるじゃないか」ということであるが、言わなければ、結局時間切れで搭乗できませんということになったような気がしてならない。
フィリピンスタイル恐るべしである。

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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:3.フィリピンスタイル
2009年10月05日

2.とうとうマニラにやってきた2

今後結婚や子供の手続きで、日本とフィリピンを何度か往復することになりそうである。そして日本での仕事の関係もある。
だから、今回はできるだけ安い航空券でフィリピンを訪れ、帰りのチケットは捨てて、フィリピンで往復のオープンチケットを購入しようと考えた。
最安値はチャ○○エア○○ンの42000円(諸費用込みの価格)。
初めて利用するチャ○○エア○○ンである。(フルネームを隠さずに書いても良いのですが、万が一関係者の検索に引っかかるとまずい内容があるため、○を使用しています)
台湾で乗り継ぎのため、少し時間はかかるが価格は安い。

あまり深く考えずに、フィリピンでオープンチケットを買ったら、今後気が楽だな、うん、そうしようと思ったのだが、念のために旅行会社の人に確認を取ると、
「え〜、そうなんですか?それはまずいかもしれないですねぇ。ちょっと待って下さい」

何やら確認をして、電話口に戻った男性担当は
「そのケースですと、もしかしたら航空会社から追加請求があるかもしれません。往復利用するという前提で安い価格になっているので、片道だけの利用だと、正規料金との差額が請求されるケースがあるんですよ。これは必ずではなくて、正直どうなるかわからないというのが、正確なお話なのですが・・」
「正規料金との差額金額は、いかほどですか?」
「おおよそ15万くらいです」
それを聞いた僕は、完全にびびった。

「その金額だったら、ビジネスもオープンでも、何でも買えるじゃないですか!」
「ええ、そうなんですよ。しかしこれは、必ず請求がくるわけではないんです。ただ万が一請求がきてしまうと、私どもとしてはそれをお客様に請求するしかなくなってしまうんです」
「そしたら、現地で突然体の具合が悪くなったとか、そんな事情がある場合はどうするんですか!」
「そう、それなんです。やむを得ない事情がある場合は、交渉の余地があるんですよ」
「つまり無断でキャンセルするのではなく、少なくとも病気になって、きちんと連絡を取れば、リスクは激減するということですね」
「ええ、本日の話は聞かなかったことにしますが、とにかく連絡だけは入れてもらった方が宜しいかと・・・」
「わかりました。検討します」

このような会話を交わし電話を切ったが、差額請求がそれほどくる可能性をひめている問題は、僕にとって衝撃だった。

その時までは、とりあえず高熱でも出してキャンセルをし、「帰国はフィリピン発のオープンチケットを御社で購入するので、追加請求は勘弁して欲しい」とでも言うか、と考えた。

しかし他にも落とし穴があった。この話をある方に連絡をしたら、その方が、「フィリピン発のチケットだと、次回フィリピンへ来る時には片道切符となるために、少し前までの規定だと入国拒否になる可能性がある」と教えてくれたのだ。少なくとも長期VISAが必要となる可能性があり、その方も同様のケースでVISAの提示を求められたとか。その方は、フィリピン人の奥様と結婚をし、長くフィリピンへ住んでいらっしゃるので、永久ビザを持っているはず。
しかし僕の場合、次回フィリピンへ来るときには、ビザまではまだ手続きも終わっていないはずである。しかしこのケース、不法滞在の温床となるために、言われてみるとそんな対応は有りかなと思ってしまう。

それに加えて、今月後半から、割の良い仕事が入ってしまった。金額はフィリピンを10往復以上しておつりがくるほどで、しかも先方は是非僕にお願いをしたい案件だと言ってくれている。納期は今月末。
今回購入したチケットの帰りの日程は10月16日になっているので、それで一旦帰国をすれば、あることを除いて丸く収まる。

