フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年02月24日

441.援助について

ダディーが退院してから2週間ほど経つだろうか。
ダディーが体調を崩し始めた頃は単なる風邪と思っていたが、高熱が治まらず、下痢や嘔吐が始まり、肌の色が変わっていると聞いて急いで病院へ運ばせ即入院となった。
ママやモナが病院へ行こうと言っても頑として首を縦に振らなかったダディーだったが、さすがに本人も体が辛かったのか、それとも僕が首に縄を付けてでも病院に連れて行くように行ったからなのか、ようやく重い腰を上げての入院となったが、結局原因不明のまま退院し、最近普段は元気にしていても体が疲れやすい、微熱があるという症状がやや残っているようである。
病院を変えて再検査をする予定になっているが、とりあえずは一旦入院した病院での検診を受けているようだ。

ダディーの入院騒ぎが一段落ついた頃、今度はママの妹の子供が緊急入院となった。
朝起きると、1歳の娘が目をひんむいて意識が飛んでいたようである。聞けば癲癇の症状にも似ているが、退院した後の詳細を聞いていないので詳しいことを僕は知らない。
普段から栄養の足りないその子は体が小さく、昨年末あたりから、せめてミルクだけはしっかり飲ませなければいけないだろうと、月々モナからミルクを届けさせるようにしていたばかりであった。

ダディーもその子の件も、いずれも当初は電話で聞いた限り緊急を要する症状に思え、そのような事態に直面してしまうと、とにかく早く病院へ連れて行けと言ってしまう。
なぜこちらが病院に連れていけという判断を下さなければならないかは横に置いておき、話しが自分の耳に入ればそう言わざるを得ない状況となる。

こちらが行けと言えばその言葉の裏には、お金のことを気にしている場合ではないだろう>お金のことは気にせずに行け>お金のことは心配するな・・・、と相手には聞こえることになり、特にダディーの時にはそれをはっきりと口にして病院に行かせた。

もちろんダディーは我が妻モナの父親であり、一緒に暮らす家族であるからある意味当然の成り行きでもあるが、ママの妹の子供ともなればその辺りは微妙になってくる。
日本人的感覚で言えば、そこまでは面倒見切れないという話しになるし、僕もそこは一線をしっかりと引いて、態度を明確にしてきたつもりであった。
しかし、いざ危機的症状を目の当たりにすればそのようなことは言っていられず、何かあったらどうするのかという想いが先に立ち、ついつい何をもたもたしているのかと思ってしまう。
それが普通の人間の情というものだろう。

さて予定通り、子供が退院する当日にママの妹からモナに直接、病院代を貸して欲しいとお願いがあった。
親戚は援助対象外という僕の基本方針を知っているモナはすぐに僕に電話をし、そのようなお願いがあったけれど「どうする?」と、僕の考えを確認してきた。
自分は助けたいとも助けたくないとも言わず、どうすると訊いてくるのである。これはある意味ずるいやり方だといつも思うが、5000ペソとたいした金額ではなかったことと、お金がなければどうしようもないだろうと思ったので、貸してというのは頂戴の意味だとは思うけれど、しょうがないねと答えた。
今回は、毎月少しずつでも返すと言っているなどとモナは言うが、そんな約束ほど当てにならないことを知りながら、僕は一つだけ注文をつけた。

そのようなお願いは、当日に突然言わないで欲しい、入院した時から退院時にお金が必要になることくらい分かっていることで、もしその当日こちらにお金が無かったらどうするつもりか、前もって相談してくれないと困ると、それだけを伝えてくれ。
(本当は前もって相談してもらわないと断るに断れないということもあるのだが・・)

僕は人と会う約束をしていたので時間がなく、そのような話しをして慌ててアパートを飛び出した。すると、待ち合わせの駅までもうすぐというタイミングで、再びモナから電話がかかってきた。
何かと思えば、叔母さんに子供の病院代を貸すことをママに話したら、ママからそれを止めるように忠告されたというのだ。

