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2012年10月10日

608.日本を取り巻く情勢に思う

 昨日突然、仕事の関係で日本から来客あり。僕がコーヒー好きとは知らなかったはずだが、お土産で日本のコーヒーとクッキーを頂いた。最近コーヒーに困らない。実に不思議な現象だ。一時はコーヒーが手に入らずとても困っていたのに、今はコーヒー風呂でもいれようかと言いたくなるほど我が家にはコーヒーが。
 マニラに出かける前は、いつも買い物をするスーパーで突然ネスレのゴールドブレンドが販売されなくなった。つまり、違いのわかる男を演じることができなくなった。その時僕は、まるで自分の最後の砦を無力化されたような虚しさを覚え、呆然とした。美味しいコーヒー豆もインスタントコーヒーも絶たれ、飛行機代をかけて定期的にマニラにコーヒー豆を買いに行こうかと本気で考えた。そんな直後のこの現象‥‥。
 お金もこの調子でどんどん入ってくればいいのと、コーヒーを見つめながら僕は、不謹慎なことを考えてしまった。ついでにコーヒーを砂金に変える術を知っている方がいれば、授業料を奮発するので是非教えを請いたいなどと思いながら、てんこ盛りになったコーヒーを眺めている。

 昨日のお客さんから、中国の生々しい実情を聞いた。僕の知っている工場が、例の反日暴動で焼け落ちてしまったそうだ。一体誰がそれを保証してくれるのか。大手はまだ余力があるが、つぶれる中小企業もあれば、つぶれる寸前の所も多数だとか。何かを主張するのは良いが、常軌を逸している。
 僕の知る工場は、小さな工場ではない。そこだけで一万人近い中国人雇用が消失したが、周辺の日系工場も同様の被害を受けたとのことだから、雇用に関して中国人は、自分たちの首を大きく絞めたことになる。
 そんな中、日本政府の中では中国に対するODAの増額を検討しているという噂を聞いて、開いた口がふさがらない状態になった。一体何を考えているのだろうか。
 そして、このような常軌を逸する行為さえ、日本は昔中国に酷いことをしたのだから、そんなことをされても当然だというようなことを、平気で言う日本人もいる。それを許せば、法治国家、法治社会は成り立たないということになり、つまり目には目を、歯には歯をという、復讐の連鎖となるような酷い社会になってしまう。実際に中国では、そのような醜い側面が露呈している。しかも暴動は、根も葉もない中国共産党のプロパガンダが引き金になっている可能性を否定できない。

 つい最近あるブログで、フィリピン人が日本人をどのように見ているかという記事を見かけた。その記事のコメントやり取りで、フィリピン人は日本の昔の行いを根に持っていて、その根は深いようなことが書いてあった。
 僕はそれらを読んで、とても違和感を覚えた。僕はフィリピンに関わって十年、日本人を恨んでいるフィリピン人に出会ったことが無いからである。奥さんの両親、奥さんの祖母に遡っても、恨みのこもった目つきで見られたり悪口を言われたことはない。かつての工場勤務も含め、むしろフィリピン人全員が日本人の自分にフレンドリーに接してくれた。
 数カ月前、戦争体験者が我が家を訪れた。モナの母親の叔母さんだ。僕が日本人だということを知って、当時フィリピンにいた日本兵の話しになった。その叔母さんは、日本兵の言葉で唯一覚えているのが「KORAKORA」だと言った。叔母さんのイントネーションが独特で、最初何を言われているのか分からなかったが、それは「こら、こら」という言葉だと気付いた。意味は何かと訊かれとても困ったが、注意をしたり叱責する時に使う表現だと教えた。
 その叔母さんはその意味を確認した後で、日本兵は礼儀正しく、統率が良く取れていたと言ってくれた。もちろん酷いことをしていたと言われたら、戦時中はそのようなこともあっただろうし否定するつもりはなかったが、ネガティブなことを言われずホッとしたのが正直なところだった。
 個人的には色々なことがあっただろうし、日本に恨みを持っている人もいれば立派だと言う人もいる。しかしながら世代が変われば、今目の前にいる日本人を見ながら日本人を評価するフィリピン人の方が圧倒的多数だと感じる。
 仕事で日本人に関わっているフィリピン人男性の友人は、今のところ百パーセントが、「日本人の態度は素晴らしい、品質には厳しいがその言い分には納得性がある、態度も考え方も他の国のお客さんとは雲泥の差がある」と言ってくれているから、多少のリップサービスを差し引いても、彼らが今の日本人をきちんと見てくれているというのは言い過ぎではないだろう。そこで、「昔は‥‥」などと、ナンセンスな話を持ち出す人は一人もいない。
 すると、フィリピン人は日本人を恨んでいる、そんな土壌が今もここにはあると言って憚らない人には、それはあなたを見てそう言っているのではないですかと言いたくなる。もしくは、そんな話しだけしかされない程度のコミュニケーションしか取れない人ではないのかと言いたくなってしまう。