あることとは、勿論モナのことである。
狼中年に成り下がった僕を、結婚の手続きを全て終了する前にあっさりと帰国させてくれるのか、そして子供が生まれるが11月末なので、モナが云々いう以前の問題として、時間があまり残されていないということである。
子供の国籍をスムースに日本にするためには、生まれる前にモナを僕の籍に入れておく必要がある。フィリピンと日本において、子供の出産に対して余裕をもって結婚の手続きを全て完了させるためには、今回の途中帰国は痛手となるのだ。
これはモナと作戦会議をする必要がありそうである。

とにかく明日(この原稿を書いているのは、10月3日です)、それをモナに話そう。

さて、今回初めて利用した、格安のチャ○○エア○○ンのお話を少し。
これまでは、自分で利用したことはなく、他人様の噂話では、飛行機が古くて怖い、スッチー(最近はフライトアテンダントと言うんでしたっけ・・)の態度が悪い等々あったが、実際はどうだったのか。

僕が今回利用した飛行機は、日本―台湾間はまったく古さを感じさせないB747で、快適そのもの。
日本から台湾までの飛行時間は3時間半であるが、機内食が一度出る。
「カツ丼にしますか?それとも海鮮丼にしますか?」と言われ、初体験のカツ丼にした。日本で積み込んだだけのことはあり、味はコンビニで売っているカツ丼と同様に美味しい。それにサーモンサラダとデザートのチーズケーキが添えられている。
機内食はカツ丼の物珍しさも手伝って、合格でつ!
(”P旦那ですが何か?“のrasukaruさん、”す”を”つ”にする言い方、無断で真似てしまいました。ごめんなさい)
大体格安チケットで航空券をおもいきりケチっているのに、機内食でうんちくを述べていても仕方ないような気もするのだが・・。お腹が膨れるだけ、幸せである。最近貧乏生活が板についているので、本気でそう思った・・・・と言いながら、機内食の話は、この後にも登場するのであるが。

アテンダーは普通である。とりわけ器量よしが揃っているわけでもなく、その逆でもない。愛想笑いの無いことを悪いという人にとっては、おそらく落第点なのだろうが、海外の航空会社はどれもそれが普通で、JALとかANAが、異常な笑顔を振りまいているだけの話ではないだろうか。僕は以前、あの作り笑顔があまりにも人工的で、逆に気持ち悪いと思ったことがあるくらいだ。
今回のアテンダーの対応は、どちらかというと丁寧でかなりましな部類に入ると思われた。
これも合格でつ!

チケット代が安い代わりに、台湾で乗り継ぎ時間に約1時間を要する点が、このルートの最大の欠点である。
そして今回は、マニラに台風が接近しているので、もしかしたら台湾でお泊りになるかもしれないと、なかば覚悟していた。
しかしチャ○○エア○○ンは見事に飛んでくれた。というか、最初から台風をあまり気にしていなかったご様子。成田でチェックインをする際にも、問題ないと言っていた。
まあ、フィリピンエアラインやJALの直行便も、成田で予定通り搭乗手続きを進めていたので、チャ○○エア○○ンだけが勇気があるわけではないのだが。
いや、チャ○○エア○○ンの名誉を傷つけぬようにまじめに言わせてもらえば、きちんとした情報をもとにした判断で、フライトを決めていると思われる。

不思議なのは、フィリピンエアラインの日本からの直行便は問題なく運行を決定しているのに、モナが乗るはずであった同じフィリピンエアラインの国内便が欠航したのはなぜか?である。
時間帯の問題か、もしくは飛行ルートの問題か、はたまた機体の大きさの問題なのか、おそらく素人にはわからない理由があるのだろう。
ここに営業的な判断が加えられていないことを祈るばかりである。やはり安全第一なので、国際線は営業的にダメージが大きいから、少しくらい危なくても欠航できない・・なんてことはあるはずがないと、信じている。

さて、先ほど台湾での乗り継ぎが、このチケットの最大の欠点と書いたが、実はそれほど欠点ではないかもしれない。
日本からマニラの直行便に乗ると、フライト時間は約5時間半?
これが意外と長く感じる。ヨーロッパやアメリカの12時間もきついが、不思議とフィリピンまでのフライトは、その12時間と同じくらいに長く感じるのだ。
それはおそらく、飛行機の中で「早くつけぇ〜」と願っているから、そのように感じるだけなのかもしれないが、とにかくあの5時間強がいつも苦痛なのである。
しかし3時間半で一旦仕切りなおしになると、結果的に楽に感じるのだ。体を一回動かすせいかもしれないが、気分は楽であり、これが意外な発見だった。

