フィリピーナと共に
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2011年12月04日

396.責任を負うとは

フィリピンに帰ったら、途端に仕事をする気力が吸い取られている。
僕の仕事机のまん前は窓。隣の家は50m先で、我が家との間には緑が一杯。
そよ風になびく緑の草木を見ているだけで、コーヒーブレイクをしたくなる。

そろそろ本腰を入れてやらないと・・などと思うと、「パパ〜、バーニー」とユリが寄ってくる。
バーニーはアメリカの子供番組怪獣キャラクター。ゴジラの可愛い版だと思えば良い。僕のところに来たら、youtubeでいつでもバーニーが視聴できることを、ユリは良く知っている。
ユリがまとわりついて「こりゃ大変だぁ」などと思っても、最近は「仕事の邪魔だ」などとイライラしないし。
家族もできるだけ仕事ができる環境作りに協力してくれているし、僕ものんびり構えている。ユリが自分の膝の上で、画面のキャラクターの名前などを僕に教えてくれることが嬉しい。
こうして時間が過ぎていく。どこかで辻褄を合せる必要が出てくる。

結局フィリピンに帰って最初の土日は、中途半端に仕事をすることになった。
コーヒーショップなどに行き、ゆっくり本を読み気分転換をしたいが、それをすればいつも気分転換だらけになってしまうから、ここは我慢が必要である。
おそらく今日と明日の夜は、遅い時間までねじり鉢巻き状態だ。
みんなが寝静まった夜や早朝こそ、仕事がはかどる時間帯なのである。
切羽詰まると、こうして寝る時間を削る。幸い家の周辺も静かで、物事に集中するにはもってこいの環境だ。

昼は雑音が多く仕事の効率が悪いので、割り切ってブログの記事を書き、電話で長話をし、携帯でゲームもする。仕事も割り切って気ままに進め、調子が悪ければ更に割り切って止める。割り切りが通用するうちは幸せで、このように自由に時間を割り振りできることが、僕にとってはとても嬉しい。

日本では考えられなかった生活と仕事の仕方である。
こんな生活をしているから、日本に行くとすぐに苦痛を感じる。
昔から感じていたが、日本の会社とは結果が全てと言いながら、評価項目に勤務態度があり、真面目な態度が要求される。要は「真面目そうに働いているか」が重要だったりする。このスタイルに、僕は長年うんざりしていた。
欧米の方々と一緒に仕事をする機会に恵まれた僕は、なぜこれほどまでに、日本人と欧米人の仕事に対する考え方やスタンスが違うのだろうと思っていた。

そのような僕は昔から、会社では比較的自由奔放に振る舞っていたため、勤務態度を詳細項目に沿ってまともに点数付けすると、かなり悪いものだったに違いない。それでも同期の中で出世が早かったのは、理解ある上司に恵まれたからに過ぎない。
部門長に抜擢された時には、会社での出世は「運」だと教えてくれた新入社員の頃の課長の言葉が蘇った。
上昇志向の無い人間が出世の階段を昇り、上昇志向丸出しの人間がいつまでも上がらない。
世の中随分変わったとも思った。

自分が管理職になってから、僕は部下の勤務態度などはほとんど無視した。前向きに取り組み、やることをやっていれば、生意気だろうが勤務時間に寝ていようが有給休暇をたっぷり取得しようが、お構い無しで全て自由にやらせた。
周囲から厳しい人間だと思われていた僕は、配属前に自分が長になった部門の所属員から恐れられていたようだったが、そのやり方に、みんなが意表をつかれたようだった。
結果だけを問われるのは実は一番厳しいやり方で、実際に所属員の仕事量は格段に増えたが、自分の判断で仕事を進められるのは、やりがいがあるようだった。

僕が部門長として一番多く言ったセリフは、「わかった、任せる」である。
こんなやり方をすると、担当者に困ったことが発生したら、みんながすぐに相談に来るようになる。
そのような時はどちらに転んでも谷底に落ちるような局面であるから、こちらで決める。
決めるに際して、だいたいはお客や他部門、事業部責任者との折衝が必要となるから、それは担当者の能力と無関係の部分で判断できない。だからこちらで決めてやる必要がある。そして決めた自分が、周囲と折衝をする。

