フィリピーナと共に
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フィリピン生活:カテゴリの記事一覧です。

2011年12月12日

402.欲求不満と孤独感?

昨夜、夜遅くまで部屋の中で仕事をしている時に、ふと、全くの異国でかつ全く慣れないマンションの広い部屋にたった一人でいることに気付いた。ヘッドフォンで音楽を聞いていた。誰かが部屋の中に入ってきても、おそらく気付かない。
ハッとしてドアの方を見た。鍵をかけ忘れていないかが気になって、確認しにいった。
鍵はかかっていた。寒気を感じて、エアコンの温度を1度上げた。

そこから、1人きりだということを変に意識し始めて、落ち着かなくなった。
妙に誰かと話したい気分になった。スカイプを繋げている知人がいないかを確認したが、夜中で誰もいなかった。
1人になることが嫌いな方ではないが、珍しく1人でいることに不安を感じた。
かつてそのようなことを感じたことは無かったように思う。

実は今回マレーシアに来てから、夢見が悪い。
初日、飛行機が若干遅れ、更に入国審査ではいつになくしつこく色々なことを聞かれ、部屋に到着したのが予定より30分から1時間遅く、夜中の2時を過ぎていた。
しかし、その日は疲れているはずなのになかなか寝付けず、ようやく寝たと思ったら怖い夢を見て飛び起きた。

入ったばかりの部屋のベッドルームに、隠し部屋に通じるドアがあり、そこをあけてみるともう一つのキッチンがあった。驚いた僕は、隠しキッチン部屋を一通り眺めた後、リビングに繋がると思われたドアを開けてみると、若いメイドが掃除機で床を掃除していた。
「あんただれ?」と言いたかったが、そのメイドはメイドの格好をしているからメイドと分かったものの、透明人間のように服しか見えず、手も足も顔も無いのである。しかし掃除機のホースは、明らかにそのメイドが持っているように床を前後させ動いている。まさに映画で見かけるような透明人間だった。女性であることは、スカートを履いていることで分かった。
僕は慌ててそのドアを閉め、ベッドルームに逃げ帰ろうと今度はそちらのドアを開けると、そのメイドが先回りしていた。しかし今度は、手も足も顔もある。若い女性だった。そして僕に迫ってきた。危害を加えようというものではなく、抱きついて一緒にベッドになだれ込もうとしているのである。
僕は必死に抵抗しているが、体が自由にならない。必死に抱きつく彼女から逃げようとして目が覚めた。時計を見ると朝の4時だった。寝てから30分しか経っていなかった。
その後朝まで、2回ほど物音で目を覚ました。誰かがベッドルームのドアをノックするような音だった。深い眠りと浅い眠りの狭間で朦朧としていて、もはや夢なのか現実なのか区別がつかなくなっていた。
翌日会社のスタッフに、あの部屋は曰くつきではないかと確認したほど、リアルな夢と現象だった。

翌日の夜も、ベッドに入ってからやはり同じ物音がした。何の音かわからないが、怪しい音ではなく、もっと現実的で明確な「コンコンコン」という音だった。エアコンから出ているのか、それとも何か別のものか、とにかくそのような現実的な音だったから、特にきにせずに眠りについて、その日は朝の7時までぐっすり眠ることができた。

更に翌日の夜、再び嫌な夢で飛び起きた。今度はユリの夢だった。
友人が、口の中に鳥のような物が飛び込んだと騒いでいた。もう1人の別の友人もいた。
2人で、口の中に飛び込んだという鳥を、大きく開けた友人の口の中を覗き込んで探してみると、喉の奥あたりに確かに羽を折りたたんだ鳥がへばりついていた。
友人と2人で口の中に手を突っ込み、その鳥を取り出そうとするが指が届かない。そこで銀玉鉄砲を持ち出し、もう1人の友人はその鳥を撃ちだすのだが、鳥は恐れる様子もなく全く出てこない。そこで僕がその鉄砲を友人から取り上げ、鳥の頭にしっかりと狙いを定めて撃つと、見事に命中して鳥がへばりついていたところから離れ、気絶したように倒れて友人の口から頭を出したのだが、口から出たその顔がユリの顔だった。
気絶寸前で目がうつろになっており、鼻水を出していた。見るからに瀕死の状態で、僕は何て事をしてしまったんだと嘆きながら、ユリを取り出して抱きあげるのだが、その時それは鳥の姿などしておらず、確かにユリの姿をしていた。
そしてユリは一度うっすらと目を開いて、再びゆっくりと目を閉じてしまった。

