フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2013年02月17日

666.嗚呼

 短い休暇はあっと言う間に終わった。僕は休暇最終日の午前八時に自宅を出発し、レガスピからマニラ、そしてマニラからクアラルンプール、クアラルンプールからペナンへと三つもの飛行機を乗り継いで夜九時にペナンに到着した。クアラルンプールでの飛行機乗り継ぎ時間に僕の勘違いがあり、僕はモナに予告していたペナン到着時間が一時間以上遅れることに気付いた。予定時刻に連絡が取れなければ、何かあったのではないかと過剰な心配をするモナに、僕は慌ててそのことをアラルンプール空港から連絡した。
 夕食は早い時間にクアラルンプール空港でとったが、後でお腹が空きそうだったのでダンキンドーナツを買いバッグの中にしまい込んだ。ペナン空港行きの便は出発時刻が七時半だが、自動チェックイン装置から出てきた搭乗券のボーディングタイムは六時半となっていた。一時間も早い時刻を提示され嘘だろうと思ったが、万が一それを無視して乗り遅れたら悲惨なことになるので指定時刻までゲートに行った。案の定ゲートに航空会社の職員は誰一人おらず、搭乗待ちの人だけがたっぷりその前の待合所にたまっていた。まだ一時間も時間があるので、僕はコーラを買い椅子に座って膝の上でパソコンを広げた。会社稼働日の日本からいくつかメールが入っていたので、その全てに返事を出したがそれでも時間が余った。仕方なく僕は鞄の中からパソコンと入れ替えに本を取りだし、それを読みながら搭乗案内を待った。
 以前の僕は反響音が混ざった英語の空港アナウンスが聞き取れず、突然何かの予定変更が入っても分からずに心配だったが、しばらくマレーシアで英語だけの生活をしていたせいかそれが聞き取れるようになっていた。よってペナン行きの搭乗案内も難なく聞き取れた。

 飛行機に乗り込み自分の指定席に行くと、三列シートの窓側と真ん中にアメリカかヨーロッパかどこからやってきたか知らないが、金髪の若い女性二人が既に座っていた。僕の席は通路側である。真ん中の女性は一目でこちらが引いてしまうほどの巨漢で、その身体が完全に狭いシートからはみ出していた。時々隣と共有のひじかけを図々しく占領されると腹の立つことがあるが、その彼女の場合最初から脇腹の肉が肘掛の上から僕のテリトリーを侵犯していた。僕はそれを押しのけるように自分のシートに座った。相変わらず彼女の肉は僕の身体に触っているし当然肘掛は使用不可能だが、これは腹の立てようがなければお気の毒にも思える。それでも狭い空間がますます息苦しくてたまらない。ペナンまでの飛行時間が一時間弱と短いことが幸いだと思いながら、僕は巨漢に触発され日本のデブ専パブ「どすこい」を思い出していた。街を歩いていると呼び込みのお兄さんから声をかけられ、教えられたパブがそれだった。もともとそのようなパブに興味のない僕でも、絶妙なネーミングに怖いもの見たさで入ってみようか一瞬悩んだが、結局興味より恐怖が勝り「どすこい」という看板を尻目に僕は逃げ出したのだ。僕は時々隣の女性の肉を自分の腕や身体で感じながら、この人ならば間違いなく「どすこい」のエースになれそうだと考えていた。
 とにかく飛行機に乗る機会が増えると、そこに様々な出会いがある。今回のマニラからクアラルンプールへのセブパシフィック便には、これまで出会ったことのない、見事なほど自分の理想像と一致するフィリピーナがスチュワーデスとして目の前に現れたし、前回はマレーシア航空のピーナツスチュワーデスもいた。そうかといって何かが進展したわけでもなく(進展しても困るのだが)、単に自分の理想というものを改めて確認できて気分が少し若返ったり、ピーナツの謎解きで暇つぶしができただけのことであるが、出会いから様々なことを考え想像するのはとても楽しい。デブ専パブの一件を思い出させてもらったことは、一時でも息苦しさを忘れさせてもらえたが、僕は空想にふけって一人でにやけていたかもしれない。おかげでおそらくはフレンドリーな若い外人娘に、僕はペナン到着までただの一度も声をかけられることがなかった。

