フィリピーナと共に
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2012年05月20日

533.そこそこツアー

今日のランチは、お約束のかつ丼を作った。
昨日、外へ出かけたモナにタバコを買ってきてくれとお願いした。その中には、お金も出してというお願いが含まれていた。モナはいいよと言ったが、その代わりかつ丼を作ってとお願いされた。交換条件である。タバコと引き換えならば、少々面倒でも僕は作るしかない。なにせ僕の財布には、タバコを買えるだけのお金が入っていないのだから。

今日は鰹節で出汁を取るのは止め、本だしを使った。みりんだけを最初に煮詰め、そこに同じ分量の醤油(現地のキッコーマン)を入れ、醤油の約四分の一の砂糖を足す。甘めが好きな人は少し多めに。酒も少々入れてみた。そして味を見ながら水を足し(とき卵を入れるので、味は少し濃い目)、玉ねぎを入れて煮込む。揚げたカツはカットして別の大きな鍋の底に綺麗に並べるようにして敷き、そこに煮込んだかつ丼ソースをかけ、ぐつぐつとなったらとき卵をさぁ〜っと回しがけして少し火を通せば出来上がり。
今日のかつ丼は、日本の食堂で食べるものと同等以上で、先日の物よりずっと美味しくできた。それを食べた瞬間、僕は隣に座るモナの肩に手を置いて、感無量で無言になった。
モナがどうした?というので、僕は一言、美味しすぎる・・・と言ったほどだ。今日のかつ丼は、ベルのマイフェバリット(お気に入り)リストにも、しっかり追加された。

これほど自画自賛してしまうと、このブログを読んで下さる方が我が家を訪れたら、決してかつ丼は出せないという気もしてきたが、まあここに住んでいると、それしきのことで大げさに感動したくなることもあるということで、お察し願いたい。
我が家は一つの料理を大量に作るので、最初は調味料でも何でも分量がピンとこなかった。最近はそれにも慣れて、どさっと作ることに慣れたが、ふと一人や二人分を作る時には、どのくらいの分量で作ればいいのか考えてみるとイメージできなくて、どうやら自分は少人数用の料理の勘所を失いつつあるようだ。

こうして自分で美味いかつ丼を作ってみると、我が町にある和食レストランのかつ丼は、なぜああも不味いのか、とても不思議に思えてきた。つまり、どうやったらあれほど不味く作れるのかということだ。作り方は書いた通りで、極めてシンプルだ。
とすれば和食レストランと言いながら、現地のキッコーマンではない醤油を使い、みりんを使わず砂糖だけで甘みを出し、出汁はなし。そうやって作っているのだろうか。しかし、そうやって作られたかつ丼を想像してみると、これは吐き気がするほど不味そうだが、その和食レストランのかつ丼はそこまで酷くはない。不味いねと言いながら、何とか食えるレベルになっている。だから余計不思議なのだ。

今度我が家に日本からお客がくれば、僕は観光案内場所リストに是非その和食レストランを入れたいと思っている。そこで微妙を少し通り越した不味さというものを体験してもらい、不思議な味だねという共感を得ながら、フィリピンの奥深さというものを、涙を流してでも知ってもらいたい。それには、僕がブログで書いている内容に対して少しでも理解を深めて頂きたいという僕の狙いや願いが込められている。

僕も、本当に酷い場所には立ち入ることはできないが、そこそこ不味いレスラン以外に、そこそこ高いビルディング、そこそこきくマッサージ、そこそこ怖い歯医者、そこそこ汚いライブバンドハウス、そこそこ臭いマーケット、そこそこ腹の立つバー、そこそこドキドキする散髪屋等々、そこそこシリーズならいくらでもリストアップできそうだ。そう考えると、本当のフィリピンとはなかなか奥深く、やはり日本からのお客様には、是非そのようなところを知って頂きたいのである。もちろん「そこそこツアー」は無料で提供したいと考えている。それで料金を取るほど僕の面の皮は厚くない。ただし体験に要する実費だけは、割り勘ということで負担をして頂きたいだけである。
実費といってもそこそこシリーズでは、そこそこ腹の立つバー以外は、いずれも日本のお金持ちにとってお小遣い程度の料金で済んでしまうので安心して頂きたい。バーも高いとは言え、こんなところでマニラ並みの料金を取るんじゃない!という程度で、そんなことに腹を立ててみるのもまた一興だし、値段は高々知れている。
この企画がしっかり煮詰まったら、今度大々的に募集をかけてみよう。
きっと日本から、多くのフィリピン愛好者の方々がここへ押し寄せるに違いない(笑)
ちなみに、こそこそツアーではないので、そこは誤解の無きように。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:533.そこそこツアー
2012年05月19日

