フィリピーナと共に
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2015年02月03日

735.日本は平和だ

 先日急遽日本の広島に行ってきた。見積もり依頼の内容すり合わせ会議のためで、ついでに現行製品での懸案事項数点の打ち合わせを兼ねた、短期ゲリラ出張である。
 投げられたボール(見積もり依頼)はすぐに投げ返せというと、僕などは、厄介なものはすぐに手放せという意味合いの印象を持つが、ビジネスの世界ではそうではないらしい。

 マレーシアを水曜の夜に出て、打ち合わせは木曜の午後と金曜の午後。
 木曜の夜はホテルの近くで食事をしたが、歩く動きを止めたらそのまま凍り付いてしまうのではないかと思えるほどの寒さに怯んだ。体が南国に慣れきっているのと、厚手の上着がないため、なおさらこの寒さは身にこたえた。食後はまっすぐホテルに戻り、お湯をはったバスタブに浸かって冷えた体を癒していたら、昨晩飛行機であまり寝ていないせいで、いつの間にか居眠りしていた。どのくらいお湯に浸かっていたのか分からないが、へろへろになり裸でベッドに倒れ込んだら、そのまま朝まで眠り込んでいた。
 金曜の夜は現地の自社営業さんに地元の美味しいものをご馳走になり、二次会は誘われるがままに、ローカルなPPへ入った。その界隈のPPにいる女性のレベルはとっくにお見通しのつもりだったが、今回はまた世間の奥深さを教えてもらったというか、お店がよく雇ったと思われる方が横についたりして、別の意味で興味深かった。とりあえず歯が欠けていないのでよしとしなければならないと、自分を納得させるのに五分ほどかかったような気がする。最近、自分がアイタタの素質を十分持っていると友人Hさんのブログで知ったばかりだが、その僕がアイタタ精神をまるで発揮できず、所定の時間終了で迷わず会計をし、店を出て五分も歩かないうちに店と女性の名前を忘れるのは、自分にとって珍しいことだ。しかし、女性の体型や顔が焼印でも押されたかのように頭から離れない。そして九十分セットで覚えている彼女の会話が、唯一「飲み物いいですか?」だけというのも悲しすぎる。これを人は、散財と呼ぶのだろう。逆に、また行きたいな、指名したいなと感じる女性とは、僕の場合あとで顔を思い出そうとしても、霧に遮られるようにぼやけて明確に思い出せない。僕の頭の構造が、他人と少し違うのだろうかと気になる点である。

 土曜は深夜便でマレーシアに戻る予定で、ホテルのチェックアウト後、関西空港に移動する前に地元をぶらついた。頼まれたお土産と、モナにもいくつかリクエストされた物があったので、それを探して購入するためだ。しかし財布の中身には限りがある。最初に何を買うか考え、まずは書店に入って適当に文庫本を選んだ。この行動で、自分の最優先事項が何であるかをあらためて認識した。帰って買った本を数えたら十一冊あったので、しばらく休みの日はお楽しみが増えて嬉しい。 
 その後竹鶴17年(ウィスキー)、資生堂のリップクリーム、チョコレート、牛肉の佃煮、ジェットインクプリンター用フォト用紙、iPhone用ケーブルなどの頼まれものを買い、昼食のスパゲッティを食べてからドトールでコーヒーを飲み休憩した。最近のドトールはコーヒーが不味く、しかも値段が随分高くなっていて驚いたが、タバコが吸えるスペースを確保しているのが嬉しい。
 ガラス戸で仕切られた喫煙室に入り、禁煙室側の壁際テーブル席に座った。隣に随分太った若い女性一人が先客でいる。コーヒーを飲みながら買ったばかりの本を読み出すと、隣の女性のところに、彼女が待ち合わせしていた女友達がやってきて、突然騒がしくなった。
「ごめんごめん、待たせちゃって」
「いいんよ、うちが早く来すぎたけん」
「最近どうしてん?」
「就職が決まらなくて焦ってんよ、あれも来月で切れるけん。今三つの会社の返事をまっとるところ」
 言葉のイントネーションが地元特有のものだ。広島だから、極道の妻という映画の台詞の言い回しを思い出してもらえると、その雰囲気が近いかもしれない。
 どうやら太った女性は現在職を求めていて、もうじき失業保険が切れるらしい。父親がいくつか仕事を紹介してくれているが、場所が遠い、職種が嫌だ、給料が安いなどと、紹介案件全てがいま一つで断ったと、細かい文句を友達に打ち明けている。口では焦っていると言いながら、全然焦ってないじゃないかと僕は本を読んでいるふりをしながら横で思っている。ついでに、僕が会社の人事担当であれば、前向きな思考と懸命さが欠けるこの女性は、面接で不採用だ。(欠けているものが、歯だけという方がまだ許せる)
 それにしても就職の世話があるのに、それにどうでもよい理由をつけて断れるなんて、やはり日本は平和だ。焦っていると言いながら、こうしてコーヒーを買い友人と会話を楽しむ余裕があり、テーブルの下には、買い物をしてきたばかりの紙袋もおかれている。僕のこの女性に対する気持ちは、既にこの段階で「いい加減にせい」と言いたいようなざらついたものになっていた。
 その後話題は、誰それが自分に気があるらしく、先日誘いをかけてきたが上手に断ったというものに移行していった。後から来た友達は、そんな話をする女性と向かいあって上手に話を合わせているが、その話を信じているのだろうか、それとも心の中でバカにしながら上辺を繕っているだけなのだろうか。太った彼女は、水膨れしたような大きな顔にセルロイドの黒縁メガネをかけ、太い指の何本かに、かなりごついファッションリングがはまっている。僕には太った彼女が、かなり勘違いの激しい人物に映っている。日本の若い女性の傾向など最近知りようもないので、僕は手にした本をそっちのけで彼女たちの話に耳を傾け、時には表情を見定めようと視線をそちらに向けたりしたが、数回目があってしまったせいで何か勘違いされたのか、二人は揃って店を出てしまった。僕はアイタタおじさんではなく、アブナイおじさんに認定されたのかもしれない。
 