 ようやく自分の部屋に辿り着き、埃がたまった床に少々鬱陶しさを覚えながらまずは気分休めのコーヒーをと思ったら、ミネラルウォーターが切れていた。しまったと思い部屋を出たところからコンドミニアムの中庭に面したコンビニを覗いてみると、休みで灯りが消えていた。マレーシアはまだチャイニーズニューイヤーの休みが続いているのだ。外に買いに出るのも億劫で諦めかけたその時、先日山崎用に新しく作った氷のことを思い出した。その氷をバラバラと湯沸かしポットの中に入れて沸かしてみると、そこからコーヒー二杯分の水が取れた。考えれば何とかなるものだと自分に感心しながらコーヒーをすすり、無事に自分の部屋に到着したことを電話でモナに伝えた。
 彼女は僕からの連絡を待っていたようだ。ユリは僕が居なくなったことを認識しているようだが、取り立てて騒ぐこともなく普段通り過ごしていたようで既に寝ていた。少しは寂しがってくれてもいいのにとこちらが少し寂しく感じながら、ユリにとって僕はたまに顔を見せるパパという名のおじさんになっていないか心配になってきた。ユリは僕を父親として、傍にいたら必ず自分を守ってくれる存在と捉えているだろうか。それは別の意味でベルにも言えることだった。僕は少々、ベルの父親として彼女にどう接して良いか迷いがある。それについてはモナと話し合ってもいるが、僕には遠慮や怖さがあり、いけないと分かっていてもベルのことを本気で叱れないのだ。ベルはそのことを無意識に感じ取っているようだ。我が家庭で僕の一番の重要課題は、実はそのことである。それに解決の目安もつけないまま、僕が家族と離れての生活を選択したことは、果たして良かったのだろうか。それだけはまだ迷いがある。

 電話を切ると外の音が一切入らない部屋の静かな空間が、僕に重くのしかかってきた。自分だけの空間とは時に自由で快適だが、持て余すとどうしようもないほどつまらなくなる。小腹が空いてきたので冷凍庫からプリングルスのポテトチップスを取りだした。冷凍庫保存によりいつまでもパリパリしていて美味しい。プリングルスは美味しいが、本来僕には少し味が濃すぎる。しかし冷凍庫に入れて冷やしおくと、冷え切ったそれは少し薄味に感じられ丁度いい味加減になるのだ。それをつまみながらコーヒーをすすり、フィリピンでのギョウちゃんとの会話を思い出した。
 アラバンの自宅に海外に出稼ぎ予定の親戚が来たそうだ。その方々と友人の僕がマレーシアで働いている話題からその親戚も海外で稼げる見込みがついたという話に至り、みんな良かったねとハッピーに会合が終了したそうだ。その親戚が帰ったあと、奥さんのお母さんがギョウちゃんに言ったらしい。
「あなたも海外に行って稼いできたら」
 ギョウちゃんは既に過ぎたことで冷静にその様子を教えてくれたが、「その言葉に自分のこの辺から音が聞こえるかと思うほど切れちゃいましてね」と、自分の右こめかみを指さして言った。僕はそのお母さんをよく知っているので、その言葉に全く悪気がないことは分かっている。それでもそのような言われ方をされる筋合いはないと言いたいギョウちゃんの気持ちは素直に理解できた。
「あ〜、それ分かります、分かります」
「分かります? あ〜よかったよかった。分かりますよね」
 ギョウちゃんは自分の理解者が突然目の前に出現したことに大層気をよくし、にこやかな顔でその続きにあった夫婦喧嘩の話まで笑いながら教えてくれた。僕も笑ってただその話を聞いていた。
 いつも近くにいれば、ムッとすることもあり喧嘩もする。それは当然あることだ。僕はむかつく相手も喧嘩相手もいない部屋で、そんないざこざがあることって意外に幸せなことかも……、とギョウちゃんの話を振り返りながらポテトチップスをつまんでいた。
 ポテトチップスが常温に馴染んでくると、それが本来の濃厚な味に戻ってくる。そうなると僕はそれをいつも再び冷凍庫に戻す。その時冷凍庫の中にふと目についたクラッカーを二枚取りだしてつまんだ。冷凍庫の威力は素晴らしくクラッカーも相変わらずパリパリしていたが、いつも普通に美味しいクラッカーがなぜかとても不味かった。プリングスのサワークリーム&オニオン味の後では、クラッカーの味がだめになるようだ。今度から食べる順番に気をつけなければと思った時に、ようやくそこで空港で買ったダンキンドーナツのことを思い出した。甘いドーナツはやっぱりコーヒーと一緒がいいが、今二杯目のコーヒーを飲んでしまえば翌朝のモーニングコーヒーが飲めなくなってしまう。ドーナツとコーヒーを取るかそれともモーニングコーヒーを取るか。僕はそのくだらないことで悩むことになった。家族が一緒なら、こんなくだらないことでは悩む暇はない。
 結局僕はコーヒーを淹れ、三個も買ってしまったダンキンドーナツを一気に食べ切った。そしてさすがにお腹が膨らんだ。その後僕は眠気を催し、電気をつけたままの部屋で熟睡した。それは再び始まる孤独なマレーシア生活の想像を巡らす間もないくらい、すぐのことであった。