僕はそこで飛び起きた。まだ朝の4時だった。
変な汗をかいていて、あまりにリアルな夢に後味が悪く、ユリに何かあったのだろうかととても心配になった。それからは再び眠れなくなった。みんなが起き出す時間にモナに連絡を入れ、普段と変わらないことを確認してようやく安心することができたが、無性にユリの顔が見たくなり、携帯の中に入っている写真を眺めた。
どんな事情があろうが、そしておもちゃの鉄砲だろうが、今後生き物は絶対に撃つまいと、心に決めている自分を変だとも思った。(もっとも普段から、飛び道具類は玩具でも手にすることはないのだが・・)

変な夢は今のところこの二つだけだが、通常はこのような夢など見る事はなく、怪奇現象なども全く信じてこなかった自分にして、当初この部屋では少々薄気味悪い思いをしていた。
だから昨夜は、1人でいることを意識し始めてから、少し落ち着かない気分になった。
エレベータホールに出て斜め前方の下を眺めると、朝までやっていると思われる地元レストランには、大勢のマレーシア人がたむろするように集まって飲み食いしていた。
お腹一杯飲み食いしても、200円を超えるかどうかの安いレストランである。

自分も仲間に入れてもらうかとも思ったが、それも危険なような気がして踏みとどまり、再び部屋に戻った。スーパーで買ってきたばかりのコーヒーを淹れて飲んでから、ようやく少し落ち着いた。
やはり今回は、何があっても予定通りに帰れるように仕向けなければならないと、密かに決意している自分がいて、今度はその作戦を夢中になって考えていた。

後日談:
友人曰く、最初の夢は欲求不満の表れ、次の夢は家族と離れた孤独感の表れ、・・だそうだ。
解決策はいずれも、早く家に帰ること・・・だそうだ(笑)
2つ目はそうかもしれないが、1つ目はおそらく違うと自分的には思っているのだが・・・(笑)


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:402.欲求不満と孤独感?
2011年12月11日

401.曲がり角

新聞紙を25回折りたたむと、その厚さはどの程度になるか。
大半の人は、そう問いかけるくらいなのだから、意外と高くなって、部屋の天井くらい?とか、10mくらい?などと答える。

実は新聞紙一枚の厚さを0.1mmとして考えると、25回折りたたんだ新聞紙は、計算上、富士山と同じくらいの高さになる。
1mmの10分の1を、たった25回折りたたんだだけで、部屋の天井はおろか、日本一高い高層ビルのランドマークタワー(296m)よりもはるかに頭上まで積み上がり、完成後の東京スカイツリー(634m)を6本積み重ねた高さと同等ということになる。
(2×2×2×・・・を25回繰り返す、つまり2の25乗に0.1mmをかけ、1000で割ればメートル数値となる、この説明でピンとこない方は、実際に電卓で、2倍を25回繰り返して頂けるとよい)
すると26回折りたためば、その高さはもはやエベレスト級となるが、計算上は理解できてもなかなか実感できずに、僕などは実際に試してみたくなってしまう。
何度計算しても答えは変わらず、「嘘だろう」とキツネにつままれたような気分に浸れる。

すると、元手1円を毎日2倍にしたらどうかと言えば、1カ月30日で10億円にもなる。確実にお金が2倍になる方法を見つけることができれば、1か月でみんなが億万長者になれてしまうわけだ。
ここでは新聞紙の例とは逆に、億万長者になるって結構簡単だと思えてしまうから不思議だ。
億万長者になる方法を見つけた気になって、「毎日2倍にすればいいの?なんだ、結構簡単だったんだ」ってな具合だが、理屈は簡単でも実際には大変な所業だと思われる。

