フィリピーナと共に
ブログ構成がわかる目次はここから入れます
2015年07月14日

746.既に始まっている経済戦争

 現在の景気動向責任が共産党や政府に及ばないようにしろと、中国政府から関係省に指示が出たのはいつだったか。そして今回、資産凍結に等しい措置(たしか5%以上保有し、経営権を持つ株主は向こう六ヶ月間、株の売却禁止)が決められたりと、中国経済動向が不穏だ。経済の不安定さについては昨年から多くの兆候があったけれど、今、中国経済はやはり統制経済だと、改めて思い知らされている会社や個人の方々も多くいるかもしれない。(実は世界中が、統制経済の要素を多く持っているけれど)

 そもそも中国は、公表されない部分が多すぎて怪しい。
 例えば中国人民銀行が今年四月に発表した外貨準備高は約446兆円となっているけれど、中国の米国国債保有高は約140兆円ほどである。ゴールドも保有しているけれど、それが外貨準備高全体の1.5%しか占めないとのことなので、それでは残りは何なのか? という疑問が出てくる。
 中国政府はこの内訳を公表せず、ベールに包んでいる。中国の日本国債保有高は、おそらく20兆円規模(不正確、予測)で、それ以外の国の分が多少積み上がるとしても、少なく見積もって外貨準備高の50〜60%は内訳予想すらできない状態だ。
 さて、実際、本当にそれだけあるのだろうか? つまりこの446兆円というのは、例えば単なる額面であって、実際の評価額ではないのかもしれない。とすると、何らかの投資で大きな損失を出したとしても、あるいは損失が出たように見せかけて誰かが掠め取っても額面は変わらずという状況にあり、この巨額資金の実態は、実は混沌としていることが十分考えられる。
 このような背景の中、最近の9ヶ月間で、中国のこの外貨準備高から31兆円も無くなってしまった。もちろん中国は盛んに海外投資をしているけれど、それにしてもこの減り方は異常だと思われる。最近中国共産党幹部(周永康)個人の不正蓄財が露見したけれど、金額は1兆円を超えると報じられた。これは個人の不正蓄財として、どうしたらそんなにと想像すら難しいほどの巨額である。こうなると、露見したのは氷山の一角ではないかと思われても仕方がない。つまり外貨準備高の急激な目減りは、中国共産党幹部の不正蓄財分などが、急激に不正な形で海外に流れているのではないかという推測に繋がってくる。
 そして、中国の米国国債保有高が減少している事実(これにより日本が僅差で世界一位となった)も興味深い。これは、もし中国元が値下がりすれば、中国国内の外資引き上げに拍車がかかるから、中国は中国元価格維持のため、懸命にドル売り人民元買いの介入をせざるを得ない状況に陥っているのではないか、と推測できる。
 これらの様子から分かる通り、中国は今、何かを必死に食い止めようとしている。何かとは何かよく分からないけれど、中国金融市場の信用に関係する様々なことについて、中国は隠蔽、捏造、強行策を練ったり実行しているようだ。

 個人的には中国の経済が破綻しようがどうなろうと知ったことではない。むしろ本音は、あのような国は消えて無くなってしまえばいいとさえ思っているけれど、実際にそのようなことがあれば、13億の民がどうするか、それが怖い。難民も発生すれば、何かを決起する人も出てくるだろう。現在の共産党軍も、つっかえ棒がなくなればどうなるか分からない。そしてもしかしたら、中国はいくつかの小国に分割されるかもしれない。その過程で、世界経済への影響が大きな爆弾となる。
 様々な形で日本にも影響が出るだろうけれど、間接、直接に僕の今働く会社の景気にも影響する可能性がある。会社の景気が悪化すれば、僕は自分の首を心配しなければならず、つまり中国経済動向は、僕にとって意外に身近な問題なのだ。
 実際、最近も九州の何かの老舗が、中国投資の失敗でつぶれたけれど、同じような境遇の会社は日本にも多い。そして中国に立ち上げた会社の経営が行き詰まり引き上げようとしたところ、設備その他の資産は全て中国に残していけと脅されたり、中国人社員の訴訟があったりと、今現在、中国で立ち往生している日本企業が多数ある。中国は、政治的圧力や国民の横暴などのカントリーリスクが満載だけれど、つぶさに見渡していけば既に具体的被害が散見されるのが実情だ。もちろんその反対に、中国を上手に利用して利益を上げる会社もあるのだから、一概に中国の良し悪しを論ずることはできないのだけれど、中国に大きな変化があれば、それは多くの日本人を含む世界中に影響を与えるだろうと思われる。

