フィリピーナと共に
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2013年04月07日

675.矛盾の中で生きる

 毎朝コンドミニアムの入り口に、カンパニーカーが僕を迎えに来てくれる。車はいつも僕が外に出る前から到着し待っていてくれるが、昨日朝は、表に出た時に珍しくそれが来ていなかった。幸い雨もなく、それで僕はしばらく、コンドミニアムの表玄関で慌ただしい様子を見せる出勤の人たちを眺めることになった。
 多くの人と車が僕の前を通り過ぎた。それらを見て気付いたのは、中国人が多いことと共稼ぎと思われる人がかなりいるということだ。助手席に、化粧をして綺麗に着飾った奥さんを乗せた車が多い。共稼ぎ……、そんなところにフィリピンとの大きな違いを感じながら、何かそれに、アジアの優等生と言われるマレーシア社会の凝縮した姿を見ているような気がした。

 通勤で歩いて出て行く人がいるかと思えば、徒歩の人は路上駐車の車に乗り込んで車を発進させる。このコンドミニアムは車を持っていない自分にも駐車場がついているくらいで、そのような人たちがなぜ路上駐車するのか、最初僕には理解できなかった。コンドミニアムの周辺道路には、いつも両側にびっしりと車が止められている。そしてふと僕は、あることに気付いた。豊かなマレーシアは「一家に二台の車」が増えているのだ。それを地元の人に確認するとまさにその通りで、コンドミニアムの駐車場から溢れた車が路上駐車となっているのだそうだ。そこでここにも僕は、フィリピンとの大きな違いを痛感することになった。

 日本人の自分が立っていると珍しいのか、僕は通り過ぎる車の助手席に座る女性とよく目があった。非常に低い確率だけれど、中にはかなりの美人にも出くわした。車の窓越しでしかも短い時間だけに、綺麗に見えるだけと言う人も多い気はするが、とにかくその瞬間美人に見えるならばこちらは得をした気分になり、深く考えずに僕はそれを楽しんでいた。
 おそらく、というより間違いなく美人というものは、存在するだけで世の中を楽しくさせる効果がある。この世の中に美人やセクシーな女性がいなくなれば、街を歩く際に感じる新鮮味や目を奪われてため息をつく感慨のようなものが激減するだろうから、男性にとってそのような方々の「存在」が持つ社会への貢献度は大きい。見た目にほれぼれするような男性も、女性にしてみれば同様の役割を果たしている可能性がある。映画やテレビで活躍する女優・男優がキャーキャー騒がれるのを見ればそんな気がしてくる。
 そんな美人を横に乗せているにも関わらず、車の運転をする旦那と思しき男性たちは、どれも揃って朝から不機嫌な顔をしているのが印象的だった。他人の自分が目を奪われるほどの女性を連れていながら、男性本人は既に感覚が麻痺し、その有難味をとうの昔にどこかへ置き忘れてきたように見受けられる。まあそれも世の習いのような気がして面白いし、そう思いながらもし自分がその立場になったら、やはり出勤の煩わしさをしっかり顔に出して車を運転するだろうから、これは当たり前の現象なのだろうという気がしてきた。

 共稼ぎができるほど雇用環境が整い、一家に二台の車を持てるくらい国が豊かになり国に住む人が豊かになるためには、国として、また人として付加価値を創出しなければならない。付加価値を創出するということは端的に言えば働きながら世の中に貢献することであり、その対価を受け取ることで豊かな暮らしができるということだろう。
 しかし国のビジネス社会が大きくなれば、この働くということの大半は会社に勤めるということになり、社会に貢献するために働くというよりは組織の意向に沿って働く意味合いが強くなる。そうなると朝の出勤時に隣に座る美人妻を顧みる余裕の無くなることは、日本で長くあくせくと働いた自分によく理解できてしまう。肝心の美人妻の方でさえ、今日は化粧の乗りが悪いなどと思いながら憂鬱な気分で会社に向かっている可能性も十分あり、どうも豊かな社会(と呼ばれるもの)とは、人の心を気付きにくい程度にじわじわと歪ませる要素を含んでいるように思えてくる。

