フィリピーナと共に
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2012年01月06日

420.疲れます

日本へはセブ経由のフィリピンエアラインで行こうと思っていた。マニラからの直通便は早々と売り切れになっていたが、セブ経由便だけは2〜3席の空席あり表示だった。よってそれを買う事ができると信じて疑わなかった。
しかしいざ購入しようとしたら、フィリピンエアラインはどの経路も満席で買えないときた。

さて、オンラインでは今でも空席があるのになぜ買えないのかとマニラのPALに問い合わせしてみると、システムがおかしくなっているのでそのような表示になっているが、実際には10日まで全て満席ということだった。
そんな無責任なことがあるかと思うが、それでは何とかしましょうなどと殊勝なことをフィリピンエアライン(サービス精神の欠落したフィリピンの会社)が言う訳ないので、またまた馴染みの旅行代理店に頼んでチケットを探してもらうと、タイ経由日本行きで最後の1席だというのが出てきた。
料金は片道で10万円ほどと高かったが、どうしても10日までには日本に帰らねばならないために、即決でそれで手を打った。

結局、マレーシアの深夜便で一旦マニラに飛び、翌早朝にマニラ到着後モナと合流、そしてその翌日の夕方の便で今度はタイへ飛び、1時間の待ち時間の後日本行きの便に乗り換え、更にその翌朝に成田到着という経路になった。
マレーシアにいるのだから、日本かタイへ直接行った方がはるかに効率的だが、正月早々からばたばたとフィリピンを出て、そのままフィリピンへ寄らず日本に行ってしまうのは人でなしになってしまうので、このようなアジアジグザグ旅行になってしまったがそれも仕方ないということになる。

それにしても大変疲れる。この時期出歩くということが、これほど大変だとは夢にも思わなかった。あらかじめ計画的に飛行機を押さえておけばよいが、臨機応変に動き回るというのはお金や時間がかかり体力も消耗する。体調が復活する暇がまるでない。
人から言わせれば、国際的に飛び回って、やりがいがあり、いかにもビジネスマンではないかと言う人もいるが、その身になればこれほどしんどいことはない。
僕自身もかつてそのような人を見れば羨望の眼差しを向けていたが、今は自分の境遇に激しく嫌気がさしている。
内実はまったく格好の良いことなどない。単にいつも仕事に追われ、動悸息切れを抱えながらあちらこちらを青色吐息で渡り歩いているという感じである。

思えば昔の海外出張には夢があった。行く先での仕事は勿論それなりに大変だが、しかしそれなりであった。死ぬかと思うほどの地獄を味わったこともあったが、何度もあった海外出張で逃げ出したいと思ったのは一回きりだった。
夕方仕事が終われば仲間と美味しいものを食べ、時には賑やかなところへ繰り出すという楽しみもあった。苦痛と楽しみがセットになっていたかつての出張は、まだ救いがあったように思える。
大企業の出張とは、まさにそのレベルだった。経費をかけて経費に見合った経済効果が上がらなくても、それが台所を直撃することなどなかったから、それなりに体裁を整えてしまえば良かった部分もあった。もちろんその分気楽であった。

反面現在の出張は大変苦しい。効果が上がらなければ経費だけがかかりひえあがる。つまり飢え死に同然となる。
これだけ飛びまわっていると、移動だけでも相当お金がかかる。宿泊代や食費も合わせれば、それだけの投資に見合った収入を得なければ、あっという間に回転資金が尽きてお陀仏となる。それだけプレッシャーがかかっている。
そのプレッシャーをいつも真に受けていたら身が持たないので、時には全てを忘れてゲームをしたり読書をしたり、インターネット上を徘徊したりする。
そのような楽しみを持たなければ、僕はとっくに発狂し、今頃異国の病院の個室に監禁に近いかたちで収容されていたかもしれない。
現在の体調不良が本当にストレス性のものかは不明だが、とにかく神経がストレスに犯されていることは確かな状況となっている。

マレーシアは国家が急激に近代化されてきたせいか、ストレスを抱える国民が多いそうだ。
昨日の僕に対する「お前はストレスを抱えている」という決め付けのような医者の診断は、まさにそのような状況を反映したものであるような気がしている。
国が栄えるということは、あらゆるところにストレスの原因が生まれるということらしい。
国が元気になりみんなでお金を稼ぐというところに、その原因が生まれるようだ。
お金を稼ぐということは、縛られて自由を失うことである。縛られずに自由に振る舞いお金を稼げたら幸せだが、使用人としてお金を得るということが、即縛られることを意味する。
では使う側の人はどうかと言えば、責任を負うという部分でやはり縛られる。
勿論例外的な人はいて、自分もその例外的な人になりたいと思うが、それは実力と運がなければ簡単にそうならない。

