フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年04月28日

512.サキイカ

僕がお土産で持ち帰ったサキイカの食いかけが冷蔵庫に入っていた。ビコールSさんが我が家を訪問した時に、封を切った残りである。
夕食時に、モナがそれを食卓に持っていこうとした。

「それどうするの?」
「おかずになるでしょ?」
「へ?おかず?なるならいいけど、僕はいらないよ」
「なんで?」

モナはサキイカに唐辛子醤油マヨネーズをつけて食べるのが好きで、それは美味しいからごはんのおかずにもなると思っているらしい。
「イカ>美味しい>ごはんのおかず」という思考手順なのか。もっと短絡的に、「イカ>ごはんのおかず」なのかもしれない。

日本人に馴染みのあるサキイカは、外国人には珍しいようだ。
オランダ人の叔父さんは、最初にしげしげとそれを見て、手触りを確認し、匂いも確認し、ようやく口に入れるかと思ったら入れず、そこで初めてこれは何だと訊いてきた。
僕がイカだと教えるまで、随分と長い手続きを踏んでから、ようやくそれが彼の口に入った。
その点フィリピン人は、もう少し単純だ。最初にこれは何だと訊いてきて、イカだと知るとすぐに口に入れ、すぐに美味いと言う。毒を盛られて騙され易いのは後者だと思われるが、ストレート(短絡的)で面倒がなく、僕はそちらの方が好きである。

一旦口に入ると、オランダ人の叔父さんの手が頻繁に、サキイカののった皿に伸びるようになった。無意識に、飲み込んだらすぐに新しいのを口に入れるという、まるで何かに憑りつかれたかように、自動機械のごとく手が止まらない状態になっていた。しかもずっと無言だった。御老体なので、後で胃がもたれないかと心配したほどである。
同様にフィリピン人にもサキイカは好評だが、イカに十分馴染んでいる彼らは、そのイカをどうしたらこのように加工できるのかと、散々尋ねてきた。
このようにサキイカ一つで、民族性の違いが露見するから面白い。

サキイカとは、小さなスルメイカを沖漬にし、1日乾かしてから弱火で焼き、足と内臓を取って身の端をつまんで引っ張ることで、輪切り状態のイカの胴体からくるくるとひも状に取れたものだ。
このような説明を読んでもよく分からない人がいるように、フィリピン人の彼らにも、サキイカの作り方を頭の中でイメージするのは難しいようだ。
そういえば、もっと簡単に作れそうなスルメも、フィリピンでは見かけない。
フィリピンにドライドフィッシュ(魚の干物・・ここではとても安い食べ物)はあるけれど、ドライドスクィッド(イカの干物)は見たことがない。僕が知らないだけで、どこかにあるような気もするが、タバコシティーの市場ではそれを見かけたことがない。
(日本から輸入されたサキイカは、マニラに普通にある)
フィリピン人はイカを加工すると、日持ちが良くて美味しいということに、気付いていないのだろうか。そうでなければ、もっと地場で、安く大量に作られても良いような気がする。もし安く作ったら、酒飲みが多いフィリピンで、サキイカはヒット商品になるかもしれない。市場で売れ残ったイカを加工すれば、一石二鳥ではないだろうか。

さて話しは冒頭のやり取りに戻るが、モナがサキイカをごはんのおかずに考え、僕が「えっ?」と思ったことは、単に習慣の違いからくるものだ。
そして、それをごはんのおかずにしてみんなが美味しいと思えば僕は全く構わないが、そこから、なぜあなたはおかずにしないかと訊かれると、説明が大変厄介である。

「あなたはスイカをごはんのおかずにするか?スイカはフルーツで、デザートとして食べるから、それをごはんのおかずにしないよなぁ、それじゃあなたは、アイスクリームをごはんのおかずにするか?それも同じ理由でしないよなぁ、もしかしてそれはごはんのおかずとして美味しいかもしれないけど、それってやっぱり変だと思うよね、それと同じで、日本人はサキイカを酒のつまみやおやつと思っているから、ごはんのおかずにしないんだ」

などと、回りくどく説明しなければならない。
もしここで、「スイカやアイスクリームは甘いけど、サキイカはしょっぱいでしょ、ごはんのおかずになるじゃない」などと言われたら、僕はその先の回答に窮し、「とにかく日本人は、サキイカをごはんのおかずにしないんだ」と煙に巻いてしまうしかなくなる。