532.子は鎹(かすがい)

今日は少し、眠くならない話題を心掛けて・・。
眠くならない話題とは、だいたいフィリピンの悪口、愚痴、夫婦喧嘩と相場は決まっているようだ。

夕食時にテス叔母さんが2階へ上がってきて、夕食の準備ができたと僕とモナに告げた。
僕は仕事をしていたが、ご飯の声がかかってもパソコンの前にいると、いつでも「ご飯よ、早く下に来て」とモナにしつこく言われるので、僕はすぐに仕事を止めて下に降りる態勢をとった。
僕は本来、仕事を途中で中断されることがとても嫌いである。しかし、家の中で仕事をしているとそれがとても多く、それだけの理由で仕事場を外に借りようかとよく思う。余りに効率が悪ければ、仕事だけを考えて、最初から生活のベースは日本でやると割り切った方がよいかもしれないとさえ思う。特にムッとした時には、そんなことを本気で考えるのだ。それほど仕事を中断されるのは嫌いだ。

そもそもモナや彼女の家族は、エンジニアの仕事をまるで理解できていない。いや、理解できるはずはないのだが、理解できていないことも認識していない。
この手の仕事は、何かに集中している時には、食事など後回しにしてでも片付けたい時や、一段落するまで続けたいという時がざらである。しかもメールで誰かとやり取りをしている時には、席を離れられないこともある。モナは、そのような僕の状況や、このような仕事で集中を妨げられると、気分的なものも作用してどれほど時間の無駄を生むかもまるで分かっていない。
しかしここにいると、朝食、昼食、夕方のスナック、夕食と、その度に絶対最優先の食事がやってきて、その度に僕はどんな時でも仕事を中断させられる。それでも僕はできるだけ食事の時間を意識しながら仕事をしているつもりで、決まった時間に食事となればまだ良いが、昼食が11時半だったり12時半だったり、時間が変わることもある。なぜ今日は早いのかと訊くと、もうお腹が空いたという答えが返ってきて、おいおいと言いたくなることがよくある。

それでも以前、朝食の件でモナと喧嘩をし、その時に頂いた「食事は家族の大切なコミュニケーションの場」であるという小言も一理あると、僕は食事の時間にはできるだけみんなに合わせて下に降りるように頑張っているつもりだ。そんなことはないとモナは言うかもしれないが、本人は苦痛に耐えながら、がんばっているのである。だから、僕が下へ降りた時に、既にみんなの食事が終わっていたなどということは、一度も無いはずだ。
今日も、僕は声がかかった瞬間に仕事を止めた。しかしベッドの上で、iPadで友達とチャットをしていたモナが、叔母さんの声が聞こえていたにも関わらず、ベッドの上から動かない。
僕は少しだけ部屋の入り口でモナを待っていたが、なかなかモナがチャットを止めないので、「ふん、いつも僕にはすぐに来いとうるさいくせに」などと思い、少し嫌味を言ってやった。
「何かに夢中になっている時は、食事と言われてもすぐに止められないでしょう」
すると彼女はそれが僕の嫌味であることを察知し、少しムッとした顔で
「今、食事だからチャットを止めるって打っていたんでしょう」
ときた。彼女はそう言いながら、iPadを置いてベッドから降りてきた。
その態度にもう少しムッとした僕は、二人で階段を降りながら
「それでも何かをしている時には、ディスターブされると嫌でしょう?」
とまたまた嫌味を匂わせて言うと、彼女は
「ちゃんと止めたじゃない」
と言った。確かに止めたが、それは今止めただけだろう。すぐに止めたわけではない。
僕のムカつき度合いは、会話を交わす度に、どんどん肥えるように大きくなった。
「そんなことを言ってんじゃないよ、ディスターブされるのは嫌だろうと言ってるんだ、僕はそうだ、仕事を中断されるのは嫌いだ、だから本当は、普段から食事だ食事だと騒がないで欲しいんだ、一度連絡してくれたらそれで十分だ」
と、少し大きな声で言い返した。これには日頃の鬱憤が含まれていた。当然食卓についているみんなにも、ばっちり聞こえていた。