 ただし、である。少し脅かすような話しをしたあとで何だけれど、株価暴落について中国と日本や米国のそれは少し違った見方をしなければならないと思われる。
 中国の株暴落は明らかにバブル崩壊であるけれど、それは日本やアメリカのそれとは少し違う。
 日本やアメリカの場合、株価の上下が日本の景気動向を表しているわけではない。これは文面通りに受け取られると、それは違うと言われそうだから説明が難しいけれど、既に多くの人がお気づきの通り、アメリカや日本は、実態経済における成長がほとんどゼロである。それにも関わらず株価が上昇し含み益が増えると、帳簿上、さぞ景気がいいようになって金回りがよくなるわけだけれど、これはあくまで金融経済の状況が功を奏しただけの話しだ。だからアメリカや日本でバブルが崩壊すれば、実態経済の伸びは全く大したことがないから、たちどころに深刻な不景気に陥ってしまう。
 それに対し中国の場合、最近成長率が落ちたと言っても、実態経済成長率は7%前後を維持している。この数字をどこまで信じるかは別として、多少目減りさせて考えても、中国ではそれなりの実態経済成長があるのは間違いない。つまり株価が下がっても成長実態があるため、中国は日本やアメリカほどバブル崩壊の影響が目立たないのである。もちろん金融商品や不動産の値上がりだけで踊っていた人は大変な損害を被っているだろうけれど、きちんと付加価値のある物やサービスを売っている人は、それが売れているうちはすぐに死ぬことはないのだ。実際リーマンショックあとの中国バブル崩壊は、今より酷かった。だから僕も騙された口だけれど、どれほど酷いことになるのか興味津々で見ていたら、あまり大したことがなかった。
 この辺りがアメリカ、日本と中国との大きな違いとなっていて、つまり中国の底力は、普通に考えるよりもはるかに大きいようである。
 
 前置きのつもりで書き始めて、随分この手の話が長くなってしまった。
 ここまで書くと、嫌いな中国のすごいところをもう少し書きたくなってしまう。
 株や債権、あるいはお金などは、信用が落ちれば価値が暴落したりただの紙切れになる金融商品だけれど、それと対極にあるのが金(ゴールド)である。つまりゴールドは、その物自身が信用に頼らない価値を持つとされるものだ。この対極の関係に存在する金融商品とゴールドをめぐり、アメリカと中国が熾烈な戦いをすでに始めている。(ちょっと大げさかもしれないし、専門家は一笑に付すかもしれないけれど、僕はあながち外れていないと思っている)
 以前の記事で触れたように、モナが金(ゴールド)の売買で何かをしようとしている。そこで僕が彼女に質問をした。
「金は必ず上がるのを前提にストーリーを作っているようだけれど、金のプライス(価格)がどのように動いているのか知っているの?」
 彼女の答えは、知っている、知らないのいずれでもなく、「金は下がることもあるの?」であったから、僕はびっくりし過ぎて笑った。そして僕は「もちろん、短期的に上がったり下がったりする」と答えたし、「長期的にも上がったり下がったりする」と言った。
 今度はモナがそのことに驚いたようで、彼女は絶句し、彼女が絶句した様子に僕も知ってはならないことを知ってしまったような気がして絶句した。
 内心で僕は、そんなことも知らずに金の売買で儲けを確信しているこの人やその仲間たちとは、いったい何者なのだろうと思ったのである。
 
