フィリピーナと共に
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2012年08月01日

587.フィリピン在住邦人

先週の金曜日にギョウちゃんの運転する車でマニラに入り、土曜日は昨日の記事で触れたようにひろしさんと会い、モナと子供たちは月曜のフライトでタバコの自宅へ帰った。マニラに残った僕は、ギョウちゃんのアラバン宅で、居候状態となっている。この、のんびりとした静かな豪邸でボーっとしていると、まるで隠居の身になったような気分になってしまう。

日曜日はギョウちゃんのアラバン宅で、以前コメントを頂いたタマラオさんとお会いすることができた。タマラオさんは、コメントの文面通り、丁寧で静かな方であった。僕が酒を飲まないことを知り、わざわざタイ焼きをお土産で頂き、大変恐縮した。
最近は日本にいる時でさえ、タイ焼きはほとんど食べる機会がなくなっているが、早速ご馳走になってみると、これがとても美味しいのである。日本で食べるそれよりも美味しいタイ焼きに、美味しさもさることながら、そのタイ焼きに日本人がこの地でがんばっていることを感じ、そのことも嬉しく思い感激した。
それを持ってきて下さったタマラオさんは、この地で十年ほど暮らす、日本人の方である。大変真面目そうな方で、それが本当の姿なのか、それともみせかけなのか、それはすぐに分からないが、少しお話をうかがえばその方の人柄がわかってくる。
タマラオさんは、この地で困っている人がいれば、自分のできる範囲で助けてあげ、近所の人たちともフレンドリーに接している、見かけ通りの優しく誠実な方であるようだ。
僕がビコールから出てきたという話しを聞き、わざわざお土産を頂いたことについては大変嬉しいことであり、人生やフィリピン生活における大先輩から、そのように気を使って頂いたことは、恐縮の極みである。

ギョウちゃんからうかがった話では、タマラオさんはこの地で、よく人助けをするそうである。翌日ギョウちゃんから電話をしてもらい、宜しければ夕飯を一緒にどうかとお誘いすると、丁度その時近所の人(欠食児童?)にバーベキューをふるまい、ご自身も楽しく飲んでいるところであった。普段からそのような気持ちのある方のようで、見た目の誠実さが本物だと知り僕は安心した。
何せフィリピンにおける日本人社会とは、噂で聞く限りでは酷い世界もあるようで、同じ日本人という理由だけで相手を信用すると、後で自分の生活を狂わされる場合があることを、よく聞くからである。
マニラに来る道中のアティモーナンという街で、小さな和食レストランを切り盛りしている、日本人の方と話しをする機会を得た。その方もフィリピンでの生活は、僕よりずっとベテランであるが、その方の言葉がとても印象的であった。

「僕はね、日本人とはあまり付き合わないようにしているんですよ、それはね、フィリピン人に騙されることはあってもその金額はたかだか知れているけれど、日本人に騙されると、立ち直れないくらいでかいからなんです、こんな商売をしているとね、お金絡みで変な話を持ってくる日本人が、意外と多いんです、僕はここで大きく儲けようなんて、まるで思っていない、何とか暮らすことができたら、それだけでいいんですよ、だから変な話しは、全てお断りさせてもらっているんです」

全くおっしゃる通りである。僕も大きく儲けたいなどとは思っていない。いや、この先普通に暮らせることを心配しているくらいなのだから、家族が普通に食べ、子供にきちんと教育を受けさせてあげることができるなら、それだけで十分である。
その方は、あと二年で年金を貰える、今はぎりぎりの生活で苦しいけれど、あと二年がんばれば、少しは気楽に暮らせることができるとおっしゃっていた。
とにかくメニューをみると、全てが驚くほどの低価格である。かつ丼が80ペソ(160円)だ。食べてみると、タバコシティーの150ペソのかつ丼よりも、はるかに美味しい。現地の方を相手にしているために、価格を上げられないから、暮らしはいつもぎりぎりだそうだ。正直に話しくれたのが、売り上げは多い月で三万ペソ(六万円)、利益はその30%で九千ペソ。それがひと月の利益だそうだ。その日は僕とギョウちゃん、そして家族が合わせて六人で、支払い金額が660ペソだった。そのご主人は、一度にそれだけの売り上げが出ることは稀で、本当に助かった、嬉しいと、満面の笑みで支払いを受け取った。
あ〜、ここにも頑張って、踏ん張っている日本人がいるのだと、僕は少し感慨深かった。もし近くに住んでいるなら、日頃から応援したい気持ちになったし、その方をタバコシティーにスカウトしたいと思ったくらいである。