 一方アジアの反面教師的存在のフィリピンがどうかと言えば、働かない旦那の働かないことに対する文句が少ない女性たちは、日本人から見ると怠け者でどうしようもないと思われる旦那が他の女にほんの少し目を奪われただけで嫉妬の怒りをまき散らすのだから、さてこれは幸せな社会なのか不幸な社会なのか、考え出すと自分の頭にやや混乱を招くことになる。
 ある側面から捉えるとこれは馬鹿げたくらい幸せな社会で、違う側面から考えると体たらくで不幸な社会となるのだろうか。人によってはこの体たらくぶりが、幸せである証拠だと言うかもしれない。
 一つ言えることは、フィリピン社会はアジアの優等生と言われるマレーシア社会と反対の実績や性格を多く持つ社会であり、どちらで暮らすのが幸せかは人それぞれの価値観に左右されるように思えるが、世間の評価結果は片や優等生、片や劣等生ということになっている。

 この優等生、劣等生の分かれ道となる評価基準は何であろうか。国が発展していることだろうか。国が発展するということは何だろうか。近代的ビルがたくさん立ち並び、立派な高速道路網が完備され、鉄道や地下鉄・バスなどの公共サービスが充実することなのだろうか。様々なサービスが咲き乱れ、国民がその様々なサービスを十分享受するだけの経済的ゆとりを持つことなのだろうか。
 このような考えが正解の全てを網羅している自信はないが、世間一般の社会的豊かさに対する評価基準とは、だいたいそんなところにあるように思える。

 僕は最近、日本で騒がれる金融緩和という言葉に耳目を奪われる。金融緩和とは何か。それは水道(お金のタンク)の蛇口を緩める(緩和する)ことで、水(お金)をじゃぶじゃぶ垂れ流すことを意味する。日銀総裁となった黒田さんは、思いつく方策を順次出すのではなく今できることは一気に全てやるなどと言いながら、国が発行した市場に出回っている紙きれ(国債など)と日銀が保有する現金を積極的に交換しようとしたり、日銀の預金残高を増やそうとしたり(一般銀行の融資枠は日銀の預金残高に比例)、勿論低金利政策を徹底しようとしている(低金利では貯金するよりお金を放出した方がよいし借入した方がよい。結果お金を使うことに繋がり社会にお金が回り易くなる)。
 つまり金融緩和により世の中にどんどんお金が回るようにし、また同時に世の中にお金を放出すればお金の価値が下がり相対的に物価が上がるから、経済はインフレ方向に振れ出すというものだ。今はインフレターゲットが明確に定まり遠慮無いインフレ指向で物事を決められるし、会社や個人はインフレになるなら遠慮なく借金をした方が良い(物価が上がればサラリーが上がり借金の負担が減る)と考えるから、これら全てを世の中にお金を回す呼び水にしようという目論見である。こうして世間にお金が回りだせば投資が活発になり、それで儲かる企業や個人が出現するだろうし、世の中ではビルや橋やマンションなどの立派な建造物の建設が活発になる。そんな世間の様子を眺めながら自分の懐の身入りが何となく増えてくれば暮らしている人たちの購買意欲も刺激され、ますます世の中にお金が回ることになるだろう。
 とにかくただでさえ金余りの時代、このような緩和策を打ち出して人々のマインドが消費志向になれば花火の導火線にいよいよ火がついたようなもので、そのうち世間は夜空を彩る花火にわぁーわぁー騒ぐことになるが、終わってしまえば夜空の藻屑となるものに随分大金を投入してしまったと不思議な寂しさを引き起こすことにもなりかねない(バブル崩壊)。
 とにかくこうしたお祭り騒ぎを経て、国はますます豊かになったと評価されることになる。つまり国が豊かになるとは、付加価値を発揮できる潜在能力を持ち、世間に潤沢なお金が回っているということで、それにより立派な建物が増え、公共サービスが充実し、国に暮らす人は当たり前に車を購入して一家に二台の車も珍しくないような、見た目に立派な国になるということを指している気がする。

 こんな話の流れで誤解される人のために少し付け加えておきたい。この話は今の日本の金融緩和政策を非難するものではない。少し前までの日本の実情を見れば、株価が下がり土地代も見事にだらだら下がり続けた状況で、日本の資産は過激なくらい減少した。それが上昇に転じるのだから、この政策は日本にとって良いことが多い。このような明確な経済の方向転換を長らく待っていた人も多いはずで、これはやはり歓迎すべきことだと僕は思っている。