理由はいくつかあった。
以前から貸したお金を返さず、そして感謝の気持ちもさっぱり示さないのにここで簡単に貸してしまえば、彼女たち夫婦はますます僕とモナに甘えることになる。ここは甘やかしてはいけない。最初から当てにされるような実績を作ってはいけない。
お金は自分たちの家族を守るためにキープしなければならない。それは妹やその旦那も同じことだ。それでなくとも我が家はダディーの入院で思いがけないお金がかかったばかりだ。人の家を助けている場合ではない。
それになぜ妹はモナに直接言うのか、姪に直接お願いすることではないだろう。彼女たちは僕やモナの責任の範疇外だ。それなのに言えば簡単に貸すほどお金があると思われては困る。我が家は銀行ではない。
そしてダディーに引き続き自分の妹のことまでお金を出してもらうなど、僕に恥ずかしい。

そのような理由が並んでいたと記憶している。
助けてあげたいと思っているモナは、ママにそのように言われ困惑しながら僕に電話をしてきた。
僕はママがそう言うならそれでよいではないか、その通りにすればよいと言ったが、モナは、助けることができるのに助けなければ、後で険悪なムードになると言う。
だったらお金を出せばいいじゃないかと言えば、それはママに逆らうことになるので、自分の気持ちはそうしたいがそれは簡単にできないと言う。

その辺りで僕は薄々感づいてきた。僕が出せと強く言っていることになれば全てまるく収まるから、モナは相談と銘打って僕にそれを言わせたいようだった。それに対して僕があなたに任せるという態度を取るものだから、中々煮え切らないのだ。

そこで目先を変えて、もしこちらで病院代を出さなければ、その子供はどうなるのか、病院を出ることができなくなって困らないのかと僕は訊いた。
するとさすがのママはそこまで考えての意見だったようで、病院代は魚屋をやっている叔父さん(当人からすれば実の兄)に相談しなさいと妹に言ったらしい。魚屋の叔父さんは、子供が2人とも一人立ちし貯金もあるから、お願いすれば出せるはずだという理屈だった。
なるほど、お願いされた叔父さんは寝耳に水で迷惑だろうが、確かにそのような選択肢もある。何も我が家だけが親戚全ての厄介ごとで頼られることはない。
それだったらそれでいいじゃないか、それで後でもめるようならあなたの判断でお金を出してあげてもいいからと電話を切った。

夜アパートに戻ってから、病院代の件がどうなったのかをモナに訊いた。
結局叔父さんが4000ペソ、ママが1000ペソを出して解決したそうだ。その際魚屋のおじさんは、妹に対して大きな不満をぶつけたらしい。
一番の不満は、普段偉そうなことばかり言っている妹の旦那が、少ない給料から酒代だけはかかさず捻出し毎日お酒を飲んでいるが、なぜそれを節約して緊急用にお金を寄せておかないのかということだった。そのような努力をした結果お金が足りないというのであればそれは仕方ないと納得もできるが、自由気ままに生きていながらいざ困ったら人に頼るのは間違っているだろうと言ったらしい。

素晴らしく筋の通った意見で、その日本人的発想や考えにはやや驚くが、叔父さん夫婦自身がその考えを実践し、コツコツと仕事に励み誰にも迷惑をかけず子供2人に高等教育を受けさせ一人前に育て、今は家を建てるための土地を購入し、これから新築にとりかかる手はずとなっている。よってその叔父さんは、それだけのことを言う資格を十分持っている。
ママもしっかりものだが、ママ以外の兄弟では唯一しっかりものの叔父さんなのである。

妹の旦那に対する文句は、日本人の僕が言うよりもフィリピン人で頑張っている叔父さんの言葉の方がずっと骨身に堪えるはずで、これをきっかけにその旦那さんも少しは変わってくれたらいいのだが、おそらくは何も変わらないだろう。
なぜか断言できるほど僕にはそれが分かってしまうし、おそらく周囲の人も同じように思っているはずだ。
これから先も何も変わらず、不測の出費に見舞われたら、また同じようなことを繰り返し誰かが泣きを見ることになる。
このことは、フィリピン人でも日本人でも、少々お金に余裕のある人であれば、ずっと付きまとうことである。

