フィリピーナと共に
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2012年06月25日

557.石の上にも三年

最近の僕には、ブログに書きたくてうずうずしていたことがある。今日はそれを、かいつまんで書いてみたい。

実はここ二カ月くらい、僕が一生懸命に取り組んでいることがある。それは自分のブログの書籍化である。現在、このブログの最初の話題を一つの物語としてまとめ、細かいところを修正している。字数が三十五万文字と、結構大きなものになった。単行本にすると、三百ページを超えるものになる。まとめてみると、一つの読み物としてはどうかという点が多々あり、構成も含めて見直す必要がありそうだ。現在は書き間違い、言い回しなどのテクニカルな面を修正中で、それが終わったら構成を見直すつもりなので、まだもう少し時間がかかりそうである。
ついでに時折読者から要望がある「アイリーン」についても、現在公開している部分だけは書き直した。「アイリーン」の結末は、ギョウさんにだけは口頭でお伝えした。実は結末がもうあるのだが、さて、それをどのように伝えるかに悩みがある。
ついでに新しいものも、一つ考え始めている。物語のあらまし、一人一人の性格を含む登場人物設定、構成などを現在作っている最中だ。これはフィクションの物語に、自分の実体験をところどころ盛り込んで話しを進めようと思っているが、まだまだ時間がかかりそうだ。悩みどころはこれらの設定と書き出し。イメージを明確にするために、書き出し部分だけは既に書いてみた。ここでは今までにない書き方を試してみようと思っている。

さて、なぜこのようなことをやり出しているかと言えば、将来の自分の食いぶちを確保するためである。書き物で収入が得られるなら、僕にとってはこれ以上幸せなことはない。
大家のように、それで思う存分稼ぎたいなどと思っているわけではない。このフィリピンで、家族が食べていける程度に稼ぐことができて、僕はブログも含め、書き物だけに集中すればよいという環境が欲しいだけである。
そんなことを意識しているせいで、最近は素人作家の作品も積極的に読んでいる。
最近流行っている携帯小説なるものも読んでみた。物語のパターンがほとんど同じ。主人公が不治の病にかかりやすいのが特徴だ。読んでいると、不治の病が発覚しても自然と悲しくなるのではなく、ここは泣いてくれと頼まれている気分になったり、泣く場面よと教えてもらっている気分になる。情景描写がほとんどなく、会話が多い。笑っている場面に(笑)などと出てきて、その(笑)に思わず読み手のこちらが苦笑いしてしまう。しかしそれが、最近の高校生あたりに受けているようで、最近書籍が売れないと騒がれているのが分かるような気がしてくる。
出版業界を震撼させた出来事に、ここ数年のベストセラーの上位三位を、ブログ出身の素人作家が占めてしまった、などという記事にも出くわした。第一位が二百万部強の売り上げ。これは明らかに、マーケーっとのニーズが変わりつつあることを物語っている。
その反面、プロ作家のベストセラーとなったものを数年間でトレースしてみると、売れるべきものが売れている。作家の知名度に依らず、これは良書だと思われるものがしっかりとそのベストセラーに入っている。だからマーケットは怖い。みんなが作品の善し悪しを見抜く力を持っていることが分かる。
マーケットが馬鹿になっている現象がある一方、マーケットは内容を見抜く力があることをうかがわせる現象もある。この両極端な現象に、出版業界各社も頭を働かせて企画に悩んでいるのだろうが、それは僕にとっても同様で、知名度もない素人作家むき出しの自分が、この業界でささやかにでも食えるようになるには、どうしたらよいかと考えている。
ブログの場合、読者に迎合せず、できるだけゴーイングマイウェイで書いていこうと考えているし、そうしたらよいという周囲の意見も頂いているが、少しでも稼ぐということを意識した場合、方向性をどうするかを決めるだけでも難しい。考えているだけでは何も進展しないので、とにかく作品と呼べるものを少しでも多く書いてみようと、今は考えて実行している。

