フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2013年03月10日

669.ママの問題

 ここ数日間モナの体調が悪く、僕はフィリピンと二千キロ離れたこの地から彼女を少し心配していた。彼女は空気が足りない、息が苦しいという症状を訴えていた。半年くらい前だろうか、この症状で彼女は病院に行き検査を受け結果は異常なし、精神的なものだという結論を医者からもらったが、傍で見ていた僕にもそんなところがありそうだという気がしていた。というのも、気分で症状がころころ変わるからだ。モナと関わり合うようになってかれこれ十年近く経とうとしているが、僕が彼女にいくら辛くあたっても過去にこの症状が出たことはなく、この精神的な何かの原因はおそらく僕自身ではなさそうだとも思っていた。

 今週平日、僕は忙しく帰宅が遅くなりがちで、また彼女も体調が悪く早めに寝る日が続いたので、あまりモナと会話ができていなかった。一昨日の金曜日、オフィス到着後にモナが毎日よこす「おはよう」メッセージを受け取っていないことに気付いて心配になり、僕からモナに連絡を入れると、「朝メッセージを送ったよ、届いていない?」という言葉が返ってきた。マレーシアも随分発展した社会に見えるが、インターネット環境はまだまだ悪い。そのマレーシアとこれまたインターネット後進国フィリピンとの通信では、このように送ったつもりのメッセージが届かないことがたまにある。(インターネットを駆け巡る情報は中味が何かのきっかけで壊れさ迷うと、ループ回数がその情報に加わり、その回数が制限回数を超えた時点で削除される。そうしないと回線の中に不明な情報がどんどんたまっていく)
 とりあえず彼女が元気なことを知り(モナは心臓が悪いので、連絡魔の彼女から連絡が途絶えると本当に心配になる)安心してから、昨夜帰宅後久しぶりにモナと長い話をした。

「最近変わったことはない?」
「大丈夫よ、何もない。でも少し問題ある」
 相変わらず緊張感が漂う「問題」という言葉だ。これだけは何年経っても慣れずに身構えてしまう。
「え? なになに?」
「問題じゃないかもしれないけど、ちょっとしたこと。そのせいでわたしの身体も調子悪い」
「はあ? だからなに?」
「おかあさんが心臓いたいって」
 モナがママを「ママ」と言わず「おかあさん」と言うのは、ママの耳に入れたくない話をする時だ。僕との電話でモナが「ママ」という言葉を多く使っていると、ママは何の話をしていたのかと確認しにくる。
「そうなの?」
「おかあさん、心痛くなったから」
「なんで?」

 モナは自分たちがマレーシアに来ることで、二カ月近く家を留守にすることをママに告げたそうだ。するとママは大層ショックを受け、「なんで二カ月も?」「なんで一週間とか二週間じゃないの?」「最近わたしの身体は調子が悪いのに、あなたがいない時に自分に何かあったら私はどうすればいいの?」などと言ったそうだ。数あるママの嘆きの中に、「なんでわたしを置いて行くの?」というのもあったようだ。それからママは元気がなくなり、昨日は心臓がいたいと言い出した。モナはそのようなママの様子を見て、自分も体調を崩したらしい。つまり今のモナの精神的負担になっているのは、そのようなママの態度だった。まるで子離れのできていないフィリピン人母親の姿である。

「まるで子供よ」
「そうだね、それ、なんか変だなあ」
「そうよ、変よ。だからわたしもおかあさんに話したわよ。ずっといなくなるわけじゃないし、今は連れて行きたくても連れていけないでしょうって」

