フィリピーナと共に
ブログ構成がわかる目次はここから入れます
2012年12月26日

647.来年も稼ぎ頭をがんばります(T_T)

 嵐の後の静けさという言葉があるが、クリスマスという嵐が過ぎ去ったあと我が家は静かにならず、台風という本当の嵐がやってきた。我が家から視界がきくのは五百メートル先まで。一キロ先は白いガスに包まれ、それは幻想的な景色にさえ見える。
 台風はレイテ島の近くにいて北西に進路を取っているらしいが、ここタバコシティーのエリアにはシグナル1という警報が出ている。嵐自体は問題ないが、数日後飛行機で出かける用事があるため、この台風の行方が気になっているところだ。今のところその台風は、二十九日までフィリピン周辺をうろつく予定になっているそうだ。

 このクリスマス期間中雨はなかったが、朝から晩まで冷たい風が吹き、夜など日本の晩秋を思わせる気温になっている。家の中にいてさえ、家族は長袖を着たりストールを体に巻きつけたりしていた。そして今日も、外の風が家の中に入り込むと肌寒さを感じるくらいになっている。余りの寒さにハチが家の中に避難してくるほどで、昨夜は暖を取るためにハチ数匹が蛍光灯にへばりつき、蛍光灯の熱で羽をやられて落下するというハチの自殺的行為を目撃した。残りのハチも同じ運命をたどるだろうと放っておいたら、今朝になってみると案の定ハチの死骸が三つほど床に落ちていたので、今日はそれを掃除するところから僕の一日が始まった。

 クリスマスで我が家を訪れた客は、両手に大きなプラスティックバッグをぶら下げ、昨夜のうちに全て引き上げた。あの袋の中に何が入っているのだろうと気になったが、重なったタッパが見えたので、食べ物を持ち帰ったと思われる。よってみんな昨日と同じものを今朝から食べているだろうと思われるが、それは我が家も同じで、朝食はクリスマスの残り物だった。決して食べ物を粗末にしないフィリピン、最後の最後まで誰かの胃袋に収まらないと、いつまでも同じ食べ物がテーブルに登場する。冗談ではなく、「これ、まだ食えるの?」という期間を経過しても平気で食卓に出てくるから、どうせなら在庫一掃セールで、全て綺麗に持ち帰ってくれたら良かったのにと内心で思っていた。
 今の僕は、焼き魚に卵焼きとみそ汁とか、お茶漬けさらさらという気分である。油をたっぷり使った料理は、やや受け付けがたい心境だ。

 今朝、コーヒーを飲む僕の前で、モナが自分のパソコンを広げ、おもむろに「ダークカフェって何?」と訊いてきた。彼女の目の前にあるパソコン画面を覗いてみると、僕のブログが開かれている。暗黒喫茶は翻訳ソフトで、ダークカフェと訳されているようだ。そこで僕は、マニラでの事の顛末を含め、モナに正直に説明した。彼女からは一言、なぜ黙っていたのかと言われたので、ブログで告白しているではないかと軽く応戦した。
 これで今の寒さが帳消しになるほどホットな言い争いになれば面白いが、特に悪いことをした訳でもなく、別段責められずに話が終わってしまった。一つだけ、そこはマガンダ(美人)が多いかと訊かれ、全くいないとそれも正直に答えたが、それが真実にも関わらず、美人がいないと言うほどモナの耳にはまるで逆の意味に聞こえるらしい。それを信じてもらえなかったのが悔しくて、今度彼女を戦場にお連れしなくてはなどと思ったが、実際そこはカラオケのように女性同伴では行きづらい雰囲気がある。それはそこで活動する女性への気兼ねからくるものである。

 クリスマスが終わり、しかも雨風が強いと、僕はここで何もすることがなくぼんやりしている。今年のクリスマスは来客の行儀が良かったので、ブログで書いて紹介したいことも少ない。ママの親戚一同は二十四日はみんな泊まっていったものの、昨夜は夜の十時に各自引き上げた。いつも行儀の悪いノエルまでが早い時間に帰ってしまった。僕の普段の独り言を、誰かが彼の耳に入れたような気がする。文句を言う事が少ないと、これまた不思議で退屈になる。もう少し刺激的な出来事があっても良いと思ってしまう。
 ということで、何も足さない、何も引かない、ただ時間の流れに身を任せるだけでこれぞバカンスか? と思いたいところだが、正直言ってこうなると暇。雨が止んだらマッサージにでも行ってみるかと考えている。
 日本では年末で、皆さん忙しく動き回っておられるのだろう。忙しい方はこのような暮らしを羨ましいと思うのは想像に難くないが、こうして一時的にでも隠居生活のようなことをしていると、実は逆に、忙しく動き回らなければならない環境が恋しくなってくる。

