フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年06月18日

551.朝の考察

昨夜、何気にベッドに横たわり、気が付いたら朝になっていた。モナと何かを話していたような気もするし、本を読んでいたような気もするが、昨夜の記憶が飛んでいる。
起きたら机の上に手つかずの冷たいコーヒーを発見。それを引き金に、記憶が少しずつ蘇る。
昨夜はコーヒーを淹れて、すぐにベッドに横たわったのだ。コーヒーを淹れて机に置いたのだから、すぐに机に戻ろうと思っていたのは間違いない。そうだ、僕はお客さんの連絡を待っていた。日曜の早朝お客さんから、緊急事態でヘルプが欲しいというメールが届いていた。相手は徹夜をしたようで、日本時間の朝4時頃に送信されたメールだった。
朝のうちに状況説明を読み、すぐに所見を書いて送り、スカイプで一度話しをしましょう、徹夜のようなのでおそらく寝ているだろうから、起きたらスカイプにメッセージでも下さいとメールを返し、昨日は一日その返事を待っていた。
そんなことを思い出しPCを開けてみたが、パソコンのスカイプ画面にはメッセージなし、メールもなし、急いで書いた所見で間に合ったのだろうか。それとも本日仕切り直しのつもりなのだろうか。
冷たいコーヒーとタバコを持って外に出ると、西側の山の方から涼しい風がびゅうびゅう吹いていた。空に雲はあるが、空の半分くらいに青空も見えている。はて、台風はどうなったのかと再びパソコンで雲の衛星写真を見てみると、それはまだルソン島の東側にいたが、その中心はルソン最北端を既に通りすぎていた。昨日は雨も少しは降ったし風も強かったが、台風に襲われているという感じではなかったから、大した影響もなくこのまま過ぎてしまいそうだ。
よかったなどと思っていて、また別のことを思い出した。今タバコシティーはお祭り期間で、セントラル(町の中心部)でイベントが開催されている。土曜日はプロのバンドが来ていたそうだ。それで昨夜、ちょっと様子でも見に行くかとモナと話をしていたのだ。これはもうあとの祭りだなどと思って、あっ、文字通り、本当にあとの祭りだ、などと一人で苦笑した。

それにしても、なぜこうも見事に昨日の記憶が飛んでいるのだろう。歳か?それとも疲れている?たいして疲れるようなことはないはずだし、やはり歳なのだろうか。
計算のできないモナに、お前は馬鹿か?などと僕は度々言うが、どうもこちらの方が、日々、どんどん本物の馬鹿になっているような気がする。このまま馬鹿が進行したらどうなるのか。真剣に考えると恐ろしくなってきた。

僕は普段、モナに「おいおい、大丈夫か」などとよく言うが、本心から彼女のことを不安に思ったり心配しているわけではない。
彼女と話をする際、僕は時々、彼女を怖いと思うことがある。彼女はこちらがぐうの音も出なくなるほど、さらりと物事の本質をついてくることがあるからだ。こねくり回して言うわけでないところが恐ろしい。だから込み入った話をする場合、こちらに覚悟が必要となる。いい加減な話をしているところでぼそっとそれが登場するのは、こちらが大上段から振り下ろした刀を、よそ見をしながらあっさり片手の親指と人差し指で真剣白刃取りされるようなもので、こちらが「あら?」っとなる。その瞬間から、こちらは刀を振りまわしながら、どうやって逃げるかを考えだす。
僕は何度かそのような苦境に立たされ、次第に分かってきた。人間に大切なことはそれだよと。子供たちに勉強してもらいたいのはそれなんだ。あなたは子供たちとのふれあいの中で、それを子供たちに伝えてくれたらいいじゃないか。計算ドリルを片手にベルを追求するのもいいが、あなたの天性のボケと鋭く本質を見抜く力を、じょうずに伝えたらいい。

僕の理屈はどうもいかん。その証拠に僕の話しは、こねくり回している。本物とは俳句のように、短い言葉の中に全てが凝縮されているものだ。一言で相手を黙らせるのが、一番恰好いいし、恐怖を与える。それが相手を承服させるのだ。それだけで、相手の真の信頼を勝ち取ることさえある。