ふと気付いたら、一階でTVを見ていたはずのユリがソファー越しに、そんな風に階段を下る二人をじっと見上げていた。そのあとユリは、おかしな二人の雰囲気に気付いたせいで、少し顔を引きつらせながら食事のテーブルへやってきた。そして「喧嘩してる?」と恐る恐る聞いてきた。テーブルに座って、不穏な空気に黙り込んでいたベルやママやダディたちに、そのユリの一言が笑いを起こした。モナも笑っていた。しかし僕だけは、しまったと思って笑えなかった。僕は、「そうか、ユリは分かるんだなぁ、喧嘩じゃないよ、問題ないよ」とユリに日本語で言いながら、本当はまだムカついていてムスッとする顔を矯正でもするかのように、自分でもわかるくらい不自然な笑顔を作り、食事中はできるだけ普通を心掛けてモナと話をするようにした。
子供の前で喧嘩をしないというのは、以前からの二人の約束ごとである。

そうやって和気あいあいな空気をがんばって作りながら食事をしていると、突然ユリが、「もう一回喧嘩して」と言ってきた。これには僕も、本気で笑ってしまった。もちろんみんなも大笑いした。
なぜユリがそんなことを言うのか不思議で、「バキーット?(なんで)」と訊くと、ユリは少しだけ首を傾けながら僕を見上げ、「イサパ(もう一回)」と言うのだ。もちろんそのリクエストに応えて喧嘩をするわけはないが、その言葉に僕は、先ほどのムカムカする気分がまるで失せてしまった。
そしてユリの様子を見ながら、彼女のリクエストの真意について考えてみると、自分を不安におとしめた先ほどの険悪な雰囲気に、ユリは興味を持ったような気がするのである。イサパと言う時のユリの顔は、そこにまるでそう書いてあるように、好奇心に充ち溢れていた。とにかくユリは普段から、好奇心が旺盛である。
どうやら両親の夫婦喧嘩が、ユリの好奇心の対象になってしまったようだ。こうなると夫婦喧嘩も、なかなかできるものではない。

フィリピンへ来た当時は、僕もモナへよく文句を言ったが、最近の二人はほとんど喧嘩をしない。今回の喧嘩は僕がフィリピンに帰ってから初めてのもので、つまり顔を合わせた一か月間は、一度も喧嘩で険悪なムードにはならなかったことになる。だからユリが驚くのも無理がない。
子供にはかなわない。純真な目でじっと見られたり、悲しそうな顔をされたり、笑みを見せられると、とにかく抱きしめたくなり何もかもを許してしまいたくなる。その意味で、ユリには随分救われている。
子は鎹(かすがい)とは、よく言ったものだ。


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エントリー:532.子は鎹(かすがい)
2012年05月18日

531.子供の教育論議

昨夜、部屋の灯りを落としてから、モナと二人ベッドの上で・・・・、

しばらく子供の教育の話しをした。
それは、ユリが普通と違うというモナの話から始まった。
僕にはユリが、普通より進んでいるのかどうかはっきりとは分からないが、それでも確かに、モナがいうようなユリの頭の良さを感じることはあった。しかし、小さな頃に利発だと言われ、成長するにつれて凡人になっていった子供が、僕の周囲にはたくさんいたことを、僕はとてもよく記憶している。

僕が子供の頃、祖父はいつもテーブルの上に豆を並べ、僕にそれを数えさせた。豆を利用して、足し算も教えようとした。しかし僕はそれをさっぱり理解できず、こいつは正真正銘の馬鹿だと、祖父からさじを投げられた。それは僕が小学校に入っても相変わらずだったが、中学に入ると少しはまともになり、その3年間は学級委員や生徒会役員の役割を隙間なく与えられるようになった。そして最後は理数系に進み、エンジニアをしている。
小学校の頃に神童と言われ、常にクラスの人気者だったK君やH君は、中学に入ったら全く目立たない存在になった。
つまり、子供の頃や、小学校時代の成績など、全くあてにならない。いや、中学や大学の成績だってあてにならない事が多い。その人間の何がどう変わるのか、それは分からないのだ。もっと言えば、実は人は、学校の成績以外に存在する、人間としての能力を無意識に把握しようとする習性を持っていて、一言でこの人はすごいとか、たいしたことはないなどと評価しているものだ。
僕が中学の頃に学級委員や生徒会役員に選出されたのは、成績がよかったせいではない。おそらく、全体をまとめようする気持ちがみんなに伝わっていたからに過ぎない。人をまとめるためには、画一的に「そんなことしたらいけないんだ〜、先生に言いつけてやる」なんて子供じみたことばかり考えたり、口に出したりしていてはいけない。相手の気持ちを考えることも必要ならば、その場での自分の判断も必要になる、判断をするためには判断の基準をしっかりと持たなければならない。判断基準を持つためには、それなりの経験をしなければ分からないから、教師に叱られそうなことだって、時には仲間と一緒にそれをやってみなければならない。僕はこの中学の3年間の時期に、人をまとめる役目を仰せつかったことで、人生で大切なことを様々学んだような気がしている。そんなことを踏まえて、僕はモナに言った。

