フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年04月30日

515.火星のはなし

プールに行った日、食後に疲れた体をベランダの椅子にだらしなくあずけ、火照った体を風で冷やしていた。そこへモナが、コーヒーを淹れてやってきた。
急激な日焼けで、体や顔の皮がつっぱるような感覚があった。コーヒーを飲むにも、顔が引きつるような、いつもと違う違和感があった。

突然モナが、空にフラッシュのように鋭く明るい光が見えたと言った。そしてきっとそれは、UFOだと言いだした。
僕は空の方向に背を向けて座っていた。体の向きを変えるのが億劫で、モナが見つめている空も見ずに
「飛行機でも見えたんじゃないの?」
と言ったが、モナは、すごい光り方をした物体は、すぐに消えてなくなったから、あれはきっとUFOだと言った。

「そっか、良かったねぇ」
と、僕が素っ気ない返事をしたせいで、真面目に取り合っていないと感じたモナは、
「あなたはエイリアンの存在を信じてないの?」
と言ってきた。

「いや、どこかにいると思っているよ、この広い宇宙に、生物が地球上の人間だけと思う方が変でしょ」
「でしょう!どうやらマーズ(火星)には、エイリアンがいるらしいよ」
「・・・・・・」

いきなり話題が身近な太陽系のことになったので、僕は無言でモナの顔を、まじまじと見た。

「なになに、なによ、アコ、また変なこと言ってる?あっ、またブログに書こうと思ってるんでしょ、それやめなさいよ、アコがまた変な人だと思われる」
「大丈夫、もうみんな知ってる、ところでそれは、誰が教えてくれたの?」
「アコはいつも、インターネットでリサーチしているわよ」
「見たって人がいるの?」
「分からない、エビデンス(証拠)がないのよねぇ、でもね、人間みたいだけど、頭の形がこんな風になっているって」
とモナは、後頭部がやたらと大きく後ろに出っ張る頭の形を、手で宙に描き、真面目に説明している。どうも話しが論理的手順を踏んでおらずちぐはくな感じはするが、まあよくあることなので、そのまま話しに付き合った。

「そっか、それはすごい、初めて知った」
「あっ、あなた、アコをバカにしているでしょ、本当はあなたそれ、知ってたんでしょ」

真面目に相手をしていないことをバカにしていると指摘されたと一瞬思ったが、彼女はどうやら、そんなことは僕はとっくに知っているのだろうと思ったらしい。

「知らないよ、ほんとに初めて知ったって」

「実は火星に宇宙人が住んでいる」など、初めて聞いたに決まっている。
宇宙人の頭がそんなにでかくてそのような形をしているのは、大昔(子供の頃か?)に何かの本で見たような気はしたが。
火星は随分研究が進んでいて、専門家の間で生物の存在は議論されたまま決着がついていない。もし人間が他の惑星に移住するなら、火星は第一候補と言われている。

・・・が、火星に宇宙人が住んでいることを、まるで既成事実のようにモナが話すので、僕は少し笑えてきた。しかし日焼けのせいで、笑うと顔の皮がつっぱる。僕は遠慮気味に笑うしかなかった。

「そのエイリアンは、昔地球に住んでいたらしいよ、ピラミッドだって、エイリアンが作ったんだって、あれは昔の人間には作れないんだって、でもなんでエイリアンはマーズ(火星)に引っ越したかなぁ」
「ピラミッドってさぁ、ずっとずっと昔にできたって知ってる?」
「知ってるよ」
「ってことはさ、そんなに大昔から、地球にスペースシップ(宇宙船)があったってこと?」
「そうなるわねぇ」
「で、スペースシップやそれを作ったパーツや設計図は、エイリアンが全部マーズに持っていっちゃった?」
「たぶん」
「だよね、そうじゃなければ、今発見されて、すごいニュースになるもんなぁ」
「そうねぇ」
「つまり全部の関連した証拠を、一つも残さずに火星に持っていった」
「そうよ」
「なるほどそれはすごい、だから人間は気付いていないんだ、そんな大昔にエイリアンがスペースシップを作ってマーズに引っ越したって話し」
「人間は、そのエイリアンが作ったんじゃないの?それでずっと人間をオブザーブ(観察)しているのよ」
「そうかもなぁ」

