フィリピーナと共に
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2012年05月14日

527.モナのコミュニケーション

今日はブログをお休みしようかと思っていたが、突然出したい気分になったので、こんな時間がだがアップすることにした。

今朝、ブログ読者のお一人からメールを頂いた。コメントを頂いたことをきっかけに、プライベートメールでやり取りが始まり、今年初めてその方の肉声を電話で聞いた方だ。
電話での彼の印象は、丁寧で気の優しい、気遣いのできる腰の低そうな人であった。

そして本日頂いた彼のメールに添付される、彼とフィリピーナ彼女の写真を見て、僕は少々驚いた。もし電話での会話がなければ、その方と直接お会いするのは遠慮しようかと思うような、怖い方であった(失礼・・・ちなみに彼女は、羨ましいほどのマガンダだった)
これまでのメールでのやり取り、そして電話での会話から受けた印象と、見た目の印象のギャップがあまりに大きすぎた。
そう言えば、他にも日本海の近くの輪島辺りに、懇意にさせてもらっている、まるでやくざのような怖い外観を持つ当ブログの読者がいらっしゃっるが(これも失礼)、人間見た目ではなかなか分からないものだと、あらためて感じた次第だった。

さて、本日頂いたメールの主は、ゴールデンウィークにフィリピンを訪れた。機会があれば是非フィリピンで会いましょうと言っていたが、諸事情で残念ながらフィリピンで会う事はかなわなかった。
フィリピンを訪れる前に頂いたメールの中で、彼はフィリピンにいる彼女に会いに行くけれど、そこで彼女と結婚をするかどうかを決めたいと書いてあった。
そして日本に帰ってから頂いたメールには、結婚を決意したことが書かれていた。それに対して僕は、とにかく良かったねという返事を書いていた。

そして本日、僕が出した返事のメールに、再度返事をもらった。自分たちの抱えるいくつかの事情が書かれており、それを補足する意味で、彼は二人の写真をメールに添付してくれた。
モナはその女性の写真を見て、彼女は目がよいと言った。モナは、人間は目を見るとその本性がわかると言う。そして彼女の目は、彼女の優しさを表していると言った。

「それじゃ僕の目はどう?」
「あなたの目は、厳しいでしょ」
「だったら、なんであなたは僕と結婚したの?」
「わたしは厳しくされるのが好きだからよ」
「あなたはサド、マゾって言葉知ってる?」
「なにそれ、知らない、どこの言葉?」
「サディズム、マゾヒズムって言えば分かる?」
「あ〜」
「あなたはもしかして、マゾヒズムなんじゃないの?」
「そうかも・・・」

「そうかも」と言われると、僕も少し困ってしまい、話しが続かなくなる。
確かに僕は、厳しい目をしていると他のフィリピーナにも言われたことがあり、ついで言うと僕の顔は、フィリピーナを奥さんにする日本人の顔ではないとまで言われた。それではどんな顔がフィリピーナを奥さんにする日本人の顔かと尋ねたら、彼女はその場にいたサラマさんの顔を指差した(失礼)ので、僕は分かったような気はしたが、分からない振りした。(またまた失礼)
とにかく人間の目が、その人の内面を表しているということは、よくある話しだ。

メールをくれた彼は、僕やモナのことを普段から彼女に話してくれているらしく、彼女はモナのブログを読んでいるらしい。
よって彼女は、機会があれば、是非モナに会いたいと言ってくれているようだ。もし結婚すれば、モナと同じように日本人旦那を持つ身となるから、そのような話しも色々としたいのだろう。
せっかく写真も送ってくれたので、こちらも普段の我が家の様子写真はフェイスブックにアップされているからと、モナのフェイスブックを紹介した。
するとすぐに友達申請のようなものが来て、気が付いたら彼と彼女とモナが、三つ巴でチャットまで始めていた。
そうなると、モナもそれを楽しんで、パソコンの前から離れなくなった。