 ママはパスポートがないため、海外渡航ができない。実は随分前にパスポート申請をしたが、そこでママのバースサティフィケート(日本の戸籍のような公的書類)上の名前が間違っていることが発覚し、パスポートは自分のIDの名前修正をしなければ取得できないことが分かったのだ。この名前の修正にかなり時間と労力がかかっていて、ようやく四月か五月にパスポートを入手できるところまできている。ママのこの問題が発覚したのと時を経ずに、ダディも名前間違いが発覚しパスポートが取れなかった。とにかく一昔前のフィリピンは、届出人の字の読み書きがあやしく、受理する側もあやしかったのに加えずさんな対応や管理だったため、同様の名前間違いによるパスポート申請不可能という人が、この年代のフィリピン人に大勢いるそうだ。その年になるまで間違いに気付かなかった本人たちにも驚きだが、明確な間違いだと分かってもそれらの書類を修正するのに何カ月もかかる。
 この話をギョウちゃんに教えると、今は法律が変わり簡単に安くできるようになっているはずだけどなあと言われた。お金は一万ペソを切るくらいで済むが、手続きは簡単でなく期間も長いと僕は言って、少し離れたところにいたモナに「簡単じゃないよね」と声をかけたら、モナに「簡単になったよ」とあっさり言われてしまった。
「昔は二十万円のお金と五年くらいかかったから」
「そうなの?」と、それを聞いた僕は思わず苦笑した。僕は約七カ月かかる手続きを簡単でないと思っていたが、確かにそれを聞けば今は格段に安く短い期間でできるようになっているようだ。
 少し理不尽な話のようにも思えるが、政府が国民の身分を保証するパスポートだから、他国から信用をもらえる手続きでなければならない。信用をもらえない国のパスポートを持つ人間は、当然他の国に入国させてもらえないことになる。身分が確定していなければ追跡不能な人となり、犯罪だってし放題となる。まともな国であれば、そのような危険人物を無制限に自分たちの国に入れることをしない。ここは辛いところだが、根気よく手続きを進めパスポートがもらえる日を待つしかない。

 早ければ、ママは四月の終わりにパスポートを入手できる見込みだ。だからモナは、それほど言うならパスポートを取ってからすぐにマレーシアに来なさいとママに話したそうだが、ママには一人で海外旅行など行けないと言われたそうだ。モナは、ママをフィリピンに迎えに行くのはお金がもったいないじゃないと話したそうだが、本当にその通りである。
「あのね、そんなことで悩むってことはさあ、今後あなたがどこにも行けないってことを意味するんじゃないの?」
「そうなのよ」
「それに今回はママを一人きりにして置いて行くわけじゃないでしょう。ダディもいるし、ジュンさんやテスおばさんもいるじゃないの」
「そうよ、でもママはダディが自分の面倒を見てくれないと思っているから心配なのよ」
「心配よりも寂しいんじゃないの?」
「それ、まるで子供のようなママの我儘よ」
「そうだね、自分は寂しいからって、それじゃああなたが僕とずっと離れていることは、ママに関係ないわけ? それにママはダディを一人にしてでもここに来たいってことでしょう? やっぱり何か変だなあ。それであなたの具合も悪くなっちゃうの?」
 モナはそうよと返事をした。
「そんなことで二人の具合が悪くなってどうするの。それは悩む問題じゃないよ。具合が悪くなるくらいだったらここに来るのを止めればいいだけでしょう?」
「それは止められない。一緒したいだから。ベルやユリだってすごく楽しみにしているわよ。ベルは興奮して眠れないって言うくらいそこに行く日を待ってる」
「それなら悩むことない。答えは二つに一つ、ここに来るか止めるかしかないんだから。来るなら答えはもう出ているでしょう?」
「そうねえ、決まっているわねえ。分かった、なんか楽になった。身体の調子も治ったみたい」