 クリスマスイブの日、フィリピン在住のある珍しい方からメールを頂いた。その方は自分はもはや貧困邦人と同様だと書かれ、このフィリピンで邦人が食っていくのは本当に難しいとおっしゃっていた。
 僕も本当にそう思う。このフィリピンでは、日本人であることのアドバンテージなどほとんどないと思った方がよい。逆にそれが足かせになり、食っていく難しさを痛感する。
 よく聞く発想に、「日本で行き詰ったが、フィリピンだったら何とかなるだろう」というものがあるが、それは全く間違った考えだと断言してよい。日本でどうにもならない人は、フィリピンではもっとどうにもならないと思った方がよいのである。(年金のような安定収入のある方や脛をかじる女性がいたら別)それでも何とかなっている人は、フィリピン在住邦人の助けを借り、安い給料ながらもこちらで職にありついた人である。しかしその助けも、相手をよく見ないと逆に足元をすくわれ窮地に追い込まれるケースもある。藁にもすがりたい人というのは、他人を騙そうと思っている人にはこの上ない美味しい鴨である。

 そのようなことも含め、フィリピンには日本では気付かない落とし穴がたくさん用意されている。分かりやすい一つの実例は、高額医療費。日本の健康保険を持っていない方は、少し大きな病気をすると一発でアウト。
 もう一つ語らせてもらえば、とりあえずその場しのぎでもいいからアルバイトをしたいなどと言っても働き口がなく、運よくありついても一日千円未満の稼ぎとなる。先進国の暮らしをしてきた大方の日本人に、それは耐えられないのが普通だ。
 フィリピンの企業にこれまた運よく就職を決めても、給料が安い。その安い給料で生活を組み立て直し、自分の習慣や考えを改められる人はよいが、その前に挫折する人も多数と聞く。
 先日は暗黒喫茶の話を気軽に書いたが、ここの生活を甘く考える日本人には、この国自体が暗黒世界なのである。

 僕がこのフィリピンで自活していることを立派だという人がいる。さぞかし上手くやっているように見えるかもしれないが、決してそのようなことはない。
 夏から一時仕事を止めていたせいで、我が家の台所も火の車状態に陥った。僕がマレーシアからフィリピンに帰る際、僕は現地で手にする現金収入(日当)があるので問題なかったが、マニラで落ち合う家族の旅費が捻出できないことを知り、僕はマレーシアで驚きながらも、生活の面で家族に心配をかけていたことを済まないと思った。
 十一月に働いた分は本来今月末の支払いであるが、恥を忍んで特別に早めの支払いをお願いし、同時に日本向けに行った仕事の売掛金の催促をマレーシアから行った。
 このように少し気を抜いただけで、我が家は危うく普通のクリスマスができない状態に陥るところであった。お金はぎりぎりで繋がりホッとしたが、そこに繋げるまでママの箪笥預金を借りもしたのである。
 今年七月までは日本に所得税や年金や健康保険の支払いをしていたが、それが八月から止まり、それが来年一月から支払いを再開できる手続き上の目途もついた。
 お金に関しては、本当はベルの学資保険が満期となっており、そこから一時的にお金を借りることもできたが、モナはそれをないものとして考えているので、僕のあてが少し外れたということもあった。結果的に僕はモナのこのような考え方を支持しているが、このようにゆったりと生活しているわけではなく、サボればサボったなりにしわ寄せがくる綱渡りのような生活をしている。

 同じくクリスマスイブに電話で話をした方は、昨年のクリスマスや正月を無事に迎えることができない状態だった。それから必死に動き回り、何とか就職し安定した生活を築きつつある。今年無事にクリスマスを過ごせることに、彼は心から感謝しているのではないだろうか。その彼が言ったのは、給料が安くても安定した収入があるのは有難いということだった。まずは堅実に生きることの大切さを、身をもって経験しているようである。

 特に豪勢なクリスマスを過ごした訳ではないが、こうして普通に親戚を招き食事ができたことは、振り返ってみれば本当にありがたいことであった。
 おそらくこれから毎年やってくるクリスマスに、僕はその一年を振り返り、金銭的なことを含めその一年がどうであったかを考えるような気がする。
 今年は自分の生活を、出張で家を多くあけるものから転換させようと試みたが、見事に失敗した。中々上手くいかないものだ。幸い食いぶちを稼ぐ仕事があり、しばらくはそれで食っていけそうなので、時間をかけながら作戦を練り直したいと思う。
 やはり生きていくのは難しい。家族を抱えていると一層困難であるように思えるが、家族を抱えていることは、自分が奈落の底へ落ち切らないようにする歯止めとなっている。それがなければ、僕のフィリピン生活は今年でギブアップ。尻尾を丸めて日本へ逃げ帰っていたかもしれない。
 稼げるうちに、来年はまたじっくりと、生き方を見つめ直したいと思っている。