台湾からマニラに行きに乗り換えると、今度は飛行時間が2時間と短いために、水平飛行に入るとすぐに食事が配られる。
チケットは安いのに、2度の食事が出るのは得した気分だが、ただし、さっき食べたばかりなのに?・・・という気持ちも正直あった。
台湾積み込みの機内食は1種類のみで、選択はできない。今回は鶏肉の炒め物がごはんの上にかかっているものだったが、なんと八角(中華料理で使う香辛料)の香りがした。
それほど香りはきつくなかったが、隣に座っていたフィリピンのおばさんは、半分以上も残していた。日本人も八角は苦手という人が多く、それを機内食に採用したのは、不合格でつ!

余談だが、機内食に添えられたオレンジジュースのパックも勿論漢字で書かれていて、そのジュースの名前で漢字が10文字ほど並んでいる。そのうち一つは橙という文字があり、オレンジをイメージできるのだが、最後の2文字は原汁。あ〜、果汁100%だとわかるけれど、”げんじる”ですか・・・という感じ。もちろん味は普通のジュースです。

一応デザートも、小豆の饅頭と書いてるものが出た。この饅頭の味も微妙。全部頂きましたが、これは美味しい!と言えるものではなかった。

行き先がフィリピンになると、アテンダーの雰囲気もがらっと変わった。
雰囲気がフィリピン風になる。それはどのようなことか、具体的に羅列すると、「フレンドリー」「疲れやすい」「さぼりぎみ」「アバウト」・・・
それでも気分を害するようなことはなく、まあまあ合格でつ。

今回は台風の影響で、着陸時に緊張するだろうなと思っていたが、途中の揺れも少なく、しかもマニラ空港では、車輪が滑走路をいつ捉えたのかわからないくらいに上手に着陸し、チャ○○エア○○ンのパイロットは、なかなかやるもんだと思った。

と、いろいろ書いたが、とにかく一番心配だと言われている機体の問題は全く感じられず、価格重視の人には是非お勧めしたいルートである。

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2009年10月04日

1.とうとうマニラにやってきた

アイリーン編がまだ途中ですが、「フィリピン生活」という新しいカテゴリを立ち上げます。具体的にフィリピンでの生活が立ち上がるのは、もう少し先ですが、その皮切りの儀式である結婚手続きのために、マニラにやって来た内容を報告していくからです。
しばらくは断続的な更新になる可能性はありますが、アイリーン編と平行して、こちらもアップしていきますので、宜しくお願い致します。

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仕事が一段落ついて、とうとう10月3日にマニラにやってきた・・・が、ホテルの部屋には僕一人。
モナは田舎で足止めをくらっている。
そう、台風が来ているために、モナの便は欠航し、僕の便だけが無事にマニラに到着してしまった。
昨夜のうちは、その逆も想定していた。または二人ともマニラにたどり着かないことも考えていた。しかし結果は、モナにとって最悪のケースとなった。国際線はローカル線より台風に強い・・、という結果になったわけである。
なぜ最悪のケースなのかって?それは僕が独りだけでマニラの夜を過ごすからに決まっている。
いやいや、決して僕がしめしめと、にやけて喜んでいるわけではない。心配性のモナが勝手に想像して、やきもきしているだけである。
僕は今、夜の10時というゴールデンタイム真っ最中にも関わらず、こうして品行方正にもホテルの部屋で、ブログの原稿などを書いているのだから・・・。

しかもモナから抜き打ち電話チェックがある。彼女が電話をしてきた時に、万が一にも電話に出れない事態を作ってはいけない。それが単なるうたた寝であっても・・・である。
もし電話に出ないものなら、悪いことを何一つしていなくても、まるで言い訳のような説明を一生懸命しなければならない事態に陥るのは明白だ。
僕は今猛烈に眠い・・・、上まぶたの重さを支えるためのマッチ棒が欲しい状況だが、それでもがんばって起きているのは、そんな事態を避けるために他ならない。

