フィリピーナと共に
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2012年05月04日

518.世界の終わり

昨日の朝は4時半に目が覚めた。
部屋から海の方角の空を見ると、まだ顔を出し切っていない太陽が水平線の上をうっすらとオレンジ色に染めかかっていたところで、その上は薄く青みがかった暗い空が広がり、その境界にオレンジから黒と青が混ざった神秘的なグラデーションが、鳥さえ飛んでいない静かさな広い空に淡く伸びていた。
早朝の美しいフィリピンの空を、久しぶりに見たような気がした。

もうひと眠りしても良さそうな時間だったし、家の中は、1階の金魚が住んでいる水槽の水の循環音がちょろちょろと2階にまで響くほど静まり返っていたが、あまりに美しい空に覚醒しかかった僕は、コーヒーを淹れ、居間に移動して読みかけの本を広げた。
僕は家族と住んでいる家で、人気の感じられないこのような状況の中で、密かに(別に秘密ではないけれど)何かをするというのが好きである。自分だけの世界を確立できたような満足感があるからだ。
1時間もしたら静寂に包まれた自分だけの世界は、ママが起き出し、ユリが起き出し、それに合わせて起きたモナがうろつき出していとも簡単に壊されてしまうが、それはそれで一向に構わない。モナが淹れなおしてくれたコーヒーを飲みながら、家族が一緒の安心感に心が温まる。
この安心感があるからこそ、自分だけの世界を格別に感じるのであって、一人暮らしでこの種の自分だけの世界を特別な物として感じることが一切ないことは、自分で良く承知しているつもりだ。

気付いたら外はすっかり明るくなっていて、いつの間にか文字通りの、一点の曇りもない快晴となっていた。グラデーションが奏でた美しい空は、突き抜けるような真っ青で、どこまでも高い空に変貌していた。
風はいつもよりずっと少なめで、朝から暑い日になることを予感させた。
それでもカラリとして不快感はまるでないが、「今日は朝から暑いね」と思わず口をついて出るような、一日の始まりであった。
炊きたてのご飯とすこし甘めのスクランブルエッグを海苔で包んだシンプルな朝食を取ってから、僕は再びベッドに移動し、相変わらず読みかけの本に没頭していたが、午前中の早い段階から停電になり扇風機も止まったので、今度1階のテラスに移動し、オットマン(足乗せ)付きのエアチェアの上に寝そべって、読書を再開した。

昼近くになると風が吹き始め、一旦吹き始めた風は意外に強く、机の上に置いたメガネさえも吹き飛ばすほどになっていた。そうなると心地良さが増して、時折居眠りを挟みながらも、読書が進んだ。
読み進むにつれ面白みが増し、今日は一日読書に没頭しようと決め込んだ僕は、冷たいシェークや熱いコーヒーが差し入れされた時も、活字から目を離すことができずにいた。
そうやって、読書はちょうど夕方に終盤をむかえ、一気に読み切ってしまいたい僕は、照明をつけなければ読書に支障をきたすほど周囲が暗くなるまで、テラスに陣取っていた。

読んだ本は、村上春樹の、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(新潮社)で、「世界の終わり」と「ハードボイルド・ワンダーランド」という二つのストーリーが同時並行しながら、終盤で二つの物語が繋がっていく異色の小説である。
僕はもともと村上春樹の小説を読まなかった。一度だけかなり何年も前に読んで(しかもそれがベストセラーと言われるほど売れた本らしいが)、退屈で、途中で止めてしまったからだ。しかし以前寄せられたコメントに村上春樹のことが書かれており、それからもう一度読んでみようかという気にさせられ、それから時折村上春樹の小説を、書店で手に取るようになった。
今でも、それらの小説には以前退屈に感じた要素が垣間見られるが(物語の進行と関係のない寄り道が多く、先に進まないところが多い・・自分のブログ記事の書き方も似たようなところがあると、最近強く感じている)、しかし独創的な物語はとても面白く引き込まれる。以前、なぜあれほど退屈に感じたのかが不思議で、その退屈に感じた小説を是非もう一度読んでみたいという衝動にかられている。それは、自分の感受性に変化が生じているかもしれないという興味からである。

モナにどんな物語を読んでいたのかと訊かれ、SF(サイエンスフィクション)のような、ファンタジーのような、つまりワンダーワールドの物語だと曖昧に答えるしかないような、説明の難しい掴みどころのない小説だったが、読み応えは十分あった。
もしかしてそれは、「不思議な国のアリス(Alice in wonderland)」からヒントを得て、できた小説かもしれなかった。
ここでタイトルの一部である「世界の終わり」を直訳し、「End of worldの話し」などとモナに言ってしまうと、今彼女の中でもっとも旬な話題と直結してしまい収拾がつかなくなるので、それは伏せておいた。
モナの興味がある「End of world」とこの小説の「世界の終わり」は、かなり趣きが違うからである。よって小説の説明を求める彼女に「End of world」という言葉は禁句で、その方が説明はずっと簡便に済ませることができた。