 こんなことを思っているところに、ママがルガオというおかゆのような食べ物を差し入れてくれた。どうやら僕の食傷気味になっている胃袋に気付いているようだ。やはり稼ぎ頭は待遇が良い(笑)この待遇を維持するためにも、来年も頑張らねばないらない。
 本音を言えば、あまり頑張りたくないのだけれど……(T_T)



↓ランキング挑戦中
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ



2012年12月25日

646.クリスマス(暗黒喫茶秘話含む)

 今日は朝からクリスマス。
 って、当たり前じゃないかと言われそうだが、我が家の様子がそうだったという意味である。
 朝食を済ませて少ししてから親戚が集まり出し、家の中には早い時間からダンスミュージックが渦巻いて、子供たちや若者(?)がリビングで踊っていた。やかましい〜!と思いながら僕はスパゲッティーのソースを作り、昼食後は好物のポテトサラダをマニラの大虎で教わった方法で作ってみた。
 さすがに料理の合間、一息つく時にはミュージックの音量を誰にも気付かれないよう、こそこそと数段階に分けて下げにいき、「ふう〜」と心を落ち着かせて違いの分かる男としてコーヒーをすするが、ちょっと目を離すと音量がすぐ元に戻る。
「お前ら〜、そんなに耳が悪いんかい〜!視力は動物並みに良いくせに!」って正直思ったが、せっかくのクリスマスにそんなことで目を吊り上げて怒るわけにもいかず、我慢我慢。
 無性に気に障るのは、ウーハーから出る超低音の内臓に響く音。あれがズンズンしてくるとコーヒータイムが台無しで、結局すぐにまたキッチンに戻り、一心不乱に料理に取り組むという一日であった。
 途中マレーシアからインターネット電話で仕事の話が。周囲のざわめき、そしてインターネット回線の悪さで会話がし辛いが、ここぞとばかり、「こちらはクリスマスでごった返している、これからインターネットも電話もどんどん繋がらなくなるので、連絡が取れなくなる」と言うと、先方も妙に納得していた(笑)
 事前の宣伝効果もあり、フィリピンのクリスマスは仕事に対するありがたい隠れ蓑になっている。

 歌って踊って奇声を上げながらはしゃいでいるとお腹が空くらしく、今日の夕食は五時頃から始まった。しかしクリスマスの本番は、二十四日から二十五日に切り替わる瞬間である。その時間をみんなで待ち、汗を流して作った料理も本来はその時にみんなで食べるものだ。夕方は料理の一部をみんなでつまみ、お腹を満たすと今度は夜中までが異常に長い。
 早寝早起きの癖がついている僕は八時を過ぎたばかりの頃、まだ四時間もあると思いながら、その後に何となく襲ってくる眠気をこらえてみんなに付き合っていた。
 何かにはしゃいで盛り上がっている親戚たちを見ていると、普段貧乏だと言ってもこうしたクリスマスを過ごせるのはまだ幸せなことだと、先日マニラの路上でたくさん見かけた汚らしい子供たちを思い浮かべながら考えてしまった。路上生活の彼らには、きっとこの日さえも特別な日でない人たちが大勢いるだろう。そんなことを考えると少し切ない気もしてくるが、こればかりは考えすぎても仕方がないしどうしようもない。
 せめて通りかかった心やさしい人たちが、小さな幸せを彼らにも分け与えてくれていたらいいなと願うばかりである。