 そう言えば坂本竜馬が言った。「俺は議論はしない。議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ」
 僕はそのブログに、自分の名前を入れてそのように反論コメントを入れてみようと思ったが、竜馬君の言葉を思い出して踏みとどまった。ここでもできるだけ余計なことは書かないようにしようと思っていながら、ついつい本音が出てしまったが、できるだけ淡々と話を先に進めることにする。

 個人的には色々あるだろうが、政治的にはどうなのか。それは以下の記事が物語っていると思われるし、基本部分は自分も同意するところなので、引用する。

---- 以下、ニュースからの抜粋 ----
 一部の日本人は自虐史観が強すぎて、東南アジアには日本をアジアのリーダーとし、今も期待する人々がたくさんいることを知らない。現実はどうか。日本会議専任研究員の江崎道朗氏が具体的な“期待”のエピソードを紹介する。
 * * *
 ASEANの人々が日本をアジアのリーダーとして期待し、応援している最近の事例を紹介しよう。
 まずは靖国神社参拝問題である。小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝をめぐって中国政府が連日ヒステリックな批判を繰り返していた2005年、来日したインドネシアのスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領は「国のために戦った兵士のお参りをするのは当然のことだと思う」と靖国参拝を支持した。
 2010年9月、尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突するという事件が発生した。この時、日本政府の腰の引けた対応は日本人として痛恨の極みであったが、その後、石垣市が1月14日を「尖閣諸島開拓の日」と定め「尖閣を守ろう!」と高らかに声を上げると、これが東南アジアの英字新聞で大々的に報じられ、その直後からベトナム、フィリピンでは、領有権を巡る南沙諸島問題で反中国デモが頻発するようになった。日本が立ち上がるならASEANの国々も一緒に立ち上がるとの意思表示である。
 2011年6月、先のユドヨノ大統領が東日本大震災のお見舞いのため再来日した。その際には海上の安全保障で相互協力を深めることで合意した。中国の海洋覇権に対抗して、日本との軍事的関係強化に踏み切ったのだ。日本がアジアのリーダーとして中国の覇権主義に立ち向かうのなら、ASEANの国々は喜んで日本の味方となってくれるのである。
「リーダーというのは帝王ではない。リーダーシップとは指導する責任を果たすことを意味する。日本が動こうとせず、ワシントンの許可を得ない限り発言もしようとしないことについて失望感が生まれている」
 ASEAN創設の功績によって国際ハマーショルド賞を受賞したマレーシアのガザリー・シャフェー元外務大臣は筆者のインタビューの中で、現在の日本をこう批判した。
 今、日本がすべきことはアジアのリーダーとしての責任を自覚し、アジアのバランスある発展に貢献することである。
 その第1は、軍事的側面をタブーとせず、中国の覇権主義を抑える側に廻ること。そしてASEAN諸国の海軍力を高めること。「武器輸出三原則」を撤廃して、海上自衛隊の退役艦や海上保安庁の巡視船の中古をASEANの国に無償で譲渡すればよい。
 第2には、中国と韓国への経済支援を止めることである。これまで日本は企業進出を含め、中国、韓国に偏重した経済政策をとり、両国を必要以上に肥大化させてアジアの経済発展のバランスを壊してきた。そのことを反省して、限られた資源をもっとASEANに向けるべきだ。企業進出への財政支援、アジア各地からの輸入拡大、そして、留学生(華僑・華人系を除く)を受け入れて人材育成、技術支援をしていくことである。
※SAPIO2012年10月3・10日号
---- 抜粋 ここまで ----

