フィリピーナと共に
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2012年02月28日

444.さてどうする?

一度退院したママの妹の子が、日曜日に再び入院した。
子供は栄養失調に起因する脱水症状を起こしているらしい。現在病院で点滴を受け、ドクターから果物を食べさせるよう指示されたので、モナが一度病院を抜けリンゴやバナナを買って病室に戻ったそうだ。

診察に際して、ドクターから叔母さんに子供の日頃の生活状況(衣食住環境)についてインタビューがあった。叔母さんの話しは要領を得ず、またその内容に問題もあったため、真っ先に病院に駆け付けたモナもドクターに呼ばれてそこに同席した。

どうやら叔母さんの子供に対するケアに問題ありの疑いがあるらしい。
子供の健康障害は栄養が足りないのが根本原因だが、それを日頃どのようにケアしているかの問いに叔母さんは、我が家が貧乏でお金がないから特別何もしていないと答えた。それは少し高いビタミン剤などを買い、飲ませるようなことはできないという意味だった。
しかしその子は明らかに体が小さい。1歳になるが、モナが普段使用しているアップルノートよりも体重が軽いとモナは言った。それは少々大げさかもしれないが、そのくらい軽くて小さいということで、それは僕も年末にその子を見ただけで、随分体が小さくやせ細っていると思った。

そこまで明らかに栄養が不足しているなら、固形食として子供におかゆを食べさせる、野菜スープを作る、フルーツジュースを作るなど、色々とできることはあるだろうという問いに対して叔母さんは、面倒なので自分でそれを作りはしないという主旨の答えを返したらしい。
周囲の人に訊いても、叔母さんは普段からそういったものは誰かが家に帰って作ってくれるのを、じっと待っているそうだ。
面倒という言葉がかなり引っかかる。一事が万事その調子で、あまりに子供が可哀そうだというのがモナの感想だった。

ダディーとママが病室を訪れた時には、点滴を受けている子供の口の周り、首、服に、酷く汚れた嘔吐の痕があったそうだ。
それを見たママは驚き、なぜそのままにしておくのかと叔母さんに詰問すると、点滴をしていて着替えさせることはできないと言われママはそこであきれかえった。モナもママからその話しを聞いて、ほとほと叔母さんに愛想が尽きたようだ。
愛情があれば、汚れたままでは可哀そうだから、せめてぬれタオルで汚れを拭き取ってあげるだろう。たとえ点滴をしていようが、ナースを呼び一度針を外してもらい着替えさせるだろう。なぜそれしきのことが分からないか、なぜそのような気持ちにならないかとママは絶句の後に我に帰り、妹である叔母さんを厳しく叱咤したそうだ。

「叔父さんはどうしてたの?その時叔父さんは、そこにいなかったの?」
「いなかったみたい、ご飯でも食べにいったんじゃない?」

もし僕であったらどうするか、ユリが苦しんでいる姿を想像しながら、父親としてそんなふうに子供を放置する妻を怒鳴りつけ、自分でさっさと子供を綺麗にするだろうと思った。親としての愛情があれば、当然のことだ。他人の子供でも、その有り様を目の前でみたらそうするかもしれない。
話しを聞いているだけの自分も、何か重苦しいものが心の中を占めていくのが分かった。

そのようなことがあり、モナはもう叔父さんや叔母さんの顔を見たくないとまで言いだした。それはママも似たような感情を持ったようだった。それだけ今回の事は、ママやモナにはショッキングな出来事だったようである。

「責任を取らないのに、なんで子供作るかなぁ、子供が可哀そうなぁ」とモナはしみじみとカメラの前で口にした。その後、「叔母さんも叔父さんも、頭悪いなぁ」と言った。

「ちょっとまてよ、頭の善し悪しと、子供に対する愛情は関係ないだろう、それは頭で考えるものじゃないよ」
「そうなぁ」
「もし自分たちに全然お金がなかったらどうする?たばこやお酒を買うお金は出来る限り子供のために回すでしょう、少しでも栄養のある食べ物は何かを考えて探すだろうし、そのためだったら恥を忍んでも周囲の人に相談して、自分たちも一生懸命工夫して子供に栄養を摂らせることを考えるでしょう、我が家だって何でも子供優先になるじゃない、今は普通の生活ができるお金はあるけど、あなたの子供に対する気持ちはお金が無ければ変わる?たぶん変わらないでしょ、何か根本的な問題があるよ、その叔父さんや叔母さんの態度は・・・」