 その後すぐ、その場所に別の女性が一人やってきた。いわゆるボディコンという服装で、髪はほとんど金髪だ。視界の隅で捉えたそれは、かなりメリハリのあるボディで歳は三十半ばという印象だったが、最初はあまり気にしなかったので顔までしっかり見なかった。
 僕の座る席は喫煙席と禁煙席を仕切る壁際で、その壁はガラスになっている。そして丁度僕の左後ろ先にトイレがあり、時々トイレが空くのを人が並んで待っているのだ。僕のお腹は本調子でなく、ランチで食べたスパゲッティやそこで飲んだコーヒーが出そうな感じになっていたので、僕は時々首を左(その女性の方向)に九十度回し、トイレの空き状況を確認していた。すると僕の視線はトイレにあるが、新しくやってきた女性はどうやら、僕が彼女を気にしているように感じたらしく、彼女がこちらをちらちらと見るようになった。そこで初めて顔を見ると、歳はおそらく四十から四十半ばで、頬紅の目立つ丁寧で厚めの化粧が肌にうまく乗り切れず、まあまあの顔立ちなのに何か損をしているような方なのである。水商売というよりは、保険勧誘のおばさんにこんなタイプの人がいたなあという感じだ。これは誤解を避けるためにあらかじめ言っておかなければならないが、相手は決して僕のタイプではなく、僕に何か下心があるわけでもないのだが、単なる興味の範囲における妄想で、僕はこんなことを考えていた。
 もしかしたら、こんなシチュエーションでこの後どこかに行きませんかなどと話しかけたら、意外に交渉成立なんてこともあるのだろうか。そうやってそのままホテルに一緒に入ってしまうパターンも、世間には意外に多いのかもしれない。
 実際ラブホテル前で張り込めば分かるが、年配のお客は意外に多いのだ。それも、女性はまさに目の前にいるタイプが圧倒的である。
 いや、もしかしたら向こうから何か仕掛けてくるかもしれない。もしそんなことがあれば、これは何十年ぶりかの快挙だ。自分もまだ捨てたものではないということにならないか。もしそうなったら、どう対処すべきだろうか。
 おしりがむずむずするのも忘れそんなことを妄想していると、本当に隣の女性から声をかけられて、僕はたいそう驚いた。
「ハッカ味ですけど、飴はいかがですか?」
 彼女の手が僕の方に伸びて、プラスティックに包まれた二つの立方体の飴が目の前のテーブルに置かれた。
「え? あ、ありがとうございます」
「お一人ですか?」
「は、はい」
「私も一人なんです。テーブルを一緒させてもらってもいいですか?」
 僕はさっき、予知夢でも見ていたのではないかという気になった。我に返り相手の顔をよく見返すと、ニッと笑った口元に、見事な風穴が一つあいている。はじらんで赤く染まったように見える頬は、先ほど認識していたきつい頬紅である。彼女の化粧や服装と、ニッと笑った顔に浮かび上がる口元のブラックホールのような風穴に、強烈なギャップを感じて、一瞬、友人のHさんの言葉を思い出した。
「自分に関わる女性は、高い確率で歯が欠けている」
 もともとまったくその気はないのだけれど、これで「どうぞ」と言えば、その後の成り行きはどうなるのだろうか、僕はそのことにとても興味を抱いた。しかし、それにしてもおぞましい光景を見ているような気もした。僕は反射的に「済みません、残念ながらあまり時間がなくて」と言っていた。
 彼女は潔くしかも丁寧に、「そうですか、残念ですけど、仕方ありませんね。済みません、突然声をおかけしたりして。それでは失礼致します」と言い、すぐにその場を立ち去った。
 新手の宗教勧誘だったのか、それとも見た目通り保険の勧誘か、もしくは僕が妄想していた昼下がりの情事のお誘いだったのか。彼女が去った後、僕はやはりそれが気になり、もう少し上手な対応はなかったものかと後悔した。僕はつい後ろを振り返ってみたが、既に彼女の姿は見えなくて、不思議と残念な気持ちになった。人間とは、恐怖が去るとすぐにそのことを忘れる生き物であるようだ。
 