しかしここで、本心から簡単だと考えて、実際にやってしまう人も世の中にはいたりする。
理屈が簡単だったらその通り努力すればいいじゃないかと考えて、実行に移して実現してしまう人である。
そのような人は、人がうらやむほどの大金持ちになったり、偉い人になったりと、何か実りをあげてしまう人である。
すると周囲の人は、言うのは簡単だけれど、実際にやるのは大変だよな・・などと言う。
最初から大変だと気付く人は、気付いた自分を賢いと思いながら実行せずに、たいがいそのようなことを言う。
しかし、簡単だよと言ってやり始めて、その実大変だから多くの壁にぶち当たるが、その壁を一つ一つ乗り越えて大変なことを実現してしまう人はいるのである。

例えば倍々ゲームの例から少し離れて、もう少し現実的な例をあげれば、「1日100円貯金すれば、1年間365日で36500円、10年間で365000円、30年後には100万円を貰った気になれる」と言って、毎日100円を捨てたつもりでそれをやってしまう人である。
英単語とその用法を毎日確実に1つ覚えたら、1年で365個の単語と用法を覚えられるから、1年後にはかなり英語が使えることになる。
1日ちょっとした内容でも、ブログ記事を毎日欠かさず出せば、3年間の記事数は1000を超えて、その世界では結構知られる人になっていたりする。

このようなコツコツ法ができる人とできない人の違いは、おそらく1年後や10年後の自分のありたい姿を具体的に想像できるかできないかではないだろうかと考えている。
本当にそれを想像できる人は、それに向かって決めた何かを実行できるのである。

僕はそれができないので、いろいろな意味で進展がない人間で困っている。
昨夜一緒に食事をした、歳の全く同じ、日本のある会社役員さんをしている方と次のような会話をしていた。

「30歳を超える時には結構抵抗があったが、40歳を超える時にはもうがっくりきて、あれほどいやだった30歳に戻りたいと思った。そして気がつけば50歳がすぐそこに見えて、40歳でもいいから戻りたいと思っている。おそらく、キリの良い歳になる時にはいつもそう思いながら、気が付けは60歳や70歳になっているのだろう。気持ちはいつまでも若いつもりでいるのに、実際は本当に光陰矢の如しで、歳ばかりが嵩んでいく。一体どうしたことだろう。70歳や80歳の諸先輩に聞いてみれば、みんながみんな口裏を合わせたかのように、30代より40代、40代より50代がきつかった、これからどんどんきつくなるよと脅かされて、まいっている」

その方はそうおっしゃっていた。
僕はそれを聞いて、何となく理解できると思った。
若い頃は会社でも世間でも、誰かが責任を負いながら先頭を走ってくれていて、自分たちはその後ろについていくだけだったから楽なのである。自分もがんばっているようで、実はしっかりと誰かの庇護下にあったわけだ。
しかし歳を取ると、社会でも家庭でも自分が矢面に立って責任を背負わなければならなくなる。しかし能力や体力は落ちる一方だから、大変さはウナギ登りだ。

僕はここ数年、それを強く感じている。とにかく体力や能力の低下を、著しく自覚している。しかも気付けば50歳は目の前だ。まさに「光陰矢の如し」と、人生の大変さを実感している。
すると自分はこれから、どのように生きていくべきか、もっと真剣に考える必要があると思ってしまうし、そろそろ本格的な曲がり角に来ているような気がしているわけである。

今は仕事に追われて忙しく動き回っているし、他人から見れば充実した時間を過ごしているように見えるかもしれないが、実は地に足がついていないような不安をいつも抱えている。それを払拭させたくてずっと考えているのだが、どうすればそれが解消するのかわからない。
そうやってもがくことが人生であり、漫然と生きているより、結果が出ずとも常に何かを考えて生きていることが大切だと割り切ることもあるが、それであればやはり、常に考え続けて追いかけ続けなければならない。
50歳に手が届くころになって今さら遅すぎると思うが、5年後10年後にそれを考えることになるのなら、今からでも遅くはない。おそらくいつでも遅くはないのである。

実際に、何気に始めたブログは当初の目的(振り返り)を果たした時に終結させようとも思ったが、何か自分の核を築きたいから大変でも継続してみようと考え直し3年経った今、そのブログが実に素晴らしい人脈を築く助けとなっている。このように、何が幸いするのか全く分からない。