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665.やっぱりフィリピン

 今回フィリピンに帰ったのはもちろん家族に会いたかったのだが、別に一つ大事な目的があった。それはフィリピンに自分名義の銀行口座を作ることであった。これは本人がパスポートやパーマネントVISAの証明となるIカードを持参し窓口に行く必要があった。妻であっても代理人が口座を作ることはできないようだ。
 個人口座を作る必要性があったのは、現在の仕事の報酬振り込みの関係だった。これは会計処理上、僕の名義口座に振り込みたいということだったが、フィリピンには口座がなかった。そのため最初は日本の個人口座に振り込んでもらったが、海外振り込みは受け取り側でも手数料を大きく引かれ、更に円安で瞬く間にその価値が減少し、また更にフィリピンでそれを引き出す際に大きな金額を手数料として引かれたため、大きなロスが発生した。ロスした金額はトータルで数万円にも上った。
 よってフィリピンの家族の生活費を直接フィリピンに振り込みたいと考えたため、急いで個人口座を開設する必要性が生じた。

 フィリピンの銀行で初めて個人名義口座を開設してみると、その手続きに不思議なことがあった。単に銀行口座を開設するだけで、銀行デスクで手渡された用紙には僕の最終学歴や母親の名前(父親の名前は記載義務なし)、勤め先や仕事の内容、そして月収などを書かなければならない。住所や連絡先は分かるが、それ以上の個人情報をなぜそこに記載しなければならないのかさっぱり理解できない。まあ特に隠すこともないのでとりあえずそれらを正直に書いた。モナもその口座の共同オーナーとして登録するため(モナの自由にできる口座でなければ困る)、用紙は僕とモナで別々に書いた。月収は数千ペソから数万ペソといくつかの段階があり、該当箇所にチェックを入れる方式だった。モナが五万ペソ〜十万ペソの欄にチェックを入れ、僕は最高が十万ペソ以上となっていたのでそこにチェックを入れた。これまで仕事の報酬は会社収入にし、そこから生活費をサラリーとして取っていたので今まではモナのそれが正解だったが、今年からは一部を日本円で(日本で所得税を払いながら年金を支払うため)、そして残りはマレーシアで所得税を払い個人口座に振り込んでもらうため、見た目の月収がこれまでと大きく異なってくる。フィリピンに本拠地を置きながら所得税をフィリピン以外の国に支払うのは申し訳ない気がするが、そうした方が節税になり(マレーシアの所得税は安い)、かつワーキングビザの手続き関係で僕がマレーシアで所得が必要となるため仕方がない。
 マレーシアでワーキングビザを取得する場合、日本人の最低月収は五千リンギット(直近のレートで計算すると日本円で十五万円)と決まっている。これは簡単に低賃金労働者がマレーシアに入り、マレーシア人の労働機会が損なわれるのを防ぐ措置だそうだ。よって日本人の場合は、立て前は五千リンギット以上の価値のある人以外ワーキングビザを発行しないということらしい。またこのワーキングビザは大卒以上でなければだめらしく、大学の卒業証書の写しを要求される。僕は正確に言えば大卒ではなく短大卒になるが、卒業学校の英語名がナショナルカレッジになるので大丈夫のようだ。
 ワーキングビザが発行されればマレーシアの銀行口座も作れるので、そうなったら報酬はマレーシアの口座に入れてもらい、そこからフィリピンに送金することになる。バンクの口座はペイパルと連動しており、パソコン上から安い手数料で簡単にフィリピンに送金できるようだ。そのようなところは便利な仕組みが出来上がっている。