 ふと、昨夜会ったPPの女性の顔を思い出せるか試してみたら、今さっきの女性の印象がかぶり、どうしても思い出せなくなっていた。なるほど、所詮その手のインパクトとは、その程度のものなのだ。
 ついでにモナや子供たちの顔を思い浮かべてみると、それはくっきり頭の中で見ることができる。僕はその結果に満足し、自分もその場を立ち去った。
 相変わらず外は寒くて凍えるばかりだ。日本の冬が寒いということと、日本は平和だということを思い出す数日間だった。
 


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:735.日本は平和だ
2015年01月26日

734.ダイチ一歳

 フィリピンからマレーシアに戻りしばらく経つが、実はずっと体調が悪い。マレーシアに戻った当初の二週間、ずっと下痢が続いた。お腹が痛いわけでなく、ガスが溜まるのでもなく、何か出そうな感じがありトイレに座って下腹に力を入れると、水のような便、というより水が出るという症状である。長年の経験より、これは明らかに、お腹に何かの細菌が入った症状だ。ヤモリの糞でも食べてしまったか、ネズミの尿がわずかに付いたものを口にしたか(大量に摂取すると危険で、これしきでは済まない)、その類の何かである。
 そして今、一旦峠を越したように見えたこの症状が復活しかかっている。一番酷いときには三十分おきにトイレに行かなければならず、当然体は水分不足となり、夕方になると酷い咽の乾きに見舞われる。一度夕食時、あまりに咽が渇いたのでミニグラスのビールを飲んだら、突然吐き気をもよおし注文した料理を食べることができなくなった。(大半を残し、お店の女将さんに、カツ丼に何か問題がありましたでしょうか? と心配させてしまった)違う機会に飲んだパイナップルフレッシュジュースでも同様の症状に見舞われたので、酸味が強いものや炭酸が含まれた刺激物は厳禁のようである。おかげで胃が縮んだのか、最近はとても小食になり、夕食はサンドイッチを二切れもつまめば十分だし、同様に餅を二切れとか、うどん百グラムやりんご一個で一食が事足りる、高燃費な経済的人間に進化できた。しかし、体重が落ちてゲッソリしているわけではなく、見た目は元気でつらつとしているから、自分自身も含め、誰も僕の体調不良を深刻に捉えていない。これらの原因は細菌だと思っているが、単なるストレスの可能性もある。先週、現在手がけている製品が最後で最大の峠をクリアし、先日の休みは心身共にリラックスすることができた。リラックスによって体調が復活すればそれでよし、しなければ検査を受けようと思う。(現時点で復活の兆しあり)