このように、習慣や文化の違いを説明するのは、お互いの常識が違うことの説明だから、例えを用い、相手のわかる言葉で丁寧に教えなければならず、なかなか面倒である。
しかも単に習慣として、そうあるべきと勝手に思い込んでいる事象も多いので、突き詰めると「あら?」となることがあるから、議論になると厄介だ。
この面倒なことが、夫婦の会話を充実させることに繋がり面白いのだが、なかなか通じない時にはイラッとすることもある。
しかし考えようによっては、このようなやり取りが物事の本質を披露してくれたり、新たな可能性を見せてくれたりするので、異習慣摩擦・異文化摩擦に丁寧に関わってみようという心構えは、損にならないような気がしてくる。

現に後ほど僕は、サキイカについて調べてみた。かつてサキイカを使った料理について、見聞きした記憶が、モナのおかずサキイカに刺激されてぼんやりと蘇ってきたからだ。
そしてインターネット上に、サキイカを使ったレシピが溢れていることに驚いた。
サキイカとキュウリのチーズあえ、サキイカのかき揚げ、天ぷら、他。
なんだこれはと思うものもあるが、一度食べたらやめられないとか、中には弁当のおかずに最適などとあり、僕は、自分が完全にサキイカをなめていたことを思い知った。なるほどモナの直感は、なかなか的を得ていたとも思う。

となれば、今度機会があれば、サキイカ料理にトライしてみる価値がありそうだ。幸い今の我が家には、サキイカがたくさんある。
次回我が家を訪れた客に、毒見役になってもらえばよい。せっかくなら日本人の客がよい。サキイカを良く知っている人の方が、サプライズもあって面白い。
そうなると栄誉ある毒見役に抜擢されるのは、やはりビコールSさんか。

直近で我が家を訪れる可能性の一番高い日本人。
先日我が家で、僕の作った即席スパゲッティーを美味いとおかわりしていたSさんの顔が、リアルに頭の中に浮かんでくる。
ついでにそれは、この前の食い残しだと親切に告白したら、Sさんはきっと、涙を流して喜んでくれそうな気がしている。

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エントリー:512.サキイカ
2012年04月27日

511.健康管理

フィリピンに帰ってから、食生活ががらりと変わった。
例えば最初2日間の朝食は、卵焼き、味付け海苔、ごはん、味噌汁。2日目の卵焼きはそぼろ入り。その後も春雨スープなど、なんとなくあっさりしたご飯だ。日本にいる時よりも日本らしい。
これらは僕の健康診断結果を受け、モナが僕の健康を考慮してくれているからである。
大雑把なフィリピン人に、健康を意識した食事作りができるだろうかと疑心暗鬼だったが、さすがに普段から健康に口うるさいだけあり、意外にしっかり続いている。
食事は朝と昼にできるだけしっかり取り、夕食は簡素にする方法に変わった。
もともとフィリピンの食事はそのようなスタイルで、僕がそれにずっと馴染めなかっただけであるが、ようやく僕自身が意識してそうしている。

ママにも健康診断の結果を、自分で伝えた。
血糖値を英語でなんというのかは知らないが、チェックアップ(健康診断)、リザルト(結果)、シュガーインブラッド(血液中の砂糖・・糖分)という単語を並べれば、十分通じる。
ママに具体的な血糖の数値を訊かれたので答えたら、ママはすぐに、それだったらまだ低い、フィリピンで高いと判断するのはいくつくらいだと即答するので驚いた。血糖値の標準値、危ない領域が普段から頭に入っていることに恐れ入った。自分は血糖値の標準値がどの程度か、医者に指摘されるまで全く知らなかった。
これは、医療費が高いフィリピンで、意外に普段からみんなが健康を意識している証拠でもある。その割には健康保険にルーズな姿勢があったりするから、今一つ整合性が取れないフィリピン人の七不思議が頭をかすめたりする。