これまでも、僕がこのブログにコメントを寄せて下さる方と親しくなると、同時にモナは、その奥さんや恋人と仲良くなるのが常であった。しまいには旦那を差し置いて奥さん同士で親密なやり取りを開始し、時には夜の生活に関する超極秘情報まで、意図も簡単に暴露してしまうことがある。(真面目な話もたくさんしているようだが・・・)
まあそれは愛嬌ということでよいし、勝手にバンバンやってもらって一向に構わない。
とにかくこれまでのそのようなやり取りを見ていると、今のところ、そのようなコミュニケーションの中ではネガティブトークになっていないようで、それは話をする相手の知性や人柄、モナの常識などが絡み合ってそうなっているのは言うまでもないが、もし僕が終始傍若無人な振る舞いをし、モナの気持ちを普段から全く考えなければ、やはりそれらのコミュニケーションには、ネガティブな要素が多く漂うことになる。
それは相手の旦那さんがそうでも同じことで、彼女たちのコミュニケーションの内容とは、実は日本人旦那の良識や優しさや責任感を測るバロメーターにもなる場合があるのだ。
だからある方は、奥さんを見れば旦那を知れると言うが、実はこれは、とても的を得たことなのである。

だからといって奥さんに、家庭内の余計なことを言うなと圧力をかけるのはナンセンスで、そうなれば奥さんは、そのコミュニケーションを自由に楽しむことができなくなってしまうから、それではまるで意味がない。
僕はモナが、このブログから派生する人間関係に入り込み、その中で生き生きとコミュニケーションを楽しんでいるのを心からよしとしているし、これからもどんどんやってくれたらよいと思っている。自分の殻に閉じこもっている陰気な奥さんよりも、その方がはるかに旦那のし甲斐があるというものだ。
その代わり、モナがそのコミュニケーションに意味の無いネガティブな要素を持ち込まないよう、僕はしっかり彼女を大切にしなければならない。

僕は普段からそのように付き合ってくれるこのブログの読者に、心から感謝をしているし、これからも是非、宜しくお願いしたいのである。


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2012年05月12日

526.パーティーを終えて

昨日は長い一日になった。
ベルの誕生日に我が家を訪れた子供が20人〜25人くらいいただろうか。細かいのがたくさんいると目が回るようで、人数など数える気も失せてしまった。
何度か我が家のパーティーに来てくれる子供たちなので、みんな僕のことをよく知っているから、僕が珍しい日本人として警戒されることはない。おそらく日本人の家だからと予習してきていると思われ、僕と目が合うとみんな「こんにちは」や「ありがとう」と片言の日本語で挨拶してくれる。それに対して僕は、「マガンダンハポン」「ワランアヌマンポ」などと、タガログで挨拶を返すようにしている。少しでもお互いの言葉をお互いに使うことは、相互の尊重の証だと僕は思っている。
今回はピエロを雇うことをせず、ダディーがゲーム進行係になって、一生懸命子供たちを楽しませていた。ゲームで使用する小道具も全て手作りである。
集まった子供たちにゲームの景品を渡したり、キャンディーを配ったりと、主役のベルは子供たちの中を飛び回っていた。

パーティー用の料理に取りかかる段になって、ママがスパゲッティー用のひき肉を既に調理し始めていたことが発覚した。ミートソースのひき肉は主役なので、その調理方法が異なると、まるで違ったソースになってしまう。モナがそのことでママにクレームをつけ、ママは激しく応戦した。地元の言葉なので何を話しているのかは分からなかったが、そのやり取りは結構険しい雰囲気だった。ママはその時の険しい顔を引きずったまま僕に、モナは自分に何も言っていなかったと必死に言い訳をした。モナもママも、僕の大切な仕事を奪ってしまったことに大それたことをしてしまったと思っている節があり僕の方が驚いてしまったが、僕はスパゲッティーを作ることにそれほど命をかけていたわけではないので、「全く問題ない、そのまま作り続けて」とお願いし、僕はサンドイッチを作ることにした。卵サンドとポテトサラダサンドにしようと決め、すぐにゆで卵とポテトをゆで始めた。