 現プロジェクトが峠を越え、しばらく重いプロジェクトは遠慮したいと思っていたが、金曜日に誰もが敬遠する僕の現在のお客より、新しい企画の見積もり依頼がきてしまった。従来、見積もり依頼を貰えることは大変有難いが、「それにしてもねえ」と言いたくなるような細かくて厳しい客である。もし決まってしまえば、ようやく出口が見えて一息つけると喜んでいる現プロジェクト終了と同時に、僕は苦渋に満ちた新しいトンネルに再び潜り込まなければならない。この仕事は、暗闇の中で一筋の光をたどりながら出口を探し出す、辛くて長いプロジェクトになることが分かっている。この一年近くの経験値をベースに、次はどれだけ手抜きができるかがポイントになりそうだ。
 経験値については、現在の会社の実力、マレーシアエンジニアの性質や仕事スタイルなど色々と分かったが、意外だったのは日本の本社が当てにならないことだった。彼らは難しい問題について、ことごとく上手に逃げる。普段指導的立場から注文や小言が多い中、解決困難なことはマレーシアが主体となるビジネスだからと言い出すのである。最後に残った問題については、「次はどうすればいいですか? 指示がなければ動けません」などと、みんなが知ることのできるメールで言ってきたから驚いた。頭にきたので、鼻をあかしてやるつもりで全てマレーシアで対応してやった。こうなれば、もう少しマレーシア側の設備を充実させ、技術的に本社から相談されるくらい上をいきたいという気持ちもムラムラと湧いてくる。浅ましいとは思うが、これは高尚な向上心や責任感からくるものではなく、御本社様の鼻をあかしてやりたい一心からのものである。

 先週会社に、今年は家族をマレーシアに呼びたい旨を話した。VISAや子供の就学について、会社の協力が必要だからだ。追々、子供二人分のインターナショナルスクール費用に対し、月々の手当に関する交渉もしたいと考えている。手当て無しでもやっていける算段はついたが、もし貰えるならそれに越したことはない。
 家族をここに呼び寄せることについて、会社側は意外にも喜んだ。
「つまりそれは、ここに骨をうずめるつもりでいるということか?」と訊かれたので、「はい、腰を据えてやってみるつもりです、会社が良ければの話ですが」と答えた。会社は僕の返答に歓声をあげて喜んでくれたが、豚もおだてれば木にのぼるという言葉がある。事実、つい先日、いつ辞めても困らない人間に外部から転職のお誘いがあり、彼は自分の存在価値をアピールするため、わざわざ会社にそんな話があったけれど断りましたと報告を入れた。(そのような行動自体が少し変わっている)その時の会社側の言葉は、お誘いを断ってくれてありがとうという、心にもないものだった。僕は心にもない言葉をかけた会社側の本人から、一応そのように言っておいたと聞いたから、これは僕の憶測でも勘違いでもない。どうも色々と駆け引きがあるようで、つまり自分の場合も同じく会社の言葉を鵜呑みにすることはできないが、学費の相談の対応で会社の本心が少し見えてくるだろう。

 先日一月二十四日に、末っ子のダイチが一歳の誕生日を迎えた。レガスピの病院で、新生児室にいるダイチをガラス越しに見ながら、それがモナの産んだ子供か確信を持てないまましばらく眺めていたのを、つい先日のように思い出す。顔は誰似だとか言い盛り上がっている中、おたくのお子さんはこちらですよと言われたら大間抜けだと、僕は内心で心配していたのだ。
 僕はダイチが生まれてからすぐ、今の会社に入社の申し入れをするためマレーシアに飛び、話はそのままとんとん拍子に決まり今に至っている。その間、慣れない職場と仕事でフィリピンの家族を十分振り返ることのできない一年となったが、ダイチはすくすくと育ってくれた。フィリピン人は、健康に育っているダイチについて神に感謝するだろうが、僕は父親不在の中、母乳でダイチを育てているモナに感謝をしたいし、ベルやユリもお姉さんとしてダイチの面倒を見てくれることに同様の気持ちを持っている。これから歩き回るようになると、ダイチは活発そうでますます大変になるだろうが、今の家で子供を育てるのは二人目とあって、先日帰ったときには危ない箇所の安全対策が色々とされていた。特に階段が要注意で、ユリは一度、ベビーウォーカーごと一階と二階の間にある踊り場に落ちていてる。そうした家族の経験や慣れが事故を未然に防止し、家族みんなで子供を守ってくれているのだ。
 今の家で子供たち三人は、とても愛され大切にされている。これは本当に、ありがたいことだ。だから僕は、子供たちが丈夫で元気に育っていることを家族みんなに感謝したいし、最近は子供の誕生日になると、そのことを心からありがたく感じるのである。しかし僕は、クリスチャンではないから神に感謝はしない。人間の世界の基本は、人の努力が報われるべきものと思っており、僕にはよかったことが神のおかげだとどうしても思えないのである。よく聞く話で、フィリピーナが日本人からお金をもらい、そのことを「神がこの人と巡り合わせてくれたおかげだ、神様、ありがとう」と感謝するときに、「いやいや、俺に感謝してくれ」と日本人が嘆くというものがある。それと同様、フィリピン人の宗教観というものは日本人に理解し難い部分があるのは確かだ。
 しかし最近僕は、この宗教観について少し分かってきたことがある。以下は、フィリピンではないが、あるクリスチャンの国で人の死について語っている内容である。
「人が死ぬことは悲しいことではない。悲しいのは別れであって、死そのものではない。我々が生きているこの世の中は、苦しいことが多くある。それらから開放される死は、ある意味その人にとって幸せなことだ。そして死は、生き物にとって自然なことなのだ。我々が普段教会に通うのは、神に何かのお願いごとをするためではない。自分や他人の幸せを願うためではなく、教会で神と話をする練習をしているのである。そうすれば死後、問題なく神と会話をすることができ、楽園に導いてもらえる。時間差こそあるが、自分が死ねば再びそこで、先に死に別れた人と一緒になることができる。神と話をして、そこに導いてもらうのだ。だから別れは悲しいけれど、それも一時の辛抱だ」
 この内容が正しいかどうか分からないが、人はいつか必ず死ぬ。それだけは間違いのない事実だ。ならばこのような考え方で人の死の悲しみを乗り越えられるなら、その話が正しいかどうかの議論は不毛だと思われる。同時に、もし身内が死を迎えたときには、僕も積極的にそのように考えたいと思うし、自分の死に対しては家族にそのように考えて欲しいと思う。この言葉から僕が学んだのは、宗教観とは踏み込まなければ理解が難しいということであり、大勢の人が向き合っているそれを、自分の持つ感覚だけで判断してはいけないということだ。だから最近僕は、家族の宗教的考えや発言について、一切口をはさまない。家族が神に感謝しようが何にどう思おうが、子供が元気に育っている事実に僕自身が喜びを感じられたら、それがとても幸せなことである。