 では自分が何を言いたいのかと言えば、このことでますます国が豊かになると本当に言えるのかどうか、僕はそれを考えている。言い換えればお金と豊かさの関係について考えているということになる。
 劣等生のフィリピン国内では、多くの馬鹿な女が多くの馬鹿な男に嫉妬の怒りを振りまきながら、肝心の生活に四苦八苦している。電気もガスも水道もない暮らしをする人もいる。幸い我が家にはガスがあるけれど、家族は時々炭をおこして肉や魚を焼いている。洗濯機があってもそれを使わず服を手洗いしているし、周りの人はみんな低賃金だ。しかしその姿が「豊かではない」と言い切れるのか、その中に身を置いて暮らしてみた僕には疑問を感じる部分が広がってくる。実際にはこんな生活も、それほど悪くないからだ。なぜ悪くないのかは、炭や洗濯板を使う生活が良いのではなく、一緒に暮らす人や周辺の人との関わり合いが楽しかったり幸せ感があるからである。要は人との繋がりがどうかで、暮らしやすさというものに格段の差が生じるのだ。

 確かにフィリピンでは悲しい現実が多く見られ、頭に血が上るようないい加減さにも日常的に出会い、その社会は貧富の差が拡大する嫌らしさをも十二分に露呈している。しかしそんな酷い社会が自分の心を魅了する何かを持っていることは現実であり、自分がそこに魅了されているのは確かなことなのである。
 何をそんな呑気な事を言っているのか、そんなことを言っている間にもフィリピンでは無残な死をむかえている人が大勢いるし、今日も路上で子供と寝ている女性がいるだろうし、無法者がのさばり被害者も出続けているし、袖の下を要求する公務員も大勢いる。そんな世界のどこがいいのだ。
 そんな声も聞こえてきそうな気はするけれど、それらは僕がフィリピンを嫌いになる理由にはならない。僕がそれでフィリピンを嫌いになったとして、フィリピンのそのような側面は何一つ変わらないのである。だから腹が立とうが悲しい気持ちになろうが、それらは全く、僕がフィリピンを嫌いになる理由にはならないのである。そのような現実があの社会にあろうとあそこは僕にとって居心地が良い場所に変わりはない。今の自分にとってそれは、とても重要なことである。
 それは一重に、あの地で暮らす多くの気のいい人のおかげだと僕は思っている。ビジネスの世界で心をすり減らした自分には、あの地で暮らす人たちの素朴さや優しさが心地よいのだ。夜の女性との駆け引きはビジネス世界のそれよりもスリリングで率直で、率先して騙されてやろうという気になれるのだ。ビジネスの成功体験による満足感より、人と心を通わせることができたと感じる満足感の方が、自分の心をずっと充足させるのだ。
 すると豊かであるということは、客観的事実よりはむしろ主観的な気持ちの問題が大きく、そこに住む人の感じ方の総体が豊かかそうでないかを決めることであるような面もあるような気がしてくる。それは決して経済的な物差しで決まらないパラメータを持ち、ましてやそれを他国に住む他人が決められることでもないように思えてくる。

 今の世の中を見渡せば、平和を唱える国が自国の国益で戦争をしたり他国や組織を促し戦争をするように仕向けたりしている。どこかで世界の食料コントロールを目論んでいる話もあれば、一部の人の生き残りをかけてそろそろ大規模な人間の間引きをした方がよいという話もある。
 その真偽はともかく、人間の歴史とはその噂と似たり寄ったりで、自分がより豊かになるために他人に犠牲を強いてのし上がろうとすることの繰り返しだ。結果として戦争があり侵略があり経済コントロールがありごり押しがある。口から出る言葉とは裏腹に、先進国ほど傲慢で利己的で嫌らしいほど戦略的である。
 こんなことを繰り返してきながら、この地球上で全ての人間が何も問題なく暮らせるのは限界が見え始めてきた。経済一つとっても俯瞰的に捉えれば、やはり限界がすぐそこに見えているように思える。更にエネルギー・資源問題や食糧問題を考えると事態は深刻で、もはや地球はパンク寸前と言ってもよい。この苦しい現状の中で新しい価値観を作り上げていかないと、人間は近い将来本当に立ち行かなくなりそうな予感がある。実際に世の中では、そのような機運も高まっている。そんな動きには、消費経済にほつれのようなものが見え始めている背景があるのかもしれない。そしてその中で、豊かさの定義というものも見直す必要があるのかもしれないのである。

 そんな大仰な事とは別にして、自分がフィリピンに感じる何かというものはそれと関連しているのかもしれない。セミナーを受けたのでも本を読んだのでもないが、ここ数年の僕個人の求めるものをできるだけ客観的に捉えてみると、そこには何か、変化の兆しが見える。それは少しずつ物や金から、安らぎや幸せや充実感のようなものに変わってきているのだ。それが年齢のせいなのか、または世の中の現状からくる反動のようなものなのかは自分でもさっぱり分からない。しかしいずれにしても、自分の中で何かこのような変化が起きなければ、これほど自分がアジアの劣等生に魅了されるはずはないように思える。