先日紹介したハムは大活躍で、サンドイッチ用のポテトサラダにそのハムを入れたら、ことの他美味しく出来上がった。久しぶりに美味しいポテトサラダを食べることができて、僕自身も大満足だった。美味しいポテトサラダで作ったサンドイッチは、当たり前のように美味しくなった。
更にこのハムを使ってチーズのハム巻きを作ったら、子供たちにとても珍しかったらしく、これは何だとばかりに売れ行き好調。途中ダディーにチーズを追加購入してもらい、パーティー途中にまた作り込まなければならなくなった。
モナのリクエストで、更に僕は、肉ジャガを作った。
フィリピン生活のおかげで、僕も随分と料理に慣れ、手軽に一品、二品くらいは作れるようになっている。

パーティーには隣の御主人も駆け付けてくれた。彼は我が家に入ってから、どうも僕のことを避けているようで不思議に思っていた。タイミングを見計らって僕から彼の前に行き挨拶をした。そこから会話になって気付いたのは、彼は英語が苦手なので僕を避けていたことだった。しかしその壁を一旦取り払ってしまうと、お互い訊き返しながらも辛うじてコミュニケーションが成立し始めた。
彼が最初に僕に訊いたことは、「バケーションはいつまで?」ということだった。言葉の意味は分かったが質問の意味がはっきりつかめないまま僕は、「バケーションは先週終わった、今日は既にワーキングデーだ」と答えたら、今度は彼が戸惑った表情を見せた。
そのことでしばらくやり取りをし気付いたのは、彼は僕が、基本的に海外で仕事をし、海外で暮らし、バケーションの時だけフィリピンに帰ってきていると思っているらしいことだった。
それが分かってからは、自分がここに住んでいること、基本はここで仕事をし、時々海外で仕事をすることなどを説明し、彼からの僕の仕事内容に対する質問に答えるなど、お互いようやく話しが通じ合うようになった。
彼はそのような理由で最初はとても無愛想に見えたが、話しをしてみると、とてもシャイで温厚な性格の、それもある意味フィリピン人らしいフィリピン人であることが分かった。彼が我が家を辞する時には、お互い打ち解け合ったように挨拶を交わすことができた。
初めて隣(といっても50mくらい離れているが)の御主人としっかり話しができて、また一つ地元に馴染んだような気になり、僕もとても嬉しく感じた一幕だった。

ダディーも同じように勘違いしている節があるが、後で駆け付けてくれたモナの友達にも「バケーションはいつまでか」と同じことを訊かれ、そこで僕は、周囲に相当勘違いされていることに初めて気付いた。
なるほど日本人がここに居ればそう思われる方が自然で、しかも僕はいつも長期間家を留守にしているから、ますます誤解されているらしい。その意味で僕はまだまだ、この地で市民権を得ていないようである。

駆けつけてくれたモナの友達(ハイスクール時代の同期生)は、これまで何度も一緒遊びに出かけている友人たちで、今やみんなが僕の友達でもある。モナが傍にいなくても、気軽に楽しく会話ができる馴染みの人たちだ。
彼らに日本から持ち込んだサキイカをふるまうと、やはりサキイカは大好評で、これはいくらかと訊かれた。日本のコンビニの100円シリーズで買ったものだったから50ペソだと答えたら、この美味しさなら200ペソでも買う、今度2BOX くらいオーダーしたいなどとお願いされた。その友達の1人はタバコシティーで露天商をしているから、そこで売りだしたいと本気で考えているようだった。
もしそれが実現したら、誰に食べさせても美味しいと大好評のサキイカなので、タバコシティーからフィリピン全土にサキイカブームが湧きおこるかもしれない。タバコシティーはサキイカの聖地として、「サキイカの町タバコシティー」とフィリピン中にその名を馳せることになる。その陰の立役者は、実は一介の日本人だったなんてストーリーはなかなか面白い。本気でサキイカ商売をしてみようかという気になってしまった。
サキイカをフィリピン全土に広めれば、その立役者として僕は、ここでの不動の市民権を確立できるのではないだろうか。