当ブログの最初のセブ編のみであるが、僕はその書き直し版をある出版社に送付してみた。結果は、自費出版でお手伝いできますよということだった。自費出版でも審査をパスしないとだめだということだが、会社で費用を出すから出版させて欲しいと食いつくまでには至らないレベルだったと、僕は受け取っている。やはり現実は甘くはない。僕は、現在自費出版は考えておりませんと出版社に答え、今後も何かあれば相談して下さいという出版社担当者様の返事を頂いた。詳しい講評も頂き、そこになるほどと思われることが書かれてあった。とにかく出版社に原稿を送るという事実だけで、原稿に向き合う自分の姿勢がこれまでと全く異なることに、自分自身が驚いた。真剣になればなるほど原稿がだめになっていくような気もするし、どのように書けばよいのかの迷いが生じてくる。しかし、それがまた楽しくて面白い。
現在ほぼ出来上がりつつある全編をどうするか、もう一度出版社に相談をするか、それとも別ブログにして無料で掲載してしまうか、何かの賞に応募してみるか、電子書籍化してどこかで売ってみるか、いろいろと悩ましいところである。

多くある選択肢の中で、別ブログを立ち上げて無料掲載するというのは、意味がある。
当ブログの読者は、何と言ってもフィリピン関係者が多い。当ブログの現在の読者数は約八百人、アクセス数は一日二千五百〜三千強。読者のうちフィリピン在住者と思われる方が約一割の八十人。これはアクセス傾向の分析結果でわかっていることで、比較的正確な数である。アクセスの第一位は日本、二位はフィリピン、三位はアメリカ。二位のフィリピンが全体の約一割だから、圧倒的に日本が多いということだ。
その日本では七百人強の読者。まだまだ非常に狭い世界である。ブログのタイトルにフィリピーナという文字が付き、フィリピンカラーが強くでているブログであるから、これはある意味仕方がないと思うが、魅力のあるブログであれば、自然と読者層も広がるような気もしている。試しに、フィリピンやフィリピーナという文字を外したブログで掲載してみるとどうなるだろうか。ちょっと興味がある。
僕のブログの舞台はフィリピンだが、内容は「愛」だったり「人生」だったり、または「人間関係」や「フィリピン異文化」をみることで「日本社会とは何か」を考えたりすることもテーマになっている。ならば、インターネットの世界でもう少し知名度を上げ、文章を書くことの商業化を進めやすい環境を作ってみるのも手ではないかと思ったりもする。そのために、フィリピン色のないカラーを持つブログを立ち上げ、今書いている完結した物語を、随時出して見るのも一つの手ではないだろうか、などと思っているのだ。
最近は、とにかくそのようなことばかりを考えている。このブログのアクセス数を増やすために、ブログ村なるものにも登録してみた。その結果どうなるか、まったく想像できないが、嫌味にならない範囲で、もう少し広いで世界で認知されるように売名行為を企ててみたい。
もっと身の丈に応じたことをやりなさい、考えなさいと言われそうだし、自分の中にもそのような気持ちが実はある。しかし、諦めてしまえば先には進めないということも事実だ。どうやっても誰かの目に止まり世間の脚光を浴びるような溢れるほどの才能があれば別だが、そうでない人は、いろいろともがく必要がある。だからしばらく、いろいろともがいてみようと思っている。

このような気持ちを駆り立てるものは、やはり自分と家族のフィリピンにおける生活である。現在は自分に仕事もあるが、突然それがなくなることもある。今僕が突然死んでしまったら、家族はどうなるかということもある。これからの二十年間を考え出すと、フィリピンではとても安心できない。
日本にいて毎日ばりばり仕事をすれば、自分の感触では年間に相当稼ぎだすことができる。しかしそれも、ここ数年の話しだ。僕は今の設計下請けの仕事をして、強く感じることがある。それは、日本の大企業に仕事がなくなってきているということだ。しかし大企業は多くの社員を抱えているから、自分たち動きを止めるわけにはいかない。するとどうなるか。大企業は、これは是非やりたいということではなく、何か動いていなければならないと思いながら動いている。そのおこぼれが自分たちに回ってきている。そんな実感を持っている。しかしそれも長続きはしないだろうから、大企業が相次いで人員削減を行っている。
まあ、ここで言う大企業も様々で、そうではないところもたくさんあるだろう。しかし何となく、狭い業界を通しての話しであるが、今の日本にはそのような閉塞感を感じて仕方がない。その業界で数年間、身を粉にして働いたらどうなるか。設計業界で身を粉にして働くということは、それこそ余分な時間が取れないことを意味する。毎日息切れするほど没頭し、気が付いたら明日から仕事がありませんということも突然あるわけである。