モナはもともと叔母さんが、そのような人では無かったとよく言う。昔は明るかったし利発でもあった。モナは、叔母さんが叔父さんと結婚し、生活疲れが叔母さんを変えたと思っている。貧乏が全てを狂わせたと言いたいようだ。
しかし、僕が育った家もいつもお金の無い家だったが、自分たちのために何とかしようと努力していた自分の両親の姿を思い出しながら、僕には貧乏が全てを狂わせたとは、言い訳にしかならないと思えるのである。

確かに極度の貧困状態は人を狂わせる。アフリカの貧困地帯では、子供に食べさせるために体を売る母親が大勢いる。それがもとで父親のはっきりしない子供がますます増えることになってしまうが、出発点は子供への愛情である。もう死ぬことがわかった子供(例えばエイズの発症が明らかになった子供など)には、アフリカ貧困層の母親はその子供に食事を与えない。死ぬと分かった子供に与える食べ物を、これから生き延びる子供に少しでも多く食べさせるためである。まるで動物的な選択であり行動であるが、それとて子供に対する愛情をベースにした究極の選択である。
そのような貧困層はまともな教育を受けていない母親が大勢いて、負の連鎖(お金が無いから体を売る、子供ができる、病気ももらう、ますます生活が苦しくなる)を断ち切るのが難しい。そしてそのような動物的行動が多く見受けられるようになる。
しかしフィリピンは、そこまで酷くない。基本的な教育を受けることができる。そのようなことは非人道的だと批判の対象になる社会規範も確立している。

僕の母は、自分たちを育てていた時に自分の母親(僕の祖母)に言われたことを、いまだに子供を育てる心得として僕たちに教える。
我が家は男ばかりの3人兄弟だったが、「男の子はお腹を空かせてはいけない、お腹が空くと余計なことを考えて横道にそれ易くなるから、常にお腹いっぱい食べさせなければならない」「食べ物をケチれば病院にかかることになりケチった以上のお金が出ていく、どうせお金が出ていくなら、それは病院へ落とすより最初から子供のお腹に入る食べ物にかけた方が良い、だから子供にはしっかり食べさせなさい」「小さいうちにしっかりと食べさせれば、生涯に渡る丈夫な体を作ることができる、小さい時の食べ物は大切だ」
常日頃そのように言われ、母はできる限りそれを実践していたと言う。そして祖母が言った一つ一つの言葉が正しいことばかりだったと振り返って僕に教えるのである。

「だいたいさあ、肝心の親が何も考えないのに、なんで他人の僕たちがそんなに心配しなくちゃならないんだ?しばらく放っておきなさいよ、こっちから進んでお金や物のサポートをしたら、ますます図に乗ってだめになる、それでもサポートしたいのだったら、サポートの仕方をよく考えてからにしなさい、ただその時助けたいから物やお金をあげるんじゃなくて、これから叔父さんや叔母さんが自分たちの力で何とかできるようにしてあげるサポートの仕方だよ、単にお金や物だけあげても、それがこの先ずっと続いたらどうなる?あの子供たちは僕とあなたの子供じゃないのに、まるで自分たちの子供のようにこの先も心配してお金を渡すことになるのは変だと思わないか?」

「そうなぁ」とモナは言いながらも、そこまで僕に言われ、彼女は先ほどまでの言葉をひるがえし叔母さんを擁護する言葉を何気に言いだした。どんなことがあっても、結局叔母さんはファミリーの一員なのである。