しかし、突然立派なことを考えるのも、所詮無理がある。それであれば、先ほどから述べている何かの「コツコツ法」を実践してみるのも良いかもしれない。
これから末永く続けていくもので、ブログを書き続けることと同様、コツコツ積み上げていけるものを増やしていきたい。できれば社会性のあるものが良いと思っている。

それをしっかりと実践するためには、少し先ともう少し長い先に、自分がどうなっていたいかのビジョンが必要だ。
今の会社を大きくして左うちわで暮らすとか、何かビジネスを当てるとか、そのようなことではない。
勿論財については、自分たちの将来に渡る生活や、モナや子供よりも自分が先に死ぬだろうから、その先の家族の生活を考えておく必要もある。
しかし、人間としてどうなっていたいかも重要である。何かがあっても生き残れる人間、いつも周囲に応援してもらえる人間、家族を守れる人間、家族や仲間に囲まれている人間、尊敬される人間、一つでも極めたものがある人間・・であることは、幸せに生きるために重要である。
「仕事と肩書を失ったらそれでおしまい」「お金を稼げなくなったらもういらない」では、あまりに虚しい。

さて、何をするか。倍々ゲームは極端だが、チリツモで気付いた時には大きく育っている何かが良い。それが実益に繋がれば、尚一層幸せなのだが、儲け至上主義は行き詰る。
副産物として結果が稼ぎに繋がる方が、何倍も気楽で幸せだ。

実は、何かもっと大切な事を伝えたい気分でこれを書き始めたのだが、書きながら自分でもそれが明確になっていないことに気付いて、もどかしい内容になってしまった。
そこは読者の方に汲み取って頂けると幸いである。


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カテゴリー:フィリピン生活
エントリー:401.曲がり角
2011年12月10日

400.マレーシア出張

珍しく窓際の席に座った。
夜8:55発のクアラルンプール行き便に乗り込んで、マニラのきらびやかな夜景を見ながら飛び立つ時には、不思議な寂しさがあった。
下水もなく、ストリートチュルドレンや浮浪者が大勢いて治安の悪いマニラでも、上空から見ればひときわ青白く輝くマカティ周辺の摩天楼を中心に、まるで宝石をばらまいたかのような美しさがあった。
それが現実とのギャップに違和感がないわけではなかったが、せめて美しいと思える光景がそこにあることに少し安堵したりして、まるで自分の祖国にも誇れるものがあって良かったというような感覚にさえなってしまう。
思えば成田からマニラへ向けて飛び立つ時は、日本を離れる寂しさなどまるで感ぜず、逆にいつも心が躍る感じがある。日本人でありながらこのような心境を自覚すると、ますます不思議な感覚に陥ったりするのである。

クアラルンプール空港には定刻から15分ほど遅れ、夜中の12:35に着陸した。
空港の外に出たら既に1時を回っており、今回宿泊する宿に到着したのが夜中の2時を過ぎたあたりだった。
今回の宿泊先はホテルではなく、日本で言えばマンスリーマンションのようなレジデンスである。
そのレジデンスは現地の人間が気を使ってくれ、この界隈では住んでみたいと思う人が大勢いる高級物件らしい。

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セキュリティーがしっかりしており部屋も広く、窓からは湖が見える閑静で快適な部屋であった。
今も湖に反射する太陽光を窓の外に眺めながら、優雅な環境の中でこれを書いている。
レジデンスなのでインターネットが無かったが、昨夜KL(クアラルンプール)の中心街でようやくモデムを購入できたので、本日から家にいても世界中にアクセスできるようになった。

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昨夜のKLの街は金曜の夜だったせいか、とにかく人だらけ、車だらけだった。
車を入れた立体パーキングは出庫の車が上の階から下までずらりと並び、駐車場出口の道路に並ぶ車が全く動かないので、パーキング出口に並ぶ車もまるで動かない。
道路が空くまでコーヒーショップなどで時間をつぶしたが、空いてきたのは夜の12時過ぎだった。

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マレーシアに到着した翌朝、自分が使用しているベッドルームの照明スイッチの脇に、まるで呼び鈴のようなスイッチがあることに気付いた。
果て、これは何だと思って何気に押してみたら、突然玄関あたりでサイレンのような音がけたたましく鳴り出し、現地語のコンピュータ音声が何か短い単語を繰り返している。
スイッチに顔を近づけてよく確認したら、スイッチの上にはイマージェンシー(緊急事態)と書かれていて、早くその音を解除しなければまずいということに気付いた。
とすれば、現地語で繰り返されている言葉は、「大変です、大変です」とか、「緊急、緊急」とでも言っているのだろうか。