この出来事で、僕は一つのことに気付いた。実は初めて気付いたわけではなく、おそらくそうなるだろうなと予感していたことが、やはり実際にそうなった。
それは、親戚は援助対象外で、頑張れない人はそれなりの生活しかできないことを諦めてもらうしかないと普段から思っていても、そして本心からそう思い徹底したいと思っていたとしても、いざ今回のような緊急時になれば、目の前で死にそうな親戚を見捨てることは実際には難しいということである。
もしお願いされても助けずに誰かが死に至れば、死んだのは僕のせいとなるのは間違いない。僕はそのような陰口をたたかれるのは別に良いが、モナには心の負担になるだろう。
そして本当に身近な家族が、冷たく親戚を見捨てた自分をどのように捉えるかにも怖いと感じる。
加えて一番の問題は、普段から多少なりとも関わりのある親戚の緊急急事態を見たり知ったりしてしまえば、情が動いてしまうのである。

すると、フィリピン人の家族に飛び込んでしまった人は、このようなことをある程度想定し、普段から備えておかなければならないのかもしれない。
しかも備えればますます当てにされることになり、何か矛盾があるような気もしてくるのだが、いざとなればどうしようもなく仕方のないことになってしまうのだから、それはこちらもある程度の諦めと、心やお金の準備が必要ではないかということになる。

ビコールのSさんとその話しをしたら、Sさんも同じようなことに何度も遭っているとのことだった。結局はかなりのフィリピン人を助けてきたが、いずれも仕方ない状況に追い込まれてそうなったようである。

その中で一つ、有益な話を聞いた。
そのような困った話を自分の耳に入れないよう、普段から家族にお願いしておくとよいということである。
自分の耳に入ってしまえば、どうにかしてやるしかない状況になるから、妻や妻の家族で解決できることは、その段階で解決してくれるようにお願いしておくということだ。
例えばお金を借りに来た人に、今は我が家も大変だからごめんねと言って500ペソや1000ペソを渡して帰してしまう。それで何とかなる場合も多いのに、それをこちらにどうすれば良いかと話を持ってくるから事態がややこしくなってしまうというのである。
確かにその通りで、僕もそれは激しく同感であった。

助けられるなら助けるべきだと言う日本人もいらっしゃる。
が、助けてもらいたい人にとってはこちらだけを見ているだけで一対一の関係だが、こちらは一人で大勢の人を助けることになる。多勢に無勢となり大変不利だ。一つの案件金額が小さくても、積み重なれば無視できない金額となり、限りある財力であちらもこちらもというわけにはいかない。
しかし、助ける対象を選択はできない。あの人は助けたのに、なぜこちらを助けることができないのかとう話しになる。フィリピン人はそのような不公平をとても嫌う。それが逆恨みに発展し、事件になってしまうことすらある。
内容が命に関わるような相談にどのように対処すれば良いか、そのような背景を含め考えると、実際には大変難しいことだと実感するのである。

話しはまるで飛ぶが、昨夜ラーメンを食べに行ったら、絶世の美女と呼んでもよい女性が店に入ってきた。一瞬、日本人?ナニ人?と思ったが、仲間との話しを聞いていたら、どうやらタガログで話しているようで、フィリピーナのようだった。
これほど綺麗なフィリピーナがこの界隈にいるのかということに驚いたが、ラーメン屋の次に行ったコーヒーショップにも、目を引く若くてスタイルが抜群の美女3人がいて、僕は最初彼女たちを日本人だと思い、最近の日本人は実にスタイルがよく綺麗になったものだと感心した。しかし聞こえてきた会話がタガログであることに、え?フィリピーナなの?と、再び驚いた。
偶然若い綺麗なフィリピーナを立て続けに発見し、この界隈にも若くて綺麗なフィリピーナが結構いるものだということに驚いたのだが、日本人とフィリピーナの見分けがつかなくなっている自分にもかなり困惑していたのである。

