フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年03月17日

500.通勤

朝のコーヒーを飲んだ後、やはりそれは、すぐにきた。
こちらはそんなことは、12時間も前からとっくにお見通しだった。

前日何を食べようかと悩み、上層階に飲食街のあるビルにふらりと入った。その中の初めての中華料理店に入ってみた。
普段の食事はラーメンが多いから、たまには変わったものを食べようと悩んだ末のことだったのに、口からでたオーダーは「四川風タンタン麺ください」だった。
言った後に自分でも、「あれ?」というか「あら?」という感じだった。

餃子とライスも一緒に頼んだら、ものの5分で真っ赤なスープのラーメンが、ライスと一緒に目の前に届いた。そして餃子は5分遅れてやってきた。
目の前のラーメンは、細かく刻まれた玉ネギがスープに隙間なく浮かび、炒めた野菜やコクのありそうな味付け挽肉が麺の上に乗って、とても美味しそうだった。
まずはスープを一口味わってみると、さすがに四川風というだけあって辛かった。最初はただそれだけだったが、食べ進んでいくうちに、舌にヒリヒリと痛みを感じだした。
「これだけ辛いと、明日のモーニングコーヒーの後はもうお祭りだなぁ」などと思いながら食した。よせばいいのにスープも全て飲みほした。若干僕の苦手なハッカクの香りがしたが、それでもまあまあいけた。食べ終わった時には、玉の汗が顔や首をつたっていた。

それほど辛いスープを全て飲みほしたわけだから、予定通り翌朝にお祭りがやってきて、その後は「門」の付近が少々ひりひりした。
辛み成分は、きちんと消化されないのだろうか。
そうであれば、それが粘膜質の消化器系を通り外に出るのだから、最後の砦となる「外界との門」に痛みを感じるのは分かるような気もした。
辛い物を食べた後はよくある話だったから、これまでそうなることが当たり前のことだと思っていたが、よくよく考えれば辛み成分の問題でしかないだろうという気がした。

トイレの紙が相変わらず切れたままだったので、「トイレには神より紙を・・」とつぶやきながら、スコッティーのカシミヤティッシュで拭いた後シャワーで洗い流した。
そんな高級ティッシュをトイレで使用するのはもったいないと思いながらも、少々痛みを感じる「門」に、そのソフトな感触が心地よくて丁度良かった。

そんなお祭り騒ぎのせいで、部屋を出るのが若干遅くなった。
駅の前に到着した頃、いつも乗る電車が丁度駅のホームに到着したのが見えた。腕時計を見たら、発車時間の6分前だ。
その電車はその駅で急行の通過待ちをするため、少しの間だけ停車する。
「6分も待っていたか?」と思いながら改札をくぐった時に、駅の時計が目に入り、それによると発車1分前だった。慌てて階段を下り、電車に飛び乗った直後、僕の背中でプシューっと音を立てて扉が閉まった。
はぁはぁしている息を整えながら腕時計を見ると、発車時間までまだ数分を残していた。いつぞや安くて時間の狂わない愛用時計だと、ブログ記事の中で自慢した自動巻きの奴である。それほど遅れるのは珍しい。

動く電車の中で、時計の長針を4分進めた。そろそろメンテナンスの時期だろうか。
買ってから10年近く経つが、自動巻き時計には必須だと言われる分解掃除を一度もしていないことに思いが至った。しかし突然時間が狂い出すのも合点がいかない。
「メンテナンスを怠ったせいか、それとも最近歩く時に腕の振りが足りないのか、そもそも疲労で動作が緩慢になっている可能性もあるな」
などと、時計が遅れた理由を分析していたら、間もなくバスに乗り換える隣駅に到着した。
発車してから、ものの2分で到着する距離である。