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サイレンの音は玄関前の、インターホン端末のようなものから出ている・・・が、これがさっぱり使い方がわからない。
騒ぎになりそうな予感に、すぐに現地会社の人間に電話をしたが、あのインターホンの使い方はさっぱりわからないという答えが返ってきた。とにかくすぐ行くので待っていてくれと言われたが、緊急事態を発令してしまったのにそんな悠長に構えてはいられない。
事態を悪化させることを覚悟で、とにかくインターホンのボタンを色々押しまくってみたら、そのうち5分後くらいに何かの操作でサイレンが止まり、しばらく様子をみたが、本当に解除できたようだった。

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しかしここで、一つの南国らしい問題が発覚した。緊急事態が10分ほど続いたにも関わらず、インターホンからは何の呼びかけもなく、そしてロビーの脇には常時少なくとも7~8人のセキュリティーの人間が詰めているが、誰1人部屋にやってこない。
結局イマージェンシーボタンは、何の役にも立たないということが、この操作ミスで良く分かったのである。
このレジデンスは、部屋に辿り着くまでにセキュリティーのゲートを通り、建物の中に入るには住人専用カードを機械にかざさなければドアが開かず、エレベーターを動かすにもカードが必要なほど近代的なセキュリティイーを完備しているが、「いざとなったらやっぱり人だな」などと少し冷めた感覚で思ったりするのだ。
しかしそのおかげで騒ぎにはならずに済んで助かった。

このレジデンスは、大きなタワーが4つで構成されており、それぞれのタワーの7階は住人専用の無料プールやジムがある。エレベーターの7階のボタンには「seven heaven(7階の天国)」と表示されており、セブンのブンとヘブンのブンを掛け合わせてそう名付けられているようだ。
4つのタワー兼用の正面玄関は不必要に広く、建物の中には各所に液晶TVが埋め込まれていて、常時TV番組が流れている。

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また一階には、レストラン、コンビニ、コーヒーショップ、時計、メガネ・・・などのショップが並んでいて、大抵のものはこの施設の中で用が足りるようで便利である。
このレジデンスの中で会う人というのは、ほとんどが外国人(マレーシアにとって)で、住人はアラブや欧米のお金持ちが多いらしい。少し建物の中を歩くだけで、随分と国際色豊かなところだと分かる。
昨夜もエレベーターの中で一緒になった男性2人は、アラブ系のように思われた。狭いエレベーターの中で一緒になると、これが結構不気味に感じたりする。

このレジデンスは、とりあえず3カ月契約したそうだ。
「3カ月?そんなに居ないよ」と言っておいたが、実際にはどうなるか分からない。ひとまず年内にはフィリピンに帰り、その後をどうするかはお客を含めた周囲との相談となる。
日本の仕事も抱えているのでかなりきついが、マレーシアの仕事は来週一段落付いて、後は現地スタッフに引き継げそうな見込みとなっている。
お客さんがマレーシア人スタッフをどれだけ信用してくれるのか、おそらくそれにかかってくるだろうと思われる。

マレーシアの仕事に早くけりがつくと、3カ月契約したこのレジデンスは中に浮いてしまうので、休暇の家族旅行で利用しようなどと思っており、もったいないから是非どうぞと了解ももらった。
このような優雅な環境で、せっかくの土曜・日曜・月曜(マレーシアは3連休)の休日はゆっくりしたいところだが、日本のやりかけの仕事が溜まっているので、この3日間はマレーシアと日本の仕事をフルにやる羽目になっている。
せっかくの休日に残念だが、仕事を早く片付けたいので、これから自分で自分にカツを入れなければならない。

しかしその前に、アウトレット(コンセント)の変換を買わなければ・・。
マレーシアはアウトレットの形が違うので、日本やフィリピンで使用する2本足のプラグが刺さらない。もうすぐPCのバッテリーも底をつくので、まずはそれを仕入れてこなければ、肝心のPCが使えない。
午前中はランチを取りながら、ちょっと散歩になりそうだ。


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