それじゃあ、モナが寝てから活動すればいいじゃん!・・・そんな悪魔の囁きも聞こえてくる。
しかし、さっきモナに「ペソはいくら持ってるの?」とさりげなく聞かれ、思わず正直に答えてしまった。
明日モナがやってきたら、きっと彼女は何かのタイミングで、僕のペソの所持金額を確かめるに違いない。それでツジツマが合わないと厄介なことになる。
仮に別の円を両替して、それを使ったとしても、その残りはどこかに隠し持って、さりげなくどこかで使うという、めんどうくさいことをしなければいけないから、結局そんなややこしいことはしない方が良いという話になってしまう。
勿論残ったペソを全てチップでくれてやり、「あら、気前のいいおにいさんね」と良い子になる方法もあるのだが、僕の財政はそれを許すほど楽ではない。

さてここで、僕は皆さんには決して勘違いしないで欲しいと、申し上げておきたい。何か、僕が夜の街に遊びに行きたいのを必死に我慢しているかのように書いてしまったが、僕は我慢しているのではなく、最初からそんな気はない!のであって、「お気の毒に・・」などと要らぬ気をまわさないで欲しいのだ。ただほんの少しだけ・・くどいようだがほんとうに少しだけ、今後二度と訪れることがないかもしれないこんなチャンスを、時折窓の外を眺めてしまい、そして歯軋りし、地団太踏んでいるだけである(T_T)。だから決して、お気の毒にと思わないで欲しい。
“隠れて悪いことをしない”ことが、幸せになるための秘訣であることを骨身に染みてわかっている僕は、そんな悪巧みなど、最初からこれっぽっちも考えないに決まっている。
僕は、過ちを犯したらしっかりと反省し、決してそれを繰り返さない賢い男に生まれ変わったのだ。

・・・というわけで、独りでマニラにいる僕は、夕方独りで、ロビンソンをふらついてきた。時間が前後する話で恐縮であるが、その時のお話を少し。

ロビンソンに入りいきなり小用をもよおしトイレを探していると、若い綺麗なお姉さんから「ハ〜イ!」と声をかけられた。僕の先決問題は綺麗なお姉さんよりトイレだったので、無視をしてその場を立ち去った。その後モールの中にあるイタリアンレストランのアウトサイドテーブルで、独り淋しくビールを飲みながらスパゲッティーなどを食べていると、少し離れた場所から、今度は別の綺麗なお姉さんが、僕に手を振っている。僕が心の中で「ぼく?」と言いながら自分を人差し指で指差すと、相手はニコニコしながらコクリと頷き、何かを飲む仕草をしている。おそらく一緒に飲もう!ご馳走して!というゼスチャーだと思ったが、空腹を満たすのが先決問題だった僕は、心ならずも自分の手を顔の前で左右に振ってしまった。
どちらも二十歳そこそこの、スタイルの良い綺麗な女の子だった。
これまでこんなことはなかったなぁ、マニラには、そんな子も増えてきたのかなぁと思っていたのだが、これまでマニラの街をふらつくときは、大抵女性連れであったから、女性が声をかけてくるはずがないということに気付いた。
僕はかなり長い間、そこでビールを飲み、食事をし、コーヒーを飲みながら長時間を費やしていたが、先ほど僕に声をかけてきた二人プラス同業とおぼしき方々が、きょろきょろしながら何度も行ったりきたりしている。そして時折男と作戦会議もしている。おそらく男は鵜飼で、彼女たちは紐で繋がれた鵜なのであろう。
男も女も、それほど悪人っぽくはなかったので、お近づきになってから「俺の女に何をする!」という美人局稼業のお方ではないと思われるが、体を求めて男が支払った代償の一部もしくは大方が、きっとあの男達のポケットに入るのだ。ただご馳走をして話し相手をするだけなら、いくらでも付き合ってあげるのだが、生まれ変わった僕は、特別親しい関係になろうなどとはこれっぽっちも考えていないので、とりあえずお相手はしなかった。