 モナはこのようなママの態度について、半分理解できて半分理解できないようだった。もし将来ベルやユリが自分の楽しみや幸せを求めて何かをしようとした時に、自分が寂しいことになったとしても、自分であれば子供のことを先に考えて我慢するだろうと言うのだ。それが普通ではないか、それとママの態度はまるで違うということだ。
 そして過去、モナは家を離れて日本で働いていたこともある。なぜ今更二カ月限定期間で家を離れるだけのことに、ママはそれほどこだわるのだろうかがモナには分からない。
 しかし僕には分かっている。フィリピンで一緒に暮らしている時のママの様子から、ママは娘や孫に囲まれ毎日笑って過ごせることに、心から幸せを感じているのだ。それが僕やモナにとってはほんの二カ月間一時的に消失するだけの話が、ママには二カ月も? という話になってしまう。それほど今の生活形態は、ママにとって生き甲斐になっているのである。
 ママの話に少々無理があることは承知だが、悶々とした日々を過ごした場合二カ月間というのは、人間にとって体調を本格的に崩すのに十分な期間ではないかとの心配が僕にはある。体調を崩す前に慣れる方が早ければ良いけれど、そうでなければ本当の問題になってしまいそうだ。フィリピン人というのは、そのようなことに対して本当に神経が弱い。毎日スカイプで連絡を取り合えるよう、方策を考えておく必要がある。

 この問題、色々と深い意味を内包している。ママが生活のお金さえ何とかしてくれるならば問題ないよとあっさり言うようであれば、それはそれで何かひっかかるものが生じる。この件ではママが何を一番大事に考えているのか、モナにも明確に分かったのではないだろうか。ママにとってお金は一番ではないのである。お金だけがあっても、ママには意味がないことだ。しかし普段から何も困ることのないほどお金があれば、みんなが一緒にフィリピンの家で生活できて、たまには旅行やレジャーで楽しみを一緒に味わうこともできる。全てのことを問題なく常に共有できることになる。そこで表面的にはお金が必要で大事ということになってくる。フィリピン人と関わりを持つ人には、お金の問題が我が身に降りかかることも多いと思うが、そのようなところが、微妙に気持ちとお金の問題の交錯するところではないだろうか。
 そして何もかもを満足できる生活環境は、誰にでもたやすく手に入るものではない。そのような環境を維持するためには、ほとんどの人にどこかでがんばることが必要だったり、何かを犠牲にして踏ん張らなければならないことが必ずある。しかしそんな厳しさについて経験不足のフィリピン人は、気がつくとそこに思いが至らない状態になるのだろう。そのようなフィリピン人と長い間上手くやろうと思えば、ナイーブな相手の心を傷つけないよう教え諭しながら、日本人側も配慮が必要な部分があるということに気付かされる。

 会話が終わった頃に、モナはすっかり元気になった。
「あなたの声が、わたしの一番の薬よ」
 このモナの言葉を、僕はこれまで何度も聞いている。精神的ストレスに弱いフィリピン人にはお金と気持ちの両方のケアが必要で、よくよく考えたら結構厄介な人種だ。それでもそんな言葉で気持ちをぶつけてくるフィリピン人だからこそ、愛しくなるのである。



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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:669.ママの問題
2013年03月04日

668.引っ越し完了

 昨日これまでのコンド(アパート)を引っ越した。これまで住んでいた場所は契約期間が満了(とりあえずお試しで三カ月だけの契約だった)になったので、気分を変えて新しいところに引っ越したというわけだ。新しく引っ越した場所は間取りが前と変わらず、全体の広さは引っ越し先の方が若干広い。ベッドルームが三つの3LDKで、相変わらず一人暮らしには広すぎる。しかし清潔感があり、十分リラックスできる環境だ。
 前の場所はリゾート地のような作りで緑がいっぱいの中庭に大きなプールがあったが、モールまでがやや遠かった。しかも海に面した本当のリゾートなので、コンドの直近には何もなかった。モールまで遠いと言っても歩いて十分か十五分で距離はたいしたことないが、マレーシアの道路は歩く人のことをまるで考えていない作りになっている。歩道はでこぼこ、突然歩道がなくなる、大きな落とし穴がたくさんある、横断歩道はない、もちろん歩行者用信号も歩道橋もない。こんな道を炎天下で十分も歩くと汗だくとなり、モールに到着した頃にはシャワーを浴びたくなる。それでも僕一人ならよいが、小さな子供を連れて歩くのは大変だ。モールまでは大きな道路を二回渡らなければならないが、交通量が多い中を子連れで車の間隙をぬって渡るのは危険だ。
 つまり僕は、モナがここに来た時のことを考えて新しい部屋を探した。ベルとユリを伴ってモナがここに来れば、平日僕が仕事で出ている時にモナは子供たちを遊ばせ、ご飯を食べなければならない。買い物に行くにも、子連れでモールに行くにはこの調子では少々厳しいのではないだろうかと思っていた。

