フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年03月11日

447.愛のかたち

金曜は夜中の2時まで仕事をしていたにも関わらず、土曜は寒さのせいで6時前に目覚めた。
今いる部屋は鉄筋コンクリート造りでありながら、暖房効率が大変悪く、外が寒くなると途端に部屋の中の暖房が効かなくなる。
起きて早速TVをつけたら若いキャスターが、再び真冬並みの寒さがやってくると騒いでいた。みぞれ混じりの雨となると言っている。どうりで部屋が暖まらないわけだ。
窓を開けて外の様子を確認したら、確かに数週間前と同じ肌に突き刺ささるような冷気が部屋の中へ流れ込んできた。どんよりとした重苦しい灰色の空が上空に広がっている。まだ明るくなり切っていない空間に侘しく降る小雨が、僕の眼には一層の寒さを強調しているように映った。

先週は少し寒さが緩み喜んでいたのもつかの間、先週の半ばくらいから始まった目の痒みが、すっかり忘れていた花粉症を思い出させてくれ憂鬱になっていた。
寒いのは嫌いだが、暖かくなっても花粉という大敵がやってくるこの時期、日本にいるのは苦難の連続で得策ではないが、思えば昨年もこの時期に日本にいたのである。
来年はこの時期こそ是非フィリピンで過ごしたいと思っているが、今から計画を練っておかないと、自分の出張は仕事量と収益に左右され、気付けば来年もめでたく日本でお花見をすることになる。

金曜は仕事の進捗の関係で、少し嫌なことがあった。
普段懇意にし、今現在も仕事をお願いしている外注さんと今後の見通しについて話をした際、納期が迫っているにも関わらず出来上がった回路が一発で動くことはまずないだろうと平気で言うのである。
それはそのようなこともあるだろうが、なぜ納期に対して厳しくなったかと言えば、そもそも自分たちが回路図を完成させるのに予定以上の時間がかかったからであり、しかも回路図を完成させるために不可抗力的な困難があったとは思えず、そうすれば当然実機での検討期間が短くなるのは自明の理である。
となれば、せめてキャッチアップする意気込みを見せてもらわなければならないが、実機が簡単に動くわけないじゃないかという言葉に、そんなことも分からないのかといったような響きを感じたので、僕は少しムッとし、御託を並べずいつなら動くかだけを明確にしてくれと言った。このように、少し後味の悪いやり取りとなった。

僕はフィリピーナと関わるようになってから、常に自己責任ということを意識するようになった。
付き合うフィリピーナの問題がいつの間にか自分の問題になり、気が付けば生活設計が狂うほどにもなるが、しかしそれは、自分が恨みつらみを持つ筋合いのことではない。
付き合っていれば楽しいこともたくさんあり、それらも併せ考え自らの意志と判断の積み重ねでそこに至っているのだから、それを棚に上げて問題が深刻化した時にだけ相手が全て悪いというのは、あまりにも往生際が悪いというものである。よって、何があっても自己責任の範疇であろうと思っている。

その外注にしても決して安くない見積もり金額を提示し、こちらはそれを承諾して仕事をお願いしているのだから、自己責任の範疇では往生際の悪いことを言わず、寡黙に取り組んで欲しいと切に願う気持ちを持っている。
その外注さんは個人的な付き合いも長く、いろいろあるが、結局はしっかり責任を果たしてくれるだろうと信じているので、しばらく様子を見守ることになる。

3月後半は、その件も併せていくつかの案件が佳境に入る。
金曜はお客さんに、3月エンドの予想される状況について話をしたが、相当きつい毎日になるので是非協力して欲しいとお願いをした。
お客さんの設計したメカ部の不具合が修正されなければ、それを駆動する側のこちらの努力が無駄になってしまうからである。
ターゲットスケジュールを何とかキープしたいのは双方共通の願いなので、そのようなお願いとなった。
もし回路部分の問題で検討や修正が停滞したら、自分も中味の部分で参入するつもりでいる。僕にもこのように、自らの責任を果たす義務があり覚悟もある。
ビジネスの世界では、常に責任を果たす姿勢が大切であり、それが信用というものに繋がることは当たり前だ。