 先日会ったダイチは随分人間らしくなり、好き嫌いがはっきりしていた。意思表示をしっかりできることはよいことだが、少し我が強そうなところも見受けられる。今もユリとおもちゃの取り合いで、激しく喧嘩しているそうだ。先日の休暇でダイチの様々な様子を見ながら、ダイチは男の子ということもあり、これは彼が三〜四歳になる過程で、父親が傍で睨みを利かせた方がよさそうな気がした。この子は甘やかすと、大変なことになる予感があるのである。ユリも僕の傍で暮らしたいと熱望している。(一番熱望しているのはモナだと、あいたた親父としていは思っているが)ベルの気持ちを確かめてみると、彼女もこちらの生活を望んでいるようだ。幸い新しい職場をほぼ一年経験し、マレーシアでの生活の具合がよく分かってきているし、家族全員が不慣れな海外といういささかの心配はあるものの、大抵のことは何とかなりそうだ。ならば具体的に事を進めようと、モナと家族の引越しを決めた。フィリピンの家は子供がいなくなり、ダディとママは寂しくなるだろうが、きっと適当な間隔でこちらに遊びに来ると思われる。それを前提にしているのか定かではないが(いや、きっとそうだと思われるが)、二人もモナたちが引っ越すことに了解してくれた。まだ細かなことで詰めなければならないことはありそうだが、こちらの新学年が始まる九月までに、全ての受け入れ準備を整えたいと思っている。
 まだ少し先のことになるが、これが実現すると、僕とモナと子供三人一緒の生活がスタートすることになる。僕はこのことが、このブログがスタートした物語の集大成になるような気がしているのだ。ようやくそこで、全てが収まるところに収まったように思えるのである。
 十年前は全く予想しなかったマレーシアでの就職と生活とこの家族構成。人生とは本当に不思議だと思いながら、同時に子供が大きくなるまではまだ気を許せないと気を引き締めている(ついでにケツの穴も締めなければならなかった)今年最初の月も、もうじき終わろうとしている。



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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:734.ダイチ一歳
2015年01月18日