「でも叔母さんも大変だからなぁ、叔母さんは誰のサポートもないから・・・、この家にはママもいるでしょ、私はいつも助けてもらっているでしょ、叔母さんはサポートしてくれる人が誰もいないから何もできないよ」
「それは違うなぁ、もしあなたが叔母さんだったらどうする?」
「やっぱり親戚にお願いするかなぁ、それしかないもん」
「でも、ただお願いするだけじゃないでしょ、あなたはベルが赤ん坊の時実際にどうした?ミルクを買うお金がなくて、それを稼ぐためにバーで働いたでしょ、ママに子供をお願いする代わりに、働いて稼いだお金から子供のミルク代の他に家族の生活費も渡したでしょう、自分のためにお金を使うより、まずはそっちが大切だったでしょ、子供をお願いしたのががママでなくて別の親戚でも、全く同じにしたでしょう」
「そうなぁ」
「それが自分が果たすべき責任であり子供に対する愛情だよ、バーで働くことは責任を果たすために考えて決めた選択だったわけでしょ、それは全て、ベルにきちんとミルクを飲ませたいという気持ちから考えて決めたことだけど、叔父さんや叔母さんにはそれがないんだよ」
「そうだねぇ、私はベルを愛していたから、嫌だったけどバーで働いた」
「だったらさぁ、その時のあなたの気持ちや行動と、今の叔父さんや叔母さんの態度を比べてどう思う?貧乏が悪いってことになる?環境が悪いのか?」
「そうだねぇ、たぶんちがうなぁ」

それがミルク代を稼ぐだけではなく、結局新しい家を手に入れベルの父親が見つかるという今の生活に繋がっている。子供に対する愛情から決断した行動が、今のモナの生活を作った。それは将来に渡り保証されたものではないが、その気持ちを持ってこれからもがんばれば、何が幸いするかわからないということである。

「確かに叔母さんは変だなぁ、病院にフルーツを持って行った時にも、叔母さんはありがとうって一回も言わなかったよ」
「それが前々から僕が話していることだよ、そんなことは前から分かってる、あの人たちは人として何かおかしい、欠陥があるよ」

それはフィリピン人だからか、フィリピンの環境が悪いからそうなるのか、僕は度々そのような事を考えてきたが、結論はそうではない。
モナも裕福な家庭の育ったわけではないが、基本的なマナーを知り、家族に対する深い愛情も持っている。それは決してお金の有り無しとは関係のないように思えるのである。
すると愛情が深くマナーやモラルのしっかりしている人と、そうではない人の違いは何か。何ががその違いを生み出すだろうか。

おそらくフィリピンに蔓延している、怠惰が何となしに許される空気に流されるかどうかで、考えや行動に分岐点が生じるのではないかと僕は考えている。それが全てではないが、モナが言うようにかつての叔母さんと今の叔母さんがそれほど違うのであれば、今回の叔母さんのケースは、それが占める割合が大きいのではないか。
怠惰な生活に慣れると、感情も考えも気力も、貧乏を言い訳にして慢性的に怠惰になる。
もっともそれに打ち勝つ要素の一つが愛情の力でもあるわけだから、フィリピンではどちらに転がっていってもおかしくないほど、そのバランスが微妙なところで平衡しているような気がしている。
日本人がフィリピン社会に入り込めば、日本人がそこに同化して全てにおいて少しずつ怠惰になっていくことも十分あり得るし、今回の叔母さんのようになってしまうことも考えられる。実際にそのような日本人も時々目にする。
よってそれは、ナニ人かは関係なく、フィリピンの環境の成せる技という要素も多分にあるように思えてくる。

そうであれば僕は叔父さんや叔母さんに、これ以上怠惰な態度を許す環境を与えてはならないと思うのである。
今回モナが見聞きしたことは、お金があるとか無いという単純なことではなく、もっと大切な意味を持つ危険信号が含まれているように思えてしまう。
このことは、叔父さんや叔母さんを立ち直らせたいという殊勝な気持ちから考えていることではなく、この先同じようなトラブルが我が身に降りかからないようにするために、良く考える必要があるだろうということだ。