まあ、贅沢な考えや悩みではあるし、日々そのような仕事に追われながら生きている人には申し訳ないと思うが、今の自分が置かれている環境は、将来を考えるのにはとても都合がよい。
いますぐにどうこうしようと考えているわけではなく、僕はこの先三年から五年のスパンで考えている。このブログも、立ち上げてから三年が経過している。三年間やってみて、やり始めの頃には全く見えなかった色々なことが見え始めた。ブログを通した得た人脈や、世間に何かを発信することの意味、その有り方など、諸々のことである。フィリピン生活も三年。これは日々の記事に紹介する通り、やはり様々なことに気付き、自分の考えが変化している。
よって何か新しいことを始め、また三年間も続けたら、もしたら何かが見えてくるのではないかという期待感がある。石の上にも三年で、その時に何も見えなかったら、それはそれで諦めもつくというものだ。しかし簡単には諦められず、僕はきっと色々な形で悪あがきをするだろうと思われる。もう余生が少ない中でのあがきであるから、みっともないこともあるかもしれないが、悪あがきも悪くはない。自分のブログを振り返って、実にそう感じている。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:557.石の上にも三年
2012年06月24日

556.お祭り開催中

昨日土曜日は、モナ、ベル、ユリ、僕の四人でレガスピへ行ってきた。土曜はベルの公文塾があるからだ。月謝の支払い日にも関わらず、金曜日に手持ちの現金がないことに気付き、慌てて銀行に行った。月謝は日本円で約七千円と、決して安くはない。お金もおろしてきたことだし、ランチはレガスピで何か美味しいものを食べようとモナが提案し、僕もそれがいいねと二人はすっかりそのつもりでいたが、でかける直前にママに、そんなもったいないことは止めて家でご飯を食べてから出かけなさいと言われ、ランチの外食はあえなく中止。
昼食後にシャワーを終えてバスルームで着替えていると、モナに、スカイプに電話が入っていると呼ばれ、上半身裸のまま慌てて出ると日本のお客さんだった。問題について相談を受けていた方で、僕は朝のうちにメールで、検討と対策案を出しておいたが、彼はまだそれを読んでいなかったらしく、それを読んでもらって話しはすぐに終了。
その間ユリは、紫のワンピースを着て、髪を三編みにしてもらい、さらにリップクリームを塗ってもらったりしたものだから、鏡に映る自分の姿にずっとうっとりしていた。

ベルを公文に送り届け、三人でレガスピのモールに辿り着いてから、さて、どこに行く?という話しになったが、何度も訪れ特に行きたいところもなく、ユリを歩かせ彼女の行きたいところへ僕とモナがついていくことにした。ユリの行きたいところは、二階の家電製品売り場とゲームコーナーであることは分かっている。しかし彼女は、一つ目のエスカレーターを無視し、モールの端にあるエスカレータで二階に上がり、随分遠回りをしてから家電製品売り場へ行った。そこで彼女がしたいことは、大型液晶TVの鑑賞である。いつもあまりにご執心なので、昨日は思わず衝動買いをしてしまうところだった。ユリはそこで気の済むまでTVを眺めると、さらに上の階へと歩を進め、予定通りゲームコーナーへと辿り着いた。そして自分のやりたいゲームマシンの前に行き、彼女は僕に両手を出して、コインを頂戴と言う。何から何までいろいろな意味でしっかりしてきて、先が思いやられる。