 数年前、金を扱う人間から、「実は金はずっと値上がりしているんですよ」と、綺麗な右肩上がりのグラフを見せられ言われたことがある。僕はそのあと自分自身でそのことを調べ、確かに本当だと確認した。そのグラフが何年から何年のものかよく覚えていないけれど、つい最近まで、確かに金の価格はぐんぐん上がっていたのである。
 もう少し具体的に言えば、金(ゴールド)の価格は1980年に少し上がったあと、為替レートとはまったく連動せずに20年間と少しは比較的安定した価格を保ち、それが突然2002年辺りから上昇をみせ、その後の10年間、2012年まで急激に上昇した。そして2013年、2014年と下がり始め、まだ下げが止まらず緩やかに下降しながら現時点に至っている。
 10年間上がり続けた金が、なぜ2013年に突然反転したのか。その近辺の金に絡む出来事を探ると、2011年夏、アメリカで金の売買を禁止する法律が制定されていることが分かる。実は、この出来事と実際の金の値動きが、金融市場の一つの戦略的側面を見せる面白い出来事なのである。
 この法律は、表向き、国民が詐欺(金をだしに騙されたり粗悪品をつかまされる)に遭うのを防ぐというものだけれど、実際は違う。
 僕は先ほど、ゴールドはそれ自体に価値があり、株や債権やお金と対極にあると書いた。この法律の真の狙いは、まさにここにある。
 実態経済で成長を見込めないアメリカは、その屋台骨を金融経済に頼っている。しかし、もしアメリカ国民や世界中の人の関心がゴールドに向かえば、ドルや株の値下がりを食い止めることができなってしまい、屋台骨を支える金融経済がダメージを被って本当に深刻な事態になってしまう。
 よってアメリカは、ゴールドの価値を下げる必要があると考えた。そこでゴールドの売買を禁止し、ゴールドの流通性、流動性を悪化させることで値下げを画策した、ということだと僕は思っている。事実、当時アメリカでは、株を手放し資産をゴールドに替える動きが活性化していた。
 アメリカは、ゴールドが株やドルの最大のライバルであるとその時点で気付いたのか、もしくはずっと知りながらゴールドの値上がりを放置していたのか知らないけれど、とにかく売買禁止法はそのような点に狙いがあり、実際にはその狙い通り金の価格が下がった。
 ゴールドの価格が下がるのであればと、市場の顧客は株、国債、ドルに戻ってくる。これでアメリカは、金融経済で支えられた自国経済の延命を達成した。
 このままゴールドの価格が下がり続ければ、アメリカはしばらく一息つけたはずだが、どうもここにきて、雲行きが怪しくなってきた。それが中国の存在である。
 さて、ゴールドの価格というものは相場で価格が決定されているけれど、値決めの主導権を握っているのは英米二国の銀行である。そこに、今年突然、値決め銀行として中国銀行の参加が決まったと発表があり、中国商工銀行も値決め参加を検討していることが明らかになった。 
 つまり中国は、今後ゴールドの価格を操作できる一員となり、アメリカ経済に影響を及ぼすことのできる立場になった、もしくはこれから、強力にそれを進めていける立場になろうとしているのである。つまり中国は、アメリカの弱点をしっかり見抜き、経済均衡を崩そうと企んでいるのだ。
 よって中国の狙いは、英米がゴールド価格を不当に下げることを止めさせたいところにあり、金本位制に戻すための攻勢をしかけてくる。ただしその前に中国は、国内の金保有量を上げるため、まずは安いうちに買いだめしておこうとしているから、まだ金のプライスに目立った動きは出ていない。
 さて、こうした動きを見ていると、金はこの先アメリカの思惑通りまだ下がるか、それとも中国が狙う通り上がっていくかさっぱり分からなくなってくるけれど、とにかくこうした金融戦争の勝敗を決める一つのファクターとして、ゴールドの価格が注目されていかなければならないことは間違いない。
 ゴールドの売買をしようとするなら、これらの動向は知っておいた方が、知らないよりはよいだろうと思われる。ゴールドの価格は上がる一方と信じ込んでいるモナに、僕はこの説明をしていないし、説明するとしたら相当の労力が必要になりそうだから説明するつもりもないけれど、こうなってしまえば、今後世界情勢がどうなっていくのか本当に分からない。
 中国は手に入れた膨大な経済規模を背景に、こうして果敢に覇権奪取を狙っている。実に頭がよくてしたたかだ。
 日本が独裁だ、戦争だ、徴兵制だと騒いでいる間、中国はあの手この手を使い世界への影響力を強め、かつ支配へと突き進んでいる。もし中国とアメリカの経済バランスが崩れたら、これから中国は、ますます幅を利かせて突き進むだろう。

 こんな中国に、僕は日本の平和理念など通用しないだろうと思っている。目的のために現状を分析し、あらゆる手段を模索し、そしてときには賢く、ときには強引にそれを実行に移す国が中国だ。
 問題は、そこの首脳部に平和主義のへの字もないことである。自国民や近隣諸国に、平気で銃弾を放ってきた中国の近現代史が、それを明白に物語っているからである。
 日本の共産党よりの人たちは、中国がアメリカを倒すことを願っているのだろうが、中国は冒頭で述べたように、支配欲、経済欲が渦巻き内部は腐敗だらけだ。もし今、世界のバランスが中国に傾けば、次は日本も狙われる。それが経済支配になるのか、それとも軍事支配になるのか分からないけれど、それこそ一党独裁政治が日本を色濃く染め始め、本物のファシズムが平和な日本の中に見え隠れするはずである。
 かつてメートル法を定めた学者がいる。自分たちの足を使い、一メートルの長さを決めるために北と南に分かれて測量の旅に出た二人の学者だ。二人は途中で測量誤差に気付き途方にくれながらも、今多くの人が使うメートルという単位を定めたのである。
 しかし、当初このメートルの普及が芳しくなかった。このとき彼らは、
「人間は常に、学べば分かるより良い方法よりも、慣れているより悪い方法を好む」
 という名言を残している。
 中国が相手の弱点を見つけどんどん攻略を重ねている間、日本人は憲法9条が世界の平和を作るなどという妄想を持ちながら、不毛な議論や行動に時間を費やしているのだ。この様子を見ながら僕は、「人間は、慣れているより悪い方法を好む」という言葉を思い出してしまうのである。
 日本でおかしなことを言っている人たちは、もう少し現状を学び、臨機応変に現実的な対応の道を探るべきではないかと、僕は心から思ってしまう。