彼らとの話題はいつも多岐に及ぶが、その中で、お互いの言葉の話題も多くなる。
彼らも少しずつ日本語を勉強してくれているので、挨拶はいつも日本語でしてくれる。僕は自分のiPhoneに入っているタガログ-英語-日本語のトランスレーターを取り出し、僕も少しはタガログを使う努力を見せたりする。
彼らはそのトランスレーターに大変な興味を示し、今度自分のスマートフォンにもそれを入れて勉強するから、是非教えてくれなどとお願いされた。
うかうかしていると彼らの日本語が上達し、基本会話が日本語になってしまう危機感を僕は覚えたりするのである。
彼らは日本人のような気の使い方ができる大人ばかりで、モナは本当によい友人を持っていると、僕は彼らの中に混ざっていつも感心している。当然僕は、彼らとの友達付き合いを、いつも心から楽しんでいる。

パーティーが一通り終了したのは、フィリピン時間で23時過ぎだった。終わってみるとさすがに疲れが襲ってきて、シャワーをしてからはモナと2人、すぐに熟睡してしまったようだ。
昨日はママもモナもたくさん料理を作ったおかげで、今日の朝食は残り物だけでちょっとしたホテル並みの豪勢な内容になった。我が家に泊まったお客もいたので、朝から我が家は賑やかで、まさに小さなペンションのようだった。

朝食前にモナとコーヒーを飲みながら、ベルが9歳ということは、僕がここを初めて訪れてから4年も経ったことの話しになった。
僕はベルが生まれたことが、モナの人生の一つの転機だったと思っているが、彼女はそうではないと思っているようだ。
自分のゴールは、両親に幸せをあげること、弟たちを学校に入れ卒業させることで、ベルが生まれなくてもそのゴールは変わらなかったから、きっと海外で仕事をすることになったと言うのである。そしてきっと、どこかの外国人と結婚していたのではないかと言う。それが幸せに繋がったかどうかはわからないが、ゴールは常に変わらないと言う。
歴史にIF(仮に)という話しは意味がないことで、僕はそれに対して何も言う事はないが、彼女は自分のゴールを見据えて立ちまわっていれば、どのような苦境に立ってもそのゴールを見失わない限り、ゴールにたどり着いたはずという信念を持っているようだ。その結果として、今があるということである。
彼女はこれまで、そのゴールさえ捨ててもいいという言葉を漏らしたこともあるから、やはり結果論の部分もあるだろうことは分かっている。しかし、基本的な考え方として、やはり立派だ。そのような言葉がスッと出てくること自体、彼女の考えがぶれていないことを示している。
モナは子供のような無邪気なところもあれば、人を信じやすい危うさもあるが、やはり彼女は、僕にはかなわない意志の強さを持っている女性だとあらためて感じるのである。
僕は僕なりに、ベルの誕生がもたらした2人の運命を、不思議なくらいに感じてしまう今回の誕生日であった。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:526.パーティーを終えて
2012年05月11日

525.ベル9歳

夕食後シャワーを終え、上半身裸の短パン姿でパソコンに向かっていると、モナが後ろから寄ってきて無言で僕の体をいじくり始めた。
そんな時は相手をしないに限るので(いつもの僕の態度)、無視して一心不乱にパソコン作業をしていると、彼女はなぜかしつこく僕の体をなでまわし続ける。(決して舐めまわしているではない、なでまわしている・・だ)
とうとう手を止め「何やってる?」と訊くと、「クーリングローション」と彼女は言った。
そこで初めて、彼女が僕の風呂上がり(実際はシャワーだが)の体に、ボディーローションを塗っていることに気付いた。

そんなものはいらないよと言おうとしたところへ、妙に気持ちの良いクール感が・・・。
「あっ、これ、気持ちいい(うっとり)」
「でしょ、これ、アコの新しいディスカバリー(発見)」

塗って1〜2分後に、ひんやりとした清涼感が体を走り抜けた。匂いも良い。ホテルの匂いのようだ。(マニラの古いホテルは臭いのもあるが、そうではなく、高級ホテルのいい匂い)
モナが手に持っているボトルを見せてもらうと、Dove go fresh nourishment body lotionと書かれていた。説明書きを読むと、きゅうりやグリーンティーの成分が入っているようで、メントールではないがメントールをソフトにしたような、しかしメントールのような安っぽい刺激感ではない、新しい感覚の気持ちよさがある。
モナは自分がシャワーをしたあとに試してみて、実感した気持ちの良さを僕にお裾わけしようとしたらしい。しかもサプライズのつもりでいたらしく、何も説明せずに塗っていたようだ。そのサプライズに見事にはまった僕を見て、モナは当然、鼻高々に喜んだ。