そもそも、火星はどうかわからないが、どこかにエイリアンはいるだろうと僕も本気で思っている。
ピラミッドも、もしかしたら宇宙人が飛来して、何かの目印として建造していったものかもしれない。その程度の話しであればなるほどと思うが、それらは昔地球に住んでいたエイリアンの業績で、彼らが火星に移住したとなれば、話しは少しコメディータッチになってくる。
しかしモナは決してふざけていない。あくまでも真剣に話している。

新聞がなくて、TVをつけてもラジオをつけても、面白おかしいふざけた番組ばかりでは、シリアスで探究心をくすぐる情報が欠如し、フィリピン人はインターネット情報を簡単に鵜呑みにしてしまうのかもしれない。学校の教育も含め、フィリピンは情報の間口が小さいような気がする。

そういえば、こんなこともあった。
昨日一緒にプールに行った魚屋の叔母さんが我が家から帰る際、僕が外へ見送りに出た。その時に一緒に頭上に広がっている満天の星空を眺めることになったが、叔母さんはその中でひときわよく光る一つを指差して、あれは星ではなく衛星だと断言した。なぜ衛星なのかと聞いたら、ちらちら明滅するものは星で、そうならないのは衛星だと教えてくれた。しばらくその衛星を眺めていたが、それはそこに、じっと静止していた。
実は人口衛星は、飛行機が飛ぶ速度よりもやや早い速度で移動して見える。もし人口衛星が回転していたら、光が明滅する場合もある。
その場でそんな夢を壊すような話しはしないが、フィリピンの人々は、結構間違った情報を、本気で信じていることが多い。

衛星の話しは日本人でもありがちであるけれど、火星にエイリアンがいるというのは、飛躍しすぎている。それでもそれは、フィリピン人が純朴であることの、一つの証だと僕は捉えている。実際にそのような印象を受ける。
しかも、間違ってはいるけれど、それが間違っているからどうなのという話なので、別段困りもしなければ害などあるわけないから、僕はそうかと頷くだけだ。
もしかしたら、その変な話しの中に、真実が何パーセントか含まれているかもしれない。まだ分かっていないことだから、絶対に違うとは言い切れないと僕は思うのである。

そして、真偽はともかく、聞いていて面白いと思うことは、やはり面白い話なのだ。
昔地球にエイリアンが住んでいて、高度な文明社会を築き、自分たちの作った人間との関係が悪化したか、もしくは何らかの他の理由で火星に移住したという話しを聞きながら、僕は、シュワルツネッガーが出演でもしてくれそうな、物語のヒントを得た気分になっていた。


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514.いざプールへ

この休みにどこかへ出かけようかと、モナとしばらく思案していた。
当初マニラに遊びに行くかと話していたが、マニラに行くとなれば、もれなくダディーとママが付いてくる。特にダディーが行きたいと騒いでいた。
大人が2人増えれば、飛行機代、ホテル代がかさむので、結局マニラ行きは取りやめにした。(前回同じメンバーで2泊3日のマニラ旅行は20万円ほどかかった)
ならば近場のシーリゾートにでも行こうかとなったが、それは親族一同もれなく付いてくることが分かり、マニラに行くより高くつくじゃないかと断念。
結局近場で、よく行くプールに行くことに・・・。

もちろんプールにも親族一同もれなく付いてくるが、入場料は一人50ペソ(100円)。20人来ても2000円ならば、全く気にならない。食べ物はフィリピンスタイルで、自宅で作って鍋ごと持ち込むので、少々人数の増減があっても金額はさして変わらない。
行き来はいつもジプニーを借り切るが、今回は徹底的に経費削減で、ダディーのトライシケルと僕のバイクでピストン輸送しようと考えた。(実はジプニーの貸し切り代はたいしたことはないのだが、手配その他が面倒だった)
しかし、ママの叔母さんの娘の旦那(オランダ人のグレゴリー)が車で来たので、それにギュウギュウに詰めてしまえば、一回で全員が行けそうだと、僕やモナや子供たちは先発隊として、その車に乗り込んだ。