この小説に登場する世界の終わりとは、壁に囲まれた心のない世界のことをいっている。
その世界の正体は何で、どこにあるのか、それは読み進んでいかなければ分からない。
ここにストーリーを書く訳にはいかないが、人間が何のために生きるかについてのメッセージが隠された物語ではないかと思われた。事実、そんなことを考えさせられた。

心がない世界は、失望や悲しみや嫉妬など、一切苦しみのない完成された世界である。それをここで、「世界の終わり」と名付けている。あえてそれを、完成された世界とも呼んでいる。
つまりそこには、苦しいことが何一つないのだから、時間の概念がなく、責任もなく、ノルマもなく、追い込まれることもない、気のままに生きられる素晴らしい世界、すなわち完成された世界ということだ。

そのような世界は、多くの日本人がフィリピンに抱く幻想の世界に近く、フィリピン人が志向しているように見える世界ともかぶる。
フィリピン人は、時間にとらわれず、責任を負うことを避け、あくせくすることを嫌うからである。いや、日本人も同じで、心の奥深いところでは、そのような世界でまったり過ごす人生に憧れているようなところがある。
しかし実際には双方とも、喜びも愛もある幸せを強烈に求めている。決して心というものを捨て去ってまで、そのような世界に飛び込みたいわけではない。心を捨て去ってしまえば、それまで追い求めていたものの価値がまるで消失してしまうことを、頭の隅で知っているからである。
そのために社会的責任(仕事を含め)を果たそうともがき苦しみ、自分の中に生じる矛盾に葛藤し、その矛盾と闘う人生を送っている。つまり人間は、苦しくても悲しくても、心は最後まで大切に持っていたいと無意識に願ってがんばっているものなのだ。
実は人間の生きる道というのはそれが普通という意味で正しく、そうやって死んでいくもののような気がし、やはりそれが普通と言う意味で正しいのではないかと思えてくるが、それでも本当にそれで正しいのか・・・という悪あがきもしてしまう。それも含め、それが普通という意味で正しいのだろう。今僕は、そうだと思い始めている。

我が家のフィリピン人の方々は、生活費を稼ぐ人がいるので、楽園のような世界を満喫しているように見えるが、しかしどこかでは自分なりの責任を果たすための何かをし、ついでにいつもLOTOで大金を当てる夢を追い続けている。
そのような様子を見ていれば、まったりと過ごす中にも、何らかの強迫観念が多少はあるように見受けられる。本能的に、この幸せがこの先永遠に続くとは限らないことを、知っているようも見える。
家族からその強迫観念さえ消え去ってしまうようなことになれば、僕の危機感というものは一気に高まることになりそうだが、現段階ではそこまでいかないとたかをくくっている。

それでも我が家の家族は、時間的な制約に縛られることなく、疲れたら休み、気が向かなかったら止め、進捗が悪くても怒られることもない世界で平穏に過ごしているのだから、ひとまず究極に近い効率的な(限定的かもしれない)人生を手に入れることができたと思っているかもしれない。
贅沢にもそれに飽きた頃には、家族・親族の問題に、まるでお祭りがやってきたかのように奔走するし、それが無ければ様々なイベントを開催し、また参加する。
しかしそれさえも、自分たちの人生はこれほど平坦で良いのかという強迫観念の現れではないかと、最近僕には思えてきた。

このように人間とは、無意識に山あり谷ありの人生を選択して生きているものなのだろう。
それは、心を捨て去ることに対して、恐怖さえ抱くほどの抵抗感があるからで、この小説にあるような「世界の終わり」という世界は、現実にはないはずだと思っていた。
しかし実際に、現実の世界でそれを見たような気がして、読了後に気になっていた。
我が家にある世界とは違う、日本にある世界とも違う、お金持ちの世界とも違う、さて、それは一体どこで・・・。
しばらく思考をタイトに絞らず、頭を柔らかくしてさりげなく考えていた。

それはマニラで見かける、貧困層の世界であることに気付いた。マニラの路上には、死んだ魚のような生気のない目をたたえた人が大勢いる。
生活の糧を得るために、子供を平気で犯罪や夜の世界へ送りだす。自分の娘が体を売って金を持ってくることに心を痛めない。子供が路上で物乞いをすることに心を痛めない。
普通の人間の持つ感情、すなわち心を捨てなければ、生き延びることが難しい世界の中で、彼らは人の心をどこかに置き去りにしてしまったと思われる。
生気の感じられないエバ叔母さんに共通する、投げやりで無気力で愛のない世界が、現実にあったことに気が付いた。
それは文字通り、「世界の終わり」という世界であるような気がしてきた。
心から派生する全て・・つまり悲しみやプライドや望みや愛など・・を捨ててしまえば、平穏になれる。自分たちを平穏な世界へ追い込み、彼らは生きながらえているのではないだろうか。普通の人が苦しくても手放したくない人の心を捨て、そこで生きている。
心を捨てたからそうなったのか、そうせざるを得ない状況で心を捨てたのかはわからないが、そこには小説の中の「世界の終わり」に類似した、虚無感の漂う世界が実際に身近にあるのだ。