733.マレーシアでの生活始め

 今年一月五日に仕事を始め、早くも二週間が過ぎた。
 一週間などあっという間で、あっという間の一週間がたった二回だから早いのは当たり前だが、それが五十三回積み重なるだけであっという間の一年になることも、この歳になると年始から分かっている。そして一年間で一番重要なイベントといわれるクリスマスが、どうせまたすぐやってくるのだ。
 年がら年中イベントだらけのフィリピンでは、クリスマスもさして特別なものに感じない体質になってきた。僕は以前、フィリピンではクリスマスが重要だと言ったが、僕がクリスマスを重要視するのは単に家族に合わせているだけだ。家族が、せめてクリスマスは家族揃って過ごしたいという思いを、重く受け止めているだけである。それ以外は特に深い思い入れもない。ただし僕はフィリピンのクリスマスシーズンを、お金がかかって厄介だと思いながらもその雰囲気は好きである。昔は暑い国でのクリスマスなど気分が出ないだろうと想像していたが、実際には全く違った。派手なイルミネーションと素朴なイルミネーションが織り交ざった街の様子はまさに幻想的なクリスマスで、そこからは、フィリピン人がクリスマスを心から祝う気持ちが伝わってくる。
 僕は時々家族に、フィリピン人はお金がないのにどうしてこうもお金のかかるパーティーやイベントが好きなのだと言う。それは、あまり派手にやって無駄遣いするなという牽制の意味があるが、しかし実は、彼らはお金がないからイベントが好きなことを僕は理解している。旅行やレジャーが思うようにできなければ、楽しみはそれに尽きるだろう。そして、フィリピン人が誕生日のお祝いを大切にする風習は、生まれたことやそれまで生きてこれたことに感謝する気持ちの表れであることも知っている。いろいろありがとうという意味を込め、身銭を切って誕生パーティーで振舞うのだ。そのような気持ちを僕は大切だと思うし尊重したいとも思っている。ただし、見栄で見分不相応なパーティーを開くことだけは、勘弁してもらいたい。 
 正月はどうかと言えば、海外で淡白なそれを何度も体験するうちに、そちらも特別なものに思えなくなってきた。今や正月で連想するものが何かといえば、餅でも門松でもなく、爆竹と花火にそれらで大怪我をする人たちである。
 加えて季節感のない常夏のマレーシアに住んでいるため、僕の一年は情緒的に起伏の乏しいものになる。(フィリピンの方がマレーシアよりもずっと寒暖があり季節感がある)マレーシアの祝日は日本人の自分にピンとこないし、各宗教上(インド系、中国系、マレー系)の正月も同様だ。そこで自分に関わりが発生するのは、飲食店が一斉に休みになって不便ということである。こんな生活の中でふと、日本人としての季節感を取り戻したいと思うこともしばしばとなる。

 今年初の土日休日は、帰省旅行の荷物を片付け、掃除と洗濯をし、自宅で映画を観ることに飽きたら街をぶらつくという過ごし方になった。こちらでできたお友達(マッサージ嬢)は、年が変わったらまるで何かがリセットされたように、一人は音信不通、一人はまだ遠い地にいるとのことで、軽く癒されにいくこともかなわない。一度浮気をして別のマッサージ嬢にお願いしたが、彼女はこちらが痛いと悲鳴をあげても「ノーペインノーグッド」を繰り返し、まるで力を緩めてくれなかった。えびぞり状態で痛いのに耐えていると、「リラーックス」という言葉といっしょに何度もケツを威勢よくひっぱたかれた。僕が「お前はサディストか」といったらイエスもノーも言わずケラケラと笑って最後まで手を緩めなかったから、もしかして彼女は本物のサディストかもしれない。このマッサージ、不思議ともみ返しがなく体がとても軽くなったが、マッサージ最中の痛みが尋常ではなく、とてもリラックスしにいくというものではない。こんな事情があり、暇つぶし兼リラックスの目的でマッサージにいくのも躊躇いがあった。新しいマッサージ屋の開拓も億劫で、さして代わり映えのしない街をぶらついた。