しかしこれは、恋人や夫婦間の話しでも同じことになる。
相手の信用、信頼、そしてそれをベースとした深い真の愛を捧げてもらうためには、自分の側でも常に自分の責任を意識した言動を心掛けることが大切であるし、そうする姿が、相手に対するこちらの真の愛を反映したものということになるだろう。
もちろんその責任の範囲は、友達、恋人(浅い恋人、深い恋人)、夫婦など、その関係によって違う。そして相手の言う事を、何でもハイハイと叶えてあげることが、責任を果たすことではない。

この「責任」と「愛」には、僕は密接な関係があると感じている。
僕はモナと結婚してから、「愛」についてよく考えるようになった。
頻繁にアイラブユーと言われ、同じ言葉を返すことを強要される。最初は口にするのも恥ずかしさを伴っていたが、次第に慣らされ自分も挨拶代わりに使えるうようになった。そしてそのうち、この「愛している」という言葉に麻痺するようになる。
しかし当然モナは、言葉だけではない「愛」を僕に求める。愛をくれと言われるわけではないが、言葉の節々にそれを感じる。するとこちらは愛しているつもりでも、彼女が自分に求める愛とは一体何だと時々考えるようになる。

彼女が求める愛とは、自己犠牲か、いつも一緒にいてあげることか、いつも会いたいと思う気持ちか、いつも優しくすることか、彼女への思いやりか、暴言を吐かないことか、生活苦を味あわせないことか、欲しい物を買ってあげることか・・・。
考えるときりがなく、その一つ一つが正しくもあり、間違いでもあるように思える。
結局は定義ではなく、自然と湧きあがる気持ちをベースとした言動一つ一つに表れるものだからだろう。

かなり前の記事で、愛についてある小説から次のように引用したことがある。
「愛情というものは、どんなに辛くとも、ひもじがったり、乞うたりするものではない、辛ければそれに耐え、ひもじければそれを克己(おのれにかつこと・意思の力で、自分の衝動・欲望・感情をおさえること)することだ。それが出来ないようなものは、愛と名付けられるものではなく、安易な激情に過ぎない」

日本人とフィリピーナの間では、ここでいう安易な激情から、それが可哀そうな結果を生んでいるのをよく目にする。(激情があればまだましで、もっと低俗が欲求から相手を騙しもてあそぶのは論外であるが・・)
すると確かに安易な激情というものが、真の愛と呼べないかもしれないというのは僕も同感だ。

僕のモナや家族に対する愛の形は、一つは家族の生活に対して責任を果たすことで示しているつもりである。
常に家族が普通の生活(最低限の衣食住)ができるよう、考えてがんばることである。次にくるのは子供の教育であり、そして生き甲斐を与えることである。
人間は生きている限り楽しみも必要で、時々それを与えてあげることも必要だ。
それらを含めた生活を維持するのが自分の責任であり、それが義務感からくるものではなく、そうしたいという自分の欲求そのものが、おそらく自分の家族に対する愛だと思っている。

ビジネスの世界では、お客さんに対する責任の果たし方というものが単調ではない。希望通りの納期で、お客さんの要求仕様を満たすことは勿論だが、技術の世界では不測の事態も起こりやすい。また仕様のやり取り段階で、出来ないことを出来ますと言うのは無責任で、時にはお客に対し、厳しいこともきちんと伝えなければならない。
やり始めた仕事が停滞すれば、正直に状況報告をすることも、こちらの責任の範疇である。
責任を果たすということは、100%相手の欲求や要求を満たすことにはならない。
これは私生活でも同じで、後々生活に支障をきたすことがあれば、愛する家族の欲求でもはねつける必要がある。そのことでもし愛が足りないと言われたら、それは聞き流すしかない。

しかし、要求を聞き入れるのは簡単だが、それをコントロールすることは意外に難しい。
単に恋人の要求であれば、相手の欲しい物を買ってあげるか、相手の家族の問題を助けてあげるかなどで悩むだけとなるが、いざフィリピンに入れば、実際はどうであれ、周囲からお金持ちの日本人という目で見られる。またそう見られることに、ちょっとした快感を得ることもある。
そのような要素が入ってくると、自分や相手、そしてその家族のそれに関する心理が複雑に絡み、様々な欲求に対する判断に、迷いや間違いが生じることもある。
その部分が多くを占めだすと、生活の歯車が狂い出すことがあるから、そこをよく考えておく必要がある。
このように責任を果たすということは、私生活でさえビジネスの世界と同様、高度な思慮と、時に要求をはねつける勇気が必要となる。