小説の中の「世界の終わり」では、食べることには困らない。ただしこの世界では、心を残している人は街に入ることを許されず、人里から隔離された森の中での生活を強要される。決して人としての心を持つことを許されない世界なのだ。ここでしばらく暮らせば、心を捨てたことさえ忘れてしまい、そうなってしまえば、疑問も葛藤もない平穏な生活が待っている。
実際の貧困層の世界では、食べることに苦労する。しかしそれは、小説に登場する「世界の終わり」という世界と、根底で共通するものを持っている。

その世界は実は、仕事や生活や人間関係から生み出される様々な苦悩から逃げ出したいと思う人間の潜在意識が作り出した世界のようだ。
小説では、あなたはそんな世界で永遠に生きることを望むか、それとも苦悩に満ちた世界でもがきながら人生を消化し死んでいくかを問いかけてくる。小説を最後まで読んでも、それに対する明示的な回答はない。それはあくまでも読者が考え、読みとらなければならないという、粋な小説である。
だから僕も、この記事の中では明示的な答えは示さない。示すことができないと言った方が良い。
それは自らが考え、自らが答えを発見すべきものであるということは、どうやら小説の著者も、同様の考えのようである。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:518.世界の終わり
2012年05月03日

517.エール

街に出ると、ユリが空を指差し何か騒いだ。思わずその指差す方向を見上げると、真っ青な空の中に、風でおもいきりしなっているカイト(洋凧)が、小刻みに表面を震わせながら、上下左右に揺れていた。
高度はかなりありそうだが、それでもそれなりの大きさに見えるということは、相当大きな本格カイトのようだ。
そういえば、どこか違う場所でもカイトを見た。ほんの少し前のことだが、いつ、どこで見たのか思い出せなかった。しかし、カイトを見たのは確かだった。フィリピンとカイトは、何か意外な組み合わせのような気がしたので、よく覚えていた。

街にはそれほど大きな建物はない。せいぜいよく買い物にいくスーパーマーケットの4階建てビルディングが、セントラルと呼ばれる繁華街の最高峰だ。
その最高峰の4階には、スーパーマーケットの経営者の住居があると聞いている。もし4階全てが住居だとしたら、すくなく見積もっても500平米以上はありそうな、大がかりな広い住居となる。そこの主は顔見知りなので、彼がその居住空間で、どのような生活を営んでいるのかと、時々僕は想像したりする。
そしてそのすぐ下の3階に、子供たちの大好きなゲームセンターがある。1階は食料品売り場がメインで、2階は洋服の売り場になっている。2階と3階の一角は、家電製品売り場と家具売り場が占めていて、我が家はそこで、ソファーや机、ベッドなどを買った。
そこの家具類は安いだけが取り柄で、ソファーは購入後半年も経たずにあちこちがほつれてきたので、次にソファーを買うとすれば、豪邸の主には申し訳ないが、別で購入しなければと思っている。

たかだか4階ビルディングが最高峰というセントラルは、決して華々しい繁華街ではないが、建物の間近まで体を寄せてしまうと、見上げるにも建物が邪魔で空は幾分狭くなる。
建物の隙間を通してよく空を眺めてみると、他のカイトの存在にも気付いた。はたと気付いて180度体の向きを変え見上げてみると、やはりそちらにもカイトが何個か浮いていた。
カイトの種類は様々で、日本の凧のように、四角の本体に長い足が2本や4本ついたものもあれば、三角形のいわゆるゲイラカイトと呼ばれたタイプもあるし、それらの良いところを組み合わせた和洋折衷凧と呼んで良さそうな、風変わりなものもある。

はて、今フィリピンではカイトが流行っているのだろうかと思ったら、もともと風の強いサマー(夏)はカイトシーズンで、コンテストもあるほど、カイトはフィリピンのメジャーな遊びの一つだそうだ。
しかしこれまで、フィリピンでこれほどのカイトを見た記憶がまるでない。だからこの話しは、僕にとってかなり意外な事実だった。
タバコのカイトコンテストは終わったばかりで、その名残で子供や大人の愛好家が、あちこちでカイトを飛ばしているらしい。
日本で凧と言えば正月の風物のようなものだが、フィリピンのカイトはサマーの風物ということである。