タマラオさんは既に年金をもらっている方で、ある意味今の暮らしをこの先も維持できる見込みが立っている、羨ましい方である。僕の場合はまだまだ先の話しで、それまであの手この手を考えて、生きながらえなければならない。それを考え出すと結構きついが、幸い僕の場合は、外で酒を飲む趣味がないので、それをするお金がないことに対して辛さやつまらなさを感じることはない。家族と少数の友人が傍にいてくれたら、精神面ではそれだけで、十分しのげる。逆の言い方をすれば、家族と心ある友人が、僕にとっては一番の宝物であり、ここで生活をするための支えである。

昨年度、フィリピン在住邦人数は、長期滞在者を含め約一万八千人だそうだ。僕はその中で、約十人の方とお会いしたと思われるが、幸いなことにこれまで、是非距離を置きたいと思った方は一人もいらっしゃらない。
家族はもう選べないが(選び直したいなどとも、全く思っていないが)、友人は選べる。最近は、海外で暮らす上で、この友人の選択が実に大きな意味を持つような気がしている。



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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:587.フィリピン在住邦人
2012年07月31日

586.ロクデナシ哲学に触れて

先日日曜日の朝、僕はマニラ・パンパシフィックホテル一階のコーヒーショップにいた。
コーヒーを一杯飲んでいる間に、ガラスの壁を通して見える外の雨は、一層激しさを増していた。嵐の到来を予感させる、風を伴った大粒の雨である。
思えば僕は、フィリピンに住むようになってから、雨が大好きになった。自分を物理的にも心情的にも外界から遮断してしまうようなフィリピンの豪雨は、時折自分を研ぎ澄ましてくれるような孤独の世界へ導いてくれるし、家族が一緒の時には、家族の絆を強くしてくれるように思え、仕事に向かう気分になれない時には、仕事ができない言い訳にできそうな気がして気分が軽くなる。まるで白い煙幕でもまかれたように、少し先の視界を遮るフィリピンの大雨は、僕にとってそのような意味を持つことがある。もっともその雨が大きな災害に発展してしまえば、それがとてもいまわしいものに思えることもあるのだが。

一緒にいたモナとベルとユリは、その時部屋のバスタブにお湯をため、優雅に朝の入浴タイムを楽しんでいた。いつもであれば風呂好きの僕も、それはいいねと一緒になって入るところだが、その日に限っては、どうも心ここにあらずという落ち着かない心境で、一人で部屋を出てコーヒーショップに行ってしまった。
その前日に僕は、かの有名な自称ロクデナシのひろしさんと、そのコーヒーショップで、長い時間話をしたのである。
先ほど電話で、お名前を出してもよいというひろしさんの承諾を得て、僕はその日の出来事を、これから述べようと思っている。

約束していた夕食前に挨拶だけでもと思い、ホテルへチェックイン後にひろしさんとお会いしたが、そこで少しコーヒーだけでもとお誘いを受けてから、その少しが、気付いたら夕食の時間になっていた。それだけ僕は、我と時間と家族のことを忘れ、話しに没頭してしまった。その後ギョウちゃんが合流し、夕食を共にしKTVなども一緒に行ったのだが、その時の興奮が冷めやらず、僕はそのような自分を落ち着かせるためか、もしかしたらその余韻を楽しむためか、とにかく僕は前日と同じ場所に座わりコーヒーを飲みながら、茫然と雨が降る外を眺めるように、時間を過ごしたのである。

人と会いわずかな時間話をするだけで、これだけ感化されるのは、本当に久しぶりのことであった。僕は会う前からひろしさんを存じ上げていたし、その方がどのような方なのか、ある程度の想像は巡らしていた。それでも実際に会って話しをしてみたら、期待を裏切られがっかりするかもしれないということも、心の隅ではシミュレーションをしていた。人間として未成熟なことを自覚している僕は、そのような心の準備もしておかないと、わざわざ時間を割いて下さった相手の方に、失礼な態度をとってしまう可能性がある。
しかしそのような事前の僕の準備は、まるで杞憂に終わった。会って五分も経たずして、僕はひろしさんの人間性に惹かれ出していた。しかも思ったよりも、はるかに簡単にである。