家族に対する愛について限定すれば、大方は生活に対して責任を果たすということで説明できてしまうが、しかしパートナーに対しては、そのような単純な話しでは済まなくなる。
例えば、生活費を十分稼いで、贅沢をさせてあげているのだからそれでいいじゃないかと言った時に、本当の愛を求めている相手に通用するかと言えば、それは無理である。
前述した内容と少し矛盾する話しのように聞こえるかもしれないが、矛盾するものではない。
生活に対する責任を果たすのはあくまでも基本であり、それだけでは相手が幸せにはなれないのである。
むしろ少々貧乏でも、相手の気持ちを汲んだ言動に終始する人の方が、相手に対して幸せ感を与えることができる。
その意味では、普段の夫婦の会話を大切にする、気持ちを形にする、問題を一緒に考えるなど、有形無形の普段の関わり方が大切となる。それについてはお金が無くても実践できることが多いし、そこについては日本人より、フィリピン人男性の方が上手にやれていると感じる。
よってフィリピーナは、生活面では日本人、メンタル面ではフィリピーノがよいなどと、都合のよい願望を深層心理で持っていたりする。

自分の気持ちをストレートに表現するフィリピーナと結婚し、自分は実感としてそれがよく分かるようになった。
常に無制限とも思える愛を要求され、自分がそれに十分応えられているかについて全く自信はないが、愛について鈍感な自分にも、とにかくそれが大切だということが分かっているつもりになっている。
これからまだまだ長い付き合いの中で、モナに対してそのモチベーションを維持するのは大変だろうし、それについても自信はないけれど、我が家のママを見ていても、フィリピーナはいくつになっても相手にそれを求める。おそらくモナも同じだろう。

何事もパーフェクトに物事を進めるのは難しいし無理だ。
その無理なことに頑張り、経済面でもメンタル面でも相手をケアしなければならないフィリピーナをパートナーに持つ日本人は大変である。
大変ではあるけれど、自分が幸せになるためにはやはり努力が必要だろう。
相手に見限られ、普段は鬱陶しいと思うこともある愛をいざ貰えなくなれば、その時には自分も不幸になることが分かり切っている。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:447.愛のかたち
2012年03月08日

446.電話に出ろ

我が家のあのお方は、とにかく電話に出ない。家にいると分かっている時には良い。どうせ2階に電話を置いて下の階にいるのだろうからそれでもよいのだが、あのお方が夜の街を出歩いている時など、ふと連絡が途絶えているなと気が付くと、心配になることがある。
そんな時に電話をしてみるが、相変わらず呼び出し音だけが延々と聞こえるだけとなる。
そのうち着信に気付いたあのお方からコールバックがあっても、その時はこちらが会議やお客さんと一緒に仕事をしていたりするので、電話に出られないことが多い。
しかし、コールバックがあったということは、少なくとも生きているということだろうから、まあ大丈夫だろうと思っている。

それでも僕は以前あのお方に勇気をふるって、なぜ電話に出ないかということに、携帯電話の意味がないだろうということを付け加えてきつく文句を言ったことがある。
あのお方が言う電話に出ない理由は、鞄に電話を入れていると着信に気付かないということだった。
・・・が、僕に言わせたら緊急連絡の取れない携帯に、何の意味があるのかということであり、その言い分は全く納得できず、こちらの希望は鞄に入れても気付くように工夫して欲しいというものである。
たまには着信に気付かないこともあるだろう、しかし最初から気付かないと分かってそうしているのは、何かがおかしい。
基本はリアルタイムに繋がってこその携帯である。最初から着信に気付かない状態にしておいて、着信に気付かないから仕方ないと堂々と言い訳をするのは、どこか間違っているとしか思えないのである。

さて、先日あのお方がマニラへ行った。初日は御所望のiPadなどを買いご機嫌でこちらの仕事中にメッセージを入れてきた。その後映画を見たとか、マニラに住む従妹(かつてジャマイカの家に住んで学生をしていた若い女性)と食事をしたなどと、こまめに連絡をくれていた。