サマーという言葉や、風の強いシーズンと言われても、日本人の僕には、1年を通し、言葉で区別するほどの気候変化があるのだろうかと思えるフィリピンだが、確かに近頃は、強めの心地よい風がいつも吹いている。それに暑いと言われたら暑い。
昨日はスコールのおかげで、肌に当たる風が、まるでエアコンから出てきたばかりのそれのように冷たく気持ち良かったが、今の時期、気温は毎日30℃を軽く超える。
雨のシーズンになれば確かに毎日雨が降っているし、冬と呼ばれるシーズンは気温が28℃前後まで下がるから、涼しさを感じる日が続く。
それでもそのようなものだから、年がら年じゅう半そで半ズボンにサンダルというスタイルで過ごすことができるフィリピンは、僕にとって常夏の国であることに変わりない。
そして常夏といっても、海と山に囲まれたビコールの天候は、雨が多いことを除けば過ごし易く、我が家でエアコンは不要だ。(モナが、居間くらいはエアコンを設置したいと言っているが、とりあえず扇風機かそれに準ずるファンで、何とかなっている)

そんな常夏の国フィリピンに、もしかしたら実に素晴らしい地に利がある可能性について、僕は妄想を膨らませたことがある。
仮にであるが、太陽の発するエネルギーが減少し地球が冷え出したら、どうなるだろうか。
温暖化が騒がれている最中、何を言っているのかと言われそうだが、実は温暖化という話しは眉唾くさい。地球の温度を長い期間でグラフに書いてみれば一目瞭然で、地球の温度などこれまで上がり下がりを繰り返していて、その中で現在の気温が上がっていることを、トレンドとして読みとれるわけではない。
円の上がり下がりに一喜一憂する人に、5年間の為替推移を見せれば、円は着実に上がっていることを一目で納得して頂けるのと同じことで、マクロ的視点でみると、そういうことになる。
つまり温暖化などという言葉は、引っ込みのつかなくなった学者たちのごり押し話ではないかと僕は疑っている。
むしろ大昔、地球に氷河期が訪れマンモスが氷漬けになってしまったように、それと似た現象が起きる可能性もあるわけだ。

・・・で、もし地球が冷え出せばどうなるか、である。
誰しも冷凍庫の中で生活をしたくないに決まっているから、きっと世界中の人々が赤道付近に集まり出す。そうであれば、フィリピン政府はそれらの人々にVISAを高額で発行し、世界中の人をどんどん受け入れたらよいと、モナに話したことがあるのだ。

フィリピンに関わりのない人からは、高額の移住許可料金を徴収し、税金なども可能な限り絞り取る。民族大移動ビジネス収入やVISA発給収入でジャングルを開拓し、どんどん宅地を開発し、逃げ込んで来る人を受け入れるわけである。
特にお金をたくさん持ってくる人や、特殊な能力を持つ学者、芸術家などは、VISA発行の順番繰り上げなどで優遇する。
世界各国料理レストラン、スーパー、病院、学校など、移住者対象のビジネスも大々的に展開し、そこでもたっぷりと儲ける。
世界中の先進的文化や頭脳を集約し、まさに世界の中心として、一大文化を花開かせてしまうのだ。
そしてそこでたっぷり潤った分は、フィリピン人の病院代や学校代、薬代、食料品をただにしてしまう。これは当然の、先住民特権である。奥さんがフィリピン人で、フィリピンに住んでいる僕のような外国人も、もれなく同じ扱いをしてもらう。

つまりフィリピンに、今の産油国と同様、地の利を生かして裕福になれる一大チャンスが到来するのである。
もし地球が冷えるようなことがあれば、まさにこの濡れ手で粟のたなぼた作戦を展開できる位置に、フィリピンは属しているのだ。

太陽の異変に気付いたアメリカは、何とか太陽光線を一人占めするために、コンピューターを駆使し膨大な計算を展開し、そこから導き出された結果より、広大なアメリカのあちこちに噴射口を空に向けた強力なジェットエンジンを設置し、地軸を変える取り組みを実行に移すだろう。
フィリピン政府はそれが実現される前に、集まった金と人材を駆使し、それに対抗できる力を早急に身につけなければならない。
手段は簡単で、アメリカの反対側にある土地を買い占め、地球の中心を起点としたアメリカのジェットエンジンの真裏に、同等のエンジンを同じ数だけ同じように配置し、アメリカがエンジンを始動させたらフィリピンもエンジンを始動し、バランスを取ってしまえばよい。
そのためには、高度な監視衛星も必要になるが、世界中から集まる金と人材をもってすれば、簡単にできてしまう。

自分の我を通すため、アメリカもあの手この手を繰り出してくる。土地買収防止、人材流出の防止と回収、フィリピン政府の動向調査など、CIAまで借り出して水面下でドブネズミのように、躍起になって動き回るだろう。
しばらくフィリピンには、黙っていても人材とお金がどんどん入ってくるから、KGB残党をシステムごと買い取って、ついでにCIAの人材も買収し、対抗しなければならない。