 本当はモナの弁当の話を書こうと思っていたのに、なぜかこんなことになってしまった。
 次回はできるだけ退屈な話を避け、アットホームな話題を投稿したい。



↓ランキング挑戦中
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ



2015年06月24日

743.安全保障法制法案について3

(前回の続き)
 このようなアメリカ情勢の中、今世界各地で起こっている衝突や摩擦は何か。
 つまり、ISILが世界の耳目を集めたけれど、彼らが行っていることは何か。中国がチベットや南シナ海で行っていることは何か。韓国が日本を敵対視するのは何か。ロシアがヨーロッパを牽制し始めているのは何か。アメリカが中国を意識するのは何か。
 これらの対立や侵略、摩擦の中に、かつての米ソ冷戦に見たような主義の違いはない。宗教的対立の背景もない。ISILはイスラム教を掲げているけれど、それはたまたまであって、彼らが目指すのは自分たちの存在を世界に認めさせることである。もちろんISILの産みの親、育ての親がアメリカであることは承知しているし、ISILの言動には、あまりに都合よく利用された民族としての怒りが含まれていることも想像に難くない。
 つまりこれらは全て、民族としての主張や民族としてのエゴ拡散、押し付け、貫きであって、よって僕は現在の状況を、民族主義の台頭と述べたわけである。その背景には、アメリカの暗躍、策略、その失敗と影響力の減退などが密接に関わっていると思われる。同時に中国の悲願は、アメリカに代わって世界の国々を実質上自分たちの配下に置く、世界の覇者になることである。強大な権力を手に入れ、思うがままに世界を操りながら自分たちの私腹を肥やしたい、その一心だろう。そのため数年前より、軍拡はもとより、世界各地への大々的な資本投下など、中国は様々な手を具体的に打っている。もちろん金融面では、中国元が世界でイニシアティブを取ることが中国の悲願であり、実現可能かどうかは別として、前述のIAABはその布石の一つと考えるべきだろう。
 もちろんアメリカの本音は、中国の勢力拡大をできるだけ食い止めたいところにあるはずだ。これは決して世界平和のためではない。アメリカのすることは、世界平和、正義の名の下、自分たちの利権を維持し、それが脅かされるのを食い止めるためであることは明白だ。それはかつて日本が開戦に追い込まれたときのように、いつでも策略と事実の捏造によって行われる。
 よってアメリカは現在、インドとの急接近を果たし、日本を始めとする東南アジア諸国との関係を見直し、その中にオーストラリアまで含めている。こうして中国包囲網を強化しようとしているのだ。
 本来アメリカは、韓国にもその陣営に入って欲しいはずだけれど、しかし韓国の態度が曖昧かつ韓国が中国とアメリカとの間でコウモリ外交を繰り返していることから、アメリカは韓国を見放そうとしているように見受けられる。そんな状況とともに、従軍慰安婦問題を始めとするアメリカの対韓国政策において、米国議会や米国国民の考え方、意見の方向性が大きく転換されつつあるのだ。韓国はそれに対し不満を漏らしながらも、孤立する恐怖に怯えだしている。同時に韓国は無能な指導者を持ったことで、経済状況を含む国内状況が目に見えるほど悪化した。干ばつや伝染病がそれに拍車をかける中、不思議とあの国を助けようと動く国がないことが、ますます孤立感を高めている。韓国はこのまま、中国の属国になる道を選ぶのだろうか。
 