「あなたは人間が生きていく中で、何が大切だと思っている?学校の成績だと思っていないか?」
「そうねぇ、そうでしょう?」
「それは間違っている、そんなことだけで子供を評価したら、子供の世界が狭くなる、いいか、例えばだよ、ある子供の学校の成績が最低ランクだとするよな、それでもその子供は絵が描くのが大好きで、いつも絵を描いている、その子供が大人になって世界で通用する素晴らしい絵を次々に描いたとしたらどうなる?その人は絵を描くことで色々なことを表現できて、世界中の人から認められるようになるよな、尊敬もされるよな、あなたはそんな人生を認めないか?」
「それは認めるかもしれないけど、みんなそんな才能があるわけじゃないでしょう」
「その通りだ、でもな、小さな子供は何でも興味を示すよな、なんでも自分で触りたがってみる、大人はそれをすぐにだめだといって、子供がせっかく興味を持った世界をいとも簡単に取り上げてしまう、もし取り上げないで自分の思った通りにやらせてみれば、そこにすごい才能が芽生えるかもしれない、いや、すごくなくてもいいんだよ、その子供に、それさえやっていれば充実して幸せな気分になるという世界があったらそれだけでいい、そうなると子供は自分の中でターゲットを作り、そのターゲットに向けて努力をしようとする、その努力が報われるかどうかは別にしても、一生懸命になることでがんばるということが何かってことを自然に覚えるんだよ、そうかもしれないのに、大人はその目を摘み取ってしまおうとする」
「それじゃどうすればいいの?」
「子供がそれをいじっても危険がないのだったら、傍について目を光らせながら、子供が納得するまでそれを触らせてあげればいい、エバ叔母さんを見てみなよ、子供が何かをし出すと、すぐに引きはがして連れていくでしょう、あれはね、子供をじっと見ているのが面倒くさいからだ、だから子供が面倒なことをしでかす前に、すぐに子供を興味の対象から引きはがす、いつもそれだと子供の成長に影響を及ぼすよ、子供が可哀そうだ、しかしね、子供に学校の成績ばかりを押し付けることも、それと似たところがあるってことだ、勉強をやらせることは大切だよ、何度も何度も繰り返して勉強をすることは、子供を成長させるための大切なトレーニングだ、だからそれは必要だ、でもさ、それだけが大事だと思わせてしまうような育て方は、子供の心を偏らせることになる、前にも言ったことがあるけど、子供にはサークルを作ってやるんだ、これはイメージの中で作るサークルだよ、サークルは最初は小さいやつだ、サークルの中で、ここまでは自由にやっていいよっていうサークルだ、それを子供の成長に合わせて少しずつ広げていけばいい、例えばさ、僕は今、ユリが鉄棒遊びをしたり階段を上り下りすることは許してあげるよな、でもかかとの高いあなたやベルのサンダルを履こうとするユリに、それは許さないでしょ、それは駄目だと言ってもユリが言うことをきかなかったら、僕は思い切りユリを叱るでしょ、あれは僕がユリを観察して、鉄棒も階段も、本人が気をつけて出来ているから大丈夫だと判断して許しているんだ、でもかかとの高いサンダルはまだ足がぐらついて、すぐに足をくじいてしまうから駄目だときつく叱るんだ、それが僕の作ったユリのサークルだよ、僕はユリが小さい頃から、今の彼女に何を許して、何を許さないかをいつも考えている、それにユリが、自分で判断し意思表示ができるようになるように意識して接しているよ」
「それはどうやって?」
「例えばユリがまだ小さかった頃、僕はユリを抱いて、コーナーに差し掛かる度にどっちに行きたいってユリに決めさせるんだ、それをしていると、ユリは次第に指で指して自分の行き先を決めて僕に教えるようになった、それは彼女のためのトレーニングだよ」
「あ〜、ユリは小さい時からそれができていたなぁ、そうかぁ、マハール、ちょっとおしっこ」
彼女は話しが一段落ついたことを察知して、トイレに行った。

