フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年01月13日

426.そろそろ復活

仕事に弾みがついてきて、少し元気になってきた。
しかし味覚障害は相変わらずである。何を食べても薄味で、美味しいのか不味いのかわからない。辛みはやや感じるが、醤油味は分からない。コーヒーはコーヒーだとなぜ分かるのか不思議だったが、実は香りでコーヒーだと感じているだけらしいと気がついた。
しかしどうやら、先日記事の中で触れたように不味いコーヒーの酸味ははっきり分かったので、味の種類によっても感じ方が違うようである。
今日昼食を取りながら思ったのだが、もし自分が料理人だったら、これは致命的な病気で即失業であった。とりあえずパソコンをいじるのに味覚は必要ないので、助かっている。

それでもこのまま味覚が復活しなかったら困りものだ。食べる楽しみがなくなってしまうのは、人生の中で大きな損失となる。
誰かと一緒に食事をして「これ美味しいね」などという喜びの共有ができなくなる。相手が心を込めて作ってくれた料理に感動できなくなる。美味しいものでも食べながら一杯やろうという気が失せる。思わず出会った美味しい食べ物の作り方を想像することができなくなる。このような食の楽しみが一切なくなるのである。

本日の昼食で、かつ丼を食べたい衝動にかられた。もし食べてみたら美味しいと思うかもしれないという期待感をもってかつ丼をとってみたが、一口で見事にその期待が裏切られたことを知った。次に、どうせ味がわからないのであれば安いもので良かったと思った。
そうやって、食事が単なる生きるための栄養補給になりつつある。
本日の夕食は、コンビニでおにぎり2個と鍋焼きうどんを買って、アパートで済ませた。

味覚障害は、神経疾患や薬の副作用、心因などの原因が考えられるそうだが、一番多い原因は、体に亜鉛が不足するというものらしい。
亜鉛は体に吸収されにくいので、ビタミンCと一緒に取ると良いらしいが、ひとまずサプリメントの亜鉛を買ってきた。ついでに今日も徹夜仕事になりそうなので、栄養ドリンクとピーナッツチョコ(甘いものは頭の回転を良くするし、ピーナッツには亜鉛が含まれる)を買ってきた。しばらく意識して亜鉛を摂取することにしようと思っている。
生ガキにレモンをかけて食べるというのは、効率良く体に亜鉛を吸収するベストな組み合わせらしい。それはちょっと贅沢かもしれないが、とにかくそんなことを常に意識していれば、亜鉛を取る機会も増えそうだ。

モナも熱を出して体調を崩していたが、本日熱は下がったものの喉が痛いらしく、声を出すのもつらそうだった。しかし、ユリを抱いているスカイプ越しのモナは、思ったよりも元気そうだった。
再来週の日本からの来客に備えいろいろと考えているらしく、それが張り合いになっているようだ。
来客を機会に、2階のトイレの水回り不具合を直し、水だけだったシャワーを温水に変更することになった。
どうするとモナに訊かれ、自分たちの部屋のトイレやシャワーを使ってもらえばいいじゃないかと僕は安直に答えたが、モナは、それはお客が気を使うことになるから、もしそうするならあなたからそのお客さんにあらかじめお願いしておいてと言われた。
それもそうだと思い直し、もし工事が間に合うなら、いっそ工事をしてしまえということになった。
そのシャワールームは普段、ダディーやママが使っている。ダディーは水でも全く平気だが、ママは寒い時に水が辛いらしい。本当に辛い時にママは、僕とモナの部屋のシャワーを極たまに使用している。
そして水回りについては、便器のフラッシュに不具合が出たため、よく見かけるフィリピンスタイルで、桶に水を汲んで流していたらしい。
そのことは前々から、修理をしてシャワーも早く温水にしてあげなさいと言っていたが、中々実行に至らなかった。だからこれについても、本当に良い機会となった。
来客は大変だが、少し前までめそめそしていたモナがそうやって元気になっていくことは、本当に良いことである。そうやってバタバタしていれば、病気も体から逃げていくだろう。