お宅の部門は有給取得が多すぎるなどと総務部門からクレームなども寄せられたが、それらをはねつけるのも、自分の仕事であった。
とにかく理解の得難い予算(とりわけパソコン関係)、部下の管理職推薦、日程など、折衝の連続だった。人事考課一つとっても、各部門長は自分の部下を少しでも良くつけたいが、相対評価である人事考課は一番良い査定の全体枠が事業部で決まっている。「がんばっているから」などと陳腐な理由を述べるものなら、他部門に持っていかれる。よってその折衝(調整)にも十分準備が必要であった。

部門長として腹をくくって責任を負うというのは、結構簡単だった。
一度こんなことがあった。
部門の課長が、打ち合わせの席から会議室に来て欲しいと言ってきた。
会議室に入ると、ある製品の部品を納めてもらっている会社の営業と責任者がいた。随分責任の重い人が来ていると思ったら、案の定、大きな問題が発生していた。

工業製品には環境基準があり、製品に混ざってはならない禁止物質というものがある。欧州辺りでは抜き取り検査をして、万が一製品から禁止物質が検出されると、即刻販売停止、回収となる。よって、販売するメーカーも、それらについては厳しく検査している。

課長が深刻な顔で、購入していた部品に、その禁止物質が混入してしまったと報告してきた。対象ロット(混入対象期間)は分かっているとのことだった。
部品業者は真っ青な顔で謝りながらも、事の次第を説明してきた。
もしこれを公にすれば、損害は何十億にも及ぶ莫大なものになるだけに、これ以上小さくなれないだろうというくらい小さくなりながら説明していた。
既に対策は済んでおり、その会社も問題が発覚した時点で悩んだあげく、正直に告白し相談しに来たのだろう。

関門は3つ。自分たちの工場検査、お客さん(販売メーカー)の検査、そして公的期間による検査だった。自社工場でも、一旦禁止物質が発見されると工場責任者に報告され、即全社問題となる。
しかし、自分たちの工場検査では発見されていなかった。測定部位にもよるのだろう。
お客さんや公的機関の検査では、製品が完成形になっているので、ますます発見されにくい。
僕の判断は「無視」。その判断に、業者はきょとんとしていた。
対象ロットが限定され、対策も済みであるなら、騒ぐだけ損というものだった。人身事故に繋がる危険は皆無だった。

「とりあえず今は、何も無かったことにしましょう。万が一どこかで発見され我々の工場やお客を巻き込んでの大問題になったら、報告を受けて握りつぶした自分が責任を取ります。ただし、実態と対策を把握・確認しておきたいので、こちらで派遣する人に現場で調査させて下さい」

ばれたら降格もしくは退職は免れないなぁと思いながらも、事を公にすると、お客さんまでが迷惑する。
お客さんも、実は大したことではないのを知りながら、しかし事が公になってしまうと会社として動かなければならない。損失費用が大きく信用まで失墜する。

最悪は首。
しかし首を覚悟していれば、それ以上怖いものはないから、とにかく判断はできる。それで首になるのなら、それは自分の判断が間違ったからだ。
結局そのような判断で首になることはなく、全く違う理由で首同然に会社を辞めることになったから、今振り返ればこれもまた、面白いものだったと思う。
そして当時退社を散々引き止めてくれた方々が、あなたは良い時に会社を辞めたかもしれないと言ってくる。この不景気と、威張り散らした役員の横行で、僕の古巣の内実は大変なようだ。
とにかく想定外の出来事で会社を辞めたが、それがなければ今の生活は無かった。
失うものがあって、得るものがあったことを想えば、人生、何が幸いで何が災いか最後までわからない。

僕が今、腹をくくって責任を負っているのは、やはり家族の生活と子供の将来である。
以前の会社では、首を覚悟しながら各局面に臨んでいたが、責任を負うということは、何かしらの犠牲を覚悟することなのだろうか。あらためて考えてみれば、そのような気もしてくる。
すると現在の自己犠牲とは、一体何か。考えてみれば、いろいろありそうだ。