それにしても、これほど身近にすばらく綺麗なフィリピーナが結構いるもので、関わってしまえば大変なことが多いフィリピンでも、入り込む際にはそんなことには考えが及ばず無我夢中で突進してしまう人が多いのは、おおいに頷けてしまうとあらためて思った昨夜の出来事であった。
フィリピンは大変だと十分すぎるほど知っている僕でも、もし僕が独身であれば、彼女たちにお近づきになろうものなら自分を律する自信を全く持てないと思えるほどの美女たちだった。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:441.援助について
2012年02月21日

440.気持ちの伝搬


最近昼は少し寒さが緩んでいるように思えるが、夜になると途端に厳しい極寒が襲ってくる。
日曜日も昼の陽射しを浴びている時には何とか我慢できた寒さが、夜には突き刺すようなとげのある寒さに変わり、それはそれは厳しい時期に日本に来てしまったと後悔の念を強くするばかりだ。

しかし、その寒さの中にも一筋の暖かさのようなものがある。
それは、ブログを通じて知り合った仲間と集う機会に恵まれていることだ。
あちらこちらに付き合ってくれる友人ができて、寂しい時にも寂しくない時にも、随分と救われている。

日曜日には日本Sさん御夫婦と待ち合わせをし、とある街のモールへと行った。
買い物をし美味しいものを食べ、お酒を少し飲んでカラオケをするなど、もはやレジャーとかイベントと呼ばなくてはならないような有意義な時間を過ごさせて頂いたが、そのような楽しいひと時が日本で単身赴任をしている侘しさを忘れさせてくれる。
(Sさんのブログに詳しく掲載されました・・http://ameblo.jp/hige5254/

小心者の僕は、未だにSさんの奥さんが眉間にしわを寄せて詰め寄ってくると相変わらずビビっているが、彼女の本当の姿もかなり見えてきて、会う度にビビる時間が短くなっている。
少し前までは奥さんと二人きりにされると僕の緊張は自然と高まったが、最近は普通に会話できるようになってきた。怒った顔をされた後、こちらのビビった姿にケラケラ笑われたりするとホッとするのである。
僕は昔からこのギャップに弱い。最初にどうみても怖い人だと思える人が、実はまるで反対の素顔を持っていることがちらほら見え出すと、妙に気になりだして惚れてしまう傾向がある。
友人の奥さんを捕まえて「惚れた!」などということは決してないので、その点は誤解無きようにお願いしたいが、深い愛情や優しさを持っている人の場合、第一印象は良いより悪い方が得だったりするのである。
だから人間は、自然にまとった薄皮のようなベールが重要な役割を果たすと思えるのであり、噛めば噛むほど味の出るするめのように、じわりと人間的良さを出してくる人は味がある。

薄皮理論になると、またとめどなく迷路に入り出すので日曜の話題に戻ると、そのモールには、バッグで有名なあるブランドの店があった。かねてからモナに、少し大きめのそのブランドバッグが欲しいと言われていたが、まともに買えばそれはそれは高い品で、ちょっと待ってねと、これまで買うのをためらっていたものだった。

もしやこれが噂の・・・。

そのモールに行けば、他では定価でしか売らないバッグが半額以下で買えるという情報を以前から入手していたが、足を運んで確認するのも面倒で放っておいた。
店内に入ってみると、噂通り、いや、噂以上のディスカント価格がずらりと並び、なぜこれほど安いのかと店員に真顔で聞いてしまったほどだった。
さっそくモナとスカイプを接続し、展示されている商品の映像をフィリピンに送りながら、大きさや色などについてモナの好みを確認した。

途中、TV電話やカメラはお断りしていると店員に何度か注意を受けながらも、安い買い物ではないのでできるだけモナの好みを確認するため、しばらくこそこそとスカイプを繋げていた。
スカイプの画像越しでは中々商品のイメージが伝わりにくいのか、最初にモナが選んだのは、昔ながらのオーソドックスなバッグで、それを買うと決めて一旦レジに並んだが、Sさんの奥さんがそれは古いモデルだから、どうせ買うなら違う方が良いとアドバイスをしてくれ、今度は奥さんと2人で商品選び。
偶然にも僕と奥さんの好みが一致し、最初に選んだ物より若干お高くはなったが、自信満々に2人で絶対こちらの方が良いと、モナに確認を取らずに急遽購入製品を変更してその代金を払ってしまった。
価格は5割引いた値段から更に3割引き。つまり定価の35%の価格となる。(0.5×0.7=0.35)