 そこでしばらく新しく引っ越すところを探していた。最初に決めようと思っていたモールの目の前にあるコンドは、インターネットで空き部屋をみつけ電話をすると、もう入る人が決まってしまったとのこと。他に空き部屋があるか不明だったが、家賃も折り合いそうになかったので諦めた。
 地元のエージェントにお願いし、いくつかのコンドを回ってみた。最初の場所は現地到着前に、車を運転するエージェントが「エアー(空気)がフレッシュだ」としきりに言った。レイクサイドという看板のかかった立派で綺麗なコンドだったし家賃も問題なかった。しかしレイクというのは沼の間違いではないかというほど小さく、確かに緑が一杯で静かな場所だが周囲に何もない、車がなければお手上げという場所だった。
 次に連れていってもらったコンドは、現地に到着してすぐに雰囲気の悪さを感じた。出入りする人の人相がこれまでの場所と明らかに異なった。しかもセキュリティーがなく誰でもコンドに出入りできる。おそるおそる部屋代を訊いてみると相当安い。
 部屋の中を確認する前に断ろうかと思ったが、部屋のオーナーが既にここに向かっているというので待ってみると、三十分も待たされたくさんの鍵をじゃらじゃらと持ったおばさんが到着した。しかしどの鍵を使っても部屋を開けることができない。ちょっと待ってと言われ再びおばさんが車に鍵を取りに戻り挑戦したが、それでもドアは開かない。おばさんはとうとう誰かに電話をし、鍵を届けさせることになった。随分時間をロスしてようやく部屋の中に入ったが、部屋は薄汚れて酷い状態。オーナーは壁を塗り替え綺麗にするとアピールしてきたが、とりあえず考えさせてくれと言いそこを後にした。
 この時点でモナに状況を報告すると、どうせ外に出かけることなどないから素敵な中庭とプールのある今の場所でよいと彼女は言い出した。ベルもユリも毎日プール遊びができることを楽しみにしているから、とにかく綺麗なプールがあればよいということだ。
 しかしいくらプールがあっても、昼に出かけるのが不便な場所では大変だろう。そのうちプールだって飽きてしまうに違いない。

 エージェントに便利でプールがあって安全な場所を求めていることを念押しして、もう一度探してもらうことにした。
 すると二日後の土曜日、エージェントから良い場所を見つけたと連絡がきた。近くに大きなモールがあり、綺麗なプール付きのセキュリティーのしっかりしたコンドミニアムだと言う。案内のため車で迎えに行くと言ってくれたので、僕が自分のコンドの場所を説明すると、彼は見つけたコンドが近いなぁと言い出した。しかしコンドミニアムの名前が違う。彼が見つけたコンドは「@@@パラダイス」で僕の住んでいた場所は「@@@プレイス」だった。違いはパラダイスとプレイスである。しかし僕はどうも嫌な予感がした。そしてエージェントが僕の住むコンドにやってきて、見つけたのはここだと言った。
「あんたパラダイスって言ったじゃない、ここはプレイスだって」
「名前が似ているから間違った」と言い訳するこのエージェントは、どこか間が抜けている。外人にパラダイスとプレイスは似ている言葉なのだろうか。
 さて三度目の正直で、彼にもう一度探してもらった。この辺でようやく彼は僕がどのような場所を求めているのかが分かったようで、新しく二つ見つけた物件のうち、最初の物件がまず合格。場所がよく綺麗なプールがありセキュリティーがしっかりしている。難点は部屋がプールのある中庭側を向いているために外の景色が見えないこと。中庭はこれまで住んでいた場所よりもずっと狭く、四方からビルで囲まれている感じであまり解放感がない。
 二つめの物件は真新しい高層コンドミニアムで、部屋も新品。案内された二十二階の部屋は広さが十分で景色は最高だった。新品なのに家賃は一つ目の物件より安いが、難点はプールが隣の建物にあり、しかも隣のビルはまだ工事中で使えるまでしばらくかかりそうということだ。使えるにしてもプールが隣の建物というのは使い辛い。