風光明美な環境に負けず仕事をし、忙しくあちこちを飛び回ってお金を稼ぐ?
それ以外にも、生活のためには我慢しなければならないことが多くありそうだ。
物欲、性欲、睡眠欲、闘争欲、逃避欲、贅沢欲、支配欲、遊戯欲、優越欲、獲得欲・・・。
思うがまま欲求を満たしていたら、破滅して責任を負えない。
様々湧きあがる欲求を取捨選択し、叶えられない欲求はぐっとこらえて将来を見据えること・・・、これが今の自分にとっての自己犠牲なのだろうか。
すると僕は今、こののんびりした生活をもう少し律する必要がありそうだ、などと、自己反省などもしてしまう。

会社で責任を負うのは簡単だったが、家庭で真に責任を負うとは何か・・。
やっぱり自己犠牲を覚悟することなのだろうと、休日の昼、仕事そっちのけで、一人で堂々巡りしている。
どこかに矛盾がありそうな話であった(笑)


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2011年12月03日

395.すごいぞ、日本

日本へ行った際、1日だけ高速道路を使う出張があった。使ったのは東北自動車道である。
首都高を抜けて東北道へ出たが、新しい道路が出来ていて、とても道が分かりにくくなっていた。
首都高3号線の池尻近辺から地下に潜り、新宿辺りを通り東北道入口付近へ抜けた道は、標識に誘導されながら行ってみただけでとりあえず目的の場所へたどり着いたが、運転手や同乗者一同、自分たちがどこをどう走っているのかさっぱりわからずに、どぎまぎしながら車を進行させていた。

それにしても既に出来上がっている都会の密集地に、あのような道路をどうやって作るのだろう。不思議でならない。地下に潜るらせん道路部分など、あれで結構面積を占めているのではないだろうか。
渋谷近くの土地だから、かかったお金と道路を作る技術は、考えただけで目眩がしそうなほど大変だったと予想される。

既に完成形に近いと思っていた日本だが、まだまだ進化していると驚いていたら、高速道のサービスエリアでまた驚いた。
スターバックスがあり、また全体的におしゃれにリニューアルされ、気の効いた店がたくさん並んでいる。
コンビニがあり、海鮮丼の店、ラーメン屋、つきじ天丼、焼きそば本舗、牛丼の吉野家まであった。至れり尽くせりで、しかもどの店も、昔のように「黙っていても客が入る」といった商売ではなく、メニューを工夫し、見た目の美味しさを競い、おそらく味もそれなりにいけそうな雰囲気だ。

サービスエリアで昔からよくある箱物の土産お菓子を、フィリピンへのお土産として日本側の社長が買ってくれた。
「またすぐマレーシアだから、家族にこれを持って行ってくれ」と言われ、「マレーシア行きと引き換えでしたら、のしをつけてお返しします」などと言いながらも受け取った。
昔はそのような場所で売っているクッキーなどそれなりでしかなかったのに、フィリピンで開けて食べたそれは、紛れもなく東京の専門店で買った高級クッキーである。当然家族の評判は大変良かった。
サービスエリアには、他にも吟味された美味しそうなものが目白押しで、僕自身もいろいろ買いたくなったが、持ち帰る荷物を増やしたくない一心で、はやる心を押さえていた。

高速道路を少し走っただけで、これほど日本の進化が発見できるのだから、やはり日本という国はすごいと、感心を通り越し放心していた。
細かく見てまわり、大きな食堂エリアの端に辿り着いてから次に全体を眺め、いやぁ〜、すごい・・と、本当につぶやいてしまったくらいだった。

かつてのサービスエリアも、立ち食い、お土産、レストラン、ジュースにアイス、ガムやキャンディー、何でも買えて十分きめ細かく、世界のどこへ行ってもこれほどのものはないという状態だったのに、更に進化していることに驚きを隠せないのである。
一体どこまでいったら気が済むのか日本人・・、と言いたくなるほどだ。
誰もが何気に利用する道路情報ボードも、どこがどのようなトラフィックになっているのか一目瞭然で、あのような物一つとっても他国ではほとんど見かけない。