 基本部分に同意と敢えて基本をつけて言ったのは、僕は中国包囲網を形成する際、日本は韓国とも手を結んだ方が良いと思っている点である。もっとも韓国も癖があり、良い所どりをする気があるので要注意ではあるが。
 中国の触手が迫る東南アジアは、藁にもすがる思いで日本に期待している。今のところフィリピンは、インドに習ってアメリカにすり寄り、アメリカの軍事力をバックボーンに乗り切りたいと考えているようだ。中国にとってインドは大きな目の上のたんこぶで、そのインドがアメリカと軍事的に緊密になることを一番嫌っているが、今やアメリカはそのインドを盟友扱いしている。なぜ中国がインドを警戒しているのか。それはインドに、目下の中国生命線であるマラッカ海峡を封鎖されてしまうと一大事だからだ。中国が南シナ海周辺の領有権を主張するのは、それを考慮してのことである。
 既に三年前であるが、中国国家主席の胡錦檮がマレーシアを訪れた際、過密スケジュールをさき、予定に無かったマラッカ海峡視察を敢えて強行した。それはとりもなおさず、マラッカ海峡が中国にとって切実なほど重要だということの裏返しである。
 インドはいつの間にか、それほどのキーカントリーとなっている。怖いもの知らずの華僑でさえ印僑には敵わず、世界中どこを見渡しても根を下ろす華僑がインドだけはいない。インドとは、凄まじい潜在能力を持つ国である。
もう一つ、記事を抜粋したい。

---- 記事 ニュース抜粋 ----
 ベトナムをはじめ東南アジア各国を長年取材してきたジャーナリストの櫻井よしこ氏は、「ASEAN諸国は、次の時代を左右する重要なプレーヤーです」と指摘する。そして中国の脅威に晒される彼らは、日本のリーダーシップに期待し、ともに歩んでいくことを望んでいるという。我々は彼らとどう手を携え、どのように繁栄の道を進むべきなのか。ジャーナリストの櫻井よしこ氏が提言する。
 * * *
 かつてアメリカと戦ったベトナムや激しい反米運動を展開したフィリピン、そしてイスラム教徒が多いインドネシアを含め、東南アジア諸国はアメリカに対する過去のしがらみをすべて乗り越えて眼前の中国の脅威に立ち向かうためにアメリカと接近しつつあります。
 彼らはまた、日本に対しても強い関与を求めています。東南アジア諸国にはアメリカに対して内心、複雑な思いを抱いている国もある一方、日本に対してはほとんどの国が親近感を持ち、尊敬し、信頼しています。
 重要なのは、東南アジア諸国は日本にとって価値観を共有できる相手であり、真のパートナーとなり得る存在だということです。
 東南アジア諸国は、戦後日本を苦しめてきた歴史問題についても、日本に対するマイナスイメージは持っていません。「歴史認識」で日本を非難するのは、証拠もないのに「20万人が強制連行されて性奴隷にされた」などと捏造した歴史を国際的に喧伝する北朝鮮や韓国、虐殺などなかったことが明らかになっているのに「南京大虐殺」を吹聴する中国だけです。
 例えばインドネシアの中学校の歴史教科書には「日本の占領は、後に大きな影響を及ぼす利点を残した」と、日本による統治を評価する記述があります。
 実際にアジアの国々を訪ねて話を聞くと「日本が戦ってくれたことで、我々は独立できた」と感謝し、大東亜戦争時の日本の軍人は立派だったとまで語ります。そして時には中国の傍若無人を厳しく批判し、中国に対峙するため、日本にもっと前面に出てほしい、そうするのがむしろアジアの大国としての責任だというのです。東南アジア諸国との連携強化構想は、日本を長く苦しめてきた歴史問題を転換していく大きなチャンスになるはずです。
 東南アジアの国々は日本に期待する一方で、東シナ海における日本の対応を固唾をのんで見守っています。2010年9月に領海侵犯した中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した時、菅直人首相が中国の顔色をうかがって船長らをさっさと送り返してしまったことには、失望を超えて「理解できない」という人さえいました。当然のことですが、「なぜ日本は中国に対してこんなに弱腰なのか」という歯がゆさも抱いています。
 歴史問題について日本は物言わずしても東南アジア諸国の支持を得ています。なぜなら、彼らもまた中国の捏造や虚偽の宣伝に苦しんでいるからです。南シナ海に中国が引いた点線に何の歴史的根拠もないことは東南アジア諸国が一番よく知っています。
 ベトナムやフィリピンをまるで属国のように見下す中国に、そうする歴史的根拠が何もないことは、当のベトナムとフィリピンが一番よく知っています。中国による歴史の捏造に苦しんでいるからこそ、彼らは日本が中国から言いがかりをつけられているのがわかるのです。にもかかわらず、日本がはっきりと中国に物を言わない。そのこと自体がおかしいと彼らは言います。
 今年春にベトナムを訪れた時も、現地の人々には「日本は大国なのに、なぜ遠慮ばかりするのか、なぜ過剰なまでに卑屈になるのか」と言われました。多くの日本人には実感が湧かないかもしれませんが、彼らからすれば、日本は光り輝く技術を有する国で、どこに行っても清潔で高度に発展している素晴らしい国なのです。彼らは中国ではなく、日本を頼りにし、誇りに思っているのです。日本人はその自覚と自信を持ち、東南アジアの国々との連携を強めていくべきです。
※SAPIO2012年10月3・10日号
---- 抜粋 ここまで ----