 僕はこの時点で、その日に見た一つ目の物件に決めた。実は他のエージェントにもお願いをしていくつか見てみたが、その中で、この地で条件の揃った物件を見つける難しさを実感していたからだ。間の抜けたエージェントが最後に探し当てた物件は、二つともそれまで見た中では最高の部類に入る。ここで手を打たなければ後悔しそうだと思い、その日のうちに先ほど見た部屋を押さえてくれとお願いした。

 こうして昨日引っ越しをしたが、細かい荷物がエージェントの乗用車にどうにか押し込めたというほどたくさんあった。布団や枕が三組あったので、まずそれが嵩張った。更に苦労して運んだ重たいガスボンベは新しい部屋に到着してみるとオール電化で不要と分かった。更に三つあるベッドはサイズがこれまでより大きく、ベッドカバーが役立たず。慌てて夜九時前に近所のモールに買いに行った。
 モールが九時閉店であれば買えない事態にもなりかねないので、モールに入りセキュリティーにベッドカバーの売り場を尋ねたら、四階だときっぱり言われた。礼を言いエスカレータで上った四階の店員に尋ねると、今度は一階だと言われた。結局正解は一階だったが、次はベッドカバーの値段を見て驚いた。ベッドカバーが一つ、枕カバーが二つ、だっこちゃん枕カバーが一つのセットで、日本円で一万円近くもする。すると店員が、今日は八割引きだと言った。僕はとりあえず一つを買い、サイズが良かったら日曜日にもう一度追加購入しようと思い割引はいつまでかと訊いてみると、天井からつり下がった紙を指して、そこに書いてある通り今日までだと言う。今日を逃せばワンセット一万円? 少々冒険だと思いながら割引期間中にそれを二セット買うことにし、ついでにでかいクッションも一つ買った。
 部屋に持ち帰りさっそくカバーをベッドに装着してみると、サイズは丁度で一安心。クッションもでかくて使いやすい。リビングのソファーに置いて寝転がるとリラックスできる。

 さて翌日曜、つまり本日、新しい住まいの近くをくまなく探検してみると、至近距離にだいたい何でも揃っていることが分かりこれも安心した。まず確認したのはマクドナルド、ケンタッキー、コーヒーショップなどだった。モナが来た時に、彼女が子供たちを気軽に連れいきそうな場所に実際歩いて行き、そして実際に店内で注文して食べてみることだった。マレーシアのマクドナルドは初めて入ったが、他の国々で食べたものと同じ味だったしケンタッキーも似たようなものだった。隣と言っても差支えないほど近い小奇麗な喫茶店でスパゲッティーも食べてみたが、これは恐ろしくまずくて閉口した。あまりのまずさに僕は頭にきて、自分で作って口直しをしようと前日のモールに材料を買いに行くと、食料品売り場にはチキンが少々売っているだけ。地元のマレーシア人に電話をしてみると、普通マレーシアのスーパーでは牛肉や豚肉を売っていないそうで、どこに行けば買えるかという質問にも分からないという答えが返ってきた。豚肉を売るには、どうやら日本の酒やたばこを売るための許可証のようなものが必要となるようで、これは前途多難。前の住まいの近くにあったモールには売っていたから、今度はタクシーで買いに行かなければならない。タクシー代はそこまで四百円程度だから値段はそれほど気にならないが、ちょっと買い出しという気軽さはない。ただし以前はモールと部屋が中途半端に近くタクシーを使いづらかったが、これからは堂々と使用できる。
 モールに行ったついでに、前日のベッドカバーを見てみた。本当にディスカウントが終わっているだろうか。売り場で確認すると、予想通りディスカウントは続いていた。そもそもベッドカバーセットが一万円など元値が高すぎる。八割引きでフィリピンでの価格と同じくらいになるから、ディスカウント前提の値段付けになっているようだ。今度のセールはいつまでやるのか分からないが、店員が適当でいい加減なのはマレーシアもフィリピンとあまり変わらないようだ。