なぜそれほど僕はひろしさんに引き込まれてしまうのか、実に不思議に思いながら、僕は延々と会話を交わした。いつも、あまり自分のことは話さない自分のはずが、恥も外聞もなく自分の思うことを述べ、そしてひろしさんの話しに集中した。終始そのような自分をなぜだと思いながらも、いつもの悪い分析癖が顔を出すこともなく、とにかく僕は、その会話を自然体で楽しんだ。
話し上手は聞き上手とよく言われるが、ひろしさんは、決して人の話しを遮らない。自らの話しでこちらが話しやすい雰囲気を上手に作り、聞き役に回り出すと真摯な態度で僕の話しを聞いてくれる。それにまんまと乗っている自分がおかしく、同時に楽しくて仕方ないのである。おそらく、僕が安心して自分をさらけ出すことができるのは、ひろしさんの人柄のせいなのだろう。
頭が切れて、笑顔を絶やさないひろしさんであるが、ビジネスや世界や私生活で数々の修羅場をくぐってきた人であるから、ひろしさんはにこやかな笑顔の裏で、実は冷静にこちらを観察しているかもしれないという恐れが時々芽生える。しかしそれでもこちらは、ついつい地が出てしまう。仮にひろしさんが、そのような素の自分との会話が楽しかったと思ってくれたなら、これほど嬉しいことはない。

なぜそれほど楽しいのか、なぜひろしさんは、意図も簡単に人を魅了することができるのか。それだけひろしさんは、僕にとって学ぶべきことを多く持っている人であった。たったそれだけのことで、単なる会話は僕にとって、とてもクリエイティブで刺激的なものになった。あくまでも僕にとって・・、という話しである。
そうなると、やはり僕もお返しをしたくなってくる。しかし僕は、何が提供できるのだろうか。
財力もコネも何もない自分にとって、物理的に提供できるものは特にない。とすれば僕は、訊かれたら自分の体験談や、それを通して学んだつもりでいることを話すことくらいしかないのである。そして、自分を隠さず、決して邪心も計算も持たず、素のままで接することしかない。僕はそれにより、相手の気持ちに報いることしかできないさもしい状況である。ならばひろしさんの気遣いに対して僕ができることは、やはりそれしかない。

初めて会った二人の間の共通話題に、ブログというものがあるが、僕はその狭い世界に特化した話しになるのを避けたく、ブログやブログ界の話題をできるだけ避けようとした。頭のよいひろしさんは、おそらくすぐにそのことに気付いたのではないだろうか。僕の勘違いでなければひろしさんは、自分という人間をさらけ出すように、様々な話題に付き合ってくれた。僕はその中に、ひろしさんの中にあるロクデナシ哲学を、存分に拝見させてもらった。
なるほど人間とは、素のままに正直に生きれば、時にロクデナシになる。しかし人間が人間の本性のままに人の心を踏みにじることをすれば、救いようのないロクデナシになってしまうが、そのことを人並み以上に噛みしめて、素晴らしいロクデナシを目指すひろしさんの考えに、僕は存分に共感したのである。この人ならば、人間とは何か、人生とは何かという僕の問いに、何かしらの答えかヒントをくれそうな直感めいたもの生まれた。しかし愚直にそんなことを尋ねるほど、自分も馬鹿ではないと思っている。僕はそれを、ひろしさんの会話から盗み取れるかもしれないと感じたのである。
そんな背景の中で、自分も十分ロクデナシを貫いてきた人間であるから、二人の間でロクデナシ論議に花が咲くことは、当然のことだったのかもしれない。

ひろしさんが知人のお話をされる時には、ひろしさんがその方の中に、何を見い出しているのかが伝わってくるし、フィリピンでの活動においても、ご自分と周囲の人間との関わり方を通し、ひろしさんの考え方が伝わってくる。そのような話しの中で、仮にフィリピン人の悪い部分の話しが出ても、おそらく日本人が同じことをすれば、ひろしさんは同じように怒り叱って同じことを言うだろうことがわかる。
差別や偏見がなくリベラルで、見栄も虚勢もなく、しかし体の中に一本の筋が通り、ひろしさんは相手が誰であろうと、自然体で対峙できる方であることが、そのような話しを通してしっかり伝わってくる。それがこちらの安心感につながるのである。

僕は噂程度で聞いた、ひろしさんの背景にある経済力や人脈などをできるだけ頭から除外し、ひろしさんそのものを見極めようと思っていたが、人間としての器の大きさについて、 自分は敵わないことをすぐに悟った。自分のそのようなところは、自分で言うのも何であるが、実に素直なのである。夕食を共にしたモナも、わずかなひろしさんとのコミュニケーションを通しそれを十分感じたようで、僕はそのことにとても満足している。