「今回は知らんぷりした方がいいんじゃないの?あなたの話しを聞いていたら、助ける気持ちが全く無くなったよ」
「でも叔母さんは困るでしょう」
「それは本来、僕やあなたとは関係ないことだと思うよ」
「子供が死んでも?」
「それでも仕方ないじゃない、僕らには関係のないことだから、そう思わないと僕とあなたには面倒をみなければならない家族がたくさんいるのと同じことになるよ、自分たちの知らないところで責任を持たなければならない家族が勝手にどんどん増えたら、自分たちの生活プランニングをどうすればいい?それが全くできないことにならない?」
「そうなぁ・・・」

ママは僕がモナに話した内容と同じことを考えている。あなたは自分の家族のことだけを考えなさい、それが一番大切なことだと、モナはあらためてママに言われたらしい。
それでも実際に病院代はかかり、誰かが負担しなければならない。僕は会話の中で、所々にくさびを打つような言葉を意識的に入れたが、敢えてお金を絶対に出すなとは明言しなかった。逃げ道を残しておきたい気持ちもあったからである。
最後はモナに任せようと思っている。モナがどのようにしようと構わないが、とにかく彼女に望むことは、どうするにもよく考えて決めて欲しい、ただそれだけである。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:444.さてどうする?
2012年02月26日

443.ようやく休みか?

昨日休みの土曜日、街をぶらついていた所へズボンのポケットに入れた携帯がブルブルと震えだし、おそるおそる着信番号を見たらそこには不吉な番号が表示されていた。
東京03から始まるその番号の次の4ケタには、確かに見覚えがある。僕は03に続く4ケタの番号で、それとなく会社名を覚えているのだ。
しかもプライベートで、03で始まる固定電話番号から電話がかかってくることなどまず無いから、その時点で仕事の話しであることがほぼ確定だ。

シカトしたいが、その会社の課長さんは日頃大変お世話になっている。こちらが納期や価格で過去散々迷惑をかけたことがあるが、いつも丁寧にこちらを気遣ってくれる紳士で優しい人だ。
ご本人は大変仕事熱心な方だが、さりとて人の休日を無神経に邪魔する人ではない。とすれば緊急事態だろう・・・、などと数秒の間に考えを巡らせ、思い切って電話に出た。

案の定こちらで納めた機器が、単品では問題無いが先方のシステムに組み込むと不思議な動作をすることが稀にあるということだった。そのシステムはその会社から、3日後には出荷となるらしい。そのための最終検査で発見した症状とのことだった。
紳士なその課長さんは、休日だけれどすぐに来てくれなどという無粋なことは決して言わない。何か思いつくことがあればというが、症状を聞いてもさっぱりである。
課長さんの困っている様子が電話を通してひしひしと伝わってくるので、すぐに行きますと返事をした。

お客さんのオフィスに到着すると、その課長は「いやぁ、せっかくの休日に済みません、例の問題ですが、再現しなくなってしまい困っているんですよ」と、休日に僕をわざわざ東京へ呼び出した形になったにも関わらず、肝心の問題が発生しないことに恐縮しきっている。
しかし、思い付きや気のせいで電話をしてくる人でないことは僕も良く知っているので、今度は2人がかりで、根気よく問題再現テストを繰り返した。
すると、ある動作を何百回かやってみれば、確かに変な動作をすることが分かってきた。

不穏な動作は大きな電流を流すスイッチを入り切りすることでノイズが発生し、それが回路に影響し妙な動作の引き金になっていることが分かってきたが、それでも確実に再現しないので、原因調査が難航した。ノイズ源を食い止めようと試みたが、これが何をやっても駄目で簡単ではなさそうだから、ノイズが入っても誤動作しないよう改造することにした。
怪しいブロックの各信号をソフトで強制的に固定化し、問題の動作が再現するまでいじってみた。
すると、確実に同じ動作が再現する箇所が見つかった。
そこからプログラムを追いかけると、不穏な動作が発生するメカニズムにようやく到達した。ノイズで機器内のある通信が妨害されると、メインコントローラーのレジスタ内容と、直接動作をコントロールする箇所のレジスタの内容に差異が出て、その場合おかしな動作をするという記述が発見できたのである。
まあ、詳しい話しはなんのこっちゃということになるので割愛するが、とにかく原因さえ分かってしまえば、対策は何とかなる。