・・ってことは、僕もモナに承服しているのか?おそらくそうだろう。ママにも頭が上がらない。ダディーにも同じだ。だから僕はいつも、文句を言いながら相手の言いなりになっている。そう、家庭円満の秘訣というものを、僕は無意識に実践しているようだ。
朝の静けさと一杯のコーヒーは、僕に嫌なことを気付かせる。ついでに本日提出の書類を一つ思い出し、とても焦っている。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:551.朝の考察
2012年06月16日

550.僕とベル

ベルとユリがまた喧嘩をしている。二人は最近、頻繁に喧嘩をするようになった。九歳と二歳半の子供の喧嘩だ。
喧嘩の原因はiPadが多い。ベルがiPadを使っていると、ユリがちょっかいを出す。この時にベルはさっとユリに背中を向け、iPadを自分の体で防御しながら操作を続行する。ユリがしつこければベルは、「パパ〜、ユリ、マコリット(しつこい)」と僕に告げ口する。
逆にユリがiPadを使っていると、ベルがすぐにちょっかいを出す。見ていてじれったいのだろう。最初はユリに教えるつもりでベルが脇から手を出す。ユリは邪魔をされるのが嫌いだから、一人前にベルの手を払おうとする。そんな時、ベルはますますしつこくなる。時にはベルが、さっとiPadを取り上げてしまう。するとユリは大騒ぎしてiPadを取り返す。今度はユリがiPadを持って、誰にも邪魔されないところへ移動する。僕のところへiPadを持ってきて、僕が椅子に座っていれば僕のひざの上にiPadを置いて、ユリが立ったままゲームを続行することもある。するとベルが、「パパ〜、ユリ〜、ナットシェア(分けあわない)」と告げ口をする。ユリも「アテベール!」とベルを指差し、何やら告げ口をする。今日も朝から、そんなこぜりあいがあった。
モナはベルに注意しようとするが、僕は放っておけばと言う。ユリにはシェアしなさいと注意することもあるが、ベルはもう分かっている。子供のこぜりあいに、大人が余計な口出しをしない方がよい。
少し前まで、ベルはユリがどんなに我儘になっても、じっと我慢していた。僕はそんなベルの態度にずっと疑問を持っていた。僕に対する遠慮があるのではないかと心配していた。それがこんな調子になり、ようやく普通の姉妹らしくなってきたのだから、僕は逆に安心している。ようやく姉妹らしくなってきたのだから、喧嘩をしても成り行きに任せてみたいと思うことが多い。ベルもユリも、お互い思い通りにいかないことがあることで、学ぶことがあるはずだ。
放っておき、しばらくしてからそっと覗いてみると、二人の真ん中にiPadを置き、仲良く遊んでいた。ゲームがどちらの方を向いているかを見ると、ユリの方を向いていた。やはりベルが譲るのだろう。ユリはベルに嫌がらせをされると、泣きわめいてベルに抗議し反抗的な態度をとるが、ベルの姿が見えなくなると、アテ、ベールと叫んでベルを探す。やはり姉妹だ。ユリもよく分かっている。

普段ベルとユリの父親が違うことを、僕とモナは意識することはないが、昨日モナが、ベルの名字を早く変更したいと言い出した。ベルのファミリーネームは、まだモナのファミリーネームのままである。それはかねてから、早くやらないとねと話していたことだが、突然言い出した理由は、ユリもそろそろわかってくるから、というものだった。
僕はその真意がわからず、ユリには、ユリとベルの父親が違うことを内緒にしておくつもりなのかと確認すると、モナが頷いた。
しかしベルはそのことを、既にしっかり認識している。つまりモナは、ベルも巻き込んで、ユリにそれをこの先ずっと内緒にしようと言っている。それはベルに少々酷ではないかと僕は思っている。ユリも年頃になれば、馬鹿でない限り、薄々そのことに勘づくこともあるだろう。その度に繕うように、僕とモナとベルの三人で嘘の上塗りをするのか。
家族の中で、それほど重大ではないことを秘密にすると、それがいつの間にか、さも重大なことのようになってしまう気がする。そんなことはもともと重要ではないのだから、最初から事実を隠す必要はないと思う。ユリにもベルにも、二人が大人になったら、あなたの若い頃の恋愛の話を、きちんと教えてあげたらよいではないか。何もやましいことはないではないか。そして僕と恋愛の話しも教え、ユリが生まれた経緯を、ベルとユリにきちんと伝えてあげたらよい。その時ベルとユリが、モナを母親として、僕を父親として認めていたら、何も問題がない。僕はそう思い、そう言った。