経済的に十分自立し、失速したと言われながらも大きな規模の経済を抱える日本は、つまりストレスの坩堝と言えそうで、貧しいアジア圏の発展途上国の人より豊かな生活をしているように見えて、実は普段からその代償もしっかりと払っているということになる。
僕の現在の状況もしかりで、少しでもまともな生活を維持するために、ストレスに耐えながら駆けずり回っている。

日本人は立派で利便性に富んだ社会を作り上げ、それをみんなで享受できる豊かな生活を手に入れたが、その豊かな社会が、陰では暮らす人々の多大なストレスを生み出していることを考え出すと、何か不自然でおかしな矛盾を感じるようになる。
豊かになるためにはその代償が必要となる、しかしその代償が大きすぎたら、それは豊かになったということなのか・・ということである。だから僕はそれを考え出すと、そこに安易に結論を出すことを躊躇してしまう。
同時にフィリピンという日本の昔のような社会がたまたま目の前にあり、それでは逆説的にこの国は豊かということになるのかと考え出すと、やはり同じように、そこに結論を出すことを躊躇してしまうのである。

人間の営みというものはあらゆるところが矛盾に満ちていて、そこに本当に価値を持った価値観を見出すのは大変難しい世の中になってしまったという感じさえする。
しかも実際に生きていかなければならない現実が目の前にある。
生きていくことは、大昔と違い格段に難しくなった。浮世離れした考えの持ち主は、激しい格差社会の中でどうしようもないみすぼらしい生活を強いられることになる。
そんな実態を見て、そしてストレスにまみれて動いていると、僕は社会主義者ではないが、資本主義には大きな罠が潜んでいたのではないかとさえ疑いたくなってくる。

それでも僕は、この流れに逆らうことができない。
疲労を感じながらも、日本でのミーティングに間に合わせるために家族や仕事とぎりぎりの調整をし、何とかスケジュールをこなす道を選んでしまう。
本当はそんなことはどうでも良いことだと思っていても、そうなってしまう。
そんな日々が続くほどその反動はうねりをあげて自分に作用し、日頃どうしようもないと思うフィリピンにますます魅せられてしまうことを感じる。
できるだけ早く全てを終わらせ、フィリピンの風をゆったりと感じたい。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:420.疲れます
2012年01月04日

419.心と体

滅多に病院に行かない自分が、マレーシアでクリニックの世話になる羽目になった。
今回フィリピンを出発する時から左胸に軽い痛みがあったが、マレーシアに到着した頃には背中側にも痛みが走るようになり、そしてマレーシア二日目には舌の裏側にあれたようなぶつぶつが出て、話しをするにも支障をきたすようになった。加えて喉も激しく痛み出し、頭は朦朧とし、何ともし難い状況になってしまった。
一日は我慢していたが、翌日も症状が悪くなる一方で物を一切食べられない状態になってしまっていたので、このままでは体力も落ちてしまうとかんねんしクリニックへ行くことにした。
物が食べられないというのは、とにかく口に入れたものが舌にしみて激痛が走るからであった。なんでもない普通の料理でも、唐辛子の塊や超激辛カレーを食べた時のようなひりひり感覚と激しい痛みが舌を襲い、我慢ならなくなる。

クリニックの医者は、胸の痛みの症状を聞き、そして口の中を見て、胸と口の症状は関係ないとすぐさま断言した。
胸の痛みは心電図を取り、それで異常がなければ筋肉痛、異常があれば紹介状を書くから大きい病院に行ってもらうと言った。口の中はマレーシアでは良く見かける症状で、それは疲れやストレスが原因だと素早く明快に判断した。
そして血圧、心電図は異常無しで、大変健康だから何も心配いらないと言われた。
この状態で大変健康だと言うこの医者は大丈夫かという気もしたが、とりあえず太鼓判を押してもらった事実は事実として、安心することにしようと決めた。
口の中を直す抗生物質と胸の痛みを取る薬と、口内用の塗り薬、そして胃薬をもらい、早速それを飲んでみた。