 どうも話が飛躍したり飛びすぎのようなので、ここで自分の思考の原点に戻りたい。つまり僕が二つの相反するような社会と密接に関わり、そこからまた先進国と呼ばれる国の動きを見てついつい考えることとはこうである。
 人は一体何を求めて生きているのだろうか。
 そんな大層なことの前に、僕は一体何を求めて生きているのか。
 そして僕はこれから、何を求めて生きていくべきだろうか。

 実は僕には、おぼろげながらそれが見えている。そんな気がしているだけかもしれないが、おそらく少しは分かっている。それをどう表現していいのか難しいが、それが自分の家族を含め、今のフィリピンにありそうなのだ。
 しかしそんな風に分かっていながら僕は若い嫁と小さな子供を抱え、これから自分が現実的にどう立ち振る舞うべきかの悩みは少なくない。実際に僕はフィリピンや家族と離れて暮らしている。そこが現実と理想と希望と気持ちが交錯するところである。
 自分が何を求めているのかおぼろげに見える中、結局は家族が生きるのに困らず多少は楽しみを享受できるくらいのお金を稼ぎたい自分がいて、実際に自分は稼げる社会に身を寄せている。そこには小さな葛藤のようなものがあるが、それでもそれはそれで必要なことで、むしろ今の自分の生活スタイルはまっとうな選択であったとも思っている。

 こうして書き連ねてみると、あらためて世の中は矛盾がいっぱいだと思う。いや、世の中というよりも自分の中が矛盾だらけで、その矛盾を飲みこまなければ生きていけないことが多いことも分かってくる。だから人は日頃そんな矛盾と闘い、苦汁を飲むことも多いのだろう。そして苦しいと感じることにたくさん遭遇する。
 今の複雑な世の中でこの矛盾を解消するためには、自らが複雑化した世間から距離を置き、シンプルな生き方を模索することが手っとり早いが、しかしそれはとても勇気のいることで、同時に家族を抱える身として簡単でもない。だから僕はしばらく苦汁を飲みながら、何かの楽しみとバランスを取って生きるしかなさそうだ。

 直近ではここに家族がやってくる楽しみがあり、そしてお隣の国への家族旅行が控えている。今はそんなことを、当面の自分の働く原動力にしたい。
 そう、フィリピンから家族がやってくるのがもう明日に迫っている。ユリは今晩、寝ないでパパのところへ行くのを待つなどと話しているそうだ。



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エントリー:675.矛盾の中で生きる
2013年04月03日

674.受け入れ準備

 朝起きてカーテンを開ける僕は、曇り空なら安心する。昼から出かける用事がある時の天候は、曇りにかぎるからだ。何度も騙されているにも関わらず、僕は懲りずにこうしてまた騙される。そのことも窓から外を眺めている時、既に自分で分かっている。大方は、外気温の様子をうかがってこのくらいなら大丈夫だと思い出かけるが、二分も歩かないうちに後悔するほどの汗が身体から滴り落ちることになる。これまで部屋で予想する屋外の過ごしやすさ、歩きやすさはことごとく外れて全敗だ。つまり今日も外は暑いだろうと思いながら、それでも曇りはラッキーだと思い込み油断してしまうのである。

 先日の土曜日もそうだった。ひと雨来そうな曇り空に、多くの用事を抱えた僕は昼少し前から外に出た。用事はフィリピンへの送金と買い物だった。その日の僕は早朝から起き出し、購入する細々とした物のメモを取った。一人で暮らす分には不自由ない部屋でも、家族が来るとなれば買い足す物がてんこ盛りだ。家族分のグラス、コーヒーカップ、ハンガー、タオル、歯ブラシ、シャンプー、スリッパなど、考えれば考えるほど生活雑貨が思い浮かぶ。快適に過ごしてもらうために部屋の芳香剤までリストに入れながら、買わなければならないものがどうしてこんなに尽きないのかと僕は思っていた。子供がいるので自炊の準備も必要だ。慣れたら外食も良いが、朝食や昼食は部屋で食べることも多いだろう。米、塩、砂糖、胡椒、マヨネーズ、醤油、味醂、調理酒、麺つゆなどの基本調味料に加え、カレールー、シチュールーなど、子供が喜びモナが手軽に作れる料理の準備もしておきたい。料理をするとなれば食器も必要で、更にはサランラップ、タッパーなどもあれば便利だし、キッチンペーパーだって欲しくなる。買い物リストの長さが容赦なく伸びた。

