フィリピーナと共に
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2012年07月01日

563.食文化の違い

昨日の記事で僕は一つ、大切なことを書き漏らしていた。実はギョウさんのお宅でご馳走になった料理の感動品目の中にキムチがあったのに、それを書き忘れてしまった。
僕は本来キムチを食べないが、美味しいキムチだけは食べる。変な言い方かもしれないが、実際にそうだ。外で売っているキムチや焼肉屋さんのキムチも、作ってから日の経過しているものは、嫌な酸味があって僕はほとんど手を付けない。
モナと焼肉屋に入ると、キムチの好きなモナが必ずそれを注文しようとする。しかし初めて入った店の場合、僕は必ず、あなたの責任で食べて頂戴と念を押すのが常である。
ギョウさんのお宅でご馳走になったキムチは、爽やかな酸味があってフレッシュそのもの。この爽やかな酸味の謎は、パイナップルジュースらしい。かつて叔父さんの作った手作り牡蠣キムチを彷彿とさせる味だった。僕は珍しくキムチだけで、ご飯をたくさん頂いたのに、それを書くことをすっかり失念していた。

ギョウさんのお宅では、昨日紹介した通りたらふく美味しいものをご馳走になってきたのだが、僕は正直に言うと、普段食べているフィリピンの料理はあまり好きではない。もちろん全ては料理の仕方で、ココナッツ料理にしてもコクがあってすこぶる美味しいと感じる時はあるし、バーベキューはタレ次第で、素直に美味しいと感じる。しかしフィリピンの料理には、どうしても雑な印象を抱き、残念に思うことが多い。
例えば、美味しいと思って安心して食べていると、時々歯が痛くなるほど固いものに出くわす。あっ、と思い口の中の塊を探すと、それが肉や魚の骨だったりする。奥歯で噛んだ時にはよいが、前歯で思い切り噛んでしまった時など、「いっちゃったか?」と、ドキッとすることがある。

僕は過去二回、出先で前歯を失ったことがある。いずれも日本だったが、何かの物を食べて違和感が生じ、嫌な予感を持ちながら舌で歯を確認すると、前のあたりで心もとない感じがする。それでも鏡で自分の口元を確認するまでその悲惨な出来事を信じられず、気のせいであってくれと願いながら口元をキュッと引き締め無言でトイレに行くのだが、鏡に映った自分の作った笑顔が、まるで自分のものとは信じ難い歯抜けの間抜け面になっているのを見た時の落胆ぶりは、自分の人生が終わったと錯覚するほどであった。鏡の中の無理やり作ってみた笑顔が、みるみる引きつり笑いに変わっていく。
一度目の時には、運よく取れた歯が口に中に残っていたので、それを鏡の前で元に戻そうと頑張り、はめ込んではポロリと落ちてくる歯に、涙目になったことを覚えている。
二度目の時には落胆した後に、ここにあるはずの歯は一体どこに行ったのかが気になり、再びテーブルに戻ってから、あるはずもないイカが載っている皿の上を無言で探し、やはり腹の中か・・・、などと、そこでようやく諦めがついたという思い出となっている。

出先で前歯などを失ってしまえば、もう何をやっても気はそぞろで、仮に滅多にない絶世の美女とのデート中であっても、いや、そうであればあるほど、一刻も早くデートを切り上げ、家に帰って一人になりたくなってしまうものだ。
それでも日本であれば、日曜日でさえ電話帳からかたっぱしに番号を拾って連絡すると、仮歯を入れてあげるからすぐ来て下さいという救世主が見つかるが、このフィリピンで同じ状態になったら一体どうなるのだろうと想像すると、ぞっとする。
そんなこともあろうかと、前のさし歯二本は、フィリピンに来る前に丈夫で長持ちしそうなセラミック製に交換したが、衝撃に弱いセラミックだけに、思い切り噛んでガキッとなれば不安になる。予備の歯を作ってもらい、アロンアルファとセットで持ってくるべきだったろうかと、真剣に考えることもある。
このように、安心して食べられないフィリピン料理は、それだけで料理の価値が一段も二段も下がってしまう。しかし根が単純にできている僕は、一つ口に入れて美味しいと思うとまるで犬のようにがっついてしまうから、これまで何度も、歯抜けになりそうな事故に遭っている。