2〜3時間後、口の中の痛みが何となく引いてきた。口に中は水を入れただけでもまだしみるが、話しをするには問題ないまでに回復した。服用した薬が眠気を誘うが、病状には効果があるように見えた。
なるほど少し話し方に勢いのあった医者は、やはりたいした医者だったのかもと見直したが、夕方頃にはまた舌が痛み出し、今度は薬を飲んでも回復の兆しがなかった。
ある方(医者)から、ウイルス性の病気に抗生剤は効かないというアドバイスを頂いていたのが頭をよぎった。症状をメールで伝えたら、ヘルペス感染症が考えやすいという返事をもらっていたのだ。

痛みを我慢しながら夜の8時まで仕事をし、さて夕食をどうしようかと悩んだ。
舌の痛みでろくなものを食べていないにも関わらず食欲が一切ない。
しかし二日間まともに食べていないので、そろそろ体に何か入れておかないとますます体が弱ってしまうことが心配で、せめてフレッシュジュースでも飲んでおこうかと住んでいるマンション下の喫茶店らしきところへ入ってみた。
最初にフレッシュジュースはあるかと訊いたら、野菜から果物まで、10種類ほどのジュースがあるという答えが返ってきたので、すぐにテーブルについてスイカジュースを注文した。

そこでメニューの端に乗っているおかゆのような食べ物の写真が目に入った。
これは何かと訊くと、何とかという料理の名前を言ってきた。その何とかという料理は何かと訊いたら、何とかは何とかとしか言いようがない、説明が難しいと言われた。
そこで今度は味について質問した。
辛いかと訊くと辛くないという、しょっぱいかと訊くとしょっぱくないと言う、それでは何の味かと訊いたら、何味とは答えずに、今度は病人が食べるごはんだと言われた。
病人の食事だと確かに聞こえたが、あまりのタイミングの良さに僕は自分の耳を疑いもう一度再確認してみると、熱があったり頭が痛かったりする人のことだと、やはり病人の説明をしてくれた。どうやら僕は、スィック(病気)という英単語を知らない人だと思われたらしい。
僕が驚いて「そうなの?」と言うと、相手はハッと気付いたように「お〜、あなたは病気か?」と陽気に言うので、「その通りなんだよ」と僕も喜んで答え、「それじゃ僕は病人だからこれをくれ」と、半分成り行きでそれをオーダーすることになった。

結局それは鳥の出汁だけで味付けをしたもので、塩などの刺激のある調味料は使っていないのか極力抑えてあるのか知らないが、刺激がほとんどない。しかも温度が低く、口の痛みを気にすることなくとても美味しく食べることができた。心から美味しいと感じて、食べ物を美味しく食べられることの幸せを噛みしめるほどだった。スイカジュースも美味しかった。
食後は、一応僕は病人だと宣言していたので、病人らしくテーブルでクリニックからもらった薬を出し、その場で服用してから部屋に戻った。

しかし、部屋に到着する前だからものの3分か5分だが、口の中の痛みが急激に減少していたのに気付いた。薬が効くには早すぎる。
本当に不思議だった。その後部屋に戻ってからも、舌の痛みは本当にわずかしかないのである。
喫茶店の店員とちょっと面白いやり取りをし、おかゆを美味しいと思って食べたことにより、リラックスできたのだろうか。
実は今回のマレーシア出張は、大変気が重かった。マレーシアの仕事と、別件のもう一つの重い仕事を抱えていたせいで、自分のストレスがピークに達していたのを自覚していた。
そこに突然出た症状だったので、本当にストレスかもしれないとは思っていたが、気分一つでこれほど病状が変化すると、驚きで信じられない気持になるが、まさにそうだとしか考えられなくなる。
しかも別件の重い仕事は、本日頑張ってみたが今日明日で何とかなるものではないことが分かったので、明日お客さん電話でもう少し待ってもらうよう、謝ってお願いしようと決めた。そう決めたら急に気が楽になったが、それも関係しているのかもしれなかった。
このまま本当に病状が消えうせてしまったら、あの医者はたいした医者だということになり、そしてくどいようだが、またしても「食は人を良くする」を裏付ける体験をしたことになる。

実は心と体の関係については、随分前の人生どん底状態に陥った際しっかりと体験していたので、それを少なからず信じている。
心が極端に病むと、本当に体調が狂ってしまう。その時の経験では、体の平衡感覚が失われたようになった。どちらかと言えば気のせいのような病だったから、ますます気からくる病だと思っていたが、今回のように物理的な症状が現れることもあるのだろう。
ストレスが体の抵抗力を落としてしまうのだと思われる。