 リストの八割ほどにチェックが入った状態で両手に大きな袋をぶら下げ汗だくで部屋に戻ってから、購入したランチョンマットを代用タオルをどけソファーテーブルやダイニングテーブルにセットし、キッチンや二つのシャワールームの掃除をし、シーツやタオル類を全て洗濯し直し、ベッドシーツを用意し各部屋各所に芳香剤をセットし、とにかく山ほど買った雑貨を徹底的に整理整頓・適材配置してすっきりさせた。床は自分の顔が映るほど買ってきたばかりの床用モップで綺麗にし、汗がしたたり落ちてハッと後ろを振り返ればせっかく掃除した場所に点々と自分の汗が落ちていたので、それを三秒くらい眺めてから今度はバックで涙目になりながら床を掃除し直した。この頃になると、なぜこれほどまで自分が一生懸命になっているのか不思議な気さえしてきたが、邪念は作業を遅らせる。大変で単純な作業をする時は無念で取り組んだ方が、結果的に効率が上がるというものだ。

 こんなことをしていたらあっという間に夕方になり、本当に外が涼しくなった頃には疲れ過ぎて出かける気力がゼロになっていた。シャワーを浴びてソファーに身体を預けていた時に、そう言えば土曜はゆっくりマッサージに行きたいと思っていたことを思い出したが、当然そんな気分はすっかり萎えていた。
 ソファーに寝転がってぼんやりしていると、リビングの電灯が三個も切れていることに気付いた。まだまだ買うものがあるではないかとがっかりし、僕はいつの間にかソファーの上で居眠りをしていた。

 翌日曜日、すっかり体力も回復しモールが開く十時に行動を開始した。ベルが毎日一リットル近くの水を飲むと言うので、まずは五リットル入りのミネラルウォーターを二つ買い両手に一つずつ持って部屋に戻った。この時点で僕のグレーのTシャツは汗ですっかり濃い灰色に変わっていたが、どうせまた汗をかくことになると思いシャワーも着替えもせずにすぐ折り返した。水はもう二つほど欲しいと思ったが、一つ五キロのそれを買うのは大変だ。日曜は他にも大物が控えている。米と油でこれも各五キロだ。米と油もミネラルウォーターの時と同様部屋に置いてまたすぐ折り返した。
 汗で男の臭いをぷんぷん放ちながらスーパーの雑貨売り場を歩いていると、とにかく目につくものが手当たり次第に欲しくなった。ここでトイレットペーパーとティッシュを思い出して買った。十個入りトイレットペーパーの重量が意外とあって、やや茫然とした。米を買ったのは良いが米櫃がないことに気付きそれも買った。重さはさほどないがどれも嵩張るので、それらを両手にようやく抱えるかたちでよたよた歩いてまた部屋に戻った。炎天下の同じ道をこうして何度も往復していると、まるで餌を巣に懸命に運ぶ働き蟻でもなったかのような気分になった。しかし蟻って頑張り屋さんなんだと感心と同情に入り混じった感覚に陥ったのはつかの間で、道半ばでは自分のことが精いっぱいで、蟻ことな微塵もなく忘れていた。
 米櫃を洗い綺麗に拭いて米を入れると、米の軽量カップがないことに気付いた。買いたいものが次から次へと湧き出るようで、財布の中身が意図も簡単に消滅する様に恐怖を覚えていた。二日間で三度目の銀行に行き、次はリビングやキッチンの切れた電球を買う事にした。一個四百五十円くらいだがまとめて七個買うとそれなりの値段になって心が痛んだ。それを部屋に持ち帰ってさっそく取りつけようとして、今度は愕然として心が折れた。キッチンのそれは良かったがリビングはソケットサイズが違い入らない。僕は電球交換で上がった椅子の上で、一分間近くと思うがただうなだれた。