 さて、東南アジアの国々が日本に抱く思いや期待はこれらの引用記事の内容と大同小異であり、かつてのあの戦争にさえ、当時の各国指導者は軒並み日本に感謝の意を表している。それは、アジアを白人支配の魔の手から救ってくれたことに対するものだ。これらは記録や文献として残っている事実である。
 そのような日本とドイツを比較し、ドイツは立派だという話しがよくある。これは、マスコミ関係でも多く見かける論調だ。しかし僕は、実感として何が立派なのかよく分かっていないのだが、一つだけそのような鈍い自分でもドイツの態度に感じることがある。
 ドイツは自分たちの過失部分を明確にし、認め、それに対する責任を取ったところまでは今の日本とほぼ同じだが、ドイツはその後何か言われても、「それが何か?」と堂々と言えた国であることだ。それが日本との大きな違いではないだろうか。
 ドイツのホロコーストは残念ながら様々な記録に残る事実だが、だからと言い、日本人を含めた世界中の人たちが、今のドイツを酷い国だと罵り、ドイツ人を許せない悪い奴らだと本気で思っている人がどれだけいるだろうか。少なくとも僕にはさっぱりそのような感情は無いし、歴史に学ぶスタンスであれば話しもできるが、そんなことを感情的に言う人がいれば、やはりそれもナンセンスだと感じる。ドイツはそれを良く知り、だから「それが何か?」と言えた。その態度はそれで、僕は正しいと思っている。
 それを日本がなぜできないのか。こんな風にこじれているのは、良い見方をすれば日本人の遠慮深い真面目さであり、悪い言い方をすれば優柔不断さではなかったか。

 日本はこれまで、ODAでは世界一と言われる予算を投入し、アジア発展に尽くしてきた経緯がある。国連に至っては、名目上22%の上限分担率を負担するアメリカが最高の貢献をしていることになっているが、実際アメリカは様々ないちゃもんをつけ、負担金の滞納常習者でもあった。よって19.5%の分担率であった日本が、長年一番の貢献をしてきた。
 9・11以降、アメリカは慌てて国連に滞納金を支払いその後どうだか知らないが、日本は分担率を12%台まで落とし、現在でも現状世界第二位の分担率である。それ以外は先進国でも、軒並み3〜6%前後の負担率だ。
(参考:http://unic.or.jp/information/member_nations/
 これは余談だが、それほど国連に貢献する日本が国連憲章の中で、未だ敵国条項に規定された敵性国家となっている事実を御存知だろうか。つまりこれは、もし日本が侵略行為をしたと判断されれば、日本は安保理の決議無しに、軍事制裁を受けても文句は言えない立場だということである。
(参考:http://unic.or.jp/information/UN_charter_japanese/ 国連憲章第53条、1項、2項‥‥この2項で、日本は敵性国家とみなされる)
 これほど失礼なことがあるだろうか。そして、もし日本が中国や韓国やロシアと領土問題で本格的に揉めた場合、この条項がどのように作用するのか、もしくはどのように利用されるのか、ある意味不気味である。日本政府は、なぜこれを書き直させないのだろうか。僕が以前から感じている素朴な疑問である。
 世界とはこのようにしたたかであるが、中国はしたたかを通り越し、まるで我儘なガキ大将だ。うる覚えだが、数年前の中国の海洋戦略構想に、中国は攻撃を受けない限り自分から攻撃を仕掛けることはないと書かれていた。しかし但し書きがあり、政治的攻撃をも第一攻撃とみなすと、中国らしい文言がある。定義が曖昧な政治的攻撃。今の日本はこの文言に振れないのだろうか。