フィリピンにいる時に風邪はひきやすいとは感じるが、それ以外は元気いっぱいだ。
このような病気になると、相変わらず自分の蚤の心臓に、これでストレス一杯のフィリピン暮らしが務まっているから不思議だなどと思ったりするのだが、好きな場所で大切な家族と一緒に暮らしている時は、日々発生する問題は実は問題ではなく、ストレスと思っているストレスは本当はストレスでないということだな・・と、最後はそんなところに考えが及ぶのである。
心と体には密接な関係があるという噂は本当らしい。
とすれば逆に体をいたわれば、心がおおらかになるということではないか。
そして最後の結論は、夜のお勤めをないがしろにしてはいけないということであった。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:419.心と体
2012年01月03日

418.フィリピーナのアドバンテージ

大晦日に僕とモナとユリが、日本の僕の実家の母親と話しをした(ベルと田舎の父は寝ていた)ことは既に伝えた通りだが、その時にモナが田舎の母に、フィリピンの様子を伝える手紙を出すと約束した。
それが早速出来上がり、本日マレーシアにいる僕のところにモナから、これでどうかとメールで送られてきた。

文面はローマ字で書かれた日本語らしいが、残念ながら解像度が足りなくて中味まで読むことはできなかった。
しかしタイトルがあって、紙の真ん中に手紙があって、その文章を囲むように家族4人の最近の写真が6〜7枚貼り付けられたカラフルな創作レターだった。
幸せそうな暮らしぶりが伝わる写真の構成になっていて、しかも手間がかかっているのが分かる。
その手紙が一枚と、あとは写真としてプリントアウトしたものを20枚ほど同封し、早速本日、日本に出してきたそうだ。

出したあとで、「あっ、日本の写真も送ってちょうだいって書くのを忘れた」などとモナが言ったが、それをお願いしたとしても、田舎の両親にとって国際郵便を出すということは結構厄介ではないかと思われた。
そもそも両親は横文字に弱いのだから、住所をまともに書けるかどうかが怪しい。
そのローマ字で書いた内容もどこまで伝わるか怪しいけれど、気持ちは十分伝わると思われた。

そうやってモナに田舎の両親をフォローしてもらえることは、僕にとって大変嬉しいことだった。
田舎の両親も国際郵便に慣れてもらい、文通のように写真を添えた手紙のやり取りを行うようになれば、生活の張りもできてボケ防止にも繋がるから、返信にチャレンジしてくれると尚良い。日本に帰ったら両親にそれを焚きつけてみようと思っている。
そのようなやり取りが定着すれば、日本とフィリピンに離れて暮らしていても、気持ちはぐっと近くなりそうな気がしている。
田舎の両親には寂しさを紛らわす効果もあり、そちらの方がずっと重要ではないかとも思っている。

フィリピーナと結婚した方々のブログを読んでいると、時々日本人夫の御両親から、フィリピン人との結婚について理解を得られない話しが出てくる。
親の世代は全般的に古風な日本人的考えの持ち主で、結婚した本人は日本ではマイノリティーとなる国際結婚肯定派として進んでいる方なのだから、そもそもその時点で考え方や感性に相当大きなギャップがあるはずである。

相手がフィリピン人でなくても、アメリカ人でもイギリス人でも同じで、両親の世代には嫁が外国人だということに対して大きな抵抗があることは容易に想像できる。
おそらく何となく拒絶反応を示してしまうのは、まずは相手が外国人だということだろう。
そして次にその外国人がサードワールドのフィリピンの人ということになろうが、それは口に出して言いはしても、その拒絶反応の原因としてどちらがどれだけ大きく占めているのかは分からない。

背景には、自分たちが直接嫁や孫とのコミュニケーションをうまく取れない、なぜわざわざそんな人を嫁にもらわなければならないのか、普通であれば日本人で良いはずだ、相手がそんなに若いのは何か魂胆があるに違いない、お前はその若さに骨抜きにされ大切なことが見えなくなってはいないか、嫁をそんな国からしか貰えないのはなんとも情けないことだ、世間も笑っているかもしれない、一体何をしてきた人なのか、どこで知り合ったのか、まともな女なのか・・・。
漠然とした拒否反応があれば、実はそれほど重要と思っていないことでも、何か言いたいがために言いたいことを探す。探せば非礼の数々を含んだ言葉も出てくるだろう。
相手が日本人でも、ちょっとした偏見や不満があれば、同じようなことを言いだす親はいくらでもいそうだ。