万が一通信がやられても、二つのレジスタの内容に差異が出ないようにすることと、通信がすぐに復活する改造を施して、終電まであと30分というところで作業完了。
それから2人で再現テストを繰り返し、通信障害の発生をモニターしながら、数百回ノイズが発生する動作を繰り返し、通信障害が起こっても利用者には気付かれないよう自動で復旧できることを確認できた。

そんなぎりぎりの時間で作業をしているところへ、モナから電話があった。
今お客さんのところで仕事をしていること、そして時間がないことを伝えるけれど、彼女がなかなか話しを止めようとしないので、少々イライラしながら電話を切った。
おかげで全ての作業が終了してから走って駅に行ったが、最寄りの駅までの最終電車にわずか一分足りず逃してしまった。
しかも作業が終わってホッとしたら、途端にお腹の空いていることに気付き始め、するとお腹が電車の中でも聞こえるほど大きな音を立ててグーグーと鳴りだした。
たまたま僕の両隣には若い女性が座っていて2人ともその音が聞こえているはずだが、何事もないかのように携帯をいじっていた。

そうなってくると、先ほどの電話でしつこく話しをしようとするモナのことがますます恨めしく思えてきた。
電車に乗ったことをテキストし、お客さんのところで仕事をしている時には話せないことを伝えたが、なぜ奥さんからの連絡が駄目なのかと反論された。時間もないと言ったじゃないかと書けば、ほんの2分の話しも駄目かと返ってきた。(実際には2分以上だったが・・)
こちらが土曜日の最終電車の時刻を睨んで、分刻みで仕事をしていることがモナには分からない。
もしわずかでも作業を残したら、翌日の日曜も仕事になるではないか。だから僕は、どうしても土曜のうちに作業を終わらせたかった。よって終電の時間が近づいてきたら、1分も惜しい状態になる。そのような仕事のスタイルは、どうしてもフィリピン人には分かってもらえない。おそらく想像すらできないのだろう。僕は一度、そのような仕事の現場をモナに見せたいと思っている。
そもそも、休みの日になぜ仕事をするのかが疑問なのだ。それは僕も良い事ではないと思っているが、自分だけがそう思っても、そうそううまくいかない状況が日本にはある。
割り切ってしまえば、今後の仕事の注文を左右する。値段も腕も同じだったら、対応力が問題になる。だから日本は疲れるのだが、日本ではそれが当たり前のことだから仕方がない。

帰りの電車は既に急行が終了し、煩わしい各停電車の中で、僕はそんなことを考えながらイライラを募らせていた。
もちろんイライラはお腹が極度に空いていることとも関係していた。
少し手前の駅で電車を降りお気に入りのラーメン屋に行きたいが、それだとタクシー代が高いので随分と高いラーメンになってしまう。
結局終点の駅まで乗り、そこでラーメン、餃子、ライスを食べて、タクシーで家に帰った。

家に到着したのが夜の2時頃で、それから寝るまで1時間半を要した。
3時半に寝たのに、本日はなぜか6時にすっきりと目が覚め、モーニングコーヒーを飲んだ後に腹痛をもよおし下痢になった。
原因は昨夜のラーメンである。僕は油の多いラーメンを食べた翌日、よくこのようになる。それが分かっていても美味しいラーメンは食べに行くが、下痢になることが分かって食べるのだから、不味かったら承知しないぞという気持ちでいつも味わう。他にも濃厚味のピザを出す美味しい店があり、そこでピザを食べると翌日ではなく当日下痢になる。
そうなるとますます不味かったら許せないとなるが、味に関しては一度も裏切られたことがない。ついでに確実に下痢になるところも、裏切られたことがない。