 話しを戻すと、今の世界は露骨とも言えるほど、弱肉強食の時代である。資本主義システムに先鞭をつけた国が力をつけ、それらの国々が後塵を拝した弱い国から搾取し、ますます力を蓄えるという構図である。既得権益を持つ国々はそれを手放したくないし、搾取される側の国では、権力者が国民の犠牲の上に自分達が潤えばよいという政策が見え隠れする。発展途上国と呼ばれる国々では、権力者が、まるで国民を差し出して自分達の安泰を保証してもらっているような格好だ。
 経済的な力関係が中々縮まらない仕組みの中で、どの民族も世界で大きなイニシアティブを発揮できる国でありたい、搾取される側より搾取する側になりたいと願っているのである。そしてときに、暴挙に出る民族が出現する。中国は経済的に奇跡的な逆転劇を成し遂げ、千載一遇のチャンスに世界トップの座を虎視眈々と狙う。
 一昔前ならば、アメリカは出る杭を打つため、中国との開戦に持ち込んだかもしれない。しかし現在、世界経済は複雑に絡み合い、一国の失敗や滅亡が自国に跳ね返るというジレンマが存在する。その加減を見ながらの綱引きとなるからややこしいのである。
 例えば中国とアメリカは、お互い戦争も辞さないということを言いながら、水面下では中国TTP加入の交渉を行っている。経済圏では仲間になろうとし、勢力圏では敵対関係に拍車がかかろうとしているのだ。この妙にねじれた事例は日本にも当てはまる。中国から撤退表明する日本の会社や工場が増えているとは言え、日本経済に中国経済の影響は大きい。おそらく日本は、世界で一番中国景気動向の影響を受ける国ではないだろうか。日本の対中国輸入/輸出が共に十数兆円になっている現在、中国が倒れれば日本の打撃は計り知れない。現在の安倍政権が中国に対し強気の態度を示すことができるのは、まさにこのせいである。影響が大きいのはお互い様であり、お互いがそのことを意識せざるを得ないことを逆手に取った作戦だろう。民主党政権のように、国益を無視し中国や韓国にへつらうだけの態度は、相手を付け上がらせるだけで日本に何も益がないことを見越した対応だと思われる。
 特に中国は、本当に信用ならない国である。GDP世界第二位の有力国になってさえ、これほど世界の中で傍若無人な行動を取る国が他にあっただろうか。第二次世界大戦以降、武力を背景にした他国侵略、人権蹂躙を実行する国は中国だけという事実を考えても、中国だけは用心する必要があるだろう。中国人の心の深層には、未だに国取りゲームの感覚が根付いているのではないだろうかと思われるくらい、彼らは侵略・弾圧にアグレッシブである。
 外からは中々見えないけれど、中国国内における権力争いも熾烈だ。習近平国家主席は政権発足当初、胡錦濤や江沢民に配慮した勢力均衡配慮型の人事を取らざるを得なかったにも関わらず、その後地道に勢力拡大を図り、先日、未だに陰で大きな影響力を発揮していたた江沢民元国家主席の寝首をかくため江沢民側近数名を要職から追放、そしてこれまでのタブー視されていた江沢民の地元訪問を決行し明確な反旗をあげた。(確か、地元にかかる大きな橋の名前を、江沢民を称えるものから蔑むものに変更した)これを乗り切った習近平は、地方と中央官僚にその力を誇示することに成功し、これまで江沢民を恐れていた役人たちが、今度は習近平を恐れ何事も逆らえない状況になっている。もし習近平の逆鱗に触れれば、それは更迭などという生易しいものではなく、粛清という名の死が待っているからである。こうした生き馬の目を抜くような世界で、彼らは常に人を騙し出し抜き、自らの安泰を手にすることを考え実行しているのだ。こうした人たちに、果たして性善説は通用するのだろうか、僕は甚だ疑問に思っている。 
 前編で僕が、異民族は自分達と違うと書いたことを思い出してほしい。個別に向き合っている間はそれらを理解できていると思うけれど、なぜか日本人はそのことを忘れ、すぐに性善説に基づいた思考に傾く。
 常識的に考えれば侵略などあり得ない、武器を使わない日本人は世界からそのことを尊重される、平和的対話の精神を貫けば平和を手にすることができる、人とは元来そのようなものだ、こちらの平和的理念は同じ人間として相手の心に必ず響く。
 それは理想だけれど、果たして本当にそうか。それをギャランティーできる裏づけが何かあるのか。
 相手がいることで、もちろんそれは相手次第だけれど、それが通用する相手もいれば、通用しない相手も世界には間違いなくいるということも言えるのではないか。結局は相手次第ではないのか。無力のチベットが中国に何をされたか、それほど遠くない過去に起きた現実をどう考えるべきなのか。

 フランス文学の世界に、構造主義というものがある。詳細は忘れたけれど、全ての事象には構造があり、その構造を抽出して事象を解析したり本質を捉えようというものだ。構造主義そのものにはあまり興味をひかれなかったけれど、一つだけその中で、僕の心の中に居座った文言がある。それは、「世の中に普遍的なものは極々僅かしかない」というものだ。これは、人があまりに常識と思っていることや普遍的なものと思っていることも、実はそれらのほとんどは、その時代、その場所、その環境で育まれた極めて限定的なものであり、百年も経過すればそれに対する考えや感覚は変わってしまうという意味合いだ。限定的なものであるならば、それは普遍とは言わない。つまり、本当の普遍的な物事とは、非常に稀ということだ。
 そうした目で世の中の事象を眺めてみると、何が正義で何が真理なのか、次第に分からなくなってくるのである。前編で書いた子供の虐待の件にしても、親の子供に対する愛情について、次第に世の中の感情そのものが変わってきているのではないかという疑いまで持ち始める始末だ。(よって僕は、虐待に嫌悪感を抱くし嫌いだけれど、何が正しいのかは分からないということを書いた)
 もう一点、直近の例を示せば、かつて湾岸戦争のとき、自衛隊を派遣するかしないかで大激論となったはずだ。当時、何をするにしても派遣はならんという強硬意見が目立ったと記憶しているが、今議論されているのは一歩進んで、派遣はPKO(Peace Keeping Operation)の範囲にとどめるべきとなっている。いつの間にか自衛隊派遣は、内容次第になっているように見えるのだ。湾岸戦争はたかだか25年前のことだから、それだけの期間で日本人の感覚も随分変わったと思うのだけれど、僕はこうした変遷を見ながら、一つの常識や感覚は百年も継続しないという先人の言葉を、確かにその通りだと感じるのである。同時に世界の中での日本の立ち位置や振る舞いも、情勢や状況に合わせて変えていくべきではないだろうか。
 
 日本人の常識は、あくまで日本人の常識に過ぎない。ときが経てば常識が変わるのと同じく、場所が変わってもそれは変わるし他国のそれとは違うのだ。そして、異民族が自分達と同じ思考を持つというのは幻想と思った方がよい。仮にそれが間違っていたとしても、セーフティーフェールとしてはその方がいいのである。 
 そして時代と共に、現実の環境は刻々と変わっている。そのような中、中国と面と向かって喧嘩をするわけにもいかない日本が取るべき戦略は何か、それが現在試されている。
 丸腰万歳、平和主義貫徹か、独自に強力な軍隊を再構成するか、中国またはロシアと友だちになるか、あるいはアメリカと手を組むか。選択肢はそれほど多くない。
 僕はアメリカを腹黒い国だと思っているけれど、日本一国でこの状況に臨むより、実績のあるアメリカとの同盟強化が無難な選択ではないかと思っている。もちろん中国と組むのは論外だ。