 気を取り直してスーパーに戻り、ソケットサイズの小さな電球を探してそれを三個買った。ついでにバターと食パン用タッパー(冷蔵庫に入れても乾燥しない食パン用)を買い、荷物の少なさに気をよくした僕は、ついでにインターネットの申し込みも済ませてしまおうと考えた。IP TVを配信する業者がキャンペーンを展開中で、最初の装置代(WiFi、STB、モデム、電話機)が無料、その他申し込み初期費用も無料、最初の一カ月間のTV視聴料も無料と無料尽くしとなっていた。HDのIP TVが可能ということは光通信ではないかと期待し確認すると、優男風の若いお兄さんがもちろんと自慢げに頷いた。キャンペーンはいつまでかと聞くと、それも自慢げに今日までだと彼は言った。マレーシアで買い物をする時に割引はいつまでかと聞くと、ほとんどが「今日まで」という答えが返ってくるのが不思議だった。僕はインターネット業者を疑ってはいなかったが、以前ベッドシーツを買った布団屋の親父は確信犯で、僕はその親父のその手口に乗って慌てて二つのベッドシーツを買った。今回もまたその布団屋でクッションや枕などを眺めていると、すっかり僕のことを忘れた親父が近づいてきて、今日は割引になっていてお得だと口上を始めた。べらべらしゃべっている親父を冷めた目で見ている僕に親父は不安になったのか、ベッドシーツの前に垂れ下がった八割引きという紙を指さしてその日の値段を僕に説明した後、紙をペロンとめくり明日はこの値段になるから買うなら今日が絶好の機会だと口角に泡をためて更にまくしたてた。僕が自分はお金持ちだから、店が儲かるように明日以降に買ってあげると言ってみたら、親父が気にするなと言って立ち去ろうとする僕を引きとめようとしたのが笑えた。まあ商売熱心なことは悪くない。その親父の熱心ぶりは、褒めてあげてもいいくらいだと思った。
 いずれにしてもインターネットは、モナもベルもユリも必需品だ。僕の使っているインターネット機器はいつも持ち歩いているから、その光回線を申し込もうとしたところ、自分がパスポートを持っていないことに気付いた。契約だから身分証明が必要となる。これで部屋とモールの往復が最後だと思っていた僕は今度こそ本当に心が折れそうになったが、どうせ契約するなら日本円で二万円以上もお得な日に決めた方がよい。キャンペーンは本当に三月末までだったから、僕はパスポートを取ってくると言って再び部屋に戻った。

 無事にインターネットの契約も済み、手ぶらで帰るのはもったいないと五キロの水を二つ買い、両掌に水タンクの取っ手が食いこんで血流不足によるしびれを我慢しながらひいこら言いようやく部屋に戻った。部屋に到着した時には、貧乏性の自分が恨めくなるほど疲れ切っていた。
 こんなことで部屋とモールを何度も往復した結果、やっぱり日曜日も気付いたら時間は六時をとうに回っていた。それでも夕食のために外に出る気がせず、冷蔵庫に入っていた食パンにマーガリンとジャムを塗り、それをコーヒーで喉の奥に流し込んで食事を済ませた。

 その日の夜と月曜日の夜、モナからこちらで準備しておいて欲しい物が告げられた。
「トイレやキッチンや部屋にティッシュはある?」
「あるよ」
「シャンプーと石鹸は?」
「あるよ」
「バスタオルとスリッパは持って行った方がいい?」
「それもあるから持ってこなくていい」
「ユリのミルクは持っていかないから一つは用意しておいて」
「もうリストに書いてある」
「調味料は……」
 この調子で、モナの口から出たリクエストはほぼ全てクリアした状態だった。感心するモナに僕は小さな優越感を感じ、二日間頑張ったことが報われる思いがした。
 これだけ周到に準備して、家族が入国イミグレーションで引っかかったらまさに涙ものである。本日はパスポートをコピーした紙にイミグレーション用のレターを書き込みし、自分のサインを入れてモナに送った。家族が無事ここに辿り着いて欲しい一念で用意したレターである。マレーシアイミグレーションには、是非この祈りが通じて欲しいと考えている。

 昨夜はなぜか眠れなかった。会社では散々眠くなっていたのに、今日の今も目がランランと輝いている。僕は知らず知らず家族がやってくることに興奮しているのだろうか。
 実はこちらで、家族がやってきた最初の休みに地元の人と一緒の小さなイベントが用意されている。僕自身もとても楽しみにしているイベントで、ここにくる家族のためにある方が申し出てくれたものだ。家族にとってサプライズになればいいなと思っている。

 そう言えば子供二人にピンクの可愛い歯磨き用コップをそれぞれ一つずつ買ったら、お店の女の子に「お父さんしてるね」と笑って言われた。
 家族が到着する前からこうして僕は旦那でありお父さんであることを思い出し実感しながら、奇妙な充実感を味わっている。



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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:674.受け入れ準備
2013年03月25日