そして翌日、目的の野菜や日本食材の店から調味料、他を買い込んで、その後ビコールSさんの奥さんと合流、その日はSさんのアラバンのご自宅へとお世話になることになっていた。
途中電話が繋がり、Sさんの奥さんと合流したこと、Sさん奥さんと一緒に従妹のアパートに荷物を取りに来たこと、それからアラバンのご自宅へと向かうことなどを聞いた。
Sさんの奥さんともしばらく話をし、お世話になりますとお礼を述べたりした。

一度アラバンの家に荷物を置かせてもらい、そして夕食はアラバンのどこかで、2人で食事をするから出かけるということで、Sさんの家に戻ったらまたメッセージを送るなどとあのお方が話していた。
こちらも自宅で仕事をしていたので、それに夢中になっている時には気付かなかったが、ふと時計を見たら日本時間で夜の12時を過ぎていた。
そういえばまだ連絡が無いことに気付き、Sさんの奥さんと一緒ならば問題ないだろうと思いつつも、一度こちらからあのお方の携帯に電話を入れてみた。

しかし案の定と言うべきか予想通りと言うべきか、やはりあのお方は電話に出ない。
こちらは心配して電話をしているのだから少々ムッとしながらも、まあ大きな心配はないだろうと寝ることにした。
最近疲れ気味の僕は妙に寝付きが良くて、どうやらすぐに寝てしまったようだった。

ふと何かの物音で目を覚ますと、僕の携帯が鳴っていた。時計を見たら夜中の1時半を過ぎていた。ボーっとした頭がようやく冴えてきたころ、その呼び出し音がぴたりと止まった。
着信履歴を見ると見慣れないナンバーだったが、その前に二度ほど、あのお方のナンバーで着信があったことに気付いた。
そう言えばiPhoneはバッテリーの残量が少ないなどと話していたから、もしかしたらSさんの奥さんに電話を借りてコールしてきたのかもしれないと思い、僕は最後のナンバーにコールバックをした。
すると予想通りあのお方が電話に出たが、何で電話に出ない、何でこのナンバーだったらコールバックするのかといきなり言われたので、僕はその言葉で寝ぼけ頭の中に漂っていた靄が吹き飛び、理性がいっぺんに音を立てて崩壊した。

「はぁ?何で出ないって、今何時だと思ってんだよ、もうすぐ夜中の2時だよ、寝てるに決まってるだろ!そっちこそなんだよ、いつ電話しても出ないじゃないか、そんなんでイマージェンシーの時はどーすんだよ!」(とにかく電話に出ないことに不満を持っていたので、その怒りをぶつける僕)

「鞄に入れたら電話鳴ってるの分からないから・・、それにバンドやってる店にいたから、うるさくて聞こえないでしょ!あなただって電話に出ないじゃん、何で私のだけ怒るの!」(珍しく反撃をするあのお方、なぜか今回は謝らない)

「何を言ってるんだ、さっきのは寝てたんだよ、それに仕事中は電話に出られないことがあるっていつも言ってるだろうが。あなたはプライベートの時間でしょ。仕事中に電話に出れないことと、プライベートの時間に電話に出ないことを一緒にすんな!」(かなり本気で怒っている、寝起きの不機嫌さも手伝って怒鳴り声で文句を言っている。深夜でもあり、おそらくドアの外側にも自分の声が相当漏れているだろうと予想しながらも、その大声を抑えられない僕)

「帰ったらこっちからメッセージするって約束したから、電話来ると思ってないでしょ」(あのお方の勢いも少し増してきた模様)

「夜遅くなったらこっちだって心配するんだよ、だから電話してるんじゃないの、それに約束がどうとか関係ないって、緊急の電話があったらどうするのかって言ってんだよ、その携帯はまったく無意味だ!」(テンションがかなり上がって、こちらも少々訳のわからない言葉が口から出始めている僕。冷静に考えれば、携帯が全く無意味ということはない)

「あなたはなんで寝てるのよ!」(形勢が悪いので、突然意味不明な矛先転換を試みるあのお方。珍しく勢いが衰えない)

「何で寝てんのってなぁ、今何時だと思ってんだよ!寝てるに決まってんだろうが!バカなこと言うなよ」(既に勢いだけで話している僕。しかし別のどこかで、これほどエキサイティングしたのは久しぶりだ・・などと考えていた)