僕は子供の頃から胃腸が弱く、下痢になりやすい体質だ。これはフィリピンでは非常に不利な体質で、日本のようにどこでも綺麗なトイレがあるわけではなく、田舎の道を車で走っている時には、本当に苦しくなれば屋外脱糞も覚悟しなければならない。
バスなどに乗っていれば、大や小を我慢できずに漏らしてしまうケースもあるそうだ。
しかし下痢体質の僕は、不思議とフィリピンにいる時よりも日本にいる時の方が頻繁に下痢になる。
この胃腸虚弱体質は何とか改善したいと思いながら、なかなか治らない。人間の免疫力の6割は腸に依存するそうで、病気になりにくい体質を作るには、腸を健康に保つことが重要だそうだ。
昨夜はタクシーに乗る前にコンビニでヨーグルトなどを買い、少し腸の健康に気を遣うようにしている。

もともと本日はお気に入りのラーメンを食べに行きたいと思っていたが、ラーメンばかりでは体に悪いので、夜はゆっくりと和食にしようかなどと朝から考えながら、なんとかリラックスできる日曜を過ごしている。
今日は朝ぶろも済ませ、少しはつらつモードになった。
これから、昨日中断した買い物をして、パチンコ屋でも覗いてみようかなどと思っているが、不吉な番号で携帯電話が震えないことを祈るばかりだ。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:443.ようやく休みか?
2012年02月25日

442.フィリピンインターネット

普段何気に利用しているインターネットだが、よくよく考えればインターネットとは、大変不思議なものである。
インターネットが普及し身近なものになった近年、その不思議感はますます増した。
当たり前のようにインターネットを利用し始めた人にはインターネットの世界が当たり前で、おそらく疑問を抱くことなく利用している人も多いだろうが、僕のような世代には、突如出現したインターネットは不思議の宝庫である。

想像できないほど多くの人間が自分のパソコンをインターネットに接続し、それぞれが何かを閲覧し誰かとチャットや音声会話をしている。しかし、なぜ個人のパソコンが特定できて情報や会話が間違いなく利用者へ届くのか、しかも一本の通信線にぶら下がっている人が大勢いて各自が同時に利用しているのに、それぞれのパソコン利用者には順番待ちなどなくリアルタイムで情報が届くのか、最初はその仕組みが想像もできないほど不思議だった。

そもそも、最初にインターネットの世界に触れたのは、「WWWの世界」という読み物で、その時にはWWW(ワールドワイドウェブ)とは何ぞやとさっぱりわけもわからず、中味を読んでさえその利用価値にピンとこない状態だった。その絶大な威力をようやくおぼろげに知ったのはしばらく後のことである。

当時はノートパソコンがようやく出始め、搭載されたハードディスクが1M(メガ)1〜2万円などと言われていた頃である。
僕が初めて会社で買ってもらったノートパソコンのハードディスクが80Mで、当時はそれが自慢の逸品だったから、今にして思えば滑稽な話しである。なにせ現在は普段使っているUSBメモリーでさえG(ギガ・・1Gは1000M)が普通になっている。ノートパソコンのハードディスク容量に至っては、200Gや300G 程度は当たり前となった。
似たような話しでは、液晶TVが1インチ1万円などと言われていたが、これもいつの間にかその神話が崩れ、今や32インチで5万円、40インチで7万円くらいになっているのだから、世の中の工業製品の進化は凄まじい。(もっとも初期投資が回収できて、単価を下げられるようになってくるという事情があり、製品の進化だけで安くなったわけではないが・・)

昔はインターネットが不思議だったなどという言い方をすれば、今は不思議ではないように聞こえるかもしれないが、実は僕にはそれが未だに実感が湧かず、不思議で仕方がないのである。
その不思議な仕組みで、インターネットはまさに世界を繋げた。フィリピンにいる家族と無料でテレビ電話ができるなど、一昔前では考えられない画期的仕組みが一般化し普通に利用できるようになった。
携帯インターネット端末を持ち歩けば、街を歩きながらスマートフォンでそれができるようになった。仕事やプライベートのメールも、どこにいても確認し返信もできるようになった。

