フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年03月24日

503.災い

今朝、ようやく昏睡状態から脱した時に、しまったと思った。
本日土曜日は夕方出かけなければならないのに、着ていく服が無い。
困ったと思っていると、まだコーヒーを飲んでいないのにモーニングジョブの兆候があり、ひとまず個室に入った。
そういえば昨日は、朦朧とした中でラーメンを食べた。どうりで・・・。

ずっと切らしていたトイレットペーパーを1個だけ会社から失敬してきたので、久しぶりに本来トイレにあるべき物を設置できた。それだけで精神的にゆとりができるのが不思議だ。
決して僕に、トイレットペーパーを買う財力が欠乏しているわけではない。あれは大体が6ロールや8ロールがセットになっているので、大量には必要ない僕は、ついつい買うのをためらってしまうのである。よって今、「ハイ、プレゼント」と1個か2個のトイレットペーパーを差し出されたら、僕にはそれが一番嬉しい贈りものとなる。

だから木曜の夜から金曜にかけて会社に泊まった際、オフィスに誰もいないことをいいことにそれを1個だけ失敬してきた。
そのことは、翌朝出勤してきた周囲の人間にきちんと告白した。
「せこい!」「ケチ!」「社長に言い付けてやる」「貧乏!」
など、それ以上思い付かないだろうというほどの散々な言葉が、ヤジのように右や左や前方から飛んできた。しかし、本当はそれをくすねたことなど黙っていてもよいことである。
ヤジに対しては、「告白して懺悔する僕を、是非正直者と呼んでくれ」とだけ返しておいた。

もともと徹夜仕事で、ヤジまがいの言葉に応酬する体力の残量が少なかった。
朝一番で製品を出荷した後はすぐにオフィスを辞してもよかったが、来客の予定が入っていたのでそれを待つことになった。その客は午前中に来るということだったが、明確な時間を決めていなかったことを後悔した。結局その客が来たのは昼前の11時半頃で、話しが終わってから会社を出た。

駅までのバスを待つ間、モナに電話をした。モナが、携帯にメッセージを送ったというので、その場でiPhoneを取り出して確認した。その時に、日本の携帯が見当たらないことに気付いた。
もし会社に忘れたとしても取りに戻るのは億劫だった。余計な仕事で捕まると、また帰りが遅くなる。
僕は必死に上着やズボンのポケット、鞄の中まで探した。

「携帯がない、しまった、会社に忘れてきたかも」
「何を探しているの?iPhone?」
「違うよ、日本の携帯だよ」

そこまで言いながら、僕自身はまだ気付いていなかった。
「あなたが今電話しているのは、何の電話?」
と言われハッとした。僕が探していた携帯は、しっかり僕の手の中にあって、自分の耳に押し当てられていた。
「あ!もう解決・・、どうりで見当たらないはずだ」
「ねぇ、大丈夫?気をつけて帰ってね」
大丈夫かと言いながら、モナはゲラゲラ笑っていた。

不幸や災いというものは、いつも突然やってくる。
駅前の交差点には、信号待ちの人が大勢いた。信号が青に変わると、その人たちが塊の状態で横断歩道を渡り出した。僕もその中に紛れ道路を渡った。
道路を渡り切ったところで、右斜め前方の男性が、「あっ!」だったか「おっ!」というような大きな声を上げ、突然人の塊から離脱した。少し前傾姿勢で顔をゆがめているようだったので、あ〜、あの辺りにあったポールにぶつかったか、可哀そうに・・などとその男性に気を取られていたら、次の瞬間自分の股間にも激痛が走った。

「おっ、おおお・・・そっ、そう言えばポールは2本あった・・・」
と思い出しながら、自分も前傾姿勢で人だかりから離脱し、先ほどの男性が一時避難した近くのコンビニ前に行った。
さっきモナに気をつけて帰ってねと言われたのは、まさにこのことだったかと、そんなことが頭をよぎった。

丁度道路を渡り切ったところに、お腹の高さくらいの黄色い鉄のポールが立っている。
人だかりで前方が見えない時に歩いていると、そのポールが不意に現れる。
特によそ見をしていたら、前を歩く人が二手に分かれたのに気付かず激突してしまう。