我が家の食事は大勢の人が一緒に食べるので、全ての食事を僕に合わせて作るわけにはいかないが、気のせいか、かならずあっさりした野菜や野菜スープ系、焼き魚系がおかずの中に含まれている。ママも僕の健康診断結果を意識し、食事を考えてくれているようだとありがたく思う。
そこで僕は、ご飯はそこそこに、努めて野菜や魚を食べている。そして美味しいと思っても、腹八分で止めておく。
食後はフルーツを少し食べる。パイナップル、バナナ、オレンジなどで、今日はグラバノという変わったフルーツを食べた。最初はグアバか?と何度も聞き直したが、その度にグラバノと修正された。初めて食べたような気がするが、コクがあってとても美味しい。
このような食事になると、フィリピンの料理は油が多くて不健康なイメージが、完全に払拭される。日本で単身生活をしていた時よりも、はるかに健康的で体調が良い。
体からけだるさが消え、はつらつとして仕事もはかどりそうなものだが、別の多くの阻害要因・・大自然の恵み?まとわりつくユリとモナ?適度な気温?すぐにわき道に逸れたがる僕の薄弱な精神?・・で仕事の進捗はそこそこだ。

日本にいた頃は朝食を取らず、昼食はいつも出前弁当、夕食はラーメンや定食屋。
そのような食生活の中で、健康に留意した食事をするのがとても難しいことを、健康を意識し始め初めて気付いた。
これまで、外食は健康的でないことを、あちらこちらで散々聞いてきた。その度に、そうかなと疑問に思っていたが、真剣に自分の体のことを考え出すと、それはかなり正しい意見であることが分かった。

住んでいたマンスリーマンションは、食器類は豊富に備え付けてあるのに、やかん、フライパン、鍋などの調理器具が一切ない。調理器具は買っても良いのだが、出る際にそれらの物は処分に困る。よっていつもやかんしか買わない。
このように、住まいで一切の調理ができないとなると、健康的な食事を実行するのはかなり難しい。(仮に調理器具あっても、ご飯を作る時間がなければ同じ)

健康的な食事を意識してコンビニ内を見渡すと、最近はサラダ系が充実しているようだ。随分とボリュームのある野菜サラダが売られていて、僕も頻繁に利用したが、このサラダは結構高い。1パック350円もしたりする。
独身貴族に350円ごときは高くないかもしれないが、僕にはなかなかの負担だった。
僕はうさぎでもなければダイエットにいそしむうら若き乙女でもないので、野菜サラダだけの食事で済ますわけにはいかない。仕事がハードになれば体力勝負にもなるから、それなりのエネルギーを補給しなければ体がもたないこともある。
するとじゃこ弁当やタケノコごはん弁当のような、油を控えた低カロリーの弁当を400〜500円で買う。それと野菜サラダを合わせれば、既に700〜800円を超える。更に何か細々したものを買い、ついでにタバコを買えば、レジでの支払いは軽く千円を超えてしまう。

外食では質素な食事は難しい。素材にこだわった値の張る料理を出す所なら別だろうが、通常は質素で安い食事を出しても儲けが確保できないから、ほとんど見当たらない。
しかもプロの料理は、味も匂いも形も一定しているので、続けるとすぐに飽きる。家庭の料理に飽きがこないのは、ばらつきが大きいからである。素人技の見えざる巧妙だ。
手を抜いたり凝ってみたり、気分で変わる家庭料理の神髄は、そこにある。

フィリピンに帰って、食事を変え健康を声高にさけぶと、予定外のしわ寄せがやってきた。
それはたばこを止めること、そして運動をしなさいということである。
今朝は僕の目の前でモナが灰皿を綺麗に片づけ、僕がありがとうと言った矢先、さあこれで、一日何本吸ったのかすぐに分かると言われて閉口した。
きっと後で、モナが僕の目の前でワン、トゥー、トゥリー・・と吸殻を数え出すのが目に見える。その前にこっそりと、不自然にならない程度の吸い殻を残し、何本かは始末しなければならない。

しかし、誤魔化しばかりではいけないだろう。
僕も真剣に健康を考えなければならない歳になってしまったと、健康診断を久しぶりに受けて痛感している。
いつまでも若いのは気だけで、体は着実に歳を取っている。
哺乳類の生涯心拍数は、15億回とも20億回とも言われる。これは動物の種類によらず、一定と言われるが、実際に計算してみると、どうも人間はこれに綺麗に当てはまらないようだ。