「人類の危機に世界は手を繋いで、まさに一つにならなければならない」と声高に提唱するアメリカは、表立った作戦を展開できないから、表面的にはどこまでも平和をつくろい、本当の闘いはあくまでも水面下のみで展開される。
水面下で建前のないアメリカは、えげつない手を含めことの他手強いから、フィリピン政府も性根を入れて臨まなければならない。
一国だけで太刀打ちできそうにないので、マレーシア、シンガポール、インドネシア、タイ、ベトナム、インド、アフリカなどの赤道付近の国を巻き込んで、連合で対抗する。

その時日本は、どちらの側が勝っても、やっぱり寒いことに変わりはないので、これまでのように「アメリカに賛同する」とか「遺憾である」などと呑気なことは言っていられず、独自の方向性を目指す必要が出てくる。しかし突然そんなことを言われても、いつも誰かの顔色を見て政策を決める日本は、何も決めることができずにしばらく右往左往するだろう。
しかも個人レベルでフィリピンVISAを取りたくても、金を出せば取れるという時期はとっくに過ぎ去り、世界中の人々が押しかけようとする中、何か特別なコネや理由がないとVISAを簡単に貰えない状況になりつつある。

しかし、送金、イベントチケット購入、送迎、プレゼント、御馳走などで、日頃日本やフィリピン現地のフィリピーナに絶大な貢献をしている一部の日本男児は、日本政府が右往左往する中、独自ルートで着々とフィリピン上陸手続きを進め、どんどん進出してしまう。
おそらくフィリピンに呼んでも自分の懐が痛まないなら、フィリピーナは馴染みの人に、「ク〜ヤ、早くフィリピンにおいで、優秀なエージェントなら、いくらでも紹介するわよ〜」と、気軽に声をかけてくれるだろう。
こうなってしまうと、日頃文句を言いながらも、我慢に我慢を重ね貢献してきた甲斐があったと、日本のフィリピン関係者たちは、満面の笑みをもってフィリピン上陸を果たすことになる。
ついでに結婚してしまえば、自分の医療費や食事や、散髪さえもただになると知って、そのまま結婚手続きをしフィリピン永住を決意する人が続出することになる。
そして気が付けば、世界中の大勢の人々が大混乱に陥っている中、優雅に砂浜で、やはりただのサンミゲルビールを飲みながら、ちょうど良くなった陽射しを直接浴びて、くつろいでいるのである。

なぜカイトの話しがこうなったのか、ふに落ちないという人がいるかもしれないが、カイトの話しはあまりに意外で、是非紹介したいと冒頭に忍ばせただけである。
そこを気にせず読んで頂ければ、少し太陽エネルギーが減少するだけで、日本のフィリピン関係者の人生が様変わりしそうだということだけは、よく分かって頂けたのではないだろうか。
フィリピンの地から僭越だが、僕はただ、未来は明るいので頑張ってほしいと、日頃フィリピン人に関わって奮闘する人たちに、エールを送りたい気分になっただけである。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:517.エール
2012年05月02日

516.女(フィリピーナ)の人生

先日のプールレジャーには、ママの妹のエバ叔母さんも、2人の子供を連れて参加した。
エバ叔母さんの下の子供は、僕が日本にいた時に極度の栄養失調で病院に運ばれ、その入院費用の件で揉めたのが2か月ほど前のことである。
(揉めたと言っても、費用はこちらで出すしかない状況に対して、ママが出す必要はないと言い、結局我が家の家計から、1回目の入院代の一部と2回目の入院代を出した)

僕はプールに行った日、久しぶりにエバ叔母さんと顔を合わせることになった。
僕は以前から、エバ叔母さんに何か違和感を抱いていた。彼女が挨拶ができない、感謝の言葉を言わないなどは前から分かっていて、僕は以前から、そのような態度は問題だと明言していた。
それが叔母さんの耳に間接的に入っているらしく、叔母さんは我が家に来ると、挨拶やご飯をごちそうになったお礼などを、僕やモナに言うようになった。
それは気持ちの伴わない、事務的に口から発する言葉にすぎないことが分かる程度のものだったが、子供の教育上、まずは言葉に出すだけよいと思っていた。
しかし僕は、それとは違う、もっと重大な何かの問題が、エバ叔母さんにあると感じていた。
それでもそれが何かはっきりせず、もやもやしていて、僕がエバ叔母さんを認められない(受け入れ難い)理由を、モナにはっきり説明できずにいた。