僕が留守の間に日本人が我が家を訪れることは、モナには少し荷が重いようだったが、そこはビコールに住む日本人のSさんにサポートをお願いした。
Sさんはお客さんが良ければという話しを前提に、「お願いされてできないことはないと思うので、何なりと言ってくれ」と気持ちよく了解してくれた。
さて、客人をマニラまで車で送ってくれと言われたら、やはりそのお願いを叶えてくれるのだろうかなどと思いながら、そう言ってくれるSさんには恐縮しながら感謝の気持ちでいっぱいである。
Sさんの奥さんも加わり、おそらく来客時の我が家は盛り上がると思われる。その時に自分が現場にいられないことは本当に残念に思うが、Sさんには、日本に行かなければならないとしても、そうやって働けるだけ幸せで、僕ががんばっている分モナが両親や子供と一緒暮らせるのだから、それは辛いとしてもその辛さを十分補うほどの意味があると言われた。
まさしくその通りであり、そして疲れたら帰る家があるのだから、現状を本当に幸せなことだと思わなければならない。

このようにして、僕とモナは少しずつ元気を取り戻している。
本日はまだまだ仕事となるが、この急ぎの仕事が終わればこの先ほとんど徹夜してまでの仕事はないはずだ。
味覚が復活すれば、休日には美味しいコーヒーと読書で、僕は体と心を休ませることができる。そうなってくると、また自分のペースで生活ができるようになる。
陰気な部屋は相変わらず寒いが、ここにいることへの違和感も次第に消失してきた。
ようやく復活の兆しが見えてきたようだ。
それにしても日本の寒さだけには、中々体が馴染めない・・・。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:426.そろそろ復活
2012年01月11日

425.厳しい寒さ

今回宿泊しているマンスリーマンションは前回宿泊した場所に近いが、住居周辺の街の様子は前回と全く異なっている。前回は大きな駅前の賑やかな場所だが、今回は小さな駅の近くの中途半端な街という違いである。
まずは住居付近に何があるかを確かめるため、付近に散策に出ることにした。体にずしりと重くのしかかる旅の疲れが残っていたが、部屋の中でじっとしていると、心が締め付けられるような寂しさがあったからだった。
具体的な目的はコンビニ、ラーメン屋、コーヒーショップ、スーパーそして本屋を探すことだったが、それらはすぐに見つからず、飲み屋が入っているビルディングがすぐ近くに何軒も目についた。それらのビルディングの一階には、まだ灯りの入っていない看板が、道路から少し引っ込んだ場所にたくさん並んでいた。

以前見かけたような気がしたコーヒーショップのチェーン店は、どうやら店じまいしたようで見当たらない。地図によるとハンバーガーショップもあるはずだったが、それもない。やはりつぶれてしまったのだろうか。
ラーメン屋は数件見つけたが、いずれも昼はやっていなかった。未だに正月休みというわけではないだろうから、いつも休日は閉店しているのだろうか。

看板はあっても閉まっている店が多いせいで、それが街を極端に寂しく感じさせた。
まだ午後の2時頃であったにも関わらず、陽がかなり傾いているような気がしたことも、そう感じさせた要因の一つだった。
なぜそのように感じるのだろうかと良く周囲を見渡して、太陽光線の色がフィリピンとは明らかに違うことに気付いた。
この時期日本の午後の太陽光は、フィリピンのそれと比べて黄色いのである。おそらくそれは、太陽光が入り込む角度が浅いせいだと思われる。
暖色系の太陽光にも関わらず実際は肌に突き刺すような寒気を伴っていて、それが一層の冬を感じさせていた。
同時にそれは、人気(ひとけ)が少なく、シャッターの閉じている店が多い街並みを侘しく見せ、何もかもに寒い印象をもたらしていた。
そんな光景を眺めながら特別な当ても無く歩く自分までが、侘しく朽ち果てたような気になってきて、ここでも気が滅入ってしまった。

そのような気持ちから逃れるために、たまらず電車に乗り、東京寄りに二つ目の駅にあたるこの界隈では大きめの街で電車を降りた。
さすがにそこは人の往来が多かったが、人の多さが自分の虚ろな気を晴らしてくれるわけでは無かった。
黄色い太陽光線は相変わらず僕の気を滅入らせることになり、食後に購入したコーヒーカップ、灰皿、タオル、コーヒー豆を持って、思わず駅ビルの中に店舗を構えるコーヒーショップへと入った。
そこのコーヒーは一杯300円だったが、淹れてからしばらく保温していたためか煮詰まって、酸化が激しく、下品な酸味を伴った不味いコーヒーに変質していた。