僕はいつものように、ロビンソン前で様々なものを観察していた。
相変わらず道路は渋滞で、車がぎっしりと並んでいる。その大通りに入ろうという車も、右や左から重なり合うように車と車の隙間に入り込もうとしており、それらがますます渋滞に拍車をかけている。
「ピピピー」と笛の音が鳴り響き、車のクラクションの音があちこちで鳴り響いていた。その渋滞の中を、縫うように救急車が前へ進もうとしていた。
往来の人の数もものすごく、相変わらずの喧騒ぶりである。
ROBINSONモールの大きなネオン管は、まともに光っているがOとBとNの3文字だけで、かなりくたびれかけてきたことを印象付けている。

最近の若い女性は、ミニスカートを身に着ける人がずいぶんと増えたことに気付いた。
単なる流行なのかもしれないが、街中でこれほどミニスカートを見ることは、これまでなかった。

すぐ隣のテーブルには、南米系の男性3人が、太目の女性を一人連れて席についた。その女性は少し太めで、化粧が派手目だった。ものの3分もしないうちに、もっと太目の女性が、超ミニスカート姿でやってきた。そしてその1分後に、更に太った女性が、またまたすごいミニスカート姿でやってきた。女性はいずれも、濃いマスカラで目の周りの淵が真っ黒である。最初の女性も、僕に言わせるとかなり太めだったが、2番目からは、見るも無残な・・と言いたいくらいの御立派な体型だった。椅子に座ったときのミニスカートから飛び出す太ももがまた大迫力で、僕は南米系は太目が好きなのかと思いながらも、思わずその太ももから目を逸らしてしまった。
太目の女性のことをとやかくと言うつもりは全くなく、ただ、それだけミニスカートが流行っているということを言いたいだけのエピソードである。ここまでは・・・。

その場所へは、時折粗末な格好をした子供が、物乞いにやってくる。店員は客が用事があっても中々やってこないくせに、そんな子供を見つけるとすぐに建物の中から出てきて子供たち追い払う。
5歳くらいの小さな男の子が、一輪ずつラッピングされたバラの束を持ってきて、その南米グループのテーブルでその花を売りつけていた。すぐに追い払おうと店員がやってきたのだが、太目の女性がそれを制止し、何やら子供と話している。と次に、子供は手にしたバラを全て女性に手渡し、どこかへ走り去っていった。そして3分後に、たばこを手にして戻ってきた。どうやらバラを買ってやるから、タバコを買って来いと言ったらしい。
しかし今度はみんなで、子供に再び何やら話しかけている。次に子供は、ライターを買わされたようだ。目と鼻の先にあるコンビニを駆け足で2往復した子供は、息を切らしながらライターを差し出した。真剣な子供の眼差しに、僕の胸が少し締め付けられていた。何もそんな交換条件をださなくてもいいのに・・・。
しかしそのグループのメンバーが、また何やら子供に話しかけている。今度は別の種類のタバコだった。さすがに僕も気が付いた。そこにいるメンバーは、子供をからかって遊んでいるのだ。案の定、最後はバラの全てをつき返され、その子供は追い払われた。
だから僕は言いたいのだ。「お前らは見た目が悪いのだから、せめて心を入れ替えろ」と。
結局単なるミニスカートの流行エピソードではなく、やはり太目の馬鹿女の話である。

僕はこの出来事を見て、信じられなかった。女性はフィリピン人である。
フィリピン人がフィリピン人の貧しさを、あんな形で馬鹿にしているのを初めてみた。
やはりマニラは変わってきたのだと思った。少し悲しいエピソードになってしまった。

今回訪比目的は、結婚の手続きを具体的に進めるためである。
本来はもっと早くに訪れ、さっさと手続きをするはずであったのに、すっかり狼少年、いや、狼中年になってしまった。
最初は仕事の関係で、中々やってこれず、次第にお金の問題で訪比が遅れ、そして辛うじて双方の問題がクリアできた。
しかしそれほど余裕があるわけではない。お金は最低限で済ませたいと思っている。

だから今回は余計なことを考えてしまった。
(続く・・)

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