 そんな風にして辿り着いたスターバックスでコーヒーを飲んでいると、何機もの飛行機が頭上を飛んでいった。昨年マレーシアは、年末の事故をあわせ三機もの飛行機を失っている。マレーシアエアラインの行方不明と撃墜された機体、そして年末に起きたエアエーシアの墜落だ。一年に三機の旅客機事故はとても多いと思われるが、それでも毎日、マレーシアの上空には何事もなかったように、たくさんの飛行機が飛んでいる。墜落原因が分かっていないのに、飛行機は毎日普通に飛ぶものなんだとぼんやり思ったが、統計的に飛行機事故は車の事故より圧倒的に少ないのだから、これで普通なのだろう。とすれば、少し前、日本でマクドナルドの異物混入事件が騒がれていたようだが、異物の入らない普通の食べ物が圧倒的に多くてもあの騒がれ方は一体何なのだろうと、ふと思ったりもする。もちろん食べ物のことに敏感になるのは十分理解するし、比較するものが間違っていると言われそうな気もするが、適正なクレームさえすればあとは改善を待つのでよいではないか。目の敵にし、まるでこのままつぶれてしまえば痛快とでも言うような騒ぎ方に、僕は異常さを感じてしまうのだ。
 僕はそれより何より、飛行機の墜落原因の方がよほど気になる。前方に積乱雲がいるから高度を上げさせてくれとの交信直後に墜落したと言われているから、雷が原因なのだろうか。単なる悪天候で飛行機が墜落するとなれば、これは一大事だし納得もできない。
 既に墜落機体が見つかり、フライトレコーダーとボイスレコーダーが回収された。解析内容は近いうちに報道されるはずと思っていたが、不思議と回収後に情報がぱたりと途絶えた。僕は密かに、公開できない事実が見つかったのではないかと疑っている。例えば噂されていた撃墜だ。事故前にインターネット上で、「マレーシア航空の次はエアエーシアだ、中国人はエアエーシアに乗らないように」という予告があったが誰も信じず、その予告に非難が集中したという事実がある。そのような経緯があり、墜落事故は中国関係による撃墜ではないかとの憶測も飛び交っている。もしくは、パイロットがあり得ない急上昇をしたために、揚力を失い墜落したとの憶測もある。ただし、高度アップの依頼は上空に別の飛行機がいたため却下されたようだから、急上昇が原因かどうかは怪しい。とにかく原因次第では、今後も起こりうる事故かもしれないのだから、年間を通して飛行機を頻繁に利用するものとして、事故原因がとても気になるところだ。

 飛行機による移動サービスは、自分にとって無くてはならないものになってしまっている。「今後国境を越える出張は、船を利用すること」、なんていう社内規定が通達されたらのんびりできそうでそれも歓迎だが、現代のサラリーマンにそんなゆとりを与えてくれる社会はどこにもない。
 とにかく空を飛ぶものは、何か間違いが起これば地面に向かって落ちるのだ。着陸時、滑走路上時速三百キロで機体がこけるかもしれないことは想定し、座席に座りながら自然と体に力が入るが、通常飛行中、飛んでいるものは落ちても不思議ではないということについて、僕はいつの間にか忘れていたようだ。そして今年も僕はすでに、二つの飛行機に乗っている。こうして頻繁に飛行機を利用するのだから、事故確率はとても低くても、僕はそのうち当たりくじを引いて、飛行機と運命を共にするのではないかと妄想してしまうのである。

 それでなくても僕のトラベルはいつもトラブル続きで、いつでもトラブルトラベルになる。マレーシアからビコールへ帰る際は綱渡りのような危うさを含んだ旅だったが、フィリピンからマレーシアへ戻る際にも、僕は痛恨のミスを犯した。ビコールに帰る家族をターミナル3で見送り後、マレーシアに戻る便の出発ターミナル1へ移動しようとして、間違ったバスに乗ってしまったのである。
 バスの中で携帯ゲームに熱中していた僕は、そのバスがターミナル1に向かっていないことをすぐ気付かなかった。僕は、バスがてっきりどこかのターミナルに向かっていると信じていたが、激しい渋滞に巻き込まれふと窓の外の景色を見ると、バスがロハスブルバードをマラテの市街地方向へと向かっているように見えるのだ。そして隣に座るフィリピン人に「このバスはどこに向かっているの?」と尋ねると、「パサイバスステーション」という、耳を疑う返事をもらった。
「え? でもこれ、エアポートループバスって書いてあったでしょ? 僕はターミナル1に行きたいんだけど」
「ループバスだから、いつかはターミナル1に行くんじゃないかなぁ」
「パサイバスステーションはここから遠い?」
「そんなに近くない」
 こんな会話をして、僕はバスをすぐに降りた方がよいと判断した。渋滞の中、寄り道の多いバスに乗ったままでは、飛行機に間に合わなくなってしまう。 
 バスを停めて降りてみると、そこはバクラランという小さな出店がたくさん並ぶ場所だった。以前よく、モナと一緒にTシャツの買い付けに来た場所である。モナは一時、バクラランで一着50ペソで買ったTシャツを綺麗にラッピングし、100ペソや150ペソで売っていたのだ。買出しのたびに、僕はTシャツの入った大きな袋を両手にぶら下げ、ホテルまで汗をかいて運んだから忘れはしない。
 すぐによれよれのTシャツを着たパジャックドライバーが寄ってきたので、パジャックではなくタクシーが必要だと言うと、パジャックドライバーは目と鼻の先に停まるタクシーへ行き、ドアを開けてくれた。僕はそれにそそくさと乗り込んだが、パジャックドライバーにドアを閉める気配がない。仕方がないので20ペソを渡し、ようやくタクシーが発進した。フィリピンでは、このようなチップ目的の押し売りサービスが多いので、分かっているときにはサービスそのものをお断りすることもある。(例えばカラオケやバーのトイレで、背後から勝手に肩のマッサージをしてチップを要求してくる)
 