僕にはここの食材で、どうしても許せないことがある。それは豚肉が、一番表面の皮つきで売られていることだ。そしてフィリピンでは、その皮ごと料理してしまう。たまに豚の料理で、皮に押されたスタンプの痕跡にでくわすこともあり、そうなると僕の食欲は激減する。だから僕は自分で料理をする場合、面倒でも全てこの皮を落としてしまう。すると味はもともとよいから、結構いける料理になる。
そしてモナと一緒に料理をするとよく分かるが、彼女たちはもともとハロハロ(混ぜ合わせる)が大好きな国民なだけに、モナも、とにかく何でも(調味料でも食材でも)料理に入れたがる。僕はこれまで何度もモナに、自分のことは棚に上げてシンプルイズザベストという言葉を投げかけた。
例えば野菜炒めのような料理に、干し魚を細かく砕いたようなものが骨付きで入っていると、日本人の僕などは「なんで?」となる。これには中国人だって「ドウシテアルヨ?」と驚くだろう。魚の骨が邪魔になるだけでなく、野菜を炒めた香ばしい香りまでが干物の匂いにかき消されてしまうから、実にもったいないと思ってしまう。ただ、こちらの人はそれが美味しいらしいから、そこは育った環境の違いによる好みの違いだと理解し我慢するが、このような食材の組み合わせに関して、僕は言いたいことが山ほどある。

僕は普段から、本当のことを言えば、もっと料理に神経を使ってくれとフィリピンの方々に言いたいが、それは馬の耳に念仏となるだけだと分かっているのでお願いしたことがない。
そもそも僕は、食べ物にケチをつけるのが嫌いな性分で、・・・と言いながら、ここでは随分いろいろと話しているが・・・、実際の食べ物を目の前にして、不味いとか食えないということは決して言わないようにしている。お腹一杯食べられることは、幸せなことだと子供にも教えているし、そのことは、心の底から僕が思っていることだからだ。ただし、どうしても食べられないもの、例えば豚の血を使った料理などは、ごめんなさいと言って遠慮させてもらうことがある。

とにかく食文化のすり合わせ行為は、意外なほど厄介で時間がかかる。
フィリピンの方々も日本料理は美味しいというが、おそらく毎日それを食べていたら、どこか神経に支障をきたしてくるはずだ。日本暮らしを経験しているモナは、そのことを理屈抜きでよく分かっている。だから彼女には、僕に対してその点における気遣いがあるから助かっている。それが一切なければ、それだけで発狂ものだ。
人間に沁み込んだ味の感覚というものは、脳の奥深いところに刻み込まれているようで、簡単に好みは変えられないし、どうしても慣れた味を追い求めてしまう。
このような、自分と慣れ親しんだものと違う食文化を持つ世界で暮らす身としては、たまにギョウさんと会い、美味しい料理を振る舞ってもらったり、こちらが美味しいと勝手に思っている料理を振る舞うことは、見えないところで実に大きな意味を発揮していることである。


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エントリー:563.食文化の違い
2012年06月30日

562.ギョウさんのお宅へ2

昨日、ギョウさんのお宅に到着する頃は台風の影響で雨模様になると思っていたが、日頃の行いのよさで、体に汗がにじむほどの好天気となった。実際に朝から雲行きは怪しかったはずなのに、台風は一体どうなったのだろう。そして今朝も、ピカピカのお天気。今日はベルの公文塾がありレガスピにおでかけとなるが、昨日一日一緒に食って話をしたギョウさんの息子さんも同じ公文塾があるので、今日もまたレガスピで、ギョウさんと合流する可能性がある。