 さて、話しを冒頭の中国国内暴動に戻すが、今回の引き金となった尖閣諸島については、ASEAN諸国もアメリカも、強烈な関心を寄せている。
 アメリカを代表する外交誌「フォーリン・ポリシー」の9月号に、「2012年の日中海戦」という研究論文が掲載された。著者はアメリカ海軍大学准教授のジェームス・R・ホルムズ氏。尖閣諸島をめぐる争いが日中の軍事衝突に発展した場合、どちらが勝つかをシミュレーションしたもので、結果は日本の圧勝。その内容はさて置き、なぜこのタイミングでこのような過激な内容がアメリカの外交誌に発表されたのかと言えば、中国の海洋戦略はアメリカの国益にとって重要なテーマであるからだ。そしてアメリカ軍事関係者は、日中間の軍事衝突が、偶発的に起こりえると認めている。そしてこのレポートは、日本は十分力があって優位であるから、自信を持ち、毅然とした態度で中国に臨みなさいというアメリカの熱烈なメッセージとも読みとれる。もっともそれらの背景に、アメリカ自国の国益が絡んでいるしたたかさも忘れてはいけないが、日本は自国の国益を貫く意味で、この後押しは有り難い。

 既に随分長い記事になってしまったが、長すぎて何を言いたいの? と言われそうなので、締めくくりにまとめておきたいと思う。
 尖閣問題がこじれてしまったのは、棚上げでうまくやってきたものを突然強行姿勢に出たためで、ハンドリングを間違えた感はあるものの、こうなったら右往左往せずASEANやアメリカの期待に応えるべく毅然と立ち向かうべきで、少なくともODA増額など言語道断。
 日本はフィリピンも含め東南アジアの国々に期待されている存在で、自信を持つべき。少しはドイツを見習い、いい加減自虐史観から脱却し、独自のリーダーシップを発揮すべき。つまり自分と言うものを持つべきである。

 このようなことを延々と書くと、「右」と言う人がいる。僕には右や左という意識はなく、自分なりに事実と思われることを咀嚼して自分の考えを形成しているつもりである。
 そして重要なことは、自分は日本で生まれ育った身として日本に愛着もあれば、応援したいという強い気持ちを持っている。
 自分が神奈川に長年住んでいた頃、夏の選抜高校野球で自分の故郷の高校と神奈川の高校が対戦した時に、僕は心の中で故郷の高校を応援していた。それと同じ気持ちである。
 日本人として誇れることがあれば、それはひけらかすということではなく、自分のアイデンティティーの一部として喜んで胸の内に組み込んでおきたいし、日本が謝ることがあれば、同じ日本人として済まないという気持ちを抱くということだ。
 これらを「右」だと言われるならば、僕は堂々と、自分は右だと言うことにするし、「それで何か?」と言うことにする。
 愛国の気持ちはアメリカ人を始め、おそらく万国共通の感情だろう。フィリピン人は自国に失望しながらも、やむなく出稼ぎで海外に出るフィリピン人は生まれ育った故郷の良さをいつも懐かしんでいる。それも「右」ということになろう。となれば、「右」万歳である。
 同時にフィリピン人の妻を持ちフィリピンに住んでいる身として、それと同じような気持ちをフィリピンに持っている。細かい文句もあるが、心情的にはフィリピンに対して、自分の生まれ故郷に似た感情と愛情を持っている。
 このようなこの記事に対する自分のスタンスを、最後に明確にしておきたい。



