フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年05月07日

521.ネズミ講

昨日、今日と、フィリピンの夜空には、まぶしいくらい輝いている満月が浮かんでいる。おかげでいつも見える満点の星が、ほとんど見えない。
ユリはあまりにまぶしく光っているその満月を指指して、「サン(太陽)だ」と言った。
ユリは昼の月を見てもきちんと「ムーン(月)だ」と識別するので、今のフィリピンの月は、それほど明るいということだ。
その明るい月を見ながら、モナは「モーモー(おばけ)が出る」と言っていた。
どこまで本気で言っているのかわからないが、相変わらず非科学的なことを口走っている。
この非科学的な話しも、モーモーや火星人程度なら笑って許せるが、本日とても笑っていられないことが起こった。

実は今日、オランダに移住したママのオおばさんの娘さんの、オランダ人旦那のグレゴリーがセミナーを開催するというので、その参加者として駆り出された。
せっかくセミナーを開くのだから、参加者が少ないとみっともないので、是非来てくれとお願いされて参加した。
セミナー開催場所はグレイスランドというファーストフード店の貸し切り場で、もちろん釣り餌用のスパゲッティーやハンバーガー、飲み物付きだ。
さて何のセミナーかと言うと・・・。

グレゴリーはオランダからフィリピンに移住するつもりでここへ来ている。よってオランダで勤めていた会社を辞めてフィリピンにやってきた。
つまりフィリピンで、何か仕事を見つけなければならないということだ。しばらく仕事を探していたが、それはやはり簡単ではなく、持ってきたお金も尽きそうだということで、一旦オランダに帰るなどと話していた。
しかし数カ月前に、健康食品のようなものを我が家に持ってきて、これはすごく良いと言いながら、それを販売するビジネスを本格的にやることにしたと言いだした。
本当に良いものなので、故郷のオランダや中国、そして日本にも売りたいなどと、夢を膨らませながら熱弁していた。
そのような背景があってのセミナーということだったので、僕は最初から、セミナーの中味は察しがついていた。

いざ会場へ行くと、参加者8名が既に椅子に座っており、パソコンの画面がプロジェクターで壁に映し出されていて、セミナーは準備万端整っていた。
グレイスランドというファーストフード店は、店内に子供の遊び場がある。そこで子供が遊ぶよう仕向けると、早速セミナーが始まった。

グレゴリーの話したいことは、すっかりパワーポイントにまとめられており、彼は壁に映った画面の文字を読むだけという説明に終始した。
内容は、人間は大別すると4つのタイプに分けられるそうだ。1はお金を得るためのハードワークで精神と体力と時間を使い果たし、お金はあるが家族と一緒の時間も取れない人、2は暇を持て余していてお金もない人、3は忙しいのに金もない人だという導入で始まった。
理想的なのは4番目の、ゆったりとした時間を満喫しながらお金を十分稼げる人というもので、あなたはそうなれるチャンスを、今掴むことができる位置に立っているという文句が出た。
ここまでは僕が事前に想像していた通りで、とても美味い話し(上手なという意味ではない)である。

随分時間をかけて、あなたのライフを変えて、素晴らしい人生を送ってみないかと口説いた後に、いよいよ我々の人生を素晴らしいものへと変えてくれるアイテム、健康食品がプロジェクターの画面に登場した。
それはヤクルトほどの容器に入った水のような液体で、それを水やコーヒーに数滴垂らして飲んだだけで、驚くほど健康になれる代物である。しかもそれで難病が治ったという人が何人もビデオに登場し、病院の医者に見捨てられた時の絶望感を涙ながらに語り、それがその液体を飲むことで治ったと証言するのだ。
完治した例は、脳腫瘍、癌、糖尿病、激しい皮膚病等々。いずれも医者には見捨てられたものである。

時にはその液体を飲むことで、そして時にはその液体を患部に直接塗ることで、病気が治るというものだった。
目に直接させば視界がクリアーになるし、あそこに塗れば夜は元気になり、頭に塗ると毛が生える、毛が元気になる、頭が良くなる、そして耳にさせば良く聞こえるようになるなんて説明も飛び出した。
説明を聞けば聞くほど怪しげで、グレゴリーは親戚ではあるが、僕は終始疑いの目を持ってそこに座っていた。しかし、とにかく人数稼ぎで座っていれば良いのだから、中味は胡散臭いけれどもまあいいかと思っていた。

