フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2012年01月02日

417.振り込み詐欺か?

今朝早く(1月2日の午前1時半にクアラルンプールに着陸)マレーシアに到着した。
本来1月2日の移動でも良かったが、2日から4日まではチケットが全く入手できず。
元旦早々移動をする奇特な人は少ないだろうと思っていたら、これもチケットが中々取れない状況で、キャンセルチケットを一つ押さえ、ようやくマレーシアの地に飛ぶ事ができた。

実はクリスマス後に、WEB上でイギリスとデンマークに事務所があるという旅行代理店経由で、クアラルンプール行きのチケットを一つ押さえていた。
このチケットは1月2日の午前便で、フィリピンエアラインで一旦マニラからタイのバンコックに飛び、そこでエジプトエアラインに乗り換えクアラルンプールに入るものだったが、このチケットの支払いをする段でクレジットカード決済を選択したら、一時的なシステム障害でクレジットカードが使用できないというコメントが画面上に現れた。
そこで支払いは、ウエスタンユニオンやペイパルを利用した現金払いに近い方法に絞られ、48時間以内に支払ってくれとのことだった。

クレジットカード決済ができないというところに少し引っかかっていたので、翌日支払う前にフィリピンエアラインに電話をし、予約の経緯、代理店の名前を告げ、自分の名前でブッキングされているかどうかを確認してみたところ、嫌な予感がした通り予約の形跡無し。
フィリピンエアライン側では、予約が成立すれば必ずコンファメーション番号(確認番号)を発行するので、客にはそれが通知されるはずだと言うがそれも無い。確かにこれまでは、どのようなルートを利用したケースでも、必ず確認番号を貰っていた。
確認番号を旅行代理店に確認した方が良い事、そしてそれをもう一度フィリピンエアラインに連絡してくれと言われ、イギリスとデンマークの双方に直接電話をしてみると、イギリスは該当番号無し、デンマークはファックスのような音が鳴るだけで繋がらず・・・。
これは一種の振り込み詐欺の疑いが濃厚になったので、その予約は放っておき、信頼できる旅行会社にお願いし直し、1月1日の便でキャンセルが出たというのでそれを押さえてもらった。

イギリス旅行代理店の画面は実に良くできていて、日付や渡航経路を入力すると、それらしく検索を実施し、オリジナルの画面でエア会社や便名、出発・到着時間・残席数などが出てくる。これらの詳細はでたらめではなく、それぞれの航空会社のページで検索をすると、その通りの結果を得ることができる。
しかしその経路で航空会社に直接予約を取った場合の料金は、旅行代理店で提示された金額よりもはるかに高いものとなる。
旅行代理店のページを良く読むと、当社はなぜ安いかという理由が書かれており、そこにはあらかじめマイレージを大量に買い込んでいるからということが書かれていた。
基本はマイレージの他人への譲渡はできないことになっているから、良く読んでみるとそれも怪しい。

予約が完了すると、メールで支払い方法の案内などが送付される。
WEBのホームページの内容(規約、各種ポリシー他)、メール文章、各種メール送付がパソコンでシステム的に処理されているので、いかにも大手のしっかりとした会社のような印象を受ける。
しかしインターネット上で調べると、その会社の客観的データは一切取れず、ただし不思議なのは詐欺報告のようなものも一切無い。
これが詐欺だとすれば、会社名を簡単に頻繁に変更できるようにしてあると思われる。

いずれにしてもクレジットカード決済ができないというのは、やはり致命的だ。
なぜかと言えば、クレジット会社から旅行代理店にチケット代が支払われるのは利用成立後1カ月や2か月後になるが、その時にもしこれが詐欺であればとうにばれているので、利用者からの申し立てでカード会社からの代金支払いを差し止めることができるからである。それにより詐欺は成立しない。
よってWEB上の何かでクレジットカード決済ができないものというのは、基本的に慎重になった方が良い。
勿論クレジットカード決済ができるから、相手は大手の会社ということは無い。カード決済を代行する会社がいくらでもあるので、仮に僕が何かの商品をインターネットで売ろうとした場合、僕個人が客からカード決済で支払いを受けるようにする方法はいくらでもある。
ただしそれも支払いはしばらく後になるので、客からの申し立てがあれば、当然差し止められる。
このようにクレジットカード決済というものは、支払う方と支払われる方の双方の信用を維持する役目を果たしているので、その辺りまで身を持って知ると、実に良くできたシステムだと感心することになる。