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2012年10月08日

607.足元を見れば

 あっという間にマニラのスターバックスで買ってきたコーヒーが底をつき、いよいよ二つ目のコーヒーを開封した。スターバックスの豆はフレンチローストという僕好みの深炒り豆で僕はご機嫌だったが、モナには苦すぎて口に合わなかったようだ。
 二つ目の豆は如何にもコーヒーらしい落ち着いた味で、それはそれで美味しい。これにはモナもご満悦で、昨日から今日にかけ、僕が彼女のためにコーヒーを淹れる回数が増えている。
 最近は日本にいる時と同様の、品質の良いコーヒーに当たっている。「当たり」に縁の薄い僕は当たり過ぎると不安を覚え、コーヒー程度で乏しい運を使い果たしくはないと思うが、それでも立て続けに美味しいコーヒーに巡り合えていることは僕にとって大変嬉しいことだ。
 僕はベランダで壮大な景色を眺め、涼風を体に感じながら、タバコに火をつけ美味しいコーヒーをすすっていると、心の底から「幸せだ」と感じる。しかしながらふと、随分と小さなことで一喜一憂している自分に気付く。そんな時に、人間の幸せとは一体何なのだろうと考えてみたりする。
 所詮人間の営みなど、その程度の喜怒哀楽を延々と続けているだけのことかもしれない。この世の中、小さなことで、喜んだり悲しんだり腹を立てるケースがたくさんあるし、自分もそうだ。
 しかしよくもっとよく考えれば、このコーヒー一杯の幸せは、本当に小さなものなのか。我が家のベランダでコーヒーに幸せに感じることは、家族が仲良く健康であることが前提だ。その上で、このフィリピンの穏やかな時間や空気を満喫できる。
 そう考えれば、コーヒー一杯の幸せは、それほど小さなものではないかもしれない。足元を見れば、普段見逃しがしている大切な物が、結構たくさんころがっていそうだと思う。

 今朝は更にコーヒーを飲みながら、インターネットで拾った素人小説を読んでいた。
 少し前ギョウちゃんに、そんなものは読まない方がいいと忠告された。つまり、変に感化されてしまえばレベルが落ちるということらしい。しかし、僕はそう思っていない。
 確かに中には酷いものがある。しかし酷いものは、誰かに忠告される前に自分の読む気が失せてしまう。読む気が失せてしまうものは、明らかにレベルの問題が原因の場合もあれば、単なる波長が合わない場合もある。独りよがりな小説に出会えば、自分の書いているものがそうなってはいないかと確認することができるが、その小説を読み続けることは難しい。
 しかし中に、素人小説ながらハマってしまうものがある。決して文章が高尚でなくても、芸術性に優れていなくても、ストーリーが緻密ではなくても、何が良いか分からないがハマるものがある。何が良いか分からないところがミソなのか? と感じるところがあるくらい、際立っていないものでもハマる。それはなぜか。そこが勉強になる。
 いくつかハマる素人小説を読んで、それは何か秀でたものがあるからハマるのではなく、色々な地味なファクターの組み合わせであることが分かってくる。情景描写が自然だったり、ありがちだなと共感を得る部分が適度な間隔をおいて登場したり‥‥。どちらかと言えば、難しい言葉がたくさん出てくる素人小説はすぐ飽きる。引き込まれるものがない。
 最初はそんな素人小説を読んで勉強になると思っていたが、最近は、無料でこんな読み物に遭遇したのは幸運だったと、小説を読むこと自体に楽しみを感じるようになってきた。

 アラバンを走る車の中で、助手席に座る僕は運転しているギョウちゃんに、当時ハマっていた連載小説のストーリーを口頭で教えた。すると、そんなものは読まない方がいいと言っていたギョウちゃんが、「それは面白い、是非自分も読みたい」と言い出した。
 人を引き付けるものとは、口頭で概要を教えるだけで魅力が伝わるらしい。
 こうして調べてみると、世の中には埋もれている素晴らしいものがたくさんあることを実感する。なぜこのような物が、世間で広く認知されないのだろうと不思議に思う。そんなことを考えることも、自分にとっては刺激となる。
 フィリピンに移住した当時、僕は随分日本語に飢えていた。手元の読了した単行本を何度も読み返しそれを解消していたが、そこに感じるストレスは結構大きかった。
 しかし現在、これも足元に多くの面白い読み物が存在している。しかも無料だ。