 さて、現在紛糾している安全保障法制関連法案は、気付けば政争の道具となっている感がないでもない。いつの間にか話しは、これを許せば戦争だ、徴兵制度だと飛躍している。もともと日本が許容してきた従来の自衛権発動としての武力行使は、次の三要件に該当するかどうかで判断されることになっていた。

旧三要件
(1)我が国に対する急迫不正の侵害があること
(2)これを排除するために他の適当な手段がないこと
(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

 これに対し、今紛糾している武力行使の新三要件は、次の通りである。
新三要件
(1)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
(2)これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
(3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

 公明党が本法案に大きな足かせをはめたことが伺えるこの新要件は、何かあったときに、緊急で現実的対応が可能なのだろうかと心配になるほどである。また新要件は、旧三要件と比べ何が問題なのかよく分からない。言っていることは、当然の内容にしか見えないのである。
 そこに様々な不安を煽る文言を重ねて目を吊り上げる人たちとは、一体何が目的の何者なのか。法案文に対し、もっと直裁な議論ができないものだろうか。あちらこちらから色々な話を担ぎ出すのは、法案への直接議論を避ける狙いがあるのだろうか。あるいはここぞとばかり、何かの憂さ晴らしをしているのだろうか。
 このように、この手の話題にアレルギー体質のある日本において、これほど明確な方向性を打ち出した安倍さんを、僕は支持したい。少なくとも僕には、常に臭いものに蓋をし、国民と官僚の間を行き来し双方の機嫌を取り、我が保身ばかり考える政治家よりも遥かにましに映るのである。
 よく思い出して欲しい。現在の消費税を決めたのは、日本がデフレで喘いでいるときに民主党が決めたことだ。官僚に言いくるめられたに違いないけれど、デフレ時に消費税増税など、自らの無能を宣言しているに等しい政治判断である。愚行はそれだけではなかった。それに対し、時局を鑑みその実施延期を決めたのは安倍さんである。極めて対称的なそういった一つ一つの判断実績をみて、日本は安倍さんに随分救われたと思っている。同時に中国や韓国、そして米国に対する態度も民主党とは見事に反対だ。そして悪くない結果を残している。僕はそういったリーダーを信じて、安倍さんを支持したい気持ちになるのである。
 それでも仮に安倍さんが、日本を安直に戦争に導くようなことをすれば、僕は突然アンチ安倍になるだろう。戦争が極力避けたいことであることは当然である。まして、自分の子供や孫が徴兵で取られ戦場に行くなど、考えただけで体に悪寒が走る。そう言いながら、自分の家族が蹂躪される事態になるなら、自分は銃を取って戦う道を選ぶだろう。座して屈辱を味わい、座して死を待つことなど到底できないことである。そしてそういった事態を極力回避するために、強い抑止力が必要という考えも変わっていない。
 なぜなら、世界には自分達とはかけ離れた性質の民族や国が、実際にあるからである。
  


↓ランキング挑戦中
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ



742.安全保障法制法案について2

(前回の続き)
 世の中では様々変化が起こっているけれど、その内容は極めて分かりやすいものもあれば、分かっているつもりでも、実際はそれほど見えていないものもある。
 例えば三十年前、仕事はほとんど図面もレポートも手書きだったけれど、今はパソコンが当たり前になっている。現代はパソコンがないと仕事ができないと言っても、普通に通用する時代だし、本気でそう思っている人がとても多いはずだ。人がパソコンを道具として使う時代を謳歌していたら、実は人口知能に仕事をさせることが積極的に模索される時代に入ろうとしている。
 韓国では国境警備に人型ロボットが配備され、それがロボコップのように人を撃つことができるようプログラミングされているから、世界の大きな非難の的になっている。人工知能が搭載されているか否か、韓国は口をつぐんでいるけれど、もし搭載されているとすれば人類の大きな脅威になり得るとの警鐘が発せられている。
 携帯電話も当たり前になり、便利な世の中になったと思っていたら、あれよと言う間に持ち歩き自由のパソコンのようなスマートフォンが普通になった。インターネットはどこでも繋がり、いつでもどこでもクラウドサーバーにアクセスできる。携帯で撮った写真を、データ移動の操作をせずに自宅のパソコンで見ることも、普通にできるようになった。
 逆に仕組みを把握しておかなければ、個人情報がもれなく流出してしまうこともある。携帯などは情報を全部消したつもりでも、アカウント情報を入力したら勝手に電話番号情報を始めとする個人情報が完璧に復元されてしまうことがあるし、携帯の情報消去はインデックスを消去するだけで、中身の実態がメモリに残っているから、データ消去はただ見えなくなるだけということを知らなければ、中古携帯だって人によっては簡単に情報を復元できてしまう。
 こうして振り返ると、こうした身近な事柄については、世の中随分変わったものだとその違いは一目瞭然でも、変化の過程では何が起こっているのか分かりづらいことも多く、具体的なことになると知っているつもりで知らないことも意外にあるものだ。