 今日は珍しい人たちと、いくつか連絡を取り合った。僕は元旦早々、マレーシア出張のためにマニラに一泊する予定になっているが、ちょうどそのタイミングで日本から来る友人と会い、食事を共にする約束になっている。そのような折り、たまたまある方から連絡が入り、今後しばらくの自分の予定を話していると、その彼は自分も元旦にマニラに行くと言いだした。
「え? いや、その日は日本から来る友人と約束があってねぇ……」
「あ〜、僕は全然気になりませんから、大丈夫ですよ」
「え? そっ、そう? まあ、それなら……」(って、そのような意味で言ったんじゃないんだけど…汗)
 ということで、その彼は奥さん同伴で一緒に食事に参加することになった。
 すると今度は、別のある方から久しぶりにメールが入った。その方のメールに、また会ってお話しましょうということが書いてあったので、一組も二組も一緒だから、もしよければ元旦に食事しましょうよと返事を書いてしまった。
 その後また別の方と電話で話をし、その経緯を話したら、それならマニラで新年会といきましょうという話になり、もうやけくそで「どうぞどうぞ」と言う事になった。
 ちなみに以上御三方は、それぞれ皆さん顔見知り。突然一緒になっても全く問題なしの人たちである。おそらく皆さんこの記事を読んでいらっしゃると思われるが、それぞれは「あっ、これ俺のことだ」と分かるはず。しかし、記事にイニシャルも入れずに書くと、さて他の二人は誰だ? ということになるが、それは当日のお楽しみ。もっともメールで返事を出した方は、本当に来るかどうかわからない。
(ということで、Nさん、当日は賑やかな宴会になる可能性大となっております…汗)

 実は以前僕がマニラでフィリピン在住の方々と会っている時に、Nさんから、今度自分も参加させて欲しいと言われたが、僕が勝手に了解してその中にお連れするわけにもいかず、社交辞令でも是非次回は…と言うことができなかったのである。
 しかし今回の主役はNさん。誰にも気兼ねなく、Nさんに皆さんを紹介できる。皆さん有名人ばかりで、きっとNさんも喜んでくれるだろう。

 ……で、気付いたら夜の十二時を回っていた。僕はここまでの原稿をダイニング横のテラスで書いていたが、涼しい風に心地よさを感じながら、テーブルにつっぷして寝てしまっていたようだ。モナにつがれたワインも効いていた。モナに起こされた僕はそのまま二階に上がり、今はもう二十五日の朝食後。足かけ二日の原稿である。

 昨日、僕に一つのクリスマスプレゼントがあった。ブログ村に登録しているこのブログ。最近は順位もさして気にならないが、前回の記事がブログ村注目記事ランキングで十位以内に入った。初めてのことだと思われる。僕が認識している中では、最高で二位まで上り詰めた。「暗黒喫茶」というタイトルにつられてクリックした方が大勢いたのだろう。内容を見てがっかりした方には申し訳ないと思ったが、それでも何かで賞を取った時のように、正直に嬉しかった。
 これにはギョウちゃんからも、祝福のお言葉を頂いた(笑)ついでに、今度暗黒喫茶を案内して欲しい、もう顔でしょ? という、大きな誤解を伴うお言葉もあった。
「顔? とんでもない」と言った僕は、先日の暗黒喫茶でのエピソードを紹介した。

 今回暗黒喫茶でしばらく楽しく話をしていると、ある女性が僕たちのテーブルに現れた。その彼女、実は初めて暗黒喫茶に行った時、僕の背後から僕の服をつんつんと引っ張り、「ねえ、私とデートしよう」と言ってきた子であった。僕は反射的に「バキィーット?(なんで?)」と言ってしまい、この場でそれは愚問だったと気付いた時に、彼女は「あなたは私のタイプだから」と答えた。
「いやぁ〜、それほどでも…」と頭の一つも掻いて答えておけばよかったが、ゆとりのない僕は彼女の顔をまじまじと見つめ、僕をタイプと言ってくれる人のタイプに見られる外観的共通性をそこに見出しながら、冷や汗をたらして固まってしまったのである。
 よって僕は、彼女のことをよく覚えていた。その彼女、先日僕を見るなり「初めまして」と日本語で言ってきた。僕はそれに対し馬鹿正直に、「初めてじゃないよ、前に会った、覚えてない?」と言ってみると、「覚えてない!」と、まるでその言葉の前につける、「全く」とか「ぜんぜん」とか「さっぱり」という類の言葉を省略したような態度と口調で、きっぱり言われてしまったのである。
 僕は本来がっかりする必要性など微塵もないのだが、なぜか密かに虚しさを感じてしまい、「愛している」とか「あなた素敵」みたいな言葉は彼女たちの「こんにちは」だというSさんの持論の真髄を久しぶりに味わったのである。久しぶりということもあり、大げさに言えば叩きのめされるような感覚もあったのだが、少し時間が経ってみれば、負傷兵相手にこの体たらくは何だという、自分に対する情けなさが気持ちの沈んだ一番の要因だっただろうと分析し、自分の中でこの問題に決着をつけた。
 ということで、あそこで本当の顔になるためには、涙ぐましい努力(人間的魅力を兼ね備えることも含む)が必要であることをギョウちゃんに説明し、僕のような青二才があそこを案内するには百年早いと言ったのである。
 ギョウちゃんは、いやぁ〜、面白い、面白いと言いながら、僕の話に百二十パーセント納得してくれた……ようだ。