「寝る前にどうして携帯にメッセージ入れない!」

「電話にも出ない携帯に、何で親切にこっちがメッセージを入れておかなきゃならないんだよ。だいたいなぁ、電話にも気付かない携帯にメッセージ入れて、何の意味があるんだよ」(言ってから墓穴を掘ったと少々焦った僕)

「メッセージは後からでも読めるでしょ」(こちらのミスを見逃さず、痛いところついてくるあのお方。それがますます僕の癇に障る)

「俺はなぁ、電話にも出ないやつの携帯にはメッセージだって入れたくないんだよ!これからはなぁ、よほどの用事が無い限り、こっちらは金輪際電話しないからなぁ!」(自分のミスを勢いで押し返し、なんとか切り抜けたとどこかでホッとしていた僕)

「あなただってさっき私の電話に出なかったじゃない!」(また先ほどの話題をぶり返すあのお方。珍しくその日は自分が悪いことを認めない。おそらくアルコールが入っている)

「だからさっきから言ってるだろう、もう寝てたって。あなたは何時に電話してきたの!電話に出ない出ないっていうけど、あなたが電話した時間は日本で1時過ぎだよ。こっちは明日の朝お客さんのところに行くから早く起きるんだよ。それはあなたも知ってるでしょ。僕はねぇ、あなたみたいに遊んでるわけじゃないんだよ、毎日仕事してるんだよ、寝る時間も大切なんだ、ふざけんな!」(モナが1時過ぎに2回コールしていることを、携帯の着信履歴を再確認しながら話している僕)

「そう、わかった」(全く納得していない様子のあのお方。不満の色濃いわかったという返事)

「とにかく寝るから、もう電話切るよ!」(といって、勢いよく携帯の通話をこちらから切った僕。荒い鼻息はまだおさまらない。僕は本気であのお方にムカついていた)

翌日とても不思議に思ったのだが、このようなやり取りの後、僕は一瞬で再び眠りについたようで、喧嘩の余韻を噛みしめた記憶が一切無かった。

翌朝、予定通り早朝にアパートを出て、東京のお客さんのところへと行った。お客さんのところで、あるシステムで生じているという不具合解析を一緒に行った。
それが思ったより時間がかかり、昼食を抜いてまでがんばったのに、終わったのが夜の7時頃。東京駅で軽く空腹を満たした後、満員電車の中で窮屈な思いをしながら疲労感をつのらせている時に、ビコール地方に大きな地震が発生したという情報が寄せられた。

昨夜、もう二度とこちらから電話なんかしないと大見え切ったことが頭をよぎったが、それでも気になって一旦電車を降りあのお方へと電話してみると、やはり電話に出ない。
そうなってみて電話をした自分が腹立たしく思えてきたが、しかし家が倒壊し電話に出られないという可能性もある。一度悪い想像をしてしまうと、気になって仕方がない。
再び電話をするが、やはり出ない。ますます腹立たしいが、ますます気になる。

再び電車に乗り、携帯でビコール地方の地震情報を検索してみたところ、大きな記事が出てこない。もしからしたらほんの数十分前に発生したのかもしれない。
我が家はコンクリート作りだが、あのコンクリートの重みは半端ではない。僕は以前から、この家は自重に耐えられる設計になっているのかと疑心暗鬼なのである。
地震がきたら、何かの拍子に家が崩れないとも限らない。悪い予感がどんどん膨らんでいく。
最寄りの駅に到着してからハッと気付いた。そうだ、Sさんに電話をし様子を聞いてみよう。

夕食の弁当を買いながら、Sさんに電話が繋がった。そこでようやく様子がわかった。
確かに地震はあったが、時間は朝7時頃で、揺れたのは短い時間だけ。地震に慣れていないフィリピン人は少々騒いでいるが、日本人には大したことはない地震だった・・・。
地震の大きさについては感じ方が人で違うこともあれば、エリアで実際の揺れ方が違うだろうと思うが、発生時間が午前7時頃というのが、僕にとっては貴重な情報だった。
なぜなら、午後3時頃かそれを過ぎた辺りに、あのお方からメッセージが入っていたからだ。
地震の後に生きていて、しかもメッセージにはその話題も書いていなかったということは、特に報告するような災難はなかったということである。