モナは前から欲しいと言っていたのに、いざバッグを買うと告げたらそんなに高いバッグは要らないと言い出したので、僕は店内でバッグを映しながら、ディスカウントでとても安くなっていることを早々と白状し、そのくらいならば僕が一日一食抜けば何とかなるから大丈夫だと言った。
モナはそれを信じたのか信じなかったのか、「そう?」と明るく答えながら、にこやかな顔つきでバッグの購入を承諾した。
ちなみにそのバッグの購入は、フィリピンの生活費とは別の、自分の日本の生活費を割いて買うのだから、紛れもなく自分からのプレゼントである。

購入後に一度選んだバッグを変更したことをモナに伝え、それをモナにちらりと見せると、モナはとても喜んだ。
彼女は早速インターネットで同タイプのバッグを調べ、鮮明な画像を確認してから、「kakkoe na」(かっこいい)とメッセージを送ってきた。少し日本語を間違っているが、その表現と少し間違いを含んだモナのメッセージは、彼女の愛嬌と喜びが十分伝わってくるものだった。
アパートへ戻ってからも、僕はスカイプのカメラの前で、買ったバックを手に持ったり肩から下げたりしながらモデルをやらされ、モナはバッグの色合いや大きさを確認しながら、使い勝手などに大いに想像を膨らませていた。
話しを聞けば、午前中は海に行ったので、午後から疲れで眠気をもよおしていたらしいが、バッグの情報が入ってからは興奮して眠れなかったらしい。
そこまで喜んでもらえると、そのバッグを清水の舞台から飛び降りる気持ちで購入した甲斐があったというもので、久しぶりにプレゼントらしい品物を買ったこちらの方も、喜びひとしおというものである。

我が家は夫婦間のプレゼントには、いつもお金をかけない。
僕は日本出張でフィリピンを留守にしがちなこともあり、昨年のモナの誕生日、結婚記念日に、モナに何もプレゼントを進呈していない。
彼女の方はイベント(誕生日やクリスマス等)の時に、プレゼントとして何が欲しいかをいつも訊いてくるが、僕が何もいらないと言うと、昨年の誕生日には7000円のサンダル、クリスマスにはフィリピン純正トランクスを4枚(推定200〜400ペソ)くれた。トランクスは少しタイトな感じで、しかも数回の洗濯でへたってしまいそうな感じがしたが、予想に反して今も健在なトランクスをここ日本でも愛用させてもらっている。

僕から彼女への贈り物は恋愛時代を含め数えるほどしかなく、一万円を超えるプレゼントは数年ぶりとなる。
バッグのプレゼントは初めてのことで、モナの喜び様を見ればやはり彼女も他の若いフィリピーナと同じように、ブランド物のような物が普段から欲しいことがよく分かるが、普段は全くおねだりをしない。
最近久しぶりに言われたのが、そのブランドバッグとipadであったが、それもいざ買ってあげようとすれば、お店でのやり取りのように高いからもったいないなどと言われるから、経済観念上は本当によくできた嫁である。

我慢してくれるほどいじらしく感じることもあり、「釣った魚にも餌をやる」ではないが、たまにはこうしてプレゼントをあげたりするのも良いものだ。
特に僕の場合普段釣った魚に餌をやらないので、たまにこのようなことをすると、サプライズだったなどと言われ効果絶大である。
しかし彼女の喜びの声を聞けば、どうやら買ったものの金額の大小ではなく、こちらの気持ちがきちんと伝わっているようであった。
気持ちの伝搬というものは、伝える側の一方的な思いだけでは中々届かないことも多く、それは受け取る側の感受性や気持ちにも左右される。
よくよく考えてみれば、買った側の僕も嬉しく感じていたが、何が嬉しいのかと言えば、自分の気持ちがきちんとモナへ伝わることに、一番喜びを感じているのである。
このことは恋愛関係でも夫婦関係でも、大変重要なことである。
現在僕とモナは日本とフィリピンで離れているが、偶然気が付いて立ち寄った店での買い物により気持ちを通じ合わせることができたことは、やはり嬉しいことであった。
そのように考えれば、安くない買い物も、安いものだったのかもしれないと思えるのである。