昨日、ギョウさんの家に向かうジープで、そのジープが普段街中を走るジープとは少し違うという面白いことを発見した。
タバコとリガオを結ぶジプニーは、距離にして27Kmを走ることになる。途中までギョウさんがご自分の車で迎えに来てくれたので、僕たちはリガオまで行かずにジプニーを降りることになったから、リガオがどのような街なのか僕は知らない。しかし、その途中の光景はとにかく山道ばかりで、時折姿を現す村のようなものも、いわゆる山村そのものである。
このジプニーは、そのようなところでサリサリストアー(日本で言うコンビニ・・見た目は全く違うけれど)や八百屋を営む人が利用しているようで、狭いジープの中は、仕入れた商品で一杯だ。中味を覗いてみると、タバコや乾物、スナック、野菜、調味料など、日常雑貨がたくさん見える。ジープの中の雰囲気もよく分かるので、ちょっと写真を紹介したい。
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一体これに、いくらの利益を乗せて売るのだろうか。こうやってジープで運ぶとなれば、全部が売れたとしてもたいした利益にならないような気がしてしまう。仮に一万円の仕入れに二割の利益を乗せ、それが全部売れて二千円の儲け(ジープ代除く)だ。一ヶ月の仕入れが十万円にもなれば、そこでようやく利益が二万円くらいになる。しかも全部売れての話だ。仕入れは問屋ではなく、おそらくその辺のスーパーで、スーパーの買値に利益を乗せて売るわけだから利益をべらぼうに乗せられないと思われる。細い商売であることは、容易に想像がつく。

こんなジープの中で、我が家五人(ダディー、モナ、ベル、ユリ、僕)は、少し浮いていた。着るものやバッグなどの身につけるものが、まるで周囲と違う。
特にモナは、コーチのバッグを持ちオメガの腕時計をしてiPhoneで電話に出る。僕も革製のバッグを持ち電話はiPhone。ダディーもおでかけの際には綺麗な服を着て革靴を履き、僕がお土産で買ったブルガリの香水を自分の体に振りまき、男なら自分のフェロモンで勝負しろと僕がひねくれて言いたくなるような、素敵な香りをまき散らしている。
日本の中にいたら、雑踏の中に埋もれてしまうありふれた家族だが、写真のジープの中ではこのように、少し目立っていた。
しかし、だからと言ってホールドアップに遭うような、危険なことは一切ない。ジープの中はいたって長閑で、ダディーは隣の叔母さんと一生懸命話をしていた。
途中、ギョウさんのブログでも紹介された、地上から高さ20mほどの壊れた橋を迂回するために、ジープはでこぼこの舗装されていない川べりまで下り、川の上に臨時に作られたコンクリートの橋を渡る。橋を渡り終われば再び道路は未舗装のでこぼこ道に戻り、周囲はジャングルだが、そんなところにも村がありたくさんの家が並んでいる。こんな場所で、どうやって暮らすのだろうと思われる山中で、その辺りの家や住人のみかけは、みんなみすぼらしい。長閑ではあるが、自分がここで暮らせるだろうかを考えると、少し自信がなくなる。
もしモナがそのような村の出身であれば、おそらく僕はそこで暮らし、当ブログの内容はジャングル生活の様子に終始しながら、住めば都だなどと話していたかもしれないし、毎日弱音を御披露するはめになっていたかもしれない。

川を渡り国道に戻ったところで、対向車線の百メートル先に、こちらに向かってくるギョウさんの車を発見。僕はドライバーに向かって、「パラ」と叫んだ。
パラとは降りますという意味で、ジープの中で日本人がこれを叫ぶのは少し勇気を要するが、パラと言ってジープが本当に止まってくれると、「おお、本当に止まった」と、この当たり前でくだらないことに感動し、海外生活の刺激の基本を思い出したりする。