 人間がたくさんの金を稼ぐというのは、どんな意味を持つのだろうか。それは、世の中にある様々なサービスを、何のストレスもなく気ままに享受できるということである。もっともそれ以外、そのことで人に誇れる何かがついてくることはあろうが、とりあえずそれはさておき、お金で様々な欲求を実現できるところがミソであって、おそらく人はお金を得ることで、それを真っ先に求めようとしているのだろう。
 高級なレストランで美味しいものを食べ、気に入った物を買い、リゾートでのんびりできる。それらを満喫し、幸せな気分を味わえるということだ。何かをしたくなった時に、いつでもそれを実現できる実力があるということは、人の気持ちを安定させる。それを否定するつもりは全くないし、自分もそうありたいと思っている。
 しかしよくよく見れば、自分の足元にも幸せがたくさんころがっている。足元を見れば、そこだって色々な物がある。しかし人間、足元というものを軽視しがちで、いつも少し背伸びしたものを追いかける癖があるようだ。こうして分かったつもりになる自分も、いつもその罠にはまりこむ。
 人間は、成長するために背伸びをするのは大切だが、背伸びばかりしていては疲れてしまう。適度に背伸びをしながら、たまには足元を見て満足することも大切であるような気がしている。
 足元にあるものというのは、小さいようで実は大きい。それを見失わないようにしたいものだと、一杯のコーヒーで幸せを感じる度に思い出す。



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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:607.足元を見れば
2012年10月07日

606. つぶやき

 最近ジプニーに一人で乗っていると、かつて日本のテレビで観た「はじめてのおつかい」という番組を思い出す。まるで自分が、その番組の主人公にでもなった気分になるからだ。
 最近の僕は、ジプニーの一人乗りができる路線が少し増えた。この中で、ギョウちゃんの家に行く路線が一番距離が長く値段も高い。運賃は四十二ペソ(約八十円)。ジプニーに乗る時間は約一時間半くらいだろうか。ギョウちゃんの家は、そこから更にジプニーかトライシケルへの乗り替えが必要となる。日本人が一人でトライシケルに乗れば高い乗車賃をふっかけられそうだが、とにかくジプニーを降りるとすぐさまトライシケルドライバーが寄ってくるので、少しぼったくりを覚悟すれば、最低ターゲットの「無事に辿り着く」ということは達成できる。

 最近よく利用するのは、隣町、レガスピのジプニーだ。タバコからレガスピまでバンという乗り合いタクシーで行き、そこからジプニーでお気に入りのコーヒーショップに出かける。バンが片道五十ペソ、ジプニーが八ペソ。併せて片道五十八ペソ(約百円)。到着したコーヒーショップで飲むコーヒーが一杯四十五ペソ。軽くケーキなどをつけるとそれが八十ペソ程度で、往復の交通費とコーヒーショップで落とすお金が似たようなものになる。
 それでも日本円で五百円ほどの出費を覚悟すれば、遠い隣町のコーヒーショップでまったりすることができる。日本では少し高めのコーヒーが新宿あたりで七百円から八百円くらいだったから、その一杯のコーヒーより辛うじて安く済むということだ。この場合金額よりも、行こうと思えば一人でも行けるというのが嬉しい。もちろん地元のコーヒーショップは、自転車やバイクを使えば移動運賃がかからないからそれよりはるかに安く済む。しかしそこは、レガスピのコーヒーショップに全く敵わない。違いは肝心のコーヒーの味、美味しいケーキ、そして店内の椅子。レガスピのそこは、ゆったり座れるソファーが用意されている。僕にとってコーヒーショップとは、ゆったりくつろげる場所でなければならないから、この椅子の違いは大きい。