 離陸時刻の丁度2時間前、無事にターミナル1に到着したと思ったら、空港ビルディングに入る人が、見たこともない長い列を作っていた。何事が起こったのかとよく見れば、かつて二つあった入り口の一つが封鎖され、一つだけになっている。片方は改装工事をしているようだ。結局飛行機のチェックインを終えたのが、離陸の一時間前となった。
 僕はフィリピンのパーマネントビザを所有しているので、飛行機のチェックイン後は、イミグレーションの前にリエントリーパーミット(再入国許可)の支払いをしなければならない。窓口には2880ペソと書いてある。少し前は、一年間まで有効が約2500ペソ、半年まで有効が約2200ペソだった。これはもしかして、ターミナル3では今でもそうなのかもしれない。
 手書きの2880ペソに怪しさを感じながらも、おそらく何を言っても無駄だろうと3000ペソを窓口に差し出し、窓口のおばさんは僕にレシートをよこした。
 イミグレーションを通過し中に進むと、唯一あった喫煙所も、改装工事で閉鎖されていた。どこかに代替喫煙所はないかと空港係員に尋ねようとしたところ、掃除のお兄さんがさっと寄ってきて、「何か困ってる?」と訊いてきた。またチップ目的の押し売りサービスだと直感したが、百ペソも渡せば済むだろうと思いスモーキングエリアがどこかにないかと尋ねると、そのお兄さんは手招きをして、僕を工事中のトイレの中に連れ込んだ。そして吸殻の入ったコーク容器を目の前に置き、僕が火をつけるのを見計らい、予想通りチップをくれと言ってきた。そのとき初めて僕は、リエントリーパーミット支払いの釣りをもらっていないことに気付いたのだ。おばさんはレシートだけを僕に渡し、釣りをくれなかった。しかもその後、僕はおばさんの目と鼻の先で出国手続きをしているのだから、釣りを渡そうと思えば声を掛けられたはずで、これはどうも確信犯のようである。僕はやられたと思いながら工事中のトイレに案内したお兄さんに、「ごめん、細かいお金がない」と言うと、これまた予想通り、彼は500ペソでいいよと言ってきた。いやいや、それは高すぎるでしょうと僕が言っても、彼はしばらく500ペソに執着していたが、しまいに釣りを200用意したらいいかと妥協案を示してきた。つまりチップとして300ペソを払えということだ。あまりに図々しい態度にこちらも気分を害し、僕は半分残っているタバコをもみ消し、彼の申し出を無視するかたちでその場を後にした。
 このようにターミナル1は、旅行者にたかる悪しき習慣が未だに多く残っているようだ。できるだけ使用したくないターミナルだが、このターミナルは昔から飛んでいるメジャー航空会社が集まる場所なのだ。ローコストキャリア用のターミナル3がずっと快適に利用できるのだから、ターミナル1は本当に残念な空港である。

 とにかく無事にマレーシアに到着したが、家族の心配ごとはそんなトラブルではなく、飛行機事故に遭わず家に辿り着いたかどうかであった。マレーシアの飛行機は、相当信用を失っているようだ。たしかに搭乗している本人も少し気持ちが悪いから、家族が心配するのも無理はない。
 自宅へ到着し静かに一人で過ごしていると、フィリピンでのにぎやかだった生活の反動か、妙に寂しさを感じるようになった。映画の中に家族団欒の様子が出ると、自然と携帯に収まる家族写真を見てしまったりするのである。自分にしては珍しい、ホームシックだ。フィリピンの家に、電話をする回数も増えている。気を紛らわせるため家事を精力的にこなしているせいで、部屋の中は整理整頓が行き届き快適だ。通常の料理や洗濯の他、床掃除、カーテンの洗濯、不要書類の廃棄、天井やシーリングファンの埃取り、シューズ磨き、各種床マットやベッドシーツの交換と洗濯、シャワールームの水垢落とし等々をこなしているが、それでも時間が余って仕方ない。
 こうしてマレーシアで三年目の生活を向かえる今年、初めて、生活で何かが足りたい気がし始めている。



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