 土曜日にフィリピンに到着した僕は、日曜日の山林を駆け巡るアドベンチャーを楽しんで、月曜日にフィリピンで銀行口座を無事に作った。あとはのんびり家族サービスをするだけである。
 翌火曜日に、ダディとママを誘い、家族でレガスピに遊びに行くことにした。レガスピでランチを取る予定だったので、以前結婚記念日にモナと行ったイタリアンレストランに六人で入った。ここはギョウちゃんの奥さんに教えてもらったレストランで、それが元でギョウちゃんと奥さんが大喧嘩をしたという曰く付きレストランだ。今更蒸し返すのもなんだが、この話の展開に関係あるので恐縮しながら再度紹介すると、喧嘩の原因はギョウちゃんがせっかくの記念日になぜあんなレストランを紹介するのか、自分の知っているイタリアンの方がずっと美味しいと奥さんに苦言を呈したのが発端だったらしい。その後しばらくして、ギョウちゃんお勧めのそのレストランにギョウちゃんの家族と一緒に行ったが、確かにそのレストランは本格的なイタリアンで美味しかった。しかし奥さんに紹介されたレストランには、モナがとても気に入った野菜サラダがあったのだ。レタス、キュウリ、トマト、モッツアレラチーズ、オリーブの実などが盛られたそれに自家製ドレッシングがついてくる野菜サラダだった。その自家製ドレッシングが、軽くオレンジの香りが漂う、それだけで料理人のこだわりが伝わってくるような上品なものだった。お腹の調子が悪いというモナは、とにかくその野菜サラダが食べたいと主張した。
 アペタイザーに野菜サラダ、マグロのカルパッチョ、エビのフライ、僕とダディはビール、他はシェイクを頼んだ。
 その後はホワイトソース(名前忘れ)とトマトソースのパスタ(アラビアータ)、ホワイトソースとミートソースがミックスされたピザ、ローストチキン(ホワイトワイン漬けしたもの)、サーロインステーキなどを頼み、みんなで取り分けて食べた。
 今回頼んだそれらの料理は、一つとして外れがなかった。日本でもお目にかかれないほどパスタのソースは凝っていて、ピザはこれまた僕がこれまで食べた中で一番美味しいと唸ってしまうほど特別なものに感じられた。ローストチキンは白ワインの香と塩の味付けでやはり上品だった。何でもそこそこのビコールにあって、これほどのイタリアンに出会った僕はそれだけで感無量で興奮した。やはりそこのシェフは、どこかで本格的なイタリアンを学んだ人間のようだ。よい材料が手に入りにくいレガスピで客を唸らせる料理を出してくるところに、僕は感激したのだった。
 他国の本格料理は日本人が美味しいと感じてもフィリピン人には今一つということもよくあるが、ダディもママもそれらの料理は本当に美味しいと喜んで食べていた。ギョウちゃんにはあのイータリア(そのレストランの名前)で、ホワイトソース入りピザ(名前は忘れたが店一押しのピザなのですぐに分かる)とアラビアータ(子供には少々辛いが濃厚)を是非試して頂きたい。それを口にしながらきっと顔がほころぶこと請け合いである(きっぱり)。
 料金はそれだけ頼んで二千八百ペソだっただろうか……、三千ペソを切っていた記憶がある。高いと言えば高いが、それだけを支払う価値のある料理だった。日頃のご恩返しに、ギョウちゃんの家族を誘ってご馳走すればよかったと悔やまれたくらいだった。