僕にはあと、何回の心拍数が残っているのだろうか。
死を意識した人間、死を受け入れた人間が、より充実した生活をおくるよう心掛けることは、ホスピスの記録を読んでも良く分かる。だから死というものを、必要以上に人間から遠ざけてはいけないと僕は考える。子供にとっても、人が死ぬとは何かの概念を持つことが大切だ。
少なくとも僕は、ベルやユリに、人間の生とは何かを考えさせるような死に方をしたい。そして彼女らが僕の死を理解し、受け入れられるほど成長するまでは生き延びたいと願っている。
正直に言えば、疲れた時にはぽっくりと逝ってしまった方が、楽かもしれない、楽になりたいと思うこともある。しかし諦めの悪さが、自分をしぶとくさせそのような考えにさせる。
僕は今、日本で縮めた寿命を、このフィリピンで少しずつ取り戻している気がしている。
徹夜で死滅した脳細胞は復活しないだろうが、そのように実感する日々環境が、ここにある。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:511.健康管理
2012年04月26日

510.打ち明けばなし

本日夕方、ビコールSさんがお子さんを連れて、我が家にやってきた。
僕は即席スパゲッティーと肉ジャガを作って、Sさんをお迎えした。
奥さんはまだアラバン宅にいるので、Sさんは子連れではあるが、目下独身である。

既にSさんはブログに多く登場するので、あらためて説明も必要ないとは思うが、簡単に紹介するならSさんは、フィリピンのビコール地方に住む数少ない日本人男性で、年齢は僕と一緒、奥さんがフィリピーナであることも一緒ということで意気投合し、友達付き合いをさせて頂いている方だ。
旦那同士が友達になったことにより、モナはSさんの奥さんと、随分と懇意にさせてもらうようになった。時々モナは、アテに会いたいなぁと、独り言のようにこぼすくらい、奥さんのことを心から慕っている。なぜそれほど慕うのか、それはモナに訊くまでもなく、奥さんは僕自身が畏敬の念を抱くほどのすばらしい女性だからである。

モナと奥さんは旦那同士の付き合いを差し置いて頻繁に連絡を取り合い、日本人旦那と長く付き合ってきた先輩としてアドバイスをもらい、辛い時には慰めてもらいながら、まるで姉妹のように深い繋がりを築いている。
よって僕のモナに対する言動は奥さんに筒抜け状態で、時にはSさんの言動がこちらに筒抜けになる。場合によっては寝ている時におならをするなど、僕の生態も筒抜けになっている可能性大だ。
まあそれは、普段敢えて隠すこともないので全く構わないが、日本人旦那を持つ妻同士、どんな話をしているのかについては、時に興味深い内容もある。

本日Sさんが我が家から自宅へ帰った後、モナと2人、テラスで涼みながらさりげなく交わした会話である。
僕がマニラに到着した当日、モナはアラバンにいる奥さんと電話で話をしたそうだ。
最初は僕が無事にフィリピンに帰ったこと、そして無事に落ちあってホテルにチェックインしたことなどを報告していたのだろう。
突然話題は、夜の営みの事になったそうだ。

「今日は久し振りだから、子供たちが寝てから絶対にやるでしょう」
「どうかなぁ〜、だって今、いびきをかいてもう横で寝てるよ」
「あなたが我慢しているのを知ってるんだから、後で起きるわよ、ぜったい」
「自信ないなぁ、こうなると、なかなか起きない人だから・・・」

こんな会話になったそうだ。それを教えてもらった僕は、フィリピーナ同士にありがちな話題であるから、今さら驚きもせず、残ったスプライトを飲みながら「ふ〜ん」とぼんやり聞きながら、「僕が寝ている時に、そんな話をしていたんだ」と、呑気にそうかと思った。
しかし次の瞬間、ふと気がついた。

「あっ!それじゃ、あなた!次の日アラバンの家に行った時、奥さんに」
報告したでしょうと僕が言おうとしたところへ、モナがかぶせるように
「報告したわよ」
と言った。
「やっぱり〜、で?奥さんは」
「やっぱり〜って言ってた」

まるで何か大事の予言が的中でもしたかのように、奥さんはほらねと、喜んでいたそうである。しかし興味深かったのは、その後の話題だ。

モナは奥さんが突然その話題を振ってきた時に、ピーンときたそうだ。
奥さんも旦那さん、つまりSさんと、ラブラブしたい気分になっていることを。
それが直接的な「あれ」を意味しているのかは定かではない。とにかく奥さんはアラバン宅、Sさんはビコール宅にいるので、その気分を解消できないとモナは読んだ。

これは僕が、アラバン宅におじゃました際、奥さんから直接聞いた言葉である。
「私がアラバンの家に一人でいて、何するの?ここにいても退屈よ。だからSに帰りたいってお願いしてるんだけど、ダメだって言われている」
「なんでダメなんですか?」
「もうすぐ彼の弟がフィリピンに遊びにくるから、その時にSもここへ来るのよ。それまでそこで待ってろって」