巷では相変わらず原始的な振り込み詐欺が横行しているようで、日本はお年寄りが未だに騙され被害を受けているらしい。
しかしやり口が巧妙で、それほどお年寄りではないと思っている僕なども、チケットを押さえるのに躍起になっていると、ようやく取れたことに安堵してうっかり振り込んでしまいそうになる。
今回の件は詐欺と確定したわけではないが、とにかく怪しいことは間違いなので、被害の予防という意味でここに報告した次第である。
しばらく後に同じ旅行代理店をインターネットで検索し、ページが消えていたら詐欺確定ということだ。その時に違う会社名で、ページの中味がまるで同じものを見つけることができたら、200%間違いなく詐欺ということになる。もしそうであれば、あらためて報告したく思っている。

気軽に利用するインターネットだが、気軽で便利さを逆手に取った罠が多いことも事実で、直接会話したり顔を合わせたりすることが無い分、罪を犯す側にも手軽な手段となり得る。
十分気を付けられたし。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:417.振り込み詐欺か?
2012年01月01日

416.2012元旦

明けましておめでとうございます。
そう言ったと思って気が付けば、クリスマス、大晦日となっている近年ですが、1年のスタート日にあたり、とりあえず決意を新たにしながら、今年はどのような年にしたいか、そしてどうなるだろうかなどと、漠然と考えたりしております。

年末は本当に忙しかった・・・。
クリスマス・友人の結婚式・モナの従兄の1st誕生日・大晦日・仕事に出張準備(特にチケットを押さえるのが大変でした)と、イベントや煩わしいことが続き、息切れするほどでした。
なぜこれほどイベントをこま切れでこの時期に集中させるのか、1日にまとめれば時間もお金も随分と節約できるだろうと思ったりするのですが、そこがフィリピンならではなのでしょう。

フィリピン人がそんな状態に浮かれてばかりいるかと言えば、実のところみんな結構疲れている部分も見受けたりするのですが、クリスマスからの強力に加速した流れを誰も押さえる術を持たないようで、まるで急流に身を任せるかのごとく、「あ〜れ〜」と言いながらも顔には笑顔を浮かべながら、みんなで川の中を流されているような印象があります。
その先は突然滝壺に落ちるかもしれないのですが、とりあえず水面に顔が出ていて息ができているなら「まあなんとかなるさ」という精神で、そうやって慌ただしく新しい年を迎えました。

今年は年初から日本で少々大きな仕事を抱えるはめになり、どうやってできるだけ早くフィリピンに帰るかに苦心しておりますが、急ぎの別件が飛び込んできたりして目の前のことを片付けるのに精一杯の状況となり、なかなか考えがまとまりません。
最初から行きあたりばったりのスタートとなりそうですが、これは何とかなるさというよりも、何とかしなければという焦りの境地の中で、早速元旦の本日これから、他国へ移動となります。

昨夜は11時を過ぎたあたりから、花火の轟音が夜空に響き渡っておりました。
屋上に出て見ると、打ち上げ花火があちらこちらで夜空に花を作り、弾けるような轟音が夜空にこだましていました。
我が家は子供が6人、大人が15人集まり、年越しの料理と酒で賑わっていました。
フィリピンではクリスマスと同様、大晦日から元旦に切り替わる時間が重要らしく、31日の夜から日付が変わるまでに徐々に盛り上がり、丁度夜の12時にピークを迎えます。
丁度12時には、街中に爆竹や花火の音が鳴り響き、よくサッカー観戦で使われる「ぶーぶー」という音の出るラッパのようなものをみんなで吹き鳴らし、バイクを持っている人は突然エンジンをかけてアクセルをばんばんと回します。あとは爆竹・花火・音楽と、音の出るあらゆるものを駆使して、とくにかくみんなで騒音を出そうとします。
賑やかな雰囲気を作らなければならないという条例でもあるのか、それともみんな狂ってしまったかと思われるような騒ぎぶり・所業に、おそらく初めて見る人は唖然とするのではないかという有り様です。