もはやこの総合サービスは、資本があれば誰にでもできるというものではなくなっている。
売り物の商流、物流、全体のコーディネートまで、技術と呼んでも良いくらい客の利便性や集客が考えられている。
この技術はおそらく輸出できると思えるのだが、一体誰がコーディネートしているのだろうか。

日本が世界に輸出できる技術というものは、何も工業製品だけではない。
このようなサービス関連も、十二分に通用する。最近は農業や酪農の輸出が芽を出し始めているが、日本が持つ潜在的能力は、やはりすごいと唸るばかりであった。


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カテゴリー:フィリピン生活
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2011年12月02日

394.日本で会った方々

10月から11月にかけての日本滞在中、いろいろな方からお声掛けを頂き、連日のようにブログの読者の方々とお会いさせて頂いた。合間には仕事関係の戦友との交流もあり、おかげで夜は随分と楽しい時間を頂き、感謝してもしきれないほどであった。
お会いした皆さんには大変気を使っていただき、かえって御迷惑をおかけしたのではないかと思われるほどで、この場をお借りして、厚く皆さんに御礼申し上げます。

実はたくさんの人に会ったことなど、わざわざブログで紹介することでもないと言われそうだが、しかしこれは一度総括しておかなければならないと思ってしまうような出会いばかりだったので、個別の宴については細かく掲載せず、後でまとめて紹介しようと思っていた。しかし根がものぐさなもので、気付いたらこんな時期になってしまった次第だ。

とにかく皆さん、独特の世界をお持ちで、それぞれの道を極めた方ばかりである。
それぞれ職業上のプロフェッショナルであり、フィリピンフリークという言葉のイメージからはかけ離れた見識と常識を備える紳士で、安心してお付き合いできる方々ばかりであった。
かつて僕の周囲にいたフィリピンフリークとは、どの方も一線を画する人たちである。

安心して・・と言いながら、いきなり変であるが、特に危険なのはMIさん。
この道に入ったのはまだ日が浅く、自らをビギナーだと称しながらも、連日どこかのフィリピーナと時間を共にしている。
お会いした日も両日ともお約束が合ったようで、早い時間に同伴ではない食事をし、i-padなどを誕生日プレゼントでポンと買ってあげてしまったようだが、お相手を見ればそれは若くて美しいお嬢さんで、それだけ綺麗であれば当然彼女は日本に恋人がいることが既に判明しているが、それでも極々わずかな望みがあれば、イノシシのように突進して止まれなくなってしまう御仁である。

というよりも、もともと邪な下心などない、天使の心を持つ、周囲の人に御自分の幸せのエキスをいつもお裾わけしているような(言い換えれば脳天気?)方なので、恋人がいようが旦那がいようが、全く気にならない御様子だ。
十分この道も極めていらっしゃると思われるが、それでも自らをビギナーと称して憚らず、おそらく彼は永遠のビギナーなのだろう。
僕は、後先を考えずに、我が道を突き進む人が常に興味の対象であり、それにも増して一見ハチャメチャに見える一連の行動には嫌味のかけらもなく、とにかく天性の明るさと素直さに、一度お会いしただけで大好きになってしまった。
職業は僕のようなエンジニアではなく、金融関係というのだろうか・・、とにかく一般の人がお固いと思っている業種である。

そのMIさんを紹介して下さったのが、東京のある界隈でカリスマ@@師と名高いSOさん。
若い自分に英国に留学し、先端の技術を身につけてカリスマの地位を確立した経営者さんだ。
MIさんといつも行動を共にしているらしく、いつも進んでフィリピーナの鴨になっているMIさんに「恋人がいるんだから、止めとけ」と苦虫を噛み潰したような顔をして苦言を呈していらっしゃるが、必ず最後は「結局人の言う事なんか何も聞いてないんだから・・・」と締めくくる。このような二人のやり取りも面白い。
SOさんは少々やくざな雰囲気を放ちながらも、自分の腕一つで事業を立ち上げ世間に認められるようになっただけあり、外見とは逆に腰が低く律儀で、それだけに懐の奥の深さを感じさせるお方である。