到着駅の売店でたばこを買い、下りのエスカレーターで駅前ロータリーに向かった。
その時間は上りのエスカレーターを利用する人の方が、下りよりはるかに多い。反対側エスカレーターでは若い女性も大勢昇ってくるが、花粉症対策なのか、ほとんどがマスクをしている。若いというだけでみんな綺麗に見えるが、その実、マスクの下は一体どのようになっているか、隠れた部分への探求心が刺激され乏しい想像力をフル回転させながら、すれ違う女性の上半分の顔を次々と盗み見などしていたら、素行の悪さに罰が下ったのか、突然「門」の辺りに違和感を覚え、自然とそこにキュッと力が入った。いや、もしかしたら「神より紙を・・」と、神をないがしろにした報いだったのかもしれなかった。
しかし察するに、いつもは一度トイレにいけば普通の状態に復帰するのだから、さすがに昨夜の四川風は効き目が抜群だったということだろう。
少々やばいという危機感はあったけれど、その時点ではまだ途方に暮れるほどの緊急事態ではなく、お腹が痛いということでもなかったので、そのままバスに乗り込んだ。
おかげでバスの振動が体に伝わる度に、「門」にキュッと力が入れなければならなかった。気を抜けないということはリラックスできないということであり、今朝のバスは極めて居心地が悪かった。

毎日同じバスを利用すると、当然同じ顔ぶれが多い。独り言を言う青年、変に落ち付きの無い若いサラリーマン、いつも僕と同じ停留所で降りる若い超肥満体質の女性、そして謎のマスク女と、話しをしたことはないけれど、顔だけは知っているというのが半分以上を占めている。
謎のマスク女とは、30歳をやや超えたくらいの小柄な女性で、いつもマスクをつけてバスに乗り込んでくる。
マスクの上から半分の顔は、どうみても知的で美しい顔立ちをしている。きりりとした逆ハの字型気味の眉毛にぱっちりとした目は、タダものではないと思われた。それだけではなく、バスのシートに座った際は背筋がピンと伸びて姿勢が良く、手をももの上できちんと揃え、静かに窓の外を見ている。そんな姿がいつも印象的だった。
左手の薬指には結婚指輪らしきものが光っているので、おそらく既婚者だ。フィリピンに帰る前に、是非マスクのないお顔を拝見したいと願っているが、全く隙を見せない様子から、その願いはきっと叶わないだろうと今から諦めている。

そのバスの終点はある大学病院なので、僕はその女性が、その病院の看護婦ではないかと想像している。そうであれば、病気になるのも悪くないなどと不謹慎なことを考えなくもなかったが、僕の興味は単純に、その女性は絶世の美女だという自分の勘が果たして当たっているのかそうでないのかにあり、どうしてもお顔を拝見したいというのは、それを是非確認したいという一種の実験感覚上のお遊びである。
よく、この後ろ美人は前から見ても美人だろうとか、きっと違うだろうということを日々本能的に確認したくなってしまう男の心理や行動があるが、あれは自分の直感が当たっているのかどうかを確認することで、無意識に自分のバイオリズムを測っておきたいということであって、謎のマスク女の正体を見たいというのも、まあ、それと同種のようなものだと自分で勝手に決め付けている。

しかし今朝だけは、バスの中にいる人様のことなど、気にしている場合ではなかった。
常にバスの進行方向を見据え、現在位置の確認、目的地までの時間の推測、そして「門」に迫っている事態の進行具合を全て勘案しながら、自分がそこそこ人の乗っている朝の通勤バスの中で、大事件の中心人物になってしまうパーセンテージを、僕はひたすら計算していた。
ルパン三世は、ピンチの時にこそ心の余裕を忘れず冗談を言いながら危機を回避していたし、ウルトラマンもカラータイマーが鳴りだしてから本領を発揮した。だったら自分だって、同じ事ができないはずはないと、自分で自分を励ますことを忘れなかったせいか、通勤バスの中で悲惨な大事件を起こさずに済んだが、停留所からオフィスまでの5分の道のりは、少し歩き方が変だったと思われる。それは一時も気を抜けないからで、常にあそこに力を込めながら歩くというのはそういうものだ。

少しくらいパンツが汚れることなど、実際には大したことではないような気もするが、それは実害がどうだという問題ではなく、自尊心の問題だということに気付いた。もしパンツを汚すようなことがあれば、おそらくそんな自分を自分が許せなかったであろう。
だから僕は、カラータイマーが点滅を終えて消灯してからでさえ頑張った。そしてオフィスに入るなり、朝の挨拶もそこそこに、まっすぐ個室に駆け込んだ。

個室はいきなり楽園と化した。ふぅ〜っと安堵の一息をついた時には、そこは少々臭っていても、僕にとって十分楽園だった。
マンションの部屋を出てからほぼ40分、僕にとっての長い旅が、ようやく無事に終了したという気分だった。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:500.通勤
2012年03月15日