いざ車は発進したが、発進30秒後、車ががくがくと前後に揺れた。駆け出しドライバーがマニュアル車を運転する時、よくやるあれである。
初めてグレゴリーの運転する車に乗った僕は、彼は意外に運転が下手だなと思っていた。しかしジャマイカの敷地を出るまでに、更にもう一度、がくがくきた。僕は助手席に乗っていたので分かったが、グレゴリーがアクセルを踏んでいるのに、エンジンの回転がそれについていかない。がくがくの原因はグレゴリーの運転が下手ではなく、その不調からくるものらしいことがすぐに分かった。
その時グレゴリーは、車の調子が悪かったので、前日いつものメカニックにキャブレターを直してもらったと言った。直してもらったのに、まだ調子が悪いなぁなどと言っている。

しかし、時々がくがくいうものの、それから30分ほどは何とか走れてしまったから、始末が悪かった。
目指すプールは地下から湧き出る自然水を使ったプールであった。当然そのようなプールは、人里離れた自然がいっぱいの所にある。
ジャングル地帯をマヨン山方向に向け、昇りが延々と続く道を進んでいたが、田園地帯の真ん中で、とうとう本格的に車が止まった。
グレゴリーの車は、もともとエアコンもない年式の古い車だった。マニラで安い中古車を探し、ビコールに持ち込んだものだ。
車が進んでいる時には、全開にした窓から風が入ってくるからよいが、一旦止まると車の中は、ギラギラとした太陽の下ですぐにサウナと化した。

エンジンを再始動し何とか進もうとがんばるが、5mも進むとエンストを起こす。明らかに燃料噴射系の不具合で、前日キャブレターをいじったことがあだとなったようだ。
少し進んでは止まるという繰り返しを10回もやって、50mか100mは進んだだろうが、その頃には誰もが玉の汗を、額や頬にたらしていた。特に小さな子供が暑さで泣きやまなくなっていた。幸いユリやグレゴリーの3歳の娘は、顔にたっぷり汗を蓄えながらも淡々としていたが、エバおばさんの1歳の子供が、わぁわぁと泣いていた。
グレゴリーはメカニックに電話をし、症状を言いながら、すぐに来てくれと依頼をしていた。モナはダディーに電話をし、救援を依頼した。
僕は、おそらくダディーがもうじきここを通ると踏んでいたから、ほんの少しの辛抱だと思っていたが、ダディーはまだ家にいると聞いて驚いた。とにかく出かけるとなると、ママが遅いのだ。

リゾートに行く道ということで、トライシケルや車は結構通るが、どれもが人と食べ物を満載している。それを見て、プールに到着しても、屋根のかかった東屋を借りられるか、それが心配になってきた。
暑さも限界というところに、ダディーのトライシケルが遠くに見え出した。車の中では、レスキューがやってきたと大喜びである。その声が聞こえてたのか、ダディーは頼られる喜びを表現するかのように、満面の笑みをたたえて近づいてきた。
とりあえずメカニックも駆けつけることになったので、ドライバーを残す乗組員一同、ダディーのトライシケルで目的地までピストン輸送となった。

最初にトライシケルは女性と子供をプールリゾートまで送り、僕は2回目の輸送で現地に運ばれた。
しかしいざ現地に着いてみると、目的地は車が止まってしまった場所の目と鼻の先で、歩いて5分の距離だと分かった。
フィリピン人メカニックは来ると言っているらしいが、フィリピン人の時間は宛てにならないので、僕はエンストした車を押して、とりあえずリゾートまで運んでしまおうと考えた。

そこで男2人が車へ戻って押してみようと思ったが、かなりきつい昇り坂のため、車はびくともしない。と言うより、ブレーキを解除した途端車がバックするので、それを食い止めるのが精一杯で、前に進めるなど全く叶わないのである。
車を押してプールまで運ぶことを諦めた時に、Kトラックが10m先に停車した。
小太りの中年おばさんがそのKトラックから降りてこちらへやってきて、ジャッキがあったら貸してほしいと言ってきた。ついでにこちらの車に何があったのかと訊いてくるので、簡単に状況を説明すると、旦那はメカニックだから後で診てあげると言う。