一通りの説明が終わると、セミナーの参加者の1人が質問をした。そしてそれに答えたのはやはりセミナーの参加者と思っていた人で、一人の男性が立ちあがって説明しだした。
それに誘われるように、最後部にいた女性が質問をすると、今度は最初に質問をした人が、何かを一生懸命説明しだし、その液体の販売員であることを証明するIDカードまで財布から取り出した。
そこで僕は、一体さくらはどこまでなのか、さっぱり分からない状態であることに気付いた。もしかしたら、この会場でのターゲットは、自分たち家族だけではないかという疑いも持ち始めた。
結局ターゲットは、セミナーが終わってさっさと帰った4人と、我が家の4人らしかった。

そのセミナーが終わり、僕がちょっとユリの様子を見に行って会場へ戻ってくると、モナが財布からお金を出していた。
「どうしたの?まさか、それ、買うの?」
と言うと、「ちょっと試してみたいだけ」などと言いながら、5本も購入していた。さらにママも2本購入したようで、我が家は締めて7本のお持ち帰りが決定していたのだ。
その得体の知れない液体は、ヤクルト程の小さな容器に入って定価が一本2000ペソ強(約4千円)。
しかしセミナー参加者には約半額で売るが、本日は更に割引いて一本700ペソ(約1400円)。もし5本まとめて買うと一本400ペソになり、トータル2000ペソになるのでとてもお買い得ということで、モナは5本を購入したというわけだ。
ママの分は一本500ペソにまけてくれたようで、モナはトータル3000ペソ(6千円)を支払った。
我が家でメイドとして働くテス叔母さんの1か月のサラリーが2000ペソで、なぜそのような得体の知れない液体に3000ペソも簡単に支払うのか、僕はその気が知れなかった。

普段付き合いのあるグレゴリーやその奥さんの前で、そんなものいらないから返せとも言えず、とりあえず試して自分で納得すればいいと思って僕は黙っていたが、僕が後でとても驚いたのは、モナが購入したのは親せき付き合いの一環というよりは、その液体の効用を本気で信じて買ったということだった。
僕は夕食後にダディーにもあの液体の効用を信じているかと確認してみたが、はっきりと信じていると返事が返ってきた。僕はそれにも信じられなくて、本当か?と確認したが、本当だと言われて絶句した。

とにかく病は気からと言うし、実際にそれはあるのだから、液体を信じて使っていれば、元気になったような気にもなるかもしれないと、くだらない出費には我慢した。
しかし、最初の説明を聞けばすぐに分かるよう、それは実は、ネズミ講ビジネスなのである。つまりそのセミナーは、液体を売るのが本来の目的ではなく、自分の子供となってそれを売ってくれる会員を集めるものなのだ。

夕食後、あのビジネスは、その手のものだよねということをモナに確認した。もちろんモナの返事はイエスである。いずれは自分がセミナーを開催し、自分の子供販売員を増やしていくことも、モナはしっかりと認識しているのである。
日本やアメリカなどの先進諸国では、その方式のビジネスは法律で禁止れているのは知っているかと訊けば、フィリピンはそれがたくさんあるという答えが返ってきた。どうやらそれ方式のビジネスが、あくどいマルチ商法である可能性について、モナは全く認識していないようだ。
だからモナは、その液体が本当に素晴らしいものだったら、問題ないだろうと堂々と言うのだ。
しかし僕は気付いていた。ネズミ講を示唆する説明の場面で、グレゴリーはほとんどそこを口では説明せずに、無言でプロジェクター画面を素早く進めていたのだ。
グレゴリーにやましさがあるということを、僕はその時に強く感じた。

フィリピンの法律でねずみ講が禁止されているかどうか僕は知らないが、ねずみ講は自分が儲けるために、人を騙して子供販売員を無理やり作り、そこに商品を強引に押し付け、その連鎖で不幸な人をたくさん出しながら、結局は組織や上に立つ人たちに莫大なお金が集まる商売だと説いたが、モナは僕がその液体をまるで信じていないこと、そのビジネスを頭から否定していることで、どうやらムッとしているようだった。
とにかくモナがこのビジネスを始めるようなら、僕は離婚も覚悟で大反対をするつもりだが(とりあえずその液体や販売元会社の素性を、よく調べてみようとも思っている)、とにかく驚くのは、いまどきの新興宗教でもそれほどストレートなビデオは作らないだろうというほどのものを、みんながあまりにも簡単に信じてしまうことである。