449.早く帰りたい


フィリピンとスカイプを繋げ、TVではサッカーの試合を流しながら、僕は白熱するサッカーを観戦せず、肝心のモナとの会話さえせずにグゥーグゥーと居眠りをしていた。
いつの間にか眠ってしまった僕は、けたたましい携帯の警告音で目を覚ました。
ハッと気付いたら、マンションの部屋がガタガタと音をたてて振動している。地震だった。ゆったりとした大揺れではなく、かたかたと小刻みに震えるような揺れだったのでそれほど大きな恐怖はなかったが、それでもやや長い不気味な地震だった。

そのせいで、いきなり頭が覚醒した。
「おっ、あっ、地震だよ!やばい!結構大きいかも」
スカイプ越しにモナに地震の実況中継をすると、モナも息を殺してこちらの様子をうかがっていた。そしてようやく揺れが収まった。

「いつの間にか寝てしまったよ」
「そうねぇ、いびきかいてたよ」

揺れが収まった途端に、のんびりとした会話に戻った。
僕はぐっすり眠っていたようだったが、眠った僕をモナはスカイプ越しに観察していたようで、目覚めた時にも彼女はしっかり画面の正面に座ってこちらを見ていた。

「さっきの音はなに?」
「これから大きな地震が来るという携帯のワ―ニングだよ。それが鳴ったら机やテーブルの下に隠れなきゃいけないんだ」(分かりやすいよう大げさに説明している・・)
「それ、すごいなぁ」
「地震が来る前に警報が鳴るシステムなんて、日本しかないんじゃないかなぁ」

地震大国ならではの素晴らしいシステムだと思う。
ただし、電車の中やデパートの中など人の多く集まる場所では、各人の持つ携帯が「ウィ―、ウィ―、ウィ―」と一斉に妙な音で唸り始めるので、不気味で滑稽だ。
電車に乗っている時など、車内で一斉にその音が鳴り響き、緊急事態という雰囲気は否が応でも高まるが、結局警報により静まり返った車内では何もできず、ただただ吊革につかまったりしているだけとなる。なりを潜め様子をうかがう中、警報だけが虚しく鳴り響く。
部屋の中でさえあの警報が鳴り出してできることと言えば、心の準備だけとなる。
しかし心の準備が生死の分かれ目に繋がることも十分あり得るのだから、やはりこの警報の意味は大きい。

首都直下型大地震の話題が尽きないこの頃、地震に関しては、日本にいることに恐怖を感じている。地震そのものも怖いが、僕がそれ以上に怖いと感じるのは、もう少し違うところにある。
家族と日本とフィリピンで離れ離れになっている中、僕が大震災に遭い連絡が取れない状況にでもなれば、フィリピンの家族に与える心労は計り知れない。想像しただけで忍び難いことだ。そのような状況になることを、僕は一番心配している。
昨日6時頃の東北北部、北海道に渡る地震については、フィリピンでも報道があったそうだ。ニュースでそれを知ったダディーはモナに、僕にすぐ連絡を取るよう言った。
肝心の日本にいる僕はその地震については全く知らず、モナの話しに「そうなの?」と驚いた。
このように、情報はすぐに世界中を駆け巡る。その中で、仮に僕がピンピンしていても、通信事情で連絡が取れないという事態になっただけで、おそらくフィリピンの家族は大騒ぎになるだろう。
飛行機で約4時間のそれほど遠くないと思える距離が、緊急時には恨めしいほどの壁となる。それを考えれば、せめてお互い、人力の努力だけで辿り着ける距離に常にいたいと、最近ますます思ったりする。

これはフィリピンで災害が発生した場合でも同じことだ。日本のすぐ近くまで伸び、日本の地震の原因にもなり得るフィリピン海プレートは名前の通りフィリピンと繋がっている。日本はプレートの境界が集中しているから地震が多いのであって、それが即フィリピンも危ないという話にはならないが、フィリピンにもぼちぼちと地震は発生する。それ以外に台風被害は日常茶飯事だ。