ベルとユリは、同じモナのお腹から出てきた紛れもない姉妹だ。これは誰が何と言おうと、変えられない事実だ。そしてユリが生まれたことで、ユリを中心に、僕とベルの血が繋がった。実は僕は、ユリの誕生にそのような意味合いを感じている。ベルにもそう感じて欲しいと思っている。
血の繋がりなど、実はたいした意味はないと思っているが、言葉も文化も違う僕と子供のベルに、親子の情を通わせるコミュニケーションが難しいことは百も承知で、実際に難しいと感じることが多い。特にベルを叱る時がそうである。その時ほど言葉の壁を感じることはない。現行犯で叱るのは簡単だ。しかし教えるように諭すのは難しい。言葉を話すだけなら簡単だが、自分の発する言葉が、愛情に裏打ちされた教えとして伝わるニュアンスを持っているかどうか、そこが自信の持てなくなるところだ。ただの嫌味やいじめのように聞こえたら、というところに恐怖を覚えて仕方がない。そんなところは未だに手探り状態で、腫れものに触るようにベルに接している自分に気付くことも度々ある。
だから僕は、二人の絆を強くする一つのきっかけとして、ユリを中心にした血の繋がりというものにも、すがりたい思いなのだ。
もっともベルも大人になれば、血の繋がりなど重要ではないことに気付いてくれるはずだと、僕は信じている。ベルには、それが分かる大人になって欲しいと強く願っていることでもある。
そうなるためのキーパーソンはモナで、モナが僕を愛し信頼していることを態度や言葉で表すことが大切だし、僕がモナを愛して大切にしていることがベルに伝わることも大切だ。それがおそらく、今のベルには最も伝わりやすいことではないだろうか。

最近はベルが僕にユリの告げ口をしてくるように、僕とベルの間にあった壁が少し低くなっている。モナも、最近のベルは、あなたのアテンションが欲しい(注意を引く)のではないかと言う。
こうやって手探り状態でも、じわりじわりと親子らしくなっているような気がして、そこが僕とベルの関係において、一番の救いとなっている。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:550.僕とベル
2012年06月15日

549.将来?

今日はビコール沿岸を台風が通過するらしい。我が家も影響地域に入っている。
しかし今日は、朝からとても清々しい。黒くて厚い雲は一つも見当たらず、台風が近いせいで適度な風が間断なくふいている。朝食後、庭で陽射しを避け、30分ほどモナと話をした。話題は主に家族のこと。昨今話題になっているアンのことではなく、モナの弟のこと。
モナにはジンとロンという二人の弟がいる。最初の印象は、ジンは女癖が悪く破天荒。ロンは神経質で真面目。
しかしここ数年間の二人を見ていると、仮にこの家がなくなってもジンは自分で何とか生きていけるだろうが、ロンはおそらく無理。

ジンは現在仕事をしている。子供にパソコンの使い方を教える仕事だから、繫盛期は子供の学校が長期休みになった時。その間ジンは、ほとんど我が家に帰ってこない。自分で稼いだお金で食べて、こっそり自分が外に作った子供にお金を運んでいる。なぜこっそりかと言えば、我が家で食事をし寝泊まりするにも関わらず彼は我が家にお金を入れないから、ジンはママやモナや僕に遠慮しているのだと思う。しかし僕は、彼が子供にお金を運んでいることに気付いている。モナもママも気付いている。モナやママは僕にそれを決して言わないが、今朝僕がそのことにちらりと触れたら、モナはたぶんと頷いて肯定した。しかし僕はその方がいいと思っている。まだ小さな子供を抱え苦労している母親を、知らんふりして見捨てる方が怖い。僕はジンのそんな優しさに気を許しているし、信用もしている。