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エントリー:440.気持ちの伝搬
2012年02月19日

439.自殺

日曜日の今日、日本のSさんとお会いすることになっている。
朝から電話で待ち合わせの場所や時間について相談し、ついでに世間話で結構長い時間話した。その後朝風呂の準備を始め、バスタブにお湯がたまる間、秋田の実家に電話を入れた。

電話が終わり、それから洗濯機を回し、せっかく洗濯するなら今履いているパンツも一緒にと、洗濯機の前でいそいそと履いているパンツをぬいで洗濯機に放り込んだ。
そしてそのまま丸裸で、最近読んでいる小説を手にバスルームに入った。
僕は体が十分温まるまで、いつもお湯の浸かりながら小説を読んでいる。
しっかりと汗が出るまでこうしてお湯に浸かるのが、最近の僕のリラックス方法である。

さて本を片手にバスタブの中に足を入れると、バスタブにたまっているのはお湯のはずだったが、とても冷たく、思わず「ひぃ!」という声を出した。
一度水道のお湯栓から出る水を止め、少し時間をおいてからもう一度お湯を出そうとしてみたが、出てくるのはいつまでも、冷たすぎるほど冷たい水ばかりである。
給湯器の故障かと思ったが、ガスコンロに火をつけてみると、肝心のガスが出ていない。どうやらガスが止まってしまったようだ。
こうして僕は丸裸で少しの間部屋の中をうろついていたが、しばらく待ってもガスが出ないようなので、仕方なく服を着た。

下の階に入っている会社の人にガスが出ているかどうかを確認したり、建物の中でガスの元栓を探したりとうろついていたが、ガストラブルの際の連絡先を書いたシールを見つけ、そこに電話をすることで無事に解決。
屋外に設置されたガスメーターに表示されたエラーを読みあげてガス会社の人に伝えると、ガス量オーバーということだった。風呂にお湯をためながら長電話をしたために、ガスメーターの安全装置が働いたらしい。外にあったガスメーターの復帰ボタンを押すだけで、作業は無事終了。
最初は僕のリラックスタイムを返してくれという気分だったが、結局自分に非があるようで納得。

最近はガスメーターも賢くなっている。どの程度の時間でエラーが出るのかを確認したら、今回の時間をガスメーターが記憶したので、次回は同じ時間まで大丈夫とのことだった。
そういえば、僕もスマート(賢い)電力計の開発に携わったことがある。それは電気泥棒防止や、料金未払い対策のため、電気料金をプリペイド化するための電力計だった。
世の中何でもスマート化している。


さて、先日ある方の運転する車に乗っていて、交通事故による死亡者数の話題になった。
最近は交通事故による死亡者がめっきり減ったというお話で、それよりも自殺者の方がはるかに多いという話題だった。
交通事故が減った原因は、推測だがという前置きを付け、子供が外で遊ばなくなったせいではないかとその方が話していた。
なるほどそういえば、外でボール遊びや自転車遊びをする子供をめっきり目にしなくなったような気がする。みんな家や塾で勉強をしているか、ゲームをしているのかもしれない。
子供の生態は、僕らの子供時代から大きく様変わりしているのは感覚的にも分かる。

そこでインターネット上で、交通事故による死亡者数や、自殺者の数を調べてみた。
すると、交通事故による死亡者数は、昨年一年間で約4900名。ピークは昭和45年の約17000名であるから、その数は激減している。
一方自殺者の数は、昨年データで約30000人。一日平均で約81名の方が自殺している計算となる。

日本は世界の中でも自殺者数がトップクラスだと思っていたが、一位はリトアニア、二位は韓国、三位はロシアで、その後ベラルーシ、ガイアナ、カザフスタン、ハンガリーと続き、日本は八位であった。意外に東欧に自殺者が多い。(人口10万人あたりの自殺者数に換算した比較なので、人口の多い・少ないは関係なし)
韓国は近年急激に順にを上げているようで、それは最近の競争社会に韓国がしっかりと組み込まれ、家電製品や自動車での活躍がめざましいことと関係ありそうな気がする。