地震や台風とは事情が違うが、我が家の位置する地方全体に、最近訳の分からない停電が広がっている。地方の電力供給会社は中央の会社から電気を買って各家庭に配電しているが、その地方会社が中央の会社に電力料金を払わない、借金の返済もできないとなったため、中央の送電会社より電気を止められたことが今の停電の原因という噂が立っている。
真偽のほどは分からないが、ラジオではそのような説明がされたらしい。
もちろん電気利用者からは電気料金はきちんと集金しているが、会社上層部のお金の使い方に問題があるという噂も別のところで聞いた。
その話しは昨年から取り立たされていたが、日本人の感覚では信じ難い理由で、もし日本でそのようなことが起これば真っ先に行政が乗り出す事態である。
本当にそのような理由で電気が止まったとすれば、今後も送電が極めて不安定になることが予想され、僕が真っ先に気になったのは冷蔵庫であった。
電気が止まれば冷蔵庫が使用不可能になり、それが食中毒などに繋がらなければ良いと思ったのである。
他にも心配ごとはある。寝ている間に扇風機を回せなくなるので、蚊が寄ってくる。蚊はデンゲなどを運ぶ種類もあり、フィリピンではデンゲで死亡するケースも珍しくない。扇風機は蚊よけに結構効果があるのである。よって子供の蚊よけに、扇風機は重要な役割を果たす。食中毒もデンゲも、特に子供に対する心配事である。

昨日午前中、すぐに発電機を買うようモナに言ったら、一週間は電気が止まるとの予想に反し、突然昼から電気が復活した。それで発電機の購入は僕がフィリピンに帰ってからでも良いとなったが、あまりに電力供給が不安定になるようだったら、やはりすぐ買ってくれとお願いしている。
電気がなくなれば、インターネットができないことは当たりまえだが、携帯の充電もままならなくなるため、日本にいる自分との連絡に大きな支障をきたすことになる。
家族の様子を把握できなくなってしまえば、落ち付いて日本で仕事をしている場合ではなくなる。

天災だけでなく、フィリピンではこのような人災も現実に身近にある。
それゆえに僕はフィリピン社会をリスクの大きな社会だと言うわけだが、たまに日本から遊びにくるだけでは、そのようなリスクを実感を伴って感じることができない。かつての僕がそうだった。
病気、水、食べ物、電気、強盗、恐喝、ドラッグ、乗り物の整備不良、理不尽な行政・・・。
リスクは石を投げれば当たるほど多くあるフィリピンである。救いは陽気で優しいフィリピン人の人柄で、それがなければそのような国には住みたいなどと思わないかもしれない。
楽園のような雰囲気をもつフィリピンだが、決して楽園ではないフィリピンである。

いずれにしても地震のリスクが高まる日本と、もともとリスク満載のフィリピン。その両国に離れ離れで暮らす現状は、好ましい状態とは言い難い。
昨日の地震のせいで、周囲の人たちからは、できるだけ早くフィリピンに帰った方がよいかもしれないなどと言われている。それは僕自身が一番望んでいることだ。
しかし具体的な仕事の話しになれば、掌を返したように逆のことを言われるから、そのような日本人の感性には一瞬疑問を持ってしまうが、そういう僕も日本人で、その部分を少なからず自分も理解してしまうのが悲しい。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:449.早く帰りたい
2012年03月12日

448.安い娯楽

モナに、サーモンの調理方法を尋ねられた。最近2人の間には、料理の話しが多い。
なぜ料理の話しになるかというと、先日マニラに行ったモナが、いろいろな食材を購入しタバコシティーの自宅へ持ち帰ったからだ。
そこで昨日はアスパラベーコンの話で、今日はサーモンという具合だ。

僕はそれを、ソテーにしてはどうかと勧めた。調理が簡単で、そこそこ美味しい。
白ワイン(テーブルスプーン2)と塩・コショウ少々をまぜたものにサーモンの切り身を10分つけ、その後サーモンの水気をキッチンペーパーで十分とってから塩・コショウをし小麦粉を薄くまぶす。そして両面をフライパンにオイルを入れて焼き、両面に少々焦げ目がついたら仕上げとしてバターひとかけと白ワイン(テーブルスプーン3)をフライパンに加え、蓋をして数分蒸し焼きしてサーモンに完全に火を通す。それで出来上がり。
塩・コショウを控え目にし、後でタルタルソースを添えてもよいし、面倒ならマヨネーズをつけて食べる。
こんな調子で調理方法をスカイプで伝え、モナがメモを取る。