ロンは時々家電製品の修理の仕事をしているが、やり方が中途半端でビジネスとしてそれが成り立たない。どこかに就職面談を受けにいっているようだが、中々採用されない。性格が内向的すぎて、どこでも採用を見合わせるようだ。彼と朝食で顔を合わせることはほとんどない。彼は毎日、昼近くまで寝ている。勉強は大好きだが、いつも夢物語ばかり言うので、そんなことよりもまずは稼いでこいと言いたくなる時がある。彼は現在インターネットショップでアルバイトをしているが、給料が安すぎて辞めたいと言っている。辞めたら給料が安いどころかゼロになるではないかと僕は心の中で思っているが、それも口に出して言わない。今はアルバイトだから、僅かながらの給料をもらいながらでも、自分の将来のことを考える時間はいくらでもある。しかし彼は、何かがきっちり整いお膳立てできていないと、行動できないらしい。僕も昔はそうだったから、よくわかる。今の僕は、そのような一面と、何も考えずに動いてしまう面と両方あって、どちらが正しいかわからないが、動かないと進まないことがあることはよく分かってきた。

モナは二人の弟の将来を、心配しているようだ。もし私が死んだらどうするのなどと、珍しくそういった意味での将来の話をし始めた。それは僕が、かねてからしつこく話してきたことである。もし僕が突然死んだらどうするか、もしくは突然仕事を失ったらどうするか。それはジンやロンだけの話ではない。ベルやユリ、モナ、そしてこの家の全てが影響を受けることになる。決して自分の存在意義を誇示するわけではないが、この家の維持費は普通のサラリーをもらう人には賄えない。電気代だけでも、スーパーで働く男性の月給の半分だ。時々やっている修理や工事は我慢するとしても、年間の税金だって結構高い。僕に何かがあれば、モナが日本で働くなど、すぐに何かの手段を講じる必要が出てくる。
今までも何とかして生きてきた人たちだから、これからも何とかするような気はするが、気の休まる生活に戻るまでは、しばらく時間がかかるだろう。

今朝、あるブログをふらりと立ち寄ったら、そこにこんなことが書いてあった。
「フィリピン女は、消費するだけで、創造性はない」
これはブログの世界では中々有名らしい、「国際ジャーナル<国際政治・経済・社会・海外移住の実態>(http://ameblo.jp/onigasima-kaminarisinno/)に掲載された内容だ。
※勝手に引用しているので、引用元を明らかにしておきます。
このブログオーナーの毒舌ぶりは、時に目や耳を覆いたくなるが、しかし言っていることは面白い。消費するだけで、創造性はない・・、確かにそうかもしれない。創造性を幅広く解釈すればそうとも言い切れない面はあるが、メイキングマネーに繋がる創造性という意味ではその通りで、つまり消費と創造のバランスが悪いということをこの方は言いたいのだろう。

例えば我が家のモナは、僕に対して温かい家庭を提供してくれる。僕はそのことに非常な価値を見い出しているからあまり文句はないが、実際には、彼女は僕の仕事のやり方を理解できず、平日でもパーティーをやろうと考えたり、ユリを放って昼寝をしたり、とにかく僕の仕事に関してだけを言えばマイナス要素が多くある。
以前彼女がやっていたビジネスは、人間関係でつまずいて止めた。最近彼女は、新しいiPhoneが欲しいと言い出している。iPadを買った際、それを買うなら新しいiPhoneを買った方がいいのではと僕は言ったはずなのに、その時には電話は今のiPhone で十分と言いながら、突然そのようなことを言い出す。昨夜のコメントのレスでも触れたが、彼女が車を欲しいと言うのは日常茶飯事だ。彼女が首を縦に振らない僕を無視して買ってしまうことはないが、まだまだ彼女の物質欲は、尽きることがない。とにかく消費欲に関して、彼女は僕よりはるかに上をいっている。これでもモナは堅実な方だと僕は思っているから、そうではない女性と共に生きる方は、とんでもなくそんなところに苦労しているだろうと察せられる。
彼女たちの消費欲には、僕も一定の理解はできる。自分も若い頃はそうだった。なんでも欲しくて、贅沢な暮らしがしたい、高級車が欲しい、ブランドの腕時計が欲しいと欲は尽きなかった。この、欲が尽きないというところがミソだ。満足は一時的なもので、いつも背伸びをして何かを求めていた。
欲を追い求めて自分に何が残ったかを考えると、いい加減、人生には何が大切かが見えてきて、僕の物質欲はすっかり成りを潜めたが、彼女はまだまだわからないのだろう。
かつてモナの夢は、僕と一緒に毎朝モーニングコーヒーを飲む、家族揃って買い物に行くという、幸せを絵にかいたような暮らしを追い求めた物が多かったが、今は家を持ち、今日や明日の食べるものに困らない生活になった。かつて彼女が語った夢がほとんど実現した。僕はモナを見ながら、子供と離れずにゆったりと暮らせることが、どれだけ素晴らしいことかと考えている。
こうして困らない生活や最初の夢が実現し出すと、やはり新しい次の夢が彼女の中に登場する。おそらく彼女は、今手にした生活が全て壊れて元に戻らない限り、自分が如何に贅沢を追い求めているかに気付かないだろう。僕はそのことを、無理やりモナに気付かせようとは思っていない。これは口で言っても分からないことで、しかもこのような夢は、普通は生きる原動力になるのだから、決して悪いことでもないからだ。