そのような事情が分かったあとに、あのお方からコールバックがきた。
すぐにアパートに帰るから話しはスカイプでということで、部屋に帰還後、スカイプで地震のことも含めいつも通り極普通に、あのお方が買ったiPadを見せてくれたり、マニラでの出来事を聞かせてくれたりと世間話をした。
まるで昨夜の大喧嘩など無かったように・・・。

大喧嘩のあとの寝付きの良さといい、翌日のこの普通すぎる会話といい、一体僕の中で何が起きているのだろうか。以前と違い、まるであのお方の性格に引きずりこまれるように、自分が全く引きずらない性質になっているような気がする。
普通に会話をしながら、つい少し前にあの方が電話に出なかったことより、実はそちらの方が気になっていた。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:446.電話に出ろ
2012年03月04日

445.K田にて

大雪のあと、少し気温が緩んできたのだろうか。
土曜日の夕方、地元から東京K田に電車を乗り継ぐ道々も、それほど寒さを感じることはなかった。

たまたま電車の中では、僕の周囲に1歳〜2歳の子供を連れた若い夫婦が多く、子供の無邪気な振る舞いに若いお母さんが苦労しながら、隣に座る僕にうるさくてごめんなさいなどと気遣い謝ってくれる姿を見て、最近の若い人は・・・、と思うことも多くなった日本もまだまだ捨てたものではないと思ったりしながら、僕はフィリピンにいるユリのことを思い出して微笑ましく子供を眺めていた。

到着したK田では、shunsukeさんが新しくオープンしたという松阪牛ホルモン焼き屋さんへ案内してくれた。
松阪牛なので、普通のホルモン焼き屋さんより一皿100円から200円ほど高めらしいが、味は極上で、下手なカルビやロースを食べるよりもはるかに美味しい。
普段ホルモンを食べ慣れない僕は、俗に言うホルモンやマルチョウ、ハツ・・・と、その名称をメニューで見ても何がなんだかさっぱり分からないので、チョイスは全てshunsukeさんにお願いし、僕は出てきたものをひたすら食べる役回りに徹した。
油に甘みがあり、ジューシーで柔らかくコラーゲンもたっぷり含んだホルモンは、普通の焼肉よりカロリー控えめで健康的な食べ物だと教わりながら、僕はそのたまらない美味しさにご飯をおかわりし、店を後にした時には「苦しい・・」と膨らんだお腹を抱えるようにして歩くはめになった。

Shunsukeさんが、フィリピンは焼き肉では絶対に日本に敵わないだろうというので、僕はセブの有名な韓陽苑の例をあげ、フィリピンにも値段は高いが日本のそこらの焼肉屋よりずっとうまい焼肉店もあるという話しをしたが、しかし昨夜のホルモンだけはフィリピンでは絶対食べられない。
ボイルも冷凍もしない新鮮な生の松阪牛ホルモンをフィリピンのメニューに乗せるのは、難しいだろうと思われる。
「せっかく日本にいるなら日本でしか味わえないものを」という心配りをして頂き、僕は見事にその作戦にはまり、ホルモン焼きの勢いをそのままにshunsukeさんの恋人がいる店へとお供することになった。

その店はモナの親友Eちゃんがいる店で、そこだけがモナの許可を得て僕が堂々と行ける、日本で唯一のPPである。
店に行く途中、いつぞや当ブログで紹介したMIさんも合流した。
現在お気に入りがフィリピンに帰っているMIさんは、shunsukeさんや僕にできるだけばれないようEちゃんに急接近しているという噂を耳にしていたが、お店に行ってみればいつの間にかとてもクローズな雰囲気を醸し出している2人にやや驚きを覚えながら、しかしMIさんはEちゃんが僕の知り合いということで、親切心でEちゃんに関わってくれているような節もあり(いや、きっとそうだろう・・・shunsukeさんは下心丸出しと言っているが・・)、仮に彼に下心があったとしても、2人のやり取りを見ればMIさんは相変わらず何をしたって憎めないキャラクターの持ち主なのである。

shunsukeさんは、Eちゃんに何かあれば心配だという主旨のメールを密かに僕にくれたりしていたが(もちろんMIさんと仲の良いshunsukeさんは、MIさんへの親愛の情に満ちた内容、書き方ではあるが)、僕はその返事として、EちゃんではなくMIさんが心配だと書いた。
MIさんがEちゃんの鴨にならなければよいが・・・、そして万が一過ちを犯してしまえば、Eちゃんは背後霊のようにMIさんにまとわりつくことになるのは目に見えているので、僕にはそちらの方が心配だったのである。
さりとて大の大人2人のことなので、その先に何があってもこちらには一切の責任はないというのが、僕の当然の立場であることに変わりはないが・・・。