モナは家に帰ってから、ベルの頭にその液体を塗って、そのあとに公文の計算ドリルをやらせていた。
するとベルが、それを塗ったら調子が良いなどと言いだし、なんだ、頭が良くなるってこんなに簡単なんだと話し出したのである。
僕はその話しを聞いて、目眩が襲ってきそうになった。

癌や脳腫瘍が飲むだけで治る水など、もし本当だったら、世界中の医学者がこぞって集まるだろうし、世界的な大ニュースにもなる。
そんなビデオが出たところで、これは眉唾臭いとなぜ思わないのだろうかと、心底不思議でならない。
その馬鹿さ加減がその液体を頭に塗ることで治ったら、僕はそれを信じてやってもいいと言ってやりたいくらいだった。
もしフィリピンでビジネスをするなら、手を変え品を変えたねずみ講はフィリピン人相手ならばヒットするかもしれないと、僕は皮肉を込めて声を大にして言いたい。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:521.ネズミ講
2012年05月06日

520.フィリピンの行く末

窓際の机の右上には既に読んだ本、左側にはこれから読む本が積み上がっている。
連日暇さえあれば本を読んでいるので、日本から持ってきた貴重な未読の本が、残りわずかとなってきた。しかも左側には、一日で読み切ってしまえそうな薄めのものが、わずかな残りの半分を占めている。
右側が圧倒的に高く積み上がった本を眺めて、少し悲しくなってきた。

今日は5月5日。日本では子供の日だ。
フィリピンでは普通の土曜日だが、日本の子供の日にちなんで、午前中は地元のスーパーに入っているゲームセンターに、ベルとユリを連れて遊ばせてきた。
ゲームセンターで子供を遊ばせていると、いつの間にかこちらでお金を払っているゲームに、全く関係のない子供が参加していることがある。
例えばたくさんあるボールを、的に向かって投げるようなゲームで、ふと気が付くと、全く無関係の子供が、脇で戻ってくるボールを拾い一緒になって的に向かってボールを投げている。
みすぼらしい身なりの子供で、自分で遊ぶお金はないが、暇を持て余してゲームセンターに足を踏み入れているのだろう。なんともフィリピンらしい一幕だと思う。

こちらのゲーム機は、日本のお下がりが多い。日本ですたれたものを安く買って置いている。
ゲームなど古いものでも十分遊べるが、メーカーは次々に新しいゲームを送りださなければ食っていけないから、常時開発し、常時最新機種を世の中に送り出す。
その際古い機種をフィリピンのような新興国への払い下げる仕組みは、日本のそのような経済循環の中に最初から組み込まれているような気がする。
他にも日本のお下がりは、あちらこちらで見られる。先日は工事に使用されていた重機に、日本語で○○建設などと書かれていたのを発見した。バス、トラック、重機、船と、意外と大物のお下がりを、あちらこちらでみかける。

ゲーム機はこちらの専用コインで遊べるよう、コインの受け入れ口の部分は改造が施されている。また、ゲームの獲得点数に応じ、景品を取るための紙テープを排出する機械も後付けで取りついている。なかなか器用に改造されている。
点数に応じた紙テープが、繋がった状態でだらだらとゲーム機から出てきて、それをカウンターに持って行くと、それを機械に通して数えてくれる。そして紙テープの枚数に応じた景品がもらえるという仕組みになっている。紙がもったいなければ、数えるにも時間もかかる。
フィリピンでは、あちらこちらでこのような、非効率な仕組みが見受けられる。
その非効率は、仕事を多く作り出すために、敢えて効率化をしないよう心掛けているように感じられるが、経営的にはその方が効率がよいということを、しっかり計算づくでそのままになっているのかもしれない。

買い物をすれば店員がいちいち控えをノートに書き込むから、それも時間がかかって仕方がない。よってレジには買い物客がずらりと並ぶ。
スーパーではさすがに手書きのメモは取らないが、日本のように支払いを済ませたものを自分で袋詰めするのではなく、レジでそれをやってくれるので時間がかかる。レジスターやカードを使う際のカード読み取り機も頻繁にトラブルがあるので、それにも時間がかかる。
どこに並んだら早く支払いを済ませられるかなど、あまり関係ない。自分の前の客でトラブルが発生すると、それだけで10分くらいは平気で待たされることになる。
経営者はそんな実態くらい承知しているが、田舎のスーパーで新しい機械を導入しても金がかかるだけだし、通信インフラもまともではない。しかも誰も文句を言わずに客はやってくるから、それらはなかなか改善されない。
何があってもだらだらやっている店員を前に、不平不満一つ言わずじっと待つフィリピン人を見ていると、僕は、フィリピン人と日本人は何かが違うといつも思う。
そして、昔の日本人もそうだったのだろうかと考えるのだが、いくら考えても思い出せない。