コンビニの壁に手をついて痛みが鎮まるのを待ちながら、もう1人の被害者男性と、「あれは危ないなぁ」「それにしても、辛いですなぁ・・」などと、同じ被害者同士ちょっとした仲間意識が芽生え、お互いを慰め合う短い会話を交わした。推定50歳前後の、冴えないおじさんだったが、その御仁も僕のことを同様に思ったていたに違いない。
お互い情けないアクシデントであることを、痛感していたはずだった。

そのコンビニで休憩している間、嫌でも目に入るパチンコ屋の看板につられ、平日の昼はどんなもんかとふらふらと吸い込まれるように入った。

結果、よせば良かったと激しく思った。
あんなところにあんなポールが無ければ、僕は今頃安らかな眠りの中で体力の回復を図っていたはずだと、ポールに八つ当たりしたい気分で店を出た。
会社を昼頃に出たのに、既に辺りは暗くなっていた。ただでさえ徹夜明けで疲れていたところへ、精神的なダメージまで背負うことになり、もはや倒れる寸前だった。

そこまで追い込まれて思い付いたのは、「沈んだ気分を転換するには、やはり美味しいラーメンだ」ということだった。
近くのビルの中に入っているラーメン屋で、味噌ラーメンと肉ご飯を食べた。
それは美味しかったけれど、首筋の痛みとひどい頭痛は収まらなかった。
ようやく家に辿り着き、翌日着る服が無かったので真っ先に洗濯機を回した。
回してから、このまま洗濯物を干さずに眠ってしまったら、明日は大変だから気をつけよう、気をつけようと繰り返し思っていたのに、「気をつけよう」を何回か唱えたところで昏睡状態に陥ったらしく、気付いたら朝だった。

災難は、突然やってくる。気をつけよう。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:503.災い
2012年03月19日

502.殺人事件の世界へ

日曜日の今日、我が家のあるビコールは良い天気に恵まれたようだ。
スカイプ越しに、鳥のさえずりがたくさん聞こえてくる。同時に聞こえるのは、ユリが遊ぶiPadから漏れてくる、歌や英単語や何かの効果音だ。

今日は久しぶりにビニールプールを出し、ベルやユリが午後から遊べるようそれに水を入れているそうだ。ビニールプールといっても大変大きく、水がたまるまで4時間くらいかかる。水がたまってからサンライトで水の温度があがるのを待ち、午後の2時〜3時頃からようやく遊べるようだから、たかがビニールプールの準備でも結構一仕事だ。
水遊びが大好きなユリは、準備の段階からとても興奮して楽しみにしている。

僕は昨夜からマンションの部屋で、TVを見たり本を読んだり仕事をしたり、ずっとゴロゴロしている。昨日は一度だけ外出しコーヒーショップに行ったが、たいして面白い事もないので早めに引き上げてきた。
その時に、しばらく外にでなくても済むように、本日のランチ分まで弁当やパンなどの食料を調達してきた。どうも最近、外へ出かけるのが億劫である。

そのコーヒーショップでは、最近いつも同じ男性を見かける。僕がいつ何時行こうが、行けば必ずその男性を見かけるという具合だ。しかし昨日は、その男がいなかった。
1時間ばかりコーヒーショップで本を読んでいたが、その時間内にその男は現れなかった。
居れば居たで気になるが、居なければそれもまた気になる。
彼はどこで何をしているのか、そんなことをついつい考えてしまう。それは気になる理由があるからである。

その男は鼻の下にひげを蓄えた30歳前半の、独身ぽいどこにでもいそうな男である。
いつもオープンカラーシャツにジーンズのジャケットをはおり、下はブルージーンズに黒い革靴というカジュアルな格好をしている。持っている鞄もモスグリーンのジーンズ布地のもので、どう見ても普通のサラリーマンには見えない。少なくともどこかの営業マンではなく、もう少し自由な仕事をしているか、プータローと言われてもおかしくない雰囲気を漂わせている。
彼に特に殺気立ったところがあるわけではないが、少し普通の人とは違うかもしれないと思わせるところがある。
どこがと言われると説明に窮するが、強いてあげれば、一見普通っぽいのにどこかにオタクのような臭いを感じさせるところだろうか。
「オタクであることを隠そうとして隠しきれない人」、と言った方が適切かもしれない。

そこに行けば必ず彼を見かけると言ったが、向こうもこちらがよくコーヒーショップに現れることを不思議と思っているのか、店の中で鉢合わせするとお互いのことをちらちらと見るようになった。
すると時々目が合うが、そうなるとますます気になりだし、頻繁にお互いを見張るように見ている。