便利な世の中になったが、僕は時々、便利すぎて不便だと感じるようになった。
どこで何をしていても連絡がついてしまう世の中は、ある意味気が休まらない。しかも最近の電話は、GPSを利用して他人が特定の電話の所在を事細かく知ることができる。
我が家の奥さんも、僕のiPhoneの有り場所をいつでもインターネットで確認することができる。それを特別不便と言うつもりはないが、何もかも忘れて静かに心を休めたい時は、携帯の電源を切りパソコンも開けなたくない。それは特に、仕事関係の無神経な連絡を絶ちたい時である。
以前出張先でパソコンが故障した時には不便で困ったと思いながら、どこかせいせいした気分も味わっていた。

利用してみればすぐに気付くが、フィリピンのインターネットは苛立つほど通信速度が遅い。現地では日本の数分の一のスピードが出れば、「おっ、早や!」っと感じる。普段の利用速度は、数分の一どころではない。
例えば僕が現在利用しているインターネットの携帯端末は、公称42Mbpsの速度が出る。(Mは百万。bpsとはビットパーセック。一秒間にどれほどのビット信号を送信できるかを表している)
公称と敢えて言うのは、それだけの能力がありますとメーカーが言っているだけで、実際には様々な条件で速度が落ちてしまうため決して42Mbpsで通信できるわけではないからだが、実速度で10Mbpsも出ているのではないかと思うほど早さを実感できる。

しかしフィリピンでは、50Kbpsや100Kbpsが当たり前の世界だ。昔日本で、電話線に接続してインターネットを利用できる時期があったが、あの頃のモデムと呼ばれた時代の速度である。
仮に日本で10Mbps、フィリピンで50Kbps とすれば、日本はフィリピンより200倍早い速度でインターネットを利用できることになる。
この200倍の違いは大きい。日本で1秒かかるものはフィリピンで3分以上かかることを意味する。実際にフィリピンでは、何かの情報をインターネットで見る時に、30秒〜1分程度待つことはよくある。
今、何かを呼び出そうとボタンを押したつもりでそれから60を数えてもらえば、その待ち時間の長さを実感できるはずである。
フィリピンでは何をするにも、パソコンに情報が現れるまで数秒〜数十秒待たなければならない。

フィリピンにはお金がなかったり、もしくはお金があっても設備投資が積極的になされなかったりするので、全体の通信インフラが恐ろしく貧弱でこのようなことが起こる。
日本のようなインターネット先進国でさえ、スマートフォンの普及に伴ってインターネット人口が急増すれば、インターネット回線がパンク状態になり危ういと言われているが、スマートフォンのような先端商品(特に携帯)の大好きなフィリピン人が、そのようなものをこぞって使いだせばどうなるか。回線はあっとう間にパンクする。
フィリピンよりはるかにインターネット事情が進んでいる日本でも、通信障害が起こり始めている。いち早くドコモがスマートフォン対策と銘打ち、通信障害回避のための設備増強案を発表したばかりだが、その費用は数千億という途方もない金額だった。

実際にフィリピンのインターネットは恐ろしく遅いしすぐ切れるのだが、そのような事態はますます悪化しているように感じる。
都会に近づくほどそれを強く感じるため、通信インフラが利用者数の増加についていけてないことが想像できる。
そんな状況が十分分かっているインターネット取り扱い会社は、それでも加入者を増やそうと躍起になっている。機能を満足できないことを知りつつ拡販して集金しているその姿は、日本人の自分から見れば詐欺同然の確信的犯罪に極めて近いと感じる。

いざ利用しインターネットが遅すぎるからと解約を申し出ても、それが簡単にできない。
だいたいは2年縛りとなっていて、解約するには残期間の月額料金を全て払わなければならないという笑えるお話になる。残期間の全額を払って解約することに、何の意味があるというのか。
それに気付かず解約する人もいるらしいから、それにも首をかしげることになる。