MIさんとEちゃんの間に漂う雰囲気にはこのように驚いたが、shunsukeさんとその恋人が醸し出す2人だけの世界もますます濃密さを増し、これまた危うい印象を受けないでもなかったが、これこそ僕の立ち入る話しでもないので、これまた放っておいた。

ここまではこれまでの付き合いのある仲間でPPに行ったというだけの話しだが、そこにサラマさん御夫婦が合流した。
サラマさんは、奥さんの友人のベイビーシャワーパーティーの帰りに、僕と電話でやり取りをしながらK田に立ち寄ってくれたのだった。
そこで意外な事実が発覚した。
MIさんとサラマさんは実は顔見知りで、奥さんもMIさんのことをよく覚えているご様子だった。
サラマさんはMIさんがなぜそこにいるのかさっぱり事情を掴めずに、最初はあの大きな目を見開いてきょとんとしておられた。

サラマさんとshunsukeさんを互いに紹介し、そして僕のブログに登場するEちゃんを紹介した。
サラマさんは、頭の中で当ブログを通して知っている事実と、そこに集うリアルな人間とが結び付くたびに、その大きな目が飛び出すのではと心配になるくらい驚きに満ちた顔を作ってくれ、それが面白い。
こうして仲間の輪のようなものが少しずつ広がりを見せてあらためて僕は、この歳になってこれほど多くの新しい友人(しかもみんな素晴らしい一廉の人物ばかり)ができたことに率直な喜びを感じる。
もし以前からこれほどの友人に囲まれていたら、自分の過去の悩みや過ちに対して相談に乗ってもらえ、そうすれば自分の人生はがらりと違ったものになっていた可能性もあるが、しかし過去の失敗があって現在に至る経緯があるという事実を鑑みればそれもおかしな言い分で、とにかく今後の自分の人生では、一緒に楽しみ相談し合える人が増えたことに、正直に心強さを感じるのである。

昨夜隣に座ったフィリピーナから、このグループは何?と訊かれた。
どうやらその女性は、自分たちのグループが他のお客さんとは雰囲気が違うということを言いたいらしかった。
僕は一見、フィリピーナの奥さんがいるようには見えないそうだ。よくわからないが、僕はそのような顔つきらしい。MIさんを指して、あの人の顔がフィリピーナを奥さんにする顔付きだと話していた(笑)
別のフィリピーナは、MIさんやサラマさんを指して、このグループの人はなんでみんな歌が上手いのかと驚いていた。ついでに僕に、あなた負けてるなぁと、余計なお世話だと言いたくなることも言われた。

モナとのことで2人の慣れ染めを訊かれ、奥さんが僕に一目ぼれしたと教えてあげたら、冗談と取ったらしく奇声に近い声を上げて笑われた。
いやいやこれは、本当の話しである。
でも今あなたは奥さんを愛しているから結婚したんでしょうと言われたので、もちろん僕は奥さんを愛していると明言した上で、でも奥さんがなかなかそれを信じてくれないと教えてあげた。そのような返答にいちいち笑うところをみれば、僕が冗談を言っているように受け取られている感じがしないでもなかったが、これも本当の話しだから僕は真顔で答えているのである。

こうして夜が更けるのは早く、あっという間に終電の時間がやってきた。
僕は途中までサラマさんと一緒の電車に乗って、深夜1時過ぎに最寄り駅に辿り着いた。
電車の中でラーメンが食べたいという話しになり、駅からアパートまでの途中にあるラーメン屋が開いていたので、ふと立ち寄り食べてしまった。よって今朝起きた時には、まだ満腹状態が継続していた。

モーニングコーヒーを飲んだあと、お決まりの下痢状態になり部屋のトイレに駆け込んだ。
ふぅっと一息ついた時にトイレットペーパーが切れていたことに気付いて、「トイレには神より紙を・・・」という悲痛な公衆トイレの落書きを思い出し、1人で苦笑いをしていた。


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