・・・というか、僕は実際、既に彼のことを本格的に観察していた。なぜかと言えば、彼が挙動不審だからである。
彼のどこに挙動不審を感じるかと言えば、彼はいつも新聞を広げて読んでいるが、その実読んでいるのではなく、読んでいるふりをしているのが明らかに分かる。彼の視線はいつも、明らかに紙面以外の所へ向けられているのだ。
そう、彼はいつも、店内にいる若い女性を盗み見しているのである。
盗み見や盗み聞きは僕も得意な方だが、最近どちらかと言えば、僕の気はいつもそんな彼に奪われている。

最初は気のせいだと思っていたが、何度か顔を合わせるうちに、彼のターゲットがそのコーヒーショップを訪れる若い女性だということを、僕は確信するようになった。
喫煙コーナーに入ってくる若い女性がいれば、彼は堂々とその女性を目で追いかける。少し綺麗な女性が来たら、彼は新聞を広げながらも8割方の時間はその女性を見ている。
時には広げた新聞を折りたたみテーブルに置いてから、店内をきょろきょろと見渡す振りをしながら、最後はその女性の方向で首の動きが止まる。このように大変分かりやすい。
そして違う女性が入ってくれば、また同じ動作を繰り返し、そのうち彼の好みが店内にいるどの女性なのかが分かってくる。

僕が彼を見かけた当初、彼は僕がそんな彼を観察していることに気付き、僕のことを気にしていたようだが、最近は僕のことなど全くお構いなしに、堂々とお気に入りの女性を観察するようになっていた。
それだけならば良いのだが、少し気になることがあり、彼はいつまでも僕の観察対象から外れない。

彼が店の中でロックオンした女性が誰なのか、彼を見ていれば一目瞭然だと言ったが、そのロックオンされた女性がコーヒーショップを出ると、彼はいつも女性を追うように店を出る。
それが一度だけであれば気のせいで片付けるが、毎度同じ行動を目撃してしまうと、どうしても気のせいにはできなくなってくる。
こちらが長い時間コーヒーショップに居座っていると、一度店を出た彼が、再び店に戻ってくる場合もあり、その時に彼は必ず僕を一瞥してから、いつもと同じ、喫煙コーナーのセンターにあるカウンター席に陣取るのである。そしてまた新しいターゲットになる女性を物色し始める。
このお方、もしかしたら本職のストーカーさんか?などと考えると、ますます僕は彼から目が離せなくなってしまうが、僕にはどうしても、そんな彼が気になるもう一つの理由がある。

実はこのコーヒーショップの入っている駅のエスカレーター付近に、警察の立て看板が立った。それには、最近発生した殺人事件について、情報提供の呼びかけが書かれているのだ。殺人事件は、駅付近の住宅街で発生したと書かれている。被害者は若い女性だ。
最初にそれを見た時には、こんな普通の住宅街でそのような殺人事件が発生したことに驚きを覚えただけだった。
しかしある時、その男の不審な行動を見ながら、まさかあの看板に書かれた内容とこの男が繋がっていることはないだろうなとふと思ってしまったのである。それからというもの、妙にその男が気になって仕方ないのだ。彼が不審な行動をすればするほど、気になってしまう。

単なるストーカーの話しが、一転不穏な空気が漂う話しに一変したが、あくまでもこれは僕の想像の産物で、証拠も根拠も何もない話しである。
これが小説ならば、コーヒーショップから消えた彼を思わぬところで見かけ、僕は探偵さながらに彼を調べ上げた結果や日常の彼の奇怪な様子や行動を詳述し、更に彼を密かにつけ回しストーカーをストーカーする物語を進行させながら、不思議な第3者4者が暗躍する中でとうとう謎が解け、思わぬ結果で事件が解決する様を描く。
いや、僕がこのようなブログ記事を出したことがきっかけで、殺人事件に巻き込まれるという設定も面白いかもしれない。
ただ、残念ながら、これは小説ではない。
しかしながらこれは、自分にしてみれば中々スリルのある想像で、まるでテレビか小説の中だけのような世界を僕はしばらく、あくまでも人間観察の一環として、堪能してみたいと思っている。
髭の彼は、今何処。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:502.殺人事件の世界へ
2012年03月18日