しばらくぶりでギョウさんのお宅に到着し、僕は早速、お気に入りのテラスに陣取った。
モナと子供たちは、テラス続きのリビングに引っ込み、僕とダディーがテラスのテーブルに座っていた。基本的に野生児は、解放感のある屋外の方が好きなのだ。
ギョウさんや奥様は、料理の準備で忙しい。
ギョウさんは、その日振る舞ってくれる刺身のことで頭が一杯なのか、不思議と自分のビールを一本だけテーブルに持ってきて、それを御自分のグラスに注いで一口飲んだあと、そのまますぐにキッチンの方へ引っ込んでしまった。
テーブルを挟んで向かい合わせで座る僕とダディーの間に、飲みかけのよく冷えたビールが一本。二人でそれをじっと見つめていたが、僕がダディーに、「たぶんそれ、飲んでもいいと思うよ」と言い、ダディーは恐る恐る、ビール缶に手を出した。
半分ほど残っていたビールはあっという間に空になり、再び手持無沙汰になった二人の視線はどうしても、やはりテーブルの上に置いてあるオールドパーの瓶にいってしまう。
「ダディー、これ飲んだことある?」
「あ〜、これはスコッチだな、飲んだことはない」
「少し高級なお酒だから、勝手に味見しちゃいましょうよ」
僕がそう言ってダディーをそそのかすと、ダディーは周囲をきょろきょろ見回した後、その瓶にそろりと手を出し、近くにあったグラスに中味を注いだ。僕は飲むつもりはなかったので、ただその様子を見ていただけだが、ダディーが口に運ぼうとしたグラスの中味が透明である。酒を飲まない僕でも、オールドパーが透明でないことくらい知っている。
「あれ?ダディー、ちょっと待って!」
僕はオールドパーの蓋を開けて中の匂いを確認すると、ダディーもグラスに入った液体の匂いを確認し始めた。
「あ!これ水だ」
まるでコソ泥でもするように、ドキドキしながら盗み飲みをしようとしたら水だったことに、ダディーと僕は二人で大笑いした。
最初はこのような出だしだったが、結局この後、ダディーはたらふく食って飲んで歌って、終始ご大機嫌の七時間を過ごし最後は酔い潰れてしまうことになる。とにかくダディーはご満悦であることを人に隠せない得な性格の持ち主だから、僕もモナもそれだけで、連れてきた甲斐があったと大満足することになる。
最近酒を飲み過ぎるダディーにご立腹のママであるが、家に帰りついたダディーのあまりにも幸せそうな様子を一瞬で読み取ったママまで、なぜか幸せのお裾わけをもらったように、酔い潰れたダディーを怒る様子もなく、なぜかずっとご機嫌だった。

僕はギョウさんのお宅で、五つの感動を頂いた。
一つ目は、ギョウさんが両手で抱えるほどの立派な魚の新鮮な刺身。それと焚きたての日本の米のご飯。我が家では一切登場しない美味しいご飯に、ダディーも、これは日本の米か?と確認してきた。この最高の組み合わせで、僕の幸せ感はしょっぱなからいきなり頂点へ到達した。
二つ目はマーボ豆腐。豆腐はなぜか日本の豆腐。パックの買い置きでもあったのだろうか。ごま油の香りがしっかり効いて、しかもごろごろのひき肉の食感がたまらない。ご飯が止まらないではないか。
三つ目は梅干し。ギョウさんのお母様が日本からお土産として持ってきてくれた高級品だそうだが、一口でその高級感が伝わる逸品。実はモナもベルも梅干しが大好きで、僕も前回日本から戻る時に、少し気張った梅干しを買ってきたが、それが足元にも及ばない酸味と甘みが調和した上品な味。これほど美味しい梅干しは生まれて初めて食べたといっても、決して大げさではない。おそらく日本では、自分には全く手の出ないべらぼうに高いものだと思われる。
四つ目はスパゲッティー。僕はここで、はっきり宣言しておきたい。自分がこれまでブログの中で自慢してきたスパゲッティー作りに関して、全てを撤回する。自分が如何に井の中の蛙であるかを思い知らされるほどの、バジルの風味が漂うこくのあるミートソースだった。それを頂きながら僕はモナに話した。自分のソースはまだまだ改良の余地がある、もっと研究しなければならないと。
ギョウさんのブログでは、僕が二皿食べたことになっているが、白状すると、本当は三皿くらい食べました・・・。