ジャッキを貸してKトラックの傍らに行ってみると、メカニックの旦那が車を上げていた。
車が上がると、息子らしい若い青年が、車の下に大きな石を入れていく。
ドライバーが、Kトラックの左前輪のねじを一本外しただけで、タイやがスポッと取れてきた。
他3本のボルトは、新しい金属面を見せ、完全に折れていた。ボルトの破断面以外は、ぼろぼろに錆びている。
それでこちらも状況が飲み込めた。運転していたらハンドルが取られ、車を緊急停止させ、左前輪が変な方向に向いていたのでそこに異常があることを気付いたのだろう。
折れたボルトの残りは車軸のタイヤ受けに残っているので、簡単にタイや交換ができない。よって車の下に石を置き、それで車を支えたまま、そちらも救援隊が来るまで待つと言う算段だ。

自分の車が救援隊を待つ段階になり、メカニックの叔父さんは、グレゴリーの車を診だした。そして、エンジンをかけるでもなく、何かを触るでもなく、エンジンルームの中を見て、このエンジンはトヨタのA4だなどと言う。そんなことはどうでもいいのだが、なぜかエンジンの型式にこだわって、何度もA4だと言っていた。次に突然、これはディストリビューター(エンジン点火装置)の電気が無いと、自信満々に断言した。
ディストリビューターを指差し、しきりにワランコリアンテ(電気無い)と言っている。
僕が、ヒンディ、メロンコリアンテ(違う、電気はある)と地元の言葉で返したものだから、それからはビコールの言葉でわぁわぁ言われたが、僕には彼が何を言っているのかさっぱり分からない。
とにかくディストリビューターそのものは、ケーブルも含めて新品を取りつけたばかりだった。見れば分かる新品部品に、組み込みが異常だったと決めつけているのだろうか。
しかし車の症状は、完全にキャリブレーター異常であることが、僕とグレゴリーの一致した意見だった。
もう一度車の症状を説明し、キャリブレーターだと言っても、その叔父さんはディストリビューターの問題だと譲らない。ちょっと外観を見ただけで、なぜこうも言い切るのか、僕にはとても不思議だった。

さすがにグレゴリーも呆れ、
「自分がいつも使っているメカニックと電話で話し、彼もキャリブレーターだと言っている、彼はいつもメカを勉強している優秀なメカニックだ」
などと言っている。
その優秀なメカニックが修理をしたおかげで、こうなったのではないかと僕は思ったが、ディストリビューター異常を譲らない叔父さんも、まるで素人のような自称メカニックであることは明白で、実はフィリピンには、こうした素人丸出しのメカニックがたくさんいるから怖いんだよなと思っていた。
もしその車が自分の物であれば、僕は絶対にその叔父さんには自分の車を触らせないだろう。2次災害、3次災害を平気で作りそうなメカニックに、自分の命を預ける度胸は僕にはない。そして、自分の車の整備もできないメカニックなど、どうやって信用してよいのか僕には分からない。
もともと見た目と違う繊細な作りや扱いが要求される車を、超アバウトなフィリピン人がいじるということに、無理がありそうだと僕は思っている。

メカニック叔父さんは、こちらをバカな奴らだと見下すように、その場を去った。
僕は再びプールと車を往復し、冷たい飲み水をグレゴリーに届けた。
その頃子供たちは、車のことなど忘れ、すっかり水遊びに興じていた。
やがて救援メカニックがやってきて、キャブレターをばらして修理した結果、車は無事に復活した。

その後のプール遊びは絶好の天気のもと、ヤシの木々に囲まれた中、これでもかというほどプールに浸かりっぱなしで遊んだ。揺れるプールの水に太陽光が乱反射し、ぎらついていた。それが顔や背中に当たり、終盤はひりひりとした軽い痛みが体のあちこちに伴ってきた。それを癒すかのように、また冷たいプールの水に浸った。
ユリは終始ご機嫌で、嫌がる彼女を無理やり東屋で休憩させるが、それもつかの間、すぐにプールに戻りたがる。その繰り返しで、彼女も丸1日プールの中にいた。帰るころに、ユリの手や足は、ふやけて皺だらけになっていた。