SOさんは、現在本気でフィリピーナの伴侶を探していらっしゃるようだ。
頻繁にMIさんと夜の街に出かけては、品定めをしているようだが、真剣なだけにSOさんの判定基準はかなり厳しいようである。しかしこれは厳しくて正解だ。安易に手をうったら、後でとんでもないことになる。僕にも誰か良い人の紹介を頼まれたが、人の人生がかかっているだけに、至極難解な作業だ。
今や日本のPPで働くフィリピーナは、日本人旦那と別れ、子供やフィリピンの家族を養うために働いている人も多く、良い人がいたら・・と考えるフィリピーナは大勢いると思われる。そんな彼女たちに、SOさんが伴侶となる人を探していることがばれたら、猛烈アタックの連続で大変なことになるだろうが、そんなことに惑わされないよう、SOさんは淡々と普通の客を振る舞い周囲に目を光らせている。
どこか淡々としながら、時折獲物を捉えるような鋭い眼光を放ち、天真爛漫なようで思慮深い。そんなSOさんも、友人として末永く付き合って頂きたい方であった。

SOさんもMIさんも、常に紳士で、しかもお二人とも歌がとても美味い。まず美声なことに驚いたが、美声もしっかりとした音程と抑揚があって生きるものだとすぐに気がついた。
何かを持っている方というのは、歌を一つとっても雰囲気があるもので、なんとも羨ましい。

一度SOさん、MIさんと一緒に、ブログ界では有名なCMさんと御一緒させて頂いた。その席は、PATRICKさんにお願いして設けてもらったものだった。
CMさんとPATRICKさんは、マニラでPATRICKさんの結婚披露宴以来の再会だが、お二方ともマニラではイベントに追われて忙しく、ゆっくりとお話できる時間が取れなかったので、日本でこのような機会に恵まれて大変嬉しかった。

PATRICKさんは、現在奥さんの召喚作業を進めているようだが、相変わらず時間がかかっているようだ。本物の結婚をしたにも関わらず、夫婦がすぐに一緒に暮らせないのは理不尽であり、そこに国際結婚の壁のようなものを感じるが、前向きにがんばっているPATRICKさんの元気な姿を拝見できて安心した。
CMさんは寡黙な方で、顔も話し方も一見怖いが、マニラで少し話をした時に自分と同じ匂いを感じ、是非今度ゆっくりお話したいと思っていた。

宴席で、結婚したばかりのPATRICKさんが、もし奥さんが自分を嫌いになったら、自分は奥さんの幸せのためにすぐに身を引くというお話をしたところ、静かに飲んでいたCMさんが少し大きな声で、「なんでぇ〜、俺だったらぜったいに別れない!」ときっぱり言い返した。
事の詳細は割愛するが、このように各々が考えを持ち、お互いの意見に迎合せず、かといって自分の意見を相手に押し付けるわけでもなく、言いたいことを言い合いながら再び自分で考える時間が持てる仲間であり、その雰囲気に、僕もこの仲間に入れてもらいたいと正直に思ったものだ。

CMさんもPATRICKさんも、広い意味では僕と同業で、仕事上でも話しが合いそうだが、現在進行しているフィリピーナとの付き合いを真剣に考えている点でも気が合う。
付きあったり結婚したりした相手がフィリピン人だからと、それを下に見てお互いの関係を粗末に考える人は、僕はその人間性を疑うし顔を合わせるのも嫌になる。
いずれの方も、その一番重要な点で価値観を共有できるので、安心して色々な話しができるのである。
PATRICKさんはおそらくオタク系(一応褒め言葉のつもりで使っています・・汗)で、僕の嫌いなパソコンや携帯電話など、最新機器にとても詳しそうだ。おそらく今後、いろいろと相談に乗ってもらえそうな気がしている。
CMさんは底が知れない人で、おそらくフィリピンに関してだけではなく、多彩な見識と人脈なども持った、凡人を装った非凡人・・というのが、僕の印象だ。
寡黙で厳しい物言いの裏に優しさがちらほら見える人は、えてして情が深いものである。