いやぁ〜、とても幸せだった、ギョウさんとお知り合いになれて本当に良かったなどとここで締めくくると、お前は食いものだけかぁ〜!と、ギョウさんの悲しい顔が見えるようなのできちんと付け加えておきたい。
確かに僕は食い物に左右されやすい単純な人間だが、それでも僕は、いくら美味しい物を目の前に並べられても、嫌な人と一緒に食べて幸せだっと満足するほど、節操がないわけではない。
これだけの美味しいものは、楽しい話に花を咲かせて相乗効果が出ると言うものだ。
実は昨日、美味しい食べ物はすっかり消化してしまったが、二人の話題は底が見えないほど尽きず、いくら話しても消化不良気味だったのである。たくさん話しをしても、何か肝心なことが抜けているようで、心もとない気分になるほどだった。
話題の中心は、二人の間で旬であるブログのことだったろうか。いや、他にも色々と話したような気はするが、お互いのブログの質を上げていくための討論会が中心だったような気がする。
とにかくたくさん話しをすればするほど楽しかった印象は残るのに、何を話したんだっけというような、具体的な内容がすぐに思い出せない。それだけ話題が多岐に及び、幅広く様々な話をした。
途中で何か事件があったような・・・などととぼけてもよいが、家の前でフィリピン人同士の喧嘩があったことも、しっかりと覚えている。仕事をしながら、手や足を出すフィリピン人男性を、あ〜、こんな時に刃物や飛び道具が出るのかと、しっかり観察させて頂いた。

さてここで、五つの感動を頂いたと書きながら、四つの料理のことしか紹介していないことにお気付きのことと思われる。
五つ目というのは、フィリピンの田舎町で、このような日本人とお知り合いになれたことにどうしても感動してしまうという話しになる。
小心者の僕としては、自分だけが楽しめればそれでよいということはなく、家族同士の付き合いの中でみんながそれぞれ楽しかったと満足できなければ、自分の手放しの満足には繋がらないのである。
その点ギョウさんのお宅は、子供たちは子供同士で遊び、モナは奥さんと話し、僕はギョウさんと話し、ダディーはギョウさんのところの従業員さんに混ぜてもらい終始「ガハハハ」と心の底から笑い、歌って飲んで大暴れ。みんながハッピーで、ユリも帰りたくないという始末だ。(いや、正直に言えば、僕も帰りたくなかったけれど・・)まるで自分が、フィリピンの片田舎にいることを忘れるくらいである。
いくらフィリピンが自分の性に合うとはいえ、一人ぼっちで日本人をがんばっていれば、寂しさや悔しいこともあり、里ごころが頭をもたげてくることもあるが、最近の僕には全くそれがない。これは、ギョウさんおかげであるところが大きい。
それだけではなく、ギョウさんが我が家を訪れてくれることは、我が家の家族に日本人を知ってもらう、絶好の機会である。僕がフィリピン人を理解するのと同時に、家族には日本人を理解してもらう必要がある。ギョウさんはタガログがペロペロ、あっ、いやペラペラで、その役目にうってつけの人である。もしおかしな日本人であれば、家族も顔をしかめて日本人の印象が悪くなるという逆効果だが、もちろんギョウさんに、そんな心配は皆無だ。