そんなことをしている間に、出がけにスカイプで電話をかけてきたお客さんから、結果のメールが届いた。その結果から次のアクションを相談するために、日本へ国際電話。最近はこの国際電話料金がばかにならない。一回の電話で三十分や一時間話しをすることがざらだ。そうこうしていると、当ブログの読者であるTammyさんから、ブログ開設のご案内メールが届いたので、帰宅後に、ブログページ右側のリンク集へ「毎日いろいろあるけれど」のリンクを貼り付けた。
Tammyさんは僕と同郷の方で、かつて帰省した時に、電話で話しをしたことがある。それ以外にもプライベートなメールのやり取りがある方で、そんなやり取りで感じるのは、彼がとても気持ちのよい方だということ。彼の仕事について詳しくは知らないが、何かパソコン本体やソフト関係の販売をやっている方なのだろうか。仕事の関係で、芸能界の有名人とも交友があるようで、彼のFacebookを見て僕は驚いた。彼はアップル関係に強い方らしく、ご本人のブログでも、最初の記事は新しいマックエアー購入の話しだった。Tammyさんの婚約者はマガンダフィリピーナで、そのうち彼のブログでいろいろと登場するのではないだろうか。今度みんなで、フィリピンで会おうねと話している。ついでにと言っては申し訳ないが、ギョウさんのブログもリンク集に貼り付けた。近いうちに、個人的にやり取りのある方のリンクを、勝手にどんどん貼り付けたいと考えている。

自宅で夕食後、今度は家族四人でセントラル(町の中心部)へ出かけた。今はお祭り期間中で、夜も様々なイベントがあちこちで開催されている。どこもかしこもものすごい人だかりで驚くばかりだ。小さなエリアに人口が十二万人もいるから、それなりに人口密度が高い。(タバコシティーの写真が載っているページをインターネット上に発見)この時とばかりに若いマガンダさんもたくさん出ていて、あ〜、やっぱりここもフィリピンだと、久しぶりに妙な高揚感を覚えた(笑)
昨夜のお目当ては、バンドである。期待通り、モールの前でがんがんやっていた。ユリが椅子に立ち上がって、音楽に合わせて例のダンスを披露。彼女はどうやら、音楽が鳴り出すと勝手に体が動いてしまうようだ。一本15ペソ(三十円)のバーベキューを食べてみるとこれがとても美味しくて、夕食後だというのに、ボリュームのある肉の串刺しを一人で五〜六本も食べて、あとで胸やけを起こしてしまった。
ベルもユリも、昼からずっと出歩いていたせいで、一時間もしないうちに疲れてしまったようで、僕はもっとそこに居たかったが、諦めて帰宅。それでも久しぶりに外へ出て、少しストレス発散に繋がった。
今日はお祭りのメインの日。(といっても、一ヶ月間ずっとお祭り騒ぎで、僕はいつも、みんな金が無いと言いながら、これは一体何なの?と話しているが・・)我が家でも親戚を呼んで、軽くお祭り騒ぎをするようだ。ギョウさんにも声をかけているので、おそらく本日、来てくれるのではないだろうか。
今ギョウさんの頭の中は、ブログのことで一杯なようで、奥様はモナにそのことでたくさん愚痴をこぼし、ギョウさんは僕に、ブログのことを一生懸命話されるのではないかと想像している。
今日も退屈しない一日になりそうだ。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:556.お祭り開催中
2012年06月22日

555.新しいブログ

今日はめでたい。何がめでたいかと言えば、記事のナンバーが555とぞろ目で縁起が良い。僕は日本にいる時にスロットをやっていたせいか、このぞろ目に弱い。特に333や777には思い入れがある。パチンコでは555は確率変動ではないだろうか。
とにかくそのようなめでたいナンバーの記事だから、さて何を書こうかと少し考えて、昨日生まれた新しいブログの紹介をすることにした。
あのフィリピン歴十八年のギョウさんが、いよいよアメーバにブログを開設した。
ギョウさんとは僕の記事に度々登場した、ビコールSさんのことである。