そんな騒ぎの中、元旦はばたばたしているからと大晦日の昨夜、あと1時間で日付が変わるというタイミング(フィリピン22時・日本23時)で日本の田舎の家に電話をしました。
電話の向こう側からは、こちらの騒ぎと打って変わった静けさが伝わってきて、除夜の鐘を聞きながら初詣に出るような粛々とした日本の年越しの雰囲気を、少しだけ感じ取りお裾わけさせて頂きました。
逆に電話に出た母は、こちらの賑やかぶりを元気にやっている証拠とでも捉えたのか、僕が伝えたこちらの様子に、なによりだと話していました。

こちらは音声をスピーカーにして、モナやユリも話しに加わりました。
ユリが「ばあしゃ〜ん、げんき〜、アイムユリ」などと声をかけておりました。
母は少し英語が入っただけでユリが何を話しているのか理解できないようでしたが、そこは僕が通訳をしてあげました。
母はまだ見ぬ孫娘との会話を、楽しんでいるようでした。
モナが早く会いに行きたいと言うと母は、暖かい所に慣れたあなたたちに今の時期は寒過ぎて風邪をひいてしまうから、暖かくなってから来て下さいと答えておりました。
実家のある田舎は、今年は雪が多く氷点下の気温も珍しくないので、特に厳しい冬になっているらしいとのことです。

田舎の両親は2人暮らしでさみしいと思われますが、母に言わせれば、「最近は連れ添いが亡くなって1人暮らしが増えている、都会に出た子供たちが帰ってこなければ、たった1人で年を越す人も多くなったが、そんな人は淋しくてつらいだろう、うちはまだ2人だから何とかなっている」ということらしいです。そんなところに、日本の田舎のさみしい現状をちらほらと感じました。
もしそうなったら、ここへ来ればよいとモナと2人で言いましたが、「その時はどっちが残っているか分からないけれどねぇ」と少し弱気なことを言われたりして、やはり近いうちにここへ呼びたいと本気で思ったりしたのでした。
モナがここへ来て一緒に暮らして下さいというと、その気持ちはとても嬉しい、ありがとうと喜んでいました。
母もこうしてフィリピーナの家族を想う優しさに触れ、田舎に取り残されたような気分を少しでも払拭できたら幸いだと思いながら、やはり宴たけなわの中を抜け出し電話をしてよかったと感じました。

母は田舎の人らしく、国際電話の通話料が高いだろうと、できるだけ手短に電話を終わらせようとしていましたが、20分ほど話しができました。
日本との通話を終了後、人の集まる階下に戻り、僕は、この中に両親がいたら2人は一体どのように感じるだろうと想像しておりました。
日本では嫁の親戚が集まる実家に入り込むなど、さぞかし窮屈だと想像すると思われます。
母も実はそんな風に思っている節がありますが、おそらくフィリピンでは、みんなが気さくで、礼は尽くしてくれるがお気楽にどうぞという雰囲気があり、そして言葉が通じないことなどお構い無しに適度にかまってくれ、大いに予想に反し、居心地がとても良いのではないだろうかと、そこにいる顔ぶれを眺めながらそんな風に思っておりました。
そのような雰囲気を、是非両親にも味わってもらいたいものだと心から思ったりするのです。