673.締めたり緩めたり

 先月フィリピンに帰った際、意識して子作りを励んだ。タイミングとしては悪くなかった。十二月と一月の仕込みが外れてしまったが、僕には今度こそはという思いがあった。しかし結果は外れで、モナは自分に自信を失いかけている。彼女は僕に、「私はもう子供ができないのかなあ」と言った。
 確かにモナがユリを身ごもった際、医者に子供ができたのは奇跡的だったと言われた。モナの子宮に少し問題があるらしい。子供ができない身体ではなく(実際にできたのだから当たり前だが)、おそらくとてもできにくいとのことだった。エコーで見ただけの説明だったのでどのくらい確かなことか分からないが、出産時の異常な出血はモナの子宮の異常に関係するのではないだろうか。ユリの場合は帝王切開にしたため、医者はモナの出血箇所を目視で確認できて止血を正確に速やかに行うことができたようだ。自然分娩のベルの出産時に起きた大量出血ではそれが見えなかったため、モナが半死状態になり医者は輸血に頼るしかなく大変だった。(輸血用の血液が簡単に手に入らなかった)

 ユリの妊娠が分かった時、僕はそれをモナからはっきり聞く前に確信していた。それまでモナの妊娠騒ぎで彼女の妊娠をほとんど信じていなかった僕が、ユリの時に初めて「きっと当たりだ」と思ったのである。それが本当に当たって以来、きっと自分には不思議な勘があると信じてきた。しかしこの三月にご懐妊という筋書きが消えたことにより、僕も自分の不思議な勘に対する自信を失った。数少ない自分の不思議な能力が何かの原因で消失したと、僕は本気で思った。

 昨年の秋くらいまでモナの身体のことを考え、僕はこの先子供は要らないと考えていたが、今はできればもう一人と考えている。これまで自分の人生で、子供が欲しい、子供を作ろうと意識してがんばるのは初めてのことだ。これには自分で、少し不思議な感覚がある。これから新たに子供が生まれたら、経済的にも体力的にも大変だという自覚はあっても、なぜかその気になってしまった。モナの絶対に男の子が欲しいという強い希望に負けただけでなく、僕自身が男でも女でもどちらでもいいからもう一人と願っている。できればモナの希望が叶い男の子ができるとよいが、僕は女の子でもいい。ユリの出産を経験し、モナの生命力を信じてもいいと思い始めたことがそのきっかけの一つとしてある。しかし積極的になっている大きな理由は、ユリの育ち方を見てモナとモナの家族に対する信頼が確かなものになったことである。それはフィリピン家庭の子供に対する愛情のかけ方に文句を言いたい面がある一方、それ以上に学ぶべき点があると思ったからだ。自分の好きなフィリピン人気質がこうやって育つのかと、時間をかけて間近に見れたことが大きいのかもしれない。

 モナやモナの家族は、僕のユリに対する躾の方針をきちんと尊重してくれている。僕がユリを叱る際、モナの両親は一切口を挟まない。このことを僕は本当にありがたいことだと感謝している。モナは尊重と言うより、日本式の方が子供のためになると本気で思ってくれているのでやはり僕のやり方に口を挟まない。僕がいない今、モナはユリを叱らなければならない場面で彼女をしっかり叱っている。僕が家にいればその役目は僕にあるが、父親不在のためモナは心を鬼にしてユリの尻や太ももを本気で叩いている。それでも頑固なユリはかなり手ごわく、僕がスカイプ画面を通しモナに加勢することもある。

 ユリは少し変わった子供かもしれない。普段から変に大人びたところがある。二歳になる頃から綺麗好きで片付けがよくできる。開けたドアは閉めないと気が済まない。誰かがドアを開けっ放しにすると必ず閉めにいく。玄関に靴が散乱していると片付ける。家の内側に靴が脱がれていると、それを揃えて外に並べる。床が汚れていれば自分の背丈とたいして変わらない箒を持ちだし掃除をする。
 会話も大人びていて、ユリはこれまで周囲の人を何度もハッとさせてきた。先日はママが自分のパスポートが取れないため、ユリにパスポートを貸してくれとお願いしてみたところ、それに対してユリは写真が違うから使えないでしょうと返事をしたそうだ。誰も教えていないはずのパスポート写真の意味をユリが理解していることに、家族のみんなは大笑いしたそうだ。
 僕が笑ったのは、ユリのスープの飲み方である。ユリはカップを両手に持ちスープを飲む癖がある。日本人の自分には珍しくない光景だが、スープをスプーンですくう飲み方しかしないフィリピン人(フィリピン人だけでなくこれは日本を除く世界共通)は、この飲み方を日本人の僕の遺伝だと言って笑っている。僕はそんなものを遺伝だ遺伝だと騒ぐ家族に笑っているのであり、ユリのスープの飲み方を変だと思っているわけではない。
 しかしこれも不思議な光景と言えることで、日本人はご飯を食べる時に茶碗を持つ文化がある。味噌汁もお椀を口に持っていき飲む。このように食器を口元に運ぶ食べ方の文化とは、世界の中で珍しい。欧米を始め世界の国々の人々には、食器を持ちあげる習慣がないのだ。これは時に動物のように、顔を皿に近づける食べ方になる。もちろん食器を口元に運ぶ仕草も食べ方によってみっともない様子をさらすことになるが、基本は日本の美しい文化の一つと言ってよい。ユリは教えてもいないのに自然とその食べ方をする。おそらく僕の食べ方を見て自然に身についたことだろう。お辞儀の文化も日本特有で、これはお辞儀を知らない国の人々にも相手を尊重する態度に見えるらしく、大方の人は好ましく思っているようだ。世界中の人たちが見分けにくい中国人、韓国人、日本人をお辞儀の仕方で見分けるようだが、ユリにはこのお辞儀も身についている。これらは遺伝ではないはずだと僕は信じるが、気付かないうちに日本文化を少しずつ吸収するユリを見ていると、僕は彼女をますます可愛くなって仕方がない。
 フィリピン人家族に囲まれフィリピンで育つユリだが、こうして彼女はゆっくりと日本の文化を吸収している。加えてダンスや歌好きなところはフィリピン人だ。今のところ彼女は、両国の良い面を兼ね備えつつある。おそらく気付かないところで悪い面も吸収しているのだろう。ユリの我儘なところは自分に似た可能性があると思っているが、このようなことを実験的に捉えれば、ユリの成長は非常に興味深い進捗状況となっている。