長期の日本滞在で、すっかり肌の色が白くなった僕の体は、みるみる赤くなっていた。明日から僕はまた、ここでフィリピン人に間違われそうだ。
ベルやユリの顔も、鼻のてっぺんを中心に、真っ赤になっていた。
思い出作りに欠かせないトラブルもしっかりあった。
たかがプール遊びでも、フィリピンではレジャー感覚満載で、安上がりで楽しい1日を満喫できるから不思議だ。

そして今朝、背中の痛さで目が覚めた。
子供たちも体が痛いはずだったが、何事もないような顔で、既に元気に遊んでいた。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:514.いざプールへ
2012年04月29日

513.ベランダ雑談

今日から日本は本格的な休みに入った。おかげで日本からメールや電話が一本もない。
何とせいせいすることか。
本日は朝から、気温が36度まで上がるとラジオで言っていたが、陽射しを避け家に中にいれば、めいっぱい開けた窓から涼しい風がふんだんに入ってきて気持ちが良い。
おかげで午前中はずっと、ベッドの上でのんびりと、日本から持ち込んだ本に集中できた。

昼食後、ユリが昼寝をしたのを見はからって、バイクの後ろへモナを乗せ、ハロハロを食べに行った。
「なぜフィリピン人は、何でもこうミックス(まぜこぜ)するのが好きなのかなぁ」
僕がハロハロを食べる度に感じて口にすることである。
食事にしても、それぞれ丹精込めて作ったものを、皿の上でごちゃまぜにして食べてしまう。日本人は素材の良さを活かし、できるだけシンプルに美味しく食べるという文化も持っているから、このフィリピンのミックス思考には、時折閉口する。
だいたい僕は、かき氷にチーズを入れるのが許せない。だから僕はハロハロを頼む時に、いつもチーズ抜きをお願いする。本当はウベ(山芋)もマカポノ(ココナッツの実を甘く調理したもの)もゼリーも抜いて欲しいのだけれど、そこまでお願いしたらもはやハロハロではなくなることくらい承知しているので、ハロハロ自慢の店に失礼だといつもチーズ抜きだけに留めて我慢している。

帰り道、家のすぐ近くで警察の検問があった。最近取り締まりが厳しくなっていることは聞いたばかりだったが、そこでの検問を見たのは初めてだったし、そもそも僕自身が検問で止められたのが初めてだった。後ろに乗っていたモナが、まずいと言わんばかりに動転していた。
バイクを止めるなり、警官がモナに「ハポン(日本人)か?」と言った。僕はそれがどうしたという態度で財布からライセンスを出し警官に渡した。モナも自分のライセンスを提示し何事もなくパス。
あまりに簡単に取得した仮免許で、しかも紙にプリントしたペラペラの免許なだけに、これが本当に通用するのかと僕は少し虚をつかれた感じだった。

夕方になると、涼しさが増していっそう気持ちの良い気候になってきた。
モナが昨日からかつ丼を食べたいと騒いでいたので、本日は僕がかつ丼を作ってあげる約束をしていた。よって読みかけの本が面白いところだったのを一旦やめ、下に降りて料理の準備を始めた。
あいにく麺つゆはなかったが鰹節があったので、まずはそれで出汁を取った。それに醤油、みりん、砂糖、酒を4:4:1:少々の割合で入れる。みりんはあらかじめ別に煮立てるとまろやかな味が出るので、そうしてから混ぜた。そこへ切った玉ねぎを入れて煮込む。
僕がスープを作る脇で、モナはトンカツを作っていた。煮込んだスープにカットした揚げたてのトンカツを入れ、とき卵をささっとかけて少し熱すると出来上がり。

思ったよりも短時間で簡単にできたので、全員が揃っての夕食まで、まだ2時間以上あった。モナは食べたいけど我慢してみんなを待つと言ったが、その我慢が5分ともたず、キッチンでごはんをよそい、その上にできたカツを乗せて、気付いたらその手にしっかりと湯気が出ているかつ丼を持っていた。