 昨日我が家を訪れてくれた親戚たちは、全員我が家に泊まった。そして今朝は第二陣がそこに合流。よって今日も朝早くから我が家はクリスマス(笑)近場にいればうるさいと思うが、このにぎやかさが何かで脅かされたら、それはこの騒音公害をはるかにしのぐ寂しさとなるだろう。結局はこれで幸せなんだと、自分の中で決着をつけつつあるクリスマスの二日目である。



↓ランキング挑戦中
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ



2012年12月23日

645.暗黒喫茶

 クアラルンプールの空港で搭乗間際にどたばた投稿してから、しばらく失礼してしまった。
 あれから予定通り、翌早朝マニラ空港に到着した。着陸時刻は予定通りだったが、早朝にも関わらずなぜか空港は混雑しており、着陸した飛行機は到着ゲートに辿り着く前に渋滞に巻き込まれ、長い時間の走行停止に伴い何度もテンポラリーストップだと機内アナウンスが流れた。
 ようやく飛行機を降りても、今度はイミグレーションで長蛇の列。こんな時にiCardを持っている人間は空いているブースを利用できるから良いと思ったが、僕の運もそこまで。結局その後預けた荷物の出てくるのが遅く、大きく時間をロスしてしまった。
 マニラでは、先にマニラ入りをしていたSさんと待ち合わせ。僕も同じホテルを予約していたが、チェックインまで時間があるのでSさんの部屋に招いてもらい、一緒に部屋についている朝食を御馳走になり、更にSさんの好意に甘え、Sさんの部屋で風呂まで入らせてもらうという暴挙を犯してしまった(汗)。
 ふろ上がりでさっぱりしたところに、部屋に掃除のお姉さんがやってきた。僕とSさんを見たお姉さんの顔に一瞬困惑の表情が浮かんだように見えたのは気のせいだったのだろうか。少々乱れた大きなダブルベッドを綺麗にしながら、あのお姉さん、余計なことを想像していないだろうかと、ふろ上がりの汗と冷や汗をぬぐいながら小心者の僕はこの想定外の出来事にたじろいだが、大物のSさんはそんなことはあるわけがないときっぱり否定していた。Sさんは、お姉さんがベッドシーツを新品に交換してくれなかった事の方が、よほど想定外の出来事だと言わんばかりにそれを驚いていた。
 これが仮にギョウちゃんだったら、見た目があのパープルレインを歌ったプリンスに通じる濃さがあるので、あらぬ関係をホテルのお姉さんに疑われたら恥ずかしさ満点だが、Sさんの場合「見た目」はそれほど濃くないので、まだ救われた(笑)

 さてここまで書いて、Sさんの了解を取らずこのまま勝手に書き進めて良いものだろうか……と思ったが、二日間の密度の濃い僕とSさんのミーティングに途中参加されたHさんに、Sさんが豪快に「書きたいことがあれば書けばいいじゃな〜い!」とおっしゃっていたのを思い出し、先を進めることにする。本日の記事は、僕が是非書きたいと思う内容だからである。

 Sさんとは何度目のミーティングだろうか。三度目? と振り返りながら、そんなに少なかった? と思えるほど親近感を抱いている自分が正直言って怖い。鋭利な刃物を連想させるほど頭がシャープなSさんは、直接お会いしている時にはそれをできるだけオブラートに包み込んで気軽に接してくれるが、こちらが図に乗っていると足元をすくわれるような怖さがある。しかし初めてお会いした時は二人ともそれなりに表面的な話に終始しながら話題が尽きず、大変楽しい時間を過ごさせてもらい、二度目の時にも同じであった。そして今回が三回目。会うたびに話の深さが増し、話題や話の内容にお互い地が出始めていることを感じるようになってきたが、それがまた心地よく感じてしまう。相手の地が見えそして自分の地を出して心地よいというのは、自分にとってこれは中々お目にかかれない出会いであったと、僕は勝手にますます確信しているのである。
 Sさんとのミーティング二日目、昼から奥さん同伴で合流したHさんと、Sさんと僕の三人で話が盛り上がっていた。Hさんの奥さんはホテルの部屋でモナと話をしながら僕たち三人とは別行動。しばらくしてからHさんの奥さんとモナや子供たちがモールへ買い物へ行くためホテル一階のコーヒーショップにやってきたので、僕たちは夕食の待ち合わせ時間を決めて気持ち良くホテルを送り出した。