客が帰り家の中がようやく静まりかえったのは、2時過ぎでした。
灯りを落とした部屋のベッドの上に横たわっても、まだ時折花火の轟音がこだましていましたが、その時初めて、年が明けたことを実感しました。
花火は夜通し続くのだろうと思われましたが、疲れが蓄積していた僕は、いつの間にか眠っておりました。
元旦の本日はマレーシアに向けて出かけなければならないので、ブログはお休みさせていただこうと思っておりましたが、あちらこちらで年始の挨拶記事が更新されるのを見て、せめて挨拶だけでも・・・と思い書き始めたら、結局こうなってしまいした。
寝正月を決め込んで、家でごろごろしている方の退屈しのぎになれば幸いです。

僕はこのような年越しを迎えたわけでまだまだばたばたしておりますが、皆さまにおかれましては落ち着いた新年を迎えていらっしゃるのではないかと思っております。
皆さまの幸せをお祈り申し上げながら、新年の挨拶とさせていただきます。
どうぞ今年も、宜しくお願い致します。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:416.2012元旦
2011年12月31日

415.薄皮の神秘

朝目覚めたら、丁度視線の先に、あの方のお尻があった。
僕はベッドの端に横向きに寝ていたらしく、あの方は寝起きでシャワーでも使ったのか、パンツ一丁の姿でベッド脇のクローゼットから、着るものを探していらっしゃるようだった。
いつもは一緒にシャワーもするし、あの方の裸など見慣れたもので、最近は見慣れ過ぎて見たところでこれといった感動もなくなってしまった。
お互いがハッピーになるためにはもっとトキメキがあった方が良いなどと思うくらいだが、その時はどうしたことかそのプリッとしたお尻が妙に色っぽく見えて、まだまだ十分にいけるではないかなどと思いながら、寝ているふりをした薄眼を通して、しばらくそれを鑑賞させて頂いたのである。
何かただで覗き見をさせて頂いているようで、変に得した気分を味わった。
もしあの方がその時にパンツもつけない顕わな姿であったら、僕は「何だ?」と少しだけギョッとして、それから「な〜んだ」とすぐに再び眠りについたに違いない。
パンツという薄皮1枚の効用は、かなり大きいようだ。

薄皮1枚というベールは、神秘を生み出す。
結婚式での花嫁のベールも、その下にどのような美しいお顔が存在するのかと興味をかき立てられることがあるし、人間性にしても、開けっ広げな人はそれなりに良さがあるけれど、自然な感じで薄皮1枚をまとった人というのは妙に人を惹きつけたりする。
世の中の新商品も同じで、全てを明かした発表にするよりも、少しぼかしてもったいぶる方が世間の注目を浴びたりする。
朝のあの方のお尻ではないが、素っ裸の女よりも、見えそうで見えないオブラートのような衣類をまとっている方がそそられるケースもある。
全てを知ったら「な〜んだ」と思うことが、少しだけ隠すことで、そこに絶大な神秘性が生まれることがある。

なぜそうなのか・・、それは隠れている部分が人間の誇大な妄想をかき立てるからである。
時にはそれを夢と言い換えることもできるから妄想は偉大だが、危険でもある。
それは人間が突き進むための突出したエネルギーを生み出すが、そのエネルギーが犯罪に向けられたら不幸を生むからである。現実にそれは世の中には溢れている。
犯罪までは至らなくても、妄想は人の道を間違わせることがある。
生み出されたエネルギーを使い果たし冷静に自分が置かれた環境が見えてきた時に、何か違っていたというやつだ。これは実によくある話しだ。

だから薄皮に包まれたものは、十分気をつけなければならない。見えないとは、未知の世界があるということである。未知の世界には希望も多いが、同時に多くの危険を含んでいることを、普段からしっかりと承知しておかなければならない。
いや・・・、実は人間は本能的にそれを十分察知しているが、その危険さえ魅力的に感じることがあるから始末がつかず、「気を付けるべきだ」と言うこと自体に、あまり意味が無いという側面があることも承知している。
しかしそれでもこのようなことを言いたくなってしまうのは、このフィリピンで辛酸をなめている日本人がとても多いからである。
現地日本大使館に経済的救済を求める人を海外貧困邦人と言うが、世界の海外貧困邦人の35%がフィリピンに集中しているそうだ。勿論世界一である。
未知の世界に夢を見てやってきて、その夢に破れて日本へ帰ることができる人はまだ幸せで、その帰国費用もままならない人が、このフィリピンには実に多いということだ。