 レガスピではついでに僕のフィリピンでの携帯手続きもしたかった。普段ほとんどフィリピンにいないのに、僕の携帯は毎月最低三千七百ペソを支払っている。しかしこの電話料金プラン、海外でのローミング使用料は別料金のため、十二月の僕の電話代請求はトータルで一万二千ペソ(日本円で二万四千円)もあった。よって基本料金の大半をローミングに振り向け、トータルの支払い額を安く済ませることはできないかという相談をしたかったのだ。
 レガスピのモールでは、ダディとママは買い物、子供たちはいつものトランポリンや滑り台のある子供向け施設、モナも買い物、そして僕はコーヒーショップと一時別れての別行動を取った。そのうちモナから電話が入った。今携帯会社の窓口にいるが、すぐに来て欲しいというのだ。二杯目のコーヒーを断念しすぐに行ってみると、モナがおかしなことを言いだした。僕の現行電話料金プランは、支払い料金を海外ローミングに振り向けることができない、月々の料金プランを五千ペソにすればそれができる、よってプランを五千ペソにしようと言うのだ。つまり何も使用しなくても、毎月最低五千ペソ(一万円)の支払いが自動的に生じるプランだ。
「馬鹿言っちゃいけないよ。三千八百ペソを安くするために来たのになぜそれが五千ペソになるの? ローミングを絶対使わなきゃならない環境ならそれでいいけど、日頃の連絡はほとんどインターネットの無料チャットや電話を使用しているんだから。だったら現行プランでローミングを一切使わないようにすればいいだけだ」
「でも使わないのに毎月三千八百ペソを取られるのはもったいないでしょう。だったら五千ペソプランにして使った方が得よ」
 どうも携帯会社の窓口営業トークに洗脳されているような口ぶりだ。
「ちょっとまて。携帯を使う使わないは別として、三千八百ペソと五千ペソの支払いはどっちが高い? それくらいは分かるよな。それにローミングの使用料金を調べてみなよ。五千ペソなんてあっという間だ」
 窓口で調べてみると、もしマレーシアからフィリピンに携帯電話をした場合、五千ペソは一時間でなくなることがわかった。インターネットはそれ以上に短命で、それを超えて迂闊に使用するとこれまたとんでもない請求金額になる。当然五千ペソをオーバーすればプラスチャージが発生するからだ。ローミングにはパワーロームプランという四割ディスカウント料金になるものがある。携帯会社は追加で月に三千ペソを支払いそのプランにすればその方が得だと言ってきたので、僕はここで切れた。
「はあ? 客のためにプランの組み合わせを考え、少しでも安い方法を提案するのがあなたたちの仕事なのに、なぜ話せば話すほど料金が上がるのか僕には理解できない。それほどサービスが悪いならこの携帯を解約してもいい。現在マレーシアでは現地の携帯も持っているから、わざわざこの携帯を使わなくもいい。このアイフォンには現地のシムを入れることにする」
 窓口のお姉さんは、明らかにムッとした表情を顔に蓄え、それ以上知らぬふりをしていた。とりあえず僕はモナに、何もせずに帰ろう、時間がもったいないと言い、プランをいじらずに帰ってきた。携帯のプラン変更は僕がいなくてもできる話だ。時間がない中、そこで粘っても仕方がない。実態が分かっただけで十分で、その場はあっさり諦めて引き上げるのが得策だった。
 解約せずに帰ったのは、契約に二年縛りがあるからだ。今すぐに解約すると、約二万ペソがかかると言う。それならあと数カ月今の支払いをそのまま継続した方が良い。せめてあとでもっと安いプランに変更すればいい。
 フィリピンの窓口対応は、どこでも客をなめきっていると思われるケースをたまに見かけるが、特に電話会社は会社そのものがやくざ組織のようなものだ。どうやって庶民から金を巻き上げるか、それしか考えていない。インターネットなど速度が遅い、繋がらないという苦情があっても素知らぬふりで、設備投資をしないままうまい話を客に持ち掛けどんどん契約者を増やすものだから、首都圏を中心にますます劣悪な状態になっている。あまりに酷いから解約だと言えば、二年縛りがあり残り月の支払額をまるまる請求されるから開いた口がふさがらない。もちろん携帯の通話料金は他の国に比べ断然高い。マレーシアはフィリピンに比べ、これでいいのと驚くくらい携帯の使用料が安いのだ。携帯を持ってもほとんどテキストしかやらないフィリピン人が多いのには、本当に頷ける実態がある。何年経ってもフィリピン電話会社のやり方にどうにも馴染めない。正直言って、「むかつく〜」である。