 話しは戻るがレガスピの場合、僕はマニラから飛行機でレガスピ空港に一人で降りても、大きな荷物が無ければそこでトライシケルを拾い、レガスピターミナルでバンに乗り替えタバコに帰る。タバコから自宅にはパジャックという自転車サイドカーに乗るので、そのルートの一人歩きは手慣れたものだ。
 フィリピンに住んで三年。地の乗りもの(ジプニー、バス、トライシケル等々)を使って一人歩きできる範囲はまだ狭いが、少しは基本が身についてきた。バンの乗り方、トライシケルやジプニーの拾い方、ジプニーの降り方、およその料金目安。それさえ心得ておけば、後は度胸で何とかなる。
 とにかくこうしてジプニーに乗っている僕は、窓の外の景色をきょろきょろと見て、自分が今どこにいるかを見極めながら、どのタイミングで「パラ」という言葉(降りるという意思表示)を発するか気にしていればよい。そんな少しそわそわしている自分が、まるで「はじめてのおつかい」に登場する三歳〜四歳の子供と同じように思えてくる。
 前回の記事で自分はもうすぐ五十歳に手が届く話しをしながら、実は僕はここで、三〜四歳並みのレベルでもあると言える。

 それにしても、たかがこれしきのことに、三年もかかるのは情けない。
 その理由は単に、モナやその家族の過保護のせいである。僕がどこかへ移動しようとすれば、危ないとか心配などと言い、彼女が必ず家族の誰かを動かしてしまう。そうやって手配されたダディのトライシケルやモナの弟のバイクに乗せてもらえば簡単だが、それを続けたことにより、家族が家に居なければ僕は一人で出歩けない純粋培養のおぼっちゃま状態になってしまった。
 五十歳になるおやじが、誰かがいないとどこにも一人歩きできないなど、何とも情けない。いや、そもそも情けないことより、行動が制約されるそれはあまりに息苦しい。
 そんなことを考えて、ここ半年は家族のアテンドをできるだけ断り一人歩きをするようにしているし、それに慣れると一人歩きはうきうきして大変楽しい。

 最初は一人でジプニーに乗っている時に感じる、感動に近い気持ちよさは何だろうといつも考えていた。そしてそれが、「自由の一つを手にした解放感」ということに気付くまで、随分時間がかかった。
 これは、普段がんじがらめに束縛されているからではなく、かつてセブの街でも同じことを感じた。一人でジプニーに乗れるようになった時の爽快感は、今でも忘れられない。もちろんジプニーで感じる風や物珍しさや様々なことはあるにしても、僕の気持ちが揺さぶられた一番の理由は、あの街で僕が一つの自由を手に入れたことへの喜びだったのである。つまり乗り方や行き先が分からず、乗ってみたくても乗れなかったことを克服して手に入れた自由である。言い換えれば、制約の一つがなくなったということだ。もちろんタクシーを使えばどこにでも行けるが、それとこれはまるで別種のものである。

 そう言えば、僕が今住む街に慣れ出した頃、一番苛立ちを感じていたのは、自分の行動に制約があるということだったかもしれない。そんなことに今頃気付いている。やはり人間にとって自由とは、とても重要なものだ。
 そして自由とは、積極的に手に入れようとしなければ、手に入らないものもたくさんあるということだ。そうやって自由を手に入れようとすることは面白い。当然自由を追い求めると、それだけ危険と巡り合うリスクも増える。それでも僕は、自由を求めたい。せっかくここには自分の知らない世界が多くあり、楽しみやくつろぎや男の冒険心をくすぐるほどよいリスク、そして人懐こい人々がたくさんいる。自分だけの安全で小さな世界に閉じこもっているばかりではもったいない。
 といっても僕の求める自由など些細なもので、今のところふらりとコーヒーショップへ出かけたくなったらそこに行ける、という程度だ。しかしそれだけで、普段抱えている閉塞感が随分解消される。しかもコーヒーショップを馬鹿にしてはいけない。そんな場所でも意外な出会いが結構ある。先日は地元でホテルを経営している方と話し込んだし、コーヒーショップの店員とは友達のようになった。細々したことをあげると、他にもまだ多くの出会いがある。

 よくよく考えてみれば、そんなところに僕が、フィリピンに追い求めてきたものの原点があるのかもしれない。
 新しい自分の開拓、新しい発見、何かしらの挑戦、壁の克服、自分というものに普段抱いている閉塞感の打開‥‥。それらをどのような形で実現するかは人それぞれだが、まだまだ未開の地フィリピンには、それを実現できるものがたくさんある。
 つまりそういうことなのか‥‥?
 今回は、「はじめてのおつかい」気分からそんなつぶやきを得るに至ったという、つぶやきのような話しであった。



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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:606. つぶやき

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