 買い物組みの姿が見えなくなるのとほぼ同時だったと思われる。それまで話に盛り上がっていたSさんの姿も突然消え、あら? っと思って周囲を見回すと、Sさんはコーヒーの会計をしていた。そしてテーブルに戻ってくるなり、さあ、それでは我々も場所を変えますかという話になった。ここは阿吽の呼吸で、Sさんが何をおっしゃっているか僕とHさんは瞬時に理解できてしまったのがまた怖い。まだ明るい時間、監視役がいなくなった途端に場所を変えるというのは、あの暗黒喫茶へ行くことを意味する以外あり得ないのである。
 昼食時、我々グループのリーダーを自認していると宣言したSさんは、先頭に立ってずんずんとホテル出口に足を進める。このような時のSさんは、決めるのも早いし決めたらまた行動が早い。人間には遠慮や躊躇があることをよく知っていて、そんな余計な考えを封じ込めるような動き方が普段のSさんにある。大胆に即決即断、即行動のSさんに、僕はいつもSさんの大物ぶりを感じてしまう。こうして僕とHさんは、暗黒喫茶へと導かれて行ってきたのである。僕は二度目の暗黒喫茶訪問となった。

 さて、一部の読者のために暗黒喫茶を簡単に説明しておくと、そこは先日話題になった売春のメッカ。お酒を飲むバーに客を探しにくるフリーのお姉さんたちが、たくさん集う場所である。見た目はアメリカンバーのようなお店だが、今やそれで有名になっているので、客もそのような女性を探しに行く場所となっている。
 入り口からすぐのフロアの中央にカウンターバーがあり、各種アルコールがずらりと棚に並んでいる。会話の妨げにならない適度なうるささで軽快な音楽が店内に流れ、注文を取ったり酒や料理を運ぶ赤いミニスカートやショートパンツをはいた店の女の子が所狭しと動き回る中、小さな背の高い丸テーブルには様々な人種の客が足の長い丸椅子に座り、私服姿の女性を相手に飲んでいる。そこで意気投合すれば、客はその女性と一緒に店を出る。

 暗黒喫茶で顔の売れているSさんが一緒のため、僕たち三人は店に入ってすぐに若い女性(僕たちに比べれば)たちに取り囲まれた。こちら三人に対し、向こうは八人? 時々女性の仲間がフラリと現れるので、述べ十人ちょっとというところだろうか。
 Sさんを取り囲む女性たちは、Sさんに負傷兵という称号をもらっている。
 この負傷兵という言葉に、僕は当初、何か悲惨な印象を持っていた。そして前回暗黒喫茶を訪れた時には、あ〜、確かに歯が欠けていたりお腹の肉付きが異常に良かったり、極端に狐顔だったりビヤダル体型だったり、これは悲惨だと心からお悔やみ申し上げたい気分になった(笑)
 そして今回もそれと似たりよったりの負傷兵に囲まれ同じように悲惨だと思ったが、ふと、この人たちに客がつくのだろうかと思った瞬間、僕はようやく負傷兵の本当の意味を理解した。つまり彼女たちは、最前線で十分な働きができないことが容易に想像できるから負傷兵なのかと。
 毎日のように客をつかんでホテルの部屋に潜入できる女性は、もっと綺麗で若い子だろう。その意味で負傷兵とは、旬を過ぎ、それでも生活のために毎日暗黒喫茶に通い奇特な客を根気よく探しているというわけだ。
 なるほど言い得て妙だと、今頃納得している自分が恥ずかしくなる。

 負傷兵は当然のごとく、僕にもお誘いの言葉をかけてくる。隣に座り腕を絡めたり僕の体や腕をマッサージをしながら、こちらがその気になるのをじっくりうかがっている。Sさんがそれに気付くと、突然立ち上がり女性に人差し指を突き出して大声で「触るんじゃな〜い!、ドーントタッチ!」本気で負傷兵に怒鳴る。楽しく周囲の女性との話に盛り上がっているSさんが、豹変してリーダーとして強権発動すると、僕は驚いて口を開けたまま何も言えずただ笑っているだけとなる。
 いくら誘われてもホテルに連れ帰ることができない僕たちは、粘っても時間の無駄であるから、ある意味彼女たちの貴重な時間を食いつぶしていることになる。よって僕は隣にいた負傷兵に、自分はフィリピン女性と結婚しているから、いくら誘われてもあなたをホテルに連れていくことはできないと話した。すると彼女は、「今だけ、内緒にすれば大丈夫」などと言ってくる。
「ホテルに奥さんも一緒に泊まっているんだ」
「ラブホテルもあるから、そこに行けば大丈夫よ」
「いや、僕と彼(Hさん)の奥さんは今モールで買い物をしている。二時間もすればホテルに戻ってくるから、それは無理だよ」
「あ〜、そうか」
 こうやってあらかじめ正直にどこにも連れだせないことを申告し、そのことを納得しているようにも見えたが、それでも彼女たちは僕たちの周りから離れない。負傷兵であるがゆえに、僕らの周りを離れてもたかが知れているということだろうか。