 とりあえず美味しいものを食べ、それぞれしたいことをし、まる一日家族で楽しんだ。翌日はもう、マレーシアに戻らならければならない。あっという間の四日間で、僕にも家族にも短い休暇だった。
 むかつくことがあっても、それを補うものがあるフィリピン。たまに帰ると色々と再認識することが多い。僕はゆっくりくつろげて、どこにいてもリゾート感覚を持てるフィリピン田舎の自然が好きだが、マニラの繁華街も時々恋しくなる。不思議な刺激の多いマニラは、整い過ぎたクアラルンプールにはない魅力をいまだに感じる。フィリピンよりもずっとすぐれた社会を形成しているように見えるマレーシア。そのマレーシアに家族揃っての生活環境を整えることも可能だが、僕の中にはいまだにそれに抗う気持ちがある。
 なぜだろうか。僕はそのことに明確な答えを持つことができないまま、最近いつもそれを考えている。



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2013年02月15日

664.大家族

 僕が家に帰った時に、失恋に泣いたロンは家にいなかった。ロンはビジネスをしている友人から声がかかり、出稼ぎに出たという話だった。仕事はパソコン教室の先生。自ら生徒を集め、学校の教室などを借りて短期講習を行う。一度教えた学生ばかりになれば生徒は集まらなくなる。その時に場所を変えまた生徒集めから始めるという、町から町への放浪が基本の仕事だ。だから一旦仕事へ出ると、しばらく家に帰ってこない。
 モナのすぐ下の弟であるジン(ロンの兄)も同じ仕事をしている。元々ロンに声をかけた人間は、ジンの雇い主と一緒にこのビジネスを展開していた人間だが、お金の問題で袂を分けた。ジンは相変わらず金払いの悪いもともとの組織で、そしてロンはそこから別れた組織で同じ仕事をしているということになる。

 ジンの雇い主はダディの従兄の奥さんで、その奥さんがまた癖のある女性だった。酒豪でかつ酒癖が悪く、随分前の僕の記事で紹介したが、いつぞや我が家にふらりとやってきたと思ったら僕の傍から離れなくなり、モナの目の前で酔った勢いに任せ僕に一緒にビジネスをやろう、いや、私は雇われでいいから一緒に仕事がしたいと、僕の手を握り締めて終始熱い視線を投げかけてきた人だった。彼女は初めて我が家に訪れたその時から暇があれば我が家を訪れるようになり、これまたモナの目の前で、私の手料理をご馳走するから是非うちに遊びに来て欲しいと僕だけに語りかけてくる、どこか病んでいるような人である。
 すらりとしたフィリピン美人のその態度にママの警戒心は高まり、モナは別室でむかつくと僕に八つ当たりした。家族のみんなは、「彼女は絶対マークに気がある、一目惚れだ、なりふり構わずよその家の旦那を奥さんの目の前で誘惑するなどとんでもない女だ」と言い、ママは、「男というものはあんな風に言い寄られると気持ちがいいものだから気をつけなさい」と、まるで僕が悪者のようにモナに耳打ちしたそうだが、昔から酒癖の悪い女が大嫌いな僕は心から彼女を敬遠し、彼女の声が階下から聞こえてくると僕は自分の部屋から一歩も外へ出ないようにして彼女が帰るのを待っていた。だから彼女の誘惑に負けることなどあり得ないと僕はいつも言っていたが、それを聞くモナの目には常に疑いの色がにじんでいたのを僕は今でも忘れられない。爆発させない怒りを内に蓄え、そのやり場のない怒りと嫉妬の交ったじっとりとした女の視線というものは、寒気がするほどおぞましいものである。
 そんな破天荒な性格の彼女は、従業員に対する金払いがとても悪かったそうだ。飯は食わしてくれるし酒ももう勘弁してくれというほど飲まされるらしいが、その代わりサラリーが数カ月ないこともざらで、旦那はそれをいつも申し訳ないと謝るそうだ。しかし豪傑女の尻に完全にひかれている旦那は一切お金を自由にすることができず、自分の小遣いさえままならないのではないかと周囲が心配するほどのていたらくだった。
 それでもジンは不思議と彼らにそのままついて、いつの間にか古参の番頭格になった。そして従業員の一部はそこを出て、ライバルとなる同じビジネスを新しくスタートさせた。