久しぶりに会ったエバ叔母さんは、子供が入院した時に、こちらで病院の費用を出してあげたことなどまるでなかったように、その話題には一言も触れず、当然お礼の言葉も無かった。普段から感謝の気持ちを持っていないのだから、その場限りの挨拶やお礼が如何に儀礼的かは、そのような時にはっきりと露呈する。
しかし病院代の件で何も挨拶がないことはこちらも想定内で、たいして気にもしていなかった。こちらもそれなりのことしかやってあげないのだから、その事はそれでよい。
ママだけはそのことに気付いていたようで、後日エバ叔母さんの頭が足りないと、モナにこぼしていたらしい。とりあえず身内に、そのように感じてくれる人がいるだけでも、大きな救いである。

そして先日、丸一日エバ叔母さんと行動を共にし、僕がこれまで何気に気になっていた違和感が、ようやく自分の中で氷解した。
それは彼女が、何をしていても笑顔一つ見せず、全く楽しそうでないことから気が付いた。
楽しそうでないというより、いつも眉間に皺を寄せ、つまらなそうな、終始暗い表情を顔にたたえているのである。そう言えば、これまでもいつもそうだった。
もしつまらないならそれはそれで構わないし、もし彼女がこちらに付き合うことが苦痛なら付き合わなければよいだけの話で、僕たちが無理やり彼女の首に縄をつけて引っ張り回しているわけではないから、僕はそのこと自体は全く気にしてはいない。

僕が本当に気になったのは、彼女が自分の子供と接する時にも、いかにも面倒くさそうに、その態度が変わらないことであった。
上の子供はもうじき4歳になるが、その子を叱るときには、子供の教育のために叱るというより、自分がムカついてその怒りをぶつけるという態度で子供の尻をひっぱたく。
そしてそのような時でも、エバ叔母さんは自分の子供に対してほとんど話しかけることをしない。
子供を叱る時には、何がいけないのかを言葉でも教えなければならないし、小さな子供の面倒を見る時には、食べさせる時、寝かせる時、遊ぶ時と、その場その場で母親はいろいろなことを子供に話しかけるものだが、エバ叔母さんにはそれが一切ないのである。
それは、僕たちに挨拶をしないとか、お礼を言わないことより、切実で大きな問題だ。

子供は母親の語りかけで、日々多くを学ぶ。子供は母親から言葉を学び、愛情とは何かを感じ取り、礼儀を知りながら成長する。それが全く欠落した家庭に育つと、その子供の将来は、早々と知れることになる。
親族が貧乏スパイラルから抜け出すためには、せめて次世代の子供たちの躾や教育くらい、まともに考えていかなければならない。
我が子だけに一生懸命教育をして、結局親族がそこにぶら下がることになるのは本意ではない。(逆パターンもあり得るけれど、それも本意ではない)

僕は家に帰りモナと2人きりになってから、気になっていた一つの疑惑を投げかけた。
それは、下の子供の栄養失調は、なるべくしてなったのではないかということである。
エバ叔母さんの愛情のかけらも見えない子供に対する態度は、そのように疑われても仕方のないものだった。
現に子供が入院した際、エバ叔母さんの子供に対するいたわりのなさをママが見て、あなたはいつからそうなったのかと、怒りと呆れを込めて叔母さんに嘆いたそうだ。

僕が一日を通してエバ叔母さんに感じたことは、モナも既に気付いていると言った。
エバ叔母さんには、子供に対する責任が感じられないと、モナもこぼすのである。
その言い訳ではなく、切実な現実として、モナはこう話してくれた。

かつてのエバ叔母さんは、冗談が好きで、笑顔の絶えない明るい女性だったそうだ。
しかし子供の父親である叔父さんと結婚をしてから、モナだけでなく、周囲の人全てが驚くほど、その雰囲気ががらりと変わったそうだ。
エバ叔母さんは、心から叔父さんと結婚したことを悔いているらしい。それでも子供が1人、2人と生れてしまうから、その度に様子が悪くなっているそうだ。
子供は夫婦合意の行為で生まれるものだから、それを後悔するのは筋違いだと僕は言ったが、夫婦だから当たり前だろうと言わんばかりに行為を無理強いされてのことだから、エバ叔母さんは納得できないようだ。
しかし僕はその話しにも、何か根本的な問題ないし間違いがあるような気がして仕方がない。

確かに叔父さんは、問題人物である。今叔父さんは、マニラで働いているそうだ。かつてマニラの仕事を辞めビコールに戻ってきたが、こちらではやはり食えないと、またマニラへ戻った。
僕は叔父さんがビコールへ戻る時、叔父さんと叔母さんに、ママ、引いてはモナが、何かと助けてくれるはずだという打算があったように邪推している。しかしそうは問屋が卸さなかったから、またマニラへ戻った。
ママもその考えを見破っていたのではないだろうか。だから2人目の子供のお産で費用を貸してくれないかと言われた時に、ママは叔父さんに、自分で工面しなさいと厳しく言ったのだと思われる。その後何度かの借款依頼も、ことごとくママが断った。