通信回線の中では、おそらく情報が大渋滞を起しているのだろう。
インターネットはパケット通信方式となっている。パケットとはあるデータの塊の単位だ。
日本の携帯データ通信も、このパケット方式となっているから、パケットという言葉を聞いたことがある方は多いと思われる。
聞いたことがあっても中味を知っている方は、それほど多くはないだろう。
ではこのパケットとは一体何か。

例えば誰かが誰かに「愛している」という情報を伝えたいとする。しかしそれだけでは情報は伝わらない。
少なくとも、「誰が、誰に」この情報(アドレス情報)を伝えたいのか、それが分からなければその気持ちは伝わらない。同じように通信情報にも、それと同じアドレス情報を付け加えなければならない。
それ以外にも、この情報が確実に伝わるために付け加えたら良いだろうと思われる情報(データの長さや、重要度、データが分割された時に再度一つにまとめるための断片位置情報など)がパケットのフォーマットとして決めらており、届けたいデータにそれらを付け加えたデータの塊単位をパケットと言うのである。

インターネット回線の中は、届けるべき情報が細切れに分割されたパケット情報が行き来きしている。
例えば僕が何かのデータをリクエストする。(あるウェブサイトを開くという操作をする)それがパケットに分割されて、どこからどこへ届けられるべき情報かのアドレス情報が付加され、目的のパソコン(サーバー)に向けて送信される。

サーバーが要求されたデータは同じようにパケットに分割されて、データが要求者のアドレスへ向けて送信される。
この時のアドレスは、個人PCの個別アドレスではない。インターネット業者が割り振られたアドレスに行き、そこから個別PCのアドレスに割り振られることになる。

その時回線には様々な人のパケットデータが溢れているから、パケット単位で誰かのパケットとパケットの間に自分の要求したデータが割り込むことになる。
つまり、ばらばらに分割された情報がパケットデータとして、別種のパケットデータと一緒に回線の中を混ざって走る。
つまり回線の中では、大勢の人間が発信したパケットデータが、まるで連結された電車のように数珠つなぎとなって走り抜けているのである。
ちなみにこのパケットの中には、生存時間を設定する情報も含まれている。データがいつまでも回線の中を彷徨わないよう、情報がルータを通るたびに数値が減少し、0になればデータは抹殺(破棄)されるようになっている。

利用者が多ければこの電車はどんどん長くなり(情報間の切れ目が少なくなり)、パケットを回線に送り込ませるのも、目的地にパケットを届けるのも時間がかかる。各所に設置されたサーバーもたくさんのパケットデータが切れ目なく来るので、処理に時間がかかるのである。
各自が利用するパソコンでは、断片化されたパケット情報が全て揃わなければ完結した画面にはならずパケットが出揃うのを待つことになる。しかし、データが届く経路に一つでも処理の遅い設備があれば、そこがボトルネックとなり結果的に速度が遅くなるため、画面が開くのが遅くなってしまう。
よって速度を上げるためには、回線も関わる設備の処理能力も、全て整合を取って変えなければならず、大きなお金がかかるのである。

先日、ようやくモナのリクエストであったバッグを購入できた。
残りのリクエストはiPadである。それは僕がフィリピンに帰ってから買おうと思っていたが、どうせ買うなら早めがいいと思い直し、昨日、自分で買ってくればと提案した。
(もうすぐiPad3が出るけれど・・・)
モナは喜んで早速レガスピに出かけたが、買おうと思っていた64G品は3日前に最後の品が売れ、現在品切れ状態だったそうだ。
「こころ痛い」とモナは電話で嘆き、iPadは2週間から3週間、お預けとなってしまった。
このように、フィリピンでも携帯用インターネット機器が飛ぶように売れている。
田舎でさえこの有り様で、みんなどこからそのお金を捻出しているのか不思議でならないが、それが現実となっている。

このままいけば、肝心のインターネット回線はますますパンク状態になり、せっかくのiPadも宝の持ち腐れとなる日は近い。
そして回線や処理設備の改善を期待できないフィリピンでは、iPadだけではなく、仕事やブログの更新にも支障をきたすようになるかもしれない。
フィリピンのインターネット事情は、重大な危機に直面していると感じている。


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