 冒頭、IT関連の変化を例として書いたけれど、これは世の中の変化として、比較的分かりやすい事例である。
 しかし、例えば世界情勢という観点での変化についてはどうだろうか。
 世界情勢と言っても様々なカテゴリーがあるけれど、経済や紛争、食料や環境問題やエネルギーや、それらを含むパワーバランス等において、今に至る経緯と現状についてはどうだろうか、ということである。
 唐突に、なぜ今、世界情勢? と思われるかもしれないけれど、それは最近、様々な方による日本の方向性の議論が盛んで、インターネット上でそれに対する意見を述べる記事を多く目にするからだ。そして僕はそれらの記事の中で目にする、ときに一方的に感じる意見が、日本を取り巻く世界情勢を鑑みてのことだろうかという素朴な疑問を持つからである。
 このような素朴な疑問が誘引される一つの理由として、これは反現行政権意見の一つの例だけれど、それらの記事の中に、安倍総理を始めとする与党の人間を、嘘つき、売国奴、チンピラ、跳ね上がり、素人、魑魅魍魎という表現を使い断罪しようとする意図が見え隠れすることである。そして意見が違う対立者に、何らかのレッテルを好んで貼りたがる人が多く見受けられることだ。
 僕は熱狂的な安倍さんファンではないし、反政権意見の中に同調するものも含まれることがあるけれど、意見を述べたいならばレッテルを貼る必要はないし、失礼な表現を使うこともないだろうと思っている。
 あまりにそのような表現を使いながら一方的にまくしたてられると、それは本当に正しいことなんですか? 自信があってそこまで言うんですか? と、へそ曲がりの僕は思ってしまうのである。

 特に気になるのは、アメリカの高官や日本の政治家、評論家、新聞、雑誌の意見を持ち出し、それが全てであるような表現を使いながら、自分と意見を異にする相手を貶めたり悦に入っている記事である。
 自分自身のユニークな意見を常に参照記事の裏に隠している(誰かに代弁させている)のだから、相当自分に自信がないのだろうと思っているけれど、その割りには人を攻めるときの威勢がよいから気になってしまうのだ。気に入らない人や組織をくず呼ばわりする(排除したい気持ちの現れ)のであれば、せめて根拠なり説得力のある意見、説明をしてからにして欲しいものである。
 
 一つだけ具体例をあげると、あるアメリカの元高官が、アジアはとても安定しているという発言をしているから、安倍総理は嘘の理屈をこねて日本人の危機意識をあおり、自分の野望を遂げようとしていることが明らかになった、という主旨の記事があった。しかし一方で、現役のあるアメリカ高官は、北朝鮮とその周辺は、世界で最も危険な地域と言っているのである。あるいは最近、元アメリカ高官が、このままでは米国は、中国といつ戦争になってもおかしくないと発言している。同時に中国共産党下部組織と言っても差し支えない新聞社が、アメリカとの間に戦争も辞さないと言っている。
 この矛盾する発言はどれも知名度の高い方や組織のものだけれど、本当は危険なのか、安全なのか、これらは一体どのように解釈したらよいのだろうか?
 僕自身は北朝鮮という国を信用しておらず、特に最近の無節操な粛清話しを聞きながら、歴代独裁者の中で最悪の人がトップになったのかもしれないと思っている。もし彼が真正の馬鹿であれば、何か事を起こす(他国に対する水面下工作やテロ行為を活発化させる等々)こともあり得ない話しではないと思っているのだ。特に日本は、国防という観点で非常に不利な地形と、更に海岸線に原発を抱えているので、北朝鮮の脅威は常に意識する必要があると思っている。
 また中国については、南シナ海での埋め立て強行や地中海でのロシアとの合同軍事演習実行など、欧米牽制の動きやアメリカに対する挑発言動が活発になっている。中国が地中海でロシアと合同演習を実施したことは、アジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加表明したヨーロッパの国々にはさぞかし衝撃だったに違いない。欧州は、改めてロシア・中国対応策を熟慮しなければならないだろう。また中国は、次(八月)は日本海でロシアとの合同軍事演習を行うと言っている。領土・領海の侵略を進めながら、それを脅かすのであれば軍事行動もやむなしとあからさまな挑発行動を取る国が中国なのだ。
 最近、二階堂氏が率いる日本の訪中団が、中国による異例の歓待を受けたが、中国はこの現代社会においてもみえみえの飴と鞭を使い分け、遠慮なく策略を繰り広げる国である。これを警戒しない方がおかしいと思うのは、僕だけだろうか。
 