価格は250ml入りボトル一本で200ペソだったそうだ。
「それは高いの?安いの?」と訊くと、モナは「たか〜い」と答えた。
200ペソ400円という価格は、その商品の価値と比較して、現地では高いのか安いのかという意味で訊いたつもりだったが、モナは単純に、ローションとしては高いと答えたような気がする。
しかし、最近味わったことのない気持ち良さに、僕は完全に作業を停止して、ベッドの上に移動し横たわり、足にもローションを塗ってもらった。
200ペソでこの気持ちの良さはお勧めではないかと、ちょっと宣伝したくなって、思わずここに書いてしまった。

さて、この記事が出る5月11日は、ベルの9歳の誕生日だ。
モナはベルの誕生日パーティーをどのようにするか、しばらく悩んでいた。
家族でマニラに遊びに行ってやるか、プールパーティーにするか、ホームパーティーにするか、ファーストフード店を貸し切るか。
案はとめどなく出てくるが、僕がそのどれにも返事をしなかったら、モナは結局一番無難なホームパーティーに決めて、「ふつうがいいでしょ」などと同意を求めてくるので、僕は黙って頷いた。
方式が決まると今度は中味で、料理、プレゼント製作(手作りのブックマーク(しおり)、キャンディー、小さなパズルなどの詰め合わせ)、飾り付け、ポスター製作など、モナは準備に余念がない。一つ一つにいいでしょうと確認を求めてくるので、僕はそれらにも黙って頷いていた。
最後に言ったのは、「手作りで一生懸命準備してやるのが一番だ、このやり方はいいと思う」ということだけだ。
買い物をすればそれなりにお金はかかるが、イベント盛りだくさんでお金ばかりかけてやるより、ずっと安上がりの上に気持ちが入っている。ベルはモナがそんな風に準備をしている姿を傍らでずっと見ているのだから、それが一番良い。そんな記憶はベルが大人になってもずっと残っているものだ。

とすれば僕も汗をかいて何かをしてあげたいと思っているが、とりあえず明日は、スパゲッティー担当になっている。あとはレガスピまで行って美味しいハムを買足したので、チーズをハムで巻いて楊枝で止める、こちらでは珍しいオードブルでも作ろうかと思っている。きゅうりのチーズ巻きを彩りに添えれば、綺麗なオードブルができそうだ。
他のメニューはあらかた決まっているので、僕の出番はそれくらいしかなさそうだが、最近少し忙しいので、それくらいで勘弁してもらおう。
何せ5月11日は、金曜のウィークデーで、こちらは仕事がある身だ。かなり前に、パーティーを12日の土曜にしてくれたら助かると言ったが、ホームパーティーに決まると同時に、日にちも誕生日当日に決まったらしい。
家でパーティーをするなら、あなたも大丈夫でしょうということだろうから、やはりまだまだモナは、日本の仕事のスタイルを分かっていないようだが、確かに家にいれば融通がきく。

急ぎの仕事は一段落ついているから、うまくいけば一日パーティー準備と参加に没頭できるかもしれない。
ホスト役は疲れるが、これも可愛い娘のためである。
それにしてもベルはもう9歳。僕が初めて見たベルの写真は1歳のものだった。初めてベルと会ったのは彼女が5歳。当時一緒に撮った写真をみると、ベルにはまだあどけなさがたっぷり残っている。しかし今では身長も伸び、レディーらしくなってきた。どうりで目につく我儘な態度がなりを潜めたわけである。
ベルとユリの成長は、自分のフィリピン生活の歴史的代弁者のようなもので、象徴である。まだここに住んで日が浅いと思っているが、そう思いながらも2人の娘の成長ぶりをみるにつけ、僕も着実にここでの歴史を積み上げていることを、実感せずにはいられない。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:525.ベル9歳

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