実はひろしさんと会う前に、モナに、ひろしさんはスケベな人?と訊かれたのである。僕は堂々と、そうだと答えた。そんな人と僕がマニラで会えばどうなることか、モナは要らぬ想像を巡らしたようである。最初はマニラに行かないと話していたモナに、僕は、電話での会話を通して感じたひろしさんの人物像を伝え、あとは自分の目で確かめろと話し、モナと子供たちをマニラに連れて行ったのである。
食事の後、スケベな人という先入観を持ったモナでさえ、あっさりとひろしさんのことを認めた。僕はモナが、人を見る目を持っていたことに、本当に嬉しく思った。夕食で同席したギョウちゃんは、もともとあの人はすごいと耳にタコができるくらい語る人であったから、ギョウちゃんの事後感想の、やはりそうだったという言葉はあまり参考にはならないが、人を観察する目にたけたギョウちゃんの奥さんまで、モナと同様、意図も簡単にひろしさんに懐柔させられた。

この事実は、僕がひろしさんをこの場でたくさん語るよりも、よほど説得力があるかもしれない。ひろしさんのロクデナシ哲学は、二人の疑り深いフィリピーナに、十分通用したということであるし、ひろしさんと直接接した僕は、それも当然だと思っている。
実は食事前、社会見学と称し、暗黒喫茶なるものをひろしさんに案内してもらった。これはお会いする前から、僕がひろしさんに、一度是非見せてほしいとお願いしていたことである。食後にはマニラのKTVにも連れていってもらった。既にひろしさんに懐柔されているモナやギョウちゃんの奥さんは、にこやかに三人を送りだしてくれたし、KTVからホテルの部屋に戻ると、なんでこんなに早く帰ってきたのかと言われ、こちらが呆気にとられたくらいである。
このような影響力を振りまくひろしさんには、恐ろしい程の人間力を持つ人であると舌を巻くしかないが、僕やギョウちゃんも、ひろしさんの人間力にほとほとまいり、男が男に惚れる状態になってしまったものだがら、部屋に帰ってからも興奮状態が冷めやらない。ある意味そんな自分たちに、本当に困ってしまった。

そのような思いがけないひろしさんとの関わりは、もしその時だけで終わってしまったとしても、それは僕にとって大変貴重な体験になったのだが、もしひろしさんが許してくれるならば、僕はこれからももっとひろしさんに、様々なことを学ばせて欲しいと心から願っている。
近いうちにひろしさんが、タバコへ来てくれるとおっしゃってくれている。おそらくその時に、僕とギョウちゃんは右往左往しながら、ねじり鉢巻きで企画を練ることになるだろう。その時にひろしさんが尊敬してやまない毛大先生もご一緒していただけるなら、釣り堀以外も探さねばならず、企画会議は徹夜作業になりそうだが、それはそれで楽しくなりそうである。
時としてさもしくなりがちな日本人のフィリピン生活であるが、このような人との出会いは、その生活に大きな花を添えてくれる。
ひろしさんは、とにかく会えて、嬉しかった人であった。

ひろしさんの人間力に触れたいと思う方、どうか当ブログのリンク集から、ひろしさんのろくでなしブログへ飛んでみて欲しい。そのブログを読んで、ひろしさんの内面を読み取れない方は、是非一度、フィリピンで本物の修行をすることを、お勧めしたい。

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2012年07月27日

585.夫婦の小さな会話

一週間近く充電期間をもうけさせてもらい、ブログをさぼり、仕事もさぼり気味だった。
特にブログは、きれいさっぱり放っておいた。放っておいたらアクセスは減るだろうが、それもどうなっているのか、さっぱり分からない。僕はこの一週間、それをまるでトレースしていない。久しぶりに覗いた時に、アクセスがゼロになっていたら驚くだろうが、それでも構わないとさえ思っている。
最近は、少しブログの知名度を上げたいなどと思い、新しいランキングに登録し、できるだけ休まないように記事を更新し、アクセスやランキングの動向を気にしていたが、そんな自分に疲れてしまった。
友人にも、当ブログの感想を聞いてみた。正直に、以前の方が、毎日ワクワクしながら読めて楽しかったと言ってもらった。そう、その通りだと思った。
僕が激動の中に身を置こうが、平和に暮らしていようが、そんなことは読者には関係のないことで、内容はどうであれ、人の心を惹きつけるものは所詮コンテンツであり、作者自身である。作者自身とは、書き物を通して見える、書き手の人物像だ。
世間には、どうみても面白くないだろうというブログでも、人気を博しているものがある。それは、僕がほんの1〜2ページ覗き見しただけではわからない書き手の人物像に、多くの人が魅かれ、人が集まっているのだろう。もしくは世間のニーズを的確にとらえた内容になっていて、僕が面白くないのは、世間のニーズと僕の感覚が、ずれているのだろうと思われる。人が集まるものは、きっと何か、見えにくい理由がある。