 他にも防衛白書の件、安全保障法制法案の件など、詳細に確認もしくは指摘したくなる内容は満載だけれど、とにかくそれらの一つ一つがあまりに重箱の隅だったり言葉の揚げ足取りで、世の中の大きな流れをつかんた上で物事を考えているのか疑問に思えてくるのだ。そして常に近視眼的で偏った思考と物言いに、起こっている事象にはそれの原因となる様々パラメータがあることを、承知しているのだろうかと思えて仕方ない。
 パラメータは多岐に渡り複雑に絡み合うけれど、昨今はこれがますます複雑になっていて、頭の悪い人には国の舵取りが難しくなっているように感じられるし、政治家や専門家にしても、それら全体を見渡せるバランス感覚を持つ人が少ないようにも思える。多くの人が自分の専門知識をひけらかし、自分の立場を考慮しながら発言するのに終始する。よって世の中で権威と呼ばれる人の言うことが正しいわけではなく(むしろ偏っている方が多い)、とにかく世に出回る情報は鵜呑みにしてはならないことを痛感するし、情報は自分の思考で租借しなければならないと思われるのだ。そこにおいて、立場や感情は脇において、ということである。
 
 さて、最近の世の中の変遷について、僕は次のように捉えている。
 かなり大雑把に言えば米ソ冷戦、その終結、アメリカ覇権の時代、その終焉、そして今、民族主義の台頭という流れではないだろうか。
 自由資本主義と共産主義の闘いに決着がつき、実際には世の中に右も左もなくなった。それに気付かない人、認めたくない人も多くいるようだけれど、実際に対立軸を失い、日本の政党、政治が迷走したのは記憶に新しいところである。これらのことは、事実上、日本の中でも左右主義が崩壊した証である。
 対立軸を失った日本の政治状況は、野党が与党の揚げ足取りに終始する構図を生み出した。その愚行に多くの国民が嫌気がさしたことも記憶に新しい。これらの情勢下で、社会党党首、民主党党首の首相が誕生したことは画期的なことであったけれど、せっかく千載一遇のチャンスを与えられた民主党は、国民の期待を大きく裏切ったと僕は考えている。今の日本の中に存在する自民党支持は、民主党のあまりに酷かった政権運営の反動ではないだろうか。民主党政権を経験した日本人は、政治に単なる思想や高尚な理想、金のばらまきではなく、首相や与党としてのリーダーシップや手腕を強く期待するようになったと感じられる。
 そして、安全保障法制法案という久しぶりの明確な対立軸を手にした日本の政界は、与野党間でその攻防の激しさを増している。野党は再編を睨み色めきたち、小沢さんもこのチャンスに乗ろうと動き出しているようだけれど、目の前に立ちはだかる小沢アレルギーをどうやって崩していくのか、ちょっとした見ものである。再び『作っては壊すだけの人』になれば、小沢さんの実質的な政治生命は終わりになるような気もしないでもない。
 安倍政権が高い支持を維持する現在の日本で、やはり日本人が賢いと思えるのは、最近騒がれている安全保障法制法案の不支持率が高いことである。自民党支持層の中でも、現在の法案審議において、説明が不十分と思っている方々が八割程度いたように記憶している。
 この法案の背景には、もちろんアメリカと自民党政府の目論みが見え隠れする。アメリカは世界の警察官として疲れ始めた、疲弊した、金もないと表現する人がいるけれど、昨今のアメリカの動向を決めているのは、そんなことではないと思われる。それは、世界先進国のアメリカ離れが決定的な要因になっているのではないだろうか。アメリカのイラク、アフガン撤退で、世界中がアメリカは世界最強の国ではないことに気付いてしまったということである。最強というのは、常に戦略的に思惑を達成し、それを遂行するための物理力があり、世界の金融まで支配しているという意味になるけれど、度重なる戦略失敗に、アメリカはもはや世界のキングとしての器はないと、世界が思い始めたということである。同時に、ブッシュの唱えた「世界の悪を駆逐するための戦争」という言葉の信憑性が極めて疑わしいことも、世界のアメリカ離れを加速させたのではないだろうか。
 それを思わせる決定的な出来事が、アジアインフラ投資銀行(AIIB)でアメリカが不参加表明をしたにも関わらず、欧州各国が参加を決めたことであった。アメリカはこの件について、水面下で世界主要国と調整をしていたと思われるが、結果的にヨーロッパ各国が参加表明をした。このことは、世界におけるアメリカの影響力が衰えたことの証左であり、そのことはアメリカ自身が痛感していることと思われる。
 よってアメリカは、対中国戦略を中心とする世界との関わり方について、独自路線を弱め他国との強調路線に重きを置く方法に転換した。この方が行動の支持を得やすい上に、負担も軽く、そしてアメリカの存在感を示しやすいからである。
 さらにアメリカは、オバマと国防省との関係がうまくいっていないという国内問題も抱えている。アメリカの軍事戦略において、このことは致命的だ。イラク、アフガン撤退は、オバマが国防省の猛反対を押し切って断行したと伝えられているけれど、これは核廃絶や世界平和を大々的に唱えたオバマが、自身のメンツを保つために強行したことである。このような事情を知れば、アメリカの最近の行動が、『世界の警察官として疲れたから』ではないことが分かってくる。(続く)



↓ランキング挑戦中
にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
にほんブログ村
人気ブログランキングへ



広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。