思えば僕がフィリピンに傾倒した背景には、この薄皮の効用が十分発揮されていた。
恋人が何かを隠しているつもりがなくても、またフィリピンやフィリピーナが何かを隠しているつもりではなくても、自分の知らない世界がそこにあると思うだけで、それはベールに包まれたことと同様の効用があった。

振り返れば、フィリピーナのストレートで開けっ広げな明るい性格自体が、日本人の自分には逆に薄皮と同じであったような気がする。
これは一体何なのだというやつである。何か心地よいぞとか、新鮮だとか、その真髄を見極めてみたいとか、そんなところがあったように思えてくる。
フィリピンの混沌として簡単に理解できない社会も、僕にはおもちゃ箱をひっくり返してそこから楽しそうな玩具を一つ一つ探すような面白さや楽しさがあった。
今でこそ、とても深くて複雑な未知の世界がぽっかりと口を開けていて、そこにしっかりとはまり込んでしまったようにも思えるが、最初はもっと気楽な興味が先行していた。

モナも日本人の自分と一緒に結婚生活を営むことには大いに夢を見ていたはずで、お互い未知の世界にトキメキを感じながら、2人の共同生活をスタートさせたはずである。
しかしそう思いながらも2年間同じ時を過ごし、見えなかった部分が見え始め、現実というものがかなり分かってきた。
おそらくお互い、何かが違うぞと思うことは山のように抱えているだろうし、現実を知ってお互いに克服しなければならないことが多くあることも確かである。
昨年僕はそれを消化しきれずにいたが、今年はようやく、人の力を借りながらでもそれらを何とか無難に乗り越えられるようになった年であった。

だからと言って、僕はフィリピンでの生活を熟知したなどと言うつもりは毛頭ない。
ここにはまだまだ未知の世界が広がっている。所詮フィリピンは日本と全く毛色の違う第3世界であり、リスクは満載だ。
それらは最初、ベールに包まれた神秘だったが、今では険しい山のようなものと認識できるようになったことも、自分が少し成長した証かもしれないと思っている。

自分で言うのも変だが、現実が見えてきた自分が、ここでの生活に全く懲りていないことにも少し安心している。
諦めた部分もあるが、子供の成長と共に生活が充実してきたように感じる。そして様々発生する事件、珍事に、精神的に折り合いが付けられるようになってきた。
特に今年は、家族と離れて暮らすことを、とても苦痛に感じるようになった。
この苦痛は仕事をする上では支障があるが、自分としては嬉しい感情の発見でもあった。
これは、ようやく自分がエコノミックアニマルの思考から脱皮できてきた証かもしれないし、それ以上に家庭が充実している証かもしれない。
この部分の折り合いをつけるのはまだ難しく、家族の将来を考えれば仕事はがんばらなければならないが、そのために家族と離れ離れの期間が多いことは簡単に解消できない。
気を抜けば奈落の底に簡単に落ちてしまう第3世界だから、そこはそれを十分考慮しながらも来年の大きな課題となりそうだ。

それにしても、時々はパンツ1枚というのも、良いものだ。
そしてもしかして来年は、それを言葉にしてあのお方にお願いするかもしれない(笑)
精神的な幸せのために、薄皮1枚の神秘性は、いつでも少しだけ残しておいた方が良い。


今年1年、当ブログへ多くの方にお付き合いを頂き、大変ありがとうございました。
今年最後に日に際して、皆さまの良き年越し、来年のご多幸を、心よりお祈り申し上げます。
来年は1月1日早々にマレーシアに移動、そして数日後フィリピンに帰ったら、今度は1日か2日で日本に移動という予定になっています。
年始はばたばたしておりますことを、ここでお伝え申し上げます。


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