 Sさんは負傷兵たちに向かって、お前の腹の肉はなんとかならないのかとか、その鼻がどうにかなればもう少し売れるのにとか、年齢詐称に嘘つけ〜と遠慮のない言葉を大声で浴びせる。本当に口が悪いが、彼女たちはそれを聞きながらゲラゲラと下品な大きな笑い声をあげ、時々怒るそぶりを見せても結局会話を楽しんでいる。
 僕の隣に座った負傷兵は美系とは程遠く、では男をそそる胸があるかと言えばそれもなく、一見何が取り得かと思わせる女性だ。
 これでは客を捕まえるのは大変だろうと、僕も少し彼女に聞いてみた。
「お客さんはどの程度の頻度で捕まるの?」
「忙しい時は毎日一人ある。でも暇なときは四日間連続で客が捕まらないこともある」
「四日間もないと、ずぅ〜っとここに通って、こうやってお客さんを探すわけ?」
「そう、ここは上にシャワールームがあってそれを使うことができる(有料で金額も聞いたが、いくらか忘れた。百五十ペソくらいだったような気がする)から、家に帰らずここのシャワーを使って仮眠してお客さんを探すこともある」
「四日間もお客がいないと、大変でしょう。喉が渇いてお腹も空くし、体も疲れるし」
「そうよ、でもね、本当のことを言うと子供がいるから、頑張るしかないのよ、あっ、これは本当の話よ」
「子供は何人?」
「五人いる。一番上は十六歳、その下は……」(全ての子供の年齢を聞いたが忘れた)
「はあ? あなた何歳なの?」
「いくつに見える?」
「三十五? 一番上の子供は十六歳でしょう?」
「今三十二歳、最初の子供は十六歳の時の子供」

 少々驚きだ。現在は負傷兵にしか見えない女性に子供が五人。父親の話しなど込み入ったことは聞かなかったが、現在は旦那も恋人もいないそうだ。かつて少しの期間日本人の恋人がいたので、それで日本語を少し話せるようだが、「その恋人もほとんど日本にいた」などという話を聞けば、相手は彼女を恋人だと認識していた可能性は低い。子供たちは女性の親と一緒に、マニラから三時間ほどの町に住んでいるようだ。
「これは内緒だけど、ここで働いている女はみんな子供いる」
 体型が崩れた負傷兵は、まあ子供の一人や二人はいるだろうことが予想できる。若い子でもそのケースは普通だと思っていた方がよい。そして内緒と言いながらも、内緒というのが嘘である場合もあり、生活苦を訴えるのは彼女たちの常套手段であることも多い。しかし僕は、彼女に子供が五人いるのは本当のことだろうと信じたし、生活が大変だろうことも聞かなくても想像できた。
 おおよそは相手の態度、話し方、話の内容で、どの程度真実味があるのか分かる。まして相手は負傷兵だ。客を捕まえるのが大変なことは見ただけ分かるし、おそらく客を捕まえる場合、値段交渉で相当女性が譲歩しているだろうことも分かってしまう。

 Sさんの受け売りだが、彼女たちは最初から自分たちの職業を明白にしている。その辺のKTVで疑似恋愛をしかけながら、薄皮一枚をちらつかせて駆け引きをして少しでも多くのお金を客から引き出すのとは違う。そこには自分がKTVで雇ってもらえないことを自覚する潔さがあり、KTVよりずっと正直でストレートな会話がある。もっとも、心のどこかで女の幸せを探しているだろうことは、どちらも共通して持っている心情だろう。

 途中Sさんから問いがあった。
「ここで唯一食べられるものがあるんです、何だと思いますか?」
 僕はこの正解を答えることができなかった。
「ピザが意外といけるんですよ、お前ら〜、お腹空いてるかぁ〜?」
 負傷兵たちにそんなことを確認してから、Sさんはピザを頼んだ。出てきたそれを一切れいただくと、確かにそれは僕がこれまでフィリピンで食べたピザの中で一番美味しかった。日本でも十分通用するほどだ。僕の隣にいた負傷兵にそれを勧めると、彼女は遠慮しながらそれを取って少し食べたが、気がつくと全く別の場所にいた友人に、その大方をあげてしまった。友人がお腹を空かせていたらしい。
 僕はそのような態度が好きでたまらない。見た目は負傷兵でも、体を張って生きることに前向きで、そのようなすさんだ生活をしながら人を思いやる心を忘れないところが素晴らしいのである。