501.早く帰りたい2

フィリピンの我が家の夕食での席のこと。
ユリが食卓についている一人一人を指差して、ダディーロー、ママ、アテベル、マミィと、名前当てゲームのような遊びを突然始めたそうだ。
みんながにこやかに見守る中、ユリの指がジン(モナの弟)に向けられた。
そこで一つ二つ間をおいて、ユリの口から出た言葉は「あんただれ?」だった。
それがみんなの大爆笑を誘い、たわいもない2歳児の言う事ながら、その言葉がジンを落胆させた。

最近ジンは、仕事の関係で週に一度くらいしか家に帰ってこない。普段ユリとほとんどコミュニケーションがないのは確かだが、まさかそこで、ユリの口からそのようなセリフが出てくるなど、誰も予想していなかった。

このようにユリも随分と、分かって話ができるようになっている。もう単語を並べて口にするというレベルではなく、しっかりモナと会話ができるレベルになっている。
会話は勿論ビコール言語が中心だが、彼女は少々の英語と日本語も理解できる。
例えば僕が、「おはよう」や「こんばんは」と言うと、ユリは同じ言葉を返しながら、コクリと頭を下げる。「大丈夫?」と訊くと、彼女は「オーケー」と言って親指を立てる。お礼を言うべき場面では、きちんと「サンキュウー」と言えるようにもなった。

そんな様子を見ていると、今のところ、彼女はなかなか利発に育っているように見える。
しかし、傍若無人な振る舞いも随所に目立つ。
モナが買ったiPad をすいすいと使いこなすまでは良いが、ベルと上手にシェアできない。欲しいものがあるときややりたいことがあれば、ユリは我を通そうとがんばる。
モナも頑張って、餓鬼の本性を少しでも修正しようと叱っているようだが、僕から見れば、モナは少々ユリに舐められているようだ。
我が子に対して心を鬼にしきれないフィリピーナは、一見怒っているようで、まだまだ甘いところが残っている。叱っても言う事をきかないと、モナは「あたま固い」とすぐに諦める。
それを子供は敏感に感じ取っているようで、ユリは結局、モナが怖くないのだろう。

まだフィリピンにいる頃、僕も度々ユリを叱っていた。例えばお尻をひっぱたくとか、手の甲をつねるなどだが、手加減すると全く怯まないユリに、これは手こずる相手だと僕は強く感じた。
そこでユリが危険なことをしようとした時に、僕は棒でユリのももの後ろ側を強めにひっぱたいた。当然ユリは泣いたが、それから僕が叱る度にユリは、僕の顔色をうかがうようになった。そしてそれは今でも変わらない。

モナが居ないところで、ユリとスカイプで対峙している時でも、ユリが悪さをしようとする際に僕がマイクを通して「ダメ!」とか「コラァ!」と言えば、ユリの動作はぴたりと止まる。そして彼女はPCの画面に映る僕をじっと見ている。
意外と子供は、自分が怒られそうなことが何かを分かっているようで、それをしようという時にもPCの画面に映っている僕に見られているかを確かめるために、こちらをじっと見ている。
すると僕も、あ〜、何か後ろめたいことをしようとしているなと、すぐにピンとくる。

スカイプで繋がっているとは言え、こちらは手の届かないところにいるので、そのような時に僕はユリに、「なにするぅ〜?だめだぞぉ〜」と牽制球を投げる。
すると彼女は、何かをしようとしていた動作を止めて、また普通の遊びに戻る。
そんな時僕は、ユリもなかなか分かっているじゃないかと思いながらも、この大切な時期に身近でもっと目を光らせていたいと強く思うのである。

脳の発育に関しては、モナがユリにきちんと栄養を取らせ、ベルのために買った教育教材を遊びながらユリにやらせるなど、モナはその点、面倒くさがらずに実にまめにユリに付き合っている。ユリも楽しいらしく、一人でもそれらをやっている。
おかげでユリは、アルファベットを順番通り全て言えるし、英語の歌を英語で歌い、色や数を理解し、5歳児以上対象の教育教材で正解率が90%を超えるような成果が上がっている。
それらに関しては全く心配していない。むしろやり過ぎではないかと思っているくらいだ。
問題は躾である。