実は昨日の記事の中でも少し触れたが、我が家の家族は、フィリピンに住む日本人を全て信用しているわけではない。中には変な日本人もいるということに、家族はしっかりと気付いている。しかし、友人として我が家を訪れたサラマさんを始め、ここの家族は、僕の周囲にいる日本人がみんなまともで立派な人だということに気付き始め、少し安心しているようだ。僕はここまで築いた家族の信用を崩したくはないので、立派な友達しか我が家には招きたくないと思っている。ギョウさんは、もし客人が手に余るようなら、引き受けるからポランギに捨てに来てくれと、ここでも一役買ってくれるようなことをおっしゃってくれている。
誤解の無きように言っておくが、今僕がお待ち申し上げておりますと話しておられる方々にそのような方は一人もいらっしゃらないので、あっ、それって僕のこと?とドキッとされた方は、一応胸を撫で下ろして早くここに来て頂きたい。その際、Sのギョウさんも、しっかり紹介したいと思っている。
とにかく昨日は、平日だというのにこのような楽しいひと時を過ごすことができた。
いやぁ、ギョウさん、最後になりましたが、本当にご馳走様でした。ありがとうございました。

※ギョウさんのブログでも、昨日のことが紹介されております。興味のある方は、リンク集から「ギョウちゃんがいく」をポチっと押して下さい。
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エントリー:562.ギョウさんのお宅へ2
2012年06月29日

561.ギョウさんのお宅へ

朝起きてすぐ、洗面台に蟻を数匹発見。条件反射で、指で押しつぶす。
つぶしてから、ふと思う。蟻にも命があるんだよなぁ。その命が意図も簡単に、しかも不意に絶たれた。
そこに重みというものがあるのだろうか。蟻にも人生と同じようなものがあるのだろうか。僕はこれまで何度か、蟻をつぶした時にそんなことを考える。それでも蟻が目障りに感じた時に、僕はそれをつぶす。そして同じことを考える。僕が死んだら、地獄へ落ちるだろうか・・・、そんなことも時々考える。

最近我が家の家族が増えて減った。増えたのは二匹の犬と一羽のアヒル。
アヒルが先客で、続けざまに子犬が二匹、我が家にやってきた。これで我が家の犬は五匹。貧乏だ、食費に金がかかると言いながら、無節操にペットが増える。不思議だなと思う。
減った家族はアヒル。ダディーの誕生日の朝に、アヒルはいなくなった。
モナの弟のジンがそのアヒルを持ってきた時に、それはまだひよこのようにかわいかった。ユリも可愛がって遊んでいた。アヒルは卵を産むまで立派に成長し、我が家の庭をよく散歩していた。庭を散歩するその姿は愛嬌があって、次第に情が移るようになっていた。

ダディーの誕生日の夜、夕食後にアヒルがいなくなっていることに僕が気付いた。僕が家の中に戻って、まだ食卓に座っているみんなにアヒルのことを訊ねると、もう料理したと言われた。
「え〜!?もしかして、僕も食べた?」
あまりに驚いた顔をしている僕をみて、家族のみんなが笑っている。みんなはとっくに知っていたようだ。
「このテーブルにアヒルは出してないわよ、だって嫌でしょう」

誰もそのアヒルを食べたくなかったようだ。アヒルを殺して調理して食べたのは、家の玄関前テラスで友人たちと酒で盛り上がるダディーだった。あの愛嬌のあるアヒルは、そのテーブルの上で、酒のつまみとして変わり果てた姿をさらしていた。きっと家に帰ったジンは、自分がかわいがっていたアヒルがいなくなったことに、怒るだろう。
このフィリピンで、動物を殺して食べることに驚いていても仕方ない。家の前に、けつから口にかけて見事に串刺しにされた豚が立てかけられていることもあるくらいだ。貧困街では、その辺を歩いている犬が酒のつまみになってしまうのだから、それしきは当たり前である。
しかし、ダディー以外のみんなが、さすがに自分たちは食べられないと言ったことに少し安心する。その辺の感覚が、自分と同じようだ。
他のつまみだってあっただろうに、なぜアヒルを食べてしまったのだろうか。アヒルは我が家の犬とも仲が良かったのに。
アヒルが犬に寄りそっている姿を見ながら、僕はよくモナに話していた。あのアヒルは、きっと自分を犬だと思っていると。小さい頃から犬と一緒に暮らしていたのだから、絶対に彼女は自分を犬だと思っていたはずだ。卵だって毎日産んでいたのになぁ。
なぜ自分は犬なのに、毎日卵を産むのだろうと、彼女自身が不思議に思っていたかもしれないし、なぜ自分は犬なのに、出した声がガァーガァーとなるのだろうと、嘆いていたかもしれない。その意味で彼女は僕の、絶好の観察対象だったのだが。