叔父さんは一般的なフィリピン人で、特別な職につけるわけでなく、以前から警備員の仕事をやってきた人である。警備員の給与は、マニラでも月に7〜8千ペソ(1万4〜6千円)と大変安い。ビコールでは、月3500ペソ(7千円)だったそうだ。
給料が安いのは仕方がない。まだ働いて家にお金を入れるだけマシである。
問題はその素行(性格)だ。親戚同士で酒を飲めば、いつも大きなことを言い、すぐにばれる嘘の自慢話ばかりをするので、次第に周囲から相手にされなくなった。
そして叔母さんに対しては極度のやきもちをやき、これまで問題発言が数多く取り立たされている。今もマニラから叔母さんに、卑猥で屈辱的なメールを送ってくるらしい。
例えば、あなたは男のあれが大好きだから、自分がマニラにいたら大変でしょ、いつもノエル(弟)のあれを相手にしているのか・・・などである。
男の僕にそのメールは、「そんなことない、いつもあなただけを待っている」という叔母さんの言葉を期待する気持ちの表れではないかと思えたりするのだが、そしてそうでなければ到底理解できない内容だが、ひいき目にそうだと考えても、頭の悪すぎる表現であることは確かだ。
しかもそのメールを、叔父さんは間違ってママの携帯に送ってしまった。ママはすぐに叔父さんに電話をかけて、手をわなわなと震わせるほど激怒しながら、これは一体なんのまねだと抗議したそうだ。そのようなメールのあて先を、よりによってママに間違えて出した叔父さんは、相当間抜けである。
だからママは、彼は頭がいかれていると言って憚らないし、エバ叔母さんには、まだ若いのだから、今のうちに離婚して自立しなさいと勧めている。

叔父さんはマニラから月々生活費を送金してくれるそうだが、その金額が、月に1000ペソから1500ペソ(2000円〜3000円)だ。大人がマニラで暮らせばそれなりにお金がかかり、安いサラリーから田舎の妻子に送金できるのは、せいぜいその程度だそうだ。
いくらフィリピンの物価が安いといえど、全く生活が成り立たない些少な金額である。当然妻子は、貧乏生活を余儀なくされる。
ならば安いサラリーでも、叔父さんは田舎で暮らした方が良いではないかと思うのだが、更に安い田舎のサラリーから叔父さんの交通費や昼食代を引くと、やはり残るお金はたいしてないそうだ。それであれば、一緒にいればいたで問題だからけだから、エバ叔母さんは叔父さんと離れて暮らしていた方が、気が休まるらしい。
もし叔母さんに愛がないのなら、どこかのお金持ちから、月に1万ペソの愛人手当てでも貰った方がよほど良いではないかと、僕の頭をそんなことがかすめた。

エバ叔母さんのところは、現在食事は昼食と夕食の1日2回だそうだ。
僕は2回の食事でも、お金が無いなら仕方がないと思っているので(自分がそうだったらやはり我慢しながら何とかしようと考える)、どうせ2回なら、朝食と昼食にすればいいじゃないかと言った。
すると、朝はまだお金が無いから、朝食の準備ができないと言われた。ノエルがパジャックの上がりを持ってきて、ようやく昼食を準備できるらしい。そしてその昼食の残りを夕食でも食す。まさに毎日が自転車操業状態で、ようやく食い繋いでいる状況である。
それを聞くまで、日銭で暮らすというその状況を、僕は全く想像できていなかった。やはり日本人に、貧困の何たるかは、なかなか想像し難いものだと自嘲した場面である。

生活費はそれ以外、テス叔母さんの我が家のメイドサラリー、マニラにいるモナの従妹のティナイから月に1000ペソの送金などあるが、いずれも焼け石に水の金額で、それらは電気、水道、飲料水、炭代(ガスは無い)などに消える。
こちらは下手に深入りすると、自分たちが責任を持つはめになるので、根掘り葉掘り事情を聞かないようにしているが、少し話を聞いただけでも、その暮らしぶりは推して知るものがある。
そんな貧乏暮らしでも、子供のためには何かと動き回るのが母親というものだが、エバ叔母さんはその責任を果たそうとせず、貧乏生活の疲れを全身に顕わにしながら、成り行き任せになっているようだ。

モナやママは、エバ叔母さんの性格を捻じ曲げたのは、貧乏だと言っている。貧乏に疲れてそうなってしまったと思っている。勿論はっきりと口にしないが、それは、叔父さんの素行にも起因していると思っているようだ。
貧乏・・と言っても、マニラのような都会の貧困層に比べれば、はるかに人間らしい生活をしているように見える・・が人格を変えるというのは、一見分かりやすいようで、実はそうではないだろうと僕は思っている。
もし叔父さんと叔母さんの間で、2人の最優先事項は子供の食事だとか、将来の教育だとか、そのような考えを一致させ、それに向けてお互いがんばる気持ちを確認し、どうやって今後の生活をよくするかなどの建設的な話し合いさえできれば、結果が伴わなくてもそれだけで随分違うと思っている。