ならば、若いジンやロンはどうなのだろうかと、いつも僕は考えるのである。自分があの世代には、人に羨まれる暮らしを手にしたいと思っていたし、そのために会社で出世をし、自分のサラリーを少しでも上げたいなどと考えていた。そのために、結構な努力をしてきた気がする。今、それは何のための努力だったのと訊かれるとよくわからない面はあるが、そのような努力の積み重ねで得たものが、僕が会社を辞めた時点で無になったのではないことくらい、自分でも分かっている。
そのような欲というものが、フィリピンの若い連中にはないのだろうか。それとも諦めが先行してしまうのだろうか。これから結婚をし、子供をもうけ家庭を築いていきたいならば、少しは自分の将来を考え、焦りというものがあっても良さそうだが、彼から全くそのような気配を感じない。かといってごく潰しでもないから、僕も焦って騒いでいるわけではないけれど、そのごく潰しではない態度も逆に引っかかる。
はっきりと上に行くか下に行けば分かりやすいのに、その中間にふわりふわりと浮いているように見えて、彼らが何を考えているのか分かりづらい。
そのことにモナは、ようやく自分で気付き始めている。僕に言われて考えているのではなく、自分自身の心配からいろいろと考え初めているようだ。最近彼女はロンに、毎日自分の将来を考えろと言っているらしい。ジンがその気になれば、日本で雇ってくれるという口約束も、日本の建設関係のある社長から取りつけているようだ。
こうなると、僕よりもモナの方が人脈が広く強い。彼女は消費だけでなく、創造性を発揮するフィリピン女になるかもしれない。

我が家にはモナの上をいく堅実なママがいる。モナの過ちをママが指摘し、そしてモナやママが浮ついている時には普段口の重たいダディーが何か一言発する。そのダディーは家でぶらぶらして、僕の神経を逆なでしながら、仕事に傾倒しすぎる僕にモナが苦言を呈する。お互いの駄目なところを補って、珍しくバランスの取れた家族構成となっている。その中で二人の若者が、おかしく浮いている。特にロンの浮き方が心配だ。
今こうした生活を維持できているうちに、モナの弟のことを何とかし、僕は自分の3年や5年10年先を考えなければならない。弟のことはモナに任せるとして、僕は自分自身のことを考えなければならない。実は色々考えて、創造性を発揮しきれない日本人が、ここに一人いると気が付いた。創造性を発揮するというのは、幅広い意味があって難しい。まずは生きる糧をそれで何とかしたい。できれば長い将来、安心できるほどに。
そう考えたら、これは口で言うほど簡単ではないと思い始めた。
日本では、ある大手半導体メーカーに、一万数千人規模の人員削減の兆しが見え始めた。あちらこちらでそのような話しを耳にするようになっている。ビジネスの前線で活躍する日本人も、自分が創造性を発揮しているかどうか、そしてできるかどうかを、自分に問う時代がやってきたのではないだろうか。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:549.将来?

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