効率化や緻密なものを作る、質の良いサービスを追求するということは、その裏に人知れず苦労があるわけで、自分もその中に組み込まれて働く1人であるが、あまりにそれを追求し出すと人間の神経に触るようになる。
利用者としてそれらを享受する際は良いが、サービスを提供する側にとっては、競争も含め、血のにじむような努力が必要となるからである。

普通の人は、消費の際に様々なサービスを利用する側と、仕事人としてサービスを提供する側の両方の側面を持っているわけだが、効率化やサービス向上を訴え追求する空気を作ることは、周り巡って自分の首を絞めることになっている。(個人的にそうしているわけではなく、資本主義下の競争経済活動の中で、自然にそのような流れが出来上がっている)
その結果、休暇が取りにくい、残業や休日出勤が多い、家庭より仕事が大切という風潮が当たり前のようになった日本であり、反面サービスを利用する場合には、便利で快適な生活を手に入れたことにもなる。
(日本で昼のファミリーレストランなどに行くと、旦那が必死に質の良いサービス提供に奔走している間、妻や子供が質の良いサービスを享受する側にいるような印象を受けるが・・・)

フィリピンでは、飽くなきサービスも効率化も追求しない代わりに、生活ものんびりしたものになっているわけで、なるほどそれが、お国柄というものかもしれない。
とすれば、日本と同じ思考のサービスは、この国で通用するのだろうかと、やや疑問に思えてくる。
もちろんサービスを利用する際には、フィリピン人にもその有難味はすぐに理解できるだろうが、サービスを提供する側に立った時に、フィリピン人はそれに耐えられないような気がしてくるからだ。

それに対して日本人はおそらく、もっと高みを目指して頑張れる気質を持っているような気がする。
それに気付いた欧米諸国は、このままでは日本に完全に溝をあけられると焦り、労働時間、休暇日数、人間らしい生活などを持ちだし、日本に先進国世界標準に準じるよう、日本政府、企業、労働組合をそそのかしたと僕は思っている。その際確か、国際競争の中で日本は不公平なやり方をしているという言葉も使用していたように記憶している。
それは少し筋が違うような気はするが、それでもその歯止めがなかったら、日本人は際限なく働き蜂になっていたはずで、欧米諸国の横やりは、日本人の精神崩壊を食い止める一つの関所になったのではないだろうか。
しかしフィリピン人の場合、放っておいても際限ない働き蜂には決してならないだろうから、そのような関所は最初から必要ない。

そのような日本人の気質とフィリピン人の気質は、経済活動をする上でまるで違っており、全く違う種類の生物に見えることもある。もちろん普段の生活の中でも、その気質の違いは存分に見受けられる。
フィリピンには今、昔の日本のような風情が残っているが、そのように考えれば、フィリピンは昔の日本が辿った道の途中にあるのではなく、フィリピンはもっと遅い歩みでのんびりと進んでいて、しかも辿り着くその先は、今の日本ではないように思えてくる。
そもそも経済的には、資本家が労働者から激しく搾取するという構造の上で進んでいるのだから、その意味でもフィリピンは、日本とはまるで違う世界に向かっているのだろう。
とすればフィリピン経済は、都市にできた立派なビルディングや、学生が作る新しい企業などに見られるよう、少しずつ発展し様変わりしているが、フィリピンはいくら発展しても、決して日本のような社会にはならないような気がしてくるのである。

僕はこのフィリピンのお国柄が好きで、その中で暮らしていていいなとも思うけれど、それはそのままに、もっと便利で安心できる、安定した国になれば良いなどと虫がいい事を願っている。
安定して発展すれば、生活面でも安心して暮らせる国になるのだろうが、しかしその考えはやはり、いろいろ矛盾を内包する虫がいい考えになりそうだ。
ならばこの国で将来も無事に暮らしていくために、自分はどのように振る舞うべきなのだろうかと、フィリピンに移住した身としてはいろいろと考えてしまうのである。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:520.フィリピンの行く末
2012年05月05日