「それ、誰が食うの?」
「アコとあなた」
「え?俺も?なんで?」

などとやり取りをするわきから、モナは食堂脇のベランダに食事をセットし、さあ一緒に食べようと僕を手招きする。
日の落ちかけたベランダには、日本の秋によく聞くような虫の声が響き、なんともすがすがしい涼風が流れていた。少し早いが2人でベランダでの夕食も悪くないと、みんなに先駆け2人でかつ丼を試食することになった。
和食なのでモナが割り箸まで用意していた。モナはすっかりその気で、かつ丼試食態勢に入っている。その箸を器用に使い、モナがかつ丼を一口に口に入れた。そして固唾をのんで見守る僕の前で一言、
「これ、本物のかつ丼だ!美味しい!」
と、いかにも感動していますという具合に声高らかに叫んだ。

おそらくタバコシティーの和食レストランで出るかつ丼と比較し、思わず口をついた言葉だろう。それと比べれば、どれほど手抜きで作ったかつ丼でも、美味しくて本物と言いたくなるのは僕にもよく理解できる。
出来上がったかつ丼は、僕には出汁が少々単調で、市販の麺つゆを使った方がもっと美味しくなるような気もしたが、まあそこそこ普通の、確かに本物のかつ丼になっていた。

ベランダがあまりに気持ちが良いので、食後はペリエ(炭酸水)をあけ、ふたりでそれを飲みながら、ぼんやりとしばらく話をしていた。
大統領が変わってから、フィリピンも少し変わってきたようなことをモナが言った。
確かに今の大統領は、少しでも国を良くしようと頑張っているようだが、この国を根本から変えるのは並大抵のことではない。
モナに言わせると、現大統領は海外からの投資を積極的に国内に引き込み、失業率を低減させ国内の活性化を図ろうとしていると言うのだが、海外投資は基本的に、フィリピン人の低賃金が前提となっている。そこが問題で、僕はフィリピン人によるフィリピンの会社がより育っていかなければ、この国が抱える問題は基本的に解決しないと思っている。
だいたいが、この国の金持ちが低賃金の従業員を雇うことで大きな利益を得、その金を使って今の儲かる体制ができるだけ崩れないよう政治家としっかり手を結んでいるのだから、フィリピン人の生活が向上するのは難しい。
もっとも、付加価値を生み出せないまま賃金だけが上がってしまえば、フィリピン人は自分で自分の首を絞めることになるのだから、やはり地場産業を育成し、自ら付加価値を生み出せる土壌を作っていくことが大切なのである。
それを意識した海外からの投資であれば良いが、賃金が少し上がっただけで逃げ出すような投資は、結局はフィリピンの一部の人が一過性で潤うだけとなり、どれほど国のためになるかは疑問だ。

話題はこのような経済問題、人種差別問題、そして環境問題に及んだ。
「今のシステムが一回全部壊れたらいいのになぁ」
モナにも、このままではどうにも立ち行かないフィリピンのことが分かっているらしい。だから彼女には、一度振り出しに戻るような、天変地異を望んでいるようなところがある。いくら振り出しに戻っても、今のフィリピン人に世界のリーダーシップを取るような国力を築くのは難しいというのが、それに対する僕の意見だ。
世界のリーダーになるには、フィリピン人はゆるくて優しくて正直すぎる。

「もし生まれ変わるなら、アコは日本人として生まれたいなぁ」
「なんで?」
「桜があるから」

話しのレベルが突然振り出しに戻ってしまったようで一瞬気が抜けたが、僕は何とかそれを取り直し
「桜があっても日本はいろいろ厳しくて、ストレスがいっぱいだよ」
と言ってやった。それでもモナは
「私はやっぱり日本人の考え方や態度が好きだなぁ」
と言う。自分の生まれ育った国をそこまで言ってもらえるのは嬉しいが、日本で疲れた僕には、今のフィリピンの優しさが嬉しい。

大自然をくぐってきた涼風を肌で感じ、それが気持ちいいと言いながらベランダで食事をし、ゆったりとした気分で話ができることは、このフィリピン暮らしならではのことであることを、モナは気付いているのだろうか。
おそらく分かっているのだろう。
彼女はそれを十分わかっていて、それでもそんなことを言ってみたくなるのがこのフィリピンなのだ。
僕の中に、そのような彼女の気持ちが、浸みこむように入り込んでくるのが分かった。


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