せっかくのコーヒーも自分を幸せな気分にしてくれないので、そこを早々に切り上げ、結局最初に陰気だと感じた部屋に戻るはめになった。
不味いコーヒーショップでは、目が覚めるほど酷い味のコーヒーを味わったのに、疲れのせいでその不味いコーヒーを飲みながらテーブルで船をこいでいた。
夜通し飛行機に乗ってきたので、飛行機の中では寝ていたはずでも、頭と体に寝不足時によくあるけだるさを自覚していた。
部屋でも吸い込まれるような睡魔に襲われ、外はまだ日が高かったが、部屋で仮眠をとった。

目覚めた時には夜7時を過ぎ、外もすっかり暗くなっていた。
久しぶりの日本の番組でも観ようかとTVの電源を入れてみると、欽ちゃんの仮装大会をやっていた。それを茫然と眺めるように観ていたら、バンコックに取り残された自分の荷物が部屋に届いた。
荷物が届いたことをきっかけに、もう一度外に出てみた。喉が渇いていたので、飲み水を確保したいと思った。

昼は灯が消えて隅に押し込められていた看板が、表に並び一斉に怪しい光を放っていた。良く見ると、歌って飲めるという謳い文句の店がほとんどだった。しかし不思議と、どこでもカラオケの音は全く表に漏れていなかった。
怪しい灯りを一つ一つ確認しながら、昼に発見したスーパーに入って水のボトルを2本と簡単な海苔巻弁当を買い、それだけで部屋に戻ってきた。

スーパーで買い物をしている時に、たまたまモナから電話が入って少し話をしたら、モナも体調が思わしくなく、熱が38℃の半ばに達している言っていた。
今朝もう一度体調を確認したら熱は下がったという話しだったが、無理せずゆっくり休んだ方が良いという進言に対して、今日は忙しいからそうもいかないという返事が返ってきた。

モナは体調不良の原因がストレスだと言った。生粋のフィリピン人にはストレスのなんたるかが分からないと言われるが、日本に関わるモナはストレスとは何かを知っているらしい。確かに自分の度重なる出張は、彼女に心の負担を強いている。
何のストレスなのかだいたいの察しはつくが、敢えてその話題には踏み込まなかった。墓穴を掘るのが目に見えていたからだ。
しかし言葉には出さなかったが、お互いこのような生活にストレスを感じ、2人で体調を崩していることを深く考えずにはいられなかった。

日本の仕事を一日終えて、今日の自分ははつらつとしたところが無かったように思う。
お客さんとのミーティングでは、冗談を言う気力はなく、必要最低限の質問と受け答えに終始した。お客さんの説明の場面では、眠気を堪えるのに必死だった。まだ体がだるかった。
めでたく仕事を受注したかたちとなったが、まるで嬉しくなかった。積極的にすぐ取り組もうという気持ちになれない。
自分の中で何かのバランスが崩れているようだ。
ちなみにマレーシアで発病した舌の痛みは治まったが、現在味覚障害を起こしている。
これは日本に来てから酷くなったようだ。
何を食べても、本格的に違いのわからない男になってしまった。
食べる楽しみも失った南国暮らしの僕に、日本の冬の寒さはもはや厳しすぎる。
早速本日は急ぎ仕事の第一弾で、コーヒーとリポを飲みながら、徹夜の試練に立ち向かっている。
こうして自分のペースを少しずつ取り戻していくしかない。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:425.厳しい寒さ
2012年01月09日

424.タイ人

バンコックに置き去りにされた荷物が無事に帰ってきた。
届けられるのは夜10時頃になると言われていたが、8時半頃に携帯に電話がかかり、近くにいると連絡があった。
こちらの詳しい場所を伝えると、5分後にタイエアと名乗るスーツを来てIDを首からぶら下げた立派な風貌の年輩の方が荷物を持ってきてくれた。
本来は宅急便で送る荷物をわざわざ持ってきて頂いたことにお礼を言うと、ご迷惑をおかけしたという丁寧な謝罪と、タイエアの再度のご利用を宜しくお願いしますと挨拶された。
引き渡しの書類をよくみると、その方はタイエアから委託を受けている業者の方らしいが、まるで粗相をしたタイエアの職員になり変わっての低姿勢・丁寧な対応だった。