ベルには、ユリが我儘を通そうとしたら怒りなさいと言っているし、ベル本人も怒っていると言うが、歳が離れているのでまだまだベルにはユリに対して遠慮がある。
さすれば同じような年頃の子供をぶつけてみればどうかと思うのだが、同じ年頃では、体が大きく力の強いユリが、いつも相手を腕力でねじ伏せてしまう。
時には相手の子供の危険を感じ、大人が介入しなければならなくなる。手加減をしらないユリが、相手の子供の顔などを遠慮なくかきむしろうとすれば、目などに取り返しのつかない怪我を負わせる可能性もあるので、そうせざるを得なくなってしまうのだ。

子供は最初、何もわからない。自分が痛みを感じ、嫌な思いをし、悲しい気持ちや悔しい気持ちを知ることで、初めて他人のことを考える素地ができる。それが出来なければ、いつまでも傍若無人な本性を、内側に抑え込むことができない。
ユリは、生活の中に大人が決めたルールがあり、それを守らなければ怒られるということはなんとなく知っているようだが、その場の空気からルールを読み取り、それに自ら従うという訓練は全くできていないようだし、そのようなことを知る環境が、今の生活には足りないとも感じる。

そのようなことを知らずに大人になったらどうなるか。
たまに見かける独りよがりの、誰かのブログで面白おかしく紹介されるような、常識知らずで凶暴なフィリピーナになってしまう恐れがあるということだ。
それはそれで面白いという心の広い男性に出会ってくれたら良いかもしれないが、そのような運命の人が許してくれても、世間はなかなか許してくれない。
さらに、最初は面白がって許してくれた最愛の人にも愛想を尽かされたら、それこそ不幸というものだ。
それ以前に、親友の一人もできないひねくれものになったら、人生そのものがねじ曲がる。

少々飛躍しすぎかもしれないが、しかし人間の人格形成において、2歳から3歳というのは大変重要な時期だと僕は思っている。今でも時々ユリを見ていて、「既に手遅れか?」と心配になることさえある。そしてユリには、もっと日本語を教えたいと思っている。
この時期に父親としての責任を放棄したことで彼女がねじ曲がってしまえば、一生の後悔ものだ。
すると一刻も早く傍にいてやりたいと焦るのだが、これがなかなかうまくいかない。

本日モナに、「フィリピンに帰るのは、4月の中になるんだって?」と言われた。
それをSさんの奥さんに聞いたらしい。
その問いに僕が明確に返事をしなかったら、「3月エンドに帰れないんだ・・」と、不満そうにつぶやかれた。
このような時に僕が返事をしないのは、それが変更になった際、約束を守らないとうるさく言われるからである。
これまで散々そうだったから、僕はできるだけモナに予定や予測を言わない。予定や予測がいつの間にか約束になってしまうなら、下手に言えないということになる。
本当は最後の仕事の納期が5月の終わり頃で、フィリピンにはそれが終わってから帰って欲しいと周りは思っているが、それを絶対に言わないという約束で追加の仕事を引き受けた経緯がある。つまり4月の中旬でも、今のところ大きく妥協してもらった日程だ。

しかもこの日程は、ずるずると後ろへはずらせない。その後には、ゴールデンウィークというビッグイベントが控えている。そこに差し掛かるような事態になれば、チケットが取りづらくなる。もしチケットが取れず帰るのがゴールデンウィーク中や明けになれば、ついでに5月の終わりまでいてくれないかという話しになりかねない。
それだけは阻止しなければならないと思っているので、4月の中はかなり確定的な日程だと思っている。

こうして家族と離れて暮らすのも、もはや限界だろう。子供にとっても良くない。ユリの躾やベルとのコミュニケーションの問題がある。
そして今は、子供の教育を含む生活面での雑事全てを、モナに押し付ける形になっている。
それを支えてくれるダディーやママがいなければ、モナの気持ちはとっくに萎えていただろう。

しかし大勢の家族を抱え、ベルを塾へ通わせ、時々マニラへ遊びにでかけ、iPadなどの欲しいものが買え、がんばれば車も購入可能な生活ができるのは、僕が海外をベースとした仕事をしているからで、もし僕が地元に溶け込んで仕事をした場合、何をしたとしても今の生活レベルを維持できる自信は全くない。
そのあたりでのバランスをどう取るか、フィリピンに帰ったらそこをもう少し良く考えてみる必要がありそうだ。
そろそろ新しい方向性を、具体的に模索する時期に来ているようだ。


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