よって、それを言われた方は、全てを真に受けてはならないような気がする。
そのような話しになるのが自然だという前提で、なぜそのような話しになるのかを良く考えてみる必要がある。
反対を表明する背景の一つ一つは、単に認識不足に過ぎないではないか。
しかも相手は、反対する理由を探しながら発言している。まず反対ありきだからそうなってしまう。
何を問題にしているのかを丁寧に一つ一つあげ、認識不足による誤解、偏見による誤解があるならば、正しいことを知ってもらい潰していくしかない。
一つ一つ潰してしまえば、最後に両親はぐうの音も出なくなる。
しかしそれでも解決にはならない。理屈で言い返せなくても、感情としてのしこりは残るからである。
感情のしこりを無くすためには、心から受け入れてもらうしかない。

我が家の両親は、僕がフィリピン人と結婚したことに対して嫌味の一つも言わなかった。
しかし心の中では、いろいろと心配事があったのも確かで、会話の節々でそれをうかがうことができた。
しかし結局、僕が元気で幸せそうに暮らしていること、僕がモナに大切にされていることが伝わると、そのような心配事は自然に解消に向かっているようだ。

母にとって、そのような若い女性が本気で僕のことを想ってくれているのか、まずはそこに心配があったようだ。だからいい加減に振る舞っていたらあなたが捨てられて困ることになるのだから、家族を大切にしなさいと言われていた。
次の心配事は、経済的なことだった。嫁の身内が大挙して僕にぶら下がり、僕ががんじがらめで動けなくならないか、鴨にされるだけで心から大切にされないのではないか、吸いつくされて経済的に破綻しないか等々。
まあ実際を見ていない親には、普通の心配事だと思われた。

僕は同じ外国人の嫁ならば、他国の女性と比べてフィリピーナには以下の3つのアドバンテージがあると思っている。これは最近の日本人女性に対するアドバンテージと考えても良いかもしれない。

一つは旦那の親は自分の親と同じだと考えてくれるところだ。
だからモナは、僕の両親とのコミュニケーションを、心から大切に考えてくれている。できれば一緒に暮らしたいとも思っている。このことは僕にとって、とても重要かつ大きなことである。
そしてモナのそのような気持ちが伝われば、両親は息子がその嫁を選んだ理由にも心から納得してくれると僕は信じている。
二つ目は、フィリピンの文化は日本の文化と多くの共通点を持っていることである。
例えば躾、行儀、礼儀、挨拶、しきたりなど、フィリピンには古き日本の良いしきたりが多く残っていることを感じている方も多いだろう。だから日本人の男性はフィリピーナに安心できる。フィリピーナは感性の相性において、日本人の嫁を貰うのと大差ない部分が多い。(勿論全てが同じではないけれど・・・)
日本や海外企業が海外に進出する際、真っ先に気にするのはその国の宗教が何かということである。それにより基本倫理が同じと判断できれば安心して進出する。フィリピンはその点で、日本企業からも安心される国となっている。ざっくりと見てそのようなことである。
三つ目は、フィリピン人は日本人と同じく、相手の気持ちを考えてくれることだ。
欧米先進国の女性は、悪い言い方をすれば唯我独尊で我儘である。理屈が先行し、割り切りもはっきりしているから、時に人間の気持ちの部分が置き去りにされる。
そして女性は本来自立できる強い存在だと自負しながら、守られなければならないものだとも思っていてそれを使い分ける傾向があるから、俄然そうなる。
そのような社会的空気が強いからそうなってしまうのだろうが、おっとりとした日本人には手ごわ過ぎて厄介だ。それを上手に操縦できる人は、まさに国際的日本男児の見本で、それはそれで大変に誇らしいことであるが、手に負えない人には、人の気持ちを考えてくれる柔軟さを持ち、しかも男を立ててくれるフィリピーナに救われながら暮らす方が良い。

僕はこれらのアドバンテージをモナが持っていると十分認識しているので、彼女と結婚したことを本当に良かったと思っている。
それらは両親に本気で自慢しても良い内容だと思っているので、それが僕の会話の節々に現れているに違いない。

僕の考えるフィリピーナのアドバンテージや欧米先進国の女性の話しは、総じて言えばそのような印象があるという事に過ぎず、勿論個別にそれが必ず当てはまるということではない。
しかし選んだ本人は、自慢できるほどの選んだ理由があるだろうから、周囲に何と言われようとも、それだけはしっかりと自覚していた方が良いと思っている。
これは相手がどこの国の人でも同じことで、実はそれが一番、大切なことかもしれない。


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