最近は外国の風習に慣れているので、そのような対応に出会うと日本人のやり方には驚きを覚えてしまう。
海外では、同じ会社の粗相でも対応する本人には責任がないので、謝りもしない。
社員には会社と一心同体の気持ちが無い上に、客の立場で物事を考えることができないからである。
自分が悪いわけではないから、謝る必要などないと普通に考えている。本人の性格が悪いとか躾がなっていないということではなく、それが当たり前の感覚であり、またみんながそのように考えているから会社でも社員に教育をしない。
しかし客側は、そのような態度に納得できない憤懣が残ったりすることがある。
そのような場合憤懣を感じるのは日本人だけではなく、同じ習慣を持つ同国人でもそうなのだから、彼らにも日本人のように客の立場で物事を考えることができるはずだが、なぜかそうしようとしないのが外国人だ。

どうせ粗相をしてしまったのなら、その事実を消すことはできないのだから、せめて誠意を示して一度捕まえた客の心を少しでも繋ぎとめようとすればよいと思うのだが、なぜか社員はそのように考えないようだ。
あまりにも会社と自分の関係(客が増える、会社の利益が増える、自分の待遇が上がる)についての考えが希薄であるのは、会社が儲かって利益を受けるのは会社の経営者であって、自分ではないということがあるかもしれない。
アメリカをはじめとした諸外国の会社というものは、会社の重役の給与が桁はずれに多く、また儲かったお金をできるだけ株主に還元しようという風習があり、日本のように、会社を支える社員に還元しようとする部分は後回しとなる。資本主義社会とは、資本家が絶対なのだから、どうしてもそのようになってしまうようだ。
ましてフィリピンなどは従業員からの搾取が激しいため、自分が搾取される会社になり変わって謝る必要など全くないと考えているのかもしれない。

海外に出ると、それを強く感じることによく出会う。
例えばホテルで予約のミスがあり、予定していたホテルに宿泊できなくなったとか、エアチケットの予約ミスで大幅なスケジュール変更を余議なくされたとか、購入した物が不良品で交換する必要が発生したとか、面倒なことがやたらと多発するが、その際相手が申し訳ないという気持ちを持って誠意ある対応をしてくれることは少ない。そのような場合でも、事務的な対応に終始されることがよくある。
日本人のやり方が当たり前だと思っている日本人は、そのような対応を目の当たりにすると憤慨するが、実はそれが世界標準だと思った方がよい。

そう言いながら、せっかくタイエアを利用したので、少しタイ人について触れておきたい。
今回タイエアを利用したのは初めてだった。
タイの航空会社なので、アテンダントのほとんどはタイ人である。
初めてまともにタイの人と接する機会を得たが、タイ人の接客に対する感覚は、極めて日本人に近い印象を受けた。
アテンダントは、少なくともフィリピンの各エア会社の人たちより格段にレベルが高い。

挨拶は両手を自分の前で合わせ頭を下げる心のこもったものだった。たまたま隣に座った人に手渡すコーヒーをアテンダントが床に落としてしまったが、その時にはしゃがみ込んで自分の頭の高さを客より低くし、何度もソーリーを言いながら、その後の気の使いようも大変なものだった。客が大丈夫だと言うと、胸に手をあてホッとした仕草をしながらも、尚ソーリーを繰り返した。
困った様子をしている客にはきめ細かく声をかけ、できるだけサポートするように心がけていた。笑顔は作ったものではなく自然で、優しさがにじみ出るアテンダントが多かった。
もちろん女性アテンダントの容姿は、大変綺麗な人が多かった。それは年輩の女性アテンダントも同じだった。
なるほどタイの人が日本人に人気が高いのが頷けた。日系企業で働くタイ人従業員の人気の高さは、これまで何度か噂で聞いた事がある。

フィリピン贔屓の自分が見ても、フィリピンはタイに負けたと思ってしまうほどだった。
国力ではとっくに負けているのは明らかだが、個別の人間性の面で負けたと思うのは少し悔しい思いがある。
同じ南国であるマレーシア人も真面目な印象を受けるが、細かいところに気が回らないところはフィリピン人と共通するものがある。
しかし同じ南国人でも、タイ人は少々違うのではないかという印象を受けたのである。
これからフィリピン人と共にビジネスを推進しようと思っている自分には、それが何に起因するものなのか、大変興味あるところとなっている。
ふとしたことで垣間見たタイ人気質に、まだまだアジアは奥深いと思った次第である。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:424.タイ人

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