「ねぇ、マハールは学校で、ちゃんと勉強した?嫌にならなかった?」
「いやだったよ、勉強は嫌いだった、でも授業はちゃんと受けたよ」
「フィリピンは学校の授業にまじめに出ない子供が多いよ、大きくなったらどんどん酷くなる、いやになったら途中で勝手に帰るし、学校に行きたくなかったら行かない子供が多い」
「それはね、僕は学校の勉強が嫌いでもいやでも、学校とは行かないといけないものだと思っていたし、授業はきちんと出ないといけないって思っていたからからだよ、もし勝手に学校から帰ったりしたら、叱られることをちゃんと知っていたからだ、僕はこのフィリピンで、子供への躾が全くできていないことをすごく感じるよ、まずルールに従うことをまるで家庭で教えない、食べる時には座って食べる、食べる時間は決める、それ以外の時間はジュースやおやつを食べない、ベッドの上では食べない、遊ばない、半分テレビを見ながら食べない、皿の上のお米はのこさず食べる、自分の食器は自分で片付ける、食べることに関してだけでもいっぱいあるよ、それを教えることの意味がない場合もある、でもね、それを子供に教えて従わせることは、世の中のルールに従うことのトレーニングになるんだよ、それは子供の住むサークルの外の話だ、それが出来なかったら、自分が自由に振る舞えるサークルを狭めてやるしかなくなる、それを厳しく徹底してやらなければ、子供がもともと持つ本性、つまり我儘で怠惰でずるくて流され易い性格が、そのまま表に出てくる、そうやって大人になったら、もうなかなか治らないね、でもフィリピンは、そこに目を光らせる大人がぜんぜんそれをできていない、だからきちんと教えられない、そして子供がだめになってだめな大人になる、それをやっていたんじゃ、フィリピンはいつまで経ってもよくならないよ、僕の言っている意味、分かる?」
「分かるよ、それじゃ子供には、何が大切なの?」
「ルールをきちんと守らせること、守らなかったら本気で叱られることを覚えさせること、子供の持つ興味を大切にして大人の考えでそれを奪わないこと、勉強は嫌いでもやらせること、意志表示や判断をしっかりできるようにすること、相手のことを考える癖をつけること、つまり他人とコミュニケーションの取れる人間にすること、失敗をさせること、失敗しそうでも、簡単に親が手を出さないこと」
「いっぱいあるなぁ、それじゃすごい才能があるだけじゃだめってことね」
「それはそうだ、あなたはロンの頭がいい、真面目だっていつも言うだろう、確かに彼は真面目で頭がいいかもしれない、でも彼は人とのコミュニケーションに大きな問題がある」
「そうね、それは分かる」
「だから働くためのインタビューをいくら受けても、誰も彼を雇わないでしょう、いいか、もしあなたが社長だったら、頭のいい学校を出た人が来ても、コミュニケーションに大きな問題のあると感じる人を雇うか?迷うでしょう?もし僕だったら、学校の成績よりも最初に、目の前にいる人間を観察するよ」
「そうねぇ、それじゃバランスが大事ってことか」
「そうだよ、勉強もできた方がいい、才能もあった方がいい、コミュニケーションもきちんと取れる人間がいい、その中で、一つ特別に人より優れたものがあったら、それがラッキーだ、子供に大切なことはまだある、とにかくさ、子供の小さいうちは、頭がいいとか才能があるとか、そんなことは分からない、分からないから、それを伸ばすようにして育ててあげればいい、そしたら勉強ができなくたって、立派に社会に通用する人間になれるかもしれないし、すごい人だって尊敬される人になるかもしれない」
「ねぇマハール、私は何がすごいの、頭悪いでしょう、顔?性格?ねぇ、あなたは私の何がよくて私と結婚したの?」
「それは自分で考えなさいよ、僕はもう寝る」

最後はモナらしい会話で、この長い話しは終了した。
本当は、僕はモナのよいところをよく分かっているが、それを口にすることができないのが、日本人の悪いところかもしれない。


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