叔父さんの口から出る言葉は夜の営みのことばかりで、それが叶わないと叔母さんを侮辱する言葉を強烈に発するとか、彼は酒ばかり飲んでいるなとどエバ叔母さんや周囲の人間は言うが、夫婦の間で価値観を上手に共有できない頭の悪さはお互い様で、そこにこそ、物心共に追い込まれるような今の生活を余儀なくされる原因があるように思えてしまう。
確かに叔父さんの悪いところは目立つが、叔母さんはそのような叔父さんに大きく失望し、旦那の悪い態度を嘆くばかりだ。しかし、そこで自分が何をすべきかに考えが至らないのも悪いのだ。
それも所詮、本当の貧乏の苦しさが分からない裕福な日本人の戯言だと言われれば、そうかもしれないが、まるで現金収入が見込めず、頼れる親族がいないわけではないのだから、本人がきちんと考えればある程度の光は見えてくるような気もする。

エバ叔母さんは若い頃、数多くの男が言い寄ってくる輝く女性だったそうだが、その頃は寄ってくる男たちに目もくれず、結局最後にひどい貧乏くじを引いてしまったと、本人は悔やんでも悔やみきれない後悔の念を持っている。それが、今の彼女を底なしの無気力にしているらしい。
だから仕方がない、助けなければならないという話しにはならず、ママもモナも、本人に、自分が変わろうとする気持ちがないなら、周りで何をしてあげても無駄だと言っている。
それは、これまで少しでも助けてあげたことの経過や結果を見て、そう考えている節がある。
僕もそれは大いに同意するところだ。少なくとも結婚を決めたのは本人意思によるのだから、それに対する自己責任は残っている。ならばもっと、潔く振る舞えと思っている。
よって必要以上に同情するつもりはないが、何も責任のない子供たちだけは、素直に可哀そうだと感じている。

かつて僕が勤めていた企業のフィリピン工場には、2万人〜3万人の若い女性が働いていた。それだけの人数がいると、未婚の母も大勢いるし、妊娠でお腹が大きくなる女性も多かった。
その中には、子供の父親に逃げられたという女性が多くいたが、彼女たちが逃げた父親を追いかけようしないことに、僕は直接、率直にその理由を尋ねたことがあった。すると
「妊娠したことで逃げ出す男はロクでもない男だから、追いかけて首に縄をかけても、将来自分の苦労の種になるだけだ、だから追いかけないで自立を目指した方が幸せだ」
という、とても現実的な回答が返ってきて、若いのにしっかりしていると驚いた。

このような最初から自立している女性、自立しようとする意志の固い女性は別だが、そうでない女性の人生は、寄りそう男で決まる部分が多くある。
だめな男といつまでも一緒にいれば、自分もどんどんだめになる。だめになると感じたら、さっさと別れるなり、それなりの手を打たなければ、子供をも不幸に巻き込んでしまうことになる。特にフィリピンのだめというのは、どん底の貧乏生活である。そして女性にとっては屈辱的な、女を売る仕事の選択である。
もしだめな男とだめな女がくっついて、単に流れに身を任せていれば、エバ叔母さんのように出口に見えないトンネルを彷徨うようことになる。

エバ叔母さんを見ながら、工場勤めの若い女性の言葉が、フィリピン男性の弱さの象徴として蘇ってくる。そしてそれは同時に、エバ叔母さんの弱さを際立たせる。
だめな男に素早く見切りをつけ、自立して子供を育てた方が幸せになれると考える女性は、賢くて逞しい。
しかし一見強くて逞しそうなフィリピーナの中には、エバ叔母さんのように、弱くて流される女性もいる。というよりも、僕の身近なフィリピーナの多くが、たまたま自分の未来を切り開く強さ(それは美しさも含めて・・)を持つ女性ばかりで、実はこのような弱い女性も、フィリピン国内には多くいそうである。
今では僕は、フィリピン現地の女性の何割かは、他人が傍で見て分からない、似たような状況があるのだろうと推測している。


このようなことをつらつらと書き連ねておいて恐縮であるが、自分が色々と偉そうなことを言えるのは、自分は1段違うレベルの生活を当たり前のように享受できる立場にあるからではないかという、そんな恐れを僕は持っている。
書き手も読み手も日本人であれば、同じレベルで安易に同意や反論できる内容も、当事者にすれば、もっと切実な状況や心理をベースにした反撃すべき点があるかもしれないという恐れである。
このフィリピンで暮らしていると、時に自分の常識が常識でなかったり、普遍的な考えだと思っていることがそうでなかったりすることに気付く。
自分も同じ弱さを持つ人間であるが故に、自分の目線を対象と同じレベルにして、フィリピンで見聞きする事柄を捉えられているかについては、正直に言えば自信がないということを、最後に書き添えておきたい。


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