もう誰が言った言葉かすっかり忘れてしまったが、ある作家が、作家にはプライベートがないと言っていた。作品に自分の全てをさらけ出さなければ、人を惹きつけることができないからだそうだ。それが作りもののストーリーだろうが、その中に、自分の代弁者がたくさん登場すれば、作品の中で自ずと自分をさらけ出すことになる。そのさらけ出した自分に、多くの人が共感してくれるか、もしくは反対に、おぞましいほどの嫌悪感を持ってくれることで、本は売れるそうだ。もし自分をさらけ出せなければ、長く読者を騙し続けるのは難しいし、騙し続けて作家業を続けるのは苦しいことらしい。
当時読み手として、その言葉の内容を、僕はとてもよく理解できた。

たいしたこともせず、この一週間何をしていたか。現在取り組んでいる原稿を読み返し、修正し、一度できたと喜んで原稿を読み、そしてまた落胆する。僕はずっと、そんなことを繰り返していた。
気分転換にと言っては申し訳ないが、モナと二人でデートなどもした。ここ一週間、我が家の食事があまり口に合わず、不味くてもいいから、和食レストランに行きたいと我儘を言わせてもらい、モナと二人で、和食レストランで蕎麦と天丼を食べてきたのである。
そのレストランは、家族の誰もが一緒に行きたいと言わない。二人だけで食事に行っても、誰からも文句を言われないのだ。それだけ不味いということであり、ある意味都合がよいレストランである。
そのレストランを出て、いやぁ、不味かったと、僕はバイクを運転しながら、後ろに座るモナに話しかけていた。不味かったときっぱり言う割に、僕の言い方にさっぱり怒りも嫌味も含まれていないことは、モナにもわかったはずである。いくら不味くても、その不味い蕎麦と天丼には、わずかながらでも、どこかに日本の匂いがあるのである。そのわずかな日本の匂いが恋しくて行ったわけだから、僕はそれだけで満足している。そこの代金も、僕の薄い財布から出させてもらった。
「これで日本の不味い食堂並みくらいの味があったら、最高なんだけどなぁ」
一応その程度のお小言は、思わず口をついて出たのだが、それでも機嫌の良かった僕は、食後に家路から逸れて、コーヒーショップへ進路を取っていた。

コーヒーショップでは、二人で何を話すわけでもないが、仲の良い店員を入れて三人で世間話をし、お互い携帯でちょっとゲームをし、もちろんコーヒーを飲んで、小一時間いただけだ。
その帰り道、バイクの後ろに乗るモナが、あなたは私がいなくなったら寂しい?と、唐突に訊いてきた。おそらくその前の会話に、そのような話しになる何かのきっかけがあったと思われるが、それがどうしても思い出せない。とにかく今思いだせば、唐突にそんな話しになったような気がするのである。
もう暗くなって、車通りもさしてない国道をまっすぐ走りながら、「もちろん寂しいよ」と僕は答えた。
すると、なんで寂しいのかと、モナは再び訊いてくる。
「あなたがいなくなったら、僕の文句を言う人がいなくなるでしょう」

モナには、日本人の僕が自分の心をさらけ出すのに、「もちろん寂しいよ」という一言が、精一杯であることがわからない。その後の、文句を言う人がいなくなるという話しが、十分、冗談と照れ隠しを含んでいることなど、さっぱり理解できないのだ。
「それ、酷いなぁ、心痛い、だったらわたし、いなくてもいいなぁ」
「いなくなったら、困るよ」
「どこが困る?ここ?それともここ?まさかここだけ?」
モナは、僕の頭と胸と股間を順番に指差して言った。
「全部困る」
「ほんと?なんか、耳に気持ちいいなぁ」
出会った頃から、彼女は単純な人だったが、そこは七年経った今も、全く変わっていない。もちろん僕も、口から出まかせで言っているわけではないから、そこが彼女に伝わっているのかもしれない。とにかく彼女は、たまに二人だけのデートはいいなぁと喜んで、バイクの後ろから、運転する僕に抱きついてきた。

こうやって紹介してしまうと、なんてことはない夫婦の戯言のような会話であるが、実はその時、僕もまんざらではなく、モナもこの出来事を、わざわざギョウちゃんの奥さんへ報告するほど、嬉しい出来事だったようだ。
何もかも放り投げて、僕にも心に余裕を取り戻していたのかもしれない。夫婦の会話とは、何も難しいことばかりではなく、気持ちを少し素直に出すだけで、そこに重要な意味が宿ることを思い出した、小さなエピソードである。
僕の書き物にしても、できるだけ自分をさらけ出すよう、がんばらなければならないと痛感した一週間であった。

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