昨日突然ギョウさんから電話がかかってきて、ブログのタイトルを考えて欲しいとお願いされた。
皆さんお気付きかどうかわからないが、実は僕は、タイトルをつけるのがとても苦手なのだ。読者の方に、よく長い記事のことでいいとか悪いとか言われるが、僕が毎回の記事で最後まで悩んでいるのが、記事のタイトル。いつまでも悩んで、あげくピントのずれたタイトルにしてしまう。どうしてこうもタイトルが自分は苦手なのだろうと、いつも思っている。本当はべたべたのタイトルにすれば楽だが、ブログページのスペース上、長いタイトルは気に入らない。例えばこのページの左上に、最近の記事という欄がある。長いタイトルにすると、一行に収まらない。コメント欄も同様だ。だから悩んでしまう。

そんな僕にブログのタイトル?
自分はタイトルを考えるのが苦手で気が重いことをギョウさんに伝え、考えてみるが気に入らなかったら即座に不採用にして欲しいと逆にお願いをし、一応考えた。
そうしたら、さすがにギョウさん、僕の考えたブログタイトルをサブタイトルにして、自分でちゃっかり、すばらしいタイトルを考えた。そのタイトルは
「ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく」
である。「ギョウちゃんがいく」が、僕の考えた部分だ。このブログの最初の記事の中で、僕がタイトルを考えたことが紹介されているが、本当は、僕にもっといいものを考えて欲しかったと彼が泣いている。

しかし僕は、このブログタイトルがとても気に入っている。最初からしっくりくるタイトルなど、なかなかない。僕のブログタイトルにしても、最初は恥ずかしいというか、ありきたりというか、とにかく自分に馴染むまで随分と時間がかかった。
「ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく」・・・とてもいいではないか。このブログが認知されれば、「ほらほら、ギョウちゃんの・・・」などと、親しみを持って噂されるに違いない。

ギョウさんはこのブログを立ち上げる時に、パソコンに張り付いて苦労されたようだ。それはよく分かる。僕のブログというものが何であるかを知らずに始めたから、シーサーやアメーバやヤフーなど、どれを利用すべきかもわからず、それを決めてからはページを作るのに一苦労も二苦労もした。ページができると、何をどのように進めればよいかに悩み、ようやくフレームができて最初の記事をアップする時には、自分の文章が不特定多数の方々に発信されることをどきどきしながら更新ボタンを押した。しかし不特定多数どころか誰も見にきてくれず、何も心配することはなかったではないかと、がっかりするようなホッとするような、複雑な気持ちでアクセス記録を眺めたものだ。

ブログ開設にあたり、ギョウさんはずっとパソコンに張り付いているために、奥様の激しいお怒りを買っているらしい。奥様からモナを経由して、僕に情報が流れてくる。それを直接ギョウさんと話したら、「そうなんですよ、パソコンを捨てると言われている」とか。そこでギョウさん、「このブログはMarkさんのブログと兄弟ブログの位置づけで出す、つまりこれは二人のビッグプロジェクトなのだから、少し我慢してくれ」と言い訳したそうだ。それだと僕まで睨まれるではないかと、そんなことを言うのは頼むから止めて欲しいとギョウさんに、心の底からお願いした。
しかし気持ちはよくわかる。僕もブログを始めた当初、寝ても覚めてもブログのことで頭が一杯だった。ページのデザインはこれでよいか、アクセスはどうなっているか、もっと人を集めるにはどうしたよいか、記事の雰囲気を変えた方がいいのではないか。数少ない読者の一人に相談したこともある。その時は、読者に迎合せず、我が道を行きなさいとアドバイスを頂いたことを、今でも覚えている。アドバイスをくれたのは、今でも時々コメントを下さる、日本海近くに住む、日本海の荒波のようなお方だ。
昨夜は「とにかくほどほどに」と言って、ギョウさんとの電話を切った。しかしギョウさんは、今朝もすでにパソコンに張り付いているようだ。ギョウさんのスカイプアカウントがオンラインになっているから、ギョウさんがパソコンを開いているのがすぐに分かる。
モナが、ギョウさんの奥さん、また頭が痛くなっているなぁと話す。


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posted at 10:21
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