 ロンは失恋の痛手を紛らわすために、この仕事の誘いを了承したのだろうか。理由はどうであれ、しばらく家を離れ自分の稼ぎだけで生きるという体験は、今のロンにとても大切なことだ。この際稼ぎの多い少ないは二の次三の次で、まずは泥にまみれてみることが重要だ。
 僕が家に帰った翌々朝、そんなロンがふらりと僕たちの部屋に現れた。前日の深夜に一週間ぶりの休みを取り家に帰ったそうだ。
 心なしかロンの顔には精悍さが宿り、久しぶりに会う挨拶や会話にも覇気が感じられた。ロンは家に帰っても家族と一緒に食事をする暇がないくらい、友人宅を巡っているようだった。じとじと部屋に引きこもるよりも、若者らしくてよい傾向だと僕は思った。自分の稼ぎがあることで、家族に遠慮なく休暇に遊びまわる。それが終わって再び仕事に精を出してくれるなら、その生活サイクルをしばらく続けてみるのがいいだろうと僕は思う。頑張る姿勢を見せればロンの元を離れた彼女もロンに戻ってくるかもしれない。もしかしたらロンは、それを狙っているのかもしれない。それほどロンの顔は以前と違っていた。

 さて、一方外人旦那を持つ人妻といい関係になってしまったジンはどうなったのか。しばらくその女性の家にしけ込んでいたジンは、女房の尻に引かれた旦那にそろそろ仕事に戻っておいでと説得され、現在復職中。モナの、そろそろその女に飽きたんじゃないという冷めたお言葉に、なぜか無関係の僕がドキッとしてたじろいでしまった。僕も精神的にはかなり尻に引かれている口かもしれない。ちなみに僕は、その尻に引かれている旦那が嫌いではない。今のところ彼は、とても性格のよい男性に見受けられる。彼は共感できる何かを持っている。ジンはそんな彼に、劣悪な労働条件をも飲み込んで付き合っているのかもしれない。
 とにかくジンは、既にしばらく一人で生きている。モナは彼を頭が悪いと言うが、僕が見たところ彼は要領がよい。つまり頭は悪くない。学校の成績は良くないかもしれないが、本能的な生きる術を持っている。そして人づきあいが良く優しさがあり、ポンポン子供ができるようなことをしながらその相手のことをしっかり気遣っている。子供の数が増えればそれが彼の原動力となり、十年後には僕が大物になったジンに面倒を見てもらうこともあるかもしれない。そんな予感を抱かせる男だし、この予感は是非当たって欲しいと心から願っている。

 二人の厄介者が消えた食事のテーブルは、どことなく寂しかった。これでテスおばさんやジュンおじさんがいなくなったらどうなるのだろうと、僕はそんなことを想像していた。厄介者がいるおかげで気がはり、がんばる気力が湧くということもあるようだ。そして大家族は厄介だけれど、事件がたくさん起きて面白い。
 僕はいつの間にか、巣立つ息子に涙ながら帰っておいでというフィリピンの母親の気持ちが、何となく分かるような気になっていた。
 大家族の中で暮らす安心感や楽しさを知り、自然にそれを求めるようになっている自分がどこかにいるようだ。



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