519.家族水入らず

前回の日曜日、プールで強烈に日焼けした僕の背中は、真っ赤になり、ひりひりと痛み、それがちくちくと痛痒くなり、そこから痛いのが消えて痒いだけになり、今はようやくペリペリと皮がむけてくる状態になった。

痒みが始まった当初、僕はモナに背中をかいてくれとお願いし、いざかいてもらうと痛くてかなわず、体をくねらして「いてってててて」と言いながら、もう結構とすぐに逃げ出さなければならなかった。ユリはそれを面白がって、わざと僕の背中に爪を立て、僕の「いてっててて」を口真似しながら、僕が痛がるのを喜んでいた。
それが一週間経たずして、皮がむけるところまできたということは、僕のちんちん代謝・・・、いや失礼、新陳代謝も、まだ何とか年相応の活発さをもって行われているようである。
かろうじて40代、まだまだ脱皮を繰り返し、成長しなければならない。

皮がむけ、まだら模様のぼろぼろになりつつある背中を、モナはアカスリで綺麗にしてあげると言ったが「そんなもったいないことができるか」と僕は断った。
日焼けあとは、あのペリペリという皮むきが気持ちいい。特に皮が大きくむけた時には、なんとも言えない達成感というか、充実感というか、とにかくそのような気持ちの良さがある。それをアカスリでごしごし軽々しく一掃してしまおうなど、言語道断である。

そんな偉そうなことを言っても、目いっぱい体をよじり手を伸ばして届く範囲の皮はおおかたむき終わり、鏡に背中を映して取ることにも限界が見え始めると、モナに皮をむいてくれとお願いした。もちろんユリは、お願いしていないのに皮むきに参加した。
肌からペリペリという感触が伝わってくると、人にやってもらっても気持ちがよくて仕方ない。ユリも意外と上手に皮むきができることを知って、親の役に立つほど大きくなったかと大げさに感動などしてみた。
モナは背中からむけた皮を見ながら、「スネーク(へび)みたい」などと言いつつも、いつの間にか皮むきに夢中になり、こちらがもうよいと言っても止めようとしない。
皮むきとはなぜこのように人を夢中にさせるのか、とても不思議だといつも思う。
一旦はまってしまうと、他の全てのことを忘れさせる。これは一種の、みんなを幸せにしてくれる作業かもしれない。

とにかく皮むきを一生懸命やってくれたお礼をしなければならず、仕事の予定を返上し、家族4人でレガスピへ行くことにした。
ベルがレガスピの公文学習塾に通っていて、もともと今日はその授業がある日でもあったので、ベルが授業の最中は3人で、そしてベルが塾を終えてからは4人でレガスピをぶらつくことにした。

実は家族4人だけで出かけるのは、とても珍しい。いつもママやダディーが一緒か、テス叔母さんの娘が一緒か、もしくはママからテス叔母さんやその他まで含めた大人数で出かけるのが常だからである。
誰かが一緒の場合、外でかかる会計は全てこちらとなるので、レガスピという近場の散歩でも、大人数になると結構お金がかかることになる。
タバコからレガスピまでの交通費はいつの間にか1人50ペソに値上がりしているので、一人往復100ペソ、10人で1000ペソ(2000円)にもなる。ジョリビーのようなファーストフード店で、喉の渇きを癒しちょっと軽食をとれば、やはり1000ペソ(2000円)くらいかかる。食事になれば最低でも2000ペソ(4000円)はかかる。その食事がランチもディナーもとなれば、更に2000ペソ(4000円)以上が、お金に羽がはえたように財布から飛んでいく。更に遊びに行って食事だけで済むはずがないので、つまりなんてことのないレガスピにふらりと行くだけで、一回一万円を軽く超える出費となる。
このことに気付いてから、月に数回レガスピに行くことは、かなり負担になることが分かった。