蟻の命の重さを考えるくらいだから、アヒル抹殺の件は、僕の中で少しだけ尾を引いた。食うなら飼わない方がよい。そんなことで、子供に悲しい思いをさせたくはない。そんな甘いことを僕は考える。
アヒルを連れてきたジンだって、アヒルがいなくなったことに怒ると思うが、もしかしたら怒るポイントは、自分が食べるつもりだったというところかもしれない。
この件に関して、僕は誰にも文句を言っていないし言うつもりもない。この記事の中で、生命の尊さがどうとか、感傷的なことを訴えるつもりも全くない。ただただ、自分が少しだけ驚いて少しだけ嘆いてみただけである。そのうち写真を撮って、このブログの家族紹介記事でアヒルも家族の一員として載せようと思っていたが、それが叶わなくなっただけの話だ。
日本だって田舎にいけば、鶏をしめて食べたり、兎をとって食べたりしている。普段食べている肉だって、所詮は生きていた動物だ。食うために殺すことを、とやかく言っても始まらない。

さて今日は、久しぶりにギョウさんのお宅へ訪問する。ギョウさんの住まいの地域でお祭りがあるからだ。それで招待されたというのは少し正確ではなく、何となくこちらから押し掛けるような形で事が決まった。そこがちょっと気になっていたので、昨日ギョウさんの奥様と電話で話し、本当にお邪魔して宜しいですかとお伺いを立て、丁重にお願いした。
ダディーも一緒に行きたいというので、連れていくことにした。こんな時のダディーは、まるで子供のようだ。行くということを嗅ぎつけると、自分も行きたいという雰囲気をぷんぷん放ち、一緒に行く?と言うと満面の笑みを浮かべて首を縦に何回もふる。
僕が初めてギョウさんに家に招かれた時には、まるで反対だった。ダディーもママも、僕が会ったこともない日本人の家に行くことが心配で、ダディーをボディーガードで連れて行けと言われた。
今はまるで違う。ダディーはギョウさんと一緒に酒を飲んで、話しをするのが楽しみで仕方がない。そんな様子を見ていると、ダディーは本当は、ギョウさんのような娘婿を僕に求めているのではないだろうかと時々思う。そんなところから、僕はギョウさんと自分の違いを、密かに比較することがある。
まあこの話しを始めると長くなるので、それはまた別の機会に譲るとして、とにかく今日は乗り合いタクシーかジプニーかバスを利用して、ギョウさんの家まで行くことしている。僕はその道中も楽しみにしている。
僕はギョウさんのビコールの家が大好きだ。初めて伺った時に、僕はすぐにその雰囲気が好きになった。芝生の庭に桟橋のように突き出たテラスが気持ちよい。フィリピンがいいと言って住んでいるのにこんなことを言うのは申し訳ないが、そこには、まるでヨーロッパの貴族屋敷のような、気分を落ち着かせる何かがある。今日はあの場所で歓談し、ゆったりとした気持ちでギョウさんと初めて会った時のことが、自分の中に蘇りそうだ。

平日なので、仕事の電話やメールにすぐ対応できるよう、パソコン持参で行くというところが少し日本人ぽくて恐縮だが、あの雰囲気の中で、ゆっくりと話をするのを僕は楽しみにしている。
ママはお留守番をするようだ。家に誰もいなくなると心配だというのがその理由だが、本当は家に、ジュンさんやテス叔母さんやロンがいる。だから心配?とママに訊けば、ママは笑って誤魔化しそうな気がする。とにかくママらしい慎重さである。
出発は一時間後。女性陣(モナ・ベル・ユリ)は早い時間からバタバタして既にお出かけの準備を終えたから、今日は時間通り出ることができそうだ。


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