SOさんとCMさんは、普段の活動エリアが共通なので、今度一緒に、などと話しておられたようだが、おそらく二人は話しも気も合うのではないだろうか。
お二人とも、いずれタバコシティーの我が家に遊びに来てくれるとおっしゃっているので、僕はそれをとても楽しみにしている。

やはりブログ界で有名なサラマさんや群青さんともお会いした。
サラマさんはいずれも奥さまが御一緒で、ブログから感じるように、常に奥さまに翻弄されながらも、自分の足元だけは見失わないように、踏ん張っておられる・・・といったご様子。
モナが、あれほど優しい旦那様をもらった奥さんは幸せだと、当てつけのように僕に言うが、どれほどそれを言われても、僕には全く反論の余地がない。
全てホンワカとした生態のサラマさんが、実は@@という職業と知り、そのギャップに驚いたりする。資格が無いとできない仕事で、しかもその資格は、誰でも簡単に取れるものではない。それだけにその業界は気難しい人が多そうだが、サラマさんは全く逆だ。
この際サラマさんの奥さまには、冗談も交えて「大変良いお買い物をしましたね」と言ってあげたい気分だが、そのような冗談を本当に奥さまに言ったら、ギロリと睨まれて一生嫌われてしまいそうなので、間違ってもそのようなことを口にはできない。

サラマさんから、フィリピンに持って行くお土産としてお菓子やカツオだしなどを頂いたが、日本滞在中にモナに報告すると、その中にあった干しシイタケを彼女が大層気に入り、追加で買って頂戴と言われた。
駅ビルに入っているスーパーで、掃除をする叔母さんに「干しシイタケはどの辺りにありますか?」と尋ね売り場に辿り着くと、これが結構高い。驚きながらも4袋追加購入し、思わぬ出費に「あいたたた〜」と唸ってしまったが、なんともサラマご夫妻の品選びは、さすがにフィリピーナの心を射止めるものだと驚いたものだ。
サラマさんも、来年タバコシティーの我が家に、ご家族共に来てくれる予定になっている。
仕事の都合を何とかつけたいと今から心配しているが、自分のスケジュールがお客次第というところがあり焦っている。

群青さんは、ご自身のブログ上からも感じるように、大変生真面目な方で、曲がったことが大嫌いな方である。
僕はフィリピンに住むようになってから、人の曲がり具合に対する許容範囲が随分と広がったような気がするが、仮に群青さんがフィリピンに住むことになれば、血圧上昇で1カ月もしないうちに、入院となるのではないだろうか。
しかしそんな群青さんも、ご自身のブログに登場するレンさんに鍛えられて、少しずつ変化があるように思われる。
それが危険な方向に向かっているのか、そうではないのか、少し分かりかねるところであるが・・・。
現在は東北震災復興関係のお仕事に邁進されているようで、社会的にも意味のある仕事なだけに、群青さんは今、フィリピンよりもそちらの方に目が行っていると思われる。
仕事が上手く進み、多くの方に感謝されるようになって頂きたいと願っている。


ブログの世界というのは、傍からは見えない色々な繋がりがあるようだと思っていたが、気が付けば自分も、その中にどっぷりとはまっていた。
しかしはまってみると、素晴らしい人との出会いばかりで、僕はおそらく、かなりラッキーなのだと思っている。
お会いしたのは、ここに登場する方だけではないが、まだそれほど親しくない方について勝手に記事に記載するのも誤解を招きそうなので、少し遠慮してしまった。
しかし、今後しっかりとお話してみたい方々もいらっしゃる。

最後に・・・・。
今回は勝手に人様のことを書かせて頂き、大変申し訳ありません。
もしお怒りの方がいらっしゃいましたら、その怒りのパワーは、是非PPにでも行って発散させて頂くと幸いです。
文中の表現は色々ありますが、いずれも親愛の情を込めて書いたものであり、ここに登場する方々は、かけがいの無い仲間だと勝手に決め付けさせて頂いております。
どうぞこれからも、宜しくお願い致します。


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