日本の自殺者の特徴は、45歳から64歳までの男性が多いことだ。逆に自殺者数の少ない国では、相対的に若年層の自殺者が目立つ結果となっている。
この傾向について、WHO精神保健部ホセ・ベルトロテ博士はこう言っている。

「日本では、自殺が文化の一部になっているように見える。直接の原因は過労や失業、倒産、いじめなどだが、自殺によって自身の名誉を守る、責任を取る、といった倫理規範として自殺がとらえられている」

日本は昔から、切腹により責任を取るという文化があったので、このホセ博士の話には一理あるように思える。
そして45歳から64歳の男性に自殺が多いというのは、この辺りの年代に、人生の中でもっとも苦悩が訪れやすいというということだろう。

一日80人もの人が自らの命を絶つということは驚きであるが、かつて僕も苦しい時には、一度ならず死を意識したことがある。しかし、実際にそれを実行に移すかはまた別の話しだ。
仮に今現在、僕自身が死にたいほどの苦境に陥ったとして、自殺を考えるかどうかと言えば、答えははっきりとノーだ。
なぜノーかと言えば、それを考えた次の瞬間に、モナやベルやユリの顔が頭に浮かぶからである。
ほんの数カ月の出張で、離れて暮らすことにモナは寂しいと言うが、それでも我慢して耐えられるのは、僕が生きているからである。我慢して待っていれば、そのうちまた一緒になれる。それが心の支えになっている。
しかしもしこの先の将来ずっと会えないとなれば、モナは立ち直れないほどの悲しみに見舞われるだろう。
それだけではない。モナやモナの家族は、なぜ自分や家族がいるのに勝手にいなくなってしまうのか、そのことが一生消えることのない心の傷として彼女の中に深く刻まれることになる。それは自分の実の親に対しても同じである。
事故であれば年月をかけて諦めもつくが、自ら命を絶つ行為は、深く関わりのある人間に様々な禍根を残すことになる。
よって僕は、自殺という行為は家族に対する最大の裏切り行為だと考えるのである。

死を決意した人にとって、何を言っても糠に釘かもしれないが、死ぬほどの決意があれば何でもできる。
借金が原因でも、職場での失態が原因でも、死ぬくらいであれば逃げればよいではないか。
生き続けるのが辛いから死の決意をするのは分かるが、人間は一人で生きているわけではない。よって、関わりのある人たちに最低限の責任を感じなければならないのである。
その責任を果たすために、僕は死にたいという人に、「生きて生き恥をさらす勇気を持て」と、声を大にして言いたくなる。

少なくとも今の自分は、何があってもその覚悟はできている。
家族が路頭に迷うことになれば、どんな仕事をしてでも家族の命を繋げる努力をしたいと思っている。贅沢な暮らしは二の次で、まずは食って生きていけることが先決だ。そのうち子供も成長し、自分たちを助けられるようになる。そうなればまた、平穏で幸せな暮らしが訪れるだろう。
それにはまず、自分の命を繋げておかなければならない。
家族も自分も一時的には惨めで不憫かもしれないが、自ら命を絶った時に周囲に与える心の負荷は、それ以上である。

僕は生き恥をさらす勇気を持つ人を、決して蔑みはしない。それがどれほど大変なことかを知っているからである。その勇気を持つ人を、心から応援したい気持ちも持っている。
可哀そうだとか哀れだという感情もない。生きて立ち直ろうとする人を、無心に応援するだけである。
それでも死にたい方には、どうぞご自由にと言うしかないが、自分だけの苦しみから逃れるために、周囲に苦しみを残して逝った人は、やはり残念な人だったと言うしかない。

ちなみに昨年のフィリピンの自殺者数順位は、101カ国の主だった国の中で87位だった。
その前の年は93位で少し順位を上げたようだが、フィリピンの人は死ぬことで何とかしようということがナンセンスだということを、日本人より良く知っているようである。


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エントリー:439.自殺

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