出かける際にもれなく親戚がこぞってついてくることについて、自分たちの交通費さえ出すつもりがないのに、なぜ僕たちが出かけようとすれば、我も我もと一緒したい人が出現するのか、最初の頃は随分頭を抱えたものだ。
これはきっと家の中にスパイがいる思い始め調査をしていたら、僕たちに出かける様子があると、ダディーがわざわざ親戚一同のあちらこちらに、「出かけるみたいだ」と内通していたことが分かった。
そこでこちらは、出かける間際に雨後のタケノコのように親族が出現すると、急遽出かけるのを中止するということを何度か続けた。なにせこちらは集合した人たちに、一緒に行こうなどというお誘いはおろか、出かける事さえ伝えていないのだから、何食わぬ顔お出かけを中止するだけで良い。集まった人たちも直接誘われているわけではないので、いつ出かけるのか、なぜ出かけないのかなどとこちらに確認することもなく、ただ拍子抜けして自然解散となる。
そして出かける際は、前々から遊びに行くことは誰にも悟られないよう気をつけることにした。

それからは旗振り先導付き団体旅行のようなお出かけは少なくなったが、それでも我が家にはいつも誰かがいるので、ただ単に遊びに行くとなればその誰かがついてくることになり、家族4人だけでの外出はなかなか難しいことになる。
今日はもともとベルの塾の送り迎えというのが建前だから、珍しく家族4人だけの外出が実現した。僕が一緒に行くことは出かける直前に決め、ユリを抱いてさっさと外へ出た。
誰にも一緒に行くという言葉を挟むタイミングを与えずに出かけたのである。

レガスピ現地では、マクドナルドでハンバーガーを食べ、ゲームセンターで遊び、コーヒーショップでシェイクやビールなどを飲みながらサンドイッチをつまみ、30分50ペソ/1人の子供向けプレイランドで子供2人を遊ばせ、レッドリボンのケーキを買い、最後は夕食を食べて帰ることになった。
普段は夕食を外で食べることはほとんどないが、4人だけで外出してみるとちょっと家族水入らずという気分になって、僕が夕食も外で食べてしまおうと提案したのである。
あまりお腹が空いていないモナは、外食にやや難色を示したが、ベルの外で食べたいという一言が、食事を決めた。

ちょっとした臨時収入のようなものも、それを後押しすることになった。
臨時収入といっても、僕がモナに渡した日本円と若干のドルのことをモナがすっかり忘れていて、それが突然鞄か財布の隠しポケットあたりから見つかっただけのことである。それに2人でとても得した気分になり、早速それをレガスピのモールで両替した。
ついでに僕の財布の中にあった3千円も両替してもらい、僕には1500ペソがお小遣いという形で戻された。
僕の財布の中も少し寂しくなっていたので、それでかなり幸せな気分になったが、その後の食事代は外食の提案者である僕の支払いが決定事項であったらしく、夕食の支払い時に優し厳しく(一見優しい顔で有無を言わさぬように)、モナに徴収されてしまった。
しかし今日はベルもユリもとても楽しんでいたようなので、一皮むけて大きくなった僕は文句も言わず、安いものだお金を出した。

ユリは本当は眠かったはずなのに、遊びが楽しくずっとがんばって起きていたせいで、夕食の途中にソファーに少し横になっただけで、すぐに寝てしまった。
目の焦点が合わなくなり、瞼の上と下が磁石のようにくっつくのを本人はがんばって阻止しようとするが阻止しきれず、熟睡に入るまで1分少々であった。
そこから僕がずっと、ユリを抱いてタバコシティーまで連れて帰った。
もうすっかり重くなったユリを抱えていたせいで、タバコに到着した頃には腕がしびれていたが、自分の腕の中で寝息を立てるユリを見ていると愛おしさが込みあげてくるようで、別に目覚めてぐずるわけでもないユリのお尻や体を、僕はずっとあやすようにポンポンと軽く叩きながら、大切な宝物を抱えるようにしてタバコシティーまで帰ってきた。
おそらくバンに乗り合わせたフィリピンの人たちは、日本人が彼らの彼女らにとって未知の人種だという意味で、日本人とは随分良い父親になるものだと感心していたのではないだろうか。自分で言うのも何であるが、客観的にみて、そんな光景になっていたはずである。

帰宅後シャワーをし一段落した時に、「今日はベルもユリも、楽しかったんじゃない?」とモナに確認してみると、「アコもきもちいいなぁ」などと言うので、シャワーですっきりしたことを言っているのかと思い「何のはなし?」と訊き返したら、「こころが」という言葉が返ってきた。
つまりモナも、家族水入らずでのお出かけに、結構満足したようだった。
日本語がやや変なフィリピーナらしい表現であるが、気持ちはストレートに伝わってきた。


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