 このようなユリを見ながら僕は、フィリピンの家族に対し信頼を寄せるようになった。同時にフィリピンで自分の子供を育てることに、少し自信を持てるようになった。ユリは同世代の一般的なフィリピンの子供と、明らかに違う面を持っているからである。それはモナも同じように感じているらしく、良い面でのユリの特性を実感する出来事に遭遇すると、モナは喜んでそれを僕に報告してくる。モナの親ばかぶりを差し引いてたとしても、確かに自分の目から見てそれも不思議ではないと感じるところがユリにあるため、僕もそんなモナの話を信じている。(二人で親ばかかもしれないが)
 そのような子供の特性は、遺伝ではなく育て方によるところが大きいはずだ。愛情の注ぎ方がうまくできているのだろうと僕は思っている。モナはユリに特別な育て方を施しているつもりがないため遺伝だと騒ぐが、子供は自然に親を見て育っているのだ。普段から大勢の人間に囲まれて育つことの良い面も、彼女に少なからず影響しているように思える。日本の家族制度が崩壊を見せる一方、モナの、フィリピンと日本の両親に対する気遣いを両方の両親は心から喜んでいるが、そんな母親を見て育つユリはおそらく同じような感性を持ってくれるだろうと僕は期待している。
 子供にかける愛情はその愛情をくみ取る子供の感性があって成就する。その感性を育てるのはやはり親であり、それをどうやって育てるかは意識して行うものではなく、親の気持ちや態度そのものだ。もちろん親は子供が立派に育てばそれだけで満足するものだろうが、日本の孤独老人の話を見聞きすると、結局人間を幸せにするのは家族や家族に類する者との絆ではないかと思えてくる。
 僕は日本の家族制度崩壊の深刻さを目の当たりにし、人間にとって大切なこのような要素をフィリピン人がしっかり持っていると確信し始めている。少し前までは子供をどこで育てるかを真剣に考えていたが、人格形成に重要な今の時期、ユリをフィリピンで育てていることを良かったと思っているから、きっと自分のこの考えは綺麗事ではなく自分が本気で思い始めているのだろうと自分で考えている。
 もちろん家族の絆の強さというものは、今いるマレーシアでも強く感じることがある。だからこの点でフィリピンが一番だと言うつもりはない。ただ僕にとって、たまたまフィリピンが深い関わりを持つ最初の国であったということであり、フィリピンにもう一つの家族ができた中で、強くそのようなことを感じるようになっている。

 もうじきモナと子供たちがマレーシアにやってくる。家族がここに滞在する二カ月間で、待望の長男ができるだろうか。モナは気が早く、妊娠初期に飛行機に乗って大丈夫かなどとマレーシアからフィリピンに帰る時のことを既に心配していた。
 僕はその気満々のモナの様子に、少し恐怖を感じた。しかしこればかりは他の誰かにがんばってもらうわけにはいかないことである。今回はふんどしを締め直し、夜は締め直したそれを外して頑張るしかないということだろうと諦めて自分を奮い立たせている。
 締めたり緩めたり、久しぶりに忙しくなりそうだ。



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posted at 03:44
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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:673.締めたり緩めたり

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