Sさんがアラバン宅にもうすぐ合流するから、わざわざ飛行機代をかけて移動しなくても良いとのことらしい。それはある程度、僕も納得できた。僕がSさんでも、そのように言ったかもしれない。

しかしSさんは、アラバン宅へ行くタイミングを、弟さんが来るぎりぎりまで延ばした。
アラバン宅には奥さんのお母さん、兄、そして上の娘がいるとしても、僕がアラバン宅にお邪魔した時に、既に奥さんは暇を持て余し、気が狂いそうだと言わんばかりであった。
その時僕は単に、奥さんが退屈を持て余しているとしか思わず、その裏に、微妙な女性心理があることなど、さっぱり分からなかった。
しかしモナは奥さんと、もっと奥の深い話しをしていた。それをモナが、再現するように教えてくれた。

「私が帰りたいっていうのはね、そんな気分だってシグナルなのよ、一緒したいの、でも彼は今まで、一度も私のそんなシグナルに気付いたことがないの、彼は心理学を勉強してきた人だけど、今まで私の気持ちなんてぜんぜん分からない、私はいつも彼の心の中を知ってるから、私の方がずっとすごい心理学者よ」

この話には、僕も苦笑せざるを得なかった。ふいに、つい先ほどまでここにいたSさんの、熱弁をふるう時の仕草や顔が僕の頭の中に浮かんだ。

「アテはダイレクトに気持ちを言えないから、そうやって自分の気持ちを伝えようとしているのよ、でもSさんはそれ分からないから、アテは寂しいのよ、きっと」

そのように言うモナは、あなたはきちんと私の気持ちに気付きなさいよと、僕に釘を刺しているようにも思えた。
「あのなぁ、釘を刺してもいいけどさ、5寸釘をどすんと刺されたら死んじゃうんだからな、そうなったら言葉も出せなくなるから」
と、僕も逆に釘を刺してやりたい気分になったが、この日本語はモナには理解できないことを言う前から知っていたので、口にはしなかった。

僕は同じ日本人男性として、Sさんが奥さんの気持ちを気付かない振りをしている気もしたが、むしろ長年連れ添うと、その女性の気持ちに鈍感になることは、自然の成り行きのような気もした。
しかしフィリピーナは、いつまでも気持ちが若くて熱い。それはモナのママがダディーにやきもちをやいたり、甘い態度を期待することを見ていてよく分かる。
僕が将来、モナのそのような態度にどこまでも追従できるかと言えば、やはり自信がない。
それは別の女性に気が向くとか、モナに対して愛情が薄れるという意味ではなく、日本人男性は、直接的な愛情表現は卒業し、別次元の大切で大きなものを2人で築き上げていきたい、築き上げているだろうという気持ちがあるからではないだろうか。
それともやはりそれは、言い訳だろうか。
いずれにしてもその自信の無さが僕に、モナに対して、逆に余計な釘を刺したい気分にさせたのかもしれなかった。

それでもこの話には、たかが世間話で済ませて良いのだろうかという問題がありそうで、単に聞き流せない気持ちになってしまった。
長く連れ添った日本人同士の夫婦は、夜は別々の布団に寝、場合によっては部屋さえ別にする。日本人には、それも珍しくないケースだと受け取ることがままある。いつまでも新婚気分でなんかいられないよという感覚だ。
しかしフィリピーナには、それが通用しないということを、この先ずっとずっと、肝に銘じておかなければならないことを示唆する話しなのである。
これは一つの文化摩擦なのだろうか。
しかしそれも女性に言わせれば、日本人でもフィリピーナでも、文化摩擦なんてばかじゃないの、そんなのはどの国の女性でも、当然思っていることでしょうという声が返ってきそうな気もする。
つまり明確な結論を出せない僕も、女性の心理がさっぱり分かっていないようだ。
となれば判断は、各自にお任せするとして、僕は僕なりに、何かの機会にモナとこの件で議論を深めたいと思っている。

Sさんは欠かさず僕の記事を読んでくれている。これは実は、僕のSさんに対する打ち明けばなしなのだ。
きっとSさんも、これはいかんなぁ〜と思ってくれるのではないだろうか。
少しどきどきしながら、僕は「勇気の人差し指!・・ポヒッ!」と叫びながら、人差し指で更新ボタンを押し、この記事をアップすることになるだろう。


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