 時々たばこを頂戴と言ってくる女性がいる。たばこの一本や二本、気軽にあげようとすると、Sさんから警告が飛ぶ。
「そいつらを甘やかすと図に乗るから止めて下さい、おっ、おい、こら〜、自分で買えぇぇぇ〜!」
 大きな身振りと声で、Sさんはそんな女性たちをけん制する。しかし僕は、隣の女性に聞いてみた。
「あの人、口は悪いけど優しいでしょう?」
「そう、いつも優しい、それ分かるわよ」
 だからSさんの周りに負傷兵が集まる。生活苦に体を張って生きている彼女たちは、恵まれた女性よりも人の優しさを見抜く力がある。女性側にそこに付け込むケースがあったとして、付け込まれてもたかが知れているなら、こちらも細かいことは気にせずそこで大笑いをして楽しめばいい。飲み代や些少なチップなど、KTVで遊んだ金額に比べれば安いものだ。
 Sさんから離れない女性に聞いてみた。
「Sさんと寝たことはあるの?」
 彼女は口をつぐんで、曖昧な態度をとった。客のプライベートに関することで口が軽くならないところがよい。
「Sさん、彼女をホテルに連れていったことはあるんですか?」
「ありますよ、やってはいないですけどね。朝起きた時にこいつの顔が横にあった時には驚きましたよ」
 目の前にいる負傷兵たちをボランティアで食事やホテルに連れ出しても、やっていないというSさんの言葉を信じるのは簡単だった。僕でも同じかもしれないと思えるからである。しかし、友達のようなコミュニケーションが取れる負傷兵たちは、そういった付き合いも安心してできそうだ。中にはホテルに連れ帰ったら、財布から金を抜くなどのたちの悪い女性もいるからだ。
「僕は日本人がそんな危険な目に遭わないよう、いつもここで監視しているんですよ」
 危険だと分かっている女性を連れ出そうとする日本人に、そんな美人は止めなさい、こちらの負傷兵の方が安全だからと勧めるのだろうか(笑)
 やや詭弁がかったその言葉さえ、そのようなことも本当にあるのだろうと僕は信じている。

 僕は二時間弱相手をしてくれた子供を五人抱える女性に、誰にも気付かれないようこっそりチップを渡した。大勢の負傷兵がいる中、彼女だけにチップを渡すのは不公平になるため、細心の注意を払って渡したつもりだ。本当は全員に渡せたら良いのだが、さすがにそれだけの財力はない。
 すると帰り間際、とても驚いたことがあった。Sさんがお札を一枚手に持ち、一人一人に、あなたは五十ペソ、あなたは百ペソと、適当な笑える理由をつけて指さし確認しながら、Sさんの隣に座る女性にそのお札を渡したのである。宣言したチップ金額を合計しても、まだ余りがでるはずだが、僕はそのスマートなチップの渡し方にほとほと感心した。

 ホテルに戻るタクシーの中で、Sさんが笑いながら言った。
「あれで彼女たちは、自分の取り分を巡って喧嘩をするんですよ」
 本当にスマートな方である。あらゆるところで楽しんでいる。
 楽しませてもらうぞ、楽しんだ代価としてチップを払うんだ、ただで恵んでやるんじゃない。
 Sさんの全ての態度がそう言っているように見えてくる。
 それが大切だと僕も思っている。お金を差し出す時に、一つ一つに意味を持たせるべきだということを、僕もフィリピンで学んだ。
「みんながああして、少しずつ楽しんだ代価をチップとして渡してあげたらいいんですけどね」
「そうそう、本当にその通り」
 
 このバーを暗黒喫茶と命名したのはSさんのような気がするが、通う人の気持ち次第で、暗黒という名前とは裏腹の明るや楽しさをそこに見出すことができる。
 売春という言葉の響きにも何か暗くて後ろめたい響きがあるが、そのメッカである暗黒喫茶の実態を是非紹介したくなり、この記事を書いてみた。
 誤解を招かぬように言っておきたいが、僕はこの記事で、何かを訴えたいと思っているわけではない。ましてや以前の売春記事に絡めて書いた記事でもない。楽しかったひと時を、ありのままに書いて紹介したいと思っただけである。
 明日はいよいよクリスマス本番。暗黒喫茶で働く女性にとっても、幸せなクリスマスになって欲しいと心から願っている。



↓ランキング挑戦中
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ



posted at 10:19
Comment(6) | TrackBack(0)
カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:645.暗黒喫茶

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。