アスパラベーコンも、このような感じで伝えた。
ついでにモナはオリジナル料理も作り、それらをフェイスブックに写真掲載している。
それを見ると、実際に出来上がったアスパラベーコンは、僕が伝えたものと少々違っていた。
モナオリジナル料理は、野菜炒め 豆腐とシイタケ添えと名付けたらしい。
見た目は美味しそうだ。いや、家族の評判は、まるでレストランの料理だとすこぶるよいらしい。
我が家の家族は美味しいものが食卓に登場すると、必ず「レストランみたい」という形容で美味しいことを表現する。

作るものが次々とヒットするので、モナが料理に自信を持ち始めた。
レストランをやりたいという話しが再燃しているし、もしレストランをオープンしたら、バス一杯の客がかけつけるだろうなどという話しで、家族で盛り上がっているらしい。
それほどレストランが繁盛するかどうかは別として、そのような短絡的な発想に至りやすいことはフィリピン人の特徴である。黙って聞いていれば今レストランをオープンしないと大損だとまで言われそうだった。

確かにタバコシティーには、美味しいものを食べさせてくれるレストランが少ない。
それでもレストランをオープンするには、場所、メニュー、ターゲットにする客層、料理の価格について計画を作り、そして何よりも開店資金の問題がある。
実際には、家族もそんなことを全て忘れて話しているわけではない。しっかりと頭の隅にある。これは単に、夢を語り合い盛り上がることで、幸せな気分になっているのである。つまりそれは、フィリピン人の安上がりな娯楽なのだ。非日常的な話しをあたかも現実のことのように話すことは、刺激的で楽しい。
フィリピン人の短絡的発想や思考は、実はこの類も多いと思われる。

もしそこで、「そこまで言うなら金を出すからやってみれば」などと言おうものなら、明日から場所の下見だとか、内装をどうするかで、上や下への大騒ぎになって大いに盛り上がるだろう。それが目に見えるように想像できてしまう。
フィリピン人は、夢の実現には大変アグレッシブである。一番の壁はお金で、そこが何とかなると分かれば動きは早い。それだけに、間違ってもそのようなことを思い付きだけで話してはならない。安いはずの娯楽が、一気に大金を要することになり、しかも下手をすればその大金を捨てるはめになる。
本当にお金をかけるなら、よくよく計画の段階から出資者が関わっておかないといけない。

そんな会話をした後に、モナは昼食だと言ってスカイプを切った。
僕は布団の上に横になり本を読んでいたが、いつの間にか居眠りをし、目覚めたら午後の3時を少し過ぎていた。
朝から何も食べておらずさすがにお腹が空いてきたが、外に出るのが億劫になり、部屋にあったカレーヌードルに沸かしたお湯を入れた。
カレーヌードルは久しぶりに食べる。10年ぶりくらいだろうか。初めてそれを食べた小学3年生の頃は、怖いもの見たさで食べたカレーヌードルが予想に反して美味しかったので、大変感動した。そんなことを思い出しながら食べた。

その後昼風呂で読書の続きをし、少しのぼせ気味になったので、久しぶりに部屋の窓を全開にした。
汗が止まない体に冷風が気持ちよく、まるで露天風呂にいるような気分になった。
喉が渇いたので、冷蔵庫からミカンを取り出し食べた。よく冷えて甘くて、適度に喉の渇きが癒され美味しかった。
絵に描いたような、のんびりした休日のひと時である。

時計を見たら、夕方5時半だった。何もしないまま、一日が終わろうとしている。
一日部屋に居れば、お金も使わない。「何も足さない、何も引かない」というウィスキーのコピーがふと頭に浮かんだ。今日はまさにそのような休日だ。

丁度たばこが切れたので、夕食がてら、後でふらふらと外へ散歩にでかけよう。
今日は外が暖かいせいか、最強にしているエアコンで部屋の中が暑いくらいになっている。夜風で体と頭を冷やしたい気分だ。散歩の先はコーヒーショップにし、また人間観察でもしてみよう。
実はそれが僕の、安上がりで趣味の悪い娯楽となっている。


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カテゴリー:フィリピン生活
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