 こうして一日中様々な場所に行きその度に飲み食いをしていたせいで、一日中お腹が一杯の日になった。実際に店に入って注文しなければ、安心・安全な店か分からない。子供の口に入るものは、やはり事前に自分で試しておきたい。
 こうして今日の最後は、夕食のために新しいコンドミニアムからとても近いレストランに入った。新しいビルの一角にあるオシャレで綺麗なレストランで、アウトサイドにもテーブルが並んでいる。よくメニューを見ると和食も結構揃っていて、なんで? と思って訊いてみると、そこはアジア各国の料理を出す店だった。どの店員も対応が素晴らしく、オーダーした料理の届くのが遅いと自ら厨房に確認してくれ、それ以外にも常にテーブルの客に目を配り気を使ってくれる。料理の味は上々で値段も手頃。夕方の涼しい風を受けながら食事ができる気持ちの良い店で、久しぶりにヒットしたレストランだった。それが住まいのすぐ近くにあるということに最高の喜びを感じながら、僕は部屋に帰ってきた。

 モナはマレーシアに来る準備を着々と進めている。既に子供たちの分も含め、航空券も購入済みだ。期間がフィリピン人に与えられる観光ビザ一カ月を過ぎる約二カ月の滞在予定で、途中で一度国境をまたいだシンガポールに四人で遊びに行く予定になっている。シンガポールにはユニバーサルスタジオができたそうで、モナはどうしてもそこに子供たちを連れていきたいようだ。
 念のため会社の人間に、インビテーションを書いてもらうことにもなっている。シンガポールへの出入りは僕も一緒なので、家族旅行というのを問題なく信じてもらえるだろう。
 この住まいならば家族は安全に快適に過ごせるし、自らをトビウオと称するあの方も存分にスイミングができる。ギョウちゃんが家族連れできても十分快適に過ごせる。Nさんもそのうち来るかもしれない。
 家族・友人のこちら側の受け入れ態勢はこれで整った。後は待つばかりである。



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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:668.引っ越し完了
2013年02月23日

667.無駄時間に考える

 なんて時間の経つのが早いのだろう。また土曜日がやってきた。
 最近忙し過ぎるせいか一週間があっという間に過ぎ、気付けば暇な土日がやってくる。月曜の朝は、毎朝迎えに来てくれるドライバーに判で押したように尋ねられる。
「土日の休みはどうだった?」
 それに僕は判で押したように答える。
「まあまあだよ、でも暇だった」
 一瞬ドライバーは、何とお悔やみ申し上げればよいか分からないように息を飲んでから、再び訪ねてくる。
「休みはどこにも行かないの?」
「どこにも行かない。どこかに行きたいとは思うけれど、節約している」
 冗談だと思っているドライバーは笑っているが、節約は本当のことだ。節約を強いられる時の節約とは苦しいもので、ついつい美味しい物を食べに行ったり買い物をしてしまうが、余裕がある時は不思議とそれが苦にならない。何かをしようと思えばいつでもできるという余裕は、節約を徹底させることができるものだ。お金持ちはけちだという話がよくあるが、僕はお金持ちではないけれど、現在少しだけ余裕のある中で節約生活をしながらそれが分かるような気になってきた。要はゆとりの気持ちが大切なのだ。

 簡単な節約方法は、どこにも出掛けないことだった。そうすればお金の使いようがない。金曜日の仕事帰りにモールに寄り土日分の食糧を買ってしまうと、翌日から二日間は出かける必要がなくなってしまう。部屋の中でお金を使うことはできないし、金曜日の買いだしは食パンにハムやポテトチップス、オレンジジュースやチーズやピーナッツ(ピーナッツスチュワーデスのせいで癖になってしまった)くらいだからしっかり節約ができる。

 なぜ土日に出かけないようになったのか、本当は節約以外の理由がある。以前は土日にモールに出かけ、少し高い食事をしてスターバックスでコーヒーを飲んでいた。休日にはスターバックスに一日三回入ることもあった。部屋に居ても一人なので、ついつい外に出かけたくなりぶらぶらしてしまうのである。そんな風にして過ごした土日の休みが終わってみると、せっかくの休みに自分が何もしていないことに気が付いた。僕は突然そのことを、虚しく感じるようになってしまったのだ。何もせずにお金だけが減っている。これってどうなのか? というところだ。

 ということで、節約を兼ねて部屋でじっとしてみることにした。そして外に出かけると何もしないが部屋にいたら何かできるだろうと思っていた。でもそれは、大きな勘違いだった。お金を使わない(使えない)ようになったことは狙い通りだったが、それ以外の実際は寝正月のようなぐうたら生活をするだけで、何もしないことにあまり変わりはなかった。
 我が身に危険の及ばないことでさえ自分を振り返り、考えや行動を改めるところが人間の人間たるゆえんだ。一応人間のはしくれとして、僕も反省というものをしてみた。その結果自分の生活で変えようと思ったことがあった。まず土曜日には掃除と洗濯をしようと決めた。掃除・洗濯は平日でも適当にやっているが、平日に床拭きやバスタブやトイレを含めた掃除をすることはない。よって休日は部屋の隅々まできちんと掃除をしようと決めて実行してみた。
 そこまで掃除を徹底してみるとこれがかなりの重労働で、汗を流しながら床拭き掃除をしている時に、週に二度ほど四つん這いになって我が家の床拭きをしてくれるテスおばさんの姿が強烈に頭の中に蘇った。「あ〜、テスおばさんはいつもこんなきつい仕事をやってくれているんだ」と、危ないくらいテスおばさんが立派に思えてきた。そして僕は思わずモナに電話をして、おばさんの給料を上げる相談をしそうになったがその寸前に踏みとどまった。テスおばさんの給料は、一月に上げたばかりだったからだ。しかし僕は、モナや子供たちにこの苦労を知ってもらう必要がありそうだと思った。最近彼女たちが自分で掃除しているところを、僕は見た記憶がない(実際はたまにしているかもしれないが)。

 とりあえず掃除をきちんとすることだけで、随分気持ちがよくなった。生活空間が清潔に保たれているからだが、休みの時間を有効に使っているという充実感のおかげがより大きかった。たまにそのような充実感を味わうと、もっと充実した人間になりたいと欲が出てきた。そして僕は平日の五日間でやり残した仕事を、土曜日に片付けてしまおうと思った。
 翌週の土曜日からそれをやってみた。それをできるだけ土曜日に終わらせ、日曜日は心からゆったり過ごせるようにしようと思った。いや、できれば土曜日の午前中にそれを終わらせ土曜の午後から晴々とした気持ちになろうと試みた。しかしいざ仕事をしてみると、それが土曜日の昼までに終わることなどなかった。それでも一度やりかけてしまうと止めるのがもったいなくなり、ついつい土曜日の夕方まで仕事をし、翌日にハッと思いだして日曜も仕事をするようになった。そして気がついた。
 せっかくの土日に、僕は一体何をしているのだろう。

 結局土曜日は仕事をしても、それがいくら中途半端でも半日で止めることにした。どうしても気になっているところだけをやり、残りは平日の仕事時間にその続きをやるべきという当たり前のことに気付いた。
 これも必要に迫られてする仕事ならやっていて苦しくなるが、そうでないから意外にできてしまうところに落とし穴があった。ゆとりの気持ちは様々なところに作用するようだが、だからと言って土日に仕事をしたのでは何のための休日か分からない。

 結局僕は今、土曜日の午前中は洗濯をして軽く部屋の掃除をするだけとなった。そしてその後は部屋の中でゆっくり読書を楽しみ、インターネットを徘徊し、小説書きをし、コーヒーをがぶ飲みしている。そんな生活に落ち着いた。休日は激しい雨がない限り窓を全開にし、できるだけ外の空気を部屋の中に取り入れるようにしている。
 今日は曇りで、おかげで涼しい風が外からふんだんに部屋に流れ込んでくる。たまにはパソコンを持って、外のコーヒーでも飲みに行こうかなどと考えている。涼しい日はそんな散歩に出てみたい気分になる。

 思えば僕も歳をとり、随分とせっかちになってしまった。若い頃は無駄時間を過ごすことが楽しくて仕方なかったが、今はそうやって時間を無駄にすることをもったいないとか怖いと感じるようになっている。まだまだたっぷり時間があるというゆとりの気持ちがなくなったせいだろうか。残された時間の少なさに、僕は怯えているのかもしれない。
 
 仕事についてそのような焦りは皆無だ。僕がいなくなったところで世の中は脈々と動き続ける。自分一人がいなくなっても何も影響がない。あったとしても、極小で顕微鏡で見ても確認できないほどのものだ。それは十分分かっている。
 では焦りは家族のことか。あと十年か二十年か三十年、その間に家族が安心して暮らせる土台を自分に築けるかどうか、そのことなのだろうか。もっともそれができないとしても、それは次の世代がそれなりに何とかしてくれそうな気もするからさほど深刻ではない。となればやはり自分のことなのか。

 最近は自分の人生というものを大局的に眺め、残りをどうしようかなどと考えることがある。今更という気もするがぼんやりしていたらますます残り時間が少なくなる。それは経済的なことや旅行のような楽しみや、何か美味い物を食っておこうなどというちまちましたこともあるが、それとは全く次元の違う別の何かの方が大きい。
 例えば自分の残りの人生、モナとどんな風に過ごしこの先どんな夫婦になるか、子供たちをどのように育てるか、その家族のどんな雰囲気の中で自分が最後を迎えたいか、どのような友人と繋がりその友人と何をするか、社会との繋がりをどうしたいかなど、そんなことのイメージである。しかも随分漠然としている。

 そんなことを考えながら、一つのキーワードが自分の漠然とした考えに些細な輪郭を与えた。そのキーワードとは「求められる」ということである。
 自分がどうありたいか、それはきっと、周囲から求められる人であり続けたいということではないだろうか。周囲というのは大きければ大きいほど良いかもしれないが、そんなことは期待しても無理だし物理的にも限界がある。結局その周囲とは自分が年齢を重ねるにつれ、社会というものから友人や家族にどんどん収束していくのだろう。つまり最後は家族になる。
 自分が年老いて何もできなくなっても、その時に家族に「あなたはそこにだまっていてくれるだけでいい」と思われ言われたとしたら、それがどれほど自分の救いになるだろうか。
 今の自分は収入があり自分で好き勝手に動き回る体力もある。自分が多くの自由を享受できるから、これまでそのようなことに思いが至らなかった。しかしきっと、家族は自分の人生の「最後の砦」となるだろう。もちろん友人も同じ観点で捉えることができる。
 人間とは結局、人間と人間の繋がりが重要になるのだろう。つまり心と心の繋がりである。

 人の人生の善し悪しとは、社会に残した軌跡の大きさで決まるような気がしていたが、よほど大きな軌跡を残せる一部の偉人以外、それはどんぐりの背比べで大きな観点から見ればゴマ粒程度である。
 ならば何かを目指すことは大切だが、一つ身近で大切なものを大切なものとして認識し、それを大事にしなければならないなと改めて思う。
 何かもやもやしていたが、つまり僕が今こうして目の前の家族の生活に追われ動き回っていること自体が、実は自分の人生において大切なことを進行させているということだ。
 家族をしっかりと愛し、頑張れる時に目の前のことをがんばる。それが大事なことの一つなのだろう。
 多くの人が当たり前のようにしている当たり前のこと、それを僕はこれまでこのような形で明確に認識できていなかった。
 こんな風に考えるだけで、少し気持ちのもやもやが